陰キャは陽キャであり,
陰キャは陽キャである.
まともに生きよう.
だけど,まともに生きようで怠惰になるな.
手を抜く動画ばかりあげるな.
分からない,分からない,分からない… .
思想家・中沢新一は2回ほどXと対談したことがある.
しかし,全部をちゃんと見ているわけではないが,あまりに年下の◯◯◯という同性愛者が失礼すぎることを年上の大人な中沢新一に吹っ掛けて,中沢新一が嗜めることがただあった.
◯◯◯は中沢新一の大ファンだという.
しかし,そこには見下しやアンタをオレは超えているよという含みも入っているのだ.
なぜなら,中沢新一はオウム真理教にかかったし,フランス現代思想で晴れびやかな活躍を遂げた浅田彰の光と影,影の方の人物であって,確かに中沢新一はサブカルチャーとしては高く評価できても,哲学や批評において浅田彰よりは下,仮に上でもおもしろ主義,教養主義者として高く評価できるということ,そして浅田の親分である柄谷工人よりは下であると.中沢新一は.
実際に2回の対談で◯◯◯はこう中沢新一をディスった.
1,グリーンアクティブという中沢新一の政治団体は失敗しますよね?
2,気持ち悪い麻原などに逆に惹かれる,崇高こそが宗教であってテロリズムな中沢は危険だと
3,オウム真理教に関わったんだからもっとオウム真理教の話をしてくださいよ
しかし,どれもこれも全くの的外れであって,中沢新一はまた大園葉蔵がきたよ…lan malcomがきたよ…,失礼,バカと話したくないなっていう態度になりながらも,優しく説教をしていた.
1に関しては音楽家や様々な人間たちでやっていこうよという話
2に関しては◯くんは西洋哲学に縛られている.ボクは日本的霊性的な昔からある日本の宗教や伝統の話をしているのに,東くんは西洋人の目線から危ない危ないと言っているだけで視野が狭いよ
3に関しては安易にオウム真理教オウム真理教だと本当に危ないと思いながらエンタメ感覚で聴くその態度には答える気がないという中沢の怒りがそこには表れていた
ここで大事なことは,浅田彰は西洋哲学も東洋哲学もどっちも熟知しながらも本当の問題を隠してしまって,弟子筋にあたる◯◯◯は知れないし,それよりもっと若い千葉雅也や成田悠輔までくるともっとバカになってしまっていることだ(詳しくは男の娘AV女優・荒金さとみさんとの対談動画フランス現代思想ドゥールズ・フーコー・デリダあたりを閲覧せよ).
簡単に言ってしまうと,人間におけるダークサイドの部分や身体性の問題を◯◯◯は全く理解できないし体験できないような温室育ちになってしまったことだ.
そもそも◯◯◯がハマったデリダという思想家も政治活動家であって,しかも当時の栗本信一郎という学者が批判していたが,デリダは日本のヤバいディープな場所には来ないからアイツはあのフランス人の中で一番のヘタレだ偽物だと栗本は言っていた.
なぜなら,フランス現代思想は6月革命,マルクス活動にすぎず,生きづらさや頭がおかしくなったり,身体の限界を解明できなかった結果,真面目なアルチューセルは奥さんを銃でぶち殺し刑務所で自殺しているし,フーコーは本では真面目な学者をやったはずが,同性愛にハマりエイズで死んでいるし,ドゥールズは同性愛は最高だと本では言いながら美人な奥さんや娘がいて,最後は転落自殺をはかっているからだ.
身も蓋もないことを言えば,西洋人は人間であることの限界やヤバさを超えようとしたのが現代思想であって,その過程で支離滅裂なめちゃくちゃなことがたくさん起こってしまった.
そこで浅田彰という東洋人はフランスやアメリカに渡りながらも,そのフランス人やアメリカ人のメンヘラ,西洋人のメンヘラを批判する行動に出て,一躍世界で成功する浅田彰という称号やブランドを手に入れた.
しかし,ドゥールズの相棒だったガタリには冷笑をやめろとたしなめられていた.
もちろん浅田彰はフランス人やアメリカ人に対するリスペクトはあったと思う.
だけど,浅田彰はそんなにガツガツとストイックにやる西洋人はバカだよねという東洋人のスタンスで勝負をすることにしたのだ.
そういう複雑な背景を知らずに◯◯◯は日本国内のオタクでいいのだ,というよりそれはオウム真理教が生んだ厭世観や陰謀論と変わらないではないかというものを東は肯定しながらも,で,いながらして政治だったり海外だったりを批判するという都合の良い大衆的なムーブを取って,冷笑的な浅田彰にもオタクってやーねーと批判されるようになった.
◯◯◯の病理は同性へのパワハラ気質や強烈な異性愛願望,そして家族主義だ.
とにかく自分より若い男をたくさん集めてパワハラをしまくり,家族という概念を異常によろしく肯定する.
