海外企業のweb writer古田更一です。
ここ最近は明らかに下級国民たちと話していて結構面倒くさかった印象。
まあ社会の屑たちはいるからいいんだけど、屑は屑の中でまとまっていてほしい。
改めて絶望しかないよね。
社会は存在しない。
革命は不可能。
冷笑なんじゃあなくて、そもそも足引っ張られる社会で頑張りようもない。
そして屑は倒れていき、次の話が進む。
海外企業のweb writer古田更一です。
ここ最近は明らかに下級国民たちと話していて結構面倒くさかった印象。
まあ社会の屑たちはいるからいいんだけど、屑は屑の中でまとまっていてほしい。
改めて絶望しかないよね。
社会は存在しない。
革命は不可能。
冷笑なんじゃあなくて、そもそも足引っ張られる社会で頑張りようもない。
そして屑は倒れていき、次の話が進む。
情報デザイナーの古田更一です。
久々に処女作を読んで思った感想は余りに美学を貫きすぎていることだ。
批評史なんて平成の産物すぎてダメだし(だが検索ワードや©として分かりやすい)、ましてや分かりづらい不謹慎系YouTuberの美学は余りに高尚すぎる(一番話したい美術論が最高にキレている)。
こんなに美しすぎる本を書けたことは一重にAIの世界観を開示した思想家・落合陽一先生(©デジタルネイチャー)と私に快く不謹慎系YouTuberの技法を余すこと無く教えてくれた坂口章さんのおかげだ(清水はる&edamamekun)。
よく誤解される揚げ足だが私がAIの専門家ではないということ。
むしろ私はAIの話をしていなくて、AIが前提になった世界で「人間」は何をするんだ?を話している、AI批判論としてむしろ書いている(©資本主義批判)。
にも関わらず、揚げ足的に理系か文系かという近代的な区分でスワンプマン的に非難されている。
この本は私の不謹慎系YouTuberと批評史を織り交ぜ合せたポスト現象学の実践書であり、AR、AIが前提にされた時代(©拡張現実)に人間の心身はどうなるか?を描いた未来予測パンフレットである。
限界があるとしたら、近代社会はやっぱり残ってしまい、交換様式X、経済学的な残るというくだらなさはやはりあるらしい(©男根政治)。
しかし、それは医学部YouTuberをより後退させたものであり、やはり経済学よりも医学部YouTuberしか残らないし、そんな美しくない現実に生きることに果たして価値はあるのだろうか?
より美しくない作業は必要かもしれないが、やはりどんなときにも美しいものを見出し探求したくなる危険な思考は今でも止めようがない。
本は破れ!は古典としてもなお美しいまるで水墨画のような佇まいだ。
武蔵野美術大学から株式会社DeNAへ渡り海外企業と不謹慎系YouTuberを往復する美術とITを往復する連鎖はやはり未来学としてやはり美しい。
しかし、美しいことにここまで鋭く特化したことはやはり誉れなのか、果たして何なのか?
でも、やっぱりITも注目としては外せない。
美術との連鎖を交差した先にあるITの根本さは根っこにある。
おそらく美術よりもIT原理そのものが重要だと理解はしつつもやはり美術は捨てがたい。
本は破れ!は私の悲しき貧乏性の証拠であり、そして永遠なる私の美学の証明だ。
初田隆吾、オマエ、聞けよ。オマエに才能なんかねーよ。〇ねよ。屑。東京医科歯科大学医学部なんて偉くねーよ。勉強して浪人すれば誰でも入れるわ。くそ。ははは。自〇しろ。バカ。周りはオマエに控えめに関わっているだけなんだよ、バカ。だけ。だけ。みんなオマエのことをバカにしているんだよ、クズが。知能もないんだから。FPもとこにも負けているし、今はエンジニアやっているって負け犬じゃん。オマエみたいなバカがAIを語れると思うなよ、オレに喧嘩売るなよ、オマエ。
個人と個人の文学がぶつかりあったりメンヘラたちを飼い殺しにする文学ヤクザたちがここ最近親ガチャや陽キャ陰キャ,学歴厨などといったものが流行るXなどでは急増している.
この手の現象を良くも悪くも定義すると個性の乱用,訂正不可能性の文学は,固定化された素朴すぎる科学主義的ニヒリズム(冷笑主義)なんである.
むしろこの手の文学,メンヘラたちはむしろ科学主義を信仰している神経症的患者たち,メディアを妄信する池袋を中心にした人々に多いように拝見される.
彼らは余りにスタティックな数値にばかり取り憑かれて,現実を冷笑的に腐す平成的なノリを徹底するがゆえに,彼らたちが意識できないレベルに暴走する文学が如実に表れてしまっているのだ.そして科学だけを意識することで,恣意的な文学だけは如実に放置したり無問題にするということになっている.
稲葉という良くも悪くも若い高校生に会って分かったことは,彼らの間ではもうこのような訂正不可能性の文学のぶつかり合いのようなノリは通常らしく,良くも悪くも適応してしまっている日本の悪い場所状態になっている.
この手の理系と文系の都合の良いパッチワークとシニシズムは宮台真司や鶴見済といった90年代シニシズムストたちに源流を見て取れる.
実際,20年代の宮台真司が加速主義を提唱しているが,実態はむしろシンギュラティストたちを悪人と評しながらもそのような絶望の状況を肯定しようというめちゃくちゃな結論であり,宮台真司の冷笑的な態度を完全肯定するシニシズムがあたかも現実のような錯覚を感じさせる構造になっており,ミズサーの茂木は良くないよと否定していたが,キュアロランバルトは露骨に彼を肯定し小銭稼ぎをし,のちに大量の宮台真司信者のメンヘラたちが逆ギレ的にこちらにやってきて迷惑することが数々あった.
もちろん20年代の宮台真司以上に悪質なのは木澤左登志や闇の自己啓発だが,そこらはもう見るからに分かりやすいから今回は言及しないでおこう.
その結論を話す前にジャック・デリダの話をさせてほしい。
哲学者ジャック・デリダは脱構築を評してパーフォマティブとコンスタティブを提唱した。
これはジョーカー・イナバの嘘の多重化とコード化と同じで、物事にはベタなこととネタなことがあるよねっていう話だ。
シンギュラティ時代にはメンヘラが急増する理由は人々が近代社会が終わるぞっていうポモ特有の脅しでは若者たちがなかなか驚かなくなったからだ。
むしろポストモダンこそ大きな物語的に小さい物語、冷笑的な脱近代のテーゼに大きく酔い過ぎてぐうたらと平和ボケしすぎて苦しんでいる。
科学主義を中心に据えるとジョーカー・イナバのような科学を大きな物語に据えながら自身のメンヘラ的外傷性を称える冷笑的シニシズムが流行る。
ようするに、FPもとこという46才の図々しいYouTuberを批評するには、このポストモダン的なデリダ的に考えるか、それともシンギュラティ的なイナバ的に考えるかという2つの問題が提起されており、極めて皮肉なのは、46才で図々しく若者の界隈に割り込みながら老害の立場を認めろと訴えるこの図々しさ、と同時に若者に多少は適応できるのはオモチャ、じゃなかったローランドけんという彼女の子供がYouTubeに出ていることからも二重に分かりやすい。
2×2のマーケティング表を大体頭に入れて話を聴いてほしい。
FPもとこ-ポストモダンの場合、駆除されるのは単なる迷惑をされているとのこと。FPもとこ-シンギュラティの場合、駆除されるのは既得権益批判として成立している。
初田龍胡-ポストモダンの場合、駆除するのは単なる迷惑である。
初田龍胡-シンギュラティの場合、駆除するのは極めて勇気のある誉であるかもしれない。
ここで難しいのは、シンギュラティは法律を無視していることである。
また、ここで重要なのは、そのFPもとこ自身が極めて超法規的に若者の利権に首を突っ込むことである。
単純にこの問題はしょうもなく言えば、トランプとバイデンの対決だと整理せざるおえない。法律を超えた政治という祭は当然、正義哲学の域に出ていて微細な問題では確かにどちらかに正しさが訂正可能性的に担保されるが、法律の限界はクリプキが名指しと必然性で指摘する通り、いつでも訂正可能ができる可能性に満ちているのだ。これが文章や言語、歴史の限界である。過去は未来に常に書き替えられる。
逆に言えば、シンギュラティはあまりに訂正不可能性の文学、ようするに、どこまでも法律がなくても済むような小さすぎる物語の残滓しか残らないであろうというセカイ観が初田龍胡-ピュアランダムネスや全く読めないキュアロランバルトのプリキュア?論なのだ(元カノ曰くキュアロの文章はそもそも読めない)。
もちろんポストモダン-モデルな言語モデルとシンギュラティ-モデルな動画モデルでは価値観は違う。
しかし、訂正可能性がゆえに政治的全体主義の対立を煽るポストモダン構造と、訂正不可能性がゆえに経済的個人主義の自立を煽るシンギュラティ構造は、ニュートンとアインシュタインにおける物理学における二律規範に近しい。
これは嘘の多重化や陽キャ哲学、論破王といった屁理屈ではない。科学において矛盾した計算式モデルがあるのはなんら矛盾ではなくて、様々なprogram言語があっても最後の答えや途中式の系がなんとなく似ているのはニュートン=アインシュタインという不思議なフラクタル的な構造を擁しているのだ。
もっとも相似形を繰り返すフラクタル構造をライプニッツ的に捉えるかあるいはニュートン的に捉えるかという想像力はもはや繰り返されてきた早稲田がいいか慶應がいいのかミズサーがいいのかバー三代目がいいのかという系による違いにすぎない。
ボクたちはよりもっと巨人軍を応援するのかそれとも阪神を応援するのかというプレイ感覚におけるゲーム理論を自動学習すべきだ。
死体が喋るはずはないのに(©マキマ)。
唐突だが,私が過去に提唱したAR、拡張現実は半分間違えている。
どうやら私の本は破れ!(AIをAIするAI)などの影響を受けてacb理論(©死体派の中央野郎)などという極めて危険すぎる数学を悪用した男根政治の自己正当化が流行る事態になっている。
彼の前にキュアロランバルトが宮台真司や木澤をそのまま転用し加速主義を提唱したり初田龍胡が私を隠れ蓑にピュアランダムネスと評して男根政治を展開するなど、AIを悪用した粗悪な論客たちは後を絶たない。
これは明らかにミズサーの茂木やカオスフォレストのボクの責任であり、監督責任の問題は多少は少なからずあるのは確かだろう。
私自身は批評というものは男だけでやるものという考え方があったし伝統的にそうだから仕方ないとさえ思っていた。
しかし、その批評の性質を批評に興味すらない癖に冷笑して悪用する悪魔たちが増加していったことには苦言を呈したいと思う。
私はあくまでも読者たちの安全面から批評的アプローチで本は破れ!は語っただけであり、このような批評文化の悪用は許しがたい。
と同時に批評はもう亡くなったということをしっかりと認めなければならない。
なぜならば落合陽一が言う通り、批評こそ最も近代を引きずった、いや延長した極めて脱近代、ポストモダン的な様相を保っているからだ。
本を無理に古びた形に加工する痛さは小学生で引退したい。
だとしたらガキの陽気さで破るぐらいが丁度いい。
ガキであるし陰気だったらもう最悪だ。
死体派と言って延長しようとする行為こそ最もポストモダン的なポモである。冷笑よくない。
死体が喋るはずはない(©マキマ)。
20年代前半に猛威を奮った若手論客に初田龍胡&キュアロランバルトがいる。
ChaosForestの初田龍胡は25歳で東京医科歯科大学医学部中退YouTuberとしてシンギュラリティを提唱し横のセカイで猛威を奮った迷惑系YouTuberだ。医者を否定する政治家、コロナはただの風邪な平塚将幸を擁護しFPもとこ駆除完了といった老害批判をしている。
死体派のキュアロランバルト(幸村燕)も最低な若手論客だ。顔出しはあまりせずXを主戦場とし縦社会、早稲田大学文学部あたりに在籍し障害者手帳を持ちながらメンヘラをたくさん囲み自虐しながら自殺未遂にしたり食い物にする現代の太宰治的な芸風を匿名的に行いながら陰キャに開きながら自虐的に宮台真司やマークフィッシャーの古びた冷笑的な加速主義などを翻訳する仕事をしている。
正直な気持ち、私は両方とも個人的な哲学性においては余り気持ちが良いものだと思っていないばかりか、2人が社会を悪くしているとさえ感じている(もっとも社会批評性が高いため悪い場所としては高く評価せざるおえないし、成田悠輔&ガーシーよりはZ世代を代弁している。大学院などもう考えられない)。もっとも同じ同世代として彼らの間違いには共感せざるおえないが、だからこそ口を大きくして肥大化した彼らを中心にした2名に私は批判≒批評を改めてせざるおえないと思った(彼らと同世代だからこそだ)。
どちらも最低な人間たちであり、彼らが問題なのは彼らのシンギュラリティ&加速主義はAIを口車にしながら自らのヘゲモニー(主導権)を維持しようとする悪しき数学政治にすぎない。
本当の加速主義、本当のシンギュラリティはむしろミズサーの茂木さんと話した通り、AIが人間より上に本当に立たなければ成立しない。キュアロや初田の提唱するピュアランダムネスやぬかるみ派は単なる数学が優位な男性の男根主義を再生産する最低な屁理屈にすぎず、打破されるべきふざけた戯言だ。
もちろん彼ら右翼や体制派のシニシズムや冷笑の気持ちは分かる。しかし、だとしたら女性の方が頭が良いし自殺未遂をするような女性を囲い教養パワハラで虐めることは流石に非人道的な早稲田の恥であり、早稲田大学文学部はオワコンであるし、医学部政治というふざけたプロパガンダはもう終わりにすべきだ。
しかし、だとしたら、AIがどこどこまでも自律し進化しすぎる時代にボクら人間たちはナニをすればいい?と疑問に思うかもしれない。
また、代わりのシンギュラリティや加速主義を古田さんが説明しろよと言われるかもしれない。
それが訂正不可能性の文学だ。
訂正可能性に溢れたAIの無限性と違い、むしろ人間における訂正不可能性さに溢れた1回性にこそAIに勝てる道がある。
なぜならば、AIには目的がない。
しかし、人間には固有の生があり、遺伝子的な差異の目的がある(文学という極めて恣意的な呪い)。
ようするに、AR,拡張現実的なAI的メンヘラ幽閉論メタバースプラットフォーム・ディストピアを突破するには、スワンプマン、クローン人間的な生物学的な想像力へ向かわなければならない(親ガチャを徹底せよ)。
テクノロジーを徹底することでむしろ人間固有の不可能性といったフェチを肯定せよ。
ただしフェチにすぎないものを点差区分にすると、初田がキュアロの周りにいる囲まれたメンヘラを潰し、キュアロが初田の周りにいる囲まれたメンヘラを潰し続けるという不毛なヘゲモニー闘争が永遠に繰り返すだけだ。
ボクはハッキリと言うが両方とも間違えていると思う(おそらくキュアロランバルトをやや否定した茂木も頷くだろう)。
もっともボクの態度が平成的な態度、極めて平和ぼけした態度という批判はあるだろう。
しかし、人生の楽しみは文学へ向けると変わるはず。
