あるとき、稲妻が落ちてきたバベルの塔に群がる人々が全員、殺される。
神は激怒し、人々に「言葉」というものを作り、世界を分離させてお互いが対立する状況を作り出すことで均衡関係、お互いが敵対する状況を作り出したという。
この話はナニも抽象的なファンタジーの絵空事ではない。
具体的に話せば、今この日本を覆う絶対的閉塞感の一つの寓話である。
選挙になんて行っても無駄だだとか老害は切腹せよだとかイーエル大学の安全圏からエリート側から石を投げてどうにかなる状況ではなくなっている。
暴露をしたところで選挙で当選しても犯罪者呼ばわりで捕まっておしまいだ。
言われてみると癪に障るが当たり前のことだが、新入生おめでとう、世界を紡ぐのはキミたち若者たち自身である(©個性経済学。本は破れ!収録)。
だが、安心してほしい。
このSURVIVAL・MANUALは偏差値50以前のあるいは偏差値が60を超えていもメンヘラですみたいなそういうとりわけ世界を一緒に作ってくれるそんな人々のために書かれている。だからこそ、落ち着いて、ポジティブに低レベルな話がその実、ネガティブに雷光を発射させて世界を変えてゆくことをまずは理解してほしい。
さて、一体全体どうすればいいだろう?
ここで一つ重要になるのは、情報デザインという昔からありながらあまり浸透していない新しき概念だ。
名の通り、情報をデザインし、情報を編集することを情報デザインと呼ぶ。
ここでボクたちがまず現状に不満が仮にあっても落ち着いて考えないといけないのは、ナニが起きていて、そして、ナニが起きていなくて、そしてナニをしたくて、そしてナニをしたくないのかといった現状の冷静な分析なのだ。
当たり前のことを言うなと言われるかもしれない。
しかし、ボクは武蔵野美術大学でDesignを勉強し、そして株式会社DeNAへインターンしメタバース、そういったものを勉強した。
ここで大事なことは情報デザインが現代において、めちゃくちゃ情報デザインという言葉の響き以上のインパクトを持っていることだ。
なぜならば、AIが人間の知能指数を超えるシンギュラティというのが2045年に起きて、2045年のはAIそのものが人間全体に勝る情報処理らしいけど(©カーツワイル)、2025年にはAIが人間一人よりも知能指数が高いという(©落合陽一)。
これは絵空事の誇大妄想ではない。
輝かしい革命ときな臭い政治の合図だ。
そんな時代には複雑性を増していくから、話がどんどんとあまりに難しいから、大学へ通ったところで一切AI的なクリエイティブと数学の難所を集めたような現実は理解できないだろう。
しかし、そんな時代だからこそ、人間と人間がバベルの塔を前に右往左往し様々な言語が飛び交うからこそ、緊張感を持って、情報整理することが大切になってくる。
ここでしかし、恐ろしいことを提示しないといけないと思う。
色々と大変なことが起きるのならば、やめたほうがいいと思うけど、
年金は一切払わなくていいし、働かなくていい。
その代わり、生活保護はどんどんと受給すべきだ。
むしろ、そのような崇高な行為こそが世界を変えていく。
例えばの話の世界の壊し方である(©44世紀の科学主義)。
1,AIが人間の知能指数を超えるシンギュラティが起きている(©落合陽一)。
2,高学歴メンヘラというのがトマホーク&ミズサー&医学部界隈よろしくZ世代の間で急増している。もはや悪循環に入り、大学に入るのは陰キャか♀の娼婦ばかり(©交換様式X)。
3,だとするならば、大学制度はもはや最低限の就職や最低限の身分を担保する以上の価値はないのだし、ここで東京大学や医学部を目指すことそのものがある種、体制の犬になるのだ(©医学部政治。美容整形科医たかぴすを応援すべき理由)。
4,しかし、体制の犬がもうボロボロだとしたらどうだろう?そこまでして体制の犬になりたいのだろうか(©PPP-戦争論)?