しかし,この◯◯◯の異常すぎる若い男性をたくさん集めてパワハラし,家族という概念にこだわるという態度そのものが,西洋人的な動物本能のトラブルをこじらせていると感じられる.
一方で,年が離れるが,もう一人に浅田彰の弟子がいて,千葉雅也というバンドマンみたいな恰好の男がいる.
彼はひたすら同性愛同性愛を歌いまくり,自分は弱者弱者と謳う割には,なんかオレは強いよって哲学本で歌う謎の男だ.
◯◯◯も千葉雅也も仲が悪いが,実際に喧嘩した直後の放送にいたが,ここにもフランス現代思想を読み間違えている二人の人間の双子が見られる.
二人が喧嘩した原因は◯◯◯&千葉雅也,そして三浦瑠璃というフェミニストが参加した対談だ.
戦争と平和について語る対談で,三浦瑠璃という才女はこの中でもっとも頭が良くて日本を活性化するには徴兵制を導入すべきだ,なぜならカントの永遠平和のためにや日本の9条の過度な偽善を徹底すると軽くは軍隊教育を入れるべきになるのだという,なぜか一番マッチョなことを女性が言うことになり,それを二人の男がディスるという奇妙な形式だったのだ.
まず◯◯◯は異性愛の父としてそれは危険だ危険だ,三浦さんは頭が悪いよとパパとして三浦を叱る.
一方で千葉雅也は同性愛の息子としてイヤだイヤだ自分は行きたくないし弱いから無理よそれにそれは暴力である!と三浦を怒る.
しかし,毅然とした三浦瑠璃がニヤニヤしながらこの二人がどうせ自分を本気で攻撃する気はないことに酔っているという気味が悪い放送で,結局結論はうやむや,平行線のまま終わってしまった.
この後かその後か忘れたが,◯◯◯と千葉雅也は決別する.
◯◯◯は消した放送でこう言っていた.
フランス現代思想におけるドゥールズの複数の性を同性愛だと現実の問題と等価にしてしまう千葉くんの読み方は浅い.
そうじゃない.
ドゥールズの複数の性は複数の性がないんだってことを言っている否定神学なんだ.男女がセックスしないとマジで肯定神学は無理なんだよと東浩紀は言っている.
確かにそれは◯◯◯の方が正しいと当時は思ったし,今でもそう思う.
しかし,そこでわざわざフランス現代思想にしがみつく◯◯◯のジェンダー観は本当の問題を忘却してしまって,あまりに矛盾した行動をとっていると思う.
千葉雅也は作品やTwitterでは確かに同性愛同性愛や哲学哲学うるさい人間だが,動画越しだと普通のオッサンだし,話す内容も平凡すぎて,え…普通の人やんっていうことになる.変な茶髪もやめてほしいが,めちゃくちゃ普通なのだ.実際に◯◯◯と違って大学の先生だしね.
一方で,◯◯◯は若い男性たちをあまりにたくさん周りにおいてパワハラをしまくったり,大学の先生より本当の哲学を!ってことでベンチャー企業を作り,メタバースのシラスという謎の屋号を抱えて生きている.
異性愛や同性愛,大学や在野というのが重要なんじゃなくて,東浩紀も千葉雅也もフランス現代思想や自身が抱える実存の問題に関して最終回答を得ていないし,二人とも歯切れが悪くなっているのだ.
問題なのは,◯◯◯は状況によったら別格だが,一応◯◯◯も千葉雅也も性の問題や共同体の問題を自分たちを極端な戦後の日本人(オタク)か極端なフランス被れのグロバール人と極端に見ているところが問題の論点がズレてしまっていて,皮肉なことにフランス現代思想が躓いてしまっためちゃくちゃな性や自殺の問題に良くも悪くも向き合わない代わりに歯切れが悪くなってしまったという最悪な結論に達してしまっているのだ.
もちろんオウム真理教を完全に肯定することはできないが,80年代の文系的なポスト現代思想が日本では浅田彰以外には本当の問題がほとんど理解されず,その対する不満から理系の高学歴たちがオウムにハマるということが起きてしまったのは想像に難くない.
話を戻そう.
こんなにグダグダ書いたが,実は中沢新一『チベットのモーツァルト』を読むと答えは明瞭にシンプルだ.
宗教なんかないよ.
異性愛も同性愛もないよ.
おカネはないよ.
ザックリとこんな内容だ.
え?と思うかもしれない.
宗教本の権家と言われる曰く付きの不謹慎すぎる動画投稿者のような風体のこの宗教本は読んでみると,驚くぐらい緻密で題になっているチベットのモーツァルトにいたっては,数学の限界,フィクション性があるよね,でもそうやって生きていくしかないよねという深い論理に支えられた記述もあるのだ.
インディアンに修行したある男の本を最初に紹介する中沢だが,内容のほとんどがでたらめじゃないか,だって戦後の話だぞ,そんなバカけた話が現代にあるかという批判にこう応答している.