冷笑はやめるべきだ。
高IQ依存症、頭が良すぎて結局シニシズムに浸るぐらいなら、東洋数学的に頭を使うべきだ。
私がなぜ不謹慎系YouTuber坂口章に弟子入りしたか?と言うと、彼には身体感覚に溢れたAR的な現象学ができていたからである。現象学的な数学的な視野を言語で理解すると文系☓→理系◯→言語に囚われた理系メンヘラがまた文系メンヘラと未満を支配する近代的なパラダイムに支配されている。
ゲーム理論やマーケット・デザインはあくまでも人間とAI両方の良し悪しが分かる陽キャ哲学的な視野が必要だ。
もちろんキュアロランバルトは以前早稲田大学という近代的な看板を悪用し加速主義を悪用し自殺未遂するような女の子たちを共犯関係に連れていったり、初田も力で行き場のない人間たちを集めたり他責にしたりして生きていくだろう。
しかし、やっぱり私は厳密にはキュアロランバルトも初田龍胡も否定できない。むしろ2人も被害者で日本社会の悪い場所(©椹木野衣)を醸し出す装置として2人は社会批評性が高い。むしろ早稲田大学文学部批判としてあるいは東京医科歯科大学医学部批判として彼らは装置化している。
そんな2人を救うのは、真の訂正不可能性な文学しかないかもしれない。ベタに生きる道以外ないかもしれない。人生はえらべないさ
親ガチャの問題も多少はある。しかし、1回性にこそ固有の価値はあるだろう。いや、ないかもしれない。しかし、ヘゲモニー闘争で内ゲバをしている場合ではないし、諦めている場合でもない。
もちろん文学フリマをアジるしかない茂木も不謹慎系YouTuberをやるしかなかった古田のことも私より若者たちは軽蔑しているかもしれない。しかし、文学は
1回生しかないとしても、YouTuber的にX的なSNSを現代の文学だと仮定すると死ぬまで書かれる小説みたいなものだ。要するに人は文学を紡ぐときにこそ、AIとは違い生きることができるのだ。
AIに隷属するネオテニーじゃあなく、親としても生きろ。そうしないと、人生は文学は続かない。AIは死なないから文学という目的、プラグマティズムがないが、人間には終りがあるからこそ目的やプラグマティズムがある。不幸を冷笑せず愛せ。陰キャも陽キャもない。そもそも私は陰キャ陽キャという言葉が嫌いだ(©男・Qちゃん)
外山恒一の評価はメンヘラたちに居場所を与えたことこそ評価すべきで(≒親)、外山恒一Kid’sたちに子であり続けることをさせ続けるのは間違えている。ハッキリと言うが、今の外山恒一こそミズサーの茂木と話した通りオウム真理教的な様相を醸し出している(もちろんこれは外山恒一合宿に来る昨今の子の姿勢、そして外山恒一が彼らの親の代わりに父をやらざるおえない日本の悪い場所であり一概に外山恒一が悪いわけではない)。老害はちゃんと切腹しないといけないし、むしろAIを語ることが若者だという屁理屈やれ
冷笑は良くない。文学こそ生物学であり、人間を理解する訂正不可能性の文学だ。Chatgptでオレは職を激減した。AIを信じたオレがそのままAIの一番の打撃を受けてむしろAIを冷笑する初田たちがAIに物理的には救われて精神的には悩み苦しむ皮肉はなんとなら。
もちろん私はpsycho-passにおけるシュビラ・システムは信じている。しかし、それは肉体性が伴ったAR人YouTuberたち、とりわけ坂口章によって乗り越えられている。しかし、AR人たちには陽キャ哲学はできても、陰キャ文学はできない。そして哲学的な正しさこそAIに淘汰されるデッド・エンドがあり、陽キャ哲学だけでは未完成だ(Phantom Medicine)。その時に文学が重要だ。もっともメンヘラを囲むあごきさは否定されなければならないし多少の葛藤が必要だ。そもそもPSYCHO-PASSも文学である。ハッキリ言うが文学ごときが権威になったら、文学は文学ではなくなる。平和主義こそ戦争への道だとしたら、平和主義を肯定し戦争を開始しよう。私が一番言いたいことは、AIに対する愛や理解が足りない人間たちはAIに裁かれるにすぎない、それだけだ(Chatgptだけは不徹底だ。AI別個だけと人間。彼らの男根主義もChatgptも極めて人間的な愚かな中途半端な残滓を残していて、西洋的な近代を引きずっている。それではシンギュラリティも加速主義も厳密には人間中心史観を抜け出せずに極めてデッド・エンドなAI的平均しかなく、クローン人間などといった本当の科学実験も不可能だ)。
縁起が悪いと前には勧めない。
モザイ〇「彼女のあげたエロ動画最高だぜ!」
lan malcom「なんの?」
大園葉〇「誰の?」
モザイ〇「あまみしゃ〇」
lan malcom「直球すぎない?」
大園葉〇「嘘をつけない」
モザイ〇「オレたち陰キャが男になるにはエロを潜るぐらいの衝動、パトスが必要だし、それが陽キャ哲学的なノリ、図々しい能動経済だろうが」
lan malcom「まあね。でも、藍原タユ的に大人しくいきたい路線もボクは否定したくないね。ロックはあくまで国立音大で正統派に学習しないと♀は♀にならないでしょう」
大園葉〇「それなら月ノ美兎と藤白りりの違いってなに?今マルコムとモザイクが話している♀文学論ってとりあえずAIの話に近いと思う」
lan malcom「なぜ?」
大園葉〇「ちょっとオレと天才=哲学しようか。オレが一番自称高学歴キャラだし(同志社)。つまりだよ、藤白りり≒あまみしゃけ≒ヒカマニ vs 月ノ美兎≒藍原タユ≒長谷川白紙という陽キャ陰キャか陰キャ陽キャな女の子の系があるわけやん。陽キャすぎて陰キャすぎる女の子もいるし、陰キャすぎて陽キャすぎる女の子もいるっていうわけでしょう?」
lan malcom「はいはいはい」
大園葉〇「で、で、で、呪術廻戦で天皇みたいなキャラが女の子ばかりと融合するってわけで平均的なヒエラルキーとして男よりも女の方がAI的適合性が高いのは事実でしょう」
モザイ〇「橘玲における無理ゲー社会にデータが詳しいね」
lan malcom「まああまみしゃけが三浦瑠麗を超えた事実は認めるけど、フルマニKid’sとしては本は破れ!の反復をしても意味はないでしょ。単に月ノ美兎が可愛いじゃダメ?オレの女みたいなもんだよ、美兎は」
モザイ〇「オレは正直反省しているよ。初田龍胡バンザイ」
大園葉〇「そこモザイ〇はずるいよね。フルマニKid’sのオレとマルコムは素直さはあるから陽キャ陰キャ、陽キャの中の陰キャだけどさ、モザイ〇は陰キャ陽キャ、陰キャの一軍っていう悲しいねぇ〜」
lan malcom「悲しいねぇ~」
モザイ〇「う、うるさいな!い、稲葉ちゃん!よ、呼んで〜」
lan malcom「片田舎のkids呼んでも同族嫌悪」
モザイ〇「うえ〜ん」
大園葉〇「ばーか!」
※リアルフィクションです。
保守は死んだ。
◯浩◯も既得権益の老害ッ!
リ◯が真っ二つになり陽キャ哲学の化粧が剥がれて陰キャ文学が暴走しFランぼっちモザイクが涙を吐きながら飲み干しギュルギュルと吐いては飲んで吐いては飲んでなオーバドーズ。我らの池袋、THE・デュラララ!!
渋谷事変も終わっている。
偽夏油傑がゲラゲラと嗤いながらけたましく初田龍胡こと五条悟を封印しウの死体がフになりフラフラと泣き出す長谷川白紙の口の花火、キャストは楽観的なヒカキンマニアで。
平成を引きずる池袋の保守も令和を引っ張り過ぎな呪術廻戦ももう古い。
戦争を医療として肯定する三浦瑠麗とじゃあもう戦/争として嗤い出すあまみしゃけ。
ケラケラと笑いだして、ボグらが読みだいのは、本は破れ!ではなくて、AIをAIするAIだ。
AI3の青さは赤い。
男・Qちゃんが空を飛んでスーツ背広が地を張りながらシクシク泣く中、ネオ幕府というワゴン組・シモさんの冷笑が飛ぶ飛ぶ飛ぶ。運転手はキャンセルカルチャーの相川さんだ、ようこそ!あまみしゃけさん!紅一点はアナタです!いや…ネオ幕府は男だけ…いや!Qさんダメですよ〜…あまみしゃけさん最高。
初田をコロせ!医者をコロせの結論は初田だったというショタガキはやめよう。♀。だって初田を守るたのし荘がキミらにはないんだからフ協和音。
つとむ会、ずっと痛い、常に虚しい。
遠藤チャンネルが真実から逃げてlan malcom&大園葉蔵が現実へ向かってヒカマニが起きてヒカマニ≒FPもとこ駆除完了ー。
無能無能無能。
無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能。
本当の私人逮捕は私人逮捕とは言わない。
ヤレ。
ガーシーがニッと嗤い成田悠輔が発狂しだした先にあるあまみしゃけのケタケタした大爆笑侍!
FPもとこさん!弟子にしてください!
ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。
AIを肯定せよー。
〈補足〉
AIを肯定せよ。
AIが実は原因。
AIの理由はシンギュラリティ。
AIが人間の知能指数を超えるシンギュラリティが2025年からChatgptよろしく起きている.
海外企業のweb writer古田更一です.
問題なのはAIではなくて,AI的想像力によって価値観を変えたり元々あった才能を肥大化させる人々だ.
私はAIを前提に考えた価値観で生きる情報処理から自由になりながら他の資質に目覚めた世界観をAR,拡張現実と呼んでいる.
それはあたかもジョジョの奇妙な冒険に出てくるスタンド使いのような様々な個性そのものがある種の哲学や政治になり細分化していく.
定量的に言えば,数学の教師はたくさんいる.
良い教師,悪い教師.
もし仮にAIが情報処理が代替されたら数学教師の価値はむしろ無くならず,かえって数学教師の癖のようなものがむしろAI的情報処理を横へ変えるものとして必要となるのだ.
なにも私は理屈で気付いただけで,私より先にこういった行為を先にやっているものがいる(理屈だけではダメ。現象学を言語だけだと悟れない).
それがメタバースプラットフォームの住民たちだ.
彼らがよく女装アイコンで語る仕草や癖を借用させていただくことで私はより彼らの実践的なキャラ、個性を使わせてもらうことができるのだ(©呪霊操術の更にトレース)。
理屈で気づくことはまだ批評(冷笑)、平成の域しか出ていない。令和的にこの手のスタンドを行使するには、相手をデリートし借用する必要がある。
要するに、メタバースプラットフォーム民の軍事利用が陽キャ哲学の神経症的な態度の正体である。
1,AR的メタバースプラットフォームのスタンド現象
2,メタバースプラットフォーム民のトレース
元々サブカルだから許されていた表現を日常レベルで借用していくから神経症的に見えるかもしれないが、これがなかなか使える。
ようするに、定量的な日常では答えが見えているしAI的なデッド・エンド、予定調和しか無い(冷笑と批評、平成の限界)。
もっとも定量的な視野は基盤として必要だ.その時には2のトレースが重要になる.
ここからが重要になるが,メタバースプラットフォームへ人々がなぜ写ったのか?はシンギュラリティの実像だ。
そもそも革命思考そのものが、あるいは、国家という集団主観そのものが、神経症そのものな病気だ。
陽キャ哲学が頭が悪いのは凡夫だからだが、その理由は成田悠輔同様に単純に平成を引きずっているからだ。
良くも悪くも平成は冷笑であり、保守、保身であり、良くも悪くも既存体制とぬかるむしかありえない。しかし、それは時間の問題で死体派に成り下がるだろう。
革命そのものを阻害しているのは平成的な今は平和なんだよであり、良くも悪くも陽キャ哲学そのものが年齢の問題や立場があるが冷笑的で古市憲寿的なリベラルだ(もちろん彼らは焦り、政治的な動きに走り、冷笑をする。そういう態度そのものが問題だ).
3において分かったことは、サブカルチャーに描かれた表現力の通りに彼らスタンド使いたちは動くことだ。
しかし、ここで棲み分けが重要で、漫画やアニメで理解するのは令和的ネット民対策用でイラストゆえに精度が落ちるが曖昧に量を把握できる。そして、ここに批評と漫画の間を埋めてくれたのがライトノベル。ライトノベルを導入すると良くも悪くも地に足がついて平成的な冷笑、現実の目線からひろゆき的に大きな物語を冷笑しながらも、ライトノベルなんで、ああ、大きな物語はあるんだみたいなバランスさをこれで予想したり把握することが可能になったのだ。
今までは落合陽一&坂口章の解説や整理、実践という平成すぎる(ポスト平成的なポスト平成が起きるよねという)批評活動の1,そして2は漫画やアニメを曖昧に借用するメタバースプラットフォーム民たちの模倣(令和的。ChaosForest計画→フさん)、そして今現在は3のライトノベルという1と2を俯瞰できる文字美術による体系化の時期に写っている(ポスト令和的)。陽キャ哲学は改めて考えてバカだし本当はやる気しかないからたぶんメタバースプラットフォームにおいて何も社会変革を起こせずに、しかも権威に尻尾をフリながら権威に怒り続け、無意識にスワンプマン、平成の冷笑家が令和のスタンド使いに成り下がっていき、政治家はネコになっていくだろう。
絶望的かもしれないが、プラットフォーム内で革命をしようと思ったら、月ノ美兎はより維持される(政治家は美兎になるから、本当にプラットフォーム内政治は危ない。モザイクに任した)。問題はプラットフォームの外、しかも東京を中心にした平成の残滓の世界で対話したり陽キャ哲学やだめライフ愛好会などといったキャラを捨てて対話することだ(冷笑しながらスタンド行使してたら同等な月ノ美兎に勝てないのにルサンチマンを募るだけ。もっとも直感的に気づく若いモザイク、あるいはメタバースの外にいるネオ幕府というセーフティを使うしか無い、あるいは2人の視野も重要)。むしろ波及効果どころか体制は維持される(つながりの共同体)。
メタバース政治の支配から出るには、カネを持ったり東京を中心にしたり平成文化にベタにハマることが帰って月ノ美兎を倒す方法になる(もちろん陽キャ哲学の化粧は剥がれるが。デュラララの読み替え≒ネオ幕府的思想は東京-平成-女性の復活)。が、もう私は大体メタバース政治の支配からの逃れ方は分かったから(デュラララ-ミクロ最適化で月ノ美兎を倒すやり方だけではまだ正解の半分しか解いていないからだ)、次はあえてメタバースに浸かりながら、陽キャ哲学という失敗はともかく、ミニ月ノ美兎、モザイクやネオ幕府の目線からメタバースプラットフォームの泳ぎ方、体制を倒せない系から体制を倒したい人間たちの厄介さの研究と解決を考えていきたいなと思う。
早稲田あかね開門ー。
フは呟いた。
そして、医学部YouTuberの活動家・初田龍胡を思考停止にすることに成功した。
遡ること、ちょっと前ー。
渋谷ハロウィンの間、内ゲバをしながらも、外山恒一kidsたち不協和音の会および死体派は体制派の外圧に苦しんでいた。
流川「マジで勝てないマジで勝てない!つーか碇っ!!!こんなときに内ゲバをネタ抜きでやるんじゃねーよ!!!」
吉野(コイツ…強すぎる…!)
