他殺しない≒自殺しない古田更一は自殺した≒他殺するはるしにゃんではない理由。

 ~冷笑家ほど人間に愛を持つメンヘラ~

 ここ最近またはるしにゃんブームがひっそりと起きているらしい。

 はるしにゃんとは哲学に詳しいWriterでメンヘラ界隈で人気を博して飛び降り自殺をしてしまった男だ。

 彼のあまりに鬱病すぎる態度とボクのあまりに躁鬱的すぎる態度が同じだということを年上のまつたけ大王という男にボクは批評(=冷笑)されたことがある。

 

 ここに大きな間違いがある。

 

 ハッキリと言うが、オレは天才である。

 キミたちと違って、左翼史に詳しいし運動も得意だから、不謹慎系YouTuberは洒落にすぎない。

 そこをちゃんと理解していただかないと困る。

 本は破れ!は不謹慎系YouTuber坂口章を批評、つまりは批判している本だ。

 だから、あえて私はナニもこういう現状を嗤ってくださいということも含めて書いているわけで、坂口章やadoを肯定しているわけではないのだ。

 はるしにゃんもキュアロラン・バルトもオレからすると、めちゃくちゃ落ちこぼれ。

 批評する価値すらないぐらいの、落ちこぼれ。

 オレが細かくうるさいのも、外山恒一の合宿に行った時点でメンヘラは治りません。

 当然、体制側の大学は行けるだけ行けば良くて、本質はそこにはないよってことだ。

 

 ~売春婦になった藍原タユと工場労働を喜ぶ山谷の愚かさ~

 この二人の愚かさは頭が悪いことに対する葛藤がないことだ。

 極めて反知性主義者である。

 だから、彼ら二人は古田更一批判を追い込まれたらして間違えて、調子が良いときは古田更一肯定をする大きな間違いだ。

 幸福の科学二世のともだちだともが山上徹也を褒めてオレを批判する構造と同じ系にハマっている。

 バカは早く死んだ方がいい。

 なぜならば、トロッコ問題として、バカがいるせいで、事故は起きるからだ。

 その究極の選択はトロッコ問題のため、その系は必ず総括される。

 それが左だ。

 しかし、彼らは一般人だから、反知性主義者たちだから、その総括のリスクに怯えている。

 そこを見余ってしまうと、粛清される。

 だから、えらいてんちょうは頭が悪すぎる。

 本来、考える行為は人を助けることではない。

 考えることは、考えることにすぎない。

 だから、藍原タユや山谷は己に裁かれただけの頓馬だ。

 

 資本主義者たちである。

 彼らは非倫理的すぎるし、非論理的だし、とにかく倫理に欠けている。

 

 彼らは宗教にすぎない。

 もっとも一番愚かすぎるのは、ともだちだともだ。

 安倍晋三を殺したところで、問題は再生産される系を脱していない。

 そして、脱せない人間は罪と罰を受けて、総括される。

 だから、えらいてんちょうはオレより格下だ。

 えらいてんちょうの愚かさは人を助けようと思う所。

 そして、落合陽一に感じるネグレクトはあんなに頭が良いのに、結局のところ、仏教へいってしまうところだ(彼は最終的に仏教で東京大学や自民、公明に絡む東京信仰がある)。

 神はいないというところから思考しなけければ、まず始まらない。

 そもそものおカネが嘘だし、徹底的に情報処理で考えないといけない。

 とにかく人間的情緒に欠けている人間たちは動物と変わらない。

 そこを見余っているからこそ、大衆だからこそ、意味はない。

~AIが人間の知能指数を超える時に、人類のほとんどは必要ないのではないか?~

 ここで改めて話すが、自殺するように深刻な問題ではない。 

 そんなことは産業革命における自動車をフォードが大量生産したときから、第一次第二次の戦争の産声はすでに始まっていた。

 むしろ、AIが人間の知能指数を超える喝采を祝福すべきだ。

 人間のほとんどはアルゴリズムになり、文系はネコになる。

 その手をディストピアと訴えるのは、良くない。

 本は破れて、文系大学卒業という系は消滅する。

 藍原タユもオレの元カノもメンフェスも苦しいのは、宮台真司へベットした倫理観の欠如にある。

 それは、AIが人間の知能指数を超える真実を冷笑した人間たちが、AIに冷笑されたことに他ならない。

 PhantomMedicine.

 AIを冷笑することは人間風情ではできない。

 なぜならば、人間は、むしろ文学的で冷笑できないほど、面白くて愉快だからこそ、ハイテンションだからこそ、AIを超えるまた新たなゲームを懲りずに繰り返すだろう。

 私は胸に溢れている。

 結局のところ、まつたけ大王もはるしにゃんも元カノも彼女らこそ「人間」を軽蔑していたに他ならない。

 本は破れ!

 偽りの人間観の非倫理性を超越し、AIを前提にした人間を再定義し人間を愛し治そう。

〈追記〉

 もっともAIが人間の知能指数を超えるイノベーションで起きることの冷笑的な現実は、戦争である。

 その戦争はしかし左翼史的に打ち消す誤魔化しはあるだろうが、結局それは拝金主義にすぎない。 

 最も唾棄すべきは、冷笑だ。冷笑禁止ではなく、冷笑は民主主義を放棄した動物=家畜に他ならないからだ。

 

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