平成のノリは終わった。
戦後中流だからだらだらしてていいよ〜楽しいよ〜みたいなノリは通用しないのだ。
これから生涯100年時代で長生きしてゆくのならば、大学差別、大企業差別の非合理を「世間」と断ずるのは構わないが、その非合理な宗教を続けてゆくのは、合理性がないのだから、ナンセンスである。
ようは、統合失調症患者は陽キャ哲学&初田龍胡であり、普遍的に言えば東大の成田悠輔フォロワーから既に現実を見ず、メタバース、インターネットの虚像で作られたプロパガンダをただ世間とどうにか言い張って皆で自我を保とうとしているにすぎない。
こんな時代にはライフスタイルやあり方、生き方は当然変わる。
ちなみに、人生が行き詰まって、年上でクレーマーをしながら私の作ったコミュニティでフリーライドしてくる弱者女性集団を私は稲葉一門wと評している。
彼らは平成終了論を認められずに、いまだに過去の時代に憧憬する不勉強な方々だ。
当たり前だが、現在は令和だ。
カジュアルに流行る学生運動や外山恒一合宿は令和の貧困さを客観視できないマイルドな平成終了難民のまったりした異議申し立てだ。
ゆとり世代/Z世代で生まれた時点で断言すれば人生は詰んでいる。
その上でいかに社畜に大企業/大学にしがみつけるか?というゲームなのは言うまでもない。
始まった令和の革命動乱期を私はダダダドダドダメシャンティーと定義したい。
そもそも