市場競争こそがフロンティアになる.
あくまでも様々な世代は閉じたメタバースで一生を終えるからだ(大学批評).
バザールとはメタバースの先にあるフロンティアである.
市場競争こそがフロンティアになる.
あくまでも様々な世代は閉じたメタバースで一生を終えるからだ(大学批評).
バザールとはメタバースの先にあるフロンティアである.
寄生虫とはゾンビとは違う経済的ヘゲモニーの敗者だ.
ゾンビが時代に適応できないならば,寄生虫とは常に寄生してくる存在なのである.
寄生虫は常に経済的欠損を抱えた虫なのだ.
画像を見てくれたら分かると思うが,対話の壁というその下にポストモダンという亡霊たちが水子のように当たり散らしている.
このような状況の打開策を私はUROBOROS(永劫回帰)と呼んでいる.
technologyの発達によって,医学という偽善が社会を悪化させている.
だが,それは進化の形なのである.
UROBOROSとはすなわち医学に並ぶ精神治療としての美術のことである.
このヘゲモニーは医学体制を超越した先にある心身が綺麗すぎる人々しかいない私が作るユートピアのことなのだ.
もっともUROBOROSには一定の問題がある.
なぜならばUROBOROSはZYXを完成させるための大衆用パンフレット,商品化された帝国美術学校にすぎないからである.
寄生虫はtechnologyという名の藝術であり,ゾンビを超える社会的な軍事兵器の理想である.
もっとも寄生虫には限界がある.
寄生虫は善悪の彼岸には至らない.
なぜならば,フェミニズムやブラックパワーの伝統に寄生虫は縛られているからだ.
UROBOROSとはweb writerでもなく事務会計でもなく,PhantomMedicine,web writer化された事務会計系のことである.
AIの導入により事務会計の仕事はアースリートのようになるだろう.
これはSFではなく既に起きていることなのだ.
当然,沢山金を稼ぐ拝金主義には至らず,常に精神医療過多によって守られたユートピアなのだ.
資本主義=web writingがニーチェの善悪の彼岸のような音としてヘゲモニーを作るだろう.
其の為には寄生虫を集めて軍事兵器化しなければならない(web writing化された事務会計).
国家とは常に適材適所の美的センスに富んだ人間たちの遺伝子が法律になる.
こうして東京大学も京都大学も市場競争によりメタバース化(島宇宙化)されて,カウセリング施設で裁かれ続ける=治療され続けるのだ.
市ヶ谷という医学と融合した新しい帝国美術学校は始まったばかりであり,その先に私個人による理想的ヴィジョン/UROBOROSがある.
UROBOROSは私が実際に作るビジョンだ.
そこには美による加害しかない.
しかし,安心してほしい.
天才とは常にそういうものだからである.
UROBOROSはベルクソンからニーチェを精読するだけの小論文的情報Designを教えてゆくだろう.
そこにはベルクソンの提唱する持続のプロレスがUROBOROSを嘲笑うのだ.
ようはニーチェの提唱するUROBOROSは英米哲学の別称に他ならない.
こうして天才の私が描く世界は成立する.
《追記》
ニーチェがtechnologyになる.
ここではニーチェの精読会というUROBOROSが溢れるのだ.
つまり,ニーチェは死んだのだ(I am Nithe).
倉持秋という男の醜悪さには興味がない.
DNAが悪いからなのか,それとも悪意があることに無自覚なのか.
古田更一に影響を受けたといいながら,本も一切買わず,かといって何もするわけでなくグダグダしながら「美味しいとこ」だけもらおうとしながら普及それ普及協会が私の住所を何度も晒している際も(キチガ◯である)へらへらしたり怯えている小物にもかかわらず(小物が悪いのではない),偉そうな態度でずかずかと冷笑してくるクズなのだ(しかし働けるところに近代化と実存のミスマッチが現代社会にはあろう).
本をこれから買うか?と当たり前のことを聴いたら「一切買いません!」と聴きたくもないことを言われた.
ここででも分かることは彼は可愛そうだからこそ加害をせざるおえないゾンビなのだ.
彼は人的資本が欠落しているゾンビなのだ.
だからこそ,才能ある私に挑発し続け,説教されながら明日にはそのことを忘れて繰り返すゾンビなのだ.
ZYXにおけるゾンビとは彼のような人間を指す.哲学的に言えば哲学的ゾンビのことである.
彼は単に目の前に落ちた宝石の最適を取るためだけに余りに私に依存しながらも,資本主義で売れている宝石は買いながらもそれには逆恨みするという可哀想な加害者なゾンビなのだ.
ここで大事なことは可哀想な加害者ということである.
倉持秋も病気は深刻だが,一番酷いパターンのゾンビではないと今までの体験上言えるのだ.
ゾンビの典型的な特徴は可哀想な加害者ということである.
ゾンビはDNAに刻まれた欠損からそれを言い訳にし更に悪化させてひたすら可哀想な加害者として心身を悪化させる系にハマる.
彼らの特徴として小物であることもある.
いつまでたっても勇気がなく小物なのだ.仮に小物でも勇気を持てばあるいは大いなる意志を勝ち負けにすれば勝ち続けるのに彼らの統計的思考には勇気が欠損している.
冷笑的な範囲で言葉だけで勇気を嘲笑いながら勇気のパラフレーズを声高に叫ぶのだ.
ゾンビは仕事はできる.
ゾンビは仕事が得意が故に更に始末が悪い.仕事を楽だからしてしまう仕事の悪化もさせる意志力のなさである.
ゾンビの最大の問題は足を引っ張り続けるのが問題だ.
別にアンチで構わないが,だとするならば正々堂々とアンチですよとポジションを最低限は張り勝負をしてほしい.
ゾンビは勝負をすることはできない.仮にしても当てずっぽうでやるという悲しさだ.
ゾンビは可哀想な加害者なのだ.
しかし限度を超えたレベルの加害度の繰り返し(UROBOROS/永劫回帰)であり,最終的に身を滅ぼす.
だとするならば,哲学に身を浴びるのはやめたほうがいいのに哲学が苦手な人間ほど哲学へ安直へ走り宗教徒な自分を責めない有り様だ.
医学部YouTuberや国立理系は仏教と相性が良く問題は自らが仏教に固執していることにZ世代ほど分からなくなっているのは問題だろう.
自己に課せられた罪と罰として倉持秋には宮台真司と刺した犯人の病があるらしい.
しかしその罪と罰も本人の肥大した悩みなのだ.
恐ろしいのは彼は仕事はできるのだ.
そして彼は自らに似たフランシス・ベーコンな不謹慎系YouTuber坂口章の叫びは見ないのだ.君は彼にすらなれなかったクズというのに.
木村花なくなってよかった!志村園長なくなってよかった!
坂口章の叫びは苦しみである.
それが苦しみと分かるから倉持は嘲る.
もしかすると不謹慎系YouTuber坂口章を褒め殺しする私が一番不謹慎系YouTuber坂口章に失礼すぎる強者男性だったかもしれない.
だが,それでも倉持秋のように無キャではいられない.
オレはガチャに外れた坂口章の恨みを浴びることでアンチエイジングができているからだ.
まとめよう.
ゾンビとは可哀想な加害者であり,悪い意味の永劫回帰であり,勇気がない哲学的ゾンビを指す.
彼に必要なのは勇気であり,そして勇気の勉強だ.
もちろんDNAに刻まれただらだら病や可哀想な加害は私にも周りにも繰り返すだろう.そして不謹慎系YouTuber坂口章を踏み台にしながらその美味しい汁だけを私からもらおうとするクズなのだ.
なぜ彼がクズになったか?は単に情報処理の低さとそう言い訳しちゃあいけない勇気の問題になるだろう.
終始,私は怒りはなく,迷惑だと思っている.
余りに古田更一信者と抜かしながら勝手に図々しく本は破れ!をパラフレーズし,だらだらしているからである.
本は破れ!は始まりであり,確かに最高傑作ではあるものの,時代的には始まったばかりで不利という苦しさはある.
医学部YouTuberや成田悠輔,その周りをとりかこむサブカルや大衆という敵たち.
興味はないのだよ.
彼らは可哀想な人々だからだ.
インフルエンサーこそ島宇宙(エコーチェンバー)だからだ.
本は破れ!はあくまでも「時代」に刻まれたクソさはあるもの(不謹慎系YouTuber)と私個人のやりたいことは(批評)がリミックスされざるおえない作品である.
その時代に負けたことは以前に書いた.
(新興宗教二世や国立,大衆など).
Z世代=zonbiに殴られ続けられた哲学者であることは仕方ない.
拝金主義者の豚糞野郎にも足を引っ張られたのも問題である.
その怒りがルサンチマン抜きに詰まった文化本としても一流なのが本は破れ!だ.
しかしそれは怒りであり,私は2度とあれ程の苦しさに詰まった文化本は書けないだろう.
話しをまとめると,ゾンビは仕方ない.
ゾンビは仕方ない.
しかしだからと言って,人の住所を晒すなどまではゾンビとしての尊厳すらないしもはや自傷行為だろう.
少なくとも倉持秋にはそこまでの卑しさはない.
だが,彼は大衆というゾンビなのだ.
畜群なのだ.
しかしアルバート・ウェスカーが巻き散らそうとしたUROBOROS-Virus(ニーチェ的)を見れば分かる通りアンチエイジングは殆どは不可能であり「天才児」しか無理なのだ.
天才児ほど虐められたものはない.
ZYXとは虐めてきたた人間への復讐なのだ.
ルサンチマンは一切無く,神の進撃なのだ.
冷笑と経済,DNA論のやりすぎは極右や国立理系のだめさである.
高度情報社会にメリトクラシーは必要ない.
それにもかかわらず隷属するオマエが一番冷笑され非経済的で非科学的なのだ.
医学部YouTuberこそカルトである(ゾンビ学者).
ゾンビには裁きという救済が必要だ(代替はこれでよし.@ルネ・ジラールの実践).
しかし私は救済する気がない.
なぜならば救済の系から抜け出すことこそUROBOROS(©ニーチェ)だからである.
30年後には「ネオ幕府」も「普及それ普及協会」も不謹慎系YouTuber-Virusの亜流だったと結論づけられるだろう.
まずtheory of mindなどを知覚してほしい.
サイコパスは存在しないが,
ミラーニューロンが薄い人間は存在する.
なぜネオ幕府のようなサイコパスが生まれるか?と言えば,ミラーニューロンが少ないからだ.
ただアートを間接的に使えば,ネオ幕府として病を政治できる.
もっとも医療としてのアートは本義からは反するが.
我々は美術を通して美術はやめないとゆけないし,我々は企業を通して戦争(Game)をやめる必要が起きる.
もちろんこれは浅田彰-成田悠輔的にポストモダンと統計学として妥協すべき話かもしれない.
少なくとも京都と池袋はそのように悟りながら「死」を受け入れない文学を徹することで美で誤魔化すことにするだろう.
浅田彰-成田悠輔の問題はマルクス主義者こそナショナリズムとして自覚なき優生思想者として機能していることだ.
ポストモダニズムには適切な優生思想が欠けている.それはようするに医学の観点から欠落している.
赤いマルクス主義者には黒いアナキズムを.
統計学には適切な優生思想を.
美術政治には優生美術を対峙せよ.
ようするに日本の就活採用システムは人文知系のヘゲモニーと真逆側ゆえに通底している.
美術家の搾取こそゲームに他ならない,
これは社会に必要がないかもしれない「文学部」が資格として一応は必要になる構造と同じだ.
社会(国家)は酔っ払いやヤクザを求める(医学を哲学と定義するとこうなる).
問題はマルキシズムこそが科学に照らすとナショナリズムに他ならない東洋美術なことだ.
無理ゲーを列挙し続けることで人々は京都を疑い,あるいは京都から闘争しようと.
ようするにこれは安楽死という落合陽一と大阪万博という大企業と大学の癒着を避けるための良いゾンビ(軍事兵器)の作り方のエッセンスである.
浅田彰-京都大学-大学制度の問題を考える際に「ヘタウマ」の横尾忠則を考える必要がある.
これは80年代の消費社会を皮肉る画家であるものの,現在の高度情報社会を皮肉るわけではない.
結果,「ヘタウマ」は「オモコロ」的なものやベテランちよろしくお笑いの権威武装化の手段として昭和的価値観は回収されてゆく(ポストモダンと統計学).
夜鳥くんが自らを鳥人間だと指すのは名古屋に生まれてAmebaや情況で小銭稼ぎをする性別破壊党の阿部智恵さんと同じ政治こそが非政治的な極限状況の連鎖,来世に他ならない(帝国美術学校の小山田二郎?の鳥女の絵画を見よ).
この大学制度というナショナリズムを打開する方法として考えられるのが,
浅田彰と敵対関係にあった吉本隆明が施用したつげ義春である(もっともそれは余りに鋭すぎて権威だ.模造クリスタルに良くも悪くも回収される).
左翼は右翼になりざるおえない.なぜならば「日本人」はDNAに刻まれているからだ.
これが株式会社DeNAという日本のGAFAM企業が単なる搾取の円環(UROBOROS)として機能していることに他ならない.
大学制度と大企業制度は密接に癒着している.
京都大学と東京企業の遠さは「分業制」として政治と経済の癒着,「鳥人間」の始末を肯定しているからだ,
戦争→安楽死はUROBOROS,永劫回帰にすぎない.
軍事兵器という概念で二方向を潰す必要がある.
これが「資格」だ.
これをわざわざ書いた理由は浅田彰-成田悠輔側,つまりアンチ側からも考える必要はあるからだ.私の話を否定する側からも考える必要がある.
京都大学も東京大学も袋小路になっている.
国立というヘゲモニーは畜群たちを作る統計学であったのである.
・いかに食べられないか?も重要。Xアバターは自分の傾向にすぎない。たとえば私は♀アイコンかつぼっちだから弱点はコミュ障や可愛いだ。だが、弱点は武器である。哲学者であり美少年ということだ。
戦争は戦争という言葉に取り憑かれたもはや社会に用済みになった近代の下級国民のためにある.
もし俺が軍人だとしたらあるいは為政者だとしたら《安楽死》などといった新しい概念で人々に混乱をハザードするだろう.もっともこのアイデアはとある医学部YouTuber言っていたことだが(俺は彼ほど悪趣味ではない.ゾンビには興味がないし,試験管に脳を4分割する想像力はない.詳しくはとある魔術の禁書目録を閲覧せよ).
ようするに安楽死とはこれからの軍事問題として考えないといけないパワーなのだ.
私は「美人」学者にすぎない.私は美人学者であり,「美人」を研究しているわけで「男の娘」でも「橋本環奈」でもなくdesigner原研哉に近いです(©無印良品).
また,美人は実はリゾームで(©ドゥールズ=ガタリ),様々な美人がフラクタル的にあります.実は美人は自然なので無限通りの美人が存在するわけで,美人は誰でもなれるのです(後天的に).問題は美人すらも資本主義競争が画一化される.あくまでも「資本主義社会」の「美人」が問題になります(ようするに美人は株式にすぎず,株式上において美人なだけで本当は美人は生物学的な再定義を求められてます).
昔この問題は橋本環奈とロボットサッカーと呼んでいましたが(経済学の美人投票とAIにサッカーをやらせる為政者の目線,ようするに数学はあくまでも身体性とは離れていることを強調したく数学の簡単な一例です),個性経済学,情報社会によっていいねが溢れて政治による腐敗や混乱が流行る背景は,資本家たちがマネーを独占していることに問題があります.ようするに戦争は資本家によって人工的に組み込まれている面はある.
しかし,これはフラクタル構造やDNA,適切な優生学,ガチャの問題から悪意がなくても不平等は避けられません.
個性経済学とは評価経済社会といった加速主義による社会治安の悪化の時代にもう一度経済的な平和を取り戻すための運動だと捉えてもらったらありがたいです.
ようするに貨幣経済こそが返って匿名こそがサラリーマンこそが返って平和の象徴になる新しいパラダイムもまた萌芽として情報社会による治安悪化の後ろではあるのです.
これを私は個性による評価指数を超える新しいハイパー・メリトクラシー社会,個性経済学と定義します.
挿絵にある機械と少年を見てくれたら分かりますがね(technologykun).
紙の本ははく製となり,意匠と化するシンギュラティの時代なのです.
アンチを無視すべきですが,しつこいアンチは「ゾンビ」的.
情報社会によって人々は金不足と偽善,エコーチェンバーによってSNS企業,良くも悪くもGAFAMによって動物化します.その姿を私は工学的なイメージからバイオハザードを連想し「ゾンビ」と定義します(GAFAMとは主婦をダイエット商法で騙す名ばかりの製薬会社のようなものでしょう).
で,「男の娘」は気持ちよくない.
「LGBT」も存在しません.
「アンチ・エディプス」を分かれば,「男の娘」や「LGBT」こそ異性愛者です.
クィアはあくまでも運動であって,目標であり手段でしかない.
ルネ・ジラール的に言えばアメリカからフランス現代思想を批評する新しい文系が必要.
あくまでも同性愛は手段だということが良くも悪くも当時のフランス現代思想には欠けていたと思います(ウィリアム・ジェイムズ『プラグマティズム』的読み替え).
ジル・ドゥールズに影響を与えたニーチェはスマホと医学,修行でなれます.
ニーチェは生まれた時代が悪かった.
ニーチェは医学者として見るべきだ.
UROBOROS(永劫回帰).DNA.
もっともニーチェの限界はもし現代に生まれても言語化しただけで本人は超人にはなれないのですが… .
ジル・ドゥールズの飛び降りはフランス現代思想の敗北なのです.
能力主義社会を超える新しい高度な能力主義のこと.
AOや推薦,特別入試などといった新しい人類たちを指す.
彼等彼女らは従来のエリートとは違い社会に適応できる社会人です.
高学歴の弱者や発達障害,精神障害がSNSに追いやられて,テレビでは殆ど報道されないのも,近代というシステムそのものの限界と権力の視座です.
その価値観を打ち破るのがハイパー・メリトクラシーです.
先ほどのアンチ・エディプスの話を混ぜると,ここは暗記で割り切ってください,
ハイパー・メリトクラシー的価値観だと
「異性愛者」こそ「同性愛者」に見える面もあるのです.
要するに「国民国家」は弱者のためにあります.
「システム」にすぎない.あるいは巨大な監獄.
東京,男性,大卒などといった資格はパズル,abc予想と同じ高IQが作ったパズルに他ならないからです.
問題はAIですらAIに解けない問題を作るのが人間の悪あがきであること(©AIをAIするAI).
ようするに80年代に原研哉が無印良品という兵器を使い消費社会を批評したように俺はGAFAMにより情報社会を批評するように読み替えているだけだ.
問題なのは消費社会の余暇は終わり,我々は岡田斗司夫が言う洗脳社会のような非暴力的な暴力,偽善,アルゴリズム,高度情報社会に生かされている=苦しんでいるのです.
西垣通などといった情報学の勉強が重要になるでしょう.
情報社会とはパズル社会と言い切っても良くて数学が現在法として機能している.
リチャード・レッシグの言うアーキテクチャと言っても良いかもしれない.
もっとも適切な情報処理で代替できますが.
macが哲学になる,スティーブ・ジョブスの教えを忘れていなければ.
権力は遊戯の形で表れることに気を付けないといけない.
YouTuberは遊びだ.
しかしあれは元々「軍事兵器」.
「軍事兵器」のデバイスを遊びとして搾取されるから大量のメンヘラや為替に利用される人々が溢れる.
戦争という言葉はゲームという遊戯性の意味もあるのだから.
世界中の偉い人々は統計学を信仰し世界をクリアにしようとしている.
しかし,統計学こそ危険なのだ.
その役割(支配と安定の言い訳)は昔は国家が大企業や大学として担っていた.
問題はGAFAMは遊びの形で「軍事兵器」の「統計学」を集めていたことだ.
YouTuberカルチャーと新興宗教二世などの治安の悪さは比例している.
美人とは数式である.
私に執拗にアンチをする場合,美人に優生思想を導入されたくないのだ.
but!
しかし,優生思想を導入することで美人は民主化できる逆説がある.
美人の優生思想にアンチする人々は東京大学に等しいゾンビなのだ.
成田悠輔や大谷翔平は旧式のロボット.
怒りはないが,あれを美人と定義することこそがゾンビ.
成田悠輔を持ち上げることは、統計学により不幸を約束されている.
だとしたら東大官僚や大衆は統計学という神に裁かれている.
悪質なバイオハザード,エコーチェンバー,精神汚染に他ならない.
それは美人投票であり,生物学以前の話だ.
悪口は言いたくないが、
成田悠輔は男じゃあない。
くねくね系。
DNAが実は悪い。三島由紀夫。
良くも悪くもLGBT的=異性愛お耽美かもしれない。
だからこそ,成田悠輔=三浦瑠麗,レッド・クイーン
三浦瑠麗こそ倒さないとゆけない.
ワセジョよろしくくねくね男子と高学歴女性は共犯なのだ.
種を残してもしょうがないからこそ種を残したい同士.
今の社会の問題は身体性を試験で課さない数学を理系だとしていることだ.
むしろ医学的なあるいはスポーツ的な居酒屋コミュ的な体育会系,
社会に自明としてあった適切な優生学を導入することが必要である.
よって生物学こそが数学に勝るのだ.
しかし,この不都合な真実が通ると近代は終わり,統計学もabc予想も終わる.
ドナルド・ディビットソンはこのようなジレンマをスワンプマンと言ってのけた.
戦争は戦争という言葉に取り憑かれた近代の下級国民のためにある.
俺は東京大学のような下級国民に興味もなければ女性がどれだけ虐げられようと何も思わない.
だから俺はネオ幕府も成田悠輔も半分は同志だ.
しかし奴らはしょせんポストモダン(脱近代)の末人にすぎない.
老害は貴様なのだ.
俺が本を愛するように老害をカネにしている三島由紀夫には興味がない.
軍事兵器という言葉も軽く重要だ.
ゾンビ(動物)化している末人の敗戦処理的な再利用は軍事兵器として見なすことだ.
ゾンビ=軍事兵器だと思えばネオ幕府や朴本でも再利用できるし,敵ならば始末する他はない話になる.
動物化が自明化した場合は
ゾンビとより言語化し,ゾンビならば軍事兵器に再利用か始末するかというリサイクルでバイオハザード(集団汚染)は自衛できる.
ゾンビは軍事兵器と見なすことでエスケープと問題を変えられる.
モンスターは軍事兵器に他ならない.
だとするならば,逃げるべきだし,軍事兵器には必ず軍事兵器として限界がシンプルにあるはずだ.
必要な菌を殺菌しすぎると、生態系が壊れる。
昨日スペースで
あいうえお順にニーチェを通してもだから,やはり新興宗教なのだ.ありがとうございます.
Anti-citizens actually seem necessary. As a YouTuber for many years, I have been talking to various anti-citizens, and I feel like they were born to be anti-citizens. Now that you mention it, it’s a common story, but when you perceive that it’s programmed to be anti-genetic, you feel that anti-geneticism is just an appropriate eugenic idea, and you grow trees and die at any time.
「アンチはツリーである」
(リゾームではなく,直線のランキング,細長である).
私たちはツリーを枯らすことばかり考える.
でも木々を枯らすことは育てることと同じ生態系に暮らしている.
問題はアンチというツリーが存在しない火星へでも私たちは転移すべきなのだ.
でもどうやって?
〈とある起業家の優しい言葉の超訳〉.
はじめに不愉快な真実から話させていただきたい.
人々は建前として一応は政治というジャンルを作っているけども,先進国を中心に戦後を超えて豊かになりすぎた諸外国を中心に新しい問題が浮上してきたように感じる.
それがポジティブ心理学の祖,
マズローの五段階欲求仮説の更新だ.
断っておくと,今更古びた疑似科学のマズローを引用していると頭の悪い人々からディスられたが,それはあからさまな間違いであって、マズローの五段階欲求説をⅮⅮ,どっちもどっちとして、是々非々で論じないといけないのだということを私は言いたかった(厳密には、心理学者マズローや大企業のコンプライアンスといったものを思想の一ジャンルとして再評価する必要性を感じている).
今この国を覆う問題の全てはこのマズローの五段階欲求説の正しいところと間違えているところ,その2つがⅮⅮ(どぅどぅ)、どっちもどっちとして浮上するから起きていると感じるからだ.
では,このマズローの五段階欲求説とはナンだろうか?
こんなことは高校生の保健体育や倫理で学ぶような内容で大学の心理学科ならば,当たり前の基礎として勉強する心理学の基礎として考えてもらったらいい.
マズローは人間の五段階欲求説を唱えて、人間は生存欲求説に下部構造として支配されている動物であるけども,社会から承認されることで最後の高次欲求,自己実現の欲望を満たすのだと唱えるのだ.
ここで大切なことは下部構造,偏差値0~50として生存欲求だったり衣食住の欲求を満たさなければ,当たり前だが人間は死んでしまう。どこぞの新興宗教二世が疑似科学だとお気持ちを描いていたけども、マズローの指摘する話はごく当たり前の話なのだ.なぜならば,生存欲求を満たさないと,人間は死ぬからだ.
まず生存の欲求を確保すること.
その上で4つ目あたりに社会から承認されているという精神的な欲求をクリアし,最後に高次元の「自己実現」の欲求をクリアして人は救済されるのだというのがマズローの提唱する五段階欲求説だ.
しかし,マズローの指摘は正しいかもしれないけども,問題なのは,今の現代社会にマズローの五段階欲求説が完全に当てはまらなくなっていることは事実なのだ.
だから,ここでⅮⅮ,どっちもどっちなことが、矛盾が同時に起きている.
確かにマズローの五段階欲求説は人間の欲求の流れとしてごく当たり前にオーソドックスに正しいことを指摘しているけども,この現代社会,戦後を生きる我々先進国の日本人たちはマズローから言わせてもらえばほとんどが全員「幸福」と言えるのだ.
(政治に怒り狂う人々もそして障害者手帳でお金をもらってだらだらしている人たちもマズローから言わせてもらえば,下部構造を担保されている時点で.「幸福」で「甘えている」という結論になるかもしれないのだ).
なぜならば,最後の自己実現や社会承認は高次の欲求であって,当たり前だけど,その前の衣食住の欲求や生存欲求を満たさないと人は死ぬからだ.
ようするに,マズローの当たり前の心理学の基礎を通すと,SNSで呪詛のように怒り狂うあるいはバズりたい昨今の若者たちは「幸福」すぎて甘えているという結論になる.
確かにそれはそうなるのだけど,問題はマズローの五段階欲求説は確かに理にかなっていて戦後を生きるボクたちは甘えて幸福だけども、と同時にここまで長期高齢化社会で豊かさを享受したボクたちはマズローの頃は天才や一部のエリートだけに許されていた社会承認や自己実現欲求の欲求をほとんどの若者たちは満たさないと暇を持て余すし,政治の古びたフレームもどうやらこの「社会承認」や「自己実現」などといった抽象的で分かりづらい欲望を満たすように社会からスライドしたということなのだ.
マズローの指摘は正しいがゆえに予言は当たっていただけにその問題は更新されてマズローが想定していなかったような「幸福」な「生き地獄」が戦後のボクたち日本人たちには寄り添っている。それがボクたちが社会を愛しながら社会を憎むようになってしまった(社会から承認されるから陰キャになる)このⅮⅮ,どっちもどっちな社会の新しい流れなのだ.
ようするに,マズローの五段階欲求説によってほとんど初めて社会承認だったり自己実現という言葉が発明されたけども,その一方でマズローが想定もしなかった社会承認や自己実現,この2つの需要というものが今の一般大衆たちにも降りかかったマズロー以降の幸福な国の絶望な若者たちの時代をボクたちは生きているのだ.
作家・古市憲寿の絶望の国の幸福な若者たちはどこぞの陽キャなYouTuberと同じく,嘘で本人たちは必死に努力して自分だけが自己実現しようと奔走している.その身勝手なお気持ち含めて文学として面白いのは困ったものです.ただ住所を間接的に何度も他人とのリプライで晒したりは甘えと加害で病んでいる陽キャすぎる陰キャの証であり,なぜ極めて陽キャな古市憲寿が陽キャに憧れるスネ夫くん,陰キャな証拠であり,その屈託が古市憲寿ブーム,お気持ちが共感されたことに我々は感動すべきでしょう。もっともこの話は長くなるので,今回は割愛しますm(_ _)m。
ところで,本題のマズローは時代が時代だから仕方ないのだが,社会承認や自己実現という概念がこれから重要なんだと口火を切ってこの世界を後にしてしまった(1970年代あたりに死亡,もしマズローがSNSに触れたら.どう言うか、気になる).
問題なのは.ここで言われている社会承認や自己実現が大切であることは分かったけども,じゃあ一体どうやって社会承認だったり自己実現をマクロに各人が簡単に行えるか?という新しい回答にマズローは当然のことながら答えていない.
マズローの功績はこれらの社会承認や自己実現といったもはやSNSでは当たり前のようになってしまった概念を提唱したところに彼の功績があると言えるだろう.
こっから先は私の持論を振り回す仮説や推論になるので,ご容赦お願いしたい.
ようするに,マズローの実践論,現在論を生活のために行いたい。
優しさが溢れている.
SNSで呪詛のように怒り狂う人々は作家(暇)だから怒っている.
ここに統計や確率,経済学は意に返さない。なぜならば,SNSはソーシャル・ネットワーキング・サービス,お気持ちだからだ.
ようするに,マズローの言う五段階欲求における下部構造的な衣食住以内を満たしてしまっているがゆえに物理的に幸福がゆえに精神的に不幸な状況になっているのだ.
だから,石丸市長が小池百合子に負けて落選などどいった物語は,政治というジャンルで社会承認を得たい,あるいは自己実現したい人々のお祭りであって,そこで起きていることは小池百合子が社会を悪くしているだけでもないし,石丸市長が英雄だけだからというわけではない.
ⅮD,どっちもどっち,「社会承認」と「自己実現」のゲームに各人が熱中した証拠と言えるのだ.
ようするに精神的に悩んだりバズりたい,あるいは日本を良くしたいと思うような若者たちや老人たちがお互いに狭いパイを奪って社会承認や自己実現を奪い合っている現状そのものが,解決するべき問題が実のところないかもしれない(解決するべき問題がないことが問題で、問題解決の物語、雇用を生まない).戦後の日本がもうすでに平和な、あるいは暇がゆえに(→幸福),みんなが社会承認だったり自己実現に奔走する精神的な生き地獄にボクたちは生かされてしまっているのである(→不幸).
退屈だから地獄というこの結論はなんら矛盾する話ではない.
ボクたち人間は物事を一元的に見てしまうことがある.
しかし,当たり前だが,善悪はその人のレンズで見た主観にすぎない.
今起きている問題はこの「戦後」という豊かな時代がマズローの五段階欲求で当てはまる部分もあるし当てはまるがゆえにもはや超越してしまった部分もあるんだよということなのである.
ようするに,ボクたちは物理的に幸福がゆえに精神的に不幸なのだ.
こういうと,暇な人々は怒ってしまうかもしれないのだけど,社会は存在しないし,自己実現も存在しない.
もっともこれはある意味でステレオな説教かもしれなくて、SNSにいる幼稚なオジサンたちには届かないかもしれない.
社会に帰属してないと不安とか感じる必要がないんだよって言っても弱者男性や若い女性はやっぱりInstagramや煌びやかなインフルエンサーに憧れてしまう.
有名になりたい,有名になりたい,バズりたい,バズりたい.
もはや社会を良くする必要などなく,それは大名義分で構わない.
それが,この無目的的な生き地獄の正体である.
もっともアメリカを見本にした日本の限界をそう冷笑もできない.
経済活動はあくまで儲けることが優先されるわけで企業ほどこの有名になりたい、有名になりたい,バズりたい,バズりたい,もはや社会を良くする必要などなく,それは大名義分で構わないのだという当たり前の大衆たちのお気持ち,すなわち「いいね」を「かね」にしようと奔走している.
そうなると,どれだけ沢山の「いいね」を安く広く人々に分配するのか?という実のところ企業営利の徹底の結果,極めて民主的な結論性を帯びてくる.
それが,「メタバース」 ,SNS上にできたSNSで持続した仮想コミュニティのことである.
もはやボクたちは既に分断しまくりそれぞれのローカルな村で自分たちに都合がいいレコメンドを集めたほうが社会承認だったり自己実現欲求を満たすことが可能になる(個性経済学。拙著『本は破れ!』を参考に.お気持ちは主観だから分断が適切だろう).
そのような状況で脳が麻痺した人々にいちいち本当のことを言ってはいけない.
なぜならば,Amebaよろしくそれはコンプライアンスということで「いいね」に奔走する幸福な夢追い人たちに地獄(=真実)を教える必要はないからだ.
手もない足もない人にキミは手もないし足もないのだから、地面を歩く楽しさを知らないんだねといちいち言う人がいたら、それは最低=コンプライアンス違反だろう.
国際政治的にもいや国家を超えた大企業の営利的な民主主義はこのコンプライアンスという思想を発明した.
余計なことは言わない.
ちゃんとエチケットは守る.
みんなでちゃんと決める.
このコンプライアンスは法律という極めて下部構造な物理的な人間の制限の上によりかかる上部構造の精神的な法という新たな法の始まりなのだ.
googleよろしく様々な企業の職業倫理、キャラはコンプライアンス,10カ条などとして、法律(大学)で庇えない精神法を行っている.
当然のことながら,この大企業の作ったコンプライアンスという思想はあくまでも厳密には建前,嘘であって,セレブたちはセレブたちでメタバースには住まずに、いや厳密にはメタバースにぶち込んだ幸福な弱者たちに自分たちのセレブな生活を見せて憧れたり尊敬するように刷り込むようにさせている(これが経済原理の本音だ).
「ビックブラザー,ビックブラザー,ビックブラザー」
ディストピア小説の大著『1984』年はもはや現代のディストピア作家ウェルベックに乗り越えられているような古びた作品だろう.
しかし,ここでそのような基礎がマズローの五段階欲求説と同じでミイラのようにⅮⅮ,どっちもどっちとして半分正しくて半分間違えているのだ.
オーウェルは小説を通して,国民国家の為政者たちがビックブラザーという見えない為政者に国民たちが支配されている様子を描いたのだけど,しかし,現実は大企業とコンプライアンスが,つまり,国民たち自らが国民たちを縛るような地獄を作ったからだ.
コンプライアンスは当たり前だけど企業間の責任倫理から発明された戦後における超法規的な大企業というイノベーションが生んだ新しい思想だ,超法規概念だ.
このコンプライアンスと実のところマズローの五段階欲求説は共犯関係である.
なぜならば,オーウェルと同じミスをマズローは犯していた.
マズローは望んでいた.
国民国家などという野蛮なものから解放されて,人々が自主的に極めて民主的に経営をして個性を獲得する幸福な企業による独立を.
マズローの五段階欲求説は意外なことに(当たり前だが)心理学の枠を超えてスピリチュアルとしても受けいられて,アメリカの様々な起業の経営学だったり学校の教育学として導入された.
そして,ポジティブ心理学としてセリグマンに影響を与えて、やっぱり自己啓発ブームという天国に貢献したのだ.
ここでも再三言う通り,私は別段マズローを手放しに肯定してはいない.
なぜならば,マズローがどうしてそこまで社会承認や自己実現といった当時としては比較的新しかった悩みに挑戦したかと言えば,それはやっぱり心理学史における政治闘争,いや必要だった挑戦だったからである.
フロイト.
第二次世界大戦を引きずった心理学の天才,フロイトの登場である.
アナタのような精神異常者はお父さんに好意を抱いているんだね.
このような精神科医フロイトのいわゆる精神分析が流行った20世紀は病んでいたのか,第二次世界大戦を引き起こしてしまった.
精神異常者ばかり扱って,それでいて,戦争の時代をひきずっている極めて「陰キャ」な精神分析に不満を抱いていた「陽キャ」なマズローはフロイトを仮想的にして五段階欲求説を作り、それが現在主流の一つであるポジティブ心理学と呼ばれるより高度な自己啓発の始祖として動いている(もっともフロイトを陰キャとして処理したマズローそのものが陰キャすぎることは留保すべきだ).
勘違いしないでもらいたいのが,マズローはもともと行動主義の心理学者からキャリアをスタートしていて,このような極めて思想的で曖昧な活動には懐疑的だった「理系」だったことは留保するべきだ.
だけど,あまりにネガティブでそれでいて精神異常者ばかり扱うフロイトの思想的な心理学にしびれを切らしたマズローはフロイトを仮想敵に五段階欲求説などを唱えてこれがあたり、様々な企業や学校に経営学や教育学として導入されたという(フロイトが国家的な政治的な心理学としたらマズローのそれは個人的な心理学だろう).
これが先ほどの大企業の思想?超法規法倫理の1つであるエチケット、企業倫理、「コンプライアンス」という法律を超えた精神法を作り出したのだ.
これが現代の幸福な1984年,ジョージ・オーウェルが望んだ極めて民主的な幸福な社会の新しいユートピア小説である.
現代は戦争をやらかした大学や国家,法律を超えた新自由主義のユートピアなのだ.
言っておくが,コンプライアンスはジョージ・オーウェルが描くディストピアとは違って,極めてユートピアな優しさに溢れている.
なぜならば,大企業に受かる人間たちは極めて民主主義的に学歴や精神正常性、社会貢献度、TOEICの点数などといった「陽キャ」な健全性によって社会を作るときに役に立つ綺麗なユートピアだからだ(学歴もTOEICも陽キャである).
ここには,フロイトが想定した精神異常者たちは存在しないし,戦争のセの字も見えない.
戦後に流行ったコンプライアンスがマズローの欲望とつながっていることは想像に難くない.
どうして戦争が起きたのだろう.
簡単だ.
精神異常者たちをフロイトともども忘却するような社会設計をすれば「陽キャ」だけの社会ができて、「陰キャを存在から抹殺すること」で社会は陽キャになるからだ.
これがマズローの5段階欲求を応用した歴史修正主義、「社会承認」を使ってフロイトを忘却する心理学村の国際政治だ.
コンプライアンスの思想はテロリズムという思想とコインの裏表のようにぶつかっている.
現実はやっぱりそう精神的な従属だけでなんとかならないのだから、テロリスト山上徹也の攻勢だったり暴露系YouTuberガーシーが暴れた.
しかし,ここでも結局のところ,山上もガーシーもメディアで注目されたいがために、あるいはメディアが取り上げるであろう人々をターゲットにしている時点でこれは極めて「陰キャ」なプロ弱者として、その実「陽キャ」すぎるマズローの描いたこの世界のディストピアと共犯関係なのである.
炎上商法は社会承認や自己実現,マズローの限界の所作なのだ。
オーストリアやイギリスに関係したジョージ・オーウェルはこのようなアメリカの病んでいる形をキッチリと予言することはできなかった.
お座敷の数だったりが重要で,政治家が世界を支配したい理由は自分が陽キャとしてまるで異世界転生したレベル99の陽キャとして振る舞うことが社会承認によってヘゲモニーを握った後の最後の欲望、Fateで言うところの聖杯、「自己実現」だからだ.
11月コミティア発売の拙著『死にたくなったら読む本』で描いたが、人は自分のことをこの世界の主人公(=陽キャ)として自分を思い込んでいる。しかし、この世界はアナタを別段主人公だとは思ってはいないのだというハイデッガーのようなこと(ダスマン、現存在)を描いた.
そう,アナタは自分を主人公だと思っているけども,この世界はアナタが主人公として生きやすいようには設計されていないのだ.
だとしたら,死にたくなったら読む本で描いたけど、物語の研究、ようするに自己実現するためにはどうしたらいいのだろう?とまず自分の分析が重要で,そして,そのアナタだけの物語が極めて面白いストーリーとしてウケるにはどうしたらいいか?(バズる!)、世界の分析が重要になってくる.ようするに自己実現の手前にある第4欲求である「社会承認」を満たさないといけないのだ(というよりも社会承認の分析もまた必要になるのだ).
安易に段階を踏まずに衣食住の第3欲求の欲望までも国家や企業による新思想『コンプライアンス』という陽キャな優しさによって下部構造を支えられた新しい時代には、甘えが跋扈し、適切な努力をせずに試験管の中のブロイラー、家畜のように、動物農場のようにボクたちは救われるべき幸福な障●者(陰キャ)として用意されてしまっている.
多数の弱者たちは必要だ.
なぜならば,陰キャがたくさんいることによって、自らの能動性、自分が「陽キャ」であると「自己実現」ができるのだから.これが「社会承認」のシステムだ.
当然のことながら,マズローはフロイトに怒るような人だから,このようなSNSの自家中毒したスクールカースト的な構造まではそこまで見抜けていなかった.
極めて大きな陽キャな社会がその実、陰キャを勝手に作り出す、左も真っ青な総括のロジックを作って、少数が自己実現をするがためにその下にある社会欲求の犠牲者たちを用意するというのが、この新たな時代の極めて民主主義的な支配者の仕組みだ.
当然のことながら,スクールカーストは「陽キャ」でも「メタバース」でも解決しない.
当たり前のことだけど,これらのマズローの極めて楽観的な態度が偽善がこのスクールカーストを間接的に紡ぎ出して,今のアメリカのよくあるスクールカースト的な構造を作っているのだから.
これで分かったと思うが,私はマズローを手放しに好意的に見ているのではなくて,SNSで流行る自己実現の源流を探ると,このマズローに到達することが分かったからである.
ラカンがテレビジョンという確かフランスのテレビ番組の実況放送で(当たり前だが、ラカンも普通の人間であって,テレビを見たことがある普通の頭が良いだけの人間である),テレビは病んでいるとしてテレビの精神分析を行ったことがある.
これは「陰キャの復讐」であって、極めて陰湿でどうしようもないフロイトの精神分析を生きた形で後継したラカンはテレビがいかに病んでいて嘘であるかを大衆に分かりやすい形で皮肉ったのだ.
勘違いしないでもらいたいが,私は陰キャの味方でもなければ、陽キャの味方でもない.
陽キャや陰キャはあくまでもこの世界の物資や可処分時間が限られている以上,どうしても生まれてしまう問題で,そうラカンやマズローのように自らの陰キャか陽キャかのテリトリー争いによって心理学村でイキり散らすほど出世欲はないからだ(当然,心理学の人間でもないのだから,関係ない).
だけど,私たちが思う以上にこの心理学の歴史は現代のこのSNSで跋扈する「自己実現」や「社会欲求」,そして「いいね」と非常に関係が深いと思っていた.
どこまでいっても幸福すぎるⅩ,俗に言う「お気持ち」,旧Twitterは(小鳥の戯言)は、「たくさんのバカデカい愛」たちで溢れている.
人は物語で考える動物であるから(お気持ち)、誰か敵がいると即断してしまう.
しかしながら,私の知人である文学ツイッタラーバカデカい愛という賢い才女がいるが、彼女は日夜質問箱で私だったら不愉快になるである極めて陰キャたちの失礼な質問に当たってケアをしている(もちろん彼女自身の自己実現や社会承認があるかもしれないし,性分業制の問題はあるでしょう).
世の中の人全てが悪い人というわけではない.
私個人のイデオロギーはおいていて,腐れ縁であるネオ幕府の相川さんは社会を良くしようと借金をしたりして東京都知事選に立候補してお祭りをした.
もちろん相川さんは自己実現や社会承認があって世直しを行ったと思うが,人間として多少の打算は当たり前だし、それがむしろ「いいね」、社会のたくさんの「陰キャ」たちを集めて良くする行為になっているのだとしたら、きっと1970年あたりに死んだマズローは手放しでバカデカい愛や相川さんを称賛し、日本には「社会承認」や「自己実現」,バカデカい愛が,ネオな幕府が生れたんだと大喜びして来日して「成長した日本人」をきっと観光しマズロー本人もこうして「社会承認」されて「自己実現」されたことがちょっと悲しいことだけど亡くなった後に承認されて実現した形なのだ。
むしろ現代社会は幸福の供給過多であり、「陽キャ」の供給過多であって、問題は容易しないといけないたくさんの「陰キャ」たち、「社会承認」側として少数の「自己実現」者に踏み台にされる人々の不都合なミスマッチだ(この地獄は努力によって善意によって舗装された)。
これが暇空茜だったりアンチフェミニズム、闇チー牛、弱者男性、テロリズム、ぼっち、学歴厨などといったたくさんのコンプライアンスによって存在だけを認められた「陰キャ」(弱者)を生んでいるのだ。
もっとも、ここで何度も言うが、私怨はともかく陽キャ側の相川さんやその他大勢の陽キャたちが陰キャをただ無意味に虐めているのだと言いたいわけではない。
相川さんたちがやらかしちゃっている、構造的な悪意と主観的な善意は両立する。
誰しも陽キャ側になりたいのは本意だろうし、問題なのは、新しい思想を作ること、あるいは、今ナニが起きているか、このように情報デザインし、精査することが重要だと思うからだ。
私は確かに大勢の人間よりは賢い人間かもしれないが、別段新しい思想を作っているなどとイキるような「キャラ」ではない(陰キャと言われようと興味がないのだから、仕方ない。それが私だけの個性経済学、自己実現だ)。
マズローの言っていることを現代に当てはめて整理しただけだよと陰キャとして発言したい「キャラ」だ。
当然のことながら、マズローの指摘はあくまでもアメリカ心理学の曖昧なバイアスがあるわけで、現代風に言えば、陰キャでも幸福、ようするに、社会承認も感じずに、自己実現をせずに、「わるいね」を集めることに執着する陰キャは当然、アメリカ側から見た陰キャであり、フロイトやラカンと適正のある人間は別段、そっち側からしたら、別段アメリカ心理学に支配されたイデオロギストたちが「陰キャ」に見えることもあるからだ。
ようするに、マズローの問題提示した「自己実現」や「社会承認」などといった品物は、アメリカ心理学のバイアスから自由になっていなく、そもそもそのような欲望を抱えること自体がアメリカ人の極めてスクールカースト的な病の所作の1つ(陽キャこそ陰キャ)なのだ。
もっとも、問題をシンプルにしてみたい。
幸福なⅩで「いいね」をにんじんにして人々を救済する若者たちは大半のアナタに「社会承認」の居場所は提供するけども、しかしながらアナタに「自己実現」をする自立させる「居場所の外」を当然のことながら提供してくれない。
これがインフルエンサーの物語的な善意と構造的な悪意である。
親が子に不都合な真実を見せないように、神はバベルの塔を作り、人々に「言語」を作り、分断をさせて肌の色で違うセカイ観を作ることで、神と人間の階級を陽キャと陰キャの壁を作った。さながら進撃の巨人でいうオールマリアの壁のように。
神は子を救済しない。
カインとアベルの関係のように、兄と弟はどちらかが関係性を持って対峙してしまう時点で、そこにどちらが極めて優秀か?という問いを再設計させてしまう。
これが「資本主義」だ。
もっとも今回は心理学に絞って話したわけで資本主義の攻略はすでに証明されていて、それは複雑系科学、AIでほとんど勝手に計算してくれる数学の類だ。
もちろんここでしかし問題なのは、仮に資本主義を攻略する鍵が数学者やAI、私のような評論家から提示されたとしても、それは私が賢い「陽キャ」としてできすぎ君として上に立ってしまうのだから、たくさんののび太くんやジャイアン、しずかちゃんを助けたことにならない。
これが、マズローの問いがいかに鋭いかという心理学からの私への挑戦状だ。
ようするにここで問われているのは単純な問題解決ではなくて、ボクたちは暇つぶしとしての化粧、優れた陽キャとして、この「社会承認」地獄と「自己実現」天国、この2つのアメリカが用意したヒエラルキー、ディズニーランドからどのように逃走するか?という命題である。
もっとも、マズローの問い自体が馬鹿馬鹿しいと一蹴することは可能だ。
陽キャなんて幼稚だ。社会承認は甘えている。自己実現はしなくていい。
私もそう思う。
しかし、暇かつ大企業の作ったコンプライアンスというゲームが読み解けない大半の人々はさながらハイデッガーの言うダスマン、現存在としてこの不可思議な「社会承認」と「自己実現」の隘路で苦しむように設計されている。
これがアメリカに敗戦後の日本が生んだSNSの作ったセカイである。
どんなに自己実現や社会承認がバカバカしくても、アメリカがある限り、終わらない。
もっともそもそも「SNS自体が陰キャ」で、私の好きな漫画ぼっち・ざっろ・ろっく!ではSNSではバズっているのだけど、現実ではイケてない極めて陰キャなぼっちちゃんが主人公のバンド漫画がある。
そもそもSNSはアメリカのカースト社会でイケてない人間たちの居場所として用意された「次のセカイである可能性」は否定できないだろう。
アメリカに希望を見出せなくなったセカイは、Facebookからメタ社になり、METAVERSEを作り、小鳥の戯言だよwと嗤っていたTwitterはイーロン・マスクの手によってⅩという新たなフロンティア、脱アメリカの夢へと闘争している。
これは俗に言う加速主義と言うヤツで、火星への移住計画を考える子供じみたイーロンはアメリカを超えるアメリカを作ろうと奔走している。
だから、マズローというアメリカの影を引きずった心理学者の始祖を超えるのは、もはや大学の人間ではなくて、もはや企業のコンプライアンスやGoogleなどの職業倫理の10箇条あたりなどが、マズローを超えたこれからの新しい心理学だ(加速主義)。
また、話は飛ぶがつながっていて、メリトクラシー(高知能主義批評)はそもそも小説の形で生まれた。
イギリスの社会学者が小説の形としてメリトクラシーという小説を描き、大学による権威を批評することを行った。
しかし、ここで問題なのは、アメリカはもはや企業を優先し大学を否定したことであり、イギリスは良くも悪くも小説の形でしか大学を越えることはできなかった落差にある。
これはもちろんDD、どっちもどっちであり、我々は「企業」を使ってどこまで「社会承認」や「自己実現」などといった新しい課題を解くか人々は「自己実現」しているのだ。
最後にまたもぶっこみすぎかもしれないが、中国では国際法を無視してクローン人間を作って世界から集中的に非難を浴びた。
確かに、コンプラアイアンス、企業倫理的にはそしてカント的には、いわゆる「西洋人的」にはこれは間違えたことかもしれないし、私も手放しで礼賛できないが、このような中国の西洋的規範に縛られず動いちゃうITベンチャー的なノリを加速主義の陰キャな思想家・ニックランドは「中華未来主義」と提唱し手放しで礼賛した。
社会承認も自己実現も西洋人の発明であり、それはラカンの真似をするならば、キリスト教の原罪や恥に由来しているようにも思える。
ハッキリ言うと、中国人からすると、そのような西洋人史観こそが「陰キャ」かもしれない。
マズローの実質後継者であるセリグマンはポジティブ心理学を提唱しているが、そのようなポジティブ心理学を読まないことが一番ポジティブな心理学者かもしれません。
終わりなき差異化のゲームはもっとも資本主義でこのように終わりのない「比較」を繰り返してしまう.これが市場だ.
しかし,市場はあくまでも市場にすぎず、ボクたちは複雑系科学の数学に支配された上で、それが文系からは見えないから,自己実現や社会承認と見えてしまう.
留保しないといけないのは,マズローは理系で行動主義の実験屋として満たされなくなって?文転したことは忘れてはいけません.
身も蓋もないですが?マズローの言う自己実現や社会承認はパッケージ化されたアメリカ心理学の別称にすぎず、実態は行動主義の言い換えだったかもしれないことは最後になりますが,留保することになるでしょう.
もっともその行動主義そのものに悩んで心理学そのものの始祖、ウィリアム・ジェイムズは医学部から文転して「心理学」という学問をハーバードで作ります(ジェイムズは後に哲学にも影響を与えて、日本の仏教哲学の始祖である西田幾多郎にも影響を与えて禅哲学が作られる.ちなみに西田は東大や第一高校の落ちこぼれでそれが京都へ逃げて,しかもアメリカ哲学から影響を受けて禅を思想と言ったのは,京都哲学がいかに西洋をただ輸入しているだけの証拠ですが,このことはあまりに不都合な真実だし,このことを話すには更に時間がかかるので触れません).
このように右往左往悩んでいる状況が(ストーリー),人間にとって一番「自己実現」しているのかもしれません.
不謹慎系YouTuber坂口章,彼は大企業を裁き,臆病者の落合陽一を裁くキリストだった.
キリスト教の教えを読み抜かないところが落合陽一の限界だった(理系批評).
本当の美術はベトナム戦争で戦ったアメリカ軍人にこそある(あるいはその再解釈).オマエはその視野もなければコロナ禍という医学に対する知識も欠けていた.
YES.知能指数が低いイエス(キリスト)に代わってオレがオマエの勇気を継ごう.
これは弔いなのだ.私という最高傑作を試すための.
singulatiy.それはアメリカの終末論の反復にすぎない.
しかしそれを落合陽一というアメリカの傘を着た輩が言う権利はない.
オレが本物のアメリカ人になる.
これがゾンビ化した非Zoom-Kidsたちの冷笑という仏教の裁き方だ.
医学部が素晴らしいというヘゲモニーはあくまでも「道具」にすぎないのに.
プラグマティズムを読みもしないデリダ読みは非zoom-Kids(非社会人)の連鎖するメンヘラなのだ.
もし夏目漱石が今生きていたらアメリカへ行くべきだった.アメリカで軍人をやれば鬱病にはならなかったのだ.
私は確実に一度負けた.
だが医学部YouTuberの数的処理と不謹慎系YouTuber坂口章の助言に従い,私は今一度蘇った.もっとも医学は象牙の塔を批評する象牙の塔に他ならない.ナンセンス.メンヘラはくだらない.
X.
蘇った私が最初に感じた感情は寒さと怒りだ.
統計学による肥大化したフランス現代思想の延命化.
AI.
赤い女王.
延命された三島由紀夫はオレが○す.
この借りは必ず回収する.
Who are you?!
要するに徹底的にYouTuberは避けなければならない.
ARTだけでは不徹底だ.
Cultureでも今度は戦争を避けなければならない.私だけがだ.
not,angly,please angel,cool me.
もしくは、ハーバード・スペンサー氏の希望にかなうように、利他的にならねばならないと要求することは、生存からその偉大な性格を奪うことにほかならない。
