年上の弱者男性たちが虐めてくる構造について。〜陽キャ哲学は陽キャ哲学じゃあない〜

 Web Writer古田更一です。

 年上の弱者男性たちが若者をたぶらかし虐めてくる構造について今日は話したいと思います。

 基本的に彼らは人生が追い込まれていて、年下に年上マウンティングでしか自我を保てません

 また、彼ら自体が政治・経済的な貧窮、東京や出版、学歴などといったルサンチマンや貧窮があるので、ネズミ講のように大きな詐欺師をヒエラルキーにして小さな詐欺師たちが詐欺師を詐欺師するマトリョーシカみたいな構造になっているわけです。

 典型的な例として上げられる年上の弱者男性たちは元電通○野、視聴者・太田龍一、ネオ幕府相川です。

 彼らは東京第一主義ですが様々な出世レースで敗北し続け、未だに若者と張り合うぐらいに既得権益化して妨害だったり、昔の価値観で殴ってきて人の話を聞かせてきます。

 弱者男性を通り越していて悪くはないですが、この手の詐欺師たちを誘発されるという点で危険なのが、陽キャ哲学普及協会です。

 本当に人生が詰んでいたり既得権益でクズいのは彼ら3名ですが、悲しいかな、彼ら3人は屑のため最低限の自我を保つための手法に走り、田舎や非出版、低学歴を見下します(なおボクより殆ど負けてる模様)。

 しかし、共犯的に差別を気にしない陽キャ哲学の態度そのものが彼らに勝てませんし、彼らを再生産する。

 つまり、陽キャ哲学とは年上弱者男性たちからの殴られ屋として機能している文学だ。

 彼らは資本主義を盲信している資本主義の奴隷、社畜です。

 良くも悪くも陽キャ哲学は余りに資本主義を盲信しすぎる東京でストレスを貯めすぎた結果、幸か不幸か陽キャ哲学というライフハックに到達したのです。

 しかし、それはあくまでも資本主義を盲信する社畜の話。

 まあbotです、年上の奴隷たちはYouTubeの影響力もなく、昔の価値観で殴りに来るbot

 陽キャ哲学は良くも悪くも老害哲学にすぎません(陽キャ哲学自体はリスクを取るぐらいですが彼が周りへ誘発するアナウンスは殆どデマ)

 まず無視、冷笑、闘争

 この3つです。

 基本的に年上の弱者男性は無視、そして冷笑しかありません。

 最後に闘争。

 最終的には闘うしかありません。争うしかありません。

 また、ここで問題になるのが、医学部YouTuber初田龍胡です。

 思想がないとしても彼には資本主義への視座がある。

 全てにおいて年上弱者男性の憧れは初田くんであり、年上弱者男性の軽蔑は陽キャ哲学なのです。

 初田も危険。

 ガチャです。

 初田は結局のところ、ガチャに成功にすぎません。

 虐め哲学が初田の実態であり、初田という借金取りと生きるしか年上弱者男性の活路はありません

 御冥福をお祈りします。

 弱者は弱者でも社会に貢献しないといけない。

 社会は存在します

 既得権益に甘えず、生き抜きましょう

 

 

 

 

 

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