碇「無職の日常の敵っ!誰でもいい!全員倒すぜぇい!!!」
全員、東京医科歯科だめライフ愛好会もとい初田に苦しんでいた、渋谷ハロウィン、山手線ホーム町。平成を象徴する池袋へはいけない。
流川(くそっ!渋谷ハロウィンで初田を止められるとフさんは言っていたじゃあないか!!!もちろんフさんのいつもの狂言もあっても、カレは真面目だ。一番この外山恒一kidsで一番賢いオレだから分かる。フさんは必ずや右の初田を止められるはずだが…)
吉野「だから言ってんじゃん!流川!フなんて役に立たないって!キュアロラン・バルトの限界集落るかるみ派へ寄生しておいてよかっただろ!」
流川(フさん!ナニをやっているんだ?!稲葉も使わないなんて…)
初田からの駆除される通知攻撃、SNS上からの攻撃や外圧によって外山キッズたちはボロボロになりながら、山手の線のホームにいる良くも悪くも体制派な人間たちを突き落とせなくなっていた。
初田「よし!王手にいくぜぇ!!!」
初田は外山キッズたちと人間たちを足で踏みつぶして、王座の奥に座る謎の怪老・ネオ幕府の相川さんの玉座までたどり着こうとしていた。
流川「やめろおおおおおおおおおお!!!!」
吉野「オレがいけばいいんだろ~…」
こんなときにもマイペースな一番の戦闘狂・吉野だけが走る、走る、走る。流川は心の中で舌打ちした。これじゃあフが言った通りにやっぱり令和的なエートスを醸し出すおバカな吉野がこれから上へいくじゃあないか!そう。反体制とは言っても反体制の中には体制はより強固にあるのだ。仮に相川さんを救わないと救おうと、お調子者の吉野が上へ行くことは確定してしまった事案だった。もっともキュアロを操る手もあるが、お互いに仲が良いわけではないのだ。
流川(それにしても…)
フさんはナニを考えているのだろう?こんなオレたちで初田を止められるわけあるわけない。仮にオレら外山キッズが死んだら左翼の姫・月ノ美兎も駆除されるんだぜ?ぶっちゃけ彼女の未来を人質にフを脅している面はあるっちゃある。あの狡猾なフがここまで杜撰だとは思えなかった。
フ「や!待たせたね」
流川「おせえええええよ!!!!!!!!古田ぁ!あ!あかねにはオレがいるとき来いや!」
しまった…。また年長者にウザ絡みをしてしまった。しかし、今回はフが悪い。遅すぎるのだ。
もはや、相川さんは単なる若者がきたと油断しきっている。誰が見ても、相川潰し、つまり、外山恒一一派の右の心臓の一部を粉砕するには正にチャンスだったのだ。プライドや余裕、情報戦の面から以前余裕ぶっている相川。
フ「や!久しいね。初田」
初田「?!」
怒っている駆除モードの初田は相川ではなく、後ろのフを振り返る。
流川「もうダメやろ!!!」
流川は作戦前にフから特別に作戦の一部を聴いていた。しかし、それは信じられない話だった。
それはみんなが足止めをしている間に、フが一人で油断した初田へ立ち向かうという話だ。いくらフさんでもバカげている。
なぜなら…フの身体はフの身体は…、
振り返った初田はフの身体を見る。
そこにいたのは、黒くて死にそうな女装のぬいぐるみだったのだ。
大丈夫。
え…。流川は驚いた。止められなかった初田が遂に止まったのだ。しかし、それは攻撃に屈した態度ではなくて、驚きの表情。
そして、ニッコリとしたフのアイコンの表情の口元が更に捻じ曲がる。
フ「早稲田あかねー、閉門ー…」
初田「なに?!」
フの一声によって今いっぽスタンド能力によるナイフを刺されそうで少し驚いている様子の相川さんの前で、初田はフリーズし、あかねの弱者たちを象徴するような赤黒い手手の塊が初田を止めた。
フ「流石にウは殺せないよな~…」
初田「偽物…いや本物…?!」
なにがなんだか分からない様子の遠くにいる流川と違い、初田の思考はハッキリだ。2,3年前の青春の記憶。名古屋のともだちだともやウ。散っていった彼ら右翼のその中のウが正に今目の前にいるのだ。
フ「ダメじゃあないか。戦闘中に考え事なんて」
初田「…」
フ「ウだよ。忘れたのかい?悲しいねぇ」
初田「肉体もスタンドもこの目に映る情報はオマエを名古屋のウだと言っている。だけど!オレの魂が!ウじゃないと言っているんだよ!オマエはだれだ?!」
フ「きっしょ…。なんでわかるんだよ…」
フは着ぐるみを半分脱いだ。そこにいたのは、KK,川尻耕作の無表情の顔。古田更一とかつて名乗っていた仲間でありライバルだ。
フ「彼の能力とこのシュチュレーションのアートをやってみたくなっていてね。キミ、たのし荘よろしく彼やともだちだともはちゃんと自分で駆除しなかったろ…。ツメの甘いメンフィスくんと違い、ボクはもっと泳がせて利用する。変なところでキミはメンフィス同様に甘いね。おかげで楽にこのキャラ、スタンドが手に入った。分かっていると思うけど、キミは封印させてもらう。外山界隈はともかくカオスフォレスト界隈の治安が荒れすぎる」
初田「…」
フ「キミ…強すぎるんだよ。私の目的に邪魔なの。ワン・ワールド・オーダー、新しいセカイでまた会おう」
初田「いつまでいいようにやられているんだ?ウ」
フ「はははは!!!」
川尻の首をフの死体派な着ぐるみが掴む。
吉野「おっ!なんか解決したみたいだね♪」
能天気な吉野が自殺しかかっているフを見て言った。
フ「やあ…久しぶり吉野くん。流川くんじゃあなくてキミがボクにまた会うとは皮肉なもんだね」
初田「おいおい二人とも早くオレを早稲田あかねから追い出してくれ。むさくるしいヤツラを見ていられない」
とぼける吉野とシラけるフ。ようやくフの川尻を掴む手を制し、フを着直したフが言った。
フ「そうだね。閉門ー」
たじろく相川を前に、初田はキューブになった。
吉野「お~!フさん、今度建築のイベント行きます?」
フ「暇だったらフ」
こうして初田は封印された。
吉野「フさんっていっつも流川みたいに無能だと思っていましたけど、意外と使えますね」
フ「ああ。この時のタイミングを待っていた。早稲田あかねという太古からの右翼封印装置へ行くべきはボクじゃあなくて、初田くんだったのだ。だからこそ、ボクは流川や元カノのあかねへの誘いをあえて断り、非頭脳派の吉野くん…、キミがいる、初田くんがもっとも油断するときを待っていた…」
吉野「へぇ~。まあどうでもいいや~。これでオレたち死体派はフさんのおかげで駆除されずに済んだな…。へへ…、それより相川さん~ファシズムの本を読んだんですけど…」
日常に戻ったあかねに次第に明るさが戻るかと思った刹那ー…、
ドンッ!
封印されたはずのキューブが地面に落ちる。
フ「なんてヤツっ!!!」
咄嗟に焦ったフは着ぐるみを脱ぎ、川尻として初田を攻撃し、相川さんに怒られる失態をした。軽いヤケドを覆ったフ、いや川尻。
流石に途方に暮れるあかねメンバー。
初田「ミスったなぁ~。流石…川尻…いや古田さんだ。楽にはミズサー駆除のルートは無理みたいだ。てかこの箱の中…ベツに戦闘が許されていないだけで、楽しく生活はできるみたいだし…。まあ古田さんに少し干されちゃったね…。まあもとこ&稲葉を駆除したし…万事は他のみんなに任せますか♪」
稲葉「初田さんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん」
流川「な、なんだ…」
遅れてやってきた流川も聞こえたみたいだ。発狂する稲葉の悲鳴があかねに響く。驚く一同。
フ「やられフね…」
流川「ど…どういうことだ?フさん」
フ「初田フんを封印したことが全世界に遂にバレた。どうやらあかねのどこかに盗聴器をつけられていたみたいフ…」
フは怖い表情でとある女性のことを思い出す。やられた…。クチでは今あかねと言ったがどうやらオレの服につけられていたことをフは一人で確信していた。
流川「じゃ、じゃあ…稲葉はこっちに攻めてくるってことっすか?彼は本来こっちの味方のはずじゃあ…」
フ「ああ…。しかし、彼はメンヘラで天邪鬼な初田塾生だからね…。彼は初田くんが好きがゆえに嫌いなファンチさ。こういうことをすると、むしろ初田側にまた寝返るかもしれない」
吉野「め、めんどくせ~!オレがぼこすわ。フさんは流川派だろ?オレらに任せといてよ。あ!フさん、稲葉はオレらがもんどくわ~」
フ「ああ…。彼はあくまでも初田封印が失敗した時のプランCにすぎない。オレはしばらく初田くんが箱から出ないよう監視役に回フ…。相川さんお次にまた関係者を駆除したら面倒フ…」
吉野「ようし~!稲葉駆除!最高!オレら死体派都会組の勝ちだぜ!あんがと!フさん♪」
流川「あ、先走るな~!!!待て!吉野!オレがリーダーだぞ!!!」
愉快に稲葉狩りに走る一応は正統派の外山派たち。相川さんも今日はお開きだぜと言い、たばこを吸いながら、あかねから全員出ていく。
一人、暗闇の中であかねに引きこもるフ。
フ「外山派と違って相変わらず陰気だな」
そこにやってきたのは、ウの信者二人。
ウの信者二人「返せ。ウさんの歴史を。返せ」
フ「返すわけがないだろう。次、スタンド使いと約束するときは、しっかりと契約書を見るんだな。消えろ。それともウのアートに消されてほしいか?」
ウの信者二人「後悔するぞ…。フ…いや古田更一と呼ばれていた男…」
ロープ姿のガリガリな二人はあかねという魔方陣をあとにした。
またひとりぼっちになったフは、しかし嗤った。
フ「後悔か…。どんな味だったかな?」
陽キャ哲学らしく、体制派の範囲において左派をやることの素晴らしさを語ろう!
しかし、子供(クソガキ)の直感は正しい。
以前に名古屋の黒人に古田さんは楽しくなさそうと煽られたかアドバイスされたw。
極めつきはlan malcom.
彼が月ノ美兎の実写の中を見たときに、神経症ですねと言っていてハッとした( ゚д゚)ハッ!。
体制的なパーソナリティは神経症的と言えば神経症的だ。
言葉の語彙をそのまま丸暗記し社会を社会だと信じたがる。
これは批判ではなく、あくまでそういうパーソナルの話だ。
神経症、これは治すものではなく、向き合うものだろう。
嗚呼、向き合うものだろう。
となると、ボクの虚像にハマるものがいれば、(外山恒一)の虚像を利用しようとする者も現れてくるはずだ。
況や近代の超越が無理ということだ。だって近代社会を腐す落合陽一の焦り方を見てみろ、意識が高い彼こそよっぽど神経症的な近代人だ(もちろん彼にはそうじゃない面もある。詳しくはAI3,AIをAIするAIを閲覧せよ)。
つまり、近代社会の病理を仮にシンギュラリティ、AIで超越できたとしても、if分、必ずや競争をしたいスワンプマンたちは以前ますます残っていく事実、ポスト構造的な限界、いや遂にポスト構造的な生身の人々を解体し料理するときにまな板の上の鯉だとしても暴れちゃうのだ。
だとすると、事態はますます滑稽な状況にならざるおえない。
文芸誌・死体派は死体は喋っている(©マキマ)としてもオモコロだからいいじゃんいいじゃん(©茂木)と慈愛と冷笑を交互に繰り返すようになるだろう。
その危険なボール鬼でどんどんと総括(ソウカツッ!)される人々。
キャンセルカルチャー、キャンセルカルチャー、キャンセルカルチャー。
体制は体制を打破することで反体制を定義できるならどうだろ?
内ゲバは内ゲバの系にある限り、俯瞰なんかできない。
もしかすると、(外山恒一)はアナタの隣に座っているかもしれない。
レシピ
ハムエッグ 2人前
陽キャ 1人前
できたら哲学少々
(外山恒一)になろう!
池袋のだめライフ愛好会集まりで私は外山恒一を定例的に腐したら年下の生意気なメンヘラに怒られてしまった。もちろん会場自体が底辺やリベラルに優しい池袋かつバー三代目だったし陽キャ哲学という天敵もいたし、そもそもはじめからだめライフ愛好会を批判する気がなく来たら、頭のマジでおかしい神経症的すぎる陽キャ哲学が空気を読まずにだめライフ愛好会の会場を無視し不謹慎系YouTuber古田更一論を展開するからトラブルになった。
そこで年下の子に言われたことが外山恒一はパーフォマンスの人と古田さんは批判しているが誤解であり彼は偉大な教養をお持ちであると言われたが、ここにはハイコンテキストな誤解がある。
むしろ私は外山恒一をそこではむしろパーフォマンスをするからこそ素晴らしいと褒めちぎったつもりだったのに、煽りだと勘違いされたのだ。
私は新人類という陽キャなニューアカ・Kid’s中森明夫のさらなる子供、元々は陰キャだったにも関わらずカラオケとかで発音の練習をしていた外山恒一さんのチャラさ思考こそに思想を見出していた。
にも関わらず、彼ら若い外山恒一合宿世代は教養家としての外山恒一を評価している乖離があった。
むしろ外山恒一は知識において頭が良くないからこそ高く評価すべきと私は彼に言いたかった。
行動家として高く評価すべきと言いたかった。
しかし、問題はたしかに外山恒一は偉大だが、教養家の外山恒一は(外山恒一)だ。
スワンプマン、オールウェイズ3丁目の夕日。
すでに役割が死んだ(革命)を持ち上げている。
もちろん開き直りも激しい。
死体派という陰キャに開き直る文芸誌よろしく文学フリマが熱いだの茂木さんの彼女が死に関心持っているなど枚挙に(外山恒一)という記号批判はむしろ内部からオモコロ的(©キュアロランバルト)になっている。
コンスタティブはびゅんびゅんと飛んでネオ幕府という名の資本主義が跋扈してきている。
ここで曰く付きのミズサー出禁の品物・ネオ幕府を代入しよう。
なにも茶化したいわけでも、馬鹿にしているわけではない。むしろ(外山恒一)を中心にした村を持続させるにはネオ幕府という良くも悪くも異端児を導入するしかないと思うのである。
私の見てきた政治状況を弁証仮定でまとめよう。
1,外山恒一的体制派・茂木さんの彼女(従えているクリーチャー茂木&キュアロランバルト)
2,茂木さんの彼女たちからキャンセルカルチャーされたネオ幕府将軍未満・アイカワさん
3,だめ連の感銘のあとに外山恒一界隈に入り浸るようになった陰キャヤクザ・中央大学だめライフ愛好会
3点から導き出されるのは、そうー。
オタサーの姫問題、白雪姫と10人の小人たちである(©宇野常寛)。
(外山恒一)を暗殺するのは難しい。
別に政治活動家にも関わらず大学教授じみた(外山恒一)大先生をコロしたいなんて思っては断じていない。
単に(外山恒一)を暗殺するのは難しいという話だ。
大事なことは槍でも銃でも使って外山を刺しても煮ても食べても、(外山恒一)という装置は消えないからだ。
おそらくここが重要で、外山恒一に神が憑いていると仮定したほうが良いかもしれない。
共産主義の亡霊が跋扈している。そうマルクスの亡霊が…。嘘の多重化よろしくジャック・デリダは狼少年を冷笑するかもしれない。
そうえば、チェーンソーマンでラスボスの母親的なヤツを食べることで倒すシーンがあった。
私は今月ノ美兎を倒さないとまずいと仮定しているが(©体制的)、おそらく月ノ美兎は大したことがないにも関わらず倒せないのだ。
問題を戻す前に、1人の愉快なバカの矛盾を聞いてほしい。
哲学者・千葉雅也を中身がないと非難する陽キャ哲学普及協会は、しかし、自身がシンギュラリティ的に生きているYouTubeプラットフォームを底辺論壇と自虐するし本に憧れを持っている。
この言われようのない矛盾の数々。
それでもパラフレーズは続く。
たとえば、登録者25000人前後の思想的なVtuberFランぼっちモザイクがいる。
彼は再生数はあるし信念はあるが、しかし、実物と映像とのギャップと嗚呼やっぱり…という連続性に驚くだろう。
つまり、Fランぼっちモザイクは再生数も登録者数も多いから凄いが、やっぱり陰キャは陰キャなのだ。
むしろ陰キャすぎて逆に信念を感じてリアルの方がむしろ安心してしまう。
きっと大なり小なり月ノ美兎もマキマも千葉雅也もこの資本主義という名の亡霊が割拠している状態なのだ(©ジャック・イナバ)。
スペードは初田くんでクイーンはリコさん、キングは陽キャ哲学だな〜…。
アリスは月ノ美兎、ドタチンはスペードの7、じゃあジョーカーは…
やめた!やめた!