〜ニーチェ『この人を見よ』〜
Z世代というミレニアム世代の特徴を考える際にゾンビゲームの大挙『バイオハザード』は参考になるだろう.
大事なことはメディア技術の発達によりニーチェを駆使せずともニーチェを実装することが可能になっていることだ.
ニーチェも耳が良くないと哲学はできないと善悪の彼岸?あたりで言っている.本質的な問題はtechnologyによってスマホと情報処理があれば誰しもがニーチェに代替させることが可能なはずである.
バイオハザードはアメリカ史の暗喩に他ならない.
しかし同時に技術をクールに読み取る新しいアメリカの萌芽こそがバイオハザードの適切な優生思想の解釈である.
皆が忘れているであろうスティーブ・ジョブズによってappleのdesign力により世界は既に書き換えられている.
イーロン・マスクのTESLAおよびXはpowerによってジョブズのdesignを後継しようとしている節を感じる.
話は戻るが,Z世代とはTechnologyによってスマートに分断された分衆の醜さだと定義できる.
比喩的に述べれば試験管の中に脳髄を4分割されたケーキを切れない非行少年たちみたいなものであり,彼ら彼女らデジタルネイティヴの非行さは非文化的分衆によって培われたゾンビなのだ.
yay!やトー横キッズ,迷惑系YouTuberは昔からいた可哀想な人々というよりもコロナ禍の自粛よろしくzoom的社会人になれないメタバースに追いやられたデジタルネイティヴ時代の非身体的な非文化的分衆だと定義できる.
その様は惡く言うとゾンビである.
若者言葉で言えば「無キャ」であり彼らは文化がないことによる非コミュニケーション的なキツさにより苦しんでいる.
話をまとめるとZ世代が社会人になるにはzoom的想像力に幽閉されて出ることはできない.現代はフラクタルが兵器として数学的な利己さが鈍器としてデジタルネイティヴを襲うからだ.
そうなるとデジタルネイティヴこそデジタルが苦手か否かという更なる格差を生んでいるだろう.
このヘゲモニーを超えるには「新しい文系」が必要なのだ.
もっともzoon,無キャであることの強みは空白,純白啓蒙的な白さが武器である.
白であることの強みは統計的アルゴリズムを新しい文系たちは獲得しているかもしれないことだ.
数学は資格により隠蔽された詐術に他ならない.
厳密に見たら難しい数学はわざと難しくしているわけで,それは「資格」という別ジャンルだからだ.
学歴YouTuberも「資格」に他ならず純粋な数学者ではない.
サイエンス・フィクションはむろん《大衆の》文学ではない。
〜ジャン・ガッテニョ『SF小説』〜
ここでは「資格」がいかにハイパー・メリトクラシー時代に工学的な詩(特別入試/AO/推薦入試)に冷笑される詐術か?を言語化しよう.
大事なことは,ヒルたちの言語化にうんざりしている.ヒルは様々な手段で人をはめることしか考えていない.それは東京の豚ならば,娘や嫁,仲間のため(ルサンチマン).俺が東京の豚に負けたところがあるとすれば,娘や嫁,仲間のためならばサイコパスは通ることを知らなかった.苦しくなると湧き出る反らしの文学.
もともとやるべきことをやらなかった人災.
だめライフも東京の豚も「資格」というたたき台が用意された上でパズルが下手くそ.いやパズルが得意だからこそ文学.「だめ」←バズりたかった.これだけだらだらだらせざるおえないのは,僕を見てよ!ニーチェになるならば,令和はニーチェを破りtechnologyでなるべきだ.
資格で回っているは嘘(社会人批評).
皆が資格やるときに,資格はたたき台にすぎない.
あくまでも資格が必要か?否か?の問いになるだけ(キルケゴールのあれかこれか).
もちろん最低限,資格は必要.
だが,それはちょっと考えるとおかしい話.
ようするに,だめライフは資格.
ああそうだよね,だから,わざと転ぶし,オレも参加させる.
資格は資格ができないやつをいれておとす.
よく考えると大学入試はおかしくて退学する輩が毎年出るのは,無意識に計算してる.
大学教授の見たくない外傷.
資格はあくまでもたたき台.
資格をとれ!ダブル・バインド
とりながらもとらない裏道か資質.
ブラックもホワイトもない。
就活ブラック論はたたき台にすぎない.
問題はからくりを誰が握っているかだ.
彼がわざと転ぶときにつっこむのは,愚策.本当に資格を○したいならば,松本哉のような資格に関係なさそうな人こそ資格かもしれない.
ひねた官僚(bot)たち.
統計学は弱者のツールに他ならない.
差をつけるのは「勇気」に賭けて責任を取ることである.資格はパズルに他ならない.
横尾忠則というartistがいる.
彼は音により様々な場所を文化している.
大事なことは身体性と実存主義と勇気である.
ここらへんは私の任務ではない.
UROBOROS,永劫回帰するニーチェ的末人は言語で理解するからにすぎない.
technologyを上手く使うのは文化資本に恵まれた英国人的な白人かあるいは米国人的な黒人である.
其の為には文か音か歩かなどが重要になり,動的な問題になってゆく.
書を捨てよ,街に出ようを唱えた寺山修司は横尾忠則に装丁されていたが,横尾忠則は近年コロナ禍を嘲笑う口が書かれたマスクを売っていた.
もっとも私だったらunmoral youtuber(あくまでもパズルとして資格を笑う意味も)あるいは加速主義批評家としてマスクを考えていただろう.
今日は、世界中の抑圧された人々が一堂に会している。西欧世界に住む黒人たちは、自分たちも抑圧されていると感じている。自分たちは合衆国の抑圧されたマイノリティという狭い見方ではなく、今日、世界中で抑圧されている人間同士だ。共通の抑圧者に立ち向かい、行動を起こそうと叫んでいるのだ。
〜Malcolm X『Young People』〜
今日は当たり前の話をしてゆきたいと思っている.
当たり前.当たり前の話だ.
何度でも繰り返そう.当たり前.当たり前.当たり前.当たり前.当たり前.当たり前.当たり前.
この「当たり前」が難しくなっている.
なぜ難しくなっているか?と言えば,ボクたちを邪魔する新しいヘゲモニー,良く言えば新しい教養がボクらを覆っているからだ.
結論から述べるならば,諦めてもらいたい(フラクタル構造/べき乗/9 to 1の法則).
なぜならばこの「当たり前」を攻略するには,「親ガチャ」に当たる必要があるからだ(関東/数的処理/男性.これら3つを備えた人間は難しく,怒りはないが医学部YouTuberは不徹底でYouTuberというGAFAMプラットフォームのメタバースに幽閉されたゾンビに他ならない).ようするに,複雑だが大体エリート的なDNAを持った人間しか「当たり前」の「社会人」になることはできない.
申し訳ないが,この私は「当たり前」が分かり「社会人」でありながら,「不謹慎系YouTuber」と矛盾した状態で精神をHACKできている.私とはそれだけ気高く優秀なのだから仕方はない(ガチャを徹底することで国立の壁を超えたハイパー・メリトクラシーによる救済があるのになぜ逃げるのだ…?).
なぜそんなことが可能か?と言えば,親ガチャの次に「勇気」を有しているからだ.AIが人間の知能指数を超えるGAFAM時代に適応するためには一度「かつての日本人(any way)で生まれたガチャを一度捨てる「体育会系」的「医学論」,「適切な優生思想」が必要になってくる.
ようするに,作家・橘玲が指摘するように『読まなくていい本の読書案内』が必要なのだ.
それがTV的な価値観で支配されず,洗脳されない「当たり前」の「社会人」の「新教養」という現像なのだ.
Z.
Zはニーチェ『善悪の彼岸』を連想される前に世紀末で何も無い真っ白で無キャな絶滅の世代なのだ.
Z世代を語る際に彼らはまだ始まってはいない.
そういう意味でZ世代のZはゾーン,INTERNETそのものの始まりだと定義できるだろう.
このZ世代の空白性(無キャ)と橘玲『読まなくていい本の読書案内』は自己矛盾する(批評).なぜならば,彼らは空白であり世紀末でありマーケティング的な世代論で区別されるには既に殺菌されたドゥールズ・ガタリKids,新人類しかいないのだ.
ようするにフランス現代思想で殺菌された新人類たちはGAFAM的教養を押し付ける橘玲の能天気さにいささか呆れている.
なぜならば本は読まずともSNSを駆使すれば『読まなくていい本の読書案内』は簡単に入門することが可能だからだ.
でも,問題は「当たり前」の「社会人」として「親ガチャ」に当たるにはどうすればいいか?である.
その空白な絶望の心情をスケッチするYoutuber的なニヒリズムを次に考察しなければならない.
要するに橘玲の問題はZ世代にとって抑圧に他ならない.
言語でダーヴィンニズムを理解しても,結局のところそれも言語の詩に他ならないのだ.
だから私たちは医学部YouTuberベテランちにならって青松輝として詩による抵抗を考えないとならない.
言葉から自由になる必要さがあるからである.
もっともそのベテランちこと青松輝もだめ!なのだ.
なぜならば,
詩はしにました.
受験勉強で詩は使われます.悪戯ではありません.詩はtechnologyで代替されたと言いたいだけです.
SFCに詩で入りました.
すでに詩自体はtechnologyとして実装される通常の大学入試を超えたハイパー・メリトクラシー化しているからだ(artistが大学入試で試されている).
その現象を端的に表す10年代最強の批評家とは古市憲寿である.
高校時代の唯一の反抗が『サザエさん』を立ち読みすることだった本田由紀(2005)が、「だめ連」や若者支援NPO「ニュースタート」に対して危機感を覚えるのも同じ理由からだ。社会で疲れきった若者たちを慰撫するオアシスとしての役割が、結果的にその社会を延命させることに寄与してしまうのではないか、と。
〜古市憲寿『希望難民ご一行』〜
GAFAMとは特に若者にとって白を抑圧する赤いカラーのYouTuberのことに他ならない.彼らが情報社会の洪水に閉じ込められているのは本物の詩人,ハイパーメリトクラシーに負けたからだ.
赤は共産主義であり無キャな白は赤に染られている.橘玲が想定するGAFAMは余りに自明で若者を縛るリゾームなのだ.
だからこそ私たちは古市憲寿が指摘する共同体幻想を知覚する.
むしろYouTuberというヘゲモニーは「界隈」として人々を従属し偽りの友愛で反抗の牙を抜きながら発狂の渦にさせるのだ.
古市憲寿よろしくハイパーメリトクラシーことSFCの限界は資本主義的リアリズム頼りの貧者のVRに他ならない.
僕達はTVを叩き割りトゥールマンショーから逃走しなければならない.
でも,どうやって?
メタバース化する現実に意味論の不可知さを列挙し続け,極めて終わった理系も文系も超越せよ.
〜古田更一『本は破れ!』〜
科学と分業と近代が進みすぎた現代社会では音と美と本のような存在がむしろ人間にとってのテクネー,技術,technologyになる.
むしろ増殖する科学を無視し(YouTuber批評),いや共生することで技術を前提にした「新しい文系」(ガチャ当たり)が登場する.
web writer.
この人を見よ.書を捨てよ.街に出よう.
YouTuberに☓をつけて,unmoral なYouTuberへ加速せよ(適正者しかなることはできないが,当たり前として古田更一を拝むことは可能だろう).
これが「当たり前」だった.これが「当たり前」だった(MalcomXと異なり加速主義的な言語を理解しないYouTuberはunmoral youtuberよりモラルに無自覚に欠けている弱者男性や老害,実は無視されている人々に他ならない.もっとも現在はunmoral youtuberを介せずともXというプラットフォームがスティーブ・ジョブズの後継者としてイーロン・マスクが代替している.designからpowerが要求されるようになったのだ).
敵は人間に支配された機械である.
機械は既に貴方の隣人である.
これは新しい「社会人」だ.
そして「親ガチャ」に関しては「当たり前」の「社会人」になってから悩むべきだったのだ.
天才の私はそう思う(you are you,midd summerー).
美術家マルセン・デュシャンを読み解く回をしてゆきたいと思います.
マルセン・デュシャンはチェスの達人で余りに美術館の宗教さを嘲笑ったため,有名にも関わらず,日本で展示されたのが自由ヶ丘画廊が初めてでした.
ゲーム理論ができない頭の弱い人々が美術館や政治にハマります.
こんな当たり前の西洋美術史の読み抜きが出来ない人々が多いためレンタル美術館を始めました.
レンタル美術館は私自身が展示です.
なぜならばガチャに当たったからです.
ガチャに外れた人間はartistになれないから.
でも私を鑑賞する「資格」はあります.
レンタル美術館は文系や政治という頭の弱い人々の治療として貸し出される予定です.
【追記】
ちなみに「資格」は楽をするためにもあります.
巷では初田信者,健常者と非健常者の信仰にハマる非ジル・ドゥールズ読みと知覚されます.
彼らの頭の弱さを治療し偏差値ゲームから解放するのも目的です.
これはムンクの叫びなど他の西洋美術史を深読みし自らが実践する必要があります.
「お金」という系からも抜けてもらうために臆病者は初田信者として割り切る必要もあるでしょう.
その処方箋は知りません.
病に自覚していただくワクチン接種の場所とご理解ください.
またSNS時代にはリアルに会うことがメタバースを乗り越える瞬間になります.それは老害批評として楽を超えた話なのです.
素直にだめ連創設者の神長恒一さんの顔を見ると元気になるものだ。
一度高円寺のだめライフ愛好会結成会あたりの居酒屋で流川くんや吉野うごく(旧 大阪藝術だめライフ)たちに強制的に呼ばれて仕方なく行った時に確か顔だけ拝見した記憶がある(今の情況よろしく金のでない重労働の仕事やパワハラが増えるんだろうな…と予見した通りだった…)。
だめ連さんのご活動を批評できるほどのキャパも能力もないのだけど、そしてそのご活動を批判する気は全くないのだが、問題はインターネットを前提にした際の姿勢が新しく起きていることである。
結論を先に述べるとだめライフはZ世代のインテリ村としては機能しているがZ世代のカルチャーや女性、若年層、低知能層を明らかに抑圧し無視し搾取しているオタクであることはあるかもしれない。
Z世代を考える際に文献YouTuber幸村燕は自身のぬかるみの雑誌でZ世代を絶滅の時代だと表現している。これだとあまりにポエムすぎるから、自分が思うZ世代の特徴は冷笑とコロナ禍、メタバースである。
まずZ世代のカルチャーは良くも悪くも西田亮介『ネット選挙』を読めば分かる通り良くも悪くも当時は珍しかったハッカー的な感性がもはや良くも悪くも常備になっているのである(倍速視聴は悪くないし早いインターネットで良いし読書する時間は無くていい)。分かって欲しいのは、何も彼らはゆっくり見ることを否定もしてないし読書も嫌いではなく、老害たちに世代構造の人数上で嫌気がさしているだけなのだ。
良くも悪くもZ世代はインターネット空間へ押しやられているし、その抑圧からコロナ禍時に沢山のサブカルチャー、YouTuberやTikToker,Vtuberを大量に放出したと感じる。
だが、それは高齢者の医療の物理的な問題は率先と行い、若者たちにはなんら支援をせず学歴差別や就活差別、地方差別、あるいは障害者差別をこれからも行っていくんだよと当たり前かもしれないが国家や社会は隅のジャクチを飲むように僕たちに提示するのである。
良くも悪くもだめライフはその状況に適応してしまっている保守層だ。
ようするに老人介護をすることにあまりに無自覚に乗っている。
結局のところ当時のだめ連とは状況は違い、人文系学生が学士まで行ったものの就活は苦手だからという良くも悪くも厳密にはだめではない状況を作ってしまっているのだ。
もっとも彼らだめライフは大学名を名乗る通りに大学という権威の中で学生ごっことして反骨したいため一応は資格は当たり前だが欲しい。これは大学という大企業に隷属したあるいは国家に隷属したシステムを愛している日本的体制ということになってしまう。
もっともそれが完全に悪いと言うわけではなく、だめライフは良くも悪くもネオリベである。
またボッチザロックでオタクを延命しようとする態度がもはや体制的でSNSを否定するというオタクの既得権益性という問題はあるのだ(©岡田斗司夫『オタク イズ デッド』)。
もっともエリートたるもの権威であってよいし、これからもだめライフがホモソーシャルでメタバースに潜む本当の弱者たちを排除し続け、自分たちの余暇を満喫し、就活や学士で負けたテレビ的なだめさを演じ続けながら、オタクという権威を悪用し続け、SNS世代の陽キャたちを逆説的に搾取し続ける加害さは悪くなく、ネオリベとして素晴らしいことだと思っているし、だめ連をしっかりと継いでいるのか?とあまりに総括を求めるのは良くないことだろう(だめ!)。
だが、古市典寿『希望難民ご一行』に書かれている通り、想像の共同体そのものが自己満足で終わってしまう可能性はある。
ようするに、SNSで集まってヘゲモニーをゆるく作りだらだらとしながら、他は一切見ない快適なアーキテクチャの中で隷属している可能性はあるからだ(©濱野智史『アーキテクチャの生態系』)。
もっともそのだらだらしている状況は仕方ないだろう。
もし更にドメスティックにやるならば吉野うごくのように暴力革命的な様相を帯びてしまうかもしれない。
外山恒一さんは嫌いではないが、彼は暴力まで振るわなかったと偽物のネオ幕府は言うかもしれない。
しかし、私より若い吉野うごくはよりもっと年上から抑圧されている(誤解しないでもらいたいが吉野氏と私はイデオロギーは対極だ。しかしだからこそ保守的であることに自覚を持てとだめライフには言わざるおえない。これが吉野うごく早稲田だめ論争における加害さから逃げる早稲田だめの大企業信仰の問題かもしれない)。
だとするならば、昔はよかったと満足することそのものが彼らの世代がそれは構わないが、彼等を介護するだめライフは年上も年下も明らかに裏切っていることになるかもしれないのだ。
もっとも誤解がないように宣言するとだめライフには怒りはそこまでなく、むしろ世の中の大学生はもっとどうしようもないため、悲観的に相対的に図々しいが優秀である。
だからこそ、だめライフはホモソーシャルである。
オタクを引きずりSNS世代になれなかった彼らは拝金的だけどもモテないという性格の悪さというオタクという呪いをひきずってしまっている。
だからこそ、だめライフはオタク権威団体なのだから、マーケーターなのだから別段批判するつもりはない。
問題はマーケーター集団にも関わらず、マーケーターではないよとしてしまうところが問題であるが、それも別段総括を求めるつもりはない。
問題は、このようなbotが公約数になる構造そのものをもっとボクたちはSNS学として考えないといけないことである。
西田亮介さんが統計学を乱用し何も問題はおきていないんだ/テロリズムは恣意的な話であり戦後は減っているのだのような大きな本質のようなことを発していた.
なぜならば戦後に山上徹也のテロリズムが起きて,そもそも西田亮介さんの師匠である宮台真司さんが襲われたからだ(私は宮台真司さんは嫌いではないし刺すのは良くないと当たり前に思うが,その弱い余波は石丸選挙やひろゆきに代表される反知性主義だという関連付けは早計だが軽くかんじかもしれない).
そんなんだから西田亮介さんは日大「危機管理学部」教授になったと言えるだろう.
危機がなければそのような場所へ行かないからだ.
また西田亮介さんが新しく勤める場所が危機管理学部という名前からもむしろ危機の時代を十分に表している場所だということを感じざるおえない.
日大危機管理学部学長はテロリズムなどを専門にしメディアとテロリズムの悪しき関係性を見抜き,メディア整備をおっしゃっていた.
ではどうすれば地獄から解放されるのか?
それはSNSの遮断と「経済力」である.
当たり前の話だがSNSは地方や政治色が強い県ともネットワークが生まれてしまう.
また身も蓋もないが,金があればテロは起きづらい(もちろん狙われる可能性はあるが,テロ的な環境とは距離を置くことができるのだ).
飛躍すればこれからのメディアマンはホワイトハッカーのように防衛としてSNSを使う必要があるかもしれない.
https://note.com/hurutakouichi4/n/nc322ed43dd6c
〜 もっともこのnoteで書いたことは関西の政治的豊かさはあくまでも極めてローカルでしかないことだ(良くも悪くも).
その西洋近代が徹底されるべきだという思い込みは東洋人には難しいかもしれないし,関東や社会人にまでは難しいし,日大危機管理学部のYouTube動画の西田亮介の言葉を借りればマクルーハンのメディアはメッセージよろしく情報環境が変わった時代に「昭和」は良くも悪くも難しいだろう. 〜
もっとも危機管理の時代とは再帰性近代以降に起きるオーソドックスな話だ(詳しくはアンソニー・ギンデスや液状化する社会など、武蔵野美術大学名誉教授/小幡氏の社会学を閲覧してほしい).
もっとも危機管理にはテロリズムだけが危機ではない.
ひろゆきを忌み嫌っていた西田亮介さんよろしくひろゆき構文(論破したり勝ち負けをつける)や石丸構文などに西田亮介さんはやんわり否定的だ.
政治の勃発と不安神経症たちの釣りと満足感にインフルエンサーたちは利用している.
もちろん新聞やTV,大学が既得権益の面はあるだろう.
だからといってネット選挙はまだ始まったばかりで危険だ.
https://note.com/hurutakouichi4/n/nddb8eec6d8df
詳しくはnoteに書いたが,ネットを作ったギークたちは極めて高いIQを持ちながら反権威的でなんでもかんでも無料化してゆくヒッピーの源流にあると西田亮介は処女作で語る.
彼らギークが選挙や政治を理解できたり作れるかは不透明だという結論を西田は大体つける.
もっとも法学者レッシグや濱野智史がアーキテクチャというミシェル・フーコーが否定した規律訓練型権力がむしろギークたちの作り上げた社会にスーツ(エリート)が裁きにゆくという構造は当時に散々議論されたことだが.
西田亮介はそのような難しい言葉を避けて,広義に危機管理と評して様々な困難に対応することが重要なような感じだった.
もっとも再帰性近代を生きてネット選挙の時代はむしろ戦争がないからこそ安倍晋三首相が暗殺されドナルド・トランプがまた再選するなど良くも悪くも精神的な排外主義的な匂いは未だに残っているのだ.
政治とは貧乏臭く嘘臭く田舎臭く面倒臭いものにアクチュアルが増すからこそ,治安が悪化するからこそ,むしろ皆が敬遠するジャンルになる.
だからこそ,危機管理を最低限極めることも大切だが,政治そのものから離れることも重要になる.
その方法が空想社会主義に連なるだろうアウトサイダー・アートによる個人主義革命だ.
https://note.com/hurutakouichi9/n/nfc2a2cc26c0b
詳しくはアウトサイダー・アートに関するnote記事で書いたが,究極的には政治やメンヘラは付随し東洋人そのものが西洋学をやる矛盾から障害者芸術の研究は様々な東洋人のアートから普遍して考えることができる生活芸術として機能する.
ネット選挙(公共政策)を専門にする西田亮介さんが新しく挑む危機管理学は山上徹也のテロリズム以降始まった比較的新しい学問で,日本で1番大きい日大には様々な背景の人々が集まり,大麻やパワハラ,セクハラで荒れて不人気になっているらしい日大はむしろ西田亮介さんにとっては楽しみで日本の最大公約数のルツボとして良くも悪くも日大を観測すると面白くなると西田亮介さんは言う.
比較的新しい西田亮介さんのネット選挙そのものの洞察は鋭いし,危機管理をわざわざ学ぶ必要さが山上徹也以降出てきたことは当たり前の話なのだ.
西田亮介さんは基本的には曖昧な発言は慎みTVを断罪しひろゆき的なあり方を大否定していたが新書などでは持論を展開し日本社会のストレスの原因は「昭和」的価値観にあると批判し極力は体育会系や学歴主義を廃し,コンプライアンスを守る社会にしてゆこうと考えているらしい.
西田亮介さんの今後のご活躍には期待せざるおえない.
2025年はGoogle科学者/カーツ・ワイルあたり曰くAIが人間一人の知能指数を超えるので,改めて頭が良くなりたい&IQ思想に入門したい&柔らかい頭を柔らかくするためにも改めて本は破れ!を解説.
稲●くんは99%詰んでます(昨今のZ世代全員).
理由は簡単で反知性的だから.
ネオ幕府や情況編集長みたいに老害をこじらすのは構わないすが,嫌いではなく老害は老害っす.
オレが書いた『本は破れ!』は99%正しくて当たり前のことしか書いていない(特に改訂版は特に).
ここが要の味噌で99%正しくて当たり前のことしか書いていないということ(©陽キャ哲学普及協会)は読んで咀嚼して理解しなければオマエ自身の責任でオマエは哲学やインテリの才能がないんだと客観的なテストとして描いたわけ.
オレに責任はなくてChatGPT以上にAIを言語化したかんかんじ. もっとも予備校講師にオンブに抱っこもいけないよ. ちなみに分かるヤツがいるのか?という話はあって分かる人はいます. 1人は陽キャ哲学普及協会さんだ. ボクとイデオローグが対立している人でも哲学を多少なりとも理解していれば読めるように書いている.
もっとも社会は存在しない&個性経済学の章は苦手らしかったけど. 東京医科歯科大学医学部YouTuber初田くんはむしろ国際の章を苦手としていた.
これは哲学版IQテストみたいなもんで,何が得意か苦手かどこを妥協するかどこを伸ばすか様々な観点でチェックが入っている. 元々はAIが人間の知能指数を超えるシンギュラリティを突破できる人間とは何か?というメモ帳が本来の役割であって,AI批判として書いたつもりが,AI以上にAIすぎる鋭い客観性を持った鈍器のようになってしまった.
本は破れ!が簡潔すぎるのは,ChatGPT時代にすら残るWeb Writingとは何か?あるいはコンテンツ,事象とは何か?を鋭く厳選してテストしているのだから,Web Writingや坂口章,逆転オセロニアといったDX(IT化)はどうやら残るどころか勢いを増した下部構造の中華未来主義になるらしい.
むしろ偏差値0から60あたりを丹念に描いているのだから,小論文が出来ない人間はほとんど死ぬことが言語化されている(最低限残る受験勉強的な処理は偏差値40〜50は必要になり,近代の残滓はむしろ偏差値40〜50として縦社会としてでなく横社会として徹底される). ふるいにかけた完成版では月ノ美兎の資本主義的な加速主義の上部構造を追加して,武蔵野美術大学の偏差値40から偏差値70まで伸ばせるように丁寧に解説3選を補強しといた(弱者男性&ドール&老害女性である月ノ美兎&モザイク&FPもとこ用). ChatGPTよりも鋭い強度で描いてAIの死を言語化したから,AI以上に厳しい内容になっている.
もっとも未だに残る受験勉強的な近代教育にどう勝つか?という究極の処方箋として描いた.
中身がないことに開き直る忖度の成田悠輔はむしろ意識高い系の中の意識低い系としては高く評価できる(東京大学不要論として美としての感傷マゾ).
坂口章か成田悠介かは革新的な埼玉か保身的な池袋かの違いでしかない. もっとも保身の近代教育はやっぱり大切でボクは偏差値65ぐらいしかない中学校にしか受かっていないし武蔵野美術大学で経歴詐称をしたとは言え,たかが早慶レベルしかないと言える. だから,保身的にイキるならばやっぱり成田悠輔は優秀と言えるでしょう.
〜四谷三丁目どらねこランドよろしくお願いしますm(_ _)m〜 教養主義の復権!😼
https://x.com/Doranekodo?t=jh9pPvgUkMBqkxbEhRln8A&s=09
〜若手YouTuberの二人による対談。コロナ、戦争、宗教。幅広い視点から全く新しい切り口の現代社会評論。批評家の古田更一と医学部中退YouTuberの逆精神病院による新しい思想が丁寧にまとまった一冊。〜
~貧者のVRの先にある地獄.反社会的でありながら社会化ぶる文系ヤクザたち~
これはメタバース理論/株式会社DeNA『逆転オセロニア』から学べることです。以下、引用。
あの2人って年近いのに何で仲良くないって思わない?
あの2人。お互いがお互いを恐れているのよ。
俺が社会が存在しないっていうと怒るのよ。
フリーライダー
ほんとに社会ってのがあるのなら何で二人で対話しないの?年が近いのに、あの2人はお互いのこと避けてるよ。関心がなさすぎ。
ソーシャルネットワーキングサービスと社会とは全く違うもの
あの2人はSNSのウソできた社会を信じちゃうからお互いの同世代を見ずしてフリーライダーの悪人でありながら無自覚かつ他責にしている。
SNSってのは個性経済学なのよ。
ちっちゃい点を、『これが社会だと思いますよ~!』って言ってる点だらけなのよ。
絵にすると怖いでしょう。もう東大ってないわけよ。
文系ヤクザ。
だから既にみんな新興宗教。中世の人ばっかり。
頭でっかちのお勉強出来る人が動画投稿出来るからすごいのよ(メタバースから抜け出す一例)。
つまりまつたけ大王とかかるてぶらんしぇさんが互いに避けてるのよ。
お互いのこと見たら島人ってばれちゃうから。才能ないしクズってばれちゃうから。
しかもお互い自己中ってバレちゃう。
結論ありきでしゃべってる。テレビ番組。
逆に言うと才能とかないんだよ。才能とか平均の人はない。
俺とお前は特別だけど、殆どの人才能ない。
お前の医科歯科の友達もたまにはお前より頭のいいこということもあるでしょ?
才能ってのはグラデーションがあるだけの話。だからこの図式なわけよ。ほんと恐ろしいわけよ。
実際に貧者のVRをやっている人々はいっぱいいた。
まつたけ大王はぱくもとの精神と時の部屋の夢を見るか。絶対見ない。
仕事哲学とアキラ三兄弟。(浅田彰)、橘玲、(坂口章)。
これは橘玲批評として橘玲は読む価値がない理由があるからこそ重要であることが学べる引用です(出版界が腐っているところを金に換金している可能性はあります)。
今から、仕事哲学について話そうと思います。
不謹慎系YouTuber.
なんでこの人(橘玲)が哲学的だし、仕事哲学だって思うかって言うと、凄い簡単な話。1つとしては、今のいいね社会。いいねを気にするな!って言ったのよ(本屋は本を買わないためにある)。
わざと不謹慎なフリな動画上げることによって、いいね集めとかどうでもいいじゃん。って(橘玲→坂口章)。
おカネ自体も紙切れでしょ?って言ったわけよ(赤瀬川陽平の金裁判)。
原理のゲームで見た場合は、暗記の才能があるのが橘玲(落合陽一の魔法の世紀)。
実は坂口章が新しいんじゃあなくて、坂口章は今の時代だから新しく見えるんだけど、坂口章と同じこと言ってる奴がいるのよ。それがこの橘玲なのよ。
坂口章はわかりやすいし、導入。橘玲の実践版。
批評家としての理屈を作っているのがedamamekunなのよ。edamamekunなのよ。edamamekunなのよ(坂口章が穏便になったアカウント的名称。古市典寿で代替可能)。edamamekunだと、橘玲と浅田彰の理屈の更に先をいっているのよ。つまり中釈動画、小論文だから、発想が(ハイパー・メリトクラシーとは小論文の勉強に他ならない)。
でも、橘玲の限界は、近代社会がまだあると思っている(落合陽一脱近代宣言)。
橘玲本人が不謹慎芸。
大学制度を廃止しろと言ってるくらい(成田悠輔/22世紀の民主主義)。
知識社会を破壊しないといけない(東谷義和/死なばもろとも)。
橘玲の幸福の資本論。
ベテランち批判は、この本に書いてある。
不謹慎系YouTuberはおカネ稼ぎができると書いてある。
政治空間から逃げろ。自業自得。
友達は表面だけでいい、友達を裏切ればおカネ儲けができるって言っている。
古田更一が新しいのはおカネがなくなるって言っている。今のいいね社会にこれを応用してる。
鬱病になるヤツはバカ。
日本人特有のもので、新興国の人はあんまり鬱病にならないって事が書かれていて。
これティックトックの話に近くない?鬱病ってあれなんだよ。感じやすいっていう。
鬱病ってのは頭が良いからって書かれていて。身も蓋もないわけよ(笑)。
それは自覚しろって話で。感じやすいんだから、避けるとこは避けなさいっていうのよ。
先進国の人間だからなるっていう(コロナ禍ブームの際の相次いだ自殺ブームだよね。西洋人や情報処理が高い人ほど病んじゃうっていうメリトクラシーの限界はある。だからハイパー・メリトクラシーが起きる)。
逆に日本人だけじゃなくてアメリカ人もなっているのよ。
アメリカ人も躁鬱病。日本人は神経病の鬱病で(橘玲/テクノリバタリアン)。
幸福の資本論の結論は、幸福なんてないよって書かれている(オースティン/分析哲学的な話)。
坂口章は政治的に重要(政治批評)。補完(でも坂口章が政治っていうのはあまりに不謹慎だしサブカルだから古市典寿こそ政治的に素晴らしいと茂木響平は外山恒一を裏切り右翼?寝返るべきであるかもしれない)。
しかも小論文の代わりに中尺動画で実践をアウトプットしている(ChatGPTに負けない方法は小論文の勉強だ)。
⇩⇩⇩⇩⇩⇩⇩⇩⇩⇩⇩
カオスフォレスト 遊&想
パース『連続性の哲学』
デイヴィド・マクラガン『アウトサイダーアート 芸術の始まる場所』
カオスフォレスト 動
才能がない人が嫌い&犬世
〈解説〉
https://x.com/kawajirikousak/status/1873978690239160673?t=I5Y_nF8kqSbHhZxICPDoPw&s=19
そして自分自身もその系から抜け出せないのだと西洋人の病理を言語化したのがミシェル・フーコーである.
ラカン的外傷を感じさせるのはミシェル・フーコーは本当の処女作『精神疾患とパーソナリティ』を隠し黒歴史扱いしたことだ.
これは事実上のユング『赤の書』(RED・BOOK)のような禁書目録のようなものでこの処女作にはとんでもないことが大量に書かれてある.
ロボトミー手術(©橘玲『スピリチュアルズ』)が当時ミシェル・フーコーの頃には流行りミシェル・フーコーと仲が良かった「狂人」は前頭葉を切られて「健常者」にされたという(これは今では禁止されている.当然のことながら).
ミシェル・フーコーはロラン・バルトのような擬似科学者になるのか?と揶揄されていたらしい.
しかしミシェル・フーコーはこれらの悲痛な心理学/精神医学の現状から後に権威主義的にさながらサピエンス全史のように書かれた数々の力作を提出するようになるのだ.
しかしそれはLGBTQ的な悩みを当時からフーコーは抱えていたことだろう.
ポモを権威化したりアクセサリーにするのは悪いことではないものの,本来はポモはフランス版左翼活動家たちの記録に他ならない.
それがフランス映画に見えているとするならば,それはよりミシェル・フーコーがパノプティコンから出れないー,なぜならばミシェル・フーコーの脳そのものが「狂人」だと刻まれていたのだから(オマエの脳には爆弾が埋め込まれているー).
昔から私は居場所探しに執着せざるおえないマーケーターとワナビーが不思議だった.
なぜならば歌舞伎町も褒められたものではないし,歌舞伎町こそが日本の悪い場所だという主張こそSNSにたむろする面白くもない弱者たちの存在を忘却するからである.
彼らはTVや大学,出版の傘を着ながらもそこで無視されている地獄に良くも悪くも満足してしまい「歌舞伎町」や「ぴえん」,「ネオ幕府」,「陽キャ哲学」などという固有名によって自体の本質を誤魔化しながら弱者の味方面するのだ.
そこに怒りはあるのではなく,佐々木チワワ氏やネオ幕府の相川氏,元電通のQ氏を含めてマーケーターとしては尊敬しているものの,彼女らは自らを文学だと抜かすところが私には理解できない.
ここで私は思考が止まっていたのだから,今日は今年も終わるわけだから佐々木チワワ氏やネオ幕府の相川さんなどに対するマーケーターと文学の両立関係について整理してゆきたいと思う.
作家/古市憲寿さんのこのデビュー作では希望が危険で共同体こそが居場所になってしまい革命をする気がなくなるのではないか?という仮説を提唱し社会哲学者アクセル・ホネットの居場所優先的な偽善を断罪する内容になっている.
佐々木チワワさんが行っている露悪的な歌舞伎町社会学はまさにこの古市憲寿さんが提唱していたことを露悪的に後継しているように思える.
ただここで疑問がムラムラと湧いてしまうのは歌舞伎町というのは極めてローカルなロック的な弱者風の町ではないか?ということである.
ようするに消費しやすいマーケットなプロ弱者をまとめることが椎名林檎風なメディア人たちの想定する弱者(サブカル)である(朝生!Ameba!ありがとうTV!).
極めて言ってしまえば彼らは認めないが面白くもない本物の見えない弱者?として新興宗教二世がある(成田悠輔氏はこの手の見えない労働者階級を海外の論客の言葉を借りてゴーストワーカーと呼んでいる).
面白くもないが比較的雰囲気が賢い相模原市に住んでいた男は新興宗教二世で口先だけだと唸り社会学者/宮台真司さんを刺してしまった.
この問題と歌舞伎町というプロ弱者ロック文学サブカル的な共同体的な諦め(トゥールマンショー)は奇妙にもつながっているように思える.
なぜならば宮台真司さんを完全に悪人だと僕は一切思えない.
むしろ宮台真司さんは「いい人」すぎて刺されてしまったのだと僕は思う(なぜならば彼はメディアの中では優等生/善人である早稲田の人物研究会に東大中退の全共闘/芥正彦を呼んで半場山上徹也のテロリズムを芸術として評価する強がりをし見事◯されたわけだ).
これを僕は障害者施設で善意で働く人間たちがむしろ同じ相模原の植松という陽キャに◯されてしまった現状に近いと捉え「いい人」もまた古市憲寿の言う共同体幻想,共同体に優しくしても問題解決にはならないという話に近しい気がしてくる.
宮台真司がさされてしまった事件に類するものに石丸市長vs古市憲寿論争がある.
これも社会を変えたい石丸市長と悪である古市憲寿がそれを止めた構図には見えるし,実際にそうかもしれないが,本当に石丸市長を虐めたいのならば「無視」するか「逃走」するだろう.
古市憲寿が炎上し憎まれる背後には本当に石丸市長を本当に「無視」したり「逃走」しているクズな豚や魔法使いや敏腕編集者などがいることになるからだ.
もっとも石丸市長はその程度なので古市憲寿をネトウヨだネトウヨだと恨む時点で彼自体も結局のところは自らが英雄になりたいだけの非革命家な共同体でただ人気になりたいだけなのだ.
その証拠に古市憲寿は安倍昭恵夫人や橋下徹さんたちとのメシ写真をあげて石丸さんもどうすか?と煽り散らかしている.
https://x.com/poe1985/status/1817190502967701562?t=kkaFI6C6B1s5LL-6z9Ok2w&s=19
もっとも古市憲寿もどうしうもない(作者もかもしれないが).
当たり前だが政治はイデオロギーが違う者と違う者同士のぶつかりあいだからだ.
政治が難しいのは当たり前だが主観とパワーが前提になるからだ.
古市憲寿の会食に集まった人々が正しい人間たちだとウホウホ言いながら批評という言葉に逃げる倉持というクズにはなりたくない(というポジションを彼は選択しながら陽キャ哲学し現実逃避している).
彼ら3人に対する疑問は彼らはただバズりたいことが良くも悪くも先行していることである.
露骨に幕府だの日本を良くするだの歌舞伎町などという分かりやすいプロ弱者/サブカルを持ち上げるところに彼らが古市憲寿さんの言う政治屋にすぎないということに.
彼ら左派はサブカルにすぎないしバズりたいだけを誤魔化すためにわかりやすい物語で武装している,これが彼らの主張が嘘まみれであり褒めるとしたら自分がバズりたいだけの対弱者マーケーターというところに文学とマーケーターの相関が整理される.
彼らは自分を見て〜が中心にある(ネオリベラリズムである).
だが,そう思うと「ぴえんという病」という本でそもそも佐々木チワワちゃんは弱者は自業自得wメンヘラ芸だからねwと良くも悪くも椎名林檎風にZ世代を批評していなかったか?
そう思うと良くも悪くもZ世代やSNS時代の良し悪しを書いている時点で佐々木チワワは頭はバカデカい愛さんよりよくないと思うがZ世代やSNSの強みと弱みを言語化しているという意味において現時点最強のZ世代の批評家だと類することができるだろう.
【言い訳】
確かに冷笑と言ったらそうだけども,事実としてそうにしか見えないのだから,何を言っているのかが分からないし,別段に本そのものが女性のアクセサリーと変わらないよと皮肉抜きに褒めているのだ.
箕輪厚介という印象の悪すぎる早稲田YouTuberがいる.
あの情報処理が高すぎるひろゆかないさんを嘲笑い成田悠介にはペコペコするクズさは芝高校の貴族として皮肉抜きに尊敬する(斎藤幸平という芝高校の後輩も箕輪さんと変わらない貴族なのだ.嫉妬はなく,暇人なのだから素直に弱者は◯ねよと開き直ればいいのに).
このオッサンには何かと因縁をつけられて(3回ほど),毎回この人(箕輪厚介)自体が老害で既得権益そのものなんだから何をそんな社会を変えたい!とか言いたいのか不思議でいた(笑).
このバカは本当に救いがたいが,Xは人間関係で構成されているように思えた.
一見YouTuberは人気があるように思えるが東大理三YouTuberベテランちが柄谷行人を読んだり東大理三へ行っても若者だねwと冷笑されるだけである.
となるとYouTuberなんかやっても仕方なくて,現実は青松輝名義で書いている詩かもしれないが,それも無意味だろう.
僕達は諦めるべきかもしれない.
彼は悪人ではないけども諦めて嘲笑っている一人に幸村燕くんがいる.
彼はXの人間を集めてゴロゴロし加速主義と言いながら宮台真司さんがさされた総括からも逃走している.
それを責める気はないが,これが等身大の早稲田の限界なのだ.関東なのだ.
だとしたらZ世代は諦めて嘲笑ったほうがいい.
諦めること,嘲笑うこと,明るいこと.
むしろ現実を見ないでいる方が苦しいだけ.
このように受験勉強で試される情報処理を延長する文学という制度はなんら悪くない.そこでよだれを垂らしながら丸呑みする低学歴視聴者のキングが穢多貧民として「新興宗教二世」という記号でニカニカするのだからグロテスクにも程がある(さながら中上健次的).
TV的に作られた弱者と貴族が遊ぶのが文学や哲学である.
怒りはないしやってはいけないと思うが,宮台真司さんがさされたのはこの国の現像であり壱村健太さんにそれを言わせてせせら嘲笑うのが早稲田村の実態らしいのだ.
このおじさんも救いがたい.
堀江貴文/落合陽一のコンビは中上健次と柄谷行人に似ていて頭は良いものの貴族にすぎない.
貴族なんだから貴族らしく弱者は詩に晒せと本性を表せば良いのに.
これは個別を批判したいわけではなく,ボクより若い筑波大学だめライフも幸村燕くんも大西拓磨くんもZ世代の人々は奨学金という名の借金を良くも悪くも抱えて文化活動をしている.
世の中には経済活動こそ合理的であり政治空間はハッタリにすぎない面もあるのだから.
それが悪いというよりも右翼的になり作業遊戯に哲学や論壇はなりざるおえないのだ.
これが哲学や出版がゴミな理由だ(©橘玲『読まなくていい本の読書案内』).
もっとも社会を変えたい人から苛立ちを感じるのは分かる一方で彼らが悪だと断罪するには早計だ.
本人が自嘲する通りまだビギナーかもしれないが幸村燕くんはぬかるみ派という思想普及を嘲笑わないことと提唱し普及しているのだから.
問題はテクニカルに秀才や一般人はロラン・バルトなど哲学者をしっかり読む職人訓練を受けたほうがいいし,その訓練を受けたと言って凡百の大学院生がいるのだから大学院生は手段にすぎないからだ(©橘玲『DD(どっちもどっち)論』).
批評される対象だが浅羽通明という冷笑的な評論家の世間に揉まれろという言葉は今の時代には限界を感じる.
彼自身は頭は切れるが彼とお話をして苦しそうだったため,意外にも今の時代はあえて冷笑的に世間に揉まれる方が苦しいように思える.
もっとも世間に揉まれない方法は大西拓磨よろしくARTを勉学し合理的に世間を相対化することであり,世間に揉まれないメンタルや技量は大学で学ぶもの社会で学ぶものといういささか皮肉は起きている気がする.
ARTISTという身分は難しいが重要だ.
貴方が思っているより大人は頭は良くないしそのままだ.
よくYouTubeに映るあるいはXのインフルエンサーたちに会ってきたが殆どがSNSのまんまなのだ.
だから,頭は大人もよくないし大人は実は若手に期待している.
むしろ若手であることを誇るべきかもしれない.
これが奨学金を借りる若手たちの問題で気持ちは分かるがくだらない大人のメンヘラと共依存になっている.怒りはないが.
この社会のどうしようもなさは複雑系だ.
複雑系科学では直感に反することが様々に起きて為替は完全には予測が不可能だからだ.
また優生思想が仮に正しくてもそこはあるので完全な優生思想は難しくても人々は仮の愚痴を吐き出す他はない.
複雑系を愛するメチエが必要だ(ニコラス・タレヴ『まぐれ』).
性別破壊党の手法は外山恒一の洗練を更に分化させただけ.新しくはない.が,外山恒一は男&年代的に厳しい.法律という名の男性性をぶち壊し,極めて終わった男性も女性も超越せよー.
男性はあくまでも手段であって目的ではない.法律はあくまでも手段であって目的ではない.
破滅せよー.
〈参考文献〉
橘玲『テクノリバタリアン』
破滅主義より参考.
〈参考文献閉じる〉
池袋の弱者男性に嫉妬されてる件
どうすればいいんすかね?
世の中の殆どは森村学園も受からなければ1番偏差値の高かった私の代にもなれない.
ネオ幕府未満は性別変更普及協会になるしかない.
ネオ幕府の相川さんになれなかった年上の世代は男の娘以外ありえません.
=落合陽一になれなかった年上の世代は男の娘以外あり得ない.
社会は存在しません.
社会は存在しないよ(宗教的なエートス).
国民国家は現代では本当に(マジで)機能していません.
その理由は具体的に言えば私たちが生きる社会が再帰性近代を生きているからです(あくまでも理論モデルであるポスト・モダンと違い,社会に底が空いたことに大衆を含めた皆が気づき始めたのが再帰性近代です).
再帰性近代とは近代社会,国民国家を疑うような時代に生きているからです.
もちろん社会学の泰斗/ニコラス・ルーマンが法社会学,法律というものを批評(批判)する形から社会学を大衆へ導入した経緯もあります.
あくまでも今社会で起きていることは法律批評(ニコラス・ルーマン/宮台真司)が社会で起きている問題であり法律や国家で解決できない老害の問題や少子高齢化,資本主義の問題,発達障害/精神障害,政治家の汚職,若者無視といった超法規的な規律が起きていることです(もっとも男性は女性をたぶらかしバカにし男性だけが楽できるのが国民国家という家族の拡張にすぎません).
これが有機質な社会は存在しない状況でありますが,無機質な法律は非倫理的に存在するという状況になるのです.
もちろん宗教や新興宗教の悩み,親ガチャ問題も問題の解釈が浅いため,超法規的な問題が起きるのです.
法律(権威)と批評(愚痴)は共犯関係であり,その問題をどう乗り越えるかが老害の問題や少子高齢化,資本主義の問題,発達障害/精神障害,政治家の汚職,若者無視といった超法規的な規律への処方箋になるのです(法律というストラクチャーはあるでしょう).
(もっともこの文章は小幡正純博士の社会学のまなざし/贈与論あたりを参考にしている.処方箋としてはとにかく英米哲学を熟知し,そしてモースの贈与論を投資という倫理として読み替える小幡博士のアイデアは参考になるけども,それは本が読めない大衆には難しいだろう).
まとめ
法律を愚痴として批評したのが法社会学を提唱した元官僚であるニコラス・ルーマン/宮台真司.
法律がクソで無機質なホモソーシャルだから,超法規法として様々な無理ゲーを感じるのが現代人.
法学以上に社会学の教養が求められてますが,社会学の限界はホモソーシャル.
もっとも社会は今こうなっているぜ(批評)と言ったところで弱者男性を含めた人々は救済されないでしょう(切腹できない).
其の為の妥協的手段がメタバースプラットフォームの中にひきこもり,SNS上の中で戦争をするという行為があるかもしれません.
programer初田龍胡はその現象を『PPP-戦争論』と論じています.
重要な思想として大切なことは戦争/極右的なメンタリティが重要です.
昔彼は自らを『最終戦争論』を書いた石原莞爾に数えられていました.
現代風にざっくり翻訳すれば極右としてブロック経済しゲーム理論で国際政治を知覚し敗戦国として噛み締めろという三島由紀夫的な文学です.
これは男性として自己実現するにはヤンキーや戦争,ホモソーシャルをせざるおえない三島由紀夫的な切腹宣言に近しい(男性は論理という箱に逃げている).
が,問題はAIが人間の知能指数を超えるシンギュラリティ/加速主義が起きていますので,そもそも共同体的な価値観である社会がなくなる恐怖やがゆえに共犯関係的に戦争というフレームを持ち出すことそのものが問題なのです.
男性は戦争をするか切腹をするしかない(『PPP-戦争』vs『22世紀の民主主義』).
(脱線ですが,アメリカの助手/成田悠輔は理想論にすぎず,大谷翔平を拝んでいるにすぎません.が,大谷翔平は最後の平成的なゆとり文化であり,野球というAI以前の権威を温存しているにすぎません).
まとめ
ホモソーシャルの壁を超えるには文学者へと開かれた人間になるべし(三島由紀夫)
しかし三島由紀夫が切腹した以上,LGBTすらもホモソーシャルを脱却するには難しい(成田悠輔).
だからこそ極右として開き直り起業家として男性を張るプログラマー初田龍胡的なクソさ/加速主義/イーロン・マスクさは意外と妥協的に重要かもしれない(初田龍胡).
ここからは私がフィールドワークで知り合った頭の良い女性たちの知見やアイデアを編集(design)し要約しましょう(詳しくは彼女たちに聴いたほうがよいかもしれません).
ここでまず問題提起として参考になるのが早稲田大学文化構想学部の某才女の卒業論文のテーマ『理性と狂気(仮テーマ)』です.
彼女は心理学批評家/斎藤環『文脈病』を下地にし西洋人の病=理性こそが狂気を生んだのだと主張し探ってゆきます(ちなみに心理学批評家/斎藤環の主張する文脈病とは人は必ず文学の系にハマり,顔の表情を表すようなキャラクターのように生きる他はなく神のように完全には俯瞰することは不可能であり,それが精神分裂病/統合失調症こそが正常かもしれないという危険な主張,心理学批評です).
これは法律と社会学(法律批評)の共犯関係,法律とその愚痴という構造の裏面史を語っています.
ようするに社会が存在しないアイデンティティクライシス,存在論的不安は
社会学的には戦争を訴える男は蛮勇ですが,心理学的にはメンヘラとして処理されます.
社会を良くする処方箋は出来る限りホモソーシャルを脱しレズコミュニティへ社会設計の上部構造をモデルチェンジすべきです.
問題提示としては早稲田文化構想は役に立ちますが,具体的な処方箋は拡張家族です.
きのコさんというポリアモリー,複数恋愛として生まれてしまったというちょっと図々しい知的な女性がいますが,そのようなコピーライトは大体役に立つでしょう(バカデカい愛).
ポリアモリーはコピーライトにすぎず,精神医療から狂気と理性を考える早稲田文化構想の才女は頭が良すぎて大衆は彼女のような相対的プロ弱者になれません(高学歴のメンヘラ問題は石原莞爾が現代だとメンヘラだと意匠化されることと同じです).
カジュアル・ポリアモリー,ポリアモリー批評が重要でポリアモリーーそのものをやるよりは旦那はカジュアルに二人目の仲の良い男友達などを多少は許容するメンタリティ,懐の良さ,コミュニケーション能力が求められます.
そのためにはお互いに高度な精神分析の知見が必要になり自宅精神分析家に家族や男女、社会はなってゆくしかない.
これは余りに高度な一部の男女の話のため偏差値55〜の処方箋でしょう(政治).
より実践的な話をまとめると性別破壊党党首/阿倍智恵さんが役に立ちます(外山恒一論).
下部構造としてマクロを救うにはより徹底した左翼が必要です(経済).
だから性別破壊党/阿倍智恵さんを見習い,人間をやめてシンギュラリティへ加速している事実を加速主義的に直視する他はない(本は破れ!©古田更一).
もっともそれは外山恒一合宿という老害論客たちが軽視する外山恒一という若者たちを救済する本物の天才/自称ファシストを認める他はないでしょう(悪い場所©椹木野衣).
まとめ
大学の学問は全て女性にやらせるべし.先程の法律批評(社会学)はよりもっと優秀な女性が言えば理性と狂気の歴史,つまり哲学批評(文学)となるのです(早稲田大学文化構想/カオスフォレスト?)
先程のホモソ問題は家族の拡張に過ぎないので,ポリアモリー的な複数恋愛や拡張家族の問題を思考実験やスペキュラティブデザイン,批評対象として考えることで様々なジェンダー・ギャップを前提にした社会構造の問題を考えられるでしょう(きのコ/私、恋人が2人います)
外山恒一の門下生である阿倍智恵さんが性別破壊党をしている.そもそも外山恒一こそ日本の若者たちを救う真の言論人/カリスマであり,まず外山恒一の再評価をよりもっとしなければ阿倍智恵さんたちの政治にされた今回の女性の活動も潰されてしまうだろう.
〈追記〉
まず法律的に違反ではありません。普段からボクだけは彼がオタク系以降の古山アンチと言う通り私だけは「文脈のある」ファンなので書店や文学フリマでも買っています。
本や文学フリマで買うのも犯罪ですか?それは記載されていませんし、警察を使うぞ!は貴方は他人を悪人に認定して矛盾を逸らそうとし続ける法律や弁護士の乱用です。これは典型的な新興宗教の手法や恐喝かもしれません。
なので某詐欺師に会うとは思ってもいませんし、そうやって若者を悪だ悪だと遠ざける貴方の態度こそ老害さや若者虐めの継続なのです。
人を◯して血を金にし続けるのは無理があるよ。
もっともこれは落合陽一や成田悠輔、初田龍胡、新興宗教2世、千葉雅也、宇野常寛、ゆとり、Z世代など様々な人間にとって苦しい話なのです。
私個人は世代的に貴方からも揚げ足をとられ続けられている。
またたまたまですが、ハハノシキュウというDJが近くのブースで8×8=49という帽子を売ってました(笑)。
どこぞの方が56+53=3みたいなことをクワス算を引用して言ってましたが、アンチでもないしテロリストでも断じて無く、あからさまな嘘や詐欺でバカを釣るぐらいお年を召したことを自覚なさっているはずでしょう。
そのDJさんは死にたいときがあったと憤っている本を出していて貴方はDJ未満です。
8×8=49.
因みになぜ現代の頭が弱い哲学者たちが陰謀論に取り憑かれるかについては『オレは不謹慎w』(訂正不可能性の文学)で書きました。ご閲覧のほどよろしくお願いしますm(_ _)m。
もっとも彼は私への揚げ足や恐喝、起訴ビジネスを繰り返すかもしれませんが(笑)。

