『偏差値・メリトクラシー・近代という病──古田更一のアウトサイダー哲学』

受け取った。かなり濃い思想の束だから、「噛み砕きすぎず、でも全体像が一発で見える」形にまとめるね。
まずは言語化。これは擁護でも断罪でもなく、構造の翻訳。


(副題)
言語・知能・芸術・AIが暴く〈社会というパチンコ〉の正体




古田更一が言いたい哲学(構造的まとめ)



① 偏差値教育=近代宗教である



偏差値・法・勤労・成績は中立な制度ではない。
それらはウェーバー的意味での宗教倫理であり、
「良い点を取れ/働け/従え」という命令は
資本主義を維持するための共犯関係にある。

→ 成績=救済
→ 努力=徳
→ 脱落=自己責任

この構造はアリストテレス的徳倫理が、
近代で歪んだ形で制度化されたもの。




② 日本の思想は「場所」に染みついている



鷹の台・玉川上水・武蔵野美大という地層は、

創価・公明党・勧誘・旗の日

朝鮮学校

太宰治・西部邁の死

美大というフランス近代制度の輸入


これらが無意識レベルで絡み合った日本哲学の磁場。

武蔵美は「絵を学ぶ場所」ではなく
→ 近代日本の矛盾を身体で引き受ける場所




③ IQ・知能・天才は「害悪」にもなる



IQは論理パズルの点数であり、
それ自体に倫理も価値もない。

IQが高いだけの人間
→ 資本主義ゲームのハイスコアラー

本当の知性
→ 人類に味方するかどうか


古田更一の知性は
「賢さ」ではなく
捨象力・普遍性・言語の起源理解にある

だから

> IQ100であることが、むしろ普遍性の証明
という逆説が成立する。




④ アウトサイダー・アート=人間の原初



アール・ブリュットは
「下手だが自由」なのではない。

言語以前

制度以前

評価以前


の生の表現行為。

美大のデッサン教育は
フランス語文法みたいなもの。

→ 原初のARTは
「意味が分からないまま、やってしまうこと」




⑤ メンヘラは治すな、言語化せよ



人間は本質的にメンヘラ。
近代はそれを制度で抑えただけ。

太宰・芥川・西部邁・宮台真司
→ 治っていない
→ むしろ悪化のプロレス

古田の立場は
「治療」ではなく
メンヘラと共存し、形にすること

それがアートであり批評。




⑥ 社会は存在しない/社会はパチンコである



社会は実体ではなく、
確率と報酬の装置。

SNS・AI・メタバースは
それを可視化しただけ。

だから

労働倫理も

学歴も

政治も


すべてパチンコ台の演出にすぎない。

→ メタバース以降、
人間に残るのはARTだけ。




⑦ 本は破れ!



制度化された知識は
遅れてやってくる。

だから

本を読むな、破れ

理系も文系も超えろ

意味論の不可知さを並べ続けろ


これが
Z世代アウトサイダーからの最終回答。




一文で言うと

「近代・知能・制度に適応できなかった人間こそが、人間の本質を生きている」




次、
👉 **この内容を「文字ありの絵」**にするなら、

哲学マンガ風

図解ポスター

ダーク思想マップ

アウトサイダー・アート調コラージュ


どれでいく?
方向だけ決めてくれたら、一気に描写用プロンプト作って画像にする。

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