ルルル 放つ言葉は ルルル 腐っていた
正論も常識も意味を持たない都会にサヨウナラ!
〜グッバイ宣言より〜
覆い尽くされたこのキツイ現実を変えるためにボクが出した結論が経済だ.
ちなみにこれはこの本の要約に当たる.
ボクは要約が大好きだ.
要約は便利で読んだ気にさせるし,もっと読みたい!と思う時のアンチョコとしても使える.
でも,この要約はあまりに端折りすぎているし,もしかすると,要約の方がかえって難しいよっていう人もいるかもしれない.
だから,この要約は2回はできたら必ず読んで欲しい.
いいかい?
2回だ.
この本を1度読み通した後に2回目を読んでもらっても構わない.
政治(SNS)で世の中変わらない (問題)
まず昨今の政治ブームやSNSブームはウケているからウケているわけではないことをまず気づかないとならない.
社会に限界があってたまたま感情論な政治のほうがやりやすかったから,またコロナ禍でホームスティするなどがあったから,単にSNS文化が新しかった,陰キャを含めたほうが人口のパイが広がるからなど枚挙に理由に暇(いとま)はない.
しかし,よくよく考えて待ってほしい.
政治はあくまで社会を変える一つの手段にすぎないし,SNSも遊びの一つの手段にすぎない.
別に社会を良くしてくれるなら経済でもいいだろうし,当然SNS以外のビジネスだってあらゆる問題を解決する手段かもしれない.
大風呂敷を広げた政治の季節は外山合宿に通いながら陰キャのツイッタラーのメンヘラ,東京大学に通いながらだめなんだと言いのける苦しさ.
単純に就活が苦手な学生たちはいつの時代もいて,あるいは働きたくない学生たちはいつの時代もいるだけかもしれない.
ここで強調しておきたいのは,私もできることなら就活はしたくないし,働きたくない.
しかし,演技のやりすぎ,ミイラ取りがミイラになる状態で政治ノリやSNSノリに合わせてはるしにゃんのようにメンヘラティ・スカイ,メンヘラ神のように自らお亡くなりになるぐらいなら,多少の下部構造を作ってメンヘラなりに生きやすくしたほうが絶対に良いに決まっている.
たとえば,京大ニートのphaさんのようなシェアハウスのように.
そこで今回は「経済」の悪魔というみんなに忘れ去れていて嫌われている言葉をもう一度考えて再考することでこの不安定な時代を生きる切り札になれたらなと思う.
資本主義と共産主義
でも,本を普段読まない人のためにここはゆっくりと要約させてほしい.
本当に申し訳ない.
これだけ話しても,神様気取りの読者様(そこのアナタだ)はまだ経済に懐疑的かもしれない.
そこで経済による今までの闘い方をここでまとめようと思う.
まず資本主義というのは単純にザックリと言えば,おカネをもっている人は偉いよねぇっていう話だ.
このやり方で革命的な手法を提唱したのはメディア・アーティストの落合陽一である.
しかし,悲しいかな,結局のところ彼は筑波の教授であり,万博の人であり,安倍晋三が暗殺されたときにべろべろ涙を出しちゃう白蟻,天皇のおっぱいを吸う既得権益そのものだ.
この資本主義とは名ばかりでそもそもの権力を持つ人間,あるいは権力に媚びる人間たちが力を持つだけの古臭いものだった.
海外の加速主義を日本で紹介した木澤も同じだがもっとしょぼくハヤカワ書房のチンポをしゃぶって生活している.
ここでSNSで流行ったのが,共産主義である.
共産主義はみんなで共生していこうねっていう貧乏臭いけど優しい生き方である.
しかし,ここにも罠があり,Vtuberよろしくメンヘラまみれで超搾取的な構造になるし,あまりに共同体すぎてイライラしちゃう.
これはこれでやっぱりおカネが欲しいなっていうことになっていくのだ.
解決
そもそも資本主義と共産主義ってどうもどっちも行き詰っているのだろう?
そもそも資本という言葉は体制を批判する共産主義者のマルクスから生まれた言葉であり,そもそもが保守と革命と言い切ってもいいかもしれない.
しかし,ここでボクはもう欠伸が出そうで,疑問がわく.
国家なんてどうでもよくね?
ここで論理学的な話になるのだが,資本主義も共産主義もどうも押し付けがましさがある.
極端な二項対立に人を縛り付け,全体主義へと人々を誘っている.
ようするに,20世紀の近代社会に縛られているのが資本主義と共産主義であり,簡単に言えば,次の〇□主義を打ち出せばいいのだ.
構想
ここでボクが提唱したいのは既得権益が大好きなTECHNOLOGY礼賛論であるシンギュラティを逆手にとった利用した総1億SNSクリエイター時代,それを利用した個性経済学,個性writer資本主義である.
まず不愉快でいじめっ子な資本主義たちには退場を願おう.
下部構想,基本的にはベーシックは共産主義でいいだろう.
もしかしたら,それはベーシック・インカムにもなるかもしれない.
そして,そこにあらゆる個人がGAFAの最新の統計やインターフェイスを与えられることで行える個人によるアート,クリエイションを前提にして,各人が個性ある資本主義者として働いていくあり方である.
そもそも就活一括採用は近代社会を引きずっているし,様々な軋轢を生む.
しかし,このSNS時代にはCHATgpt然り様々なテックがあるし,ダラダラ暮らすのも個性だし,そして人生をどうデザインするか?というところに経済学性が宿るというもの.
もちろん経済が嫌いな人は逃げていい話だし,これはナニもSFではない.
実際にかれこれ3年以上YouTuberをやって日本全国の視聴者やYouTuber,大学生たち,大人たちと交流して分かったことである.
そして,この個性経済学は,AIやTECHNOLOGYに計算は任せて,あとはダラダラするのも良し,働くのもよしという自由な経済が始動することになるだろう.
テロや政治疲れ,メンヘラ疲れがないのなら,SNS疲れがないのなら,就活に怯えないのなら,この抽象的すぎるアイデアを無視してもらっても構わない.怒ってはいないから.
しかし,もう一度哲学者・東浩紀の誤配という言葉を思い出してほしい.
真の社会変革はART的衝動からきっと起きるだろうから.
冷笑兄貴が君の名は。じみたことを言っていることをどうか笑わないでほしい.
2023年8月10日 古田更一