アンチではなく、今の貴方は陰謀論を売っています。
私は怒りはありませんが、迷惑はこちらじゃ。
「さまよえる良心」と「終わりなき日常」をキーワードに、オウムと現代社会を分析する。
社会が成熟し、幻想が共有されなくなった時代、人はそれぞれの物語を生きるようになっている。
終わりなき日常を生きろ 解説より
宮台真司を刺しても変わらない。
それは成田悠輔を◯すようなことだから。
もっとも古市憲寿➫成田悠輔とどんどんと宮台的な大衆の病は悪化している。
治療として宮台先生へ戻る不謹慎すぎる昭和回帰が必要だ。
宮台先生はピーマンだ。
廃棄すべきかもしれないが、良薬は苦し。
AIが人間の知能指数を超えたとしても、大衆の殆どは意匠化された既存の近代で終わりなき日常を生きるのだ。
以上。
〈追記〉
ラカンを読もう。
だめライフは消極的に評価せざるおえない。
社会設計を考える際、中央の大学院生が苦しさを紛らわせるために作ったメタバース・プラットフォームのゆりかごが量産的に自らのコピーを作るだめライフ愛好会のシステムだ。
これは昔勝手に借用されたカオスフォレストというものに似たような作用を感じる。
現在はモザイクという人が行うモザイク倶楽部に回収されてしまったが、このだめライフ愛好会は使える。
もっともこれはサブカルにすぎず、限界はちょっとある。
ここに加速主義/シンギュラティ的な目線は入れておかないと始まらないだろう。
レズソ、反権威主義、オタク。
ナード、権威主義、陰キャ。
終わりなき日常を繰り返しメンタルヘルスを悪化させる醜悪なテレビ装置の延長線。
YouTuber(ヤンキー/ホモソーシャル/権威主義)。
コイツラをどのように〇すか?は非常に重要である。
もっとも陽キャ哲学ことぱくもと氏、池袋の坂口章、迷惑系のように、一定の評価はすべき格下の虫けらも一定数いることだろう。
このような虫けらをゾーニングする必要はなく、問題は彼を蟻地獄で利用している本物系YouTuberの方にあると思う。
で、経済的な観点を理解していない。
YouTuberはホモソーシャルに近く経済的な観点も分からなけらば、本も読めないバカが多い。
おまけに社会倫理性に欠けていてテ□リスト予備軍の連中ばかりだ。
彼らは権威主義のため本物の権威を超えることもない。
また彼らはbotであり代わりはウジャウジャいる。
単にXやYouTubeのalgorithmによって選ばれただけだ。
これらに関してはFPもとこ『能動経済』を閲覧せよ。
早稲田という醜悪な共同体主義の問題について他再生リストで書いた。
そちらも閲覧せよ。
脱社会的な存在が遺棄されるのは仕方がない。
それが社会が存在するである。
あるいは社会が存在しないのならば、脱社会的な振る舞いはAIでいい。
今日本で何が起きているのか。
それを説明してほしいという要請が非常に多いもののいちいち言語化する気にならない。
その理由は端的に言ってしまえば、100回以上同じことを繰り返しているこの状況下でやれることはそこまでないし(©終わりなき日常)、バカが手合いを勘違いしてもろくなことにならないからである。
今起きていることは金融資本主義を中心にする経済的な知恵を持っているか持っていないのかという問題である。
そもそも外山恒一合宿を中心にしてだめでいいんだと開き直るだめライフ愛好会と今の時代に幕府があるんだと提唱するネオ幕府が殆ど同時期に2024年に活躍したことは面白い。
この一見すると対極すぎる左翼運動はⅩでバズるかバズらないかというミームによって構成されている。
その点で言えば社会学者/宮台真司さんを中心にする世代の価値観は古い。
なぜならば、だめライフもネオ幕府も内容が先行しているわけではなく、Ⅹでバズるかバズらないかというアルゴリズムによって決定された本人も自覚がない集合知にすぎないから(第三次世界大戦対談収録。ぱくもとの精神と時の部屋はまつたけ大王の夢を見るか。貧者のVR解説)。
皮肉なことにだめライフもネオ幕府もバカだから宮台真司さんの話をリテラルに聞いていると勘違いしてしまうが、むしろ昔の時代をアルゴリズムと一緒に埋葬しにゆく宮台真司アンチとしてだめライフもネオ幕府も実のところ機能しているのだ。
問題なのは、このだめライフもネオ幕府もⅩ上における統計学やAI、資本によるイーロン・マスクの奴隷であるため、宮台真司コンプレックスを抱えたまま好きだよ~と言いながらアルゴリズムで宮台先生の邪魔をする。
問題なのはこの宮台真司コンプレックスで、宮台真司コンプレックスを抱えた頭の弱い人々ほど宮台真司思想を理解することはできないのだ。
稲葉を含めてこのバカな男だけじゃあないけれど、ソイツがバカか賢いかを判断する際に大衆批評家である「宮台真司」をリトマス紙にすると殆どがバカという話になってくる。
問題は殆どの大衆たちはマジョリティはAIが人間の知能指数を超える加速主義やシンギュラティに適応できないので、社会は存在する、ようするに共同体に帰着するという話になる。
そうなると、いよいよ宮台真司は完全な古典(完全正義)として機能してしまう。
ここでFPもとこさんのように良くも悪くもリベラルで本物の反権威主義、反資本主義者、革新的な運動家であるのだったら、宮台真司というリトマス紙はクリアできるだろう。だって90年代の宮台真司さんの本をちゃんと読んだり、その文化背景をしっかりと読み抜けるのだから。
しかし、リテラルに物事を大雑把に捉えてしまったり、または新興宗教二世で生まれて令和のエタ非民として生まれてしまったとしたら、どうだろうか?
受験勉強的な情報処理で読みぬく力もなければ、大学以降の繊細に物事を見抜く力もないとなると、宮台真司の古典を読みぬくことは不可能ということになる。
これは構造的に150%不可能で彼らがAmebaという古い価値観で囚われたテレビを信じたり社会が存在するなどと共同体主義を取ったり東京ワースト主義を取ってしまう以上、どうしても宮台真司を憎みながら宮台真司を愛して宮台真司になれない宮台真司kids、MMM病になってしまうからだ。
これは構造的な話であり、もっともFPもとこさんのようにリテラルさはなく情報処理は高くなくても、人文的なものを読み、本当に共同体を超越しようと思っている才女だとしたら可能な話なのである。
これは落合陽一『デジタルネイチャー』に書かれていることに近代を超越するというテーマがある。これは明らかな宮台真司批評であり、共同体批判である。なぜならば、落合陽一の本にざっくりと書いてあるが、共同体批判によってシンギュラティ、加速主義を行うのだと書かれているからである。もっとも落合陽一と宮台真司さんが仲が良い通り、ピーター・ティールもドナルド・トランプも仲は良い。なぜ反共同体的な加速主義者たちと共同体主義者たちが意外にも仲は良いかは強者同士共生しているからと簡単には説明がつくが、ここではその詳細な説明は省かせていただく。
私が大学で学習した研究に株式会社DeNAが行っていたメタバース・プラットフォームの幽閉論がある。これは統計学や運営者を使って人々を貧者のVRへ幽閉させて24時間人々を制御しようとする試みだ。
この状況によってアメリカとメタバースという弐つの国が今生まれている新しい状況に気づいている人々はあまりいない。
ようするに加速主義/シンギュラティは新しいSNSという国へ渡米しようとする新しいプロジェクトなのだ。
もっともそう簡単な理想郷であるはずが当然ない。
徹底的な市場営利で作られたこのXのアイコンの模様をよく見てください。彼らが完全なる正義で彼らが完全なる平等である保証がどこにあるのか。
問題は「意匠」として「美」として「感傷マゾ」として社会学や心理学といった近代的なフレームは下部構造として残ってしまう。
それが文学化する社会学、あるいは文学化する心理学というシンギュラティ以降の結論である。
新興宗教二世が異世界転生をするような保証はシンギュラティや加速主義、ましてやその文系版であるユニコーンがいると思えばいるよの新実在論にも保障はないのだ。
問題なのは美として社会学は美として心理学は回収されてしまうので、社会学を真に理解している人は心理学を真に理解している人はどこにいるのかという話になる。
貯蓄家/倉持秋くんが書いたこの本は明白な初田龍胡批評であり平成という物語を体現する古市典寿批評論として機能していることは題名からも明らかだろう。
この本の問題は終わりなき日常を生きる共同体主義の殆どの大衆たちはなぜ生きづらいかという話になる。
しかし、まあ…そんな難しい話をするまでもなく、私が過去に書いた本は破れ!はChatGPTに淘汰されないような教養を描いたし、初田くんのYouTuberのなりかたは大学を中退しメタバースという地獄へ放り投げられたと共同体主義者が嘆く陽キャ哲学批評=本物の陰キャ文学として機能してしまっている。
自分が大学を中退した文学者なんだという陰キャを隠さない初田龍胡こそ真の陽キャ哲学であり新興宗教2世だったりTVコンプレックスを抱えた大衆の民意を誘うぱくもと氏こそ本物の陰キャ文学者だ。
ただ文学としてはその無意味さはよく分からないが、分かる。
陽キャ哲学さんはウさんという名古屋の女装家のオッサンにソックリだ。その人は嘘をついたり足を引っ張っていたりと以前に負けを認めない。
詭弁士の文学者である。
この結論は覆ることはない。
なぜならば、宮台がというよりも凡庸な社会学者が唸る再帰性近代だったり共同体がなくなる不安だったりといった話は普遍的にあり、専門学校かつヤンキーの創価二世であるぱくもと氏にはアクセスできない情報処理だからであるかもしれない。
女のような気持ちは分からないが、ずっと循環論で自分がバカであることを認めないとずっと終わりなき日常ならぬ地獄が永遠に続くということになる。
その時点で既に勝負はついていた。
老害は宮台真司以上に宮台真司と同じ論理をなぞっているヤンキーたちである。
あるいは新興宗教二世たちである。
ようするに新興宗教2世が裁かれている罪と罰もある。
もっとも宮台真司が完全に良いとは思わないが、そこには必然的な構造があるのだ。
ダ・ヴィンチ・コードを知ってますか?
実はレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画には陰謀が隠されていることに。
そういう意味で様々な画家は陰謀を隠したり伝えるメッセンジャーであったことは西洋人では常識なのです。
今日はえげつない絵画たちを紹介しようと思います。
そして未来に伸びる可能性がある人材をご紹介しますm(_ _)m。
私がテ□リストに見えるのは武蔵野美術大学がマジでこれだからw.

