〜作られた天才が資本主義の本質だとすると、いっそそのゲームに加速主義的にオーバーホールに乗っかり、様々な虚像たちが乱反射を繰り広げる様を見るほうがメンヘラな陽キャ哲学たちとは異なるボクなりの愉しみ方なのかもしれない。〜
勝ったか負けたか煽るのが資本主義という宗教の本質であって,ここ最近は資本主義そのものが焦っているのではないかな?っていう印象もある。
ここ最近の資本主義で大きな成功を収めたものと言えば、日本のGAFAMことにじさんじやホロライブだ。
しかし、結局のところ、それらもVtuberおよびあるいはティクトッカーがユーチューーバーより簡単に儲かるよねという話だけれども、SNSといういいね、共産主義的な仕組みがビジネス・モデルである以上、意外とそこまで儲かってはいないのではないか?中華未来主義的な共産主義の域を出ない発想が資本主義で儲けるんだといういささか皮相的な問題に収斂している気がする。
となると、むしろ今は資本主義が止まっているからこそ、資本主義の要請が起きているようにも感じる。
もっとも2023年は女性や文系の既得権益が勢いを増した年だったと思う。
だからこそ、おカネがない女性たちほど資本主義を求めるし、東京という終わりつつある資本主義の象徴をいまだに妄信する権威がお金を儲けるんだといういささか間違えた東京史観と資本主義が混ぜってしまっていると思う。
あくまで東京は権威にすぎない。
権威があるから後からおカネが回るよねという話と資本主義そのものは別物である。
いきなりしょうもない例になるけれど、昨年は女性たちが「陽キャ哲学という政治運動」をよく行っていた年だったと思う。
「彼女がいなければダメでしょ」という貨幣である女性たちがあっちから購買意欲を煽る社会的な勝ち負けを規範する能動経済的なことを抜かしてくるのだ。
学歴と同じ構造で、本当に学歴もいらないし、ルサンチマンぬきにおカネもいいねもいらないのだけど、昨年はめちゃくちゃ女性がいない=負け陰キャみたいな構造をめちゃくちゃ煽られていて、それはいささか病気だと思う。
(断言できるが、陽キャ哲学&能動経済は資本主義的な全体主義に他ならない。社会は存在しないのは確かである)。
もっともそれで僻む人間たち、陽キャ哲学&能動経済者がいることは否定しないけど、みんながみんなそうというわけでもない。
いきなり2023年に病的にそういう流れがくるのは、異常である。
と、考えると、むしろ資本主義は盛り上がっているのではなくて、むしろ資本主義で盛り上がっていない、景気が悪いからこそ、共産的なセカイだからこそ、資本主義的な悩みを煽る人々が増えているのではないのかというのがオレの仮説だ。
もっとも不謹慎系YouTuber坂口章も美少女ツイッタラー・ウもどちらも女性やいいねが欲しいから悪いね稼ぎに走るというルサンチマンを原動力にした限界がある政治活動家たちだったのは確かだ(余りに共産主義的な悟りの境地に達してしまう坂口章&ウのコンビがかえって資本主義的な問題で躓いているのはある。その点、格差をむしろルサンチマンをむしろ直視するえらいてんちょう&落合陽一的な現実路線、大衆路線な陽キャ哲学&能動経済者こそがルサンチマンを直視するがゆえに免疫があるという話もあるだろう。もっとも純粋なバズりにこだわった坂口章&ウの方がやっぱり知的だと思うが)。
だけど、下部構造や経済活動、左的に考えた場合に、個人で考えた場合に、果たしてYouTube的な資本主義は果たして良いのだろうか?という疑問が「」でアクションされていく。
お酒や煙草も果たして無意味な行為だ。
もっともそれらを否定はしない。
だけども、資本主義の流れを煽る流れにはよくよく注意しなければならない。
だからこそ、半分限界がある話だが、まだ言語化ができていないが、月ノ美兎と結婚すべきなのだ。
Vtuberはお金を持っているのでは、見た目が良くなかろうと、性格が良くなかろうと、付き合うどころではなくて、結婚すべきなのだ。
このレトリックにこそ、資本主義的な煽り、アナタは彼女がいるのかいないのかという煽りによる購買意欲のマーケティングを攻略する鍵がちらっと如実に表れているように感じる。
たとえば、おカネを持っているのが素晴らしいのだろうか?
彼女がいることが素晴らしいのだろうか?
ここからが問題だ。
もっともっとお金を稼ごうよ、もっともっと美しい彼女を作ろうよ作ろうよ、これは病気である。
しかし、資本主義はよりもっとパイを増やすことを良しとするのだから、この無意味な流れはむしろ煽る側の方、月ノ美兎の方こそ無意味だと思いながらも、このチキンレースを止めることはできないのだ。
いつパイは無くなるのか、分からないのだから、むしろ勝者側こそ、よりいっそう流れを加速させていく。
藤白りりの時とナニが違うのか?
藤白りりはあくまで左である。
医学部という権威の政治に守られているため、暴露といった政治に弱かったのだ。
しかし、月ノ美兎はベンチャーであり、経済だ。
加速主義である。
中華未来主義である。
個人で行っている企業にそもそも正義もフェアネスも存在しない。
儲けてしまえば、それで構わないのだ(この倫理性のなさに、坂口章&ウのような屈託さを外した屁理屈的な陽キャ哲学&能動経済的な違いがある。政治ではなく、経済においては屁理屈&フェミニズム=西村博之&成田悠輔は資本になる。)。
つまり、2023年から起きていることは、経済合理性そのもののゲームにおいてどう勝つか?負けるか?という純粋な市場原理だけの戦いである。
美学よりもデザイン。
個人よりも団体。
感情よりも、数学。
匿名でも儲かるのなら、正しいというゲームへスライドしているのだ。
このゲームはたとえば、斉藤幸平的なマルクスと抜かしながら商売に走る様々な人々から普通に指摘される詐欺師を良しとする。
もっとも資本主義を走りすぎると、斉藤幸平を見ている人々はバカしかいないんじゃあないかという当たり前の話も起きている。
月ノ美兎も同じことで、月ノ美兎を見ている人々は宗教的なものであり、バカばかりだ。
しかし、それが資本主義というものであり、バカをどれだけ囲い込むかは悪いことではないのだ。
大事なことは、「今こそコンテンツをあげない」こと(見極め。あげては良し)。
あげるとしたら、不謹慎芸&学歴ネタのような資本のわるいね稼ぎを狙うこと。
あるいは、貧者たちにフォーカスすることで、現実を如実に見せること。
そして、様々な損益を乗り越えて、長期的な利益へと大きな唸りを見せること。
〈追記〉
政治 経済
藤白りり 月ノ美兎
坂口章 陽キャ哲学
ウ 能動経済
落合陽一 成田悠輔
矢内東紀 西村博之
倫理 資本
左 右
中華未来主義 加速主義