まさか六本木のお大企業ちゃまの勝ち組がお受験組でなく、猫なvtuber月ノ美兎だとしたら、どうだろ?
岩佐なぎや00kyonCの可愛さはお大衆の東京の大学や大きい企業に匹敵してお素晴らしい。
陽キャ哲学も初田龍胡も統合失調症系YouTuber岩佐なぎの揚げ足に執着している。
ここで明確に言いたいのは、私は彼女が資本主義の奴隷、無自覚な(成功者として批判したわけ)で、彼らの冷笑、岩佐なぎは失敗者だというニュアンスとは性質を異にしている。
なぜ、陽キャ哲学も初田も岩佐なぎの冷笑に執着するのか?
それは嫉妬と政治的な古さである。
まず、彼らは自分たちの政治的なあるいは経済的な利権がほしいため、ただ若くて女子なだけでチヤホヤされる岩佐なぎが邪魔なのだ。
しかし、その手の冷笑や嫉妬は通じない。
岩佐なぎの完全上位個体に、00kyonCというヤニカス系サブカルvtuberがいる。
00kyonC的な猫はvtuberなため、もはや緩衝材を用意していて、東京の古臭い常識は通用しない。
成田悠輔は政治家は猫になり、選挙はアルゴリズムになると言った。
ようするに、陽キャ哲学は不要であり、猫、女でいいし、医学部中退YouTuberは不要であり、vtuberやYouTubestudioといったアルゴリズムが勝手に働いてくれる。
だから、岩佐なぎ=FPもとこおばさんは、呪詛であり、世代や時代が違うのだから、嫉妬によるネガキャンにすぎない。
男たちはもはや猫すぎる女に嫉妬する時代になっているのだ。
もっとも猫は猫で大変だ。
男性たちのボクを見て!に合わせて、一切放置する医学部中退YouTuberや陽キャ哲学のような層から◯ぬまで統合失調症女wと冷笑されて呪詛をされ続けられることだろう。
そのような東京のイキリ男性に憧れる弱者男性に稲葉というFラン大学生がいる。
もっともこれらの問題を超越するメディア・アーティストに落合陽一がいる。
落合陽一はAIが人間の知能指数を超える時代に合わせて生きれば、いちいち猫にびくびく震える必要はないと答えた。
全くそのとおりだ。
もっとも落合陽一=月ノ美兎は六本木の貴族という限界はあるだろう。
だからこそ、落合陽一の対としてボク、古田更一『本は破れ!』の共産主義的なAI観がオルタナティブになるだろう。
あるいは、ガーシーの暴露がこの日本の現実である。
結論、こんな難しいことを考えず、加速してゆく猫になろう。猫を応援しよう。
女子供に嫉妬している暇があるのならば、(弱者)を救済しよう。
もっともその弱者は弱者ではないかもしれないが。