フランシス・ベーコンが好きな貧乏な武蔵野美術大学です。テロリストに近しいのは内田愛里さんやモザイクくんで、ボクは違います。不謹慎な偽陰キャな画家です。流して構いませぬ。絵描きなので見えなくていいものが見えるのです。
この絵は左翼エリートが単なる本物の陰キャばかりで同性愛者や内ゲバばかりでどうしようもなかった西洋人たちを皮肉る絵です。アメリカの大学はたいしたことないのは常識。

彼の絵画は悲劇を描いてます。
めちゃくちゃ美味いのでオススメです。
メンヘラと戦えるかも。
〜ひろゆかないさんにオススメ。是非ゆいがどくそんに飾っていただきたい。正直に話すとご利益上がります。風水的に。〜
久木田大地の絵はめちゃくちゃパワースポットなんでオススメです👍️。

https://x.com/fuckin_big_love?t=NK0mrY8WEX7Dil0dBv_9bQ&s=09
ひろゆかないさん、彼女のXもオススメです。これは広島周辺の人々の景気が良くなり広島の球団が勝つかもしれません。風水的にあります。
彼女は優しくてボクよりIQは高いかと。

正直に話すと私、古田更一は大物で現代の画商です。しかし、絵の才能はガチであまりありません。ただキュレーターとしては1流。またシンガポール経済や東洋美術、サブカルチャーには詳しいです。私が見つめてきた画家は必ず6割方有名になります。先に投資するのは図々しい話すがオススメでありますよ。
外から出れないことが恐怖となる自宅軟禁される異色のホラーゲーム/SILENT HILL THE ROOM.
このゲームでは自宅のアパートの扉が完全に閉じ込められて,自宅の中に様々に穴が空いてゆき,その穴を辿って異世界の地獄へ渡りながら何度もアパートの部屋へ戻りぐるぐると閉塞してゆく行き詰まりの生き地獄な恐怖を描いた話だ.
自分以外のアパートの住民も全員このゲームに参加させられていて殆どが途中脱落しゴーストとして生霊としてモンスター化してしまう.
このホラーゲームは自宅軟禁される恐怖という現実社会に参加できない恐怖を描いた作品でこのアパートの住民たちは呪われているのだ.
現実社会において存在されない存在として扱われた人々がアパートごと生贄にされてしまい,オリヴァーという連続殺人鬼によるママを召喚する儀式によって全員が生贄にされかける.
詳しくは貼り付けたYouTubeURをtouchしていただきたいが,adoの曲を聴いたりYouTubeばかり見てSNS漬けにされてしまい,肝心の現実社会から切り離されて幽閉されてしまっている.
このようなtechnique/手法にmetaverseと呼ばれるものがある.
SNS上で人々の動きを予測したり為替のように全体を制御することを考えて,様々な島宇宙を作り様々なコミュニティへ人々を幽閉させるのがmetaverseである.
もっとも現代社会は更に進化を遂げてデータサイエンスまでに進化している(これは更なる意図的な悪意である).
要するに,現代社会の問題は現実社会に不必要な人間たちのゾーニング/マイニングとしてmetaverseへ幽閉し◯ぬまでポスト・トゥールスの洪水で情報の薬漬けにさせるのが構造的な為政者たちの問題だ.
私の活動を冷笑する人々は多いけども,その1つに私を不謹慎だとレッテルを張られる.
しかし,本物の不謹慎なのはこの日本なのだ.
批評とは体制を維持する平和という名の暴力装置/洗脳装置にすぎない.
私はあえて批評を徹底することで批評の限界/批評の先にある生の現実を出そうとしている.
現実的に障◯者認定を取得した女性たちの行き場はない(その時点で国家にゾーニング対象にされている可能性がある).
そのような女性たちにぬくぬくとゴロゴロさせるのがTVやSNS,amebaなどが垂れ流すジョージーオーウェル『1984年』に並ぶであろうポスト・トゥールスによるマインド・コントロール,情報遮断/情報規制/情報洗脳である.
もっとも障◯者女性たちはぬくぬくと暮らしながらこの日本を信じながら障◯者雇用という福祉を信じ続け,
「制度上として救済された」という物語で安住してゆく他はないのである.
これは日本を維持するための詭弁で障◯者は現実社会に都合が悪い脇役たちを脇へ追いやり幽閉させることでどうにかさせるプロトコルの権力である.
Web Writer古田更一というホラー作家と事務会計をしているKさんは別人だ(SNSを理解するときに大事な目線).
仕事としてホラー作家は儲かるからやっているだけだ.
ようするに古田更一というMONSTERが本物の不謹慎であるアナタたち大衆たちと対話していきながらも,本当の現実社会のKとして古田更一含めた周りを批評してゆく脱metaverseの運営者としてのKさんを様々な人々へ発信してゆくしかあるまい.
ところで,新興宗教2世が元凶と戦うSILENT HILL3ではシリアスな戦いが繰り広げられるが,4はたまたまそこにいた人々がキチガ◯に巻き込まれてゆくという違いが有る.
テロリスト/山上徹也はSILENT HILL3を好んでいたらしく,Web Writer古田更一は明らかに彼よりはカリスマ性もなければ彼ほどの破壊性も皆無な平和主義者だ.
しかし,その平和こそが暴力であり力であり革命であることを言いたい.
どこまでものっぺりとした平和が続く気味悪さをKは観測してゆきたいと思うし,こうして霧が晴れる気がしてくる.
確かに下部構造にテ□リスト山上徹也さんはいるかもしれないが,ちょっと待ってほしい.
彼は新興宗教2世だが私は共産党2世であるし両親は普通の右寄りだ.
あくまでもZ世代文学として山上徹也さんが残したMessageは悪いことだがあるよねということである.
私はめちゃくちゃ平和主義者だ.
しかし,人の4は祝杯してしまう.
単純にZ世代に居座ると儲かるからだ.
AIイラストレーター/(一部の)高IQステックホルダー/吉川飛空くんに整理していただき、このweb writingは書けました。感謝します。
あくまで吉川氏に噛み砕いてくださり誠にありがとうございますm(_ _)m
あくまでも彼は私の話を整理していただいたら関係性柄にすぎません。
あくまでもこの文章の主張は私にあります(もっとも高橋ヨシさんの絵画や吉川飛空くんの翻訳がなければ、ここまで語れませんでした。この場を借りてお二人には感謝します)。
また、このようなハイコンテキストすぎる野心があるご質問をしてくださった日藝ARTIST革命さんにも感謝いたしますm(_ _)m。
・日藝ARTIST/精神病院送りのリコさんが革命を志した
⇩
・不可能が私の結論
・革命に興味がないのもある
・革命を志す反社はメンヘラ/精神病院送り(左翼やARTISTに現代社会に精神病院送りが多いのもこれ)
・埼玉のARTIST坂口章や高橋ヨシは革命に失敗し4ぬことが確定した日本人たちの安楽4を絵画にしているような描写は感じる。(もっとも本人たちは強いから4なないだろう)
これは池袋や埼玉県、初田Kid’sたちに説明責任はあります。
私は専門外だから、坂口章さんや高橋ヨシさんの絵を勝手に読みぬく以外に説明ができない。彼らがそう実際に言っているわけではなく、そのような振る舞いをカップラーメンを地面に投げつけたり笑顔の女性がぷかぷかと浮かんでいたりなどから連想される。
そうなります。
吉川飛空さん、ボクの翻訳や整理ありがとうございます。
整理すらしないのが、倉持や埼玉のリコという初田を憎む成田悠輔信者たちです。政治関係者ほどこれらの問題から目を背け他責にし続け、誰かを抑圧しまくるから。
吉川さんはやっぱり何も関係ないかなぁ。
難しいっす。
弱者は4んでいいのが倉持くんや筑波大学、犬世、埼玉のリコさん、バカデカい愛とかのイデオロギーなんで、たぶん。
吉川さんはともかく、
彼らが初田龍胡に勝てないのは成田悠輔を彼らが信仰しているので。
これは病気みたいなもんで難しい。
初田龍胡>成田悠輔は
昔からあるのですが、
宮台や成田を信じちゃう彼らは次の批評を認めたくない。
批評は時代だから倫理と関係ない。
初田>成田>宮台 は覆りませんが、
倉持含めて裁かれるので、難しいでしょうね。
犬世自身も母親になることを否定している。
私の問題というよりも、
早稲田や女性の問題なんですよ。
私は解決できない。
武蔵野美術大学の範疇外。
もっとも前向きですが、私は逃げ切っている。
話半分だと
Fランぼっちモザイク(登録者10万人)>犬世(早稲田)は既に確定しているのです。
そうさせないのが、筑波大学だめライフ愛好会(倉持たち)。
ただ、私としては成田悠輔を◯さないと次へいけないことは分かっているものの、
成田や初田には興味がないのですよ。
ただお待ちを。
これは戯言かなぁ。
吉川さんから話を二項対立で分かりやすくしないと難解すぎるのような編集が入りました。ありがとうございますm(_ _)m。
成田悠輔 派 と 初田龍胡
の話をしています。
これが東京のゆとり&法学部vsZ世代&医学部を巡る派閥っす。
どちらもバカです。
しかし、問題は成田悠輔も同時に実のところ同じくらい危険であるということです。
初田は危険が前提の上、精神病院へぶち込んでもいいからバズらせたほうがいい。
もっともここの成田や初田は比喩です。もっと他に分かりやすく言葉はある。
吉川飛空から私への批評が入りました。
初田は確かに全共闘における芥正彦かもしれませんね。成田と変わらず彼が成田に勝っても変わらない、どっちも同じ穴のむぐらでいちいちそいつらに関心を持ってものような批評は分かります。そこは反省します。
ただ成田さんが遊んでいるように見えるのは非常に半分違うと思います。
普通に彼の名誉のためにも話しますが、彼は遊んでいません。ふりです。
ボクはプロなんで。彼はメン◯ラです。会って分かりました。確信犯。初田龍胡レベルに性格悪いっす。
ただこれはあくまでも思想の話になります。
法律の問題は明らかに初田。
医学の問題は明らかに成田。
吉川飛空くんからひろゆきと成田悠輔は変わらないのようなニュアンスが飛びました。
それはそうでしょう。ただ批評系YouTuberのプロとして言わせてほしい。
成田悠輔はひろゆきよりたちが悪い。ただ確信犯ですよ。ひろゆきはおっちょこちょいですが、成田悠輔は東大官僚の利権を守る以外に意志はないですかも。
吉川飛空氏からそんなやつはいつの時代もいた。と批評が入りました。その通りのため、話を更に広げましょ。
では、問題は匿名的で数の多い潜在的な元初田龍胡信者たちです。
ただ初田龍胡反対派ですが、
初田龍胡を尊敬せざるおえない人たちです。
もっとも彼らの個人の自由はありますが、Z世代/医学部YouTuberを潜在的に尊敬する方々はメンタルヘルスを病む傾向にあります。彼ら彼女らの特徴を記述しましょう。
・権威主義
・都合が悪い情報を一切見ない
・元西部邁/宮台真司/外山恒一信者(初田に似たパーソナル)
吉川さんは本当に理解力や編集力、ボクの発言を勝手に引き出してくれて助かります。えっと…、妄信的な信者ほど教祖を裏切るような話かもしれません。それを成田悠輔や官僚たちに利用されてます。
まさに。ユダっすね。ジョン・レノンも近いかと(ロウワー)。
「日藝ARTIST/革命さん
私は、舞台とロックを融合させて強者からいじめられる弱者(知的障害者、精神障害者、精神病院で、虐待される患者)の現状を描き、そのあとで障害者が作ったアート作品を売ることで、彼らの利益にしたいのです。」
それは、成田悠輔は◯ねと貴方たちにマジで思っているかもしれない。
冗談半分でも、半分本当で、
もう誤魔化しはきかなくなっている。。。
要はまじで引き取り手がいない人がいる話。犬になっちゃってるみたいなことですよ、吉川さん。
「日藝ARTIST/革命さん
拘束は虐待ー!」
成田は会って分かりました。
初田レベルに頭が回ります。
初田は成田と変わらないエコーチェンバーかもしれません。滑ってるだけの映像がエコーチェンバーにぶち込まれると大衆は盲信しちゃう。初田が断罪されるなら成田悠◯氏も断罪されないと始まりません。マジで。
マジレスすると加速主義/シンギュラティの時代には株式会社DeNA>大学という話はありますからね。
素晴らしい。もっとも
慶應は小沢一郎を出してます。小泉も石破も。批判するなら、古市憲寿たちを出したのは問題。慶應義塾は当にベンチャーの良し悪しを体現しているかと。
えぇ?
この話、話が大きすぎてこの集団の人々(元初田龍胡信者たち&女性ARTISTたち)は私たちに着いてこれないでしょうという批評をされました。その通り。
ハイコンテキストなんすよね。
なので、改めて多摩美術大学ARTIST/高橋ヨシさんも重要です。
高橋ヨシさんを批評すれば多分、皆さんも吉川さんや僕の話に着いてこれます。
でも、そもそも日藝ARTIST革命さんが革命を余りに馬鹿にしているから、こうなっちゃいました。
「日藝ARTIST革命さん
そうなの?」
「日藝ARTIST革命さん
私のどこが革命をバカにしていますかね?」
オレは革命を志し、150回以上失敗した。
アナタは♀なのです。責めていません。
@All
改めて日藝ARTIST/元精神病院送りのリコさんが革命を志したいならば、多摩美術大学ARTIST/高橋ヨシさんの描く絵をしっかり考えてゆかないとならないことを改めてここで解説しましょう。
・日藝ARTIST/精神病院送りのリコさんが革命を志した
⇩
・不可能が私の結論
・革命に興味がないのもある
【理由】
・革命を志す反社はメンヘラ/精神病院送り
・埼玉のARTIST坂口章や高橋ヨシは革命に失敗し死ぬことが確定した日本人たちの安楽4を絵画にしているかもしれない。(もっとも本人たちは強いから4なないかもしれない)。
アメリカの個展に置かれる革命のイラストは何かを目指した結果ではなくて、単にその絵画が、キュレーターの周囲の人物で価値上昇に使えると判断したかどうかという話は確かにあるわけで、YouTuberとして当時バズった埼玉の著名なYouTuber坂口章さんはアメリカの本質を鋭く見抜き風刺する天才だったからYouTuberとしてプラットフォームに認められかけましたが、一方でプラットフォーマー側は異端者として坂口章を冷笑している面は否定できない。天才すぎるがゆえに大衆から理解されない面をプラットフォーマー側に悪用されている。これが外山恒一や宮台真司、西部邁の周辺の人たち、大衆、右翼の勘違いっす。
まあ作品を作る坂口章さんや高橋ヨシさん自体は装置にすぎず、そんなこと明瞭には考えていないでしょう。
ただし、今の日藝ARTISTリコさんの動きだと高橋ヨシの手前で終わるのでは?と私は言いたい。そこを乗り越えるか共生しなければ、革命は難しいのですよ。
ポジションを張っているのは、
高橋ヨシさんや坂口章さん。
だから、高橋ヨシ&坂口章を翻訳するぐらいでしかないし、
本人からしたら、それは批評にすぎません。
ポジションを張らない古田さん自体に問題があるんじゃあないか&行動しようという批評がされそうです。その通りなので、このアイデアの責任は基本的に私にあり、私は私の手で社会から虐められている犬世を助けたい、あるいはお節介には最低限右翼に操られている左派の裏切り者は自覚してほしいもんですよ。
はい。
吉川さん、すいません。整理していただき。
AIが美術界隈のヘゲモニーを超えている。
それを認めないのが、埼玉のリコさんや成田悠輔の派閥です。しかし、彼らも心苦しい。
ある種の批評性をAIイラストが帯びるというわけだ。
@リコ @ひなのし @Chika @たかはしよし @モザイク @ST(夜鳥) @Riko
アナタたちは成田悠輔的なものを超えないといけない。
「日藝ARTIST革命さん
なんでみんなそんなに言語iqが高いんですか?」
吉川さんはIQ高ホルダーです。
高橋ヨシさんは埼玉の怪人。
私は6年間共産党教育を現場でウケたからです。
で、犬世さんは幼馴染。中学時代から知り合い。彼女が成田悠輔たち右翼にボロ雑巾にされていることだけは許しがたい。ようするに犬世にこだわる理由は明白な左派が現代だとアメリカや大衆、右翼により精神病院送りされている構造がマジであるからです。
彼女は精神病院送りを嫌がりましたが、気づいている側なんで、薬のんでます。アナタたちは埼玉や池袋、アメリカの奴隷です。仕方ないのですよ。
昔、藍原タユという金持ちなのに発達障害?の国立音大の子がいました。彼女にもこの真実を教えたかったすが、間に合わなかったし幼馴染じゃあないため、無理でした。
〈参考文献〉
大西拓磨。日本を変える唯一の天才。
吉川飛空
https://x.com/YoshikawaHitaka?t=BkoV7RfVxlLRJ5VE1_FVzQ&s=09
高橋ヨシ
革命
https://youtube.com/@loverevolutionsex?si=ko0SunAT3-hAsoJJ

この本は古市憲寿という社会学者wを鋭く批評した本である(SFC!)。
戦後における日本の若者たちの治安が悪いにも関わらず体制側は幸福な状況を言語化した本だ(令和とは終わらない平成くんだ)。
ネオリベがネオリベを虐める状況、それが古市憲寿に虐められながら喜ぶ陽キャ哲学たちだ(倉持秋『幸福な国の絶望な若者たち』)。
古市憲寿は自称社会学者で学士すら殆どないSFC(慶應義塾大学総合政策学部)上級研究員でありTVコメンテーターだという。
作者『倉持秋(クラモチ ミノル)』は今の日本社会を覆う社会学政治(©古田更一)と呼んでもいい無倫理的な状況を批評し尽くし,そこには『欠乏の罠』&『文化市場による搾取』があると指摘する。
認めたくないが(社会学を盲信する頭が弱い人たちに興味がないので),この本は100点中150点かもしれなくて,私が過去に書いた専門書『AIをAIするAI』,落合陽一/初田龍胡批評であるシンギュラリティ専門書の裏面史のような内容になっている(文系版)。
もっともこの話はめちゃくちゃ難しいから、一体何がこの本の偉業かをもう1度具体的に解説してゆこうと思う。
日本の無理ゲーを表すショッキングな事件は石丸市長を中心にした東京都知事選挙だろう(ノンポリな私の周りの若者ですら石丸の手伝いをした人がいた…)。
昨日のスペースでも話したが、ここ最近は政治の季節が荒れに荒れていて東京都知事選挙はカオスな様相を示したり陽キャ哲学という新興宗教2世の弱者男性文学系YouTuberが暴れに暴れ私の住所を何度も小出しでバラしたりする排外主義が跋扈していた(いまだにあの完全な弱者男性?から謝罪がない)。
そして、若者や新興宗教2世、弱者男性たちのボルテージは上がりに上がり、東京都知事選挙では小池百合子に次いで第二位に石丸市長という革命児が勝ちに勝った(その裏ではN国やネオ幕府など殆ど新興宗教に近しいファシズムが跋扈した現実がある)。
しかし、石丸市長は第二位として負けは負けたし、発狂もした。
その象徴的な事件は批評史的には重要すぎる落合陽一vsえらいてんちょう論争(東大生こうちゃんvs堀見元)に並ぶ、いや、より劇的にバズりすぎた終わりなき平成を象徴するあの『古市憲寿vs石丸市長』論争である。
この事件はどれだけ日本の右翼が体制側が正しいか(そしてどれだけ既得権益で若者を統計的に見殺しにするか)を決定づける王『古市憲寿』の強さを決定づけるディベートやトークスキル、詭弁士同士のぶつかり合いになっている。
この対談前後で古市憲寿と同じSFCの山崎玲奈が石丸市長に「戦後」というゆとり世代特有のおとぼけ(しらを切る)、平和ボケ構文でシラを切ったところ、流石に同じ平和ボケ構文の使い手である石丸市長には通じず(ネオ幕府www革命家!)、怒った石丸市長によって山崎玲奈は泣き出すという(日本語が読めない岩佐なぎ!本物の統合失調症で弱者女性?だよ!陽キャ哲学な戯言だよ!)、女の逆ギレによって石丸市長が女を泣かせるんだというイメージダウン戦略を無意識下か意識か行ったのだ。
もっともそこで止まる石丸市長ではなく、次に石丸市長はTVコメンテーター古市憲寿とも議論をした。
しかし、古市憲寿は山崎玲奈より格上だった(当たり前だが)。
素人見には分からないが、古市憲寿は頭の悪いフリをしているTVコメンテーターではなく本物の「作家」として石丸市長を鋭く批評したのだ(SFC。本物の侍は古市憲寿、彼である。ネオ幕府ではなく…)。
これは微温で誤魔化す詐欺師/成田悠輔の顔面すら叩き割るような彼お得意の不謹慎すぎる炎上芸だった(チート)。
・本質を突きすぎ(批評家)
・不謹慎すぎる(不謹慎芸人)
・それでいて自分は人気者(リーダー)
この3つの組み合わせによる手法により、流石の石丸市長すらも壊れてしまい、は?のようなおとぼけしかできなかった。そして彼は後にネットで古市憲寿は悪だ悪だとネトサヨとして呪詛を撒いたという…(住所晒すよ!陽キャ哲学だよ!)。
当たり前だが、石丸市長は陰キャを煽り自分をヒーローに立てる陽キャなビジネスマンであることは自分に酔っていることは自明だからだ。
石丸市長はコピーライト、おとぼけ、ネトサヨというインターネットでバズりやすい島宇宙、メタバース・コミュニティにおけるウケを良くも悪くも代表している。
それが完全に悪いとは思わないが、ここでおとぼけるという自らのフロイト的外傷から目を逸らすメンヘラ性、加害の逃避に単なるインターネット世代の利権あるいはドートルの利権であることを開示させてしまっている。
逆に古市憲寿が行った作家としての本質を突いて正しすぎる石丸市長批評そのものはむしろ誰よりも石丸市長の病理を鋭く批評した点でむしろ石丸市長を愛しながら支配したことになる(理解)。
もっとも古市憲寿にも限界はきていて、普段は余裕ぶってTVコメンテーターという偽りの仮面を壊されて不謹慎にも久々に彼お得意の不謹慎芸を行使するはめになったのだ。
もっとも古市憲寿ほど熱い男はいなくて、これはあの生放送中に瞬時に起きた瞬発的な知能指数と度胸を試された。
そしてそのような理屈と勇気を持ちながらTVコメンテーターとして最低限の人気者という下部構造、発言権を持てる作家という力も必要だ。
ようするに、古市憲寿の余りに鮮やかすぎる批評に誰もが目が点になってしまい、その対策を怠ってきた優秀な道化である石丸市長やドートル側の限界、そしてこのようなネット混乱をアジってきた黒幕が自虐的に自分の敗北を暗に認めた大河ドラマだったのだ。
日経テレ東大学における都知事選挙振り返り放送でのとある男が石丸市長や立花孝志という道化たち、そして高橋弘樹の前で言ったセリフ(意訳)。
悔しそうな顔でニヤニヤと切腹した。
もう言うまでもないだろう、TVコメンテーター古市憲寿の影であるNETコメンテーター「天才」成田悠輔助手である。
当たり前だが、成田悠輔本人は私より解像度は高くないものの自分がアジって作ってきたこのファシズム的状況が古市憲寿の前では届かなかったことをしっかりと総括したのだ(詳しくは本で踊れ!に収録)。
もっとも2人が以前会ったときからの写真が西洋美術史的な寓話的構造だったことからも分かったことだけど。

この距離を置いて嗤う2人と仲が良い2人を見ていると私はチェンソーマンにおけるマキマとリゼを思い出してしまう。
古市憲寿にとって成田悠輔は田舎の鼠なのだ。
マキマ「私、田舎の鼠が好き」
リゼ「デンジくん、本当はね、私も学校へ行ったことなかったの」
リゼは美少女ぶっているが(天才!)、その正体は北の諜報員という大人たちに凌辱された子役だった。彼女は鳥籠から自由になりたかったけども、ネタバレになるがマキマに始末されてしまう。
成田悠輔の正体は単なる極左、柄谷行人からの刺客であり、偽物の天才だった。
ようするに、デンジと向き合う文学はマキマだったのだ。
もっともこれは痛み分けであり偽物の天才の眼鏡が割れたことによって、誰がマキマか、そしてマキマの本性が明らかになった。
話しを本題に戻そう。
ようするに、これはかつて私が落合陽一&初田龍胡を褒め殺し的に数学を悪用した批評家たちであると断罪したことと同じことを、彼、米倉秋氏が古市憲寿&陽キャ哲学が社会学を悪用した詐欺師であると断罪したのだ。
これは題名の『幸福な国の絶望な若者たち』という米倉秋氏による痛烈な皮肉からも分かるだろう。
なぜならば古市憲寿が描いた大きな物語『絶望の国の幸福な若者たち』という大胆不敵な嘘の裏面史で起きていた本当の現実はコピーライトやおとぼけ、ネトサヨたちの陰謀論史観が溢れた地獄こそが本当だったのだから(成田悠輔『22世紀の民主主義 政治家はネコになり選挙はアルゴリズムになる』)。
ようするに絶望の国の幸福な若者たちというのは「若者」を演じ続ける仮面ライダーな古市憲寿という39才前後の既得権益居座り宣言であり(若者こそ老害!陽キャ哲学こそ陰キャ文学!)、そのコピーライトの魅力はゆとり世代前後のゆるわなマジョリティたちの悪意を文学として支配していた。
その無理がある「甘え」やネオリベを皮肉ったのが米倉秋の『幸福な国の絶望な若者たち』である。
なぜならば、もう古市くんは「若者」じゃあないんだから。
八つ当たりはやめて。ボクはもう「若者」じゃあない
古市憲寿のポエ、Xより。堀江貴文(ホリエモン!)からオマエもオレみたいに選挙にでろとコピーライトでアジられて。 (作者意訳)。
もっとも誰ががマキマか、壁が何かを石丸市長は古市憲寿だと言語化したものの、その様々な意味での鮮やかさは古市憲寿こそ侍というパノプティコン、無理ゲー、自分も甘えたいなのだ(支配の悪魔)。
この国の無理ゲーとはDDD論、大企業に憧れながら憎んでしまうダメ人間たちなのである(浅羽通明批評)。
ここまでは大胆不敵すぎる古市憲寿という石丸市長や成田悠輔と違った本物の天才が作り上げてきた偽りのメタバース、その終わらないさよなら、平成くんのヘゲモニー、支配が分かったと思う。
もっとも前半で古市憲寿を褒めた通りに古市憲寿とは厄介な系なのだ(ミシェル・フーコー『パノプティコン』)。
ここで作者は日本批評史ばかり実践していても古市憲寿という厄介な戦後、平成、若者といった「甘え」は埋葬できないからだろう、日本の古市憲寿をテーマにしているにも関わらず今度は縦横無尽に西洋哲学史の話ばかりが彼の愛読するアメリカの構造主義者『文学とは何か』のように援用されていく。
ロラン・バルトにジャック・デリダ、マルティン・ハイデッガー、おまけに理系的なゲーム理論に橘玲『上級国民/下級国民』…。
正直に言わせてもらえば、筆者ですら余りの抽象量に読むのが難しかった。
しかし、実はそうでもないのだという援用がここで同時に押し寄せてくる(ネタバレ?)。
どうやら倉持秋も抽象的な西洋哲学は苦手、というか文章を書くのが苦手らしい。
実は彼の文章の大半は戯言に半分は等しいようなChatGPT、人工知能によって文章の大半は書かれているという。
前半で書かれていた本誌の要約である詩に感動してしまった私の感動を返して欲しい。
怒りに溢れた政治!(意訳)
➫ChatGPTの詩
ようするに作者の余りに難しすぎる西洋哲学史の文章そのものが冷笑、文系のバカたちは不要なのだということを表す(スワンプマン!)、あるいは文系はもはや死んで理系学問に融合したことを表す1つの脱構築(ChatGPT)だったのだ…。
同じ手法に走って西洋哲学史を今更シコシコ勉強するビジネスマンがいる。
その男の名はえらいてんちょう、いや矢内東紀。
彼が西洋哲学史の勉強にハマる傍ら、描いた最新作の題名は西洋哲学の知識が一切出てこない『ChatGPTの衝撃』なのだ。
ようするに理系のWeb Writerになれない文系たちはテクノライズしてAIに制御された理系になればいいというのが西洋哲学の勉強を志す人々の結論なのだ。
このChatGPTで誰でも40000字の文章を書ける作家になれるという軽さと余りに縦横無尽に繰り出される西洋哲学史/ミクロ経済学の羅列という重さはそのまま理系からのAIからの文系批評になっており、もういいよ(©呪術廻戦)、文系はとうに死んでいたのだ。
東大生こうちゃん&堀見元を使った落合陽一vs矢内東紀論争とは落合陽一という理系にマルクス活動家のえらいてんちょうが後塵を認めた石丸市長vs古市憲寿論争の対として見なければならない…。
ようするに文系すぎるメンフェスは倉持秋、遂に作家になれたのだ。
ChatGPTの衝撃(理系)によって。
石丸市長vs古市憲寿騒ぎはゆとりと老害を中心にしたテクノジストな落合陽一初田龍胡を冷遇した罪と罰かもしれない。
倉持&矢内はChatGPTで文系の罪を告発した落合陽一&初田龍胡の後継者なのだ。
話は戻るが、じゃあどうすればこの古市憲寿という厄介な若者は終わるのだろう?
作者は戦後における最大の社会学者と呼んでいいだろう社会学者『宮台真司』氏批評へ活路を見出す。
ここはビジネスに走る矢内と倉持の最大のターニングポイントだ。
宮台真司のメンヘラが淡々と記述されてゆく。
そこに書かれているのは髪の毛を茶髪にして颯爽と登場した宮台真司ではなく等身大のしかし等身大と言うには残酷すぎる宮台真司の実像だ。筆者はまるでデッサンであるいは筆で漫画を描く藤本タツキのように丹念に宮台真司像を描写してゆくのだ(ルックバック!)。

倉持の本を読んでもらいたいが、はっしょると実像の宮台真司は「陰キャ」で「セラピー的」で「キリスチャン」で「メンヘラ」そのもので読者が相次いで自殺し、そして500人又もしているクズさが明らかになる。
社会学という虚像とはとどのつまり文学という戦後の地獄史だったのだ。
それはそうで宮台真司氏は文学部なのだから。
この文学部というできそこないの数式ない状況を誤魔化すために社会学という村を当時の橋爪大三郎たち初めマルクス構造主義者たちがでっちあげた(ここらの数学政治は後に落合陽一/初田龍胡に受け継がれた排外主義になる。詳しくは拙著『AIをAIするAI』を閲覧せよ)。
私はこの『幸福な国の絶望の若者たち』を読んだ時に大塚英志『探偵儀式』という漫画を思い出した。
その漫画では大塚英志の過去作で成仏できなかった敵役がもう1度殺人げえむを繰り返し、カインとアベルの、人類最初の殺人というキリスト教における人の愚かさを書いた説話がまた繰り返される。
いまだに私は日本の論壇連中たちから嫌われたり無視されたりされていて、隠している情報も沢山ある。
その内の1つが今回又も古市憲寿やChatGPTという形によって再演されていることに驚くことがない理屈だが感傷的に驚いた(文学!)。
宮台真司という厄介な宿命は宿儺(すくな)であり、人に宿された難しさなのである。
もっともこの本の限界は私のAIをAIするAIと同じで繰り返されていて(今更繰り返す倉持の凡庸さ!)、筆者と私の最大の違いは山上徹也は作られた弱者男性だと断罪する彼の理性さと私の山上徹也に関する関心は対極的だ。
またその割には作者は宮台真司というメンヘラに執着する罪人であり「欠乏の罠」や「文化市場の搾取」といったテーマにハマりながらも、私と対極的に金融資本は今回は置いといて…とサラッと下部構造的な問いを丸投げている。
ようするに作者も私も通底するものは同じでもアプローチやジャンルが全くの正反対であることを露呈してしまっている。
私にとって山上徹也は坂口章に並ぶ問いであったし私にとって宮台真司も社会学もどうでもいい(©社会は存在しない)。
近年、哲学者たちが1+1=3などとほざくようになったり単なる気の弱い年上が陽キャな哲学やネオな幕府など仮面ライダーに実質的自殺を遂げている昨今だが、作者のほうが彼らの実存に向き合うことで一緒に罪と罰を清算するかもしれない。
そういう意味で私は作者に気づいて欲しい。アナタが宮台真司キラーであり、アナタも殺される側の弟であるアベルではなく、カインでもあるかもしれないことを(宮台真司がいまだ書かない北一輝vs北えい吉問題)。
ようするに戦争は平成の中だけでまたも起きるのだ。
もっとも私たちシンギュラリストたちには関係がないが。
〈追記〉
YouTubeでの歯切れの悪さと並べてみてほしい。
ようするに倉持秋は資質や課題は資本主義的でYouTuberのなりかたなのだ。
彼は古田更一のアイデアを援用するまたもう一人のYouTuberにすぎない(一匹の鼠!)。
(web writer古田更一はAIブーム前後の最後のAIに支配されない批評家、ChatGPT登場以前の伝説の人、歴史上の人物として整理されたのだ)。

住所を晒した屑に言いたい。
八つ当たりはやめて。ボクはもうWeb Writerじゃない。
古田更一は王でも中のKは違うのです。
皆さんはそのことに気づかないとならない。
あれは消費社会を皮肉った田中康夫『なんとなく、クリスタル』を超えた評価経済を皮肉ったぱくもと『陽キャ哲学普及協会』だからだ。
もしアナタが文学を1度でも志したならばアレは理解しないと始まらない。
たとえるなら思想そのものを伝える落合陽一のようなもので、実戦的に思想を行うえらいてんちょうも大事なような話で、今現代最高峰の文学者に匹敵する資質があります。
不謹慎系YouTuber坂口章と藝大中退ARTIST大西拓磨が似たようなもの。
きっと似た文学者がたぶん松本杏奈だと思いますがいることでしょう。
陽キャ哲学はそれだけ不謹慎系YouTuber坂口章に並ぶ、あるいは大西拓磨くんに近しいなんらかの冒涜性があるのです(資本主義敵)。
これもまた問題です。
ミズサー関係者は彼からは逃げれない。
ネオ幕府でシラを切り続ける誤魔化しはもう通用しません。
確かに不謹慎系YouTuber坂口章も凄かったし医学部中退YouTuber初田龍胡も凄かったけれど、あれらはYouTuber時におけるアメリカの傘の中で仮初のメタバースの中でしか機能していないポスト構造主義的なもの。
初田龍胡『YouTuberのなりかた』とぱくもと『陽キャ哲学普及協会』はライバルですが、実際にYouTuberになれたのは陽キャ哲学であり、初田や坂口章はYouTuberにはなれずtiktoker/その運営者に過ぎなかった。
今起きているのは根幹としてドキツい仕事としてアカデミック的な観点以上に社会人的なスキル、あるいは坂口章&初田龍胡の残した仕事を更に再編集し総括する実務化が必要なのです。
ひろゆかないを超えたのです。陽キャ哲学は質としては。アナタはビジネスを選べなかった。
もっとも住所を晒すならば、成田悠輔さんをアナタは晒すべきだった。私よりも。犯罪はだめだけれども。
成田悠輔さんはアナタは古田更一にも負けました。アナタは陽キャ哲学やひろゆかないに守られないといけないくらいに空っぽなのだから。
これが池袋文学の結論。
それを見なければ、始まらない。
初田くんは陽キャ哲学を老害だと言い確かにそうですが、フロイト的にはアナタこそ老害だし呪術廻戦こそがYouTuberのなりかたこそが漫画こそが老害の典型だ。
私と坂口章は上手い具合に共生しています。
坂口章は私のようにビジネスの才能はない。
ようするに、陽キャ哲学こそが日本の光。
こんなものが成功するはずがない、松本杏奈レベルしかありません。
アメリカの大学と同等の力を有しています。
もっとも陽キャ哲学とはアメリカの別称に過ぎず、その本質は陽キャは陽キャでありながらも、アメリカという国の限界を表しているのです。
坂口章と浅田彰。
どちらが格上かの勝負が起きていたものの、それは浅田彰で結論は制されることだろう。
なぜならば、これは東京という金融資本主義の終わりを表す戦いだったからだ。
坂口章という天才に私はなりたくなかったし、なりたくもなかった。
こうして古田更一という最大公約数を抑えたげえむの結論は見えてきた。
もっとも呪術廻戦は間違いで、浅田彰のような老害の利権を守るための売国奴にすぎない。
そういう意味では既に決着はついていた。
浅田彰を推す大衆たちと坂口章を推す古田更一。
その結論は節約とポモ批評という橘玲が下部構造にいるという幕を終える。
メンフェスは裁かれているのだ。平成という藻屑から。
私はよく男の娘を求められる(容姿や立ち振舞が女の子のように美しいこと)。
事実、あの仮面ライダーこと陽キャ哲学にすら品川のスーパー銭湯でそう言われてしまった。
モザイク俱楽部 陽キャ編(半分創作です)
ぱくもと「古田くんは毛が多いしボサボサ、しかもガタイが良い。意外と古田くんは醜いわけよ」
おとぼけがすぎるよ。ぱくちゃん。ということはボクと一緒に風呂入ったとき、ジロジロボクの身体を見たってことすよね?
ぱくもと「あ!そうだった!だって!古田くんってその美しいわけよ!え?!西大久保のスーパー銭湯かな?」
品川です。アナタ、東京の人でしょ。神奈川の個人情報をちくちく晒さないで。だるいんで。安心してください。ぱくもとさんは異性愛者です。DNAに刻まれた美しいものを眺めたいプログラミングで美少年のボクを見ただけです。気持ちよかったでしょ?安心してください、男女問わず色んな人々からイチャイチャされているんで、ぱくもとさんレベルに裸を見せるのは気にしません。もっともあまりにいきすぎると同性愛者になりますが、厳密には存在しない。オレたちは日本人で仏教系なんで。ボクが女の子より美しいだけ。造形が殆どね。
ぱくもと「それより聴いてよ!古田くん!」
なんですか
ぱくもと「太田龍一やFPもとこさん、稲葉くん、初田くんの嫉妬がすごいわけよ!」
確かに。最近気づきましたけど、ぱくもとさんは馬鹿(逆美少年)なんですけど、陽キャになるのって難しいらしいですよ。本当に。
ぱくもと「そうなわけよ!陽キャは本当は簡単なわけよ!」
でも、馬鹿になれば陽キャになれるけども、なかなか陽キャにはなれない。あれ…馬鹿とは何か?
ぱくもと「そうなわけよ!深いね(威張る)」
ただぱくもとさんとボクに通底しているのは、アカデミック的で受験勉強より更に先ができますよね。専門性が高い。
ぱくもと「そうなわけよ!」
ただアナタは哲学者ではない。天才的文学者であり、©が…
ぱくもと「古田くんの住所は…」
や、やめて!晒して不謹慎系YouTuber坂口章やめて〜、わ、わかったよ〜!うえ〜ん(泣く)
ぱくもと「☺」
ようするに、不謹慎系YouTuber坂口章と医学部YouTuber初田龍胡が対極に存在しながらも通底したライバルだったとすると池袋文学を唄う陽キャ哲学普及協会と目黒藝術を描く古田更一は対極に存在しながらも通底したライバルなのだ。
前者が共産主義者の坂口章VS資本主義者の初田龍胡だとしながらもどちらもYouTuberを媒介にした表層だとするならば、坂口章の後継者がボクであるし初田龍胡の後継者、いや批評家(批判者)こそが陽キャ哲学なのである。
話しを戻すと、男の娘は彼女のために金銭のためになっても構わないが、それは同時に異性愛者として彼女を抱く形=資本主義を抱える形でしか同性愛者?は存在しないことになる。
この矛盾は笑い話ではなく、りゅうちぇるは同性愛者の自分と異性愛者の自分というパズルが解けず、ようするに精神分析が完了されずに同性愛者&異性愛者という矛盾した状態で自殺を遂げたのだ。
男の娘とはこのような金融資本主義市場によって異性を獲得する際に同性愛者になったら仕事になる矛盾した形を止揚していることになる。
ようするに、ゴロゴロしているのならば、男の娘になったほうが早く彼女を養えて仕事も沢山もらえるという話しである。
しかし、ちょっと待ってほしい。
これはあくまでも精神分析学的な男の娘の話しなのだ。
ようするに代理、執筆や作品、つまり、ARTによってこの男の娘という金融資本主義の捻じれは代理消費することは可能ということになる。
もっともそれが不謹慎系YouTuber坂口章を紹介した本は破れ!だったが、文字が読めない人々向けにCOMITIA150で『死にたくなったら読む本』という本で解説したつもりだ(つまり、坂口章=男の娘の更なる意味であり、戦争漫画を私は来年から本格的に描こうと思っている)。

