個性経済学である.
テレビ的な集合的無キャ的な全体主義の縦割り社会からSNSを中心にした分散的である横へ流れる社会へスライドしているからだ.
また、AIを中心にするprogramたちが日夜数学を超えた情報処理を人間の代わりに行うため,むしろアナロジーや偶然性をどうやって論理的に言語化の範囲にするか?というポストAI&ポスト数学的なAR,拡張現実的な発想が重要になるからである.
たとえば,余りにYouTube上で女性たちと話していなすぎる&マクロの問いが起きている→次には女性との対話が起きるなと思ったら、ここ1年以上は女性関係ばかりに話が変わってしまった.些末な統計は日夜AI的なSNSのアルゴリズムが勝手に計算してくれる.
また,社会は存在しないー.
人々は国民国家へ精神的に帰属せず分断しメタバース,インターネット上で自らの拡張家族を作るようになった.
むしろ分断化された社会は仲間を編集したり排除するミドルな統合が問題になった.
国民国家はガスと水道になるー.
大学は介護職としての情報処理を計りロッカーになるための必要条件だ.
まとめると,情報処理を機械が代替する時代は機械の情報処理をどう編集,デザインするか?っていう超AR的時代へスライドしているー.