内容がめちゃくちゃ面白いことが重要で.
んで,作者は最後にくそつまんない学問のチャートを貼っているでしょ.
どっちが嘘が本当か,それを皮肉っているんすよね.
って.
本当にその通りで,物語形式を通して,メンヘラを治したり自身のやりがいを探求するのが目的であって,最後に貼ってある異様なふざけた術学的な物言いの無内容さはむしろ大学そのものの宗教性,権威さ,病理をむしろ笑う構成になっていると中沢は言う.
様々なテーゼを横断し,大学のフィクション性や性別のフィクション性,お金のフィクション性を中沢は脱構築していくけれど,もちろん中沢はナニも勉強はないよ,性別はないよ,おカネはないよって言いたいわけではない.
大衆社会が生き着くところまでいって,言葉に囚われたりししすぎて常識を忘れたり本能が壊れ過ぎた大衆たちが多すぎるよねと警告しているのだ.
単純に淡々と勉強しろよ,淡々とセックスしろよ,淡々と金集まろよなのに,もちろん中沢本人も大衆社会から生まれた以上は仕方ないのだとその現代人の病理とちゃんと向き合わうとしたのだ.
もちろん記述からもポスト構造主義にはあまり興味もないし批判している内容であって,西洋人コンプレックスをやめて,東洋人としてちゃんと考えようぜという内容である.
言われてみると普通のことを言っているようにみえるが,これが中々に難しい.こういたことが分かった上でポスト構造主義にハマりながら日本人としてシラケつつノりノりつつシラケた浅田彰はともかく,そして浅田彰を叱った日本にこだわり政治の現場にこだわった病理を抱えた柄谷はともかく,オタクという気味悪いカルトにハマりながらもオウムには警戒し政治には警戒してしまう極端な異性愛者の◯◯◯と同性愛同性愛クィアクィアSNS上では本ではとてもうるさい割にはYouTubeごしだと普通の大学の先生という単なるビジュアル・バンドマンな千葉雅也のプロ・同性愛者,ミイラ取りがミイラになったのか?感はとても問題の本質を外していると思う.
これ以上に入れすぎると,ダメかもしれないが,斉藤幸平はダメだ.
箕輪も成田も落合すらも言っているから,言っても埒明かないが,環境問題を考えようSDGs,マルクスはそう言っているっていうのは,ちょっとマルクスを冷笑しすぎだと思う.
また森村かよと言われるかもしれないが,私の森村ではマルクス主義に熱が入りすぎてメンヘラたちがたくさん生まれてしまった.
それでも彼らは真剣に社会を良くしようと思っていたのだ.
もちろんアジテーションや政治は日常茶飯事だった.
そこにボクたちはアジテーションしますよ~っていうぐにゃらぐにゃらした形でマルクス!と言っちゃうところに,ちょっと病理を感じてしまう.
電通文学なんだな.
安全な文学なんだけど,それだとずっと病気を抱えてしまうというか.
ちなみに千葉雅也と仲が良い國分功一郎は中沢新一のグリーン・アクティブにも参加していたが,浅田彰にはめちゃくちゃ嫌われている.
國分功一郎は根はいいヤツだがバカだからだ.
話を戻そう.
中沢は中期には対称性人類学とかいう当たり前を取り戻す運動を始める.
んで,中沢がさっきから言っているのは,西洋哲学は確かに論理的で明晰だが,そこには身体性や日本人としてのポジションとかいう問題が欠如してしまったりすることだ.
ここは浅田彰と柄谷と同じ意見だと思うが,政治経済の目線がすっぽりと中年の◯◯◯から抜けてしまっている.
成田や千葉,斉藤のあの世代は全共闘世代とナニも変わらない.
こんなに日本人たちが本当の大学にアクセスするのは難しいし,仮にアクセスしたところで西洋人的な病を抱えてしまうのならどうしようかという話になる.
またひ弱なメンフェスくんにもなれない.
政治的な運動は必然らしく,戦ったりする体験の中でしか担保されない.
もちろん今だと大園やlanみたいなシラケる冷笑で攻撃しながら甘えるというところまでいってしまっているが.
明瞭に結論をまとめることはできなかったが,オウム真理教は大衆が抱える原罪であって,個人レベルでまともに根本的なところ考えていこうぜって中沢はポジションは張る困難さの難しさとともにトマトをかじながら「本気で」「シラ」けながら言っている.
もう一度◯◯◯が中沢に言った質問を見てくれい.
1,グリーンアクティブという中沢新一の政治団体は失敗しますよね?
2,気持ち悪い麻原などに逆に惹かれる,崇高こそが宗教であってテロリズムな中沢は危険だと
3,オウム真理教に関わったんだからもっとオウム真理教の話をしてくださいよ
結局,メディアの支配に毒されすぎやすいのだ,我々は.もちろん洗脳されやすい無力なお母さんから生まれる以上,母を抱えざるおえない問題であるが.
意味合いは大きく変わっただろう.