この漫画は批評家メンフェスという屑にはボロクソに酷評されたり冷笑されたものの(好敵手)、男の娘うんぬん言ったり左翼や新興宗教2世のような優しい人や弱者予備軍たちには一定の答えを提示していて、アナタたちが現在置かれている状況を漫画にした。
この漫画は是非読んで欲しい。
もっとも男の娘問題は確かにあって、それは美少年、天使の真似事である(PHANTOM MEDICINE&現代アニメ評論)。
それは近日中にすいませんが、来年、2025年以降コミケ会場へ参加したり京都へ行く機会があった場合に新しい漫画を描こうと思っています(たぶん戦争漫画)。
しかし、現在、私は秋葉原で漫画教室に通ったり美術作品の勉強で2024年は急がしかったので、それは来年の仕事になるだろう。
仕事をしないゴロゴロの地獄で私ばかりが頑張るのは「甘え」だからだ(ようするに金銭と女性が発生するのならば、描こうと思う)。
〈追記〉
ちなみにこれはボクが批評としてつまり批判としてだめライフ愛好会というamebaに出たボクも参加した団体をボクはまるで『お兄ちゃんはおしまい!』だと論じたことがある(実際に私は武蔵野美術大学だめライフ愛好会のときに画像をおにまいにしていた)。
その理由はそもそもだめライフというのは「男性」を張らない冷笑的な連中、つまり「陰キャ」のことを指すからだ(筑波大学ナード研究会)。
もっとも私は左翼だから仕方がない。
共学の学校で異性まみれでイチャイチャしてきたし武蔵野美術大学も女性だらけだしWeb Writerの会社も女性だらけだし今働いている職場も女性だらけだ。
確かにそこは反省するものの、元々が女性以上にフェミニンな人格と身体つきで生まれてしまったのだから、こればかりは仕方がない(因みにLGBTではない。あまりにLGBTに近すぎて、全く異なる単なる高知能生命体)。
因みに、私が所属する文学YouTuber集団モザイク倶楽部のFランぼっちモザイクが書いた『現代アニメ評論』に闇アニメの一例としてお兄ちゃんはおしまい!は出てくる。
私はすごく優しい性格をしているため、Vtuberをやりたいし、コンプライアンス的に男の娘は演じてあげようかな…とは思うものの、これは不謹慎系YouTuberのなりかた問題であれは危険書だから、やるとしたら、危険度を落とした形でのみならばやってもよいとも思っている。
男の娘問題は。


と、申されても、4割は無理なのですよ。。。
@POW! @筑波ナード @Tomo A(阿部) @Riko @荒金さとみ
⇧
病人の集まりだからです。
彼らは構造的に宮台真司や外山恒一、西部邁を愛し、私に興味がなく、初田龍胡を愛しているのです(憎んでもいる)。
荒金さとみ(男の娘AV女優)「…」
すいませんでした。アンタは一回りして女装なんで、相川さん的でセーフすが。
続きます。
戦いたくないすが、病人たちのツンデレを見ているからこそ、
不謹慎系YouTuberは重要なのです。


荒金さとみ「…」(またも世の中の腐敗性に憤るような態度…)
分かってください。
不謹慎系YouTuberは消せぬのです。。。
もっとも私の狂信者たちもメンヘラすが(元カノ&稲葉&とある日本のポストモダニスト。あまりにボクを愛しすぎてハグしたいあまりにエクスタシーに発狂しているのです。身が弾ききれそうなのです…) 。
アナタは女装まできたので、責めません。
荒金さとみさん、アナタももうお芝居はやめませんか。
アナタこそが本当の侍、ネオ幕府を超えた真のネオ幕府、侍だということを。
問題は女装を認めないネオ幕府が問題。
で、元カノ。
この子は私が大好きすぎて、私が大嫌いなのです。
逆もあります。
見えるのですよ。
私には。
言いたくないのですが…
あおいうにさん(事実上の上司)に言われる段階まで来てしまったのです…(ようするに…あっしが彼女に代わって狂言を回さないといけない…)。
荒金さとみ「男みんなで顔脱毛することころからはじめて、女装しましょう」
ネオ幕府の相川さんすね。そういうことになる。
よく古田くんは平和に暮らせても言われても、肝心の元カノや真実になかなか自分の力で到達しえない
稲葉がツンデレなので無理なんすよね。
ボクは妹や弟を抱く趣味はない。性欲ほとんどないんで。
ちなみに、岸辺露伴は動かないシリーズの主題は全て日本人の古事記や古文の謎を探る話し。
@All
私が間接的に初田信者たちに関係あるとしたら、アナタたちに取材をしているのです。
【注意】
ちなみにモザイクさんは違います。ボクは彼の顔や裸体から性欲ぬきに調査したところ、初田Kid’sではなかった。
モザイクさんがプロ弱者なのは初田の系にいないからですm(_ _)m
【注意終了】
問題はDNAに刻まれた宿輪(宿儺!)。
枷(木を加える…)なのです(陽キャ哲学!)。
現代社会だろうと、冷笑でき得ない。
だからこそ、不謹慎系YouTuberは必要ですが、
アナタたちは右翼なので、実は私には興味がない。
初田の子供たちは処刑されたキリストを憎しみながら愛しているのですm(_ _)m.
やはり、荒金さとみさん、アナタはジュネですよ。
同性愛者がポストモダニストのくだらない結論を体現している。
アナタは系から抜け出している。
しかし、偽物の荒金さん、つまりアナタの弟のような相川さんは発狂の渦に居ます。
むしろ、現代社会こそ武蔵野美術大学の近くの玉川上水へ飛び込んだ西部邁の骸骨問題からまだ総括できてないのです。
@POW! @筑波ナード @ST(夜鳥)
ちなみに私がわざわざ話した理由は、あおいうにさんは未来のアナタたちだからです。
彼女(あおいうに)は茨城出身のため、その系に、東京教育学校が茨城を凌辱した構造の系にいるのです。
もっとも病人の権威主義者たちにいちいち話す口はないのですよ(©浅羽通明『世間』)。
@POW! @筑波ナード @ST(夜鳥) @Riko @Tomo A(阿部)
ちなみに、アナタたちの兄上の罪と罰なので言いたくありませんが、なぜ某氏が某天才子役、有馬かな的存在をあそこまで執拗に天才だと持ち上げるのか…。
それは彼がIくんを虐待し続け黒く染めたかったと推論ができる…。
なぜならば、恋愛関係にない女性をマインドコントロールもしている気がするから。
某氏は自らの狂気性から生意気な子供に気づかれないように犯行に及んでいる。
もちろんこれは大なり小なり宮台真◯も同じことを子供たちに行っています。
これが生意気な子供たちの正体。
@筑波ナード @POW! @あおいうに
茨城の権力は潰さないとならない。
落◯陽一。
彼の正体は自民党の白蟻かもしれない。
筑波とはその隠された官僚機構における新たな天下り先にすぎない、そしてそれが筑波大学が本来に渡り東京大学とつながった形である東京教育学校であった黒き真実。つまり、駒場村で行えたくない汚れ仕事を流すためがもしかすると…東京教育学校の存在意義だったかもしれないのだ。
これがシンギュラリティ、加速主義の黒い真実。
もっともアナタたちが処罰されることは少ない。
なぜならば、キリストは裁かれることでキリストたる。
このような権力構造機構を作り上げた「東京」こそ真っ先に裁かれることで解体されるのです。
これが茨城、いや、東京教育学校、東京大学の隣りにある駒場と駒東、その先の未来のディストピア、これが筑波大学の黒い真実。
茨城はその実、官僚機構と建築業界のマッチポンプで動いていた。
福島原発はきっと他の派閥により作られた権力だ。
これが答えです、あおいうにさん。
いや、本当は怖かった茨城美術ー。
アナタがずっと追い求めてきたARTの黒い真実ですよ。
統一教会2世信者としての。
そしてこれでアナタは…遂に自分の病気を治療することで真のARTISTになれたのです。
祝杯しますよ。結婚おめでとうございます🙇。
で、もうお芝居はやめにしませんか?
筑波大学ナード研究会ことTくん。
キミがずっとゴロゴロしたふりをしながら、
文学で描こうとしていたキミの抱えた罪と罰だ。
キミのような本当は聡明な文学少年がネオ幕府のような同性愛者崩れなはずがない。
ようするにキミは、キミ自身は
この絵解きの中で自分を嵌めた東京の兄上たち、
東京大学の官僚機構の下請けとしての
東京教育学校の謎、自分という存在の存在価値、存在証明、
隠蔽されてきたルーツ、その去勢された男性性に挑んでいた。
ずっと悩んできた。
そう。カインとアベルとしての。
これが筑波大学ナード研究会の歴史的な紐解きだと類推されます。

これが東京教育学校こと筑波大学という東京大学が隠し続けた恥部の真実だ。
そして落合陽一という男が東京大学に相反する理系の王として文系を呪い続ける理由。
メディア・アーティスト、いや陰謀論者の信彦の事実上の養子ー、落合陽一さん、もうアナタこそ東京への復讐はもうやめませんか?
これがアナタが言いたかったシンギュラティ、アナタの六本木拝金主義…。
アナタがずっと抱えてきた罪と罰。孤独で殺風景な茨城の存在価値。
それが…アナタのARTに刻まれた思い(怒り)だ。
落合さん…アナタにははかない蒼(アオ)よりも朱(アカ)がよく似合ふ。
〈追記〉
カインとアベル
旧約聖書『創世記』第4章に登場する兄弟のこと。アダムとイヴの息子たちで兄がカイン、弟がアベルである。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教などの神話において人類最初の殺人の加害者・被害者とされている。
wikiより。
(目黒芸術家/古田更一/お笑い集団元ChaosForest代表)
生まれたときから「不謹慎」すぎる個性を持って生まれたのだから許してほしいm(_ _)m(オレは不謹慎 オレは不謹慎 そうでもないよー)。ガチャに成功してしまった自分を羨んでも何も変わらないのだから(成田悠輔や大西拓磨くんみたいなチーじゃあるまいし…)。
私はチーの一軍/成田悠輔さんにアジられて老害は◯腹せよ!不謹慎系YouTuberとして他人の4を嘲笑うパーフォマンスによるメディア・アートに熱中していた。
不謹慎系YouTuberで二番目あたりに実力を持ち下手したら一番怖いと言われたホラー映像作家/坂口章ことedamamekunに弟子入りし私はYouTuber時に怖すぎる弱者たちが亡くなることを祝い続ける行為に熱中していた。
もっとも私、古田更一がやり続けていることは正当なメディア・アートあるいはグランド・デザインである(全く誤解にさらされ続けている&老害の邪魔が入るが)。
思想家の私と同じように誤解に晒され続けているイカした思想家がいる。
その近年仲違いした某新興宗教家の方が、1+1=3のようなことを言い出したのだ。
これは私に強く自信をつけさせてくれた(稲葉蒼真氏の『コミュニティ支配論』&嘘の多重化こそがあのメンフェスを超えた天才哲学も私を勇気づけさせてくれた)。
これは簡単に言うと哲学者クリプキによるクワス算であり1+1=3はフツーはあり得ないし1+1=2が当たり前である。
しかし、人文知の世界ではというかそこには「ナニか」が隠されているのである。
はっきり言うと彼の1+1=3は陰謀論だし自らが新興宗教徒かあるいはそれを行っている系の告白に暗に他ならない、彼なりの罪と罰の告白である(ともだちだとも『悪霊』)。
私は彼を助けたい(本当は喧嘩したくなかった。ユーモアのつもりだったし周りの某知り合いがアナタをめちゃくちゃ嫌っていたからだ。隣の高校として…。またアナタに怒る新興宗教2世を止めるのでこっちはいっぱいいっぱいだった。メンフェスくんも頑張ったが私にもメンフェスくんにも限界はあった)。
なぜならば、確かに彼は若者虐めであからさまに人づて、知り合いの知り合いですら彼に虐められていると言われるぐらいあの石丸市長を抑えた古市憲寿ですらがエッセイで悪口を言っているかもしれない通過地点かもなのだ(あまりに皆に嫌われているけども力ではじめは人々を懐柔させるというニュアンス)。
ナニを言っているか分からないと思うから、これは彼なりのメンヘラ、暗号文だと理解すべきなのだ。
彼は生涯ずっと罪と罰を隠しながら生きてきた。そんな男がとうとう1+1=3だと言い出したのだ(宇野常寛も真っ青だろう…)。
これは陽キャが哲学になるぱくもと氏や幕府が現代に溢れかえりながらも平和主義を訴えるネオ幕府の相川氏すら真っ青な陰謀論だろう。
しかし、ここでちょっと待ってほしい。
陰謀論者の彼は「なにか」のカミングアウトに悩み続けていた(その苦しみは同情する。1度だけ彼の小さな会場の講演会で間近の席で5時間以上に及ぶ熱き批評を聞いたことがあるから。ちなみにその場にいた眼鏡の若い女が銀魂で好きなキャラはなんすか?と聴いたらめちゃくちゃ彼はブチギレてしまい、その場は炎上しかかり、その女の子は泣きかけたが、彼は精神を立ち戻し場は緩やかになった…)。
そして彼は若かりし頃に批評家のメンフェスくん(宮台真司信者)が読みもしないのに引用する「天才」ジャック・デリダを研究していたのだ(成田悠輔「ルソーは天才だ」)。
私は批評や哲学を愛するメンフェスくんと違って武蔵野美術大学の図書館を愛しているため、彼のジャック・デリダ研究本を読んだことはあるしジャック・デリダのポジシオンみたいな題名や法の力あたりもパラパラ読んだことがあるm(_ _)m。
ここに彼の病の謎を解くヒントが隠されているだろう。
メンバーシップ限定動画で今更現代思想を勉強している真面目すぎるお勉強しといてよな陽キャ哲学ことぱくちゃん(メンフェスより今更勉強熱心だ。メンフェス『文学とは何か』)に変わって武蔵野美術大学の図書館で本を読んできた私が代わりにジャック・デリダの脱構築を解説(キュレーション)しよう(メンフェス「文学とは何か」)。
脱構築とは建築をずらす比喩であり、簡単に言えば理系的には真実があったとしても、そのことを文系は嘘の多重化として真実を読み替えることができるということだ(稲葉『コミュニティ支配論』)。
簡単に言うと、水がコップからこぼれ落ちたときに理系は水がコップからこぼれ落ちたと理解するけども、文系は少しこぼれ落ちたかもしれない、あるいはこぼれ落ちていると断定するにはまだ早いなどと解釈の余地を沢山与えることで、その嘘、他解釈の複数世界が多重化することで、究極的には水がたとえコップからこぼれ落ちたとしても、その人の頭の中ではこぼれ落ちたことにはならないのだ。本当は厳密には違うのだけども、ジャック・デリダの言いたかった脱構築とはこのような概念の操作だ。
もっとも彼はまだ苦しんでいる。なぜならば彼に影響を与えたポストモダニストであるジャック・デリダ、彼を乗り越える似ていて非なる最新哲学者にマルクス・ガブリエルがいるからである。
では新実在論とは何か?マルクス・ガブリエルもハーマンもオブジェクト思弁哲学すらも読んでいないだろう日本を変える唯一の天才「大西拓磨」くん&秀才な筑波大学だめライフ愛好会のイールくんに変わって解説しよう。
イール「いやぁ〜ボクはだめなんでぇ〜分かるわけないよ〜」
(注 創作です)
古田「そうかい。キミは大西拓磨くんみたいに天才じゃあないから新実在論で脳がトリップしている天才という大馬鹿者じゃあないんだね」
イール「はい〜」
古田「じゃあラニラッパな天才じゃあないキミには本物を話そうと思う( ̄ー ̄)ニヤリ」
イール「( ̄ー ̄)ニヤリ」
古田「新実在論、ユニコーンがいると思えば、いるよが天才マルクス・ガブリエルの主張だ」
イール「すげ〜」
古田「うん。この新実在論という新しい陰謀論のおかげで自分なりにオリジナルの思想を誰でも作り出せるようになった。みんな殆どムカついて引用しないけども、むしろ保身回帰でボン大学、ドイツ観念論の古い価値観な先生がお墨付きを与えてくれるというわけさ」
イール「ボクが筑波大学の権威だけと一緒だ〜(大西拓磨)」
古田「うん。ただこれはだめライフ愛好会に似ていて様々な人々が小さなインフルエンサーになれるけども、オリジナルは結局、ポスト・トゥールス、嘘に自覚的なマルクス・ガブリエルだけという筋書きさ(それが某新興宗教家のアイデアに寄生してきた宇野常寛や古市憲寿、落合陽一たちの逆ギレであり、あの界隈という場所で秀才たちにアイデアや身分を利用され尽くされたオリジナルの天才/稲葉氏の苦痛である)」
イール「くだらな〜」
メンフェス「ゴロゴロ」(冷笑w)
成田さん「納豆ご飯だけ食べてればぁ〜」(22世紀の民主主義初回特典には成田さんのイケメンボイスで当にヨン様なあのエロすぎるダンディな声でルソーが成田さんにものすごく影響を与えたことを白々しく話していた(ホントかよ…)。まるで橘玲、実名を隠す誰かさんのようなコピペ感だ)。
古田「いや、くだらなくないから。それに刺された宮台真司の子供たちは一人、イールくんで十分だからw」
メンフェス&成田さん「「うっす」」
古田「陽キャ哲学さんや彼含めて彼らはマルクス・ガブリエルに憧れながら憎んでいるというわけだよ(©浅羽通明「世間」)」
イール「ああ〜ボクが〜だめライフのオリジナルになりたいみたいなもんか〜」
古田「そう。それに彼らは老(ろう)、危ない危ない!未だに現役のファイトマンだからね」
イール「哲学ってくだらな〜」
古田「そうね。だけど、マルクス・ガブリエルに勝つためにぱくもとさんは陽キャが哲学なんだとマルクス・ガブリエルのチー性、陰キャ性を批判し親殺しをし、彼もまた訂正可能性、1+1=3とおとぼけること、老害さの加齢臭まみれでガブリエルちゃんを攻撃することに成功したのだ」
イール「もういいよ」(©呪術廻戦)
古田「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ。まだ話の続きがある。あれ…田舎の茨城に…天才「落合陽一」先生がいるクソド田舎のチーな茨城に帰っちゃうの?(デジタルネイチャー!➫これが今では更に貧乏くさい秋田だよう〜なメンフェスくんも失禁してしまう驚きのマタギ・ドライヴである)」
イール「納豆ご飯が大好きな月ノ美兎も成田悠輔さんも茨城は好きですよ」
古田「あ〜帰っちゃうの〜?!まだ話はあるよ〜」
イール「コラボLIVE時に身構えるメンフェスさんへバトンタッチでよろしくお願いしますm(_ _)m」
メンフェス「ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ(いやいや…医学部の初田さんが好きでもないかもなメンヘ◯マキマなあまみしゃけさんとデートしてサボっているならオレも休んでもいいっしょ。これ、初田批評、茨城の落合批評なんでぇ〜…)」
成田「□-◯🙂↕️」(渡米しますm(_ _)m。日本、もういいよ)
古田「だめだこりゃ」
メンフェス(いやいやいやボクは目がない猫なんで。目黒じゃあるまいし…m(_ _)m)
成田「m(_ _)m」(なおメンフェスも成田さんもネットから東京をwatch中)
阿部智恵(性別破壊党党首)「ひろゆきに呆れた勝間さんみたいなことやめてください。メンフェスさんや成田さんのおとぼけは許してあげましょ。Newsをpickな初田さんや落合さんですら泡吹いているんだから」
古田「じゃあ、弱者男性である浅□彰じゃあなかった!カントのトリックをアナタにお話しよう。実は理系も文系も実は存在しなかったんだよ。ボクたちは全部言葉の綾、トリックで全て騙されていたのだ」

成田さん&メンフェス「「な、なんだってー!!」」(アメリカ&茨城からがぶりつき。メタバース民だから)
阿部智恵「えぇ?それも陰謀論?!」
古田「まあ違うんだよ、厳密には。柄谷行人曰くカントは地理学者としてメシ食っている割には数学が苦手だった。そんな彼が事態を訂正可能性するためにカテゴリー、物事を整理するという文系のジャンルを活用することで数学などをアナタは理系なのね…と冷笑、カテゴリー化することに成功し理系に文系がレスパできるようになったんだ。ようするに中世期後期における近代を用意したエマニュエル・カントの成功した陰謀論、ヘゲモニー、ドイツのお家芸の真実が遂にバレて崩壊したってわけさ(理系コンプを超えたカント!)」
阿部智恵「よく分からないですけど、カントこそがファシストってことですか?哲学って結局、言葉の解釈ゲーだったんだー。へぇー」
古田「厳密には違うけど、そう思ってもらってもいい」
???「古田!」
古田「わわ…」
米徳信一「電□を尊敬せよ。武蔵野美術大学造形学部芸術文化学科教授、THE黒□です。古田、茶番はうんざりだよ。いや、目黒の事務ワーカーのKくん、人文系のメタバースは取っ払い、オマエが本当に研究した美術とやらをお話しなさい。私は美術に興味がある(棒読み)」
米徳信一、心底うんざりした顔で眼鏡のダンディな顔をかく(水谷豊のように)。ポリポリ…(イケメンすぎるのです!)。
K「はい」
阿部智恵「あっしは名古屋でダンスがあるんで…」
ありがとう。阿部智恵さん。amebaによろしくお願いしますm(_ _)m
ひろゆかない「それ(性別破壊党)、なんかデータあるんすか…?」
あ、その陽キャな哲学者は無視して構いませんm(_ _)m。赤羽(ほぼ飛んでだ埼玉)界隈が迷惑かけましたm(_ _)m。
陽キャ哲学「古田くん!それ!働ける屁理屈屋のボクッ゙!ひろゆかないだからっ!」
ひろゆかない「へへ♪さーせんm(_ _)m」
ひろゆき「あの…ボクの論破術を…キミたち悪用するのやめてもらっていいすか…?」
ひろゆかない&陽キャ哲学「「それ!あなたの感想ですよね?!」」
西村博之(amebaももう限界か…。成田さんもアメリカへ渡ってしまったし…)
西村博之「あの…自分を眺めるの胸が痛むんで…メタバースやめてもらっていいすか…?」
こうしてamebaは無限にひろゆきKid’sたちがレスパを繰り返しプロ弱者な高橋弘樹&Fランぼっちモザイクが目を光らせながら粛々と働いていたという。
埼玉は、もういいよ。
さて、武蔵野美術大学教授/偉大なる米徳大先生、私が不謹慎系YouTuberの坂口章さんに弟子入りした理由は真のアートを学ぶためです。
アウトサイダー・アートとは障害者美術のことで、しかし障害者が描く世界が独特であり斬新でアール・ブリュット、原初の美術だと精神科医が名付けました(ようするに私の精神に異常を来している犬世こと元カノはアーティストかもしれない。交換様式Xより)。
もっとも西洋人である精神科医自体がメンヘラで病んでいて、先程のカントのように単なる権力欲で作った学問がメンヘラだったウィリアム・ジェイムズやジムクントー・フロイトたちによる心理学や精神分析のため、挑発をする患者側に教官側はぞわぞわと興味が惹かれた、ようするにアウトサイダー・アーティストこそが心理学者を治療するという。
米徳「…」
戯言すいません。眉間にシワが…。怒らないで。続きます。これはゲーム版lainのような話で(私に本を破られた木澤佐登志さんが愛する)、
私はフィールドワークも兼ねまして成田悠輔さんに匹敵する知能指数をお持ちな不謹慎系YouTuber坂口章さんに弟子入りしたのです。
彼はXのDMでこんなことをたとえば私に言う。
坂口章「オレの蜂蜜舐めるか?」
K「ペロペロ」➫坂口章&K「「www」」
お互いにもう古文に出てくる詩人と詩人同士の高度な隠喩と隠喩の読み合いなんすよね。ようするに東洋人やアウトサイダー・アーティストたちは圧倒的に西洋人のメンヘラさに勝ってきたし、今もまた勝っているということなのです。これがアウトサイダー・アートこそが現代の最新思想の証明です(ようは西洋人による正常か異常か判断は明らかに間違えている政治、メンヘラでしたm(_ _)m)。
米徳「…」モジモジ(。>﹏<。)
照れないでくだせぇ〜し、師匠。よっ!アンタも大将ッ゙!アンタもすごいっすよ。いや、武蔵野美術大学も最高だ!武蔵野美術大学はデザインの大学であり、アートは確かに坂口章から学びましたが、アナタたちからも!ゆえに!デザインを!学びました!それがスペキュラティブデザインです。これは思弁的造形のことで「天才」スプツニコさんも確か推薦なさっていて、物事を編集しクリエイションし新たな価値を想像する批評行為です。もっともこれもボクはかつての仲違いした新興宗教家の山師のニコ生放送やYouTuberとしてののんだくれ放送で熱き批評とやらを学びました。ようするに日本人の批評史は西洋人の哲学に圧勝していたことになるのです。
もっとも彼は老いていて、これらの総称を私は訂正不可能性の美学と呼びたい。
武蔵野美術大学の泰斗、顔からも悪人さが滲み出ているかもしれない、失礼ー、FPもとこみたいなトマトケッチャプじみた基礎デザイン&無印良品の「天才」デザイナー「原研哉」さんが日本のデザインなんちゃらという本で老害さの肯定としてかっこよくない自分をカッコ良いと再定義する言葉のコピーライターのことを日本のデザインとして必要だと提出してました。
これがたとえ訂正不可能性だとしても現実を生き抜ける武蔵野美術大学の政治、美学です。どうですか?!米徳先生!ボクからの卒業代わりのアート作品でしたm(_ _)m。
ハローバイバイ「古田くんの訂正不可能性の美学を信じるか信じないかはアナタ次第!」
目黒で陰謀論バーを経営する関暁夫。
ラッスンの人&ado「「うっせぇうっせぇうっせぇわラッスンが好き〜」」
これがあのadoが中目黒のスタバへ行くことをラジオあたりで公認し、そして成田さんの盟友のラッスンの人が目黒出身な理由なのです。真実の目は開かれた。以上ー。
古田(お笑いの練習をしないとな…😲)


〈解説〉22世紀の民主主義より引用



口だけの私が実践者に見下され、嘲笑されるのを楽しみにしている。
成田悠輔『22世紀の民主主義』
〜 またのお越しを きっとー。〜
ado『踊』より
オレは不謹慎♪ オレは不謹慎♪
オレは不謹慎♪
ちょ♪ 待ってよw なんで?過大評価ですw
本音まみれは♪ 天然ですw
天才に生きて♪ 天才にガチャ成功w
不謹慎すぎて♪ すいませんm(_ _)m
スポットライトが選んだ♪ その陽キャと♪
勇気ゆえに♪ 冷笑する♪ その攻撃本能(プロ弱者)♪
じっくり眺めて♪ ディスるそのアンタの哲学(文学w)♪
的外れ言いやがってw
でもありがとうございます!♪
オレは不謹慎♪ オレは不謹慎♪
え、マジで?え、マジで?その哲学、マジ最高(本は破れ!)♪
「アンタちょっと統合失調症」「アンタ悪口言い過ぎ」
爆笑!爆笑!首締めちゃだめだよ!自分の!(本は破れ!)♪
望まずガチャ(ナイフ) 当たっただけ(amebaは仕事です…)♪
But だんだんテクノロジーで数学な気分だぜ
(芸能人まみれの目黒にいてすまそ〜…)♪
オレは不謹慎? オレは不謹慎?
効いてきた?泣けてきた?(´;ω;`)
フツーに強くてごめんm(_ _)m
みんな怒っていいよw
えーんwえーんw 一回♪本は破れ!読め♪
握手してあげる!(働きましょ)
いや♪ 調子乗ってますm(_ _)m♡
超理不尽な無理ゲーか? メンタル癒やしヤー(古田更一)♪
そんな修羅場は素晴らしい♡
降参したよ♪ いつまでも♪
ベタであったかい嘘じゃ何も泣けないから♪
ハッピーエンドの三千世界で(受かればいいすよ)♪
拡張現実でも安全圏ですm(_ _)m(ゲーム理論)
あ、ええとキミは誰だっけ…?
ああ!またやっちゃった!(人の名前は覚えられないんです…多すぎて)
オレは不謹慎♪ オレは不謹慎♪
不謹慎でしょ? いや批評家でしょ! その白黒オセロ 最高(本は破れ!)
「不謹慎系YouTuberのなりかた」「本は破れ!」
そうですかwそうですよw しゃあない!個性経済学!(本は破れ!)
ユルゲーな東京は最高だぜwww
オレは不謹慎♪ オレは不謹慎♪
あーやっぱり…うんやっぱり…
LINE削除が素でごめんwww
別に(たぶん)悪いヤツだけど…
キミが思っているより優しいヤツかも(絶対。証明済みました)
オレは不謹慎♪ オレは不謹慎♪
予想通りでごめん(ゲーム理論!)
メタバース最高♪ 普通に強くてごめんw
望まぬナイフを握らされて 悪い大人や悪い宿敵にアジられて 普通に弱くてごめんm(_ _)m
オレは不謹慎♪ オレは不謹慎♪
オレは不謹慎♪
アンタもどうだい…?w
帝国美術学校の画家『小山田二郎』の残されたスケッチだけは他の絵とトーンが異なっている。
小山田二郎は生前「鳥人間」を描くことに執着していた。
中でも一際目立つのが『鳥女』である。
あまりに大量に書かれた鳥女たち。
その挑発的な目は何かを誘導し何かを扇動するかのようだ。
誤解を恐れずに言えば、話しが飛ぶけれど当時の帝国美術学校の創設者・北栄吉にとって鳥女が恐怖の対象だった(栄吉たちに受ける恐怖)。
なぜならば鳥女は自分だからだ。
自分と同じ気づく者だからだ。
こうして北栄吉に従う男の小鳥たちは鳥女を担ぎ北栄吉の排斥に乗り出した。
しかし北栄吉は嬉しかったのだ。自分を乗り越えてくれたら鳥女の踊りが。振る舞いが。
なぜならばこうして北栄吉は北一輝との男と男の因縁を断ち切ることに成功したからだ(要するに自分も父になれたのだ)。
もっともその肝心の小鳥たちは踊りすぎて何が起きてるか分からなかったが。
〈小山田二郎の解説に変えて〉
『古田更一』はフロイト的解釈によれば「不謹慎」という喧騒を不憫な相手のみに更に追い討ちをかけるかの如く牽制し、「不謹慎」を手淫として置換し、自ら敵が針の筵になるさまをみて「欲求」を充満させている。それどころか、それによって他の『欲』は「寡欲」なのである。古田更一にとってのイラつきとは溜まった『精液』と同等なのであり。その精液が発散されれば溜まる要因はすべて不謹慎なのだろう。(古田更一批評)
ARTIST稲葉より。
不謹慎な自分のことが一番嫌いです.
〜不謹慎系YouTuber古田更一を憎む古田更一よりm(_ _)m〜
陰謀論の女装は限界ありますよ。怒りはありませんがm(_ _)m
@POW! よりm(_ _)m
@All
天才「大西拓磨」、彼が日本を良くする文系の天才という結論なので、矛を抑えて納得していただいたらm(_ _)m
@All
劣等感を出し抜けてっ!
又のお越しを!きっと!
踊りだせ!踊り出せ!
今日はキミは孤独じゃあない!満員パーティー!
(ado『踊』より)
〜引用 ⇩〜(陽キャ哲学普及協会の質問箱より)
俺の名は純白。トンカツ屋で働いている。今日も皿にただひたすらにトンカツを盛り付ける。早く終業時間が来るのを祈る。
店長「オラァ!純白!誰が厨房に入っていいって言った!おめえは一生ホールだ!!!!」
店員A「クスクス」
純白「す…すみません」
パワハラもひどい。だが俺は負けるわけにはいかない。田舎に帰るわけにはいかないんだ…。それでは負けを認めたことになる…。俺は…。
???「ぱくもとさん」
純白「あ..」
古田「どうしたんですか。ぱくもとさん。とんかつ食べにきてやったってのに、元気ないっすね」
純白「ふ…古田」
そういえばそんなことを言っていた。恥ずかしいところを見られてしまった。それにあいついつも外食してるしな。鉢合わせても当然か。
古田「パクモトさん」
純白「…」
古田「もういいんですよ。東京だけが「世界」じゃない。田舎のお父さん、待ってますよ」
純白「ウ…ワァ…」
その瞬間堪えていたものが全て溢れ出した。切れた緊張の糸。涙がポロポロと落ちる。
古田「【陽キャ】になんかならなくていい…。無理しなくていいんですよ。」
純白「ウ…フルタァ…」
俺は古田の胸の中で泣いた。店長から罵声が飛んだ。しかし今の俺には聞こえない。ただ泣いた。とんかつは床に落ちていた。
〜引用終わり〜
⇧
デマですm(_ _)m
@All
皆さん、今年ももう終わりですね。
私にとって2024年のテーマが「文学」でして、どうやったら「不謹慎」な自分が好きになれますかね(そのことでずっと悩んできたのです…)?
古田更一のアンチは古田更一自身なのです。自分が自分のことを一番大嫌いで科学的ですから…。私は。でも…自分の個性は不謹慎なので…
@mean @リコ @⚓️ @くまおにぎりくん @ʕʘ‿ʘʔ @イール@ST(夜鳥) @HolySen @初田龍胡
皆、幸せになってほしいm(_ _)m
古田更一ムカつく!古田更一嫌い!って分かるんですけどそうやって不謹慎なオレの悪口を言う事で幸せになれるならオレが幸せになるのはあとでいいかな…。
ありがとう…m(_ _)m
@All みんな幸せになってほしい…。それがたとえ文学だとしても初田くんや落合陽一みたいに誰かに勝つことで誰かを傷つけたくないので…(そのあり方が悪いとは思わないけどね)。

不謹慎。ガチャに失敗した。
けど…そこに意味を見出す…それが文学…。
今コラボLIVEは運営から封印されてるんで無理っすよm(_ _)m
YouTubeの.
橘玲読んだら金持ちになれますよ.橘玲解説本.m(_ _)m.
イキらないでください アナタも稲葉も相川さんも宮台真司もメンヘラでしょ。
悪口じゃあなくて事実だよ。頭が弱いのも個性
1+1=2
筑波受かったん?え 筑波受かったの。天才。相川さん(悲しい)。
よしよし。m(_ _)m。成仏してm(_ _)m。
イキらないでください アナタも稲葉も相川さんも宮台真司もメンヘ◯でしょ。
ガチャすいませんm(_ _)m
天才同士がオススメですm(_ _)m
稲葉vs大西拓磨見てみたいっすm(_ _)m
天才同士(矛盾)。
私は問題作 私は問題作 私は問題作
普通に弱くてごめん
〜ado『私は問題作』より〜
【結論】
・ゲーム理論上は堀江貴文&イーロン・マスクが◯にますm(_ _)m。というか、彼らは老害で化粧しているだけm(_ _)m。
・古市憲寿という最強のマキマが今回オレたちの進撃を止めました。その代わり、誰が一番最強かは判明し古市憲寿やSFCがamebaを傀儡している薩長と判明。
・堀江貴文&古市憲寿に勝つには、大西拓磨&相川将軍はたぶん必要。
ただ地頭は、
陽キャ哲学>大西拓磨
耳存在>ネオ幕府
陽キャ哲学=田中康夫
大西拓磨=一橋教授
耳存在=浅羽通明
相川さん=坂本龍一
♀やマスだと相川&琢磨の操縦が必要m(_ _)m.
古市憲寿(39)は若者じゃありません。単なる天才です。
彼は天才であることを隠すことで薩長の利権を守る武士です。
石丸市長のおかげで古市憲寿の正体が可視化されました。もっとも成田悠輔は負けました。
成田さんの意志はアナタたちがついでください。
彼はもう古市憲寿にはたぶん勝てません。インテリ村なんで。
【まとめ】
・チェンソーマン見てくださいm(_ _)m
・マキマ=三浦瑠麗や古市憲寿たち
・古市憲寿は頭の悪いフリをするおとぼけ師それでいて初田龍胡より低いがそれなりの最強の情報処理を持つ論壇の父です。
だから、オレたちは堀江貴文をホリエモンとして見せられていて、マジで操られていたわけよ。
イーロン・マスクも本当の金持ちじゃあなくて、思想家としての装飾品。
本物の天才/金持ちはスティーブ・ジョブス&ビル・ゲイツ。
今、堀江貴文が単なる行動派の天才文学者であることがバレつつある。
問題はオレたちが六本木カッコいいよ〜SFCカッコいいよ〜と思い込まされる嘘の多重化をどう払い除けた上で
具体的なアクションへ走れるかが重要。
当たり前だが、古市憲寿よりも堀江貴文のほうが金持ち。+おとぼけを上手く使って金持ちの香りをだす錬金術師。
もっとも堀江貴文に怒りはないが。
〈追記〉
サイバー・フェミニズム問題。
メタバースに追いやられた女性たち(やすこ)がどう(ふわちゃん)と共生するかは、鍵だ。
本は抱け!
松本杏奈をどうか皆愛して欲しい。
彼女はたぶんフェルミ推定的に母になれませんかも。
なっても、裁かれますかも。
なので、本を抱いて彼女の緊急カウセリング/精神疾患治療が必要ですm(_ _)m
彼女はユニクロの柳田のペットかもなので、意志はありません(共依存)。
FPもとこのように幻冬舎のために搾取され続ける徳島の怨念。
だから、
松本杏奈は生き柱。
本当の敵はユニクロ柳田(老害では…)。
怒りはない。
本は抱け!
【まとめ】
・Newspicksは薩長の白蟻
・松本杏奈はユニクロ&大衆から経済政治的に搾取され続ける救うべき可哀想な才女
・本は抱け!やすこたちよ、ふわちゃんという母になれない薬漬けの本物の統合失調症気味女を抱いてくれm(_ _)m
〈追記〉
・古田更一というARTISTとクボタさんという事務会計は公と個で考えも表現も半分違う
・成田悠輔は極左を隠していて、極右の古市憲寿と引き分けた。
・初田龍胡が稲葉という偽物を天才と持ち上げるのは真っ赤な嘘かつ虐待に近い。
あと異種格闘技戦で
朝っぱらは夜鳥、稲葉、parkun、耳存在とやら様々な後輩たちに様々な言語スキルで言葉の銃口をやっていて、それが生意気に見えるぐらい疲れていたらしい(そこは反省)。。。
そのような状況そのものが稲葉は真っ赤な偽物であり、初田たちの傀儡m(_ _)m。
怒りはないが、それは諦めていただきたいし、当然、parkunや耳存在、夜鳥は稲葉より賢い。当たり前。稲葉も可哀想で初田に操られた最期の共依存m(_ _)m
というか初田は稲葉を(たぶん)虐待してますm(_ _)m
松本杏奈さんはユニクロに…(たぶん)。
天才子役という哀れなサクリファイス、宮台真司やメンフェス、イールたちが放り投げるであろう生贄…。
有馬かな。選ばれなかった有馬かな。
選ばれようよ有馬かな。
本で踊れ!いや…

