現役京大生と超ひも理論について討論させられた感想(あるいは高校生と奇妙な哲学談義をした感想)

 売られた喧嘩は面白いから買わないといけないし、ましてや自分より若者なのならば、彼らの成長に私のラッシュは必要なもの。

 しかし1日で早熟高校生を名古屋で相手して、深夜から早朝まで高IQの現役京大生と哲学やら超ひも理論やらを語るのは、いささか身体が疲れる。

 基礎教養が足りていないし、何より自分から人と頭の良い話しをするのは得意じゃあないんだ。

 常日頃ゲーム理論を張り巡らせ、量を稼ぎ、AIに質を解いていただいている状態で、自分1人の情報処理で若者2名と話したのは久々の体験だった。YouTuberは編集でなんとかごまかせるからね。

 

 あくまで情報処理において秀才のボクだったら2人を捌き切れただけで、普通に東大生や教授じゃあなければ2人の処理は困難だっただろう。

 私はあくまで普通のインテリとしての資格がないんだ。

 頭が軽く疲れて右手で少し脱臼しかかったイメージ。

 面白いね。新人類は。

 話して思ったのは、近代的な素養をどうやってまた獲得してやろうかなという一廻りした古典主義だ。

 ボクはそもそもゲームがしたくて武蔵野美術大学へ入学したので、通常の学問に対する動機は薄い。否、古典主義を獲得するには、一体どうすればいいのだろう?

 要するに、新人類としての若者パワー+人類何億年の知恵で私を凌駕する平手打ちをされてしまい、ようするに昨日はカントやらアレストテレスと戦うはめに。

 強い。

 私には受験勉強も学問もバトルに見えている。

 しかし、これはあくまで私が戦闘を好まないことを意味している。

 純粋に私自身が受験勉強をしたり学問をするのは好きじゃあない。

 だから、両方から新人類パワー全開および教養パワー全開で昨日はむしろ私のほうがテストされた気がする。理系と文系から。

 また、ネオ幕府さんと話しても思ったが、私のエッセンスや思考はあまりに抽象性が高すぎて、他人に説明するときにナンセンスな詩になってしまう。

 絵や図形じゃあないと説明できず、言葉でARを説明すると1時間はかかるだろう。

 よって、仮に私がなんらかの天才だとしても、基礎訓練能力、理系の素養に文系の素養に対抗するためのアート的蓄積、あるいは具体化するための実践的助走、

 そして、リアルフィジカルで私の代わりに答えてくれるAIの創成が重要だろう。

 要するにゲーム理論やAIの抽象性やコンピューターの中でしか生きれない彼らをどうやってより情報量の富んだリアルフィジカルへ連れていき学習させていくか。

 問題なのは、リアル空間に私が同じ時間軸にそうだな…最低10人は必要ということ。

 ようするに、物理学で計算上、私が同時期に複数人いることが証明できるならば、現実へ実装すれば私の代わりに私が彼ら2名の相手をしたり、彼らが抜き出すアレストテレスでも超ひも理論でも私の代わりの私が相手をするだろう。いちいち疲れることはしたくないんだ。暑くなる。

 だからこそ、世界が1本の紐でできているとコンピューターシュミレーション上は証明できるとおっしゃるのならば、

 危険な発想かもしれないが、リアルフィジカルに世界が1本の紐でできていることを証明しなければならない。

 ですよね? Dr.大栗博士 ー。

 

 アナタの可能性と限界は、フィジカルに即した素粒子を導き出すにはその分の新たな身体的な証明が必要になるということである。

 これにて超ひも理論の反証明を証明した。

 

 そうえばシュタインズ・ゲートってなんであれ面白いんだ?

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