「実験♪実験♪楽しい実験♪楽しいなぁ~♪」
はぁ…。
黒服の科学者「古田更一」は古田更二がイキっているのが超ザかった。
白い鼻マスクを鼻にかけながら、1300円もするかつ丼を食べている前で、まるで人の食事を小バカにするかのように白服の科学者である更二が豚汁を飲まずに手足を何度も豚汁に入れてちゅぱちゅぱと実験をしている。動画撮影をしている。更二はマジモンの「美術系YouTuber」なのだ。
「食がまずくなる…」
更一はため息をついた。それでも更二は更一のことを舐めているので、やめない。
「ボクはぁ~一番強い更一さんを超えるんすよ~。だって、最近毎日動画撮影をしていると面白い気持ちになってきてこれ自体はその外で撮っているだけのいわゆるタイムログみたいなもんだけど、そこには油絵を描いているだけじゃあ感じられない本質的な科学の発露があって。その文系と理系の往復―。油絵を描きながらもそこで得た科学を理系としてテックで反射させてゆくこと…。それを…」
「もういい分かったから!オレの隣で豚汁で遊ぶなや。食っているかつ丼がまずくなる」
「でも…。そこにはかつ丼との類似性が科学であってその美しさは…」
あーもう。めんどくせーヤツだ。
もっとも「古田家」はこんなもんだろう。
更一としては耳の大きい更二のことを責められない。
ワイヤレスイヤホンをつけて正に大きな耳そのものの存在を声高に表現する彼は切れ者だ。
更一としてはめんどくさいヤツだとは思うものの、まあ若い輩だから仕方ないなと思っている。
それに…。
「池袋はボクのもの~♪池袋はボクのもの~♪真ん中を通るのは耳存在~♪」
はじまった。
音楽が特にロックが大好きで音から英語が得意な更二は論理が鋭い古典派な更一と違って感覚技術に特化している。
そして、とん汁に入っているにんじんを粉砕し地面へ捨てて、豚肉も地面へ捨てて、高らかな大声をあげていた。
「うえ〜い!耳存在〜♪このセカイは耳存在〜♪池袋はボクのもの〜♪成田さん〜」
「あ~あ~…。食事とかしている場合じゃねーわ。マジで。てめぇ、マジでやりすぎだ!」
更一は更二の大きな耳をつねった。
「痛い!痛い!ボ、ボクはただアートをやりたくて…」
「チッー…」
更一は笑いにもならない笑いを浮かべた。
舌打ちをした。
そうなのだ。
ART。
代々古田家はART(美術)を科学として利用する一族として活躍している。
ちなみにさっきから食べている場所もちょうど研究室、いわゆるアトリエで、もっともそこは二人が周りのお客さんを意図的に追い出して作った正に古田家だけの渋谷某所のファミレスだった。あたりを歩くのは二人以外食事を持ってくるロボットだけなのだ。
ようやくしゅんとした更ニによって静寂を取り戻した真夜中のファミレスは無人用ロボットだけが歩いていた。
「感動的だねぇ~」
古田はかつ丼に左手をつっこんでむしゃくしゃ入れながら祝杯した。
「ははは…。やっとボクの出番♪やっとボクの出番♪、い、言わせてよ〜」
はぁ。怒られてもこうるさい更二を無視して、更一はつまらなそうにニンテンドーswitchを開いてイヤホンをつけて、更一自体もこの古田家の宿命から現実逃避を決めかねた。
「ちょろっと~ボクの出番♪ボクの出番♪耳の大きな存在の~ボクの出番♪」
はぁ。ピコピコとゲームをやりながら、更一はなぜ自分がこの古田家で長男であるかを誇らしげにニッと嗤った。
(テメーはどうせ負けるんだよ。本当の主役は、いや今回の古田はテメーじゃあない。さっきからオレたちを窓ガラスから覗いているあの女だよ)
そう。茂みの中から窓の外から白いとも黒いとも形容しがたい背が低すぎるんだけど最もお姉さんのようなー、そんな不思議な表現でしか表現しようのない。究極の普通、美人投票。だけど、美人じゃあないのになぜか美人だと思ってしまうようなそんな不気味すぎるつけられたような表情ー…、そんな「美人」が…。