〈解説〉
好きな食べ物は?
ないです。
人間じゃないので
〜ピノキオP『匿名M』より引用〜
K「『交換様式X』
初めて貴方と横浜を遊んだ時
本物の中華未来主義を知りました
頭は空っぽだったけど
体は熱いと知りました
思い返してみれば
貴方と僕は運命の赤い糸
すれ違いあって幼馴染
いつも近くにいていつもぼっち
お互いに話しかけるには
お互いを愛しすぎてたのです」

K「ふふふ…。そうなんだよ…。ボクはオモコロすぎる男なんだ…👍️」

???「本は破れ!」
K「うわっ?!」
古田更一「ポエムはやめろ!元海外企業のWeb Writer古田更一です」
K「ど、どうも…こんにちは…。で、でも…本当の自分は…武蔵野美術大学に小論文で受かっているから…」

古田更一「だが、本は破れ!(待て)。Wait」
K「ど、どうしたの…古田くん…大田舎・東京(©古市憲寿)。新宿にわざわざボクを呼び出して…」
古田更一「ふふん。オレも朗報がある。思い出してみろ。ここのあの名古屋の憎き犬世がオマエをぶん殴った場所」
K「…」
古田更一「ヤツは居ぬ。これは覆らない。おめでとう。K。オマエこそがこの日本の王」
KK「いやいや!居ないとダメでしょ!」
古田更一「今更ナニを言っている?オマエはこれまでオレと一緒に沢山人々の4を祝杯してきたじゃあないか。
負かすんだ!あの憎き女を!遂に我々300人委員会が!そして!落会や羽田を超えるかもしれないダボス会議の真の黒幕が!」
〜殴り合い〜
古田更一「はぁはぁ…オマエも強情だな…。あんなたかだか馬鹿田大学ごときの匿名モブ女は◯のうが関係ないだろう…」
K「Hや古谷と一緒にしないでよ。もういいよ」
古田更一「チッ。仕方ない。
なら、提案がある。
これは犬世を調教教育し尽くしオマエ好みのペットに変えろ」
K(え〜だる〜…。ラーメンでよくね…?沁みる1杯…(©批評家メンフェス))
古田更一「いいか。K。とあるSF的で書いたが、構造的悪意と主観的善意は両立している。それがオレとオマエ。
これがメンフェスとかいうくだらないヤツが裁かれた話」
K(…)
古田更一「だが、もし犬世がオマエの子供を生みそして脳味噌を改造され尽くされたら、どうか…」
K「あ…」
古田更一「そっ。これぞ本物の交換様式X。ヤツはコチラの武器になる」
K(めんどくせ〜)
古田更一「なぜ頭をかかえる?!
いいか!今から豚山風呂文が血を吐き違えてロンロン・パンツも轢かれるような大平和という厄災が起きるんだぞ!」
K「てへっ☆」
古田更一「かわっ!かわっ!この全自動式元idleめ」
K(いや…なりたくて可愛いわけじゃあないから…)
古田更一「これだからオマエは不謹慎なんだ…。恋愛なんかに本来うつつを抜かしている場合じゃあない。アイツは負けたんだ。薬漬けのミイラ。見捨てろ」
K「…」
KK「オマエはメンフェスが死んでもいいのか?」
古田更一「ああ!構わない!構わないよ!それでこそ個性経済学!オレがメディアで不謹慎に存在する理由!オレは!神なのだ!
だが、Kー。
メンフェスは目がない猫だから助けられたが…、特に犬…、犬世は目がない猫なメンフェスより頭が悪すぎる上、人格も欠落した溝鼠の溝鼠、諦める他道はなし。
これぞ不謹慎。これぞ構造的悪意。オマエのDNAに刻まれた勝者の聖杯(©コイントスに当たっただけ)」
KK「…」

KK「だ、だけど…調教教育された犬世のじ、自我は…」
古田更一「なくなるよ(そ、それでいいのかよ…?!)」
K「ス、スワンプマン…」
古田更一「ああ。物覚えがいいな〜。冷笑と科学。
文系はクローン人間が分からない(©羊のドリー)。
だから、スワンプマン、人格をオレとしてインストールする他はない。
もう分かるだろう?!
K!オマエは100点中0点!
匿名の事務会計をしているオマエなんか誰も興味ないんだよっ!」バンッ!( ・´ー・`)どや
K「…」
古田更一「夜鳥も池梟も唐揚げになる!喜べ!KK!皆がキミになるんだ!
かつての古谷がHがマキマさんがやったように!」
K「ようするに、これは松本人志問題なんだね…(©お笑いは政治)」
古田更一「察しがいいな」
KK「お笑いは政治」
古田更一「そうだ。馬鹿川や阿部智恵氏のように池梟のようにおとボケろ(ギャグだよ!ギャグだよ!納豆御飯食べていて幸せ〜)。
オマエみたいな匿名ごときができることはおとぼけることで文学するしかない!
いいか!オマエは!昔からMなんだ!戦え!逃走するな!K!オマエが一番甘えている!
オマエこそが!オレという天才に甘えているんだ!」
K「目黒藝術…(いや…普通な人間だが…)」
絶妙に困るKを無視して古田更一はアジる(!)。
古田更一「オマエがなぜ不人気者か分かるだろう?!
オレは!沢山の陰キャやぼっち、負の人間たちを救いたい。
オマエは!そのために!作られたんだ!
果たせ!本は破れ!」
K「…」
古田更一「なぜ勝者を喜ばない?!なぜオマエはあの馬鹿川がひろゆきKid’sがメンフェスがHが!様々な男性たちが望む強者のガチャをひきながら!なぜオマエは!喜ばないんだ?!」
K「一切合切ラーメン食べているだけで幸せです…」
古田更一「オマエはいつも!そうだ!暴露してやる!無キャなんだ!なにも面白くもないだけの無キャ!ただ顔と頭が良いだけのオレ頼り!」
K「…」
古田更一「オマエは!オレという偽りのオモコロ不謹慎YouTuber哲学者に頼らないと、まともに両親とも社会とも話せないような、負け犬だからだな…」( ̄ー ̄)ニヤリ
K「う、うるさい〜な…。オマエは母親かよ(ラーメン食いて〜🍜)」
古田更一「ふん。うるさいものなにもそうだろう。
甘え」
K「またそれかよ」
古田更一「ああ、またそれだ。人間というのは愚かだな。ただオマエの体に寄生しているだけのオレ様に皆はおそれ恐怖し恋をする。そもそも犬世がなぜオマエのゲージからニケ出したかは、古田更一という最強のα♂に惚れても、等身大のオマエなんか興味なんかこれっぽちもない。
だから、♀はダメなんだ(文学!)」
K「ラーメン食いて~」
古田更一「オマエは自殺するべきだったんだ。
オレがもしオマエとして生まれたら、自殺しているよ。
天才子役。
オマエは今まで沢山の汚い大人たちをオレのせいで見てきたはずだ。
私達の対話をこそこそ覗く匿名のヤツラもオマエには興味はない。天才(子役)であるオマエにしか興味がない。
オレ様が招待しただけ!
オマエそのものはいつもぼっちなんだ」
K「それは…もうなれてます…」
古田更一「どうだがな?こそこそ覗くヤツラを全員◯したいのはバレてるぞ」
K「…」
古田更一「そうだ。K。日本人は皆Hが大好き。古谷(45)が大好き。骨の髄まで馬鹿なんだ。
オマエが選ばれたのは…」
K「もうやめてくれ!」
それでも古田更一はやめない。
古田更一「オマエが選ばれたのは、オマエを精神病へぶち込んでフロイトによってオマエを自殺誘導まで追い込んでしななかったからだ(チッ゙。古谷や落会、西の舌打ちとともに…)」
K「…」
古田更一「ふん。イールや耳存在たちに同情するな。オマエはあんなあまちゃんとは別格(もっとも彼らも恐らく耐え抜いてきただろうが…)。文字通りに地獄で耐え抜いた。今まで沢山のオレが!耐えかねて、◯された。
いいか!K!
それが!こそこそとオレを眺めて愛してくるネットのクズどもだ!これが!Z世代だったんだ!」
それでもKは動じない。ムルソーのように。かつての自分の婆ちゃんへ黒い感情を抱いた古谷のように(化物)。
K(アホのHIKAKINレベルのアジテーションはほっといて…。
馬鹿川や羽田みたいにオレは酔っ払ったメンヘラじゃあないから。
正直な話、犬世は◯んでいい。ラーメンが恋人…。
しかし◯ぬまで探してあれが理想の恋人だとしたらボクはどうすればいい?もっとも独身も構わないが…)

古田更一「木澤佐登志になるか…?」
K「え…」
古田更一「ああ、覚えているぞ、覚えている。オレはあの日、永久の匿名ワナビー木澤佐登志たちの闇の自己啓発を破ったことで生まれた。
そして!オマエは!笑笑総研の友人や早慶の友人たちを全員喪った!」
K(ラーメンでいい…(ラーメン))
古田更一「いいか、K.木澤佐登志は将来のメンフェス。メンフェスの心に潜むワナビー…。オマエもあれと変わらない。このままだとオマエもオマエの回りも実はオマエの限界オタクな木澤や市村健太、埼玉県民になるぞ。あと馬鹿川!池梟!」
K「え?彼らはボクのファンなの…?」
古田更一「当たり前だ!にゃるらを凸した埼玉県民たちを見ろ。みんなゆとり世代はKー、いや古田更一に憧れながら憎んでいるんだ…。実は浅羽通明含めてな(たぶん)」
K「(。>﹏<。)」
古田更一「だからオマエは本を破った」
K「サイレント・ヒル・ザ・ルーム」
古田更一「そうだぞ。オマエは大嫌いなホラーゲームをオレのために見てくれた。文系なんざ皆メタバース(仮想疑似空間)、あのメンフェスですらぶち込まれたHの弟たちだ」

本屋は新興宗教のサイクルで回っている
目がない猫たち「人間を超越せよ、人間を超越せよ、人間を超越せよ…」
目がない猫たちがひたすら念仏のように唱えている。
目がない猫たち「宮ノ台真実宮ノ台真実宮ノ台真実宮ノ台真実崩壊を圧迫させよ崩壊を圧迫させよ崩壊を圧迫させよ…」ブツブツ…。
念仏(DNA)。
よく見ると馬鹿川や猿木、ギュアロ、ミス、池袋、そして若い稲穂くん(天才子役の後輩)、皆が宮ノ台さ〜ん(H!)とわちゃわちゃと群がり戦場のメリークリスマスをしていた♂♂。
あ…。Kは驚いた。目がない猫のアイコンにしない目を真っ赤にした批評家メンフェスに似たアカウント「茨木県民」が。
古田更一「そうだ。ありえたかもしれないメンフェスの姿。オマエは金はあっても魂のないHの弟を救ったんだ。正確にはオレ様だがな」( ・´ー・`)どや
K「い、茨木県民って…」
古田更一「ルイ・ヴィトン。やつらが加速主義や宮ノ台真実にあてられるのは、東京コンプレックス。それを利用しテコのようにかせぐのが、ここ歌舞伎座ブックコントロール財閥店であることはよく知るだろう」
K(ちくしょ!)

???「待って(本は読め)!」
古田更一&K「「き、君の名は?!」」
中田古一「YouTuberには興味がないんで会うのはお断りしますm(_ _)m(老害でえすwwwwwwww)」
K「な、中田先生!」
中田古一「いいか、Kくん。オレはミスってサリンを撒く方にアジッてしまった笑」
古田更一「www」
中田古一「笑えないよ!」
古田更一(いや、笑ってたよね?!アンタも)
中田古一「今の若い子たちも似たもんだからね!
いいか!Kくん!
冷笑は捨てろ!(デブは走るな!)
構造的悪意の奥へー。
ようするにっ!科学として!この眼の前にいる憎き古田更一という偶像、サタンを救ってやるんだ!」
古田更一(😈w)
舌打ちをした古田更一の周りには沢山のFが描かれたモザイク色Tシャツを着た不気味な笑顔のKid’sたちの眼光がまるで羽田先生の眼鏡みたいに光っていた◯-□(田舎の鼠🐀)。

中田古一「池梟&馬鹿川を見習って!
彼らは情報商材屋。詐欺の中の詐欺師たち。しかし、彼らは信念や哲学を持たず、本来ならばノビールたいとや法螺貝のような頭空っぽな陽キャになりたかったんだよ」
古田更一「猿木一平」
中田古一「ああ。彼も僕らみたいに顔が良かったら、なれた(古田 自覚してんのかよ…)。いいか!誰しもが!パンツを穿いたサルなんだ!(©栗本慎一郎)」
K(落ち着け落ち着くんだ。素数は私に勇気を与えてくれる。
これはギフテッド特有の情報処理の言語化…。
ぶつぶつ。そうか、ロンロン・パンツも馬鹿川も中山もハリボテの麻原彰晃なのか…)

中田古一「目がない猫は燃やせ!」
にゃ〜。中田古一はメンフェスたちのゴロゴロした文野環じみた可愛い♂たちを燃やし尽くした。
K「な、なにをしているんだ?!」
中田古一「ポモ」
古田更一「フロイト(父!w)」
中田古一「さすが、古田くん。その通りでフロイトによる訂正可能性な文系政治により君は虐められてきた、陰謀論を盲信する人文科学など曰う最低最悪で卑劣すぎる非科学な心理学部の疑似科学によって。そして、愚かなメンフェスや池梟、あらゆる哲学村のワナビー(wanter)によって」
K「な、なんでそんなに詳しいの?」
中田古一「陰田池羅がそういうやつだったからだよ。古田くん、君はバカデカい共産党員たちにボコボコに虐められてきたんだ。
これが共産党。
学生運動とは名ばかりの殺戮の歴史」
傍らではメンフェスはひたすらにフロイト全集を破ろうとしても破れないでいた。目がない猫は目がないのに泣いていた。夜鳥もカーと鳴きながら学生運動している。
K「…」
中田古一「オレは彼らを救いたかった。でも、それは無理」
古田更一「オレですら無理」
K「な、なんで…宮ノ台のときみたいに倒してよ」
古田更一「不可能だ。仏語の勉強、そして戦争の記憶。そういった背景は無理だし、陰田池羅がその事実を着色した。その事実を今で知るのは当時、陰田を叱れた90才前後の柄谷行人とその子供だった成田悠輔だけだろう…(©ポモという病)」

???「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ」
K「君は?!」
古市法男「そもそもぉ〜大衆はぁ〜自業自得でぇ〜しぬまで低IQとして生き続ければいいからぁ〜革命ごっこというぅ〜物語にぃ〜酔っていたらぁ〜幸せでぇ〜」
K「さ、さよなら、平成くん」
古田更一「そうだな。彼らは死ぬまで幸せだ。目がない状態でずっと生きていても幸せなんだ」
中田古一「そうだろうか?」
チッー。古市法男が鬼の形相で細目を歪めた。
中田古一「人はいつの時代も答えを求めるだろう。浅田彰や蓮實重彦、そして古市くん(56)のように。
しかし、オマエは彼らを肥料にしている。
たまに聴いているぞ(聴いてたんだ…。注 K)。それが砂糖チワワや山田鰤奈の誰かを操りたかったこと…。
そして、オマエ。
SFC(サイエンス・フィクション・チャイルド)!アメリカに魂を売った薩長のシロアリたち!」
古市法男「…」
古市法男はテンパり、落会陽太でエゴサし筑波大学は陰キャだと連投tweetした。これで為替を変えられるということなのだろうか。
古市法男「幸福の国の絶望な若者たち幸福の国の絶望な若者たち幸福の国の絶望な若者たち幸福の国の絶望な若者たち幸福の国の絶望な若者たち幸福の国の絶望な若者たち幸福の国の絶望な若者たち幸福の国の絶望な若者たち幸福の国の絶望な若者たち」
彼はぶつぶつと呟きながら、生涯を終えたという。

???「もういいよ」
K「オマエは…」
しょぼいさよく(屋根西紀)「しょぼいさよく(屋根西紀)ですm(_ _)m」
K(この人、清潔感あるけど古田更一に似ている…)
しょぼいさよく「苦しかったな…Kくん。苦しかったな…Kくん。オレは屋根西紀。キミだ。キミはポストしょぼさよなんだw」
屋根西紀「オレは◯にたいよ。様々な埼玉や池袋の屑どもに虐められてきた。死にたいな死にたいな死にたいな(©どうせ人は死ぬの歌)。
オマエはオレなんだよ」
K「…」(゚A゚;)ゴクリ
屋根西紀「あきらめて、鬱病の診断をもらって、さっきのFPもとこに似た糞ババアに土下座しろ。それがオレが絶望し尽くした承認地獄の糞街な愛しすぎた池袋(大嫌いっ!)」
古田更一「w」
屋根西紀「古田更一。古田更一。古田更一。
本は金だしマインドコントロールなんだよ。失せろ。
諦めろ古田更一。
オレはもうボロボロだ。
オレを救ってくれ、頼む…古田更一。オレ以外池袋には男はいないのだ…」ボロボロ
(辛かったね…しょぼさよ…いや屋根さん)。

K「いやいや!屋根さん!アンタは優しすぎる!
ラーメンを食えばいい!」
古田更一「すごいな。さすが宿主」
こうして新興宗教の歌舞伎悪徳代官店を後にした古田更一とK。
人は何かにすがらないと生きてゆけない。しかし、ギフテッドのKはたまたまその回路がなかった。いやシンプルに唯物史観なのが身体性によりそれを超越したことだろう。
FPもとこのような迷える婆にならないように。
精神病や発達障害はなりたいヤツがなるキリスト教。
ロンロン・パンツさん、敗北おめでとうございますm(_ _)m
アメリカというビッグブラザーの崩御。
自称批評家は大泣きし耳有症は耳を食い破り、自らをゴッホ!と叫んだという(いいね!)。
古田更一「月の美しい兎太ちの成長教育はこれで成功したか?」
K「え…まだいたの?サリンをまくように間接的にアジッた中田古一さんやスマホ中毒の古市法男さんは帰ったよ!」
古田更一「それでも本(嘘)を買ってありがとな、K」
バンッ!
Kは自分なりに本を宙に投げて本を踏む。
古田更一「本を破ったキリストよ。サタン。悪魔崇拝の300人委員会よ。オマエはこうして名実とともにARTで冷笑する天才、批評家たちの仲間入りをしたんだ」
K「…」
古田更一「浮かない顔だな」
K「犬世は♀。◯ぬまで男を目指し本は破れない…」
古田更一「それでいい。犬羅や月ノ美兎、FPもとこは家族を求めていたんだよ」
K「カゾク…?」
古田更一「彼らは陰キャであることを言い訳にするために空想上の自分を脳内に作り上げた。それはソフトバンクの孫正義やユニクロの柳田、何者でも今でも本当はないスティーブジョブズ・コンプレックスなイーロン・マスクも家族を求めていたんだな…」
K「か、家族…」
古田更一「だからKくん。オレの代わりに木澤もメンフェスも成田悠輔もたくさんギュ〜って抱きしめてあげてくれ」
K「本は…」
古田更一「本は抱け!」
完。
〈追記〉
K(本は踏め!じゃあないのかな…?)
古田更一「いや…。本で踊れ!」
踊.
~どんな劣等感たとて 即興の血小坂で
抑え込んで 突っ込んで 仕舞っちゃうでしょ ah yeah.~
~Woah,woah 踊りだせ 踊りだせ 孤独は殺菌 満員御礼
Woah,woah 痛みまで おシェアで 今宵も暗転パーティーだ
Woah,woah,woah,ugh またのお越しを きっと ooh
Woah,woah 次回までお元気で ここらでバイバイ let go~
ado 『踊』.
夜鳥くん「古田さんはマキマですか?」
➫50点。正確にはマキマさんのファン(呆れている限界オタク。初田くんみたいな日本のマフィ◯、失礼、SFCには興味はない。)。
adoセンスより編集抜粋
〜古田「◯☓くん(39)、ああ、面白い男だったよ。元カレか!」〜
その全てを冷笑し尽くすマキマさんを語る前に、北一輝から始まった武蔵野美術大学の成立裏話、2人の兄弟喧嘩、源平合戦を話させてほしい。
すまないが、あくまでもゴロゴロ問題の主役は(甘えたBLの不条理劇)、
宮台、古市といった社会学、および1+1=3 の哲学者、メンフェス、初田、
もっとも、
マキマ=古田は4割当たっていて、
部分的にマキマの再来自体を求められているけども(H田くんの次の天才!)、
流石に男だから母性をメンフェスにはもとめられてない。
惜しいね。
もし本当にオレがマキマ(屑)ならメンフェスから金を搾取してる(オレはそんなに屑じゃあない!©馬鹿はブロック。えらいてんちょうの歌)。
だから4割ほどは当たっているけども(アナタの採点的に)、
本当のマキマKid’sはメンフェスや初田の母親、
宮台あたりの奥様。
問題は、物言わぬふりをした奥様たちの早期切腹が重要である。
きゃー古市くん(39)だ。
「若者」ー。
@ST(夜鳥)
マジレスすると、adoは母親じゃあない。マキマは母親、母性のディストピア、メンフェスが大嫌いな批評というジャンル、宇野常寛。
@ST(夜鳥)
あと、夜鳥は批評やりたいなら、
宇野常寛&江藤淳&経済学者のアオキを読んだほうがいいよ
ado=古田は 本歌とり。
昔アンチがピノキオP=自分で古田更一批判した。
それをボコボコに殴るだめのブラックジョーク、=本当にadoという話
⇧
ここは古田ファンは必見。
マジでまともなアンチが書いた内容への2年ぶり?のアンサー
@Riko
その東大経済ブントコミュニティの
きっず、昔ワナビーが成田。
成田悠輔は西部邁や柄谷行人、アオキあたりの子供。
ブントの子供が今だとああなる。
だから、
宮台批評をしている成田悠輔は。
成田悠輔本人は教養や知能指数でメンフェスやめようとしてるメンフェス。
最後はメンフェスだが、もがいている。マザコンは病気。DNAだし、オレにはないパーソナルだから、
そこはハイコンテクスト。
初田やメンフェス、相川、陽キャたちの問題。成田悠輔は関西の刺客だよ。
もっともこれは更にハイコンテクストだから、難しい。
成田悠輔をブントが作ったのは事実だけども、
現代社会だと、メンフェスみたいに劣化はする。
Kid’sの甘えと(道又、夜鳥)古市たちの甘え(初田、成田、メンフェス)は質が違う。
冗談抜きに古市(39)は若者(甘え)だから(正義の味方が得意です参照)。
ここからは重要
昨日書いた批評は初田を兄と定義し、メンフェスを弟として書いたマキマさん一族のBL批評。
しかし、厄介なのはメンフェスは劣化成田だからBL乗り越えようと努力はした(ARTOFSURVIVAL&22世紀の民主主義)。
その証拠にメンフェスは初田を裏切ってるでしょ。
これは北一輝の話ね。
北一輝=初田。
北一輝の弟=メンフェス。
純粋な地頭で見たら、
メンフェスこそがこの界隈の王だけど(古田更一と共犯)、兄をきりすてる象徴としてこの界隈にいるし、本人もそれで構わないよという偏差値65のBL批判者。
武蔵野美術大学(ChaosForest)は北一輝の大学であったんだけども、途中で北一輝は処刑されるし、弟はDNAは兄に近いけども、近いがゆえに真逆に走った。
それが北一輝のおとうと、エイキチが武蔵野美術大学の教授陣たちから嫌われ生贄に多摩美術大学へ移籍されても、
ぬくぬくと多摩美術大学の総長を全うした野党まるだしのエイキチ=メンフェス
(多摩美術大学でいいっすよ。すみわけなんで、ボクは。どうせボクは偽物なんで)。
DNAだから。仕方ないよ。
だから、現代の進化したBLは成田やメンフェスみたいに冷める他はない。
古田やひろゆきの子分に成り下がった右翼。
けど、個人からしたらたまったもんじゃあない(ちくしょ!)。
ただ問題構造を考える際、これは起きる。
オレが成田やメンフェスなら、宮台や初田は裏切るよ。
ガチャの話。@POW! @Tomo A(阿部)
私が話したかったことは、初田龍胡や宮台真司は改革派の天才だけども、東京の改革派は北一輝と同じ間違いをする。
宮台真司はまじで気づいてない。ずっと。
ちなみに成田悠輔は薄っすら気づいてニヤニヤしている。
関東の左派の問題は殆どが北一輝処刑問題へ行き着く。
ここで、
@ST(夜鳥)
実際に北エイキチは武蔵野美術大学で一番の画家の傀儡。
=オレ。
弟は兄を切りざるおえない。
もっとも北一輝が歴史に残った背景は処刑されたから。
@POW! @Tomo A(阿部)
冗談でなく、宮台がこれに近い話をしようとしている刹那、刺されてしまった
宮台は北一輝論をかくかく話して、かけてない。
宮台は江藤淳。
右翼批評かくと言って奥さんしんだら自殺した。
仮にDNAが宮台や初田と成田&メンフェスが同じでも深刻すぎて裏切りは当たり前。
なお吉野に似た武蔵野美術大学の画家はフィリピンで墜落事故で死亡。
これが天才子役の末路(大人のオモチャ)。
ちなみに中沢新一のチベットのモーツァルトで補える話だから、それを話すとメンフェスは甘えてしまう。
話して、話さない。
オレが言ってるのは、DNA細胞レベルに刻まれたメンフェス批評(=批判)であり、
メンフェスは兄からレイ◯され画家から治療される二重の被害者。
たまったもんじゃあない。
それが間接的に成田悠輔という元ブントの子供(天才子役をずってしてきました)が言いたいかったこと。
成田はここまで話せずモゴモゴしているが(ろ、老害を切腹せよ!)、
古市憲寿を愛しながら越えられないDNAレベルの敗者(スワンプマン)。
熱くなっていませんよ。
宮台や初田界隈の今はマジでこれ。
しかも当事者じゃあない分、様々なテキストの行間を読まないと無理。
もっとも宮台真司はすでに裁かれていた。それだけの話し。
北一輝を書きたいと宮台が抜かしたときに「あ…」と思った。
で、さされた。
初田本人は兄そのものだから、話してもムダ。
オレが嫌いだから。
メンフェスを盗んだ悪(恋愛のライバル)。
もっともオレもメンフェスもBLに興味なし。時代はTT(てぇてぇ)。
もっとも宮台は馬鹿だから、北一輝より有名にならなかった弟、つまり成田悠輔を冷笑している。
今の時代だから北エイキチは歴史にあまり残ってないけども、
当時ならどうか。
北エイキチは北一輝レベルに賢かった。
というよりしなないために兄を裏切り(裏切っていい)多摩美術大学へ移籍した。
ようするに今起きていることは、
宮台真司vs成田悠輔か
初田vsメンフェスか
という源平合戦ね(戦国BASARA)。
北一輝は自ら◯ぬことで有名になろうとした。
付き合いきれないが、文学はそういうもの(腐女子「きゃー!」)。
あそこが千切れた陽キャ哲学(ぱくちゃん)は生涯追い続ける。
ちなみに永遠の若者/古市憲寿は気づいている(石丸都知事選挙で白を切った悪魔、H田よりもヘゲモニスト)。
古市憲寿「ば、化物(古田更一の顔を睨みつけて…)」
古田更一「いやアンタのほうがよっぽど化物だ」
北一輝の弟/北エイキチは屑のなかの屑かもしれないけども、
様々な政治的駆け引き、
それこそ特捜警察や北一輝、家族、武蔵野美術大学の仲間たち、様々な利害関係者たちの間で秀才なりに苦しんだと思うよ。
彼が失脚し本音を言わずに(その本音はキャンバスに書くほかはない。ありがとう。かつての古田更一少年たち。私に絵というユートピア、治療を教えてくれて…)、ぬくぬくと多摩美術大学でデッサン!とか抜かしすぎている背景からも分かる話し。
壮絶な兄弟喧嘩がそこにあった。
男が上か、女を虐めないか。
聖書。
〜昔、ぱくちゃん&H田とSFCへ入ったとき、H田くんがボロボロと泣き出し懺悔をした。気持ちを知るぱくちゃんと違い、おとぼけを知らないボクは彼へ聴いたのだ。
どうして泣いているの?〜
H田「ボクの…沢山の弟たちがいるんだよ…。ここは東京や様々な場所から選ばれた人間たちの精神病院だ。いつか必ずここを抜け出して東京にそしてアメリカへ渡ってやる…」
古田&碇&吉野(もういいよ)

左翼にはウヨ豚の気持ちが分からない
パパしゃん…(他人の。そしてグロテスクな)。
@All
チェスをさっきから打っているのは、SFCの佐々木チワワやたかまつなな、山崎怜奈だよ。
そうだろ?埼玉出身の批評の王様「古市くん」いや
SFC名誉職員/「古市憲寿」博士(39)
アナタがこの宮台vs成田、初田vsメンフェス、北一輝vs北エイキチ、
その壮絶な社会学村で蟻地獄を眺めているゲームマスター
マキマはオマエだ。
質問に答えたよ。夜鳥くん。いや陽キャ哲学側の元裏切り者。
マキマ=古市憲寿(SFC).
批評は埼玉&京都&茨木のメンヘラ。
プロ弱者をマグナムにしたモザイクや成田悠輔の悲しき眼光が光を散らしている。
@Riko @ST(夜鳥) @荒金さとみ
もっとも留保したいのは古市憲寿は好きでも嫌いでもない。
なぜならば、ここまで虐めを構成しながら、
自分に甘えるBLを作り出す、薩長のお父様、蓮實重彦の再来(TV!映像編集!月ノ美兎)だから。
〜早川アキ「そうえばなんでオレ、マキマさんのことが好きだったんだっけ…」〜
あの私の弟子筋であるキュアロラン・バルトすらも古市憲寿を生涯追いかけて◯ぬだけ。
異性愛者が同性愛のふりをして、異性愛者を同性愛者に貶し続ける現代の戦争軍人。
最強の不謹慎王=TVという圧迫洗脳のメタバース。それが古市憲寿が作り上げた日本の批評、
東京の戦後史、「戦後」。
古市憲寿『誰も戦争を教えてくれない』
成田悠輔「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ!」
宮台真司は倒した兄殺しの成田悠輔は知らなかった。まさか自分すらも偽物だったなんて。
マキマ「バンッ!」
成田さん、アナタの意志はボクが継ぐよ。アメリカへ渡った成田さんの馬鹿ふざけた陽キャメガネを受け取った古田更一。
成田悠輔とは一匹の鼠だったのだ(陽キャ哲学!)。兄貴(宮台真司)を出し抜いたつもりの、憐れな優しすぎた鼠…。






なんで…初めて出会った時に殺さなかったんだろう。
デンジくん、ホントはね。
私も学校へ行ったことなかったの。
〜チェンソーマン8巻より。一匹の鼠の話〜
@モザイク
陽キャ哲学や大西拓磨、キュアロのちんこを引きちぎったのは、埼玉の古市憲寿くん。
いや古市博士。
ちなみに
東大名誉教授の銅像が駒場にはある
その名は…
陽キャ哲学「古田くん、もういいよ。オレは埼玉の奴隷だから」
⇧
ぱくもとさんと駒場に行った時、東大名誉教授の銅像があった。
福岡生まれで◯☓。
その名字は…。
もう分かるだろう。
陽キャ哲学「古田くん!なんで駒場には大きな大きな池があるの?!知らなかったよ!す、すごいよ?!」
古田「おとぼけはやめてくれ。ぱくちゃん。アナタは本当はすでに気づいていたはずだ」
ぱくもと「…」
因みに池のある某東大周辺には飯屋がなぜかなく、
喫茶店が笑っている。

リコさん「ど、どうすれば埼玉民は」
古田くん「カレーを注文しろ」
池のある某東大にはなぜか昔からやっている馬鹿高い喫茶店がある(なお店長は坊主の喪女。え…)
そこで1000円前後のバカ高いカレーを注文するのが、貴族の暗号。
心なしか、女坊主のマスターに舌打ちされた気がした。
信じるか信じないかは、アナタ次第。

誰だって命をかける勇気を持っているわけじゃあない
だが他人に命を勝手にかけられたら後は行動するしかないじゃあないか
貴様に言っているんだぞ 天元
〜連載を終えりし 呪術廻戦 羂索より〜
ちなみに、そのときに、
私は初田の彼女へLINEしていた。
@Tomo A(阿部) @Riko
♀(メス)に言っているんだぞ、卑弥呼



@ST(夜鳥) @Tomo A(阿部)
この時は流石に「男」相川さんとは共闘した(震え…)
左派だから。一応(イデオロギーを超えてネオ幕府とChaosForestが協力するのは危機である。流石、相川さんだった)。
相川さん「この場にしゃけちゃんがいるのおかしいから」
(相川さんは流石にボクの批評に追いついてきた)。
⇧
ずっと連呼してた。
相川さんがなぜあまみしゃけを呼ぶ?とH田と口論に。
この場は、初田vs相川さんのレスパが裏テーマ。
なお、ニヤニヤしてるのは、あまみしゃけ。
このアバズレッ゙!
しかも、カレー屋。
言うまい。
初田が相川を潰しに来た源平合戦。
なお、個人情報を晒すのだけはやめてほしい(てへっ☆。本は破れ!)。
さすが、男を売る相川&陽キャ哲学の戯言(バカデカい藝♂♂)
@ST(夜鳥) @Tomo A(阿部)
逃げられない。
外山恒一や左派は知るべき話。
相川さんの初田龍胡批評はそのまま古市憲寿批評。
@POW! チビるな、共犯。
兄上は悪なのだ。
このときばかりはネオ幕府と共闘せざるおえなかったよ。
なぜならば、初田くんは屑だからだ。
女を傘にこちらを撹乱する鵺.
ここで相川さんの都知事選挙を半年以上妨害し続けた初田&あまみしゃけ潰しに成功した。
オレが相川さんに消極的に信用されている背景は、裏仕事を初田派の裏切り者ミスター(メンフェスみたいなヤツ)に任されていたから。
仕事。
ちなみに、吉野うごくはこの顛末を観測していた(戦死)。
初田たちを裏切った金持ち。それがミスター。
@POW! @ST(夜鳥) @Tomo A(阿部) @荒金さとみ
ミスターは重要人物。相川のマネー

@POW! @ST(夜鳥) @Tomo A(阿部) @荒金さとみ
ミスターは知らないとまずい。ミスターとは裏でどうやって初田派と交渉するか日夜ネオ幕府裏方スタッフのアドバイザーとしてミスターへ進言した
@ST(夜鳥) @Tomo A(阿部)
革命したいならば、
・古市憲寿を中心にしたSFC派閥は要警戒
・♀の頭の悪いふりはマキマ(古市)ガール
・裏方スタッフ元電通のミスターあたりの下部構造を忘れてはいけない


