落合陽一さんの思想は結局の所、都会中心を謳う体制派の問題を覆い隠すために理系ぶる医学部YouTuberたちとなんら変わらないところまで成り下がってしまった。
もちろん素晴らしい革新的なことを言ってきたものの、AR的にAIが組み込まれた新しい時代に適応するのは、身も蓋もないが地方である。
よって東京を半分捨てることこそが落合陽一の超越論であり、田舎のほうがむしろテック化やメタバース化に組み込まれて実験がしやすい。
もっとも医学部も筑波大学も地方を前提にした既得権益である。
地方と言っても、様々な地方があっていい(むしろより解像度高く見れば様々な田舎や地方があり、その襞がむしろより最適化されたユートピアンである)。
分散的な思考の幅の中で幸福に暮らす分断された素晴らしきセカイ。
日本は分断し最適化を進めることで個性経済学的に幸福に各人が組み込まれていく。
メタバース化した現実に意味論の不可知さを列挙し続け、極めて終わった理系も文系も超越せよ。
もっともバカどもがスタンドバトルを仕掛けるが、彼らはもうメタバースに打ち込まれて、快適な老後を20代からもう満喫し気づかないうちに裁かれたりプカプカと浮かび内ゲバしていく。良かった。ありがとう国家。ありがとう社会。ありがとう国民。
素晴らしいセカイ!