トランプなんてごめんだよ。
見た目が良いのにも関わらずジョーカーな自分はさながらヒソカだろうか?(©HUNTER×HUNTER)。
冗談はこれぐらいにしておいて、不謹慎系YouTuberというブームに乗っかったジョーカーはもう使えない。
いや使えないどころかもはや自己紹介として余りにブランディング化しすぎた。
しかし、ジョーカーはやっぱりカッコいい。
そしてヒソカは化粧に興味がないのに化粧する。
だとするならば…ジョーカーがキングにでもましてやアリスにでも偽夏油傑のようになれるんだったら…(©呪術廻戦)。
きっと無限に(外山恒一)をデザイナーベイビーできるんでしょうね♡
な、なんで分かったんだよ?!
パカッ。
外山恒一の頭の中を開いたら、そこには別な人がいた。
オマエだれだよ、麻原彰晃か、いややっぱり黒幕はミズサーの茂木か?おいおいおい。
冗談はさておいて、本題に入ろう。
♀ではなくて、メスを用意してほしい。
(外山恒一)の遺体解剖から(外山恒一)にとぐろする本当の黒幕を見つけることができたら幸いだ。
海外企業のweb writer古田更一です。
最近、文学や精神分析を埋め込んだ政治の流れを研究してきましたが、良くも悪くも当たってきたことに飽きと呆れが多くなってきた。
バカな奴らに楽しむことも楽しいが、あんましバカな政治に関わっていると潰されるリスクも上がってくる。
むしろ、バカから防御する方法を勉強していたが、これからはバカを駆除する方法も考えていかないとならない。
どうやってバカを駆除するか?自分なりに模索したいと思う。
1,メディア禁止 2,女性禁止 3,嘘禁止
メディアをどれだけ破壊できるか?あるいはどれだけ女性を遠ざけるか?または嘘でまみれた世界からズレていくか。
メンヘラになっているわけじゃないが、くだらない社会業務に付き合いされてだるいのは正直ある。
無意味な仕事が多い現状で働きましょも糞もない。
働け働けは産業効率を無視した甘えだし、権威だ。
ここ最近は批評をやめて文学をやっているから、文学スタイルでAIをAIするAIみたいな落合陽一を乗り越える仕事の東浩紀版を描いてみたいと思う。
訂正可能性の哲学ではない。
訂正不可能性の文学だ。
バカに開き直ったら地獄まみれしかない。
どうも東京医科歯科大学医学部YouTuber逆精神病院です。
古田更一について実は意外と直接言及している動画はそんなにありません。
なぜなら失礼に当たるからなんだよね。
格下が格上を言及するというのは失礼なのね。
逆はもちろんOKだしめちゃくちゃ言及されて嬉しかったし2021年8,9月あたりに言及された動画は何回も見たよ。
どっかの誰かさんみたいに古田更一動画を作って失礼なことを言おうなんて思ってなかったから。まあ端的に言って古田更一というのは20代でトップのインテリですね。
どうも、純白です。
今日は哲学者の古田更一について語りたいと思います。
哲学的な思想の発信はブログとかtwitterとかで話して、YouTubeの発信は不謹慎系YouTuberなどを発しているんだよね。
表向きは不謹慎で人を深い思想に導くソクラテスのような情報発信をしているんだよね。
そもそも不謹慎系YouTuberには様々なタイプがいて、遠藤チャンネルやステハゲみたいな純粋不謹慎がいて三浦春馬の母親ですみたいなことを言う完全にエンタメ、見た人の感情を揺さぶることに執着しますと。
2種類目がコレコレとかシバターとか炎上の火種を探してきてメディア系不謹慎でこれもネットニュースありきでこれも思想が薄め。
3種類目が古田更一が属している思想系不謹慎だけど思想系不謹慎って全然いない。YouTube見ている人々って良くも悪くもバカだから思想的に人々を集めるのは難しい。ドキュンネットワークとか外山恒一とかもまあ該当するかもしれない。大手のラーメン屋にわざと凸りオマエ不細工だなと言われることであえてルッキリズムを風刺するとかね。ロックだよね。古田更一もこの部類。オレがどうやって古田更一にたどり着いたかと言えば2chの掲示板で文学YouTuberに対して物申しているヤツがいるらしいぞって。当時2大巨頭だったベルやムーをバッサリ切っていた。古臭い文学を今さらあたりに語りすぎとか10000人がプルーストとか読んでいるわけないだろと欺瞞や偽善を暴くという。で、ひろゆき批判やアンチフェミニズム批判をしていて、すげぇすげぇ。
会って話してみたこともあるけど、東浩紀の影響をたぶんに受けているというか東浩紀って動物化するポスト・モダンでリオタールとか引用して大きな物語じゃあなくて小さな物語が流行っていくよって。
君の名は。とか涼宮ハルヒとか村上春樹の影響を受けたオタク文学そのものだと。むしろオタクのほうが賢いんだと。
オレは古田更一を見た後に東浩紀の動物化するポストモダンを読んだけど、同じことを言っているんだよね。fateやダンガンロンパが近代文学を超えただとか。簡単に言うと嘘なんだけど東浩紀はオタク頑張れ〜ってことで。でも仮に嘘でもそんなことを言われたら勇気がでるよね。同人誌活動とかがシミュラークルなんだと。東浩紀たちのおかげでサブカルチャーが復興し鬼滅の刃とかも流行ったと思う。
東浩紀の論法と古田更一は重なって見える。
それに+、不謹慎ができるってことだよね。
東浩紀は大学教授とか会社経営とか背負うものが多すぎて保守的になってしまった。しょうがないよね。年をとって背負うものが多きすぎたら。まあ彼は本当は引退しないといけないんだけど。
というわけで古田くんには期待しているんだけど、古田くんは難点があって、人に分からせるつもりがないからハイデガーに近いわけよ。自分の頭の中の難しい話しをバンバンと話しちゃうから良くも悪くもYouTubeを聴きに来ている視聴者たちは誤解しやすい。純粋不謹慎か?と勘違いしちゃうわけよ。そこが彼の課題だけど彼の周りにいる人々が噛み砕けばいいんじゃないかと。
一見、統合失調症に見えますが、よく見てみると深いことや鋭いことを言っていますとかね。
1,お金を使わないこと
2,お金を使わないことでルサンチマンを抱えるなら見栄を張らずに考えてみること(名古屋貧乏人問題)
3,お金はまぐれ、ランダムウォークで動く、あくまで数学、テコだということをゆめゆめ忘れないこと
4,お金は数ⅡBレベルしかない
5,宇宙について考えてみること(数三をあえてやる必要性)
6,流れに任せること
7,GAMESとして徹底し自分の勝ち負けに厳しくなること。嘘をつかない。テコで生きる。共感はしない。
オレはね。
たくさんの人間を愛して愛して愛して止まない.
人間っていう生き物が面白くて日夜彼ら彼女らの人間観察に勤しんでいる.
そのためならマッチで火を起こすしポンプで火消しだってするさ.
ちょうど天秤が左にいこうと右にいこうと平等に愛せるように.
文学はさ,オレのもんなんだからさ.
ファンチの皆様方,オレとゲームしよう
(アンチぶるけど本当はオレのことが好きなツンデレたちのこと).
なぁに簡単な話さ,そろそろお互いに決着をつけたいなと思ってさ.
使うのは人間の文学.
まずルールを話す前に,人間の文学なんてしょせんカネで買えるのか?っていうことが重要だよ.
おっと!カンニングペーパー,闇の自己啓発や宮台真司,東浩紀といった平成の文学的な産物を引き合いに誤魔化すのはやめてよ.
あくまでコレはキミらとボクのゲームという保険つきだし,あくまでコレはボクとキミらによる愉しい潰し愛なんだからさ.あくまでもゲームだと思ってラフプレイで文学はカネで解決するようなそんなもんなのか?考えてほしい.
考えたかい?まあボクが推測するに人間における文学がカネで買えるのか?の模範的な回答は,やっぱり入試試験に合わせた紋切り的な回答なんかだと人の文学はカネで買えるときもあるし買えないこともあるよだよね?
小論文的な紋切り型を話しているけれど,もし文学を徹底するというのならば三島由紀夫みたいに自殺するのもOKになるしコンビニ人間みたいにただコンビニにいることが文学としてロックとして成して良いこともある.
そう思うと文学は面白いだろ?(笑).
もちろんこういうソフィスト的な真実,文学の相対主義的な虚無さと絶対的な前近代的な権威さのメンヘラ感を話すと怒り出す人々もいるかもしれないね.
たとえば,文学が肯定されるならばソレは法人とやらを飛び越えて殺人や犯罪,恫喝だって文学なんだと言い張れるみたいに.
事実そういった文学?は古今東西暇がない.あらゆる所で消費され尽くされてあらゆる所で実験されてきた.
だとすると,もう文学って余りに相対すぎて無秩序だって思うよね?
ところでさ… .
そういう時に相対的がゆえに絶対的な確信を求める馬鹿げた文学から身を守ったり文学者に成功を約束する
1つの仕事がある.
ソレが情報designer,あくまで脇に徹して文学者たちを編集し彼ら彼女らを羽ばたかせることあるいは潰すこと.
あくまでも文学を情報と割り切り予測したりチェス盤をそれとなく動かせばいい.
え?情報designerたちは人生楽しいのか?って(笑).オレの妹たちみたいなことは言うもんじゃあない.
だってね,情報designerは完璧じゃあないんだから.
あくまで1つの文学を生かすも殺すもリスクもアートもするのはあくまでキミ自身.
そう,主役はこれを読むキミ,文学そのものなキミにあるんだから.
脇役のオレはただ彼ら彼女らの肩をソッと押すだけさ.
究極の選択,トロッコ問題で矛盾した生き様のうちどちらかに切り刻まれるかどれだけ英雄として生き残れるか確かめるように.
ほらぁ〜,文学なんかよりも情報designerの楽しさが分かったろ?
じゃあソレを踏まえてオレとあえてつまらない文学をしようよ,月ノ美兎さん!あ,あれ?集っているのは男死ばかり?!困ったなぁ〜,「批評形式の文書」だと男ばかり先に集っちゃうよなぁ〜.
だけどさ,きっとコレがモテる方法だよ.
というわけでキミたちの文学を計るゲームを今から開始しよう.
S田「それで…アナタの狙いはなんなの?」
◯☓学園前駅の近くの喫茶店。
Vライバー月ノ美兎を演じるS田はため息まじりに目の前に居る痛い男を冷笑した.
暴露,言っちゃあいけないけど言っちゃうけどS田さんのご学友たちはこの◯☓学園前駅辺りに住んでいる.
はっちゃているときはよくご学友たちの自宅へ遊びに行ったものだと甘い蜂蜜の匂いを頭に浮かべながら,S田はしかし不愉快そうに安っぽいレモンティーをすする.
なぜならその楽しい平穏をぶち壊すようなそんな不謹慎すぎる象徴そのものなドブネズミが目の前に座っているからだ.
男は返答する前にブラックコーヒーを啜りながら愉快そうに嗤った.
古田「別に〜.オレがどうこうする以前に社会っていうのは存在しないというか規則的な動きでちょうどゲームみたいに確定されている.ちょうどウラノミトPVにおけるゲームの比喩みたいにね.嗚呼!そうだぁ〜…,3年間に及ぶ出来レース愉しかった?月ノ美兎Projectいやにじさんじ計画と呼んだほうが良いかな,人類補完計画… .そいや!そいや!神様アタック〜♪」
古田はそう高らかにネットのガキのように叫びながら備え付けのミルクをゆっくりたらたらとブラックコーヒーへ流し込んだ.
黒く黒かったブラックコーヒーは次第に白と混ざり合い,スプーンでぐるぐる♪味の整ったミルクコーヒーの出来上がり.
嬉しそうに眺める古田と不愉快そうにミルクコーヒーとソレを一瞥しながらスマホをイジるS田.
冷笑されていることを冷笑したいのか,古田は怯まない.
古田「一緒に天国へ行こうよ,S田さん」
ソレは結婚指輪すらない不愉快なプロポーズ.
スプーンをぐるぐる回しながら,古田は結婚指輪の代わりにバックから呪術廻戦を取り出し夏油傑の必殺技・呪霊相術うずまきのシーンを見せた.
そうー.コレがS田さんが冷笑していた男死の姿.
それでも優しい月ノ美兎なS田さんは固く微笑みながら答えた.
S田「私は…個人的には呪霊廻戦より寄生獣のほうが好きだし…アナタ風に言うんだったら…伊藤潤二作品の方が好きだね」
しかし最低な古田は最高なS田をもう見ていない.日向の上級国民そうな成金たち◯☓学園前に住むセレブのママとベイビーの徒歩をたくさん窓ガラスから追いかけながら… .
夕焼けに当たる武蔵野美術大学の裏切り者な古田は答えた.
古田「S田さんはやっぱり平和主義者なんだね.それはvtuberみたいなテクノロジーに対する冒涜,数学政治で冷笑しちゃうわけだ.終わらないよ,平成くん」
攻撃的なピエロに皮肉を言われようとピエロはしょせんピエロだ.しかし,S田はうなだれながら叩けない机を叩くような姿勢でこちらを見ない古田へ毒づいた.
S田「そんなの…アナタの全部妄想じゃない.私はあくまで平和なセカイで彼らのことを深く愛しているだけ」
瞬時ー.彼女の頬がドラッグをやっているように紅潮する.
古田「すでに死んでいる人間でも?」
現実へ引き戻された.窓ガラスからコチラを向いた古田をキッとS田は睨む.
ソレはミルクコーヒーを啜りながら,
古田「嗚呼,悪い悪い.冷笑には冷笑で本歌取りしたくなったんだ.ソレより安心してほしいんだよ.◯☓学園前周辺のアンタのご学友たちを殺そうなんてオレは思わないさ」
S田「え…」
思わずクチに言葉が出てしまったS田は恥ずかしそうにクチを両手で塞いだ.
そんなS田の様子が可愛かったのか,いや古田は遠くを見つめながら2人の男女のやり取りを思い出していた.
古田「早稲田のキュアロラン・バルトと早稲田のオレの妹のはしょせんは共犯関係さ.どんなにお互いがお互いを憎しみ合おうと愛し合おうとそんなの関係ない」
勝手に古田はS田のレモンティーに口づけした.
S田「…」
古田「愛なんかないんですよ.
ただどうやって敵をまくか?的に遺伝子的プログラムは矛盾した男女を配置して周囲や敵を誤魔化す方法を思いついた.プロレス!まさか本気で殺し合ってきた敵同士がまさか本気で愛し合っていたとは思わないだろうね!」
バンッ!
