メタバースだらけで人間が人間らしくそれぞれのコミュニティでにじさんじホロライブ状況における客観性は可能か?社会性は可能なのか?ARは果たしてあるのか?という話がある.
にじさんじやホロライブ前にインターネットコミュニティに従事した株式会社DeNA主催の逆転オセロニアがある.
身も蓋もないが,拡散数が横に今この瞬間に高いコミュニティこそ極めてローカルになる逆説がある.
一応は4000万DLしてるのに.
で,じゃあどう維持したりするか?
身も蓋もないが,経済活動しかない.
逆転オセロニアが続いた背景には単純に課金システムや社会人たちがにじさんじホロライブ、コミュニティをやっているからだ.
もちろん良くも悪くもダラダラしていて,イノベーションは無くなっている欠点が逆転オセロニアにある.にじさんじホロライブYouTuberコミュニティもカネで延長してもダラダラしちゃう可能性もある.
ここで大事なのは,地政学だ.
空間性を意識すれば48都道府県どこも機能美的には維持されていく.
私の大好きな初田くん(programmer/哲学者)が言っていたことだが,インターネットのコミュニティにも当然に空間性があり,たとえばインターネットなら文字なのか?Twitterなのか?YouTubeなのか?分かりやすくググッてほしいが,discordなのか?という話になる.
ここまでの話をまとめよう.
1,メタバースの維持は経済活動.
2,メタバースには空間性がある.
そして,メタバース以上な客観性を担保するのは技術的特異点,シンギュラリティを前提にした基本的な縦の歴史把握しかないだろう.もちろん10年前からシンギュラリティと呼ばれている今が未来でもシンギュラリティと呼ばれている保証はない.
そして,頭をどれだけ早く回転させるか?という話になると思う.
大丈夫.未来は明るい.まともならだ.
みんなメタバースに逃げてるよね.