モザイクを肯定しよう。プロパガンダ的メタバース幽閉論は続くのか?〜訂正可能性の哲学という集団自殺理論に抗わないと始まらない〜

 FランぼっちモザイクというVuberチャンネルがある。

 このチャンネルは登録者28000人ぐらいのチャンネルで主に学歴やぼっちについて話しているチャンネルだ。

 現在恐ろしいことにガーシーも成田悠輔も消えて日本の異常すぎたYouTuberブームあるいは革命バブルは終わってしまった。

 そこに颯爽と手を汚さないで冷笑してきているのが東浩紀よろしくXなどの二軍集団たちだ。

 しかし、二軍はしょせん二軍にすぎない。

 彼らはぼっちでもなければ学歴厨でもない。

 単なる保身の集まりでありあろうことか東京大学でだめライフなど早稲田大学でシャフなら評して様々な利権を私的悪用する当に訂正可能性な人生を謳歌している開き直りだ。

 良くも悪くも読んだ感想としては、訂正可能性の哲学とは冷笑であり訂正不可能性の文学にすぎなかったのが良くも悪くもな感想であり、果たして開き直られていいのか、良くも悪くも分からない。

 もちろん彼ら彼女らの指摘はもっともだ。

 日本はほら変わらなかった。

 だから、だらだらしようと。

 しかし、アナタたちは何もせずにだらだらとしてきた保守層であり、旧来的なシステムにただ恩恵を得ているだけの面もある。

 むしろ本質的な問いは、本当の弱者男性やこれからの若者たちがどう活動するか?だろう。

 問題なのは、昨年集まった陽キャ若者YouTuber2名はもう上手く生き抜くスキルを持ち合わせているが、問題は残り三名の陰キャ若者YouTuberたちである。

 彼らのようなカスケードは今が大変な時期だろうしこれからが大変かもしれない。

 また月ノ美兎よろしくその周辺もこれから打撃を受けるかもしれないのだ。

 もっとも東浩紀の指摘は正しい。

 しかし、そこで保守派として腹を出しながらくよくよして自分を底辺だと自嘲しながらたくさんの富を地味に持っているのは東京大学だめライフ愛好会的なふるまいだ。

 今我々が考えなければいけないのは、革命をどうこうするという無理難題なテーゼ以上に地道に建設的に日本の諸問題をどうするか?という切り口だ。

 

 東浩紀の開き直りの指摘は正しいがゆえに、それはあくまでも無責任な冷笑にすぎない。

 もっとも私は要領が良いので保守派とは名ばかりの現状肯定論には乗っかりたい安定派ではあるものの、怒れる若者たちはその程度では止まらないはずだ。

 これから起きることは問題の本質が浮き彫りになる逆転だろう。

 医学部YouTuber集団が政治的ゲバルトということがむき出しになりにじさんじが極めて保守的な当に訂正可能性の哲学だったことがバレていくはずだ。

 その時になってまでキミたちはまだ医学部YouTuberをそしてにじさんじをまだ安直に見ていくのか?

 

 不謹慎系YouTuberがいないセカイがこれから起きるということはメタバースという優しいウソは剥がれ落ちて、つまりアートは溶けていき、もっと鋭利で鋭い医学部の偏差値のような結末が目の前に広がることだろう。

 ナニを言いたいか?と言えば私も分からない。

 アイデアは全く湧いてこない。

 不思議なことに3年間ではじめてだ。

 ただ1つ言えることはこれまでの活躍は無駄じゃあないし、これから先起きることはきっと今までの総決算のようなナニかであることだろう。

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