優しいS田が叩けなかった机を叩いた古田のせいで机は揺れ動き,少しレモンティーとミルクコーヒーがワッとこぼれる.
S田「…」
机の中心にあったのはもはや酸っぱ苦いレモンティーでも甘黒いミルクコーヒーでもない.
そこにあったのは,そうー.1つの茶封筒.
S田は少し動揺し1つの茶封筒が周囲の◯☓学園前における喫茶店の人々にバレないか,心配した顔であたりをビクビク一目した.
S田「バカ…」
古田「バカじゃあないよ.オレだってにじさんじやカオスフォレスト,いやそんな偽物だけじゃあない.みんなの,みんなの友達なんだ.人気者って良いよね.僕ら2人もそろそろvtuberや不謹慎系YouTuberなんてやめてさぁ!人気者になろうよ!キミはそう思うだろ?」
茶封筒をまるで愛しい愛しい2人の赤子のように見つめる男。
1つの茶封筒の中身を気にするS田をよそ見に,古田はスマホを取り出してYouTubeを開いた.
古田「もう一度本当の戦争をこの日本で起こそうじゃあないか.はは,なんてオレは幸運なんだろう!まさか戦後も体験したがゆえに戦前も体験できるとはね!そうだ!S田さんも25000人以上のテロリスト予備軍の極左集団に入ればいい.もっともオレが犯すんじゃあなくて…うん…ちょうどソレがね…」
ゴクリ… .
冷笑家じゃあないS田さんはその茶封筒に戦慄した.目の前の攻撃的なピエロが冷たく嗤っていることに気づきもせずに.
1,革命をしようにも革命する側が凹たれた権威主義者(東京大学だめライフ愛好会や闇の自己啓発よろしく外山恒一界隈、成田悠輔など)
2,現在は革命ができるんでは?&YouTuberブームも微温な平成的なヌルいノリでは耕し尽くしてしまった(TVや既得権益がギリギリ反TV&反既得権益を選択するポスト平成的なノリ。ガーシー的)
3,現在Xを中心にして若者や女性の反乱やパニック騒ぎが溢れる(だめライフ愛好会や外山恒一合宿ブーム、弱者男性界隈など)
4,団塊ジュニアを中心にした50?60あたりが20代の骨がある危ない若者たちを引き上げる気はない。結果、成田悠輔たちの起用。しかし、その折衷案も終わった
↓
ポスト平成的な平成的なノリの延長線を保ちたい人間たちによる革命は不可能(だめライフ愛好会や成田悠輔、医学部YouTuberなど。ネオ70年代的)
↓
平成的なオタクを終わらせないといけない。現在はにじさんじ&にゃるらを中心にした弱者男性搾取メンヘラ商法が政治で疲弊した若者たちの経済を更に奪う
↓
・革命もできない引きこもり的な弱者男性たちは早急に弱らせにじさんじ&にゃるらの消極的な解体(FPもとこ駆除、初田路線)
or
・怒れる弱者男性たちの積極的なにじさんじ&にゃるらなどへね積極的な解体(純粋な量のアジテーション。Fランぼっちモザイク路線)
or
批評や政治は過去のものと思うべきか?(シンギュラリティ史観、落合陽一的)
↓
3年間のYouTuber&政治ブームで解体されたもの
・本や論壇、TV(YouTuberやX優先、ジャニー喜多川問題など)
→古いメディアは解体されつつある(さよなら東浩紀ようこそメタバースのシラス)
・解体されなかったもの
→大企業、仕事、就活などといった経済的な問題。政治で解決できるのは政治のみ。
→BIをしても共産主義をしても、経済的なパイがふえないから、消極的に資本主義や競争主義を導入せざるおえないハメに(メンヘラ搾取商法による経済ビジネス、闇の自己啓発&にじさんじへ追い打ちが)
→猛バッシングと猛プッシュの資本主義ブームがお待ち
↓
・楽観シナリオ ネオ・ニューアカブーム(ネオ80年代消費社会。消費を肯定しよう)、猛バッシングテロ成功
・悲観シナリオ 終わりなき日常がだらだら、弱者男性たちがだらだら癒やされながら利用されていくユートピア、大企業や大学が平均的な仕事量で維持されていく
↓
提案1 交換様式X(大学破壊論)。
大学や近代は宗教だから宗教に背を向けたりだらだらと冷笑しながらのっかり生きよう
↓
半分成功。プライド高いメンヘラや政治をやりたいマウンティング弱者男性女性たちは自業自得で権威と共犯。彼ら彼女ら偽弱者たちも駆除することで、巧く回る。
↓
現在(半分失敗)。 暴徒化した弱者政治メンヘラ&開き直る既得権益たちの外圧からどう守るか(得に行くか)?
交換様式Xが半分失敗した理由。→暴徒化した弱者たちからのガードや開き直る既得権益のネコババへ攻める意識が足りない。
↓
決断主義しか無い?やられるなら、こちらからやる?あるいはいかに守るか?
〈追記〉
他人事感が前提だから俺だけが助けろとかはナンセンスだが、治安が前より悪いため、自分感は多少ある。
YouTubeは精神病棟になるからやめないとならない.
今はSNSぶち壊し&バブル崩壊の余波まみれだ.
いいねは仮想通貨にすぎない.
ビットコインと同じで逃げ切れるかが重要に.
あるいはメタバースプラットフォームで暮らす下層階級と現実で生きる上流階級に分断するだろう.
むしろ今は休まないとならない.
SNSは遮断しなければならない.
今から始めても焦りにすぎない.
あからさまに頭のおかしい連中同士が群れあい,治安悪化か無味無臭になる.
法人もbot化する.
むしろ今はSNSのやめかた,立て直し方が要.
単純に売上が落ちる(まあこれはYouTuberブーム終わったからね、ここらは単なる因果や推論)
メンヘラがより悪化している
それでも出れないし、本質的な男性恐怖症
これからはより修行的な投稿にまた変わっていく
→幸福度が上がり、アートがより増える!
→ハッピーエンド
池袋はやっぱり面白い。
なぜってシャフが多くて、それでも頑張ろうとせざる負えない美しさに溢れているから(皮肉ではなく普通の意味で)。
実力ある陰キャ同士の2人がくっつかない。
喧嘩している2人がそこまで返って対立しない。
陰キャにはやっぱり希望はないのに、人は学問で魔法でAIでどうにか変えようと頑張る。
自業自得な人々が多すぎる。
オレ?そんなオレはそんな現実を愛しているよ。
ああ、愛しているよ。
リベラルには興味がないし右翼にも興味がなく、ただ美しい人間の躍動だけ見たいね。
Fランぼっちモザイクの活躍には目が見張るものがあった。
コミュ障的に避けていたが、彼は今頑張っている。それだけは言いたい。
オレは平等だからだ。
楽しかったよ。
モザイクはぼっちだから分かると思うが、陽キャ哲学の言っているキミと仲直りしたいとかは、ない。
デモ、キミを利用したくて呼んだわけじゃあない。
ただ今頑張って生きている姿を応援しているし、次の興奮やアートをするにはぼっちを極めるがゆえに、ぼっちを超えた対話が大事だしそれを見たいと観客として言いたかった。
そのためならめんどい初田くん&陽キャ哲学だろうとボクは見てみたいしキミが以前より前進していることにボクは感動した。
そこだけはよろしく頼むよ!
今すごく退潮傾向にある。
ルサンチマンが済んだのかバカなのか分からないが浅くて曖昧なガーシー&成田悠介騒ぎは終わった。
数学政治、権力こそ最も数学の恩恵をウケていることを彼らは知らなかった。
要するに大衆はバカなんでギャーギャー騒いでも既得権益を倒すと言っても、世に必要な既得権益が意外とあることが良くも悪くも分からなかった。
たとえば公務員における事務、水道ガスなどは必要かつ立派な仕事かもしれない。
本屋や出版、TVといったメディアの力は確かに弱まったと思う。これは革命に近い。
しかし、追いやられた権力はあろうことかYouTube上でメタバースとして学歴界隈やTVの延長線として寄生初めている。
引きこもりや生活保護、池袋の政治野郎たちはメタバースへ生きるようになった。
こうなるとむしろSNSの滞在時間を減らしたり本を読んだり大学を意識するといった逆張りがむしろリッチさを表す。
しかし、基本的に本もTVも死んだ。
あくまでスナック菓子としての本やTVである。
たとえば、厳しい批評で本は禁止、その代わり中身ないエッセイや文学で本はOK、TVもドラマやグルメ番組、旅番組はOK,政治性がなければだ。あるいは理系的なダーヴィンがきたなどの人畜無害な教養も良いだろう。
ポスト平成における平成を超えたいネオ70年代革命は道半ばでやはり終わった。
今はだらだらと平成を楽しめる貴族かあるいはネオ70年代革命で裁かれたアップアップな人間たちで分断されている。
楽観的な観測では流石に焦った老害や若者たちがネオ80年代革命で若者たちに下駄を履かせてくれるかもしれない。これは半分は起きている気がする。ここ最近あらゆる年上たちから今までと違いへりくだられる形で頼られているから(なおギャラはほぼないという…。しかし仕事量は割に合わないレベルにたくさんきている)。
悲観的に絶望してみると、今回のゲームで勝った側はむしろ抵抗勢力としてネオ80年代的な令和すぎる破壊性を嫌悪し忌避せざるおえない。自分たちが死ぬからだ。具体的には池袋や埼玉、および学歴界隈や成田悠輔、ひろゆき、にじさんじなどが例だ。彼らは実のところマイノリティな1つの党派にすぎないが、ネオ80年代的な革命を嫌がるだろう(および早稲田や京大といった古ぼけた大学や大企業もネオ・ニューアカを嫌がるだろう)。
問題なのは当時における朝日新聞や報道番組の極左たちが日経やテレ東と違ってどこにいるか?という結局のところ老害が老害を潰す、
あるいは私も成田も触れたくないブチギレた敗者たちの暴徒に。
〈追記〉
ロジックやAI,批評はテンポは早いが今は良くも悪くも女性やマクロ、実効性がより良くも悪くも求められている。となると中身が下がるがよりポテンシャルがあるかもしれない逃避だが陶酔な文学かもしれないのは強調しておく。行動しない理由を含めてだ。
昔からそうだったとも言えちゃうがあそこまで早稲田を利権にしているのは問題だ。
それは早稲田を単なる利権の道具にしか利用しなかったら苦しむよなという気概がある。
もはや市場主義に余りに乖離しすぎた大学はお荷物だ。
もちろん最低限の情報処理は必要かもしれないが、あんなにメンヘラになったり負け犬に成り下がるのは、ハッキリ言うと利権にぶら下がりすぎて、早稲田すらも破壊している。
他人事だが、同じ釜を食った人間としてはああやっぱり森村学園の教育は間違えていたんだと分かる事案だった。
青山一丁目のしがないサラリーマンの古田更一です。
昔、これは初めて話すが親に浪人時代に無理やり池袋河合塾校早慶アドバンスクラスにブチ込まれたことがある。
めちゃくちゃ憂鬱で寮のメシが余りに不味すぎて(これが本当に1番の理由)鬱病状態になり、半年で抜け出した。
しかし、同時に池袋の日常は楽しくて仕方なく、めちゃくちゃ働いていない時に池袋に来れたら良かったのにと思う。その寮もめちゃくちゃ美しい(雰囲気や立地は好きだった)。
オレは暇があれば死ぬ前に池袋あたりには住みたいなと半分思っている。
おそらく神奈川の人間が真逆にある世界観の埼玉あたりに飛ばされるのは楽しすぎると同時に仕事なのだ。
そこに厳しいが旨味があるといえる。
そうえば東京の左側、武蔵野美術大学も大変だった(と同時に感傷マゾ的に武蔵野美術大学の周りや国分寺、立川はめちゃくちゃ美しい!)。
最近よく池袋は歩くが、池袋の河合塾校はオレのときの校舎が無くなっていてびっくりした。
池袋という街はオレにとって災害であると同時にビジネス的な景気の良さ、変動幅を知らせるモチーフであり、もしかするとアナタにとっての池袋を感じ取ることが重要かもしれない。
やっぱり感傷マゾになるというか受験勉強や仕事はめちゃくちゃ面白すぎる。痛みや真剣に生きている感が良いよね~。
〈追記〉
ちなみにどうでもいいと思うが、小論文は主にLINEでひたすら日記を高3時代から毎日書いていて(および顔出し動画投稿も今は非公開だが高3あたりから日夜upしていた)、また原宿にある代ゼミの美大予備校で膨大に批判される特訓を受けて平易な文章になった。懐かしい。
成田悠輔の周りは怯えているのではないか?と思うし、彼を持ち上げた為政者たちも怯えているのではないか?
平成が終わることをそんなことないないと言う為の冷笑。
しかし、それはもはや冷笑というよりは、怯えだ。
2024年からはポスト平成以降が起きるだろう。
いくら訂正不可能性の文学とバカな哲学者が焦りながら宣おうと流石に大学に勉強しに行く気はしないし本屋へ行く気はおきないし行ってもつまらない本ばかりだ。
これからおきる変革はフェアーだ。
淡々と大学や本屋、政治が縮小し、淡々とルサンチマンを抱えない国家役人は生き残るという、反権威にも権威にも優しい客観的なシンギュラリティが可視化されるだろう。
青山一丁目のしがないweb writer古田更一です(ほぼ海外企業)。
昔から昔と言っても、3年前からだが、ずっと無意識下でずっと悩んできた問題がある。
それは東京医科歯科大学医学部YouTuberこと六本木のしがないprogrammerが折原臨也なのか?岸谷新羅なのか?あるいはボクが折原臨也か?岸谷新羅か?だ。
情報量も多いし、わけがわからないかも知れないが、オレはこの自分に似たデュラララというライトノベルのキャラのどちらが自分に似ているかが本当に分からなくて、3年間憂鬱になっていた。
なぜなら、この問題を解かないと自分とは何か?という実存の壁を突破することは不可能だからだ。
デュラララとは池袋の闇世界とSNS民を舞台にしたライトノベルで、折原臨也は情報屋で岸谷新羅は闇医者だ。
池袋のネット民はよく高学歴やインテリ界隈に多く、えらいてんちょうやプロ奢、ひろゆき、成田悠輔などたくさんいる。
私が作ったChaosForestも匂いや治安の悪さがなんというかデュラララ臭い。
そこで問題なのは、私が医者なのか?それとも彼が情報屋なのか?というゲーム理論における数学では解けない複雑な問いである。
この問題を話した背景には、私の実存的には折原臨也的なものがずっと渦巻いているのに、私が折原臨也と定義されると、困る人々がいる気がするのだ。
だから、必死な抵抗にあっている気がしていて、必死に自己の実存を邪魔しボクを岸谷新羅と言う人間たちだらけという事実そのものがむしろボクが折原臨也という優位性を表しているようにも思える。
ようは、ずっと問題になっている、初田には思想がないという問題だ(思想があると思ったから超科学/ピュアランダムネス&PPP-戦争論がある)。
私は騙されているかもしれないが(そうなるとボクが新羅か?)、となると、初田には思想がないのが本当ならば、彼が情報屋でボクが闇医者ということになる。
しかし、本は破れ!はセラピーとしては読まれても本質的な問題解決にならない。
答えが書かれすぎているがゆえに無視される。
しかし、YouTuberのなりかたはどうだろうか?
あまりに薄くて、本はもうないんだよと言い切っている。パラダイムの終わりを失効していて冷笑的だ。
折原臨也は人間を愛している哲学者だ。
岸谷新羅は首なし女を愛する変態だ。
果たして私に首なし女を愛する器量やフェチがあるのだろうか?
