武蔵野美術大学でまず習ったことは、現実を見ろ、ということでした。
ハッキリ言ってそこまで現実を見ることに意味があるはさておき、東京左の鷹の台の周りは創価学会や自殺スポットの玉川上水、そして朝鮮学校ととにかく現実を見ろの日本の闇を感じる場所です。
正直言って楽しかった反面、めちゃくちゃ鬱病になりかけるようにしんどかった。
人生で一番大変でした。
まず1人で鷹の台に暮らして、半年ぐらいは週7授業なんですよ。
でも、めちゃくちゃいい大学でいや悪くて基礎教養科目が多くて美大というよりも失礼かもしれませんがICUに近いリベラルアーツ。
座学が好きなボクは楽しいですが、授業が多くてしんどかった。
逃げるようにいや研究対象として逆転オセロニアという株式会社DeNAにハマります。
今思うとバカなんですが、昭和のノリがすごくて大学は男性教授のパワハラや女性社会は当たり前。
で、その反動なのか、意識高い系ブームがあって、武蔵野美術大学は意識高い系ブームをすごいバカにして逃げていましたが、ChaosForestメンバーや森村の戦友たちはすごい煽りをうけて、みんなめちゃくちゃ勉強してました。
だから、週7授業もそもそも美大を選んだのも実技を勉強したいという理由はマジであり、インターネットマーケティングを勉強したいと想い、株式会社DeNAへ勉強しにいきました。
最初は1時間だけと言われましたが、あまりに株式会社DeNAのソーシャルゲームを作った香城さんと話が進み、明日朝から出張があるのに午後11時ぐらいまで3時間くらい熱く話しました。で、香城さんは思想の才能があると話したら、後に落合陽一と他の人を交えてnewspicksに出てました。
香城さんは先見の明があり、日本全国を渡り、プレイヤーたちとYouTubeも駆使して熱く話すことでコミュニティを作りました。
ボクは香城さんからたとえ相手と喧嘩しても良いなら親だろうと恋人だろうと奥さんだろうと本音で話せとすごい言われました(笑)。
なぜかと言えば、香城さんはボクに現代は不信の時代だと言いました。
SNSの統計やゲーム理論があまりに正確がゆえに、および乗り越えられないゆえに、人間は真の友情や愛情を求めるとのこと。
だから、信用されるには、嫌われていいから、出来る限り本音で相手にぶつかり、時には喧嘩をしろとめちゃくちゃ熱く言われた(笑)。
ボクは本当に感動しちゃって、この時の香城さんの不信の時代という言葉を渋谷ヒカリエの株式会社DeNAの部屋で話したときのめちゃくちゃ理性的な怖い顔を忘れません。
しかし、香城さんの予想は当たっていて、ゲーム業界には来るなと言われます(笑)。ゲーム業界そのものは本質じゃないと言われた。
しかし、ボクはバカなので、ゲーム業界を目指し見事失敗しグズグズとゲーム会社に務めながら武蔵野美術大学を中退してしまいます。週7に耐えきれなくなったからです。
だが、ボクは絶望そのものはしなかった。
普通に逆転オセロニアは面白かったし、デザインは勉強できたし、就活もそこそこできた。単純に自分が変人でありながら普通のちょっと落ちこぼれだと思っていた。まさか、ボクが哲学や政治を上から目線で話すとはこの頃は梅雨ほども思っていなかった。
だから、本当にあの頃から期待水準が低くて、よくアンチが騒ぎますが、ボク自身は頭が良いことがやっと最近分かりましたが、それでもまだ警戒している、ルサンチマンぬきにそれはあります。
次は社会人編、僕の人生を大きく変えた不謹慎系YouTuber坂口章を紹介しようと想います。