300人委員会以上に陰謀論に近しいのはテンプル騎士団である.
キリストを信仰する中世の騎士たちであり,彼らのスゴさは闘い方がゲーム理論であること,そしてまだ経済学があまり発達していない時期に経済学で利ざやを稼ぎ,銀行を作り出す富豪メデェチ家とつながっていることである.
ほぼ初めてプログラミングの教科書としてアメリカで発売された本があるが作者たちハッカーたちは自身のことテンプル数学騎士団のようなジョークを言い合っていたが,笑い事ではない.
政治の権謀術数が交差する中世のイギリスにおける騎士や銀行においても,そしてアメリカのハッカーたちも超法規的な状況を作り出すときに数学というものに本気で向きあってきたからだ.
もちろんこれはダラダラ楽できるだけではない.
テンプル騎士団は銀行という概念を作りだすメデチ家とつながっていながらも,清貧の騎士という話だし,アメリカのハッカーたちも身なりは貧相だ.
しかし,彼らは1つの公理,世界はこうすればこうなるという公理が見えており,その公理が破られるときにだけ力を発揮し牽制しにやってきて忠告をする神の代弁者たちなのである.
300人委員会も実態は大衆化されたテンプル騎士団,メデェチ家からの腐敗と保守であって,
ワン・ワールド・オーダーにおいて
よくある陰謀論の話に,どんなに強い委員会も天皇家には手を出せないという定説がある.
ここには良くも悪くも日本のシラケ神経症的な無信仰と神道があり,単純に流派が違うため,英米の極端な三位一体信仰による権力構図やゲーム理論の流れと日本は全く違う流れに属するからである.
石原莞爾の可能性と限界は日蓮聖人に日本の霊性を絞るという分かりやすさの一方でそれは日本人の良し悪しでもあるシラケ神経症を巧く利用できていない側面もあることだ.
もちろんこの流れは親鸞に影響を受けた吉本隆明もヲタクに影響を受けた東浩紀すらも乗り越えていない日本に普遍的にある批評の可能性と限界だ.
このようにして英米貴族政治の別名と言っていい委員会の政治思想と天皇家を代表にする日本神道は奇妙な共犯関係を江戸時代からずっと続けていくはめになるのである.
と話せば,なぜアメリカを敵視する吉本隆明や東浩紀が消費社会を肯定するという一見すると矛盾に満ちた言動が可能か分かり,そしてこれ以上踏み込むと世界の敵として粛清されるから踏み込んではいけないタブーなんだ.