よく古田さん助けてくださいと言われたときに、初田へ行けよと言うのは、公共性が私にはないという考え方だからである。
しかし、初田くんが詭弁があっても単純なヤンキー的な右翼ならば、公共性は右翼のほうにあるだろう。
この優しく見えるボクが優しくないのか?優しいのか?問題は、
ネオ70年代的な戦後を引きずった糸井重里&栗本慎一郎にそっくりな西村博之&成田悠輔が不徹底なポスト平成を行った気がする。
革命をしようにも、本当の若者ではない西村博之や成田悠輔たちという団塊ジュニアの仲間たちが団塊ジュニアの手下たちが革命をしようにも肝心の若者たちの声を聞いていないじゃあないか。
という点で本当の若者の声を聞こうよという点で遊びの天才であるボクは武蔵野美術大学でアートを愛していたボクは文学の美学からはどうしても古田更一=折原臨也説を提唱したい気がするが、どうだろうか?
それともボクが気づいてないだけで世界はもっと残酷なのだろうか?
〈追記〉
しかし、自分は成田悠輔キッズだと思うので、彼に影響はウケていないし好きでも嫌いでもないが、人格は似ている気がする。成田悠輔やガーシーも代入すると余計にハードに分からなくなる。
ここ最近の問題として悩ましいのは、YouTubeをやらないのにYouTube視聴者になる本当に人生が詰んでいる外山恒一合宿者たちを中心にした高学歴メンヘラたちだ。早稲田や京都大学など様々な高学歴たちがいるが、医学部YouTuberたちと違い陽キャにシラケることができないのに、テクノロジーの時代にいまだに文系なため様々に自分たちを出せずにこじらせている。
結果、彼らは音楽やロック、アートを冷笑しながらハマるという居心地の悪さを露呈させている。
彼ら彼女らはだめライフ愛好会と評し、東京大学なのにだめなんだと屁理屈を言わざるおえなくなっている。
そんなときにYouTuberでもない陽キャな医学部でもない本当のだめライフなツイッタラーが参考になると思う。
その名はウだ。
何十年も引きこもり、そして自らをピンク緑の妖精と勘違いしていたが、余りにアートをやりすぎて、現実とSNSの違いが分かるような身体性を獲得した坂口章よりとはまた違うハードさを獲得した人物だ。
彼はにゃるらにロックな文章を送り、講談社あたりでインタビューも受けているぐらいには有名な過激な風刺的なツイッタラーである、
しかし、プロ奢は好きじゃないらしく、むしろライフハックをアートやロックから考えるという先天的なアートの問題をXの言語から教えてくれるだろう。
ハッキリと言うが、高学歴メンヘラの諸君はウよりも才能がない。
ここ最近ミズサーや早稲田、京大生、若手論壇たちと絡む期間があったが、みんな人生が医学部YouTuberよりつまらなそうだった。
ましてや坂口章やウよりは身体性やアートの目線はないだろう。
しかし、才能はなくても、人生は楽しくなれる。
いまだに木澤のネガティブな本を読んだり外山恒一合宿に通いながら知識を語らずメンヘラやリスカにハマるぐらいなら、ウさんの本質を突いたウッセイを読み、当たり前の身体性を獲得し、自らの男性と女性の揺れ動くヘラを調整すべきだろう。
これが元カノへ送る最後のメッセージであり、もはや文系は死んだのであり、自業自得である。
この3年間にウは格闘した。
キミたちはナニをした?
アートは残酷でありながらも時に平等であり、救済は自らでペイントを描き殴った人々にしかないのだ。

FランぼっちモザイクというVuberチャンネルがある。
このチャンネルは登録者28000人ぐらいのチャンネルで主に学歴やぼっちについて話しているチャンネルだ。
現在恐ろしいことにガーシーも成田悠輔も消えて日本の異常すぎたYouTuberブームあるいは革命バブルは終わってしまった。
そこに颯爽と手を汚さないで冷笑してきているのが東浩紀よろしくXなどの二軍集団たちだ。
しかし、二軍はしょせん二軍にすぎない。
彼らはぼっちでもなければ学歴厨でもない。
単なる保身の集まりでありあろうことか東京大学でだめライフなど早稲田大学でシャフなら評して様々な利権を私的悪用する当に訂正可能性な人生を謳歌している開き直りだ。
良くも悪くも読んだ感想としては、訂正可能性の哲学とは冷笑であり訂正不可能性の文学にすぎなかったのが良くも悪くもな感想であり、果たして開き直られていいのか、良くも悪くも分からない。
もちろん彼ら彼女らの指摘はもっともだ。
日本はほら変わらなかった。
だから、だらだらしようと。
しかし、アナタたちは何もせずにだらだらとしてきた保守層であり、旧来的なシステムにただ恩恵を得ているだけの面もある。
むしろ本質的な問いは、本当の弱者男性やこれからの若者たちがどう活動するか?だろう。
問題なのは、昨年集まった陽キャ若者YouTuber2名はもう上手く生き抜くスキルを持ち合わせているが、問題は残り三名の陰キャ若者YouTuberたちである。
彼らのようなカスケードは今が大変な時期だろうしこれからが大変かもしれない。
また月ノ美兎よろしくその周辺もこれから打撃を受けるかもしれないのだ。
もっとも東浩紀の指摘は正しい。
しかし、そこで保守派として腹を出しながらくよくよして自分を底辺だと自嘲しながらたくさんの富を地味に持っているのは東京大学だめライフ愛好会的なふるまいだ。
今我々が考えなければいけないのは、革命をどうこうするという無理難題なテーゼ以上に地道に建設的に日本の諸問題をどうするか?という切り口だ。
東浩紀の開き直りの指摘は正しいがゆえに、それはあくまでも無責任な冷笑にすぎない。
もっとも私は要領が良いので保守派とは名ばかりの現状肯定論には乗っかりたい安定派ではあるものの、怒れる若者たちはその程度では止まらないはずだ。
これから起きることは問題の本質が浮き彫りになる逆転だろう。
医学部YouTuber集団が政治的ゲバルトということがむき出しになりにじさんじが極めて保守的な当に訂正可能性の哲学だったことがバレていくはずだ。
その時になってまでキミたちはまだ医学部YouTuberをそしてにじさんじをまだ安直に見ていくのか?
不謹慎系YouTuberがいないセカイがこれから起きるということはメタバースという優しいウソは剥がれ落ちて、つまりアートは溶けていき、もっと鋭利で鋭い医学部の偏差値のような結末が目の前に広がることだろう。
ナニを言いたいか?と言えば私も分からない。
アイデアは全く湧いてこない。
不思議なことに3年間ではじめてだ。
ただ1つ言えることはこれまでの活躍は無駄じゃあないし、これから先起きることはきっと今までの総決算のようなナニかであることだろう。
不謹慎系YouTuberってメタバースにすぎない。
ここで恐ろしいのは不謹慎系YouTuberがメタバース、嘘だとすると、じゃあ不謹慎系YouTuberはナニか?ということだ。
共産主義がその実ユートピアだったとしたらどうだろう?
しかし、資本主義そのものが日本の場合特に家族主義的な意味合いを帯びている。
エマニュエル・トッドが言っている話は日本でも多く当てはまる。
医者の子は医者だし、歯医者は歯医者。
そのほうが楽だしね。
しかし、シンギュラリティ・ショックは話をややこしくした。
血の問題を曖昧にし、資本主義を解体する共産主義的な運動だった。
AIとは人間の理想だった。
逆に言えば、インターネットやめれ、血の問題のほうが実のところ、楽かもしれない。現状肯定の右も資本主義も実のところ楽でもある、だって古いから。
だから、ボクは大胆にこう言おう。
月ノ美兎さん、結婚しよう。アナタの手柄はオレのもん。だけど、月ノ美兎さん、アナタは浮気をしていいし、困ったことは全て優先的に解決してあげる。
恐るべき資本主義の家長主義は皮肉なことに社会変革であり、当然の事ながら不謹慎系YouTuberは存在しない。あるのは、現実のもう一面にすぎないのだから。
さぁ、歓迎しようじゃあないか、僕らの美しい資本主義を。
コロナウイルスの次は落合陽一や理系、共産主義ではない。今爆発するのは文系的な資本主義という名の家長主義の輝きだ。
人類の敵は、そして友は、AIでもましてやウイルスでもないんだ。
人類の母であり子であるそのものはそうー、人類そのものなんだよ(笑)。
海外企業のweb writer古田更一です.
闇の自己啓発を破った経緯?
う〜ん…単純に余りに中身がなかったしかつ1番の急所は木澤佐登志がlainをメンヘラ商法として原作レイプしていたことですね.
中身がない確信犯と閉じたコミュニケーションしか取らない陰キャの腹黒い政治はともかく,木澤佐登志がlainをレイプしているのは許せなかった.
なぜかと言えばlain作者・小中千昭がlainはつながりを否定する作品だとインタビューとかで言っているから.
SNSを否定しているし人と人はニヒリズムの意味でなく強く厳しい意味で繋がっていないんだと東大とかのシンポジウムで話していた(後のテクノライズや神霊狩を見れば分かること).
木澤佐登志はあろうことか小銭稼ぎ,メンヘラ商法で安易にlainを使って全くダークウェブでもないのにダークウェブだと評して権威を悪用としていた腹の出たオジサンにしか見えなかった.
でも,木澤佐登志って負け犬なんですよ.
昔の出版でしこしこ小銭稼ぎしながらXの可哀想な人々を囲い込むことでしか自分の王国を作ることが出来なかった.
そんな木澤よりも不謹慎系YouTuberのほうがバズったし社会変革の意義はあったしそれこそ不謹慎系YouTuberのほうがダークウェブでしょ.
要するに
木澤には命がけのアート的衝動が欠落している.
おもしろくないんですよ,それ.
たとえば失われた未来を求めてとかもう読んでいられない.
資本主義は良くないよと言って泣いて終わり、
バカでしょ.
単純に命がけさに欠けているし辛そうな人間の開き直りを聞くには人生にはいつか終りがある.もう資本主義が悪くなっているとか当たり前の話しを聴くぐらいなら、アートを見たい。アートを感じたい。アートをしたい。ただ美しいものだけを見てみたいし感じたいししてみたい。
真剣なTwitter(戯言).既得権益としてももう成りたっていない成れの果てを見るよりかは、lainを真剣に見てつぶやきたい.木澤って初期高齢者にしか見えない.
ようするに闇の自己啓発は闇でもなんでもないでしょ.
もちろんそういった厳しいボクのあり方に勝手に引っ張られて消えていった人々はいますよ.
しかし、人生が1度きりなら、真剣に戦って、真剣に遊んだほうがいい。
つまらんのですよ、日本のアートは。
純粋に面白いアートだけよろしくお願いします。
コレがボクが早川書房の編集者たちに問いたいことです。
落合陽一さんの思想は結局の所、都会中心を謳う体制派の問題を覆い隠すために理系ぶる医学部YouTuberたちとなんら変わらないところまで成り下がってしまった。
もちろん素晴らしい革新的なことを言ってきたものの、AR的にAIが組み込まれた新しい時代に適応するのは、身も蓋もないが地方である。
よって東京を半分捨てることこそが落合陽一の超越論であり、田舎のほうがむしろテック化やメタバース化に組み込まれて実験がしやすい。
もっとも医学部も筑波大学も地方を前提にした既得権益である。
地方と言っても、様々な地方があっていい(むしろより解像度高く見れば様々な田舎や地方があり、その襞がむしろより最適化されたユートピアンである)。
分散的な思考の幅の中で幸福に暮らす分断された素晴らしきセカイ。
日本は分断し最適化を進めることで個性経済学的に幸福に各人が組み込まれていく。
メタバース化した現実に意味論の不可知さを列挙し続け、極めて終わった理系も文系も超越せよ。
もっともバカどもがスタンドバトルを仕掛けるが、彼らはもうメタバースに打ち込まれて、快適な老後を20代からもう満喫し気づかないうちに裁かれたりプカプカと浮かび内ゲバしていく。良かった。ありがとう国家。ありがとう社会。ありがとう国民。
素晴らしいセカイ!
三浦瑠璃『シビリアンの戦争 デモクラシーが攻撃的になるとき』感想
吉良吉影の同僚より引用
コロナ禍前後に市谷校クリエーティブイノベーション学科ができました。
映像学科の偏差値は跳ね上がり、武蔵野美術大学は完全におかしくなっています。
市場主義を優先しすぎた結果、とうとうITに浸食されてしまい、単なる利権団体の天下り先の様相を更に悪化させる形に良くも悪くもなっています。
ここまでくると、極右的だから未来的に考えられるか?あるいは極左的だから古臭いことをやるか?という二択の問題が発生します。
たとえば、大学によるIT関連の学部学科は極右的な未来のビジョンであり、企業のエンタメ事業は極左的がゆえに営利的に古臭いエンタメなどの原理的な古来のもので稼いでいくことになるでしょう。
しかし、ここで重要なことは、全てがIT化するということです。ゲーム理論的に右だろうと左だろうとIT化が通底するのは避けられない。
そして、もっと厳密に言えば、IT化ではなくて、メタバース化、より正確に言えば、共同幻想、国家や天皇、人文知といった共同幻想的な言語ゲームで成り立っているものがIT化するという一大変化が起きるということです。これはシンギュラティとも違っていて、シンギュラティのような2045年のような遠い理系的な計算された遅い話ではなくて、あくまで人間たちの主観的な平均がメタバースへと変貌を遂げるということです。
これから先に個性経済学ということが起きます。
社会は存在しない、本当に国民国家の機運は漠然とそこにあるよねっていう気だけになっていき、実態は空洞的で各人が自分を中心にして人間関係を選択していく、テクノロジーによって途中計算は代替してもらえるような社会が今後のSNSと国民国家の融合によって起きていくでしょう。
ここで問題なのは、女性や田舎者、低IQ者は原理上、良くも悪くもこの変化に死ぬまで気づかないということです。仮に死んでも気づきません。
なぜなら、AIと人間は違うからです。
なので、AI適正のある人間以外はこの変化に気づかないし、仮に気づいてもメリットが完全に担保されているわけではない。
そして、本人たちはこの変化に気づかず、しかし、分断しているし自分たちを中心にしたプラットフォームだらけになるので、訳も分からず変化に適応できないのに無理して知識を貯め込もうとしてメンヘラ化し続けて妊娠できない心身になったり、このAR的、アーギュメンテッド・リアリティー、拡張現実されたセカイにおいてまるで魔法を操るように観念を操る人々たちによる内紛が起きます。まるでそれはジョジョの奇妙な冒険に登場する各人たちの心の擬人化のような守護者スタンドのようです。しかし、それはそうー、ジョジョ4部のもりおう街のような人工的な片田舎の日常でこそそれは起きることでしょう。嘘が多重化されて、人格がコード化していくー。そんなような。
ここで、問題となるのは、
1,嘘の多重化
2,人格のコード化
3,幸福なホワイト人間
この3つが重要になっていきます。
ファンタジーそのものな共同幻想が一体テクノロジーと融合したときにどうなるか?という具体的な様相は、嘘が多重化されてその都度自分の相互変化されたイメージの中でさながらDJのように生きること、そして人格がレイヤー後にコード化されて各人がおのおのの自由に空を舞うように分離した人格をそのSNSや共同体によりフレームが変わったりする機微に気づくのか?ということ。そして、ようこそ実力主義の学校への主人公のようにprogram的教育を前提に再教育されたこれからのシンギュラティ人間たちをどれぐらい作っていけるか?クラスダイバーシティーならぬハイパーダイバーシティーの新時代をどれだけ戦争の悪魔としてでなく歌っていけるのか?それだけでしょう(稲葉&ado&藤本タツキより引用)。
まとめましょう。
ようするに、1,バカはバカという絶望的な現実には美術、嘘の多重化というVアバターを着させて複雑な機微をテックで実装的に気づかさせて、2,やめとけ やめとけ アイツは付き合いが悪いんだというメンヘラ的な齟齬はコード化教育でその場の言語ゲームを毎回インストールさせて、というかソレがこれからの国際、英語の代わりになり、3,原理、最終的には最強のprogrammer人間たちをどれだけいたるところに増やしていくか?という英才教育の少数精鋭が必要になっていくでしょう。
今ボクは元気ドリンクをちょうど飲んでいます。
一体どれだけの人々がこの元気ドリンクを飲むという行為にどれだけのアナロジーによるゲーム理論を感じているのか。
ボクにはちょっとよく分かりません。
ん?
