Z. 〜Zonbe is Zoom(n).〜

Seven minutes, seven minutes is all I can spare to play with you.

 もしくは、ハーバード・スペンサー氏の希望にかなうように、利他的にならねばならないと要求することは、生存からその偉大な性格を奪うことにほかならない。

〜ニーチェ『この人を見よ』〜

 Z世代というミレニアム世代の特徴を考える際にゾンビゲームの大挙『バイオハザード』は参考になるだろう.

   大事なことはメディア技術の発達によりニーチェを駆使せずともニーチェを実装することが可能になっていることだ.

   ニーチェも耳が良くないと哲学はできないと善悪の彼岸?あたりで言っている.本質的な問題はtechnologyによってスマホと情報処理があれば誰しもがニーチェに代替させることが可能なはずである.

   バイオハザードはアメリカ史の暗喩に他ならない.

  しかし同時に技術をクールに読み取る新しいアメリカの萌芽こそがバイオハザードの適切な優生思想の解釈である.

   皆が忘れているであろうスティーブ・ジョブズによってappleのdesign力により世界は既に書き換えられている.

   イーロン・マスクのTESLAおよびXはpowerによってジョブズのdesignを後継しようとしている節を感じる.

   話は戻るが,Z世代とはTechnologyによってスマートに分断された分衆の醜さだと定義できる.

   比喩的に述べれば試験管の中に脳髄を4分割されたケーキを切れない非行少年たちみたいなものであり,彼ら彼女らデジタルネイティヴの非行さは非文化的分衆によって培われたゾンビなのだ.

   yay!やトー横キッズ,迷惑系YouTuberは昔からいた可哀想な人々というよりもコロナ禍の自粛よろしくzoom的社会人になれないメタバースに追いやられたデジタルネイティヴ時代の非身体的な非文化的分衆だと定義できる.

   その様は惡く言うとゾンビである.

   若者言葉で言えば「無キャ」であり彼らは文化がないことによる非コミュニケーション的なキツさにより苦しんでいる.

    話をまとめるとZ世代が社会人になるにはzoom的想像力に幽閉されて出ることはできない.現代はフラクタルが兵器として数学的な利己さが鈍器としてデジタルネイティヴを襲うからだ.

   そうなるとデジタルネイティヴこそデジタルが苦手か否かという更なる格差を生んでいるだろう.

   このヘゲモニーを超えるには「新しい文系」が必要なのだ.

   もっともzoon,無キャであることの強みは空白,純白啓蒙的な白さが武器である.

   白であることの強みは統計的アルゴリズムを新しい文系たちは獲得しているかもしれないことだ.

   数学は資格により隠蔽された詐術に他ならない.

   厳密に見たら難しい数学はわざと難しくしているわけで,それは「資格」という別ジャンルだからだ.

   学歴YouTuberも「資格」に他ならず純粋な数学者ではない.

Found you!

 サイエンス・フィクションはむろん《大衆の》文学ではない。

〜ジャン・ガッテニョ『SF小説』〜

 ここでは「資格」がいかにハイパー・メリトクラシー時代に工学的な詩(特別入試/AO/推薦入試)に冷笑される詐術か?を言語化しよう.

   大事なことは,ヒルたちの言語化にうんざりしている.ヒルは様々な手段で人をはめることしか考えていない.それは東京の豚ならば,娘や嫁,仲間のため(ルサンチマン).俺が東京の豚に負けたところがあるとすれば,娘や嫁,仲間のためならばサイコパスは通ることを知らなかった.苦しくなると湧き出る反らしの文学.

  もともとやるべきことをやらなかった人災.

だめライフも東京の豚も「資格」というたたき台が用意された上でパズルが下手くそ.いやパズルが得意だからこそ文学.「だめ」←バズりたかった.これだけだらだらだらせざるおえないのは,僕を見てよ!ニーチェになるならば,令和はニーチェを破りtechnologyでなるべきだ.

   資格で回っているは嘘(社会人批評).

皆が資格やるときに,資格はたたき台にすぎない.

   あくまでも資格が必要か?否か?の問いになるだけ(キルケゴールのあれかこれか).

   もちろん最低限,資格は必要.

   だが,それはちょっと考えるとおかしい話.

    ようするに,だめライフは資格.

    ああそうだよね,だから,わざと転ぶし,オレも参加させる.

   資格は資格ができないやつをいれておとす.

   よく考えると大学入試はおかしくて退学する輩が毎年出るのは,無意識に計算してる.

   大学教授の見たくない外傷.

   資格はあくまでもたたき台.

   資格をとれ!ダブル・バインド

とりながらもとらない裏道か資質.

   ブラックもホワイトもない。

就活ブラック論はたたき台にすぎない.

問題はからくりを誰が握っているかだ.

   彼がわざと転ぶときにつっこむのは,愚策.本当に資格を○したいならば,松本哉のような資格に関係なさそうな人こそ資格かもしれない.

 ひねた官僚(bot)たち.

    統計学は弱者のツールに他ならない.

    差をつけるのは「勇気」に賭けて責任を取ることである.資格はパズルに他ならない.

Uroboros.

   横尾忠則というartistがいる.

    彼は音により様々な場所を文化している.

    大事なことは身体性と実存主義と勇気である.

    ここらへんは私の任務ではない.

     UROBOROS,永劫回帰するニーチェ的末人は言語で理解するからにすぎない.

  technologyを上手く使うのは文化資本に恵まれた英国人的な白人かあるいは米国人的な黒人である.

   其の為には文か音か歩かなどが重要になり,動的な問題になってゆく.

   書を捨てよ,街に出ようを唱えた寺山修司は横尾忠則に装丁されていたが,横尾忠則は近年コロナ禍を嘲笑う口が書かれたマスクを売っていた.

    もっとも私だったらunmoral youtuber(あくまでもパズルとして資格を笑う意味も)あるいは加速主義批評家としてマスクを考えていただろう.

 

   

  

 

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