これからは女装が重要になってくると思います。
女装。
フェチではなくて、生きるために女装が必要になります。あくまでも生きるために女装をするんで勘違いはしないでください。
おそらく生きるために女装が必要という極端なテーゼが今重要で(スタンド)、がゆえに女装しているやんwと冷笑されてしまうのです(©古田更一『フ』)。
お化粧と言い換えてもよろしいかもしれませんが、本当は美とここは揚げ足取られ覚悟で宣言したい。
美が重要です。
美はあくまでもアカデミックにおいてデザイナーを中心にあるいはコンピューターのmacを中心に考えられてきた概念です。
となると、月ノ美兎にどうなるか?=あまみしゃけというふざけたエロ可愛いYouTuberにどうなるか?は労働をしっかりして再生回数を稼いでいるといえる。皮肉なことに月ノ美兎をやらないと=あまみしゃけをやらない方が頭の中や実生活が月ノ美兎的あるいはあまみしゃけ的という皮肉がある。80年代にふざけたメンヘラキャラだったカリスマ歌手・戸川純の妹のほうが自殺してしまった話に近い。むしろ女装はいや美はいやデザインに対する理解は本質の理解と言って良いでしょう。
あくまで女装もVtuberも不謹慎系YouTuberも美術を理解するためのワンクッションにすぎない。
女装をより理解することで見えてくる道があります。だから僕は趣味はありませんが粘菌に実は軽い興味があります。なぜならば、粘菌は性別がなかったり突起が変わっていたりと性別の概念の可能性を話しているからです。あくまで男女は自然淘汰における結果にすぎず、過程における男女以前が重要だ。もちろんこれはLGBT擁護とは対極なむしろヘテロ肯定だ。ヘテロを理解するためにむしろ身体の起源を考える必要がある。
身体の起源を考えないと、陽キャ哲学=千葉雅也的な極端なメディア人間としてのヘテロ=バイセクシュアルの系にハマる。それはそれで構わないが、最悪りゅうちぇる的な異性愛者な同性愛者というメディア人間になりかねない。
では、女性の場合は男装か?ノー。保守は禁止。単なる暴れん坊にすぎない。むしろ月ノ美兎になりましょう。可憐なエロ可愛いオモチャとして喪女をイジられましょう。あるいは、あまみしゃけのように楽しく発狂しましょう。そうすればどんどん可愛くなることでしょう。
メイクはデッサンみたいに実は楽しいパズルだと理解してほしい。むしろ算数こそが人文知的に役に立つことを理解すべきだ。
〈追記〉
揚げ足に関しては、ネオ幕府や外山恒一界隈という既得権益orバカたちとどう話すか?という話になる。まあすでにお亡くなりなので、放置か、訂正不可能性の文学問題かなと(拙著『訂正不可能性の文学』に詳しい)。