5,だとするならば、親の世代は体制派でよかったかもしれないが、もはや体制の犬である必要はないかもしれない(©ネオ幕府)。
6,徹底的に大学をフリーライダーする。徹底的に国家をフリーライダーする。徹底的に制度をフリーライダーする(©プロ奢ラレヤー)。
7,これでもし仮にZ世代のエリートたちが助けてくれるのならいいけれど、彼らもしょせんは人生が追い込まれた遠い意味での仲間、経済を握られて体制の犬になった同じ被害者側にすぎないのだ。ぶっ飛ばしても構わないが、彼女らにいちいち怒るのは少し抑えておこう(©交換様式X)。
8,しかし、彼らに怒らないことそのものが全く意味が通じないのならば、怒った態度でしっかりと殴っておくことは必要だ(©44世紀の科学主義)。
そう、殴っておくことは必要になる。
9,地方に生きていくしかない。おカネは使わなくていい。働かなくていい。働く気力なんて湧かないだろう。むしろ働かないことこそが働いているのだ(©本は破れ!)。
これだけ考えた上で、これだけ様々な事象や論客の情報をデザインしてみて分かったことは、戦争というのはすでに個人間ですぐにできるということだ(©個性経済学)。
ちょっと発展系。
ようするに、国民年金を祓わない、そして、それに恥ずかしさを想わない、だって恥ずかしいのは学歴厨たちだ、これは逃げの妄想のファンタジーではない、ということを本当に淡々と淡々と事実を列挙していけば、ナニも戦争への小さな一票は年金を祓わないことなどから始まっているからだ。
もちろん、年金を祓わないことで、アナタはどんどんと疲弊していき、最悪の形、死に至るかもしれない。
しかし、もし仮にあくせくと早稲田に在籍しまくり、ぺこぺこしながら障害者年金をもらってだらだらと、あるいはSNSをやってぐだぐだ生きていくのだったら、内情はナニも変わらないだろう。
小さいな戦争の一歩は、日々の行動やアナタ自体が生きていることそのものにかかっている。
そして、その小さな小さな戦争の形が系がたくさんと集まったときに、戦争へのGOサインは撃たれて、世界を壊すことが起きるのだ。
ここでエリートは一切信用しないほうがいい。
むしろ、名ばかりのエリートという犬人間たちこそがアナタを殺したい殺したい殺したいと思っていると思ったほうがいい(©能動経済)。
とある高校生に気づいていないのかと言われたが、それは気づいている。
エリートたちは殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい
ここまでか?!という具合で陰湿な形で殺しの手段を講じてくる。
しかし、ここでエリートは完璧にむしろ返り討ちに殺害してみよう。
エリートたちには1つの構造的な限界、命の危機が必ずある。
それは、批評史という古びたボクのかつて尊敬する批評家が育ててきた文献などに書かれているけど、
彼らは「平成」という名の宗教を信仰しているから、彼らの弱点は銃を持てないことなのだ(ようするに平成を信仰しているだけでエリートでもない平面を生きる庶民)。
平成、平に成ると書いた通り、彼らは、彼らたちは、銃を持たないことで政治をしている平和という名の戦争を日々行っているギャングである(銃を持たないのに暴れる平和という名のギャングと自衛のために銃以降の銃を考える令和的若者たち。血は出ずとも見えない戦争はずっと続く精神悪化の時代である。そんな時代にいちいち友達や恋人を持つことはリスクであり無意味かもしれない)。
しかし、安心してほしい。
ここは令和だ。
令、新しい法律が、和、足された、新しい規律のある時代をボクらは生きている。
となると、彼らは平成の枠組みから出ることは出来ない。
つまり、戦争をする人間を糾弾する、ヒステリックに糾弾することそのものが彼らの銃なき銃である。
もっとも、日本と銃はアメリカに負けてから相性が悪いから、令和程度では、まだ新しい法律が足される、つまり、体制がそれだけ社会の治安悪化を恐れているふざけた時代である。
しかし、この令和というゲームの特徴は究極的に言ってしまえば、法律を熟知した人間が勝つ、そして、足されるというところがミソで、「新しさ」を理解していなければダメだ。