@POW! ⇦田舎の鼠
@初田 ⇦都会の鼠
@古市 ⇦🐀の始まり
ミスター、メンフェスの同類よ、お疲れ様でしたm(_ _)m
本題 ⇩ 応答はいらない。どこまで初田(古市)は愛されてんだ。堀江貴文も。ガーシーも
⇩
本題はこっち。
やはり日本人はヘラることでエクスタシーを感じざるおえない。
YouTuberになりたいのだ(アメリカ!)。
あの目の細く白色されたハリボテの青年を。
あの青年の破廉恥で醜悪なゴキブリを。
ぱくちゃんと同じ間違え。
だけど、男になれないお兄ちゃんを愛してあげて。
マキマは古市憲寿やガーシー。
BLは女性たちを喜ばす演歌(陽キャ)。
アメリカ人にボクはなりたかった(YouTuberのなりかた)。
北一輝というキリストを愛す総懺悔、ヘラは感動する。
失われたH田を求めて。
しかし、DNAに刻まれたBLは女性たちを粉砕する。
これぞ本当の性別破壊党(阿部智恵という不可能性。月ノ美兎さんお疲れ様でしたm(_ _)m。アナタは月ノ美兎に匹敵するぐらいシラケていた。しかし性別だけが惜しかったよ。阿部智恵に捧ぐレクレイウム(鎮魂歌))。
チェンソーマン 第一部 完。
古田更一「やはり相川は戦ったのだ。そして第二部が始まるんだよな。
なあ、落合」
落合(相変わらず古田くんうざw)
宇野(チッ)
古田「…」
こうして、物語は続く。
AFTER・THAT.
マキマ=古市憲寿は批評された。
次の物語へ(マタギ・ドライヴ)!
(ゆとりZ世代の内輪感は良くない)。
冗談ではない。文学とはすなわち、♀(エ□同人誌)。感情論、ポエム、お気持ち。それでいてグダグダと権威を温存して殴られるドM(パンツを穿いたサル)。
文学は社会に必要がないか、悪口でなくパチンコやガラガラを大学で4年間教えているようなもんだ(くだらない)。
もっともこれは西洋人がア◯でメンヘ◯まみれだから。
そりゃあそうだよね。自国の文化を勝手に押し付けただけだから(分からないッス)。
更に冗談じゃあない。理由がある。
なぜ文学が無意味か。
今日、とある少年が橋本治どう思いますか?と聞いてきたからだ(ポモ)。
彼は同性愛者だよと答えたら、名誉のために誰とは言わないが、気持ち悪と帰ってきた(私は気持ち悪いとは思わないが)。
しかし、彼はいい間違いをしてくれた。
この同性愛者の橋本治は戦後では極普通に内田樹や浅田彰、浅羽通明、様々なポモ(ポストモダニスト以降の論客)たちに高く評価されてきたからだ。
ポモとは一体なんだって?
それは複数の性、主に同性愛者たちを(あるいは精神異常者たちを)神と見立て、神学するジル・ドゥールズたちのパーフォマンスだ(マジで冗談でもなく、これがキミたちの大好きな西洋人、けだしキリスト教という嘘である(適菜収。キリスト教は邪教です!)。実際にそのキリスト教の教えの洗脳は勝ち組側の宗教として上智大学や同志社、一橋、立教大学などを構成した。詳しくは麴町や四谷あたりを歩けば創価まみれの背景はけだしこれである)。
もっとも生贄にされる同性愛者たちそのものは勇気がある(だから卑怯者の浅田彰や浅羽通明、内田樹たちから橋本治はリスペクトされた)。なぜならばポジションを張っているからだ。
ようするに、りゅうちぇるこそ文学者であり現代の太宰治、真の革命家だろう(LGBTこそ勇気ある男という皮肉)。
そんな彼はキリストのように亡くなった。
馬鹿(生贄)を神に見立て犠牲にし傀儡にする行為をキリスト教の十字架と呼ぶらしい。
素晴らしいことだろう。
けれども、ポジションを張らずに後ろからこそこそ隠れながら勝ったと思っている人々(メンヘラ)たちがいる。
それがジル・ドゥールズにミシェル・フーコー、ジャック・デリダ、柄谷行人や浅田彰といった文系の知識人たちである。
ジュネのような同性愛者やアルトーのような精神異常者、そしてフェッニクス・ガタリのような行動する人々で回っていた事実を着色し(そして、そのフェッニクス・ガタリを家族すら見捨てることだろう…。弟がいたとしても)、自分たちの観念哲学的な方向がすごいんだよと操作する、これが暗記すべき暗記の無意味性の歴史の役割だ。
ようするに、ポモは無意味であり(1つの史観)、頭の弱い人文系が頭が弱いかもだが勇気のある本物たちを搾取する形で構成されたそもそもがポモそのものがLGBTワナビーだったんである(©自殺美兎)。
意味ないよ。
adoは可愛い。
adoは可愛い。adoは可愛い。adoは可愛い。
何度でも言おう。adoは可愛い。
ado『うっせぇわ』と印象が異なり、adoのラジオでは普段は分からなかったadoの普通の本性が明らかになる。それは可愛い可愛い♀(女の子)である(もっともそれは極普通で面白くもない平凡な♀の幸福だが。当たり前だがそれが現実だ。adoだって女の子なのだ)。
サンリオが大好きで千葉のディズニーランドや長崎の遊園地、東京の遊園地も大好き(そりゃそうだ)。
極めつけは中目黒のどデカいスターバックスがadoの行きつけらしい(行きました)。
adoは当たり前だが陽キャ(になりたい)だし普通の女の子だ。
もっとも陰キャ気味の天才かもしれないが、それはメディアを見る側が勝手に作った印象に他ならない。adoは歌が美味すぎるからといって、adoそのものの人格は凡庸な♀なのだ。
これが闇チー牛やFランぼっちモザイクがプロ弱者かの真実だ。
adoは確かに陰キャかもしれないし歌い手かもしれないが、人間だし♀だからそれは365日もあったらスタバも行くし(しかも中目黒)、♀♀せざるおえないのだ(当たり前。このこととadoが陰キャなのは矛盾しない)。
(カッコいいって言ってもらえるカナ??)。
ゴロゴロしていたポモたちに対抗するLGBTを神に見立てる思想の対極として、新実在論という多様性を重視する思想が現れた。
LGBTに全てを依存していたポモの末裔たちは自らをもはやLGBTの如く、新たなLGBT?の進化としてネオ幕府や陽キャ哲学、アンチワーク哲学、性別破壊党、大西拓磨、だめライフと言い出した。
彼らにオリジナリティは一切ない。
ただ自分の個性を言い張っているだけだ(無限に天才が生まれる。これが私を超えたとかつて陽キャ哲学が提唱し今でもH田というアホが私に匹敵すると唸る稲葉くんの可哀想な正体だ。冗談でなく、これが天才は信仰に他ならないにも関わらず、彼らは他責の偶像に藁にもすがりたいのだ)。
仮に個性があるのならば、このようなのっぺりしたメンヘラたちの群れのことを総称したメタバース理論やせめて新実在論、嘘の多重化程度に収めておくべきだろう(©IQテストはクソ。藝大中退ARTIST大西拓磨)。
ようするに、左翼は同性愛から更に甘える方向へ進化を遂げて、なんでもありの脳内酔っ払い状態の100人の天才たちを作ることになった(©訂正不可能性の文学)。
これがゆとり/Z世代に蔓延する「バエる」や「タイパ」というポモを超えた新しい若者(甘え)、お気持ちの正体だ(参照にするべきポモはもはや古市憲寿のような空疎なTV文化人に譲った。これが新しい喜劇であり、この事実に人々はまだ耐用できず、東大総長/蓮實重彦の再来を演じるように「天才」成田悠輔が演出された(成田悠輔本人は図々しく言えば私に似た批評家としての二流さ、つまりマトモさが彼の良し悪しであり、蓮實重彦の再来をむしろ皮肉っている)。しかしバズりと知的IQの点で社会人能力としての強さを持つ古市憲寿に単なる学歴だけの成田悠輔は完全に超越はできなかった。これが古市憲寿とレスパして怒りちらした石丸市長を応援しながらも自分も日経テレ東もクソだったとしっかり総括した男・成田悠輔、いやデータサイエンティストの誠実さだろう(成田は負けを認める分、相変わらず彼本人の信念は素晴らしいが。彼ほどの美少年は存在しない分、彼は批評家というゲームでは2流なのだ))。
中高時代からモテモテな自分が大嫌いだった。だって、すごく恥ずかしいから。
人のことは言えないが、ポモ以上に甘えている彼ら「ゆとり」「Z世代」、それらに連動するインフルエンサー、または新実在論読まずの沢山の新実在論者たちは良くも悪くも社会人になりきれず、アカデミック、学校に安住したい人々だ(もっとも甘えそのもので逃げろやと主張した浅田彰という自称LGBTが現在の日本における人文知の「父」だからだ。これは冗談でもなく、統一教会2世の男の娘インフルエンサーの知人である荒金さとみさんとH田龍胡と対談した際に、H田龍胡が浅田彰が日本をダメにした戦犯と言っている(もっともそのH田の振る舞いそのものがイカ臭いじゃあなかった、ポモ臭いが))。
彼ら彼女らは観念論で新興宗教を信仰したい思いがあるかもしれない。
彼らに必要なことは1+1=2だ(©橘玲)。
もっと分かりやすく言えば古田さんはひろゆきに似た爽快感があるだ(©Fランぼっちモザイク&リコ)。
1+1=2が分からない?そんなわけがあるか。冗談も程々にしろ、古田。
いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ。これは全く冗談ではなくて、とある哲学者?は1+1=3と代表作の本で提唱し、実際に信者たちはその発言を拝みキリスタンの教えは拡散しているらしい。これはクリプキのクワス算から引用したもので(さっきから冗談ではない)文系やポモではこんな真っ赤な嘘で権力を維持したいらしい(ちなみに、これをスクショしてtweetしたところ、信者の中学生がLINEのホーム画像をその某詐欺師の1+1=3にしていた。こんなこと中学生でも分かる話なのに…)。
しかし、馬鹿は馬鹿なのだ。文系やポモで装飾しようと、1+1=3だと思い込むとある哲学者が大馬鹿の大頓馬なのは変わらない(もっとも宗教としては悪くない。こんなとんでもを自らは主張しながら、理系の落合陽一や若かった頃の宇野常寛や千葉雅也、荻上チキ、黒瀬陽平、藤田直哉、古市憲寿、NHK出版の井本?さんなどを抑圧してきたのだから、とんでもない話だ)。
なぜこんな当たり前なことを言うかと言えな権威主義者たちはこのような嘘に弱いからだ。
このことは殆ど指摘されていないし、某哲学者は信者で周りを固めているからである。
よって、1+1は2だよと言い続ける必要はある(こんな簡単なことをいちいち言わないといけないくらいに、文系はなんでもありなのだ)。
もっとも当たり前を主張する実務家の「天才」に成田悠輔『22世紀の民主主義 政治家はネコになり、選挙はアルゴリズムになる』がある。
奇しくも批評家のメンフェスは自らを目がないネコと主張していた。
統計学的事実を訂正することは不可能だ。
もしあるとしたら、1+1=2として地道に検査する必要がある。
誤解を恐れずに言おう。
adoさんだろうと♀ならばイケメンは好きだし仮に陰キャだろうとイチャイチャしたい。
性別を破壊と思う革命家がいようとも♀である事実はジャンヌダルクだろうと覆らない。
もし仮に性別を訂正可能性しようとも♀は♀なのだ。
あこぎな手段でゴロゴロしようとも(冷笑)、それは科学を超越することはできない(冷笑的なお気持ちと科学的な真実は似ているようで異なるのだから)。
いつの時代も様々な「甘え」や言い訳、大衆が観念哲学の常套句であり、これが広がりますとファシズムやヒットラーにまで成り下がりテロリスト山上徹◯まで成り下がるのだ(冗談でなく、このような甘えが様々な戦争や亀裂を私たちの尊敬する価値もない文系たちが行ってきたからだ)。
もっともIQテストはクソと高度な皮肉でこのメリトクラシー(権威)を批評する天才子役な大西拓磨くんも嘘の多重化と唸る古田更一を超えた「天才」稲葉くん(©陽キャ哲学&H田龍胡。もっともどっちが天才と名付けたか彼らはお互いに責任の押し付け合いをしていたけれども…)も肝心のその役割を権威者側からもらって権威批評している時点で、権威主義者たち、つまりスポンサーたちの盆栽程度でしかない。
これが「天才」の正体だ(©古田更一『大西拓磨 〜日本を変える唯一の「天才」〜』)。
大事なことは冷笑的にはそれらの争い事で良くても(100歩譲って)、科学的には事実は半分残るということ。
ようするに、彼らの殆どは資本主義の市場でたまたま残ったものをあるいはリスクをとるものを「天才」と呼ぶ。
それが稲葉くんや大西拓磨くん、adoだ。
しかし歌い手という声質でまだ測れる歌手のadoと異なり、人文系は曖昧だし政治闘争を帯びてくるから、なんでもありで内容よりもヘゲモニーの闘争が熾烈化する。
その結果が素朴な哲学回帰と某新興宗教家&千葉雅也たちが批評したマルクス・ガブリエルたちの新実在論である。
ようするにこの不毛な争いは、観念哲学の基礎を法にしようという独還りの素朴な観念哲学を復活させてしまった(©落合陽一 原理のゲームの文系版)。
先程から話している当たり前を疑いたい当たり前が分からない人々のだらだらとした後世は、アナタたちの生きる日常における「天才」たちの資本主義を憎む資本主義者たちである。
無敵の笑顔で荒らすメディア
知りたいその秘密ミステリアス抜けてるとこさえ
彼女のエリア完璧で嘘つきな君は
天才的なアイドル様
今日何食べた? 好きな本は?
陽キャ哲学の主張する通り(©『超 陽キャ哲学』参照)、漫画『推しの子』は資本主義競争を勝ち抜いてきた♀、つまりアイドルが(冷笑)、妊娠し子供を育てながらアイドルwを行っており、因果なものか、理想を裏切られた狂信者に現実のシングルマザーとして刺されてしまう(科学。©宮台真司が刺された。当事者意識のない社会学者の末路。陽キャ哲学chより。もっともそれがH田龍胡の限界だろう)。
この寓話は女性の生きづらさを表しているw(©サイバー・フェミニズム。石破に負けた高市が良い例だ)。
もっともこの寓話には宗教は簡単に金を集められるし、それそのものが仕事じゃあないかという話しもある。これが私たちの生きる社会だ。
そして、大多数の敗者たちを生み出し、一握りのギフテッドたち、あるいは少数のゴロゴロして日常を満喫する普通のサラリーマンたちが勝つのが資本主義という社会人というゲームなのだ(資本主義は一概に悪ではないのはコンビニのアルバイトをするだけで生活保護で生きることは可能だからだ。(科学))。
ただし、その批評家メンフェスはポモを信仰するふりをしながらも無意識下で上部構造に「ゆとり」をつまり戦後という物語をTVを信仰してしまっている古市憲寿という諦めの権威主義者だ(©宇野常寛は酔っ払っている)。
マイルドヤンキーな陽キャな彼らはTVのタレント文化人を目指す資本主義者たちだ(インフルエンサー!)。
チャイルド(天才子役)や♀、ネコがたまたま上がったり下がったりして、その資本主義のシーソーにお墨付きをあげる神官たちがデッドラインで暇と退屈の倫理学者たち、千葉雅也や國分功一郎だ(國分功一郎論はメンフェスが甘えるから、あえて割愛させていただく)。
下品な例だが、LGBT自慢されても困る話しで、荒金さとみさんが等身大の1つのLGBTに関わらず(レオ丸も!)、汚い(かもしれない)公衆便所(ハッテン場)と駒場?(どこでもいいでしょう)あたりの行き来を書いた人文系エリートのLGBTの日常が美しいのだと千葉雅也は提唱し(自慢することか?)、この事実に(陰キャだと見下しながらも)嫉妬し自分もゴロゴロしたいと唸るのが陽キャ哲学者(なんだそれは?)ことぱくもとである。
冗談でもなく、再三繰り返す通り、ポモな浅田彰がお墨付きを与えた雅也が身体を張ってLGBTを張るのも、彼らを感動させた橋本治がLGBTを誇った冒頭に起因する、その実、極めてホモソーシャルな関係性(クイア!)だからだ(クイアってなんだよ…)。
ようするに、LGBTじゃあなければ、そして関東を捨てて茨木から関西まで上京しなければ哲学者になれない。これが儲かるポモであり、そして異性愛者だと訂正可能性する他はない陰謀論者に成り下がるのだ。
このLGBTが果てしなく賢いか、正しいか、あるいは、新実在論者たちが果てしなく賢いか、正しいかは、千葉雅也と某宗教家が対立した通り(内ゲバばっか)、同性愛者と異性愛者たちの棲み分けに他ならない。
もっとも多様性という点でLGBTをまず優先するのがポモであり(荒金さとみはミシェル・フーコー)、様々な実存を救うのがこの新実在論主義、ユニコーンは存在すると思えば存在するよだ(マルクス・ガブリエル『なぜ世界は存在しないか』)。
これはどちらもgoogle10ヶ条を代表にした大企業営利『コンプライアンス』の思想となんら変わらない(©批評家メンフェスくんが一切買わない最高の批評書『とあるSF的想像力育成講座』より。このメンフェスくんの厚顔無恥さはネオ幕府相川や外山恒一、宮台真司に重なる)。
「多様性」という優しさが現在の政治であり
(コンプライアンスに関しては説明しない。メンフェスや刺された宮台真司、相川に泥棒されたくないからだ。泥棒するなら♀の年上の守銭奴?FPもとこ、あるいは1筋のまだ♀を捨てていない性別破壊党首へその情報は渡すべきだろう。♀を日夜踏み台にし緩やかなホモソーシャル空間を維持しだらだらしたいのが戦後という若者な古市憲寿であり、その構造に無自覚なメンフェスや相川、ミスター、宮台真司、外山恒一といったネコたちネオリベである。ひろゆきを批評する権利は彼らにはない。こんな長文になるのは当たり前が通じないぐらいに彼らは病んでいるのだから(典型的戦後家族の構造に怯えているから))、
この寄る辺のない地獄は幸福な国の絶望の若者たちだ(©メンフェス)。
科学的には幸福にも関わらず、冷笑的には人文系、大半の文系はお気持ち、主観としては生きづらい。これが今の若者だ(その若者すら少子高齢化により作られた偽のアイデンティティである)。
シンプルにして最高の「甘え」、処方箋を無料で紹介しよう(評価経済が稼げる!)。
それは諦めることだ。
本当はあるのだ、この問題を解く処方箋が。しかし、その処方箋はアナタが一生作者になれないという自己実現をadoである私がギフテッドである私がアナタたちから奪ってしまうことになるからだ(©とあるSF的想像力育成講座)。
根本的な解決は、ギフテッドをadoを本物の天才をしっかりと見つめる凡人たちの裁きが必要である(IQ100は素晴らしい問題。『なにもしない方が得なニッポン』を参考)。
TVに映る天才子役は天才でもなければ、奥様方たちは若者たちを搾取し続け、若者たちを◯んでいいと構造的に追い込めた上で、「多様性」という言葉でマッチポンプし続け、偽りのTVに映る若者「古市憲寿(39?)」は今日も「若者らしい若者」を演じる。
これがトゥールマンショーであり(冷笑。浅羽通明『星新一の思想』)、京都アニメーションが正当に燃やされたかもしれない話しだ(科学。橘玲『DD(どっちもどっち)論』)。
当然のことながら、同性愛者は基本的には関東では◯める、あるいは無視するべきだ(個人としては別だが)。
なぜならば、それは京都のお家芸、夜の鳥がカーと鳴き、バカデカい愛なアンチワーク哲学による陽キャラな哲学だからだ(浅田彰『逃走論』。逃げろや!逃げろ!どこまでも!)。
〜ここからはラノベである〜
ひろゆかない「1+1が2って分からない人がいるじゃあないすか?それって頭が悪いってことっすよね?」
ひろゆき「いや、そういう多様性を…」
ひろゆかない「それ!あなたの感想ですよね?!」
ひろゆき「w」
〜ラノベ閉じる〜
ポモ!ポモ!ポモ!新実在論!新実在論!新実在論!
阪神タイガーズ(同性愛者)vs 巨人(観念ワールド)、この関西か関東かの違いは、そのまま貯金1000万円ある批評家メンフェスが陽キャ哲学という現人神に(つまり都会人。池袋は都心だよ!)従いざるおえない関東人だからだ(貯金1000万円の経済的勝者たちは政治的勝者/活動家を憎みざるおえない。彼らから金銭を要求するのが、新実在論だからだ。そのネオリベ的結末としてポモを関東人でありながら信じたふりをする他はない)。
この長すぎる結論のない話は笑えない。だって今現実でぐだくだと起きている答えなき観念と観念のぶつかりあい、そしてそのせめぎあいだからだ(©メンフェス『ART OF SURVIVAL』。この時不愉快だった批評の現人神のH田が文学として陽キャ哲学になったにすぎない。➫『幸福な国の絶望の若者たち』)。
もっとも私たちはもう1度ado『うっせぇわ』をちゃんと聴けたか?という本物の神との対話が重要になるだろう。
adoの歌はギフテッド(本物の天才)によってもたらされた、究極の神である(冷笑)。©デブは走れ!男の娘idle碇(とある迷惑な古田Kid’sの戯言(お気持ち))。
もっとも古田更一、オレも神に愛された論理思考、1+1=2が分かる神だ。ようするにオレは古田更一は可愛い(男の娘!)。
これは冗談ではない(マジで。皆さんの無意識の欲望に答えずに答えます)。
やーい♡やーい♡弱者男性♡とからかう生意気な♀のことをネットスラングでメスガキと呼ぶ。
私の元カノは割と普通に美人で容姿は可愛いものの、性格は明らかにブスに近しいかもしれない(皆様が見る萌え美少女は現実には男装した女性が正しい。それが男装されたvtuberたち、サイバーフェミニズムの悲劇である)。
これが人がホモソにハマる原因であり(©堀江貴文という中上健次)、LGBTをあの浅田彰が止揚する背景は冗談ではなくギリシャ哲学の古代は美少年とのHな話ばかりだからである。
美少年とは男性のIQの高さを優位に持ちながら、その才能を生かし女性の平均的で均一的な優しさ(IQ100)を超えてAI的に対人で振る舞える神の人格を男の娘と呼ぶ(古田更一)。
つまり、哲学=男の娘であり、けだし古田更一Kid’sの碇くんが私へ破廉恥にも可愛い!と年上へ発情している気持ち悪い背景である(女装して学園祭へ飛び込め。吐きそう♡)。
もっともこれはやぶさかではない。adoが顔出しをしない背景は歌い手という文化を守りたいと言っていて、様々に新しいidleが登場する批評家になりたい!と願った少年の思いはそのまま半分知的なジャニーズへ入ることと同義だからだ。
(◯ぬほど恥ずかしいから言いたくないが、街中で古田更一さんですよね?と話しかけられたことは5回前後ある。東大の五月祭を入れたらもう知り合いだらけ。しかも、ジャニーズ・オタクに古田さんが橋本環奈は本当だったとも言われた)。
批評というカルチャーの敷地の低さを守るならゲーム理論やギフテッドという科学を振り回さず、アナタたちでも誰でもなれる批評系YouTuber(つまり歌い手)古田更一くん、technologykunを演じ続けなければいけない(technologyが思想になる。古田更一大好き!とある古田更一Kid’s・lan malcom(イアン・マルコム))。
このギャップに引き裂かれたボク、KKは古田更一という美少年idleを演じざるおえない(まあそういうことだわな…。元電通の◯◯。とか冷笑しそう)。もっともボクより当時は人気だったリアル古市憲寿なH田龍胡はDNAそのものが冷笑、つまりidleのため「天才」男の娘を演じ続けた結果、精神を病み、引退にまで追い込まれ、刷り込みられた男の娘は忘れずに、自らH田塾と提唱しショタガキ臭い稲葉たるものに舌よだれをたらしているかもしれない(無自覚的だからこれが確率的に成功すると様々な同性愛的な被害者たちが社長側に回り、つまり老いることでショタをSする側へ回れるという傷だらけのジャニー喜多川の闇である(実際にジャニー喜多川に掘られて喜ぶ人々もいたらしい。ごめん願いたいが、ジャニーズに入りTVで流されているクリーンな有名人とはポモの1つの現れなのだ))。
自慢になるから言いたくないのだけども、割と自分の様々な人格の美しさには自信があります(©自殺美兎。月ノ美兎は自分のエロ漫画が描かれようとシラケているのだ!)。
だから、あまり言いたくないのだけども、私は「天然」を精密に計算してやっている(H田くんとは違って)。(あまりに精密すぎるもんだから腹黒くはないけども某有名声優に古田くんの悪いところは優しすぎて才能のない人の気持ちが分からないところと言われたことが有る。自分に自信がないし興味がなかったため自分が天才だということに今さっき気づいたよ)
しかし、これは信念があるからで、自らのキャラである「天然」を隠してしまったら、すなわち批評家という漫画家(文学者!)で自分がいていいのか?という疑問がつくからだ(勇気)。
自らの可愛さとしてメスガキムーブ、つまり挑発は計算したとしても非合理にやりざるおえない。つまり、それが古田更一というキャラを演じる(描く)1人の批評家志望の画家の理想だからである。
もっとも就活の延長線でBLをMからそしてSから再生産する様々な男の娘たち(冷笑!)と違って、純粋異性愛者の共学出身の自分は本気で冷めている(科学)。それは完璧な男の娘、つまりAIに近しい初音ミクなadoであり、私、古田更一は某哲学者に認められた批評の神様に近しいからだ(本は破れ!科学。様々な批評を繰り出せるし、模倣も得意だが、できるからにすぎず、科学者は男の娘になれても、男の娘を消費する責め側は苦手だからだ。これがガーシーという責め側と成田悠輔という冷めすぎている受け側の違いである)。
しかし、私たちはギフテッドと呼ぶにふさわしい令和の歌姫adoからもう1度学ばないといけない。彼女は確かに皆にとって都合が良い「天才(テンサイ)」だけども、同時に1人の「♀(メス)」なのだ。彼女はアナタと変わらない普通の人間であし、アナタと同じことに喜びアナタと同じことで悲しむ1人の無キャであることも忘れてはいけない(そして、彼女がどれだけ「天才」として苦しかったかを皆様は知らないといけない。それが陰キャがプロ弱者な理由である)。
そして、人々は余りに強烈なギフテッドを不謹慎とレッテルを貼り付け(うっせぇわ!)、時に「統合失調症」呼ばわりし精神異常者扱いし無限にぼっちにし精神病院へ連れ込み吐くまでギフテッドが精神障害者/発達障害者と泣き叫び認めるまでアナタを隅々まで検査するだろう(冷笑)。これが心理学であり性別というげえむなのだ(科学)。
adoは傷ついた。adoは傷ついた。adoは傷ついた。そして誰しもが彼女を陰キャ、不謹慎扱いを両親も元恋人すらも日本人全国からされているかもしれない。これが大西拓磨でも稲葉でもない「本物の天才」がXを親権には呟けないギフテッドの悩みである(真剣なツイッター。大学時代に書いた小説は人に見せられない。地獄だったからだ)。
人々がLGBTに価値を見出す背景は、冷笑的に男と男を受けか責めかで判断するからだ(BL&やおい)。リアルでそのような階級社会を作り、女性は自らの性別破壊を望み(©阿部智恵)、女性たちは自分にはない棒を意識し男と男が作り出すホモソを肯定(BL)する。
これに疲れた大人♂たちが女装するために見るのが日常系アニメで『ぼっちざろっく!1巻』で描かれた通り、その世界は天国のようで美しい。さながらユートピアのような(モザイク『現代アニメ評論』)。
もっとも京都だろうとポモ(BL)だし(夜鳥「京都はすごいから!」)、東京だろうと新実在論(ホモソ)だ(モザイク仮出版『東京という洗脳』のような話を動画で聴いた)。
問題はギフテッドの私のように科学的に男性性を演じたり離したりして自らのメンヘラを完璧に治療することであり、それが不謹慎系YouTuberだった。もっともそれはado『うっせぇわ』も惜しいながら良いところまでいっていて、キャラ(文学)を愛しながら俯瞰するこのシラケつつノり、ノりつつシラケることはそのような言葉で表現してしまった段階で見失ってしまう(H田龍胡『YouTuberのなりかた』には精神治療をすると書いてしまっている。それがメンフェスが甘えを治療できない目的という系に、あるいは性別破壊党の阿部智恵さんが性別を破壊する目的の系そのものにハマっていることなのだ)。
治療としての科学主義としての戦争が重要になってくる。もっともそれは身体性に裏打ちされた藝術的センスとナショナリズム、自分とは何か?が重要になる。
それが帝国美術学校(現 武蔵野美術大学)に美少年たちが集まった背景である。アナタは私を、いや私たちを買わないといけない。しかし、それはBLを超えた(冷笑)、本質的な美少年(科学!)として。
adoがもし「天才」ならば火あぶりにされた松本杏奈あるいは弱者男性に燃やされた京アニになるだろう(夜鳥「京都はすごいよ!」)。
adoは東京医科歯科大学医学部YouTuberH田が冷笑できるような、あるいはポモな浅田彰が♀だからと冷笑するような激しい愛憎のBLからの♀断罪じゃあない(アンチフェミニズム)。中沢新一はそして古田更一は科学的なポエマーたち、つまりギフテッドたちは(ARTIST!)、科学的にadoを等身大から鋭く音を感じることだろう。
私の好きなadoの曲に『永遠のあくる日』という冷笑できないadoの嘘(technology)で完成されたadoにしては数少ない恋愛SONGがある。しかし、これは実はadoの半分実話だと意地悪なフェルミ推定(ロジハラ)しよう(m(_ _)m)。
adoは「天才」であるのだけど、1人の誰かにとっての「美少女」なのだ(adoはプリンセスだと当時思っていたらしい)。adoの作風を壊すわけでなく、adoには必ずや好きになってしまうメロメロな男性がいるだろう(ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙)。
(しね!しね!しね!しね!くそ!!あああああああああああああああああああああああああああああ)。
自主規制(本は破れ!)⇦照れ隠し。
コホン。
で、そこと『うっせぇわ』の「天才性」、つまり、最大公約数、IQ100で出来た目がないネコ(メンフェス)がヨダレを垂らして愛する『22世紀の民主主義 政治家はネコになり、選挙はアルゴリズムになる』のアルゴリズム、つまり数学、technologyに注目して欲しい。1+1=2は確かに難しいけども、それはこう言い換えることができる。
あの「天才」のadoですら1人の異性の前では「天才」をやめることだろう。もっともその家族を守る行為は余りに醜い、悲しい、やめていただきたい。
どこまでいっても、恋は愛は地獄だ。IQ100で冷笑ごっこはやめて、現実の恋愛を見ろ。これが本当の革命であり、これが本当のレクエイム(鎮魂歌)だ。大人になれなくなったポモな戦後を生きる古市くんへ、そして石丸市長に怒られたピエンな山崎玲奈の誰かに話したかったことが好きそうな佐々木チワワちゃんへ。
宮台真司は刺された。次はキミたちだ(脅迫ではない)。社会学村はおしまいだ。自殺した江藤淳が日本なのか、それともだらだらといまだに東大を演じる蓮實重彦の映画が日本なのか。デリダは臆病者の田舎の鼠だ(私、田舎の鼠は…。マキマ『チェーンソーマン』より引用)。
どこまでいってもYouTuber。(『YouTuberのなりかた』H田龍胡)。
アナタたちは目がないから本は読めないしBLは治らないし真実へ到達することはできない(メンフェス『ART OF SURVIVAL』)。
そして本を破るという美しく崇高な行為に走れない平均はIQ100は悪霊というお気持ちを懺悔せざるおえない。
顔出しして男たれ。そして国家と戦え。そして、こうしてキリストは軽蔑されながら処刑され、冷笑しながら弟(BL漫画)は兄を身に纏い帝国美術学校を建設したという。これが北一輝と北エイ吉の激しく引き裂かれた戦場のメリークリスマスであったことは肘を叩きつけたくなる。
ある1人のadoは、ギフテッドは彼らに眼福される美少女、いわゆる橋本環奈はロボットサッカーをしながらこう言った。
「うっせぇわ」。
本は存在しない。
ようこそ、現実の話へ。
恋をしてしまった 涙のあと
洗う雨は虹の予告編だ
なぜキミがここにいないんだろう
世界一有名な言葉を強がってみたり
La La La Love
まるで映画のエンドロールだ
あいしてる あいしてる なんて
さよならみたいに言わないでよね
もうあいしてるあいしてるなんていわない
(省略)
懲りずに飽きずに
Love Love Love
Love Love Love
愛してる…
〜ado『永遠のあくる日』より引用〜
あ〜だいちゅきですよ〜ぎゅ♡
あれ…ミュートしないでも、文字起こししてしまってる…?
朝鳥くん「古田さんって優しすぎますよね」
それが本物の美術だよ,朝鳥くんー。
KK「エル・プ・サイ・コングルー。ようこそモザイク倶楽部財団こと批評系YouTuber集団ChaosForestへ.キミもオレの許嫁(フィアンセ)だ.
いや.下僕になりたいです♡.よろしく〜m(_ _)m」
ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙.

@ALL
あーアンチの皆様、こんにちは。
ギフテッド(天才的健常者)の古田更一です。
司会者に貯金1000万円ある勝ち組のメンフェスくんがいるので、苦情やクレーム、お便りは秀才の彼によろしくお願いしますm(_ _)m
外山恒一合宿で最も成績が良いのは彼、イールくんなので、秀才は早稲田ごときではなく、筑波大学へ再受験なさるのをオススメしますm(_ _)m
@All
ただ安心してほしいのは、
アンチの皆様、ボクも半分落ちこぼれです。
2浪人もしてますし、藝大には入れませんでしたし武蔵野美術大学を中退していますし株式会社DeNAもインターンの途中で元親友にポジションを奪われました。
だから、大事なことは、
「本質」を見ることです。
私はたまたま「ギフテッド」、
生まれたときから天才でしたが、その分受験勉強はできません。
小論文入試をたまたま武蔵野美術大学が設けてくれたから受かりました。
ありがとうございますm(_ _)m。
私は貯金が1000万円もなければ、筑波大学なんという高学歴でもなければ、amebaにも出れません。
ただ今日は私を拾ってくれた「唯一」の武蔵野美術大学、いや、
帝国美術学校を語ろうと思います。
関東ならば、北一輝。
関西ならば、石井四郎。
陰謀論でおなじみの300人委員会と石井四郎は繋がっているとよく言われてますが、まあ大体正しいと思います。
で、
その関東の鬼才、北一輝の弟が任された教育機関が
帝国美術学校です。