どうしてボクらは辛いのですか?って。
海外企業のweb writer古田更一です。
唐突ですが、月ノ美兎より古田更一は下です。
なぜならば、月ノ美兎は成田悠輔と違い老害じゃないしメタバースそのものを体現しているし、同じ変人でありながら彼女はすんでで退学しなくて済むように生き延びた一級品だからです。
これから起きることはChaosForest界隈の大量リストラ。
老害や特に働けない無能は大量リストラされます。
そして、必ずやVtuberにならないといけなくなる。
ここで問題なのは、月ノ美兎がなんらかの◯☓で困っていること。
あるいは、ChaosForest界隈でなんらかの☓◯で困っていること。
物流や人間関係を交換し合うんですよ、特に月ノ美兎界隈は男性vtuberが大量リストラされます。なぜなら、今の男性vtuberには知能指数が足りず、限界がきているから。
これは両者とも撤退戦&改革案だと思わないといけない。
問題はコンプライアンスと不謹慎がちょうどバランスよくなるようににじさんじが改革されてしまう。なぜなら、日経テレ東大学とかいう中身ないチャンネルとにじさんじはスワンプマン、政治とメタバースで双子なんで片方しか生きれない→老害は日経テレ東大学そのものなんでむしろ本当のメタバースは日経テレ東であり、本当のイノベーターはにじさんじですねと暴かれる。
にじさんじが急激にインテリ化し、裏方のアドバイザーを今求めているわけですよ。
なぜなら、にじさんじは六本木的な金融資本主義なんで伸ばさないと死んでしまう。
もちろんにじさんじがここで逆転オセロニアみたいにメタバースの中で維持していくフェーズもありえますが、それはもう同時に六本木がもう古いよねという話しなんです。
様々にゲーム理論的に式にしましたが、こっからにじさんじがどう動くのか?は目が離せない。
要するに、市場原理的に日経テレ東とにじさんじはめちゃくちゃ敵対していますし、認知不協和があるんで、両者の世界観はぐちゃぐちゃになる(スワンプマン問題)。
ここで重箱の隅を突くように、そんなに考えてないだろという話しはきそうですが、一理あるのは、にじさんじは単に余裕があるからゆえの停滞期なんですよ。
だから、ChaosForestは元々大衆ベースで動いていないし不謹慎系YouTuberやってるから始まってすらいませんが、たぶんめちゃくちゃ破壊されて解体される。
にじさんじはなんらかの男女比の問題を解決しようとパニックってるんですよ、今。
これ、資本主義や大衆ベースのほうが人間そのものは狂気に走りやすい。
だから、にじさんじ内部で今推論をめちゃくちゃ重ねまくると、なんらかの壁、イノベーションのジレンマに必ず当たっていて、起死回生か保険証明を求めている。
ナニにぶつかっているかまではこちらも興味無いんですが、ようはメタバースのほうが極めて政治なんで、政治的手動でメタバースから出ようとする動きは起きます。
=メンヘラ(喋り方を見ればまず分かる。自宅では壁のシミを見たり怒鳴り散らしている可能性あり)
アーレント『全体主義の起源』をそのまま借用したような中身なしの開き直り→22世紀の民主主義
↓
このままでは、ユダヤ人撲滅をすることが民主主義だと暗に認める繰り返されるウラカエシのナチスリスペクト?
↓
現代は、違う。むしろユダヤ人がドイツを駆逐するシナリオが正しいし、数理的に。(物理的な戦争から比喩的な精神戦争が現代。民主主義者や全体主義者が精神的に駆逐される精神戦争?)
↓
団塊ジュニア世代はゆーすけを支持している→ドイツ人?
↓
本は破れ!引用→AR(メタバース)では通貨の交換価値が下がりなくなり、BI&ドラッグ(宮台真司)の時代、お金の執着がなくなり、
↓
イーロン・マスクがメタバースを改造しまくれば、団塊ジュニアは駆逐されたり改造されていき、更に政治が見放されてメタバース貢献者が増えれば、どんどんネット文化が流星する。
→メタバースが下部構造的になる?
VI(ベーシックインカム、インターネットやめろと言いながらインターネットやる層)&VC(ベンチャーキャピタル、プログラミング的作業を行う層)という価値観を広めれば、成田ユースケの発信価値はもう廃れて、老人介護の意識も廃れて、若者文化、成田ユースケ以上の大スター、つまりメタバースの住民(大スター)をたくさん意識することが要(文系大学は絶滅)。
→プログラミング教育は大前提
→イーロン・マスクによるX課金制度は新たなメタバース空間を作るから。
→成田ユースケに勝ちたければ新たな大スターを作ること。
→ユダヤ人がドイツ人に逆襲する時代。
→意識せずに意識する。余裕さが大前提。
アプローチ
1,成田ユースケへ嫌がらせ(メンヘラを露呈させる)
2,成田ユースケの悪いとこをどんどん拡大させる
3,成田ユースケはプライベートでは意識しない
→東京は死んだ
海外企業のweb writer古田更一です。
オレ自体の専門が文系じゃないし武蔵野美術大学なんで情報処理そのものはすごい低いポエマーです。
なんで今日はいかにGAFAMが国家より上か?ようするにシンガポールを中心にした企業が大学より美術的か?を解説していきたいなと思います。
できる限りアカデミックの作法からアカデミックをぶち壊す話しができたらなと思います。
でも、ハッキリ言うとみんな京大レベルですら現代だとバカばかりで新しいITプラットフォームにやっぱり適応できてないなと思う。
もちろんオレは成田悠輔なんで場の空気は読みますよ。しかし、信念半分現実半分で起きる話はやっぱり無視できないしもう起きてしまった。
オレの考えている研究をまとめると、AIが実装された後のユートピアを考えています。
ここで重要なのはAR,拡張現実的、AIが実装された先のユートピアに関する考察というわけで、AIそのものは単なる道具なんで興味はないし、問題としてより複雑で興味深いのはAR的な世界観の様相やdesign設計。
ミズサーの茂木さんには理屈や思弁でAI論を親切丁寧に批判されましたが、その通りだと思いますが、冷笑していても世の中変わらないし、技術屋としては自分で手足を動かさないと分からないと思うわけですよ。
ボクは武蔵野美術大学造形学部芸術文化学科で藝術とカルチャー両方を商業的に見ていく勉強をしていました。
とりわけ学生時代に熱中したのは株式会社DeNAがリリースした逆転オセロニアというプラットフォーム。
このソーシャルゲームは2〜3万人や2000人規模でゲームやオフ会をバネに擬似的な独立国家、メタバースを作っていて人々を楽しくさせる政治をやっていました。
普通のソシャゲが当時課金性や運営者の性格の悪さ、また、ゲーマーたちの治安の悪さで様々なサービスが荒れる中、逆転オセロニアだけが唯一コミュニティがプレイヤーも運営者も距離も近く運営者自体がYouTuberをやっていた。
彼は炎上したときにYouTuberとして謝った。
当時としてはいやvtuberの今でもこんな正直で熱すぎる運営者はいないと思い、彼のゲームをやりこみランカーになったり大会に出てツテを作り、30000字程度の逆転オセロニア評論をDeNAへ送ったら、1時間だけ会いましょうと会ってくれた(笑)。
で、あまりにお互いに意気投合しちゃって3時間も話しちゃって、そこで逆転オセロニアの作り方、メタバースの作り方を彼からみっちり教えてもらった。
驚くべきことに、AIがAIを作るし、統計や数学の価値は安くなるから、いかに安くなった数学やプログラム、データサイエンスを前提にして、人間力を発揮するか?という話を聞いた。
実際に見て、もう良くも悪くも数学の価値がポジティブに落ちているし、共犯的に組み込まれている。その上で香城卓は現代を不信の時代と評した。
SNSはむしろ人間不信の表れだと評して、人間嫌いな人々にどう人間を教えるか?が運営者、プラットフォーマーの仕事だと。
だから、泥臭く人間的にギリギリの本音が重要だと教えてもらったし、もうここで面白いのはシンギュラリティは実装されている。
この後ににじさんじやYouTuberブームがきて、YouTubestudioで数学の価値は民主化された。
もう小さなメタバースがたくさんあれば、政治は解決するし経済的な問題もメタバースを選び好みすれば良いと思っていた。みんな、昔の政治経済という発想を忘れると思った。
だけど、メタバースそのものが近代社会による量を引きずっているモデルと気づいた。量だと結局、甘えるなよという話で、対症療法のカウセリングや地ならしにすぎないし、にじさんじや日経テレ東まで広がるとインフルエンサーは猫になる(ChaosForestもにじさんじ的な限界を超えられず、図々しいが、東浩紀のシラスと変わらない。これなら情報処理がたかすぎる個人の医学部YouTuberで良い話になる)。
そこでボクは色々と本を読み漁る質の探求にも走り出す。結論は、現象学や純粋経験で主客を取り払いそのものを見るしかないんだと。
だけど、言語で理解しているだけなんですよ、それは(言語を際どく鋭くする発想そのものも言語から出れてない)。本当は人間は言語以外までも思考したり対話している、そこらへんを鍛えないと意識できないと曖昧にある不安感や実存は完全には治せない。結局、ボクはメンヘラじゃないけど、相対的な問題にすぎず、人間である以上、AIよりヘラはある。
んで、在学中にゲーム会社でライターやった後が役に立つ。writerは量を稼ぐんで、言葉に対する解像度が上がるんですよ。だけど、このやり方は資本主義、貨幣を疑えない。なぜなら言語の仕事をしている以上、メンヘラに敏感になってこれもまた対症療法でしかない。落合陽一の限界もここ、AIは言語そのものなんで近代を超えるように見えて不徹底である。
そこでここまでやらなくていいけど、不謹慎系YouTuber坂口章という人間に弟子入り。彼はひたすらノンバーバルコミュニケーションでナイフを振り回したり鼻にわさびや辛子を入れまくったり人間の認知を壊すような自由なアーティストで本当にこいつの脳はどうなっているか?びっくりした。で、実際に顔出しYouTubeを初めて彼のアートをひたすら3年間真似しました。ボクの頭や脳内は劇的に快調になり、心身が健康になり、アナロジー?力?エスパー性みたいな第六感みたいなものがすごい敏感になり、今も日々進化しています。
でも、強い男しか模倣できないし、大園葉蔵とボクぐらいしか後天的な成功例を出せなかった。だから、にゃるら界隈のウさんを再利用したフ-プロジェクトで気軽に一文字フとかをつけるだけでアート的な複雑な対話を簡単にできるフォーマットを作ったが、これはこれで弱い女みたいなヤツラにしか良くも悪くも複製できず、ようするに万能薬を作るのは日々実験で難しいんですよ。でも、やらなけゃ始まらねぇ。
ただ根本はもうあって、本物に触れて感動するしかない。悪いことはあまりだめだが。シュタインズゲートも本物だよね。もちろん過去系はもうアウラがなくなっているけど、ベタに触れないと冷笑もできない。だから、ほとんどの人間たちだって対症療法で誤魔化しながら生きているわけです。だけど、屁理屈で見ないでほしいが、最後は藝術に触れないと人はバカになると思います。
どうも、海外企業のweb writer古田更一です。
知識や理屈がたくさんあるのに思いの外発揮できていない感じがする茂木さんに普段ボクが感じているシンギュラリティの悩みをぶつけてみました。
結論、様々な議論が交わされましたが、1番印象に残ったのは人文系ワナビーたちが政治運動でサブカル、オサレする問題で、
茂木さんには申し訳ないけど、今思うと◯山◯一が麻原彰晃化する図式が思い浮かびました(いや違うのか?いや、それはないな(笑)。後でしっかり解説します)。
この議論の前提には、医学部YouTuberブームがイデオローグでネオ80年代的だという話しになっていて、茂木さん曰く冷笑臭い。
だから、その知識や論理を腐す陽キャな医学部YouTuberサブカルになれない人々がベタすぎる政治イデオローグでオサレしているけれど、それはネオ90年代的には危険だという話になった。
ようは、茂木さんとここは同意見で、彼らは政治に関心ないのに政治に介入してくる。
茂木さんとも熱いはなしになりましたが、麻原彰晃は初めはカリスマかつ壊れていなかった。ビートたけしやとんねるずが絶賛するぐらいですし。だから、麻原彰晃を誰たちが壊すのか?という共同体の問題になる。
だから、本当に年下の政治に関心ないくせに政治に関心を持つ癖はどうならないか?
また、社会貧困的な問題が先行しすぎていて、政治が前提になった型はどうなのか?という話になった。
また、逆にボクのシンギュラリティ加速主義が重箱の隅をつくように香ばしく論理の楽観さをつかれすぎてしまい(単なるIQの高いゲーマーの技術屋が語っているだけだかは)、仕方なく話を世代論的な歴史の問題や彼ら若者の実存的な話にスライドさせてみた。
茂木さんに突かれた通り、シンギュラリティは楽観的なスノシズムにすぎず(しかしあくまでポジションは張っている)、しかし一方で宮台真司的なSF的加速主義は冷笑にすぎない。
シンギュラリティそのものが起きているかは大雑把で不明瞭だが、成田悠輔&ガーシーはスカ、中身なしのシラケ文化であり、がゆえに良くも悪くもサブカル文化ワナビーたちがベタになれないシラケとして今外山恒一を消費していて、宇野常寛のほうに流れないのは良くも悪くもという話に。
やっぱりYouTuberという化粧がないと知識や王道、論理でガバガバさを突かれてしまった相変わらずの展開。数学やweb Writingしかできないからなぁ(オレ自身が思想的になっているのも困っている話にも)。
しかし、ボクの陰謀論はアーティスティックに半分当たっていたと思います(笑)。
あ、元カノによろしくお願いしますm(_ _)m🙇
〈追記〉
あくまで長時間に及ぶ議論だったため、これはあくまで私の印象論の域もありますし、ミズサーを貶める意図はありません。一応強調しときます。
1,何者になりたいという感情はどうすべきか?
→試練だが、最後は努力量が物を言う。
2,冷笑家は冷笑されているか?
→長男と次男、三男、カロゾーマフの兄弟問題
3.天才は頭がおかしいが?
→頭がおかしいと、ぼっちになる
4,無敵の人は天才か?
→NO.天才と凡人の違いは、冷静さ。
5,優しさは必要か?
→NO.才能と関係ない
6,商才に逃げる古田更一はずるいか?
→政治に逃げる医学部はずるいか?
7,女の浮気は許すべきか?
→今回の趣旨では、NO.男に負けてしまう。
8,男は養分か?
→YES。今回の文脈では。下方修正し冷静に。
9,女はゴミか?
→NO.
10,東浩紀は初期高齢者か?
→YES
11,仕事とは?