つまり、AI的な問題が規律に関わってくるんだよということだ(AIをいちいち難しく考える必要はない。あくまでもガスコンロに情報処理、東大生の脳味噌がなったよ、クルマの発明が馬車を消したよ程度である。程度でもないのだが)。
そこを理解さえすれば、あとは当事者の行動にも意味合いが大きく変わってくるだろう。
暴れても、仕方がないと思うが、もはや「学歴」というのは一切信用してはいけない。それはテレビ的な洗脳であり、モルヒネだ(©現実の話)。
学歴は単なる闘争線を引く蟻地獄の経済活動にすぎない。
そして、どんな時代だろうと、陰キャにならず、他者を破壊するための陽キャではない意味で自分に満たされているという意味で陽キャだとしたらならば、なんら問題はないだろう。もっとも幸福を感じやすい遺伝子というそこにも新たな格差はあるかもしれないが。
今回ボクは様々な世界の壊し方を模索していきたいと思う。
しかし、安心してほしい。
大体はこの手の話を薄く広く時には、深く狭く話しているだけにすぎない。
稲妻が吹っ飛んできて、争いの合図がGOサインしている状況下で、ボク達は次の世界を作らないといけない状況になっている。
まとめよう。
1,AIが人間の知能指数を超えるシンギュラティが起きて、もはや大学や国家は機能せず、企業や地方、インターネットの時代なのだ(©落合陽一)。
2,そんなときには、令和ー、法律が足されていくー、むしろ情報を理解し、整理しデザインする情報デザイン力こそが自らのそして、相手との法律、そして相手を倒す簡易的に発生するオープンソース的な法律になってくるのだ。
3,「学歴」はモルヒネである。その可能性は経済学史的に否定できないかもしれない。一切合切無視をできる限り、する態度そのものが違う形の世界への1票、そして、戦争の始まりの合図である(©FPもとこ)。
こんな時代には、他責にしない意味での、厳密な意味をあくまで人文知的に理解した形である陽キャ哲学的な幸福ガチャ成功者的な生き方が重要になってくるんだ(©陽キャ哲学)。
正直言って、これ以上読まなくて構わない。
なぜならば、理屈なんてこの程度で充分であり、あとは読者たちがSNS発信を自らの形でアップするYouTuberのなりかたが重要だからである(©初田龍胡)(ここで補足だが、平成は戦争をしない癒着こそが体制の壁を紡ぎ出す。皮肉なことに令和は殴ることそのものが失うものの少ない人間が殴ることそのものにどうやら価値があるらしい)。
しかし、私はWeb Writerである。
言葉を紡ぐ詩人であり、AIが人間の知能指数を超えるこのビックバンにいつも胸を輝かせていた。
BIの到来を本当に待ちわびていて、現状そうなってきている。
ところがどっこい、世界は壊れていて、♀たちが調子を乗る状況にも関わらず、どうゆうわけか、ベーシックインカムには警戒されているといった状況である。
ともかく私自身が生きるためにこれは書かれていて、単なるSURVIVAL・MANUALである。
専門ともなんら関係がない、ともかく私が生きるためのテクニック・ノートだ。
もっともそのノートをどう使おうと構わない。
連絡は本当にやめてほしい。
キミたちは気持ち悪いからだ(怒りはないが)。
イエスは言われた。「父の王国は良い種を持つ人のようだ。夜に敵がやってきて良い種のあいだに雑草の種をまいた。彼は人々に雑草をひき抜くことを許さなかった。彼は人々にこう語った。「あなた方が雑草をひき抜きにいって、それとともに小麦をも一緒に引き抜いてしまう恐れがあるからだ」。収穫の日には雑草は明らかに目に見えるのであるから、それらは引き抜かれ、焼かれるだろう。
~トマスによる副音書~
毒麦の話である。
〈追記〉
この本は様々な論客たち、俗に言う思想系SNS界隈ChaosForestの皆さんとのディスカッションを交えて紡がれた内容だ。
厳しいことを言ってしまうけど、令和の戦争状態下では♀は奴隷であり、そして平成を彼女たちが引きずりたい以上、捕虜以上の意味を持たないかもしれない。これはナニも私がそう思いたいのではなくて、戦争というのは特に男性に有利なものであるからだ(バカは燃やされて死ぬだけだ)。