(へっ。やっとテメーの番かよ…)
その女の名前は古田零子(フルタレイコ)。
古田一族最強の名を欲しいままにした天才的アーティスト(science・Writer)。
本を破ることで人々が無意識に脳内で捉えている「本」という概念そのものにダメージを与える疑似軍事技術『本は破れ!』は、本来この零子が研究した科学の模倣にすぎなかったのだ。
(まるで幽霊みたいな女だな…)
一度なんらかの敗北を喫したかもしれない更一の後ろにさながら幽霊のようにジッとこっちを嬉しいのか悲しいのかそれともやっぱり嬉しいのかでも悲しいのか、本当に「普通」にー。本当に曖昧な表情で、だけどー…、そこには女の「怒り」の感情が様々にとぐろをまいていた。
ひゅー。
更一は音の出ない口笛を吹く。
(これじゃあ…まるでオレも更二みたいだな…)
以前の自分が取り憑かれたかのように更二のようだったと反省に至る更一。
古田一族の伝統として下の階級が厄介な弟だったり妹のように見えるのはどうやらこの一族の伝統らしいのだ。
「オマエさぁ…。零子姉さんは次にどんなことをするのかな?」
「…」
零子は答えない。まるで興味がないように。だけど興味があるかのように振る舞う。けれど、そこには明らかに「怒り」の文字が広がっていた。
後ろを振り返らず、更一は呟く。
「ああ。そうかい。そんなに大事かい?血族の継承っていうヤツが…」
「…」
「でー…。オマエが来たっていうことはオレが何か最低限入手できるんだろうよ…。え~。それともあれか?オマエはまだその権力をそこで維持しようって魂胆かい?はは。だけど、オマエ~…、ゲームは苦手だもんなぁ~…、特にホラーゲーム!」
刹那ー、零子の表情は「普通」に険しくなった。まるで自然と、でもやっぱりあまりに自然すぎて普通じゃあないような。だけど、「怒り」はその怒りだけはその女の個性だった。
「諦・め・ろ」
更一は嘲笑った。
ふと振り返った更一のガラス越しには、零子はもういない。
「…」
その代わりに満月の月は欠けていて、そこには兎が餅つきをしているかのように赤黒いような影をつけながらランランと輝いていた。
(小説は隠語)
更一は更二がぐじゃぐじゃにした豚汁を飲みながら欠けた月を睨んだ。
(ようやくオレの出番かよ)
更一は笑った。
そして、更一は嘆いた。
分かったよ。
スワンプマン。クローン人間の実験はすでに成功しているんだろ?
もっとその先をすでにやっているって言うから、てめぇーは〇(ゼロ)なんだろうよ…。
冷笑。
冷たく笑うことを意味していて、ゼロとは正に一番にならないことで逆張りをしている。
当然のことながら科学的思考と冷笑は似ているようで違う。
一見、科学を推し進めるととんでも理論は可能になる。それがサイエンス・フィクション、SFだ。科学の想像力は世界を書き替える可能性、ポテンシャルを有している。
けれど、冷笑は冷たく笑うことでサイエンス・フィクションをしょせんフィクションでしょと嘲笑う癖があるのだ。まるでオモコロのように。まるでインターネットおもしろ女のように。
だけども…。
冷たく笑いすぎる不気味な普通さを有しているその零子のその表情はどう考えても「科学」を追求する才女だけが身に着けたそんな外面の冷笑だった。
(テメーの張り付いた冷笑、ようするに化粧、アイドルは全部布石だったっていうのは全部バレているんだよ…。とうとう姿を現してきたオマエのことだ。一体ナニを…。どこまで科学を掌握してやがる…?)
更一の問いかけに零子は答えない。
なぜならば、再三言う通り「普通」に零子はもうそこにいないから。
欠けた月だけがランランと真夜中を嗤っていた。
応答するように、更一はゲームを続けた。ピコピコと。