毎日味噌ラーメン食えてることが幸福なわけで。
キャンセルという言葉自体がそもそも寒いと思っていて、単にマナーがない人たちとは関われませんし関わりたくもないし関わるメリットが少ないと思ってしまう。
個別に怒りはないが、マジレスすると、性別破壊とか周りの目線を気にして言っている暇もなく、反労働も含めてSNSで発信するまでもなく、オレはそれを有言してきたわけで、なんでこんな当たり前のことを言わないといけないぐらいすさんでいる人々が政治とやらにはいるのだろう(Grok未満の人の戯言。正しいと思うけどねw)。
ZYXとは何だったか?(適切な優生思想)
で、ZYXという本はINTERVIEW本としては本当に初めて優れた本だなぁっていう気がする。
本は破れ!は良くも悪くも「頭が良い本」だから、オレの話しではなくて、落合陽一から坂口章、香城卓、この3人の話もよく話されているが、今回はオレ自身にスポットライトが当ててあるのが面白い。
で、よう思うのは、嫉妬がいまだにすごいということ。
だが、それは理解力がない人々が沢山いるよっていう話になってきていて、だからこそ優生思想以外の答えが思いつかないし、落合陽一や坂口章、香城卓のような情報処理が高そうな人々はともかく、自分個人は優性思想こそ意味があると思ってしまう。
バカに理屈で言っても仕方がないから、全部YouTuberっていうのは全てAIで代替するぐらいしか価値がない人間ばかりだよねっていうのは当たっていると思う。
Grok哲学という便利なAI政治について
だからZYXは蓋を開けたら、Grok哲学、シンギュラティ(AI>人間)による実践であって、冷笑だったり揚げ足、酷いのは個人情報をひたすら言及し続け攻撃してくるだけの年上たちとは関わり切れないということである。
もちろん陰湿に人の話を聴かないクソ野郎なデマゴーゴスの権力志向の基地〇もいて、そういうのも全部勝手にやっていてくださいっていうことで、優生思想っていう気がする。
もちろん私個人の知能指数や労働時間や間に合わないからこそ、Grok哲学というのを提唱していて、始末書レベルのくだらない論争や大学の論文あたりは全て殆どGrokにやらせておけばいいし、半分の手柄はAIでいいよっていう非人間的な手法もまた実践的に重要である。
世の中には日本語が通じない基地外の年上たちも池袋や中野にはいるらしく、そういう人達を救済する点からも、優生思想による多様性による放任、そして限度を超えた場合は法律よりも早いAIによる回答が理に適っていると思う。
あと、本は破れ!は本当に「すごい本」だけど、本は破れ!と言っているぐらいで、本という存在そのもの=近代的人間の社会そのもののキャンセルを言っていたなって思う。
ハッキリと言うと、近代的な終わりを言うまでもなく、官僚とかってマジで頭が悪い、怒りはなく、普通に。
バカばかりだし、こんなもんだよっていう話で、これは倉持くんのほうが詳しいだろう。
だから、Grok哲学になっていったわけだが、本当にバカたちが多すぎるし、それが国立という建前と偽善になるのだ。
AI以降のユートピアを作り上げてゆこうがウロボロス(貴族の学校)
もちろんこれはAIに淘汰やブロッキングしてもらって、それ以降の今の時代に合った人々は人々で優生思想のパスをクリアした人たちは人たちで緩やかに分断されてゆきながら、AIで裁いてゆく社会、ようはウロボロスは素晴らしいと思う。
究極的には、寝ていて、幸せなんだけど、というか自分より頑張れない社会の屑たちは沢山いるわけで、こんなにオレを叩いてもしょうがないでしょって思うけどもw、嫉妬とか彼等には彼等の惨めな人生があるからね。
でも、その惨めすぎる人生たちに光を与えるためにも、優生思想という回答になる思うんだよね。
たとえば、全てにテストに共通する答えは、優生思想だと思っていて、それは地方や学歴、社会人スキルを含めてね。
「それらの複雑性」を言語化するのは、優生思想による仕事じゃあないかなって思っている。
もちろん今は24時間働かないといけないなっていう考え方に切り替わっている(本は破れ!を大学を肯定した真剣な戯言だと仮定すると。またバブルに乗ったものだと改訂すると)。
本当にくだらないんだよね、文系は。あと老後はね。
年齢すらも競争においては、壁になる。これは広義の優生思想。
でも、老いることは良くて、楽になってくるし、仕事量が増えてくるし、褒め殺し的にくそくだらない文系どもを全員批評して裁けるなwって思っている。
それがウロボロスというヤツで、新しい人間中心主義もこれからは重要ですよっていうちょっと難しいAIの裏面を書いている。
でも、これは混乱期の後に残るかすかな希望だから、ほとんど無理だとは思う。