総括.〜本は破れ!〜

 自分の虚像が様々にバラまかれた年だったなと思う.

 驚きなのは,大学やTV,YouTuberといった大衆的なマスを信仰しちゃう心の弱い陰キャがたくさんいた事でしょうね.

 正直,どうでもいいんで,もうちょっと黙って読書すればいいんだと思う.

 一応は批判者の多くは何らかの政治闘争から私を上部構造から批判するんですけど,その感情論や政治に対するリスペクトはこちらもあるわけですよ.

 しかし,その感情論や政治闘争が全面的に成功するか?となると,そっから先の下部構造的な問は否になるわけね.

 感情論や政治闘争は戦後や平成を忘れた単なる近代的な過去を忘れないで〜っていう反動的な疎外論にすぎない.

 でも,今年僕が反省したのは,意外と僕が非好戦的なんですよ.思想系不謹慎とか学歴系不謹慎,不謹慎系YouTuberと言われる割にはね.

 つまり,ポジティブになんとかなるやろ〜っていう余裕があるから,昔から無能な友達や家族が死ぬだろうな失敗するだろうなって時もいちいち介入したくないんですよね.ベタベタしているのが煩わしいというか,自由放任主義と言っていい.

 その意外にも無党派な非好戦的なはぐらかしが優しいふりをした好戦的な首を吊りそうな成田くんたち大衆に利用された気がする.

 だから,成田悠輔っていう老害論客はネタ的に自虐する割には必死だと思うわけね.優しいと思う.

 ただし優しいんだったら,橋本環奈ちゃん,女でもいいわけで,その類の男性はもう必要がないのだし,結局,通知攻撃をしまくる暴力性をそれこそ情報社会を歓迎する近代人の腹の出たオジサン,成田悠輔こそ皮肉にも社会治安を悪くする無遠慮さがあるとさえ思う.

 それなら坂口章みたいにてきとーに生きたほうが良いわけですよ.

 他人なんてそんなもんでしかないから.

 成田悠輔含む老害オジサンがズルいのは優しいのは分かったから,優しいがゆえのデミリットを取れよという目線から逃避していると思う.

 年上の貧乏人たちになんで若い子たちを大事にしないんだとか言われるけど,僕もめちゃくちゃ若いんで僕に気味悪いことに赤の他人たちが父を求めすぎなわけね.

 俺が本は破れ!だとか不謹慎系YouTuberだとか言っているのだから,成田悠輔やひろゆきよろしく絶対的な近代社会に敗北したオジサンたちが約束のネバーランドよろしく子供のふりをして悪趣味的にYouTuberといった情報社会をサバイヴするんだというのをカネやテレビを使って行うのはむしろ大人の資本による暴力性が剥き出しになりすぎていると思う.

 そんで彼らは神経症的に統合失調症的な子供を演じるけどまたボロが出るという悪循環を繰り返しているわけ.

 大人のほうが大人をやめたがっている.

 だけど,そういうゴチャゴチャした話や大衆とのメンヘラ的な一銭にもならない不毛な対話はやめちゃって,パシッ!と下部構造だけに注目した現代史だけを何度も難しいけど何度も読んだり考えて咀嚼するしかないと思う.

 要するに大人になりたくないというのは分かるけど,分かる分かるはbotに話せばいいの.

 そんだったら本は破れ!大人を徹底するから子供にもなれるし,子供を徹底するがゆえに大人になれるんだ,というハイパーデジタル的な問いまで収斂したほうがいい.

 妙にみんな神経症なんですよ.

 神経症だから統合失調症的になったり,ルサンチマンで自己矛盾をあちこちに巻いちゃう.

 そういうのは個性がないんで,地獄絵図はやめていいと思う.

 大体,僕の本は東大生に褒められているらしいけど,そもそも東京大学に受かる努力すら大半の人間はしてないわけで,消費者の話ばかり聞いていても意味がないよというそれだけの話だとも思う.

 来年はより徹底的に好戦的になり,より他人に無関心になろうと思う(不謹慎系YouTuberが実は非好戦的なmediaartistである.詳しくは落合陽一『デジタルネイチャー』や本は破れ!を閲覧せよ).

 明白に東京大学の先にあるシンギュラリティを陽キャ的に肯定すること!シンギュラリティすらも吹き飛ばすAR的な荒野を走り抜けること!

RUN!

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