YouTuberブームが終わって右翼的なポスト平成翼賛会が終わって今はシンギュラリティを本当にベタに我々は生きている.
ゆとり世代はこの流れから逃れきれない.
陽キャ哲学が悲鳴を上げているのは煽りぬきに手遅れで彼はこの2,3年シンギュラリティが分らず生きてきたから年齢の限界に差し迫っているのだ.
シンプルに言えば,1つ目,戦後中流の遺産や体育会系的なノリはもう古い.
戦後中流の遺産は減り,SNSの多様化により星野源&ドラえもん&古市憲寿よろしくTV的な統一的メディアの力が弱体化しているからだ(作家はいらなくなり情報処理がAIのdesignに必要なだけ).
2つ目はAIは当たり前のように実装されていること.
私は普段AIを活用して仕事をしているが,これからはAIは合理的な道具にすぎずAIはフル活用して当たり前だし,日常レベルでもYouTubestudioのアルゴリズムなどのUIやYouTubeのUIが加速し続け,魔法の世紀をベタに生きているからだ
(こうなってほしいでなく,こうなるにすぎない).
こうなると不謹慎系YouTuberまみれになり,治安は悪化し,ますます人間の価値は大幅に下がる.
最後に落合陽一は単なる当たり前を記述した文芸評論家にすぎない.
AIなどを紹介した落合陽一ですらもう最新のメディア環境では当たり前で古すぎる.
ここで最後に難解で難しいのは,落合陽一→成田悠輔の流れである.
technologyの発達に反抗するように東京大学はまだあるんだという極めて人文知的な抵抗が資本の力で行われた.
もっとも東京大学は已に利権を取りたい人々とその利権に憧れる生活保護自給者の巣窟に過ぎない.
信じられないかもしれないが,本当にそうなっている.
もっともZ世代にメンヘラという言葉が流行るわけは若くても実存的には意識高いAIの時代に実存的にも実力的にも人々は耐えきれないからだ.
→よって,医学部YouTuberが流行りメタバースプラットフォームは精神病院となり,人間は人間の人間のための政治を行うようになる(逆転オセロニア化する国家や大学,企業.人々は電子の子宮に暮らし続け,ゆとり世代あたりからは非AI適正者を若老害介護する時代になる).
が,政治はあくまでも化かし合いでお化粧だ.
AIアルゴリズムの裁き手は本当にベタに平成やゆとりを柔らかくさばきZ世代に潜む強権派を強く裁くだろう(近代的自我に当てはめるならば,AI適正の低い人間は人間と良くも悪くもカウントされない).
〈追記〉
本は破れ!で追加された若老害向けの解説章を解説しよう.
作家は本当に意味をなくなり,人間主体からAI主体の情報演算にスライドする.
人間が人間で頭の善し悪しを競うと政治になり差はつない.
そんな時代はWeb Writer的なノリに価値観はスライドする.
戦後カルチャーは全て感傷マゾになる.
アニメや漫画は哲学的には無価値である.
学歴も権威主義以外の価値はない.
逆に言うと人々がメンヘラ化するから,感傷マゾには気をつけたほうがいい.
AIを使い倒すか使い倒さないかで肉体も精神も年齢の差がでる.むしろパラダイムが180度変わった意識ぐらいは重要だ.