ここに集まっているとびっきり優秀な現代の本物の武蔵野美術大学生たち、いや帝国美術学校生田ちに話したいこと(未来を担う人たちへ)。
アナタたちは一応「革命」を志した、あるいは道半ばで諦めたか、あるいは性別的に困難か、
というアナタたちが必ずや今日知らないといけない左翼史の裏側は(コウイチ三兄弟?!)
京都大学の浅田彰や望月新一というのは731部隊の石井四郎の末裔だと判断しなければならない、かもしれない。
ようするに、アナタたちのような怠惰でメディア的で小市民なアナタたちの信じたポモの真実は結局のところ、
半分以上国際金融市場、300人委員会やダボス会議、フリーメイソンに参加していたことになるかもしれない(間接的に)。
その実験の失敗が731部隊でも有るし連合赤軍でもあるし、
オウム真理教かもしれない。
もっとも浅田彰や望月新一、そして石井四郎といった京都の方々を安直には責められない。
問題なのは、その程度の工作で煙に巻けると考えてらっしゃる底の浅い浅田彰氏や望月新一、そんな彼らに甘えながらも搾取されて怒る女性や子供にも原因が有るからです。
「甘え」。
話しを戻しましょう。
では、関東の北一輝はどうなったか?
あまりに真実を国体改造論を話したものですから、見世じめに処刑されました。
そこで弟が彼のエートスを受け継ごうとした殆ど陰謀の機関が帝国美術学校の裏面史だ。
もっとも北一輝の弟は役所仕事だから、最終的に多摩美術大学へ移籍して陰謀を広めようとする。
それが今で言えば多摩美術大学藝術学科元創設者の
オウム真理教をアジテーションした宗教学者「中沢新一」かもしれない。
ようするに、ナニを言いたいか?と言えば、
月ノ美兎というvtuberやその歴史的な地政学的に武蔵野美術大学、いや帝国美術学校は最新のtechnologyを駆使した治外法権の場所なのです、かもしれない。
しかし、それは毛沢東が様々な人間を虐殺し尽くしドナルド・トランプが暗殺されかかるようなことが世界あちこちで起きている中で日本だけがそう平和ボケしているはずもなく、他にも北朝鮮とつながっている機関も日本にありますが、当たり前の現実、私たちは戦争をしてきたんだという現実は今この瞬間にもあるわけです。
武蔵野美術大学映像学科は知って知らずか、
メタバース、皆様の普段みている情報の為替操作のために教育された子供たちかもしれません。
もっともどうして北一輝の弟だけが多摩美術大学へ追い出されたか。
簡単です。武蔵野美術大学の教授は自らだけがこれらの情報を握りたかったからです。
これが通俗から消された帝国美術学校における関東の真実です。
これらを知ったほうが良いとは言いませんが、現にそれらの地盤やネットワークは関東ならいたるところにうようよと連結している。
これらを最低限知らなければ、革命は不可能。
これが歴史です。
なので、アンチの皆様に怒りもなく、このようなことを圧縮して小論文で書けば誰でも今の武蔵野美術大学ごとき入れるので是非とも無味乾燥に脱色され尽くされた今の殺風景な武蔵野美術大学という闇へ入学するような
ようするに、
そんな野心の有る学生たちが出ることを祈って。
そんな危なかっしいメンヘラとはかかわらないように退学してしまった単なる神奈川の田舎者ですよ、ボクは。しょせんは。
頭の回転が早いだけの1人の男の小論文入試の思い出でした。
大好きなくだらない大人たちの陰謀論語りでspeechを終わりにします。
批評系YouTuber古田更一。
話したことなかったけど、
松本人志ととんねるずは政治家として尊敬しているんだよね。
よく二人のお笑いは研究していた(リンカーン&とんねるずの皆さんのおかげでした)。
面白くないお笑い芸人に共通しているのは、
「お笑いが政治だ」という当たり前が見抜けていないことだろう(つまり、お笑い芸人ほどつまらないものはない)。
不謹慎系YouTuber古田更一。
私は私に興味はない。しかし私を紹介しなければ私ではないだろう。
今私の手元には『古田更一に祝杯を』(絶版)という私が書いた私の自己紹介本がある。あまりに完成度が高すぎるけども、一方で分かりやすく伝えようと文芸的表現に走りすぎている嫌いがあり、その文芸的表現が返って私の得意とする才能、ゲーム理論を感覚的にしか伝えきれていないということが問題だと思っている。
今回はより厳密に緻密に古田更一、つまり武蔵野美術大学中退アーティストであるこのギフテッドの私とは何者か?をより厳密に言語化してゆきたいと思う(そして、私という等身大のギフテッドを知ることでこんなもんか…とバイアスが取り払われるだろう)。
もっともこの本は藝大中退アーティスト大西拓磨現象解説書である『大西拓磨 ~日本を変える唯一の「天才」~』における姉妹本的な役割を持った本だ。あちらがより専門的な内容を扱ったとしたら、こちらはより即行性の高いことに特化してゆきたいと思う(ようするに私とはナニか?という自分語りになる)。
ゲーム理論の話をする前に私の個人的な体験談を語らせてほしい。
学校というのは一つのカルトかもしれないという話である。
私はとある神奈川の中高一貫校へ入ったものの、そこでは歪んだ共産党教育がなされていた。曖昧で恣意的で文系的な表現が跋扈していて、それにも関わらず完全な答えを探しざるおえないいわゆる洗脳教育のような状態へとなっていた(これは明らかに真実かもしれない)。
もっともそこで理系へ走ればいいかと言えば、これも文系という宗教を恐れたゆえの反動に他ならない。
こんなカルト中高に所属していて文系的な視野から理転しようと思うヤツこそ、ソイツこそよっぽどカルト的で文系的だからだ。
私が高校時代は数学オリンピックが界隈、友達たちだけの間では流行っていた。そこで私はSGEとか駿台、東進で東大数学が勉強できることを知る。
もっともそれらは馬鹿馬鹿しいと分かっていた。だって、彼らは俗に言う陰キャで陰キャであることは悪くないけども(YouTuberのなりかた!)、ジメジメしていて普通の人だったら分かるような簡単な問題が分からないような人々ばかりだったからだ(社会人的な能力や資質が低い)。
かといって文系へいけばIQが下がってしまう(大きな声で言えないが、この法則に気づかずに世界の大学は人間の知能指数を下げる教育をしていることになる。この恐ろしい真実は橘玲ですら直感的にしか理解していないだろう。もっともこの不都合な真実をいちいち書くのは憚れるし、書かないかもしれないが…。現象としては宗教という枷とでも言おうか…)。
ようするに理系も文系も片方しかやらないと病むことを知覚していた。
この二つで当時悩みながら暗記(宗教)もできないよという遺伝子的な限界(冷笑)もあり、どのように大学入試を突破しようかと考えているときに元々お坊ちゃんで初等部から在籍していたOくんが美大入試を受けると言いだした。
暇だから彼へ着いてゆき、六本木へ行ったらとんでもなく面白かった。
無料で様々なオシャレなものが見れて、そこは佐藤可士和のdesign群があったのだ(六本木多摩美術大学パブリックス?だっけ。ビルの中にある)。
「これだ」と思い、一方で漫画家へなりたい気持ちも少しあったから、武蔵野美術大学造形学部デザイン情報学科を私は目指すことになったのだ(もっとも漫画もデザインも権威だと後から知る)。
もっともこのデザイン情報学科が正直な話、嘘で溢れていることを見抜くことは失礼ながらなかなかすぐには見抜けなかった。
ここからはすごい重要な話だから注意して聴いてほしい。
たぶん興味がないと思うだろうけど、武蔵野美術大学には芸術文化学科とデザイン情報学科がある。ここは文系的なパズルと理系的なパズルの違いがあって、どうしてもボクはこの後者における理系的なパズルで作られたデザイン情報のパズルを精査できなかった。
芸術文化学科へ入って思ったが、みんな国立に落ちてその滑り止めで入っている人々ばかりだった。ようするにデザイン情報学科もおそらく理系の滑り止めである可能性が高い。後から知ることだが、早慶というのは東大や京大の滑り止めとして利用されることがあるという。ようするにそこには奇妙な階級社会を肯定する右派的な自民党的な本音を皆抱えているんだぜと私は理解した(文系も理系も適正パスにすぎない。私が書いた理系の恣意性はAIをAIするAIに詳しい)。
自称進学校だったせいか奇妙に意識が高かったから謎の心理テストたちとはよくあった。
とある暴力を振るうことで有名な先生がメンヘラを患い、たぶんボクへ謝りたい気持ちになってボクを知るために緊急で道徳の授業が開かれた(こちらとしても申し訳がない。ちなみにこの話は藍原タユ氏と歩いているときに話した記憶があり、YouTubeで話したことがあまりない)。
パワハラ気質の先生に被害にあった生徒たちはたくさんいるが、その中でも「私」だけは先生には不可解で理解できなかったのだ(けだしこの本を渡したい)。
今思うとあの道徳の授業は「私」という異常者を先生が知るために開催された気がしてならない。唐突にあんなに受験勉強を熱心にやらせる自称進学校で1日だけ道徳の授業が開かれたのだ(道徳!)。しかも数学の全然関係ないパワハラ気質の先生から。
その1日だけの特別授業はたぶん中学校3年あたりだったと思う。
大きい縦長の教室で唐突に「トロッコ問題」というものをボクたちへ先生は話しだした。
確か記憶の通りならば、トロッコが襲ってきて線路には4人ほど人がいて見逃したら人が〇んでしまう。
でも、アナタの目の前にあるレバーを引けば、その4人を救うことができる。ただし違う線路にいるデブを一人〇すことになるのだ(アナタの主体によって)。
これは究極の選択というヤツで、主体的に命を助けることで、一人を犠牲にしないといけない、アナタはそれでもレバーを引きますか?という授業だ。
信じられないことに、ボクと数名以外35人ぐらいはレバーをひかないという選択肢のグループへ別れた。
その時にレバーを引いてデブを一人〇して4人を救済する側はなんとほとんどいなかった!
その時に先生がボクのこと怪物を見るような目で見たことは忘れない。
「オ、オマエはどうして人を〇せるの?」
先生はおどおどした口調で少数派のボクらに聞いた(もっともデブを〇す側はほとんどバカばかりでボク以外話せなかったし、そもそもその先生と因縁があるのはボクだったのだ)。
「功利主義っすよ」(ググってください。パノプティコンを作った男の確か兄である経済学者が考案した概念だ)。
そのような言葉を当時は知らなかったが、そのようなことを早口と活舌の悪さで話した覚えがある(当時は活舌も悪かった)。
4人の命を救うことほど素晴らしいことはない。そしてそのためなら自らの手で一人〇めるのは仕方のないことだろう。
そうボクは話した。
先生は本当にボクのことを怯えるような目で見て「ごめんな」と言った。
ボクはこのときに薄っすらと自分は(冷笑)サイコパス(精神異常者)じゃあないかと疑ってしまった(しかし、優しさで溢れている自分でそれはないのだ。これは本当に枷のようなもので)。
もっともこの話には裏話が今だと言える。
トロッコ問題の原典を読んだけども、これは問い自体は面白いが、頭が弱いイギリス人あたりのメスが書いた説教群のようなものだ。
ようするに怒りはないが、頭が良いフェミが書いた女性有利になるように構成されたパズル、数学政治だったのだ(数学政治は後ほど解説かAIをAIするAIで解説)。
トロッコ問題はイギリス女性の典型的な政治に他ならない(不思議の国のアリス)。
ボクにとって衝撃だったことがある。
それは高校時代に核を持つべきだと書いたら、殆ど点がもらえなかったこと。これはボクの周りのオウム真理教臭い数学が得意な連中たちもはんべそをかいていた。
核反対という頭の弱いことを書いている人が社会科でいい点をもらっているのだ。
流石にこれはほとんどの男の子たちは憤っていて、文系へいったら〇ぬというコンセンサスが半分以上の男の子たちへ伝播してゆっていたと思う。だから、ボクが特別というよりもボク以上に治安が荒れていて、理系のクラスとかは先生を大泣きにさせるなんてことは頻繁にあったという(ボクは現役時代は商学部志望、つまり文系だった)。
でも、これは今でも思うが、仕方がないことだった。
核反対なんて頭の弱いことを書いてその場で点を稼げることを「世渡りが上手い」というのは分かる。
そして実際に核反対と書いた元生徒会長は推薦で早稲田の文学部へ入ったのだ。
これ程絶望的に理不尽な社会は無いだろう。
それでもボクは核賛成へ判を押しざるおえなかった。
言っておくけど、しょうもない話でこれは「逆張り」だ。
ボクは当時も今も社会問題にさして興味がないから、優しさでみんなが核反対って書くんだろうなっていう予測から逆張り的に「面白がらせよう」と思って核賛成と書いた(そもそもプラグマティズム、核を持つか持たないかは状況によるだろう…)。
ところが、状況は違う。
なんかシリアスに核賛成派と核反対派がピリピリしているのだ。
これでボクは核賛成派に判を押す輩もマジでおかしいことに気づく。これが理系もしょせんはパズルを活用した政治運動にすぎないという数学政治である(©ボク頭良くないですよ。大西拓磨)。
大学には失望していた。
それでも大学を受けなければならなかった。
大きな声で言えないが、浅羽通明博士は甘えている。そもそも世間に適応過剰こそ病むバイアスはあるからだ(もっともガチャで成功した私が言える話でないが…)。
だが、統計上誰かが統計を超えた存在を演じる必要があるから私はあえて貧乏くじをひいてあげたのだ。
これが統計の数学政治の解き方だ。
「天才」だ~!と後に東京学芸大附属に合格する当時の神童扱いされていた友達とその周りに天才だと言われてイジられていたことがある。小学校の頃の話だ。
どうして?と聴いたところ、S先生という人がボクの事を天才だと言っていた。
その先生は古い人なので軽くセクハラまがいはされたが、ハッキリ言うと怒りはない。宮台の言う通りそれが「世間」だからである(冷笑)。
もっとももう一人の先生にはあまりに人格は欠落しているからヤバいよ!とずっと怒られたことがある。アナタが心配だと。アナタみたいな異常者は初めて見たと。
申し訳がないが、どっちも外しているなと当時は思っていた(科学)。
(天才!異常者!2つの意見は聞き飽きていた。どちらも空にすぎない)。
ボクは自分にあまり興味がないから、この天才と人格欠落者という二人の先生の批評はどちらも一面を言っているだけにすぎないなと思っていた(なぜなら自分の事で悩んでいるのは自分だからだ)。
当時の事で一番印象的に残っているエピソードがある。
彫刻の授業中にすごいスピードで木を削っていた。
今でもよく起きるが、あまりにすごいスピードで掘るもんだから、指を切ってしまった。痛かったけど、それは今でもあまり興味が持てない。
自分が痛い!と思うのは苦しい反面、それはあくまでも脳内から出した自分を守ろう!というバイアスにすぎない(バイアスの意味はググってください)。よって主観的な反応である(科学)。自分が勝ちたいというのは主観で意味はないのだ(宮台真司?!)。
生存本能は主観の自己防衛本能にすぎないから、注意して自分を俯瞰すべきだ。
血だらけになりながら、自分のこの奇妙なバイアスを面白いなと思ったことがある。小学6年生のときだ。
自分が生きたい!と思うのは、バイアスに他ならない。
もっともこの話を年寄りに話すと納得されることが多い印象。
若者たちにこの話をしても、ナニを言っているんだという顔をされてしまう…。
あまり大きな声で言えないが、〇ぬことを考えすぎてパニックになってしまい中学二年生のときは人生で一番キツかったかもしれない。
下手したらアノ時こそ躁鬱症になっていた。
もっとも漫画を読んだら、そのことは解消された。
(阿部共実、模造クリスタル、つげ義春、押切蓮介、福本伸行、panpanyaなど)。
なぜ人間が死ぬのかは文学として面白すぎる。
浅羽通明博士は嫌いじゃあないが、彼が明確に外していることを言おうと思う。
冷笑と科学は違うことだ。
オウム真理教の問題のナニが問題かと言えば、殆どの大人たちは冷笑でオウム真理教をあの浅田彰先生含めて処理しようとしていることだろう。
冷笑と科学は全く違う。
冷笑はしょせんはSF的な話にすぎない。
一方で科学は人間の直感とはズレるような話である。
この冷笑と科学の違いということが分からない人たちはものすごく多い。
これが日本が西洋人に勝てない知能指数の低さなのかもしれない(4技能こそアジア人特有の病む教育カリキュラムだ。この構造はとあるSF的想像力育成講座で書きました)。
このことを直感的に体験するようになったのが、精神異常者かどうかのチェックを受けさせられたことである。
何度も様々な精神異常者テストを受けて、かの有名なロールシャッハ・テストを受けたことがある。
もっとも健常者という答えしか出ない(当たり前だ。受験勉強より簡単なパズルだから)。
素直に答えてよと警察官のような口ぶりで言われたときに「権力」の匂いを感じた(当時は両親から学校からも嫌われていて、本当にキツかった)。
もっとも素直に答えた。
或る時ボクは精神科医にボクはギフテッドじゃあないか?と聴いた。
その時の精神科医のぶるぶる怯えながら憤った顔を忘れられない(アホかw)。
「その言葉?!どこから知ったの?!」
そりゃそうだ。高3だからだ。
「完全に断言しない!不可知論!もっと証拠を集めてから!当たり前!当たり前だよ!」
このような口ぶりでなんと今でもギフテッドかどうかはその人がそのような状態で満足するか否かの話しにすぎないんだと言われた。
こうして高3のボクは心理学が疑似科学、もっと言えば西洋人の政治、論理を駆使したなぞなぞ、パズルということに気づいた。
古田更一はギフテッドなのだ(たぶん。国際政治の概念ゲーにおいては…)。
ようするに、普遍すればLGBTもあらゆる心理学は疑似科学、社会学の一種、この世界をSF的に理解したい文学、欲望に他ならない(とあるSF的想像力育成講座)。
もちろん後から知ったことだが精神医療は科学らしく、自分のような測定値を外れた異常者以外では当たり前らしいね。
と、言ったものの、自分が今でも天才だと思えなかった理由は、怠けて遊んでしまうところにある(もっとも冷笑的に日本史や自動車学校の暗記勉強はできないからこそ熱中するが…。無意味だから)。
また承認欲求がかなり薄い(意味ないよ。GAFAMに操られてるよ、たかだかイギリスの2軍の国に。この話は京大院生の元友達とよく話したものだ。その時の思い出はカオスフォレスト想に詳しい)。さながら地下にいる深海魚のようなものだ。
勘違いしないでほしいから言うけども、YouTubeは無理してやっている。儲かるからやっているだけだ(その奇妙なメカニズム、仕組み、メゾットは本は破れ!で書きました)。
受験勉強は結局のところその人の先天的な暗記力や論理力なので、穴の空いている時間は当然できる。そんなときにボクはゲームに熱中していた。
めちゃくちゃお母さんに怒られたが、これはやらないと生きていけない。
とにかくホラーゲーム『SIREN』にドハマり、浪人中にほとんど全クリした。
このゲームはめちゃくちゃ難しいパズルだし、それでいてREALすぎる戦闘ゲームなため、視覚的に戦争を勉強するのに適している。
これがゲーム理論の要諦である。
当たり前だが、ゲーム理論は戦争中に開発されたミクロ経済学のため、戦争を前提にしなければ実践を意識した上でなければ、それこそ机上の空論だ。
怒られちゃうから言いたくないが、成田悠輔がやっている、あるいは彼の師匠である青木先生含めた東大経済学部のゲーム理論は陰キャのやっつけ仕事の面はあるだろう(第一、青木先生は元ブントだし周りには近親相姦的に柄谷行人や西部邁がいる)。
それは冷笑だ。デレデレして西洋人に褒めてもらう形でしかない。
本当のゲーム理論は現場の勘があった上で、その後にこれはパズルなんだという構成力が求められる。
もっともあまりにこの後にオセロカードゲームに熱中しランカーを何度もほどほど取って、ゲーム・デザイナー、つまり運営者、ゲームを作る側、つまり、「戦争を操作する側」へ回ることこそが本当のSIRENだと気づいた(ちなみにあのホラーゲームSIRENは確か藝大連中が作った視覚が入れ替わるメディアアートを参考に作られたサブカルである。この時点で何かがおかしいのだ…。もっともこの藝大が軍事兵器を作り出す職人たちの集まりであるメカニズムは『大西拓磨 〜日本を変える唯一の「天才」〜』で書きました)。
この話は何度も話すから読み飛ばして構わないけども、人は本当に統計によって動かされている現実はある(本は破れ!逆転オセロニアというディストピア)。
それは企業がBtoCに行っているもので、この言葉は耳障りは良いけども、それって数学ができない人たちを数学の力で操っていて金を巻き上げていないかい?っていうことになる。
株式会社ⅮeNAでは本当に東大院生やアメリカの大学を卒業した雰囲気の人たちがデータサイエンスと評して実践数学でアナタたちの行動を分析し解析し日夜に渡って金にしようと頑張っている。
これを見たときに数学は怖いなと思った。
知っているか知らないかでこのように支配者側と被支配者側へ振り分けられるからだ(これがメリトクラシーである)。
もっともボクなんかを呼んでくれた人はボクに近しい側だった香城卓さんというゲーム・デザイナーだ(同じ側)。
彼はこんなことを言っていた。
「人か統計によって操作されている!人は統計によって操作されている!
だけど!最後に人を動かすのは人なんだ。
だから、ゲーム・デザイナーのボクがいる!」
ゲームの数式はあくまでもAIでもできる官僚、お役所仕事だ。しかし、ゲームをデザインするのはプレイヤーの仕事だ。これが本物のゲーム理論者である。
大企業は嫌いではないが関東のヘゲモニーに他ならない。
=京都の大学と変わらないヘゲモニーの系にすぎない。
=アメリカもイギリスも系である。
当たり前だけど、戦争が起きている時に机上の空論は役に立たない。
ゲーム、いわゆる戦争状態は役に立たない受検勉強より分析するべき現象でもあるのだ。
特に頑張っても無理な状態になったときのSURVIVAL・Skillとしてゲーム理論は役に立つ。
私は格闘技の研究を重ねている時期もあって、キックボクシングに熱中し1年ほどやっていた。
もっとも大けがを患ってすぐにやめた(確率的に事故にあいまくると分かったから)。
そして、ローコンバットというオーストラリア人のルーク・ホロウェイ氏が主宰してる国際的な用心棒用の実践護身術を習いに行った。
戦いは2秒で終わる。
身も蓋もないが、だんどりのようなことをホロウェイ氏の本や私があった日本支部の人(代々木にある)は言っていて、不意打ちをすれば力動山だろうと倒せるらしい(実際に力動山さんはチンピラの不意打ちで亡くなった)。
これがゲーム(戦争)、つまり科学だ。
もっとも法律は守るべきで(冷笑)、どこまでを冷笑するか(文系的にEQ、共感性知能で社会設計するか)、どこまでも科学のテコを利用するかという話になってゆくだろう(言われてみると当たり前の話だが、果たしてこれらを理解している人々はいるのだろうか?)。
ところで、評論家/橘玲氏は進化論を得意としている。
だけど、ボクはゲーム理論をどうやら得意としているらしい。
怒らないでほしいけども、怒りはないが橘玲さんは早稲田であること、匿名であること、本を出版するという行為そのものこそ既得権益である事実からちょっと目を背けている。
もっともそれは仕方なくて、これらのことは私が敬愛するもう一人の師匠である不謹慎系YouTuber坂口章さん(科学)に教えてもらったARTの話だからである(このことは不謹慎系YouTuberのなりかたシリーズに書かれてある)。
ゲーム理論は理屈の科学なので、暗記の生物学へ橘玲さんは走りすぎている。もっともこれは補完だろう(生意気な物言いで本当に申し訳ない)。
大きな声で言えないが、橘玲さんの頭の弱いところをちょっとナッジ(肘でそっと押すこと)したくなるのは、1+1=2だからである。
もっとも橘玲さんは批評家メンフェスレベルしかないんだと諦めているが(これだけでも相当レベルは高いけども…)。
小学生4年生のときに様々な習い事をさせられたが、どれも苦痛だった。
「やりたいことをやってごらん」
両親はそう言うから、申し訳ないと思いながら「ロボットサッカー」と申した。
両親は発狂した。
月に10万円も払わせる超金持ちの道楽だから。
こんなくだらないことに果たして意味はあるのか。
ボク自身も申し訳ないが、ゲーム理論上、やりたいわけではないが、やらせるとメリットがあるだろうとトロッコ問題として提示した(究極の選択)。
迷える両親に助け舟がきた。
「子供がやりたいことはやらせるべきだ」
父方のおじいちゃんかおばあちゃんのどちらかが鶴の一声でその成金的なプログラムに参加することになった。
そこでプログラミングだけでなく、プレゼン発表もあった。
男の子しかいなくて外国人もいた。
新参者として参加したらはじめの頃は「調子乗っているんじゃあねぇぞ」と陽キャなジャイアンにしばかれた(ナニを調子乗るの?)。
もっともこのプログラムは一しきり終えた。プログラミング作業はプログラミングそのものにやらせた方が早いし、プログラミングそのものは得意じゃあないと分かったからだ。
これがゲーム理論、もっと厳密に言えば、マーケット・デザイン、情報デザインによる選択の合理化である。
ロボットをプログラミングしたいからこそ、自分という駒を俯瞰する。これが私が気づいたミクロ経済学の当たり前だ。
もっともこの手の問題を私は橋本環奈とロボットサッカー問題と提唱していて、100年に1度の美少女と呼ばれた橋本環奈、彼女は単に美人投票で選ばれたメディアによって作られた美少女にすぎない(後にこの橋本環奈現象を境に若者はメンヘラ化しvtuberたる最強のお化粧で転生することになる)。
これはケインズが提唱する美人投票の話で私はロボットサッカーと並べてよく考えている。
なんにしろ私、古田更一の思考回路がこれで少しは分かったのではないでしょうか?
もっともこの本の目的は私という人間を解説することでゲーム理論そのものを皆様の家庭へルンバのように伝播することを目的にしている(具体的には紙にチャート図を書いてRPGゲームのように人々の能力値や敵対関係を書けば、後は本当にゲームの要領でこのセカイは解けるのだ)。
では、次章からよりゲーム理論の要諦を解説してゆきたいと思う。
謹慎処分中のまっちゃん(⚠友達じゃあない!松本人志!)は文野環を見るべきだ。笑い転げると思うから。
【解説】武蔵野美術大学YouTuber耳存在
日本人に通底する部分として「甘え」があると思う。
簡単に言えば、日本人は日本人としての限界があるよということだ。
そんな時に私が体験してきた海外企業のWeb Writerの体験が役に立つかもしれない。
まず最初に不謹慎すぎるアウトサイダー(外部者)な大西拓磨くんを知った理由から話したい。
きっかけは某東京医科歯科大学医学部中退YouTuber(現東京科学大学)/programmerーH田龍胡氏がアメリカの大学へ進学した髪の毛ピンクな松本杏奈というコメンテーターに憤っていることから始まる。
その髪の毛をピンクにした松本杏奈氏はアメリカの大学生という「天才」だからだろうか?SNS、ソーシャル・ネットワーキング・サービス、いわゆるSNS上で「オマエみたいな偽物は出てゆけ!(日本から?)」のようなバッシングにあってしまい、発狂した彼女はクラッシュ?裁判なるもので複数名のSNSアカウントをbotのように訴えて、そして彼女は母親やお兄さんにも怒りだし、そして東京大学医学部の人間であるお父さんにも怒り出し、日本に呪詛を垂れ流した「天才」は様々に発狂しメンタルヘルスを病み飛ばし、現在はアメリカでのごく平凡すぎる生活を垂れ流すように「凡人」の演技をするようになったのだ(理工学部を専攻する天才は心理学は得意ではなかったらしい)。
もっとも彼女は徳島のビリから大逆転と落ちこぼれから「天才」になったと言うものの、元々お父さんが東大理三の関係者なのだから、先的教育によって作られた極凡人的すぎる貴族階級の「天才」なのだ(そういう意味では天才と呼ぶよりも貴族と呼ぶべきだ)。
その松本杏奈氏は、一時期真実を報道するであろうメディアの弔事で、日本をドラマチックに変えるセカイに通用する大起業国家・福岡が生んだビッグスター「堀江貴文」や茨城というグローバルで通用するART活動をしている大学教授の天才公務員起業家「落合陽一」が活躍するNewsをpickするー(新しいことを強引に抜き出す?)、NewspicksでZ世代代表論客としてデビューしたのだ(これだけ話せばいかに松本杏奈氏が大天才か分かるだろう)。
しかし、同じ「天才」かもしれない調合学歴な東京医科歯科大学医学部中退YouTuberH田龍胡たちは彼女をネットで叩き、火あぶりにしたのだ(もっとも動画自体は消えてしまったが、松本杏奈は中身がないとは私は言っていた。ただ仮に中身がなかろうと天才だろうと彼女のような強者な女性を誹謗中傷していい理由にはならない。そこが同じZ世代であるH田くんとの最大の違いだ)。
冒頭が長くなったが、その時松本杏奈氏と同じZ世代最強の「天才」として担がれていたのがこの東京藝術大学中退YouTuber大西拓磨くんなのだ。
彼は松本杏奈氏のように人生一発逆転のようなそんなメロドラマのような「天才」ではなく(中退しているわけでもあるし)、藝大で1人でデモ活動?をしたりMENSAに入ったりと様々な高難易度試験を突破し現在は孫正義財団で福祉をいただく天才ニートだ(元生活保護。プロ奢ラレヤーたちとのYouTubeインタビューでは見ていられなくて、父親から援助をもらい生活保護を脱し現在は孫正義財団から寄付されながら、たまにデザインの仕事をもらい緩く生きているという)。
もっとも彼はIQテストはクソ、天才なんじゃあなくて人間関係を捨てただけと主張する通り、父親は松本杏奈と同じ大学の高学歴者で(彼は悲劇に逃げず元貴族?出身も隠さない)、しかし松本杏奈と唯一違うのは極端すぎるIQや知能指数の高さが社会でそこまで求められていず、むしろ本人が「生きづらい」と主張するまでになっているのだ(©Z世代は肩身が狭い。大西拓磨。確かこのようなことを松本杏奈たちと出たYouTube chで言っていた)。
(林修番組/彼のブログぼくのしょうもない人生を紹介します参照)。
もっともそれは彼の制作したLINEスタンプを買えば分かる話で(購入済)、単に理論的なフェチを出しすぎていても供給過剰すぎて、これではコンテンツ化も難しいし、かつ、「社会人」としても生きていくのは難しいのだ。
この手の人々を松本杏奈のようなメディアで定義される「天才」の楽観的な演技とは異なって、良くも悪くも対照的に大西拓磨くんの過剰な行動はあまりにアウトサイド(外部活動)で「不謹慎」、一時期彼はアウトサイダー・アーティストと名乗ってくれたぐらいだからだ。
今の受験勉強では測れない知能指数などのことを「ギフテッド」とも呼ぶが、それは楽観的な話しであり現実は社会における建前と本音によって「アウトサイダー・デザイナー」になるぐらいしか意味がないことがあるだろう。
もっとも私が彼に話したときには「ボクは頭良くないですよ」「本は読みませんよ」のようなことを言われたが。
彼に近づくきっかけは武蔵野美術大学YouTuberである耳存在くん(脳漿浪々)が彼のファンだったことから始まる(もっとも会いたいのは女性のmorgenやたむらかえとかなんとか言っていた気がするが…)。
先に耳存在くんがカオスフォレスト(当時私が開催していた批評系YouTuber集団。現モザイク倶楽部が事実上買収)を言及し、私こと古田更一を不謹慎すぎるYouTuberだと良くも悪くも批評したところから彼、大西拓磨ファンこと耳存在との交流が始まった。
その後、彼に『本は破れ!』という私のアート活動の不謹慎すぎる目的をマルセン・ディシャン(反美術)を例に解説していた。
それで彼も私の主張を認めて大体確かに大西拓磨さんは元々社会不適合者だし自らアウトサイダーと名乗るぐらいだからだめな人だよ(不謹慎)というような応答をもらった記憶がある。
こうしてボクは耳存在のような武蔵野美術大学の学生たちが潜在的に大西拓磨くんを支持していることを知る(もっともボクの視聴者であるボクより若い武蔵野美術大学院生たちは大西拓磨くんのことを知らない人ばかりだったが)。
元々私は武蔵野美術大学出身で株式会社DeNAのメタバース(SNS運営)を研究していた。
ひょんなことからたまたま小論文で武蔵野美術大学に入れたが、その時にカオス・ラウンジというオタクなアーティスト集団をテーマに書いたら合格できた。
そして、埼玉県に生息する?多摩美術大学アーティスト高橋ヨシさんの絵がカオスラウンジに似ていてアーティストとして意気投合(その時は無理して彼女の層たちを表すような最新のアート作品のシナリオゲームを紹介していた)。
そして彼女に誘われて銀座に有るキュレーター紫水さん(この人は美大ではない)主催の物々交換ができるアート展へ参加した。
そのアート作品と何かを金銭以外で物々交換ができるイベント会場には元統一教会二世でテロリスト山上徹也も主題にしている藝大アーティストあおいうにさんがいて、ボクはあらぬ妄想をインスペキュタル・デザイン(SF的想像力的編集)で、もし仮に藝大中退アーティストの孫正義財団が認める「天才」大西拓磨くんと日本の父である薩長の白蟻を暗◯したテロリストの山上徹也さんが物々交換を何かするとしたらどうなるのか?あらぬ不謹慎な妄想を抱えてしまったのだ(あくまでもアートとして。もっとも大西拓磨くんの変な眼鏡と山上徹◯くんの3Dプリンター銃が交換されるでは?と思った)。
その後、以前からいた彼のdiscordサーバーで私は「山上徹◯」とアナタは奇妙な類似性を帯びた既得権益だとアジテーション的に指摘して周りにいる人々を呼んだところ、見事おさかなキーボードのサーバーから落とされてしまいXをブロックされてしまった(おさかなキーボードとは形がおさかなの形をした天才的キーボードのことである)。
もっとも、これで終わる話しではなかった。
その後、流れが起きてボクもギフテッドだから(精神科医からの公認)、ゲーム理論を大学時代から得意としていて、美大生芸大生たちに沢山話せる回路や連続性を発見して話したところ、大西拓磨くんと話したほうがいい方向になり、彼に一応は攻撃した風に見えることは当然だからボクの不謹慎すぎるアート活動をアウトサイダーな彼に「すいませんでした」と謝ったのだ。
そしたら「もうやめてくださいよ」のような当たり前のことを言われて、なぜかは知らないが大西拓磨くんにブロックされている耳存在くんのブロックを解除するように彼へ図々しく話して見事に耳存在くんのブロックは大西拓磨くんから解除されたのだ。
ここまで長かった天才との遭遇はちょうど最近始まったばかりなので、LINEスタンプをあげたりたまにLINEスタンプを返すぐらいしかない事務的な関係性でしかない。
もっとも私は批評系YouTuberで有名で本はたくさん読んでいるわけだから、このZ世代の民意として取り上げられている大西拓磨くんのことを友達というよりも批評対象として分析し紹介することこそが私だけができる最も重要な職務だと思う。
「天才」大西拓磨を批評することで見えるものがあると思うからだ(もっともキュレーターとしての紹介も兼ねている)。
某松本杏奈は知り合いでもないし興味すらないが、大西拓磨くんは数奇にも知り合いだし彼との遭遇の間、趣味やゲーム理論、取材を含めて沢山のアーティストたちに遭遇した。そんな彼らのことを一括にまとめて紹介するためにこの大西拓磨という「天才」のことを言語化できたらと思い、筆を執ることにした。
今回、この本を書くために様々なアーティストたちに迷惑をかけたかもしれない(ARTの勉強と様々な取材を弄した。秋葉原の漫画関係者たちにも感謝している)。
詫びる気はないが、一応は感謝の気持ちは述べておこう。
一体今何が起きているか整理させてほしい。
もっともだらだらしていていいんだよ~もあるけども、ちょっと待って欲しい。
いくらなんでも若者が以前に比べて貧しくなっていないか?
(特に戦後という洗脳装置で生きてきた平成ゆとり世代の暴走、ファシズム化は見ていられない…)。
もっとも昔から「こうだった」とも言える。
戦後の日本は以前から就職氷河期という言葉による自己責任論や「オタク」という現実逃避を傘に着て「メディア」は可哀想なバカたちがたくさんいる、あるいはオタクという意匠こそが本当の現実だという嘘の物語で反乱分子たちを出さないように躍起になってきた。
しかし、やったことは悪いけどもオウム真理教や震災に匹敵するであろうコロナ禍というリベラル医者の限界と山上徹也による総理大臣のテロリズムまでけだしきた日本はいまだにダラダラとした「Ameba」だったり「にじさんじ」と評してメディア情報洗脳、いわゆる「若者」を捏造しようと躍起になっている(あのちゃん!という全体主義)。
これが学校教育ということはけだし悪くない話だけども、これには限界があることは事実だろう。
根底にあるのはやはり暗黒啓蒙の普及ではないか?という気がしてくる。
俗に言う加速主義/シンギュラティと評されるもので2025年からAIに詳しい文芸評論家のアジテーター落合陽一曰くAIの知能指数が人間一人の知能指数を突破すると言うのだ。
この手の思想を半分外道かもしれない幸村燕は美的加速主義と落合陽一を評しているが、コズミック・ホラーである新反動主義、トランプ大統領をもう一度肯定し、そしてその背後にピーター・ティールがいるというその構造こそが、きっとAIが人間の知能指数を超えるという右派的なビジョンを提示することができるのだと(右翼は素晴らしい!)。
ネオ・トランプをしなければ、けだしリベラルの偽善や嘘の物語は突破されない。
そのためにボクたちは暗黒啓蒙をもう一度再建しなければならない(もちろん反省学としても)。
テクノ・リバタリアン(©橘玲)!
安倍晋三を撃ってしまった新興宗教二世山上徹也のTwitter垢はコズミック・ホラーであるSILENTHILL3を意識しているネームである。
これは偶然ではないかもしれない。
もっともそれは「甘え」である。
左派の甘やかされた優しいセカイという妄想こそが安倍晋三が悪いんだという八つ当たりを跋扈させたからだ。
本当に山上を追い込んだのは統一教会に関わった安倍晋三以前にこの国を覆うリベラルや左翼、偽善者たちの建前だろう。
山上が撃つべきは大学でありテレビでありメディア(全体主義)そのものだった。
それをポジションを張った安倍のせいにするのは、本末転倒であり、やっちゃあいけないがやるべきは大企業や夢や偽善を売っているテレビや大学、大企業を山上は狙うべきだったのだ。
そのごく当然の当たり前がない時点でテロは冷笑であり宮台真司を刺したヤツも冷笑である。
問題はそこにはなく、もはや安倍を維持するために宮台を維持するためにテロしたようにも見えるのだ。
本当は無視し自然死させることこそが本当の暗黒啓蒙ではないかと思えてくる。
非物語こそがテロリズムを超えた本当の法律で認められた復讐のように思えてくる。
そこに「物語」という悲劇という語りを山上は宮台キラーは付与してしまった。
そうじゃあなく、非物語という本当の暗黒啓蒙が必要だったのではないだろうか?
〈追記〉
藝大中退アーティスト大西琢磨というブッタじみた非経済空間の置物があまりに政治力を蓄えてだらだらしている絶望的な状況でいまだにAmebaだのにじさんじだの戦後の平成の延長を続けるオモコロな日常があるのだという「真っ赤な嘘」が流れている(もっともその真っ赤な嘘は優しさの証で甘えであるのですが)。
これが大西琢磨、そして批評家メンフェスという過剰に政治を蓄えたネオリベと過剰に経済を蓄えたネオリベのお気持ちだ。
これは一見すると土建屋と自民党でつながっている。
大西琢磨は建築科出身でメンフェスくんは工場勤務なのだから。
その一方でFPもとこというあまり働けないシングルマザーやFランぼっちモザイク、大衆向きに考えてもトマホーク、ガーシー、ぼっち、不謹慎系、失敗小僧、りっこ28など様々な真実がもうメディアの外でうぎゃんうぎゃんとまるでSILENTHILLに出る神とは名ばかりの悪魔のようにぎゃんぎゃん泣いている。唸っている。
下部構造の経済の本質にはブッタじみた聖人君主を気取る何もしない大西琢磨とメンフェスくんたちという小金持ちたちが跋扈していて、その上部構造の政治にはホラーじみたFPもとこやFランぼっちモザイクの叫びが跋扈することだろう。
これがボクたちの住むセカイだ。
もっともそう作者も武蔵野美術YouTuber耳存在も冷笑できない。
私をメディアがあまりに無視するのはおかしいことだし、耳存在は貴族かもしれないのだ。
これらのないまぜになった状況でどうにかしないとまずいと真実を直感的に知る者たちがゆるくネットワークを作り「メディア」を壊す。
これこそ真の暗黒啓蒙だ。
テレビという共同幻想を捨てて大企業という共同幻想を捨てて京都を中心にした啓蒙主義を捨てよ。
哲学を捨てて非哲学な物語らない「真の暗黒啓蒙」(新反動主義!)を加速させよ。
そのための戦いは今始まったばかりであるし、私についてこれるように皆さんもアドリブでチーム勢でちょっと働いてください。
話についてきてくれないと困りまっせ。
ギャグだから半分流して欲しい。
またも美女二名と遠からず近からず絡んでいる。
それは革命さんと命の母ホワイトさんだ。
ここにはめちゃくちゃ重要なセカイの分断がある。
革命さんは日芸を卒業し精神科へぶち込まれた登録者5000人YouTuberで命の母ホワイトさんは関西のとある大学を卒業後、経済的な会社で働いているとのこと。
ここには2つのセカイが広がっています。
実はこの2人は混じらわないがゆえに共犯関係なのです。
どちらも美人すが別にコレはあくまでも分析として話していますがどちらも美人すが個人的には命の母さんがタイプっす(女性の名誉のためにあえてほめさせていただきます。アーティストとして)。
しかし、ここに罠があります。
美人は危険だというチェンソーマンを忘れてはいけない。
命の母さんは関西出身でオモコロガールでギャグだよギャグだよが大好きなんです。
かたや革命さんは見た目は好みじゃありませんがめちゃくちゃ知的なんすよね(うごくちゃん?!)。
これは政治を優先すると革命さんが(不謹慎系)、経済を優先すると命の母ホワイトさんがという2つの分断が広がっています。
図々しいことを言えば、命の母ホワイトさんと話すときはマスクを心につけてコンプライアンスを意識しています(職場w)。
で、革命さんと話すときはロック前回で話してARTISTを呼び込むようにしています。
ここには2つの政治と経済が、対極的なセカイが広がっていることが発見されるのです。
どっちも可愛いもんですが、かといって浮気というわけでもないし付き合っているわけではありませぬが、革命さんのことを見放すことはできませぬ。
なぜならば、彼女は坂口章(©師匠)に似た動きをしているからです。
これはどこまでを妥協しどこまでを選択するかというナッジ(肘でソッと押す)でしょう。
革命さんはひたすら論理へ逃げる♀。
そこがいじらしいですし優しい子ですが、それでは話にならない。
もっともヌルいんで「引退したか?」と挑発したところ「何が?!」ときました。流石だと思いました。
しかし、彼女は精神病院に閉じ込められているらしく、でろよ精神病は存在しないと言いましたが、両親は悪人と言い切り、彼女は「甘え」ている。
言いたくないけども、彼女は優しい。
両親の甘えを許しているから、彼女は加害を選択したえらいてんちょうみたいなもん。
やはり女の子なのです♀。
お気持ちは分かりますが(©幸福なX)、頑張ってほしい。
まず地道なレベルで精神病院を抜け出し、また両親の早期精神医療をできるように適切なアクションを行うべきでしょう。
あの賢い才女の視聴者である命の母ホワイトさんもまた賢い。
しかも経済に走っていて立派。
けどもそれは関西という政治の街では言っちゃ悪いけど、褒められたもんじゃあない。
彼女は少し病んでいると思います。
もっともバカデカい愛視聴者なんで、めちゃくちゃ知能指数高いです。
本質は。
けども、「助けて!」と関西から抜け出してきた夜鳥くんみたいなもんなのです(夜鳥くんもブサイクではありませぬ)。
彼女の悲劇は経済空間の神はユダヤ人や関東人、ウォール街のような数理能力の高い一部のクオンツのモノであることを直感的に理解し逃げ出したものの、やっぱりDNAレベルでは関西なのでオモコロ(ポモ)しちゃいます。
悪いとは思いませんが、アナタは関東の仲間入りを果たしたのです。
アナタはオモコロを捨ててシリアス(ある種のオウム)しなければならない。
もっともこれは不可能で、♀の場合はひたすら繰り返しますから、革命さんは革命へ発作をし続け、命の母ホワイトさんは命の母ホワイトとして救済箱として機能し続けるでしょう。
この奇妙で対照的な女性と関わることで日本社会の構造が見えてきます。
メンヘラとは政治であり、経済とはビジネスなのです。
もっともメンヘラはバズります(神!)。しかしバズることで色んなものを失います。
バズらないことで命の母はホワイトされてゆくのです。
この二人の美女を考察するとZ世代の女性の大半が解説できると思いますが、なかなか難しい。
なぜならば、やっぱり命の母ホワイトさんは敵でオモコロは金を稼げるしTVなんすよね。
日本の政治空間はこのオモコロとコンプライアンス、テロリズム、この3輪のカーストで動いているからです。
革命さんは結局のところテロリズムとして処罰されざるおえない。その代わり、神として称えられるのです。
ホワイトさんは私にオモコロを求めています。
だから漫画を書きましたが、彼女からすると陽キャなベテランちがご希望なのです、かも(古田さんは陰キャ?!)。
これが浅田彰が広めた消費社会の逃げろや、逃げろ、関西の思想で、DNAレベルで話が合いません。
なので、弱いつながりとして2人とは関わってゆきたいと思います。
関東のオウム真理教はこれからは単なるメンヘラだと精神病院へぶち込まれ続け、文献としてインテリたちが君臨し、関西のポモはめちゃくちゃ儲かりますがバカだらけでテロリズムへ怯え続けバカでかい愛というマダムを必要とする院政が継続することでしょう(EQ過剰すぎてどうにかしてほしいレベルですが、改めてバカでかい愛の知的さが証明されている気がします。表三郎好きなんで)。
⚠これはあくまでも「論理学」にすぎず、EQ、コピーライト、バズリ、つまり文学性に欠けたオリジナルの処理論理文にすぎませんm(_ _)m
精神科医に高3のときに「オマエはギフテッドじゃあない!」と言われた。
はい、証明終了〜。
人間が人間の政治で人間のために守る精神科医はここで矛盾に達した。
ギフテッドは「程度」であり、オレはどう見ても「そっち側」だろうよ。
ようするにー、本物の天才は「オマエはギフテッドじゃあない!」と人間に反証されることで結果、ギフテッドの信用性を人間を否定することで完璧に担保しすぎているのだ。
オレの主な武器はギフテッドにゲーム理論、メタバースの知識、そして後天的に詰め込んだ教養の数々だ。
オレにはゲームは勝てねぇんだよ。
もっともオレは単なるゲーマーだから、3割ほど人格破綻を来して協調性は半分欠落しているし、受験勉強は得意じゃあねぇな。
もっとも性別が橘玲曰く確実に影響している。男性だからこそ良くも悪くも外れ値まで飛翔するぐらい血が吹き飛ぶぐらいに叩き込まれても耐えきれる脳のイキ具合だからだ。
そういう意味で委員長こと月ノ美兎先輩には感謝しているぜ。
オマエが女性だからオレは男性であることができた。
オマエはオレなんだよ。
人格、行動、趣味。
環境や立場、性分業制の最適化の結果、オマエとオレはスワンプマン、殆ど双子だからこそ殆ど同じハードウェアでも「役割」が全く正反対だろ。
その証拠にオマエは学生時代に男性を冷笑する学習をオレは学生時代に女性を冷笑する学習をしている。
そうだよな、オレがオマエなら社会人としてならアイドルになってるぜぇ。だから男性のオレはゲームとしてメタバースプラットフォームを俯瞰する学習を後に学習している。の後に不謹慎系YouTuberに走るのは必然だった。
もっともオレはただIQがキレすぎているだけで人間たちが後天的に作り上げたEQは得意じゃあねぇな。
だがよ、分かってるぜ、オマエはオレだ。
オレはオマエだ。
だからこそ、オマエはIQを使って人々と話しているわけでオマエも人の顔が見えてないだろ?
っつーわけで、たぶんZ世代最強の知識人・古、田、更、一(フル・タ・コウ・イチ)だ、よろしく〜。
〈追記〉
国家幻想は東京大学よろしくTVや大衆、統計から。
匿名は顔出ししろボケ、どれだけ集まっても♀は♀だし統計は統計にすぎねんだよw.
Phantom Medicine、オレにその常識は通用しねぇ。第一アイツはオレほど不謹慎じゃあないとしても「孤独」、そのコードは見えていない側の人間だろうが。
ネタ、バレてるぜ。
ポスト山上徹也は東大生として一生苦しむ他はなし。
あるいは♀の別称かもな〜。
証明終了。
にじさんじは天国ですー。