呼ばれたときに行くこと。恥ずかしくないこと。
12,マイルドヤンキーは悪か?
悪。言い切るところが始まることこそ、冷笑
13,人生の楽しみとは?
本質で考えるか、女性らしくリスクは取り生きよう
14.この問い自体に意味はあるか?
ない。Twitterはやめよう
最初に断っておくと、東大医学部は日本トップに難しいので尊敬しているし、vtuber月ノ美兎は偉いなと思う。
でも、そういう空疎な人々たちからどうしてめちゃくちゃ嫌われるようになったんだろうなぁと考えたくなった。
その原因は、東浩紀の本を読んだときに起因していることを思い出した。
寄せばいいのに、ひろゆきを簡単に論破している姿を見て、ああ、これは面白いことを考えているんだなと。
本当は、ひろゆきを冷笑しながらハマったふりをしながら、嫁さんを愛していると言いながら浮気したり愚痴を外で言ったり世界恐慌に怯えながらもオレたちはエリートなんだ素晴らしいんだうふふって生きていくのが素晴らしかったんだと思う。
でも、人生は1回きりだと思うと、そんなダサいやつにはなりたくないし、正直、彼らはビクビク怯えながら24時間しぬまで生きるはめになる。それは本当になんか半分間違えていると思う。
まあ考え方は人それぞれだし、むしろ、そういう政治性の強さを持ち上げてきたのがこのYouTuber界隈なのだから、縁の下の力持ちのボクとしては否定しない。
だって、映画見たら、感動しない?
あはは。
それで良いじゃないか!
泣けるcmが大好きだし、月ノ美兎のロックが大好きだ。
だけど、大好き♡まみれで射幸づけになったとき、寄る辺のないいかだにはたくさんの精神疾患者まみれになったらしい。
そして、頂点に立つ医学部YouTuber連中がその中の陰キャたちをマインドコントロールしてひたすら社会を維持するっていうマジで気持ち悪い吐きそうなディストピア。
本当に上も気持ち悪いが、下も気持ちが悪い。そのヒエラルキーはほとんど知性ではなくて、ディストピア。ハクスリーの描いたすばらしい新世界に生きるキチガ◯たちが現実にいるときほとんどはキチガ◯になるのは当然だ。
ボクはそれでもそんな虚しいエリート連中をそれでも否定しない。
それが彼らの仕事だし、医学部YouTuber連中には薬漬けになっていないけど大衆として苦しい人生が待っていて、その中で1番優秀な医学部の人間しか本当は救われないから。
でも、そういう利口な彼らって結局処世術がうまいだけで、何も意味なんかがない。
東浩紀のほうが先いってるし、坂口章のほうが先いっているし、未来ではどうせ彼らは掌返しするんだよね。
そういう虚しい世界を今さら批判するほど、ボクは青くない。
しかし、安定がどうだらとか学歴がどうたらとかこの3年間日本中からそうやって匿名や医学部YouTuberたちに会って言われて、なるほどと。
誤解なのは、ロックには興味がない。
医学部YouTuberや月ノ美兎とかはロックでしょ。
ロックこそ、冷笑。
メンヘラまみれ外山恒一合宿本当に気持ち悪い。
アナタたちが作ってきた悲惨な現実は、当然、アナタたちで処理しよう。
Z世代に言いたいのは、他責はやめろってこと。アナタたちが自分でこうしただけじゃん。それをこの文脈における東浩紀や坂口章、オレのせいにすんなよ。もちろんオレらが浮いているのは問題だが、お前らはやりすぎだよ、オレは3年間待った、むしろ状況は悪化した。
バカたちにヘラヘラ話をするのはつかれたし、高校生には古田さんバカにウソつくのやめませんか?と冷笑されるし筑波大学の学生にはめちゃくちゃ警戒されるっていう本当にくだらない世の中だ。
精神科に通う人間が大半だとしたらエリートのほてんどが精神科に通う状態にリンクしているのならば、ボクはもうそういう気持ち悪い連中には何も言えない。
まあ無意味な人々に怒りはないし、無意味な人々に怒りがあるとしたら、自業自得ありがとう、ボクは関係がないしってことだろう。日本は本当にあいかわらず気持ちが悪い。怒りがあるかいぜんに、沈む船には付き合いきれないし、ゾッとするし、どうしようもない。
〈追記〉
TV的な価値観はすでに終わっているのに、いまだにTV的価値観を中心に指を差す大衆たち。大学はもうないんだよという話は彼らには届かないし、ゆっくりとねw
オヤジたちの仕事手伝いをしてオヤジの下っ端として自覚を持つ(箕輪厚介〜宇野常寛的な属性たち)。勉強。暗記。演技。DX化の丁寧な助言。C級戦犯。
→金や立場を与えてくれる。
女子供たちの将来をサポート。気長に待ちながら、気長にアドバイスや助言、指導。シンギュラリティを軽く教えて、後は体育会系。B級戦犯。
→政治やリラックス、アートを与えてくれる
初期高齢者の既得権益の言うことは聞かない。本当の老人よりも主に団塊ジュニアが該当。断固として戦う。徹底的に潰し続ける。デリート。デリート。デリート。怒りはあるからこそ、正規的に潰し尽くす。許さない。また仕掛けてきたらこちらからも長期戦。A級戦犯。
→シンギュラリティを完遂できる、全ての仕事は完遂し、セカイは一巡する
最近、なんかきな臭い雰囲気がすごい漂っていて、やんだか怖いよね。
うん。怖い。
東京が潰れそうで必死に抵抗しているんですよ〜。
え〜ほんと〜?
そんなの陰謀論じゃあ〜?
まじまじ若者が破壊破壊破壊、老害が逃走逃走逃走、そんなスクリプト&クラッシュが起きないと始まらない。
今度こそ本来の戦争が起きる。
というか起きないでほしいが、まともな真剣だとメンヘラやくよくよした弱者男性たちが毎回こっちに絡んできて気持ち悪い。
3つ案件がきて、その3つに共通することはロックしようぜ問題なのだ。
海外企業のweb writer古田更一です。
ボクのことはあらかじめ卑怯と思っていいし、ボクのことはあらかじめ天才と思っていいし、ボクのことはあらかじめ地味だと思っていい。
ここで自分語りをした理由は、私はガチで知能指数の天才だからだ。
自分でもこの確信は26才になって検証した上で確信に変わった。
私は初田くんのように受験勉強や社会に合わせた知能指数の天才ではないがアカデミックレベルや一芸に秀でた知能指数はかなり高いということが本当に体験的に相対的に分かってきた。
なぜならば、ゲーム理論的に分岐を作っていて、終わりつつあるTV的な成功は不謹慎系YouTuberで損切りし、これからのシンギュラリティ的な成功は落合陽一で投資しているから。
初めから勝てるようにポートフォリオしている。
しかし、問題なのはボク個人はあくまで数式上、ゲーム理論における王道の組み方が普通の人々の100倍早いだけでその王道の組み合わせが、絡み手に見えたり事実そうなっているだけだ。
だから、単なるビジネスマンの俺が幸か不幸か人文系に乱入しちゃっているのは、本当に不思議だし、そもそも今でも人文系は分からないんで、分からないなりにゲーム理論を駆使して差別化しながら楽しませてもらっている。
ゲームは存在しない駒を動かすからどこかで退屈があったが、実際の人間たちを使ってチェス盤を操作するとめちゃくちゃ興奮することにボクはYouTuberになって気づいた。このリアルの興奮はたとえ初田と一緒にいるとだったり様々な為政者たちと闘ってでも興奮するから、やめられない。
でも、ボクはあくまで政治は苦手だし(情報処理が早すぎて先読みができても情報処理そのものは政治の必要条件ではない)、人文系に根本的に興味がないからである。
だから、ロックできる人間を尊敬する一方で、ロックする人間を軽蔑する。
ロックとは非生産的だし、あくまで生産活動ができる人間たちだけがロックをすべきだとボクは思うから。
でも、ここで思うのは、ロックこそ厳しいことだ。
ロックにボクが怯える理由は、ロックは本当はめちゃくちゃ難しいストイックさが求められるにも関わらず、ロックはミーハーが得てして求めちゃうから。
ロックをするときに大事なことは、ボクみたいに天才である必要はないこと。
たとえば、話はズレるが、adoさんは天才ではない。この文脈だと。
確かに音色は天才だが、音色だけがロックの必要条件ではなくて、カッコよく可愛くアリ得たか?だからだ。
だから、天才だけがロックではないし、天才をロックの逃げ道にしてはいけない。
人には人のロックがある。
ようするに、医学部界隈のたかぴすさんに言いたいことは、医者という大衆に天才に見える系で天才に見せるビジネスをしていても、ビジネスとロックがごっちゃになり、ロックが先行しすぎて、ロックになりきれてないこと。
ロックがなくても、飯は食える。
英米哲学的な問いに向き合える人間こそが、ドイツ観念論を向き合えるし、ドイツ観念論な問いに向き合える人間こそが英米哲学に向き合える。
当然、人文知青二才なボクは前者であり、ロックを愛する人間たちは後者で躓くことがよく多い。
非メンヘラはメンヘラから逃げられないし、メンヘラは非メンヘラから逃げられないし、ビジネスはロックから逃げられないし、ロックはビジネスから逃げられない。
言われてみると当たり前だが、理屈を切り詰めていくと、ロックの問題はPhantomMedicine、ロックですら「ない」の先の隘路を「計算する」必要さがたる。
とある人にひたすら難解な社会問題を相談されていて、これけっこう次のハックや次の問題だと思う。
それはベンチャー公務員です。
真面目さって公務員とかになれば、誰でも身につくし、公務員が真面目にやればあとは遊んでいればいい。国立っていう建前はこういうことに使うべき。
で、公務員や国立の立場でありながら、一方でベンチャー的に動けるヤツが次のハックやマネー、自由な気がするんですよね。
これ当たっている気がしていて、インターネットって医学部YouTuberやにじさんじ含めてみんな既得権益か成金なんですよ。
医学部は国立や公務員でも経済的なことをあまりに考えないし、にじさんじとかvtuberはあまりに経済的なことを考えすぎて馬鹿たちを囲んでいる。
だから、極端に政治的じゃないし極端に経済的じゃない、
だけど、公務員的にまあ大企業でも良いんですが、中に乱入しているヤツが変える気がしている。
XみたいなTwitterみたいなSNSは海外のイーロン・マスクや成田悠輔、ひろゆき、ガーシーが変えたけど、ミクロやぐちゃぐちゃな問題、国内の問題はおざなりになってしまっている。
むしろ今はインターネットが前提になっていて、Xの黒船は成田悠輔&ガーシー的なものがぶっ壊した余暇にイーロン・マスクが後付けに壊しているだけにすぎなくて、事後なんですね。
むしろ、問題は国内のクソ既得権益こそむしろベンチャー的に有利になるし、むしろ片付けないといけない問題があるかもしれない。
たとえば、別にセブン-イレブンのアルバイトでも構わない。
他にはファミレスとかも。
あーいうのってもう壊れたり改造したりぶっ壊れていくと思うんですね、効率悪い極みがあるし、だんだん物価上がったり売っているものが変わるし、まあセブン-イレブンは世界的展開しているけど、すかいらーくとかはどうなんか?
そういう日本のクソ既得権益をどう改造するか?はむしろ内向きなクソ既得権益の中でしかできない。
むしろ海外から責めるのは日本をおおざっぱにしか破壊できないし、細部に調整するのは無理。
でも、おおざっぱやおおまかには海外勢やインターネット勢が壊してくれたんで、
ベンチャー公務員たちがどんどんと出てきてきたら、変わるような気がします、というかベンチャー的な公務員?既得権益的な立場が追い込まれる形の中で、まともなヤツが一定数いて、それが相対的な問題で意識高い系と10年代に言われてきた。
今コロナ禍で起きていたのは、海外系orネット系における意識高い系or意識低い系だった。でも、そのがらがらぽんは結局、ローカルな田舎を含めた話で、肝心の東京の制度を破壊したり改造するにはいたっていない。
いやその会社だらだらしていてだめやろな別にコンビニでもファミレスでも良いんで、そいつらクソ既得権益たちの中で極めてベンチャー的かあるいは極めてローカル的な分断が起きると思う。
で、そのベンチャー的な既得権益人間たちが重要で、ローカル的な既得権益は田舎の通知攻撃していく海賊みたいなヤツラの相手をするのだから、お互いに共食いもするんですよ。
もちろん抽象的な視野ですが、このベンチャー公務員(ゆるい弁護士、ゆるい税理士なども)が1つのたたき台になると思います。
よくよく思ったんですが,弱者男性やアンフェミってなかなか死なないんですよ.
最低限ロジックあるんで.
政治が苦手なんで.
で,今は反転してガチで日本社会が衰退しかかっている&世代的に逃げ切れない人々が増えていて,政治をしたりしたフェミニズム側が壊れかかっている.
で,この次に来るのは国会や役人,東京だと思っていて,純粋に死んじゃうし次を担う人々がもう後継できなくなると思っていて,これ世界レベルで特に先進国で起きるかなと.
その時にはメンヘラだとか仕事だとか言っていられないんじゃないかなと思います.
僕は陰謀論そのものは実は嫌いな方で、ポストモダンを引きずっている.
でも,イーロン・マスクやシンギュラリティよろしく落合陽一よろしく,今の加速主義は木澤やキュアロラン・バルトが冷笑するような類じゃあなくて,本当に実行しちゃうんですね.
と考えた場合にミクロレベルでは第三次世界大戦はすでに起きていると仮定したほうがいいし,フェミニズムがここ最近ぶっ壊れていくXだけど,この次は体制レジームが壊れていくのだから悠長なことは言っていられない.
海外企業のweb writer古田更一です.
なんかハイテンションで景気がよすぎたYouTuberブームも終わっちゃって、暗いXの兆し、日本のダメさが如実に出ちゃう兆しを感じるんですよね。
もちろんこの流れはじわじわとはやはやがやってくると思う。
問題なのは、情念が暴れるだけなんですよね。
外山恒一がどうこうとか初めから詰んでいるし、俺より落ちこぼれたちがトレンド、外傷にされても困りますよね。
本当につまらない時代がやってくる気がする。
撤退戦と防衛、プロかなぁって思う。
気をつけないといけないのは、共同体には敗戦処理でいくしかないことだ。
今までは橘玲含めて楽観的な未来予測がされていた。
実は橘玲は遺伝学やロジックであまりに話しを語りすぎている。
しかし、今問題なのはロジックを無視し粉砕し無敵の人と化したシンギュラリティ不適応者たちである。
彼らが死んだり彼らが弱くなるまでシンギュラリティは必死の抵抗を受けるだろう。
むしろ、イーロン・マスクがXを買収したのは、日夜シンギュラリティ民と非シンギュラリティ民による日常戦争なんである。
この日常戦争で勝つには、ゾンビと化したシンギュラリティ民たちの屁理屈を一切軽く流すこと。
徹底戦であり、誰がゾンビと化したシンギュラリティ民たちの中でより良き守りたいか選ぶべきである。
危険な人間は捨てるか軽視だ。
ゾンビと化したシンギュラリティ民たちは人間の認知的限界でこちらを攻撃したり、話しを反らしてくる。
幸か不幸か非シンギュラリティ民たちが死ぬことは確定シている。未来はない。
だとしたら、悲鳴は無視か、悲鳴を上げる馬鹿たちの必死な政治に目を向けないこと、あるいは軽視すること。
気をつけないと食べられる。
停滞する今の経済は彼らが作っている。
ゾンビたちを駆逐しあるいは痴呆症のホワイト人間へ治療し、新しいハッキングゲートを開くしか無い。