日本社会の壁は3つある。
1つに学歴の壁、2つに障害の壁、3つに都心の壁だ。
この3つをZ世代はクリアする必要がある。
(なお、この3つを完璧にクリアする万能は既得権益か天才だ。だとしたら、3つのうち最低限2つでも構わない)
1,学歴の壁
地頭でクリアしよう。
あるいは学歴で計れない哲学へ逃げてしまえばいい。
または気にしなくていい。
先程から3つをあげた理由は、社会はまずこれら3要素で大体スクリーングすることで社会人か否かを判断するように感じるからである。
まずこの学歴の壁は実のところ一番と意外と簡単で努力次第で最低限はなんとかなるように人間が後天的に作った要素が意外に高い。
だから、学歴コンプレックスならば、先程あげた地頭や哲学、気にしない、おとぼけといった様々な手段を駆使して、とにかく学歴を価値相対化する手段は思いつくはずだ。
または、地元のアナタが持つ学歴を愛するなどだ。
学歴は意外と公平で、努力が最低限アナタに担保するし、日々テストは変換することができる。
そもそも学歴は学校の歴史にすぎない。
アナタがその学校で何をやったかが問われているわけで、学校は歴史にすぎない。
2,障害の壁
ここからは困難を極める。
障害の壁は学歴以上に努力じゃ不可能だ。
政治経済でも基本的に無理ゲー。
となると、苦しいながらも既存のやり方の上をいく必要がある。
障害の壁は不可能だ。治せない。ひどい。近代国家の限界がきている。
まずアウトサイダー・アートだろう。
障害者が上手いイラストを描くあれで、結構これはあるらしい。
調べた。
または、スペキュラティブデザイン。
批評的design、想像的デザイン、if thenなSFで現実社会を実際に読み替えてゆくことだ。
自販機は自宅に3つあったほうがいいだとか、同性愛も異性愛もないんじゃあないか、だとか様々な思弁は現実を渡る視野を広げるだろう。
そもそも障害は明らかに医学的な欠如である。
だが、学歴がない、仕事ができない、は怠惰なだけで、それまで障害とは差別しづらい。
ようするに、障害は医学的な欠如で、科学的に明らかに異常な場合である。
アウトサイダーアートやスペキュラティブデザインのように障害者が生きやすいような社会環境へ徐々に設計する必要がある。
文系的な理解である学歴だけではやんわりとした公平と差別であり、メリハリがついた壁ではない。
障害の壁は就活や家族関係、社会様々なネットワークで障害となる。
障害者と言って優しくする義理はあえてない、その人の個性としてあえて厳しくすることが彼らに居場所を与えるわけで、ただし、それはアートやデザイン的に社会を徐々に障害者雇用がされてゆくような共産主義圏へ変えざるおえないと思う。
3,地方の壁
とは言っても、資本主義や地方格差はあり、そこで人生のスタートが決まるかもしれない。
1と2を誤魔化しても、どうしても社会は社会という席の決まったゲームだから、地方格差の壁でスタート地点が遅い時点で厳しいかもしれない。
資本主義を見捨てること、都心と戦争すること、アナタ自身の都心を見つけることだろう。
1は文系的で2は理系的、3は資本主義的な利潤の問題だ。
詳しくは、本は破れ!で描いた個性経済学である。
どうだろうか?
後天的な底上げ装置の無理ゲーや先天的な遺伝子的な無理ゲー、資本主義の無理ゲー、これら3つのうち、2つでもいいから偏差値50ぐらいクリアし、1つは真剣に撤退戦で頑張るだけでどうにかなる。
困難かもしれないが、この3つがある。