冷笑は怯え。変革に怯える人々。

 成田悠輔の周りは怯えているのではないか?と思うし、彼を持ち上げた為政者たちも怯えているのではないか?

 平成が終わることをそんなことないないと言う為の冷笑。

 しかし、それはもはや冷笑というよりは、怯えだ。

 2024年からはポスト平成以降が起きるだろう。

 いくら訂正不可能性の文学とバカな哲学者が焦りながら宣おうと流石に大学に勉強しに行く気はしないし本屋へ行く気はおきないし行ってもつまらない本ばかりだ。

 これからおきる変革はフェアーだ。

 淡々と大学や本屋、政治が縮小し、淡々とルサンチマンを抱えない国家役人は生き残るという、反権威にも権威にも優しい客観的なシンギュラリティが可視化されるだろう。

 

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