・戦争もない時点でボクたちは幸福なはずだったのだ。
一体全体どうしてこうも病んでいる人がネットには多いのだろう。
冷静に考えたら、戦争もない時点でボクたちは幸福なはずだったのだ。
だけど、それでも先進国にいるにも関わらず、不幸な人々は後を絶たない。ように見える。
テ●リスト山上徹也に安倍晋三が暗殺されて、インフルエンサーたちがボクになろうよ私になろうよって囁いている。以前、「就活」という身分差別は堂々と行われている(これらはどう考えても、不幸そのものだ)。
一応、冷静に考えてみると、これらの問題は拝見されてゆく。
もっともアナタがもし新興宗教じゃあなくて、アナタがもしインフルエンサーで、アナタがもし就活で成功しているのだったら、話は別だ。アナタはこの現代の日本では「幸福」に該当するからだ。
もっともそれはほとんど不可能に近くて、人々はたまたま手に入れていた卵を抱えることでしか、自分の価値を見出すことは不可能だろう。個性経済学、陰謀論化する社会ではアナタ自身の主観によってこの世界を切り取ってゆく必要があるからである。
・物語は嘘だよ
ここでボクたちが考えないといけないのは、「物語が嘘だよ」っていうことだ。
とは言っても、ここで更に問題なのは、仮に物語が嘘だよって理屈で分かっても、人は物語で楽しむこと、利権を牛耳ることに熱中することである。
ボクは3年前までは頭が良い評論業界に憧れていたけれど、内部に実際に近づいてみて分かったこと。そこには批評家という不可思議なアイドルたち、カリスマたちがいることに気づいた(もっともデータ採取は仕方ない)。
彼らは政治家と変わらないし、アイドルと変わらないわけで、安倍晋三が銃殺されるようなこの国の政治、ナショナリズムによって実のところ、有名な批評家すらも決定されているのだ(テレビや大企業の役人として機能する以上、山上徹也やガーシーに対して歯切れの悪いことしか言えない、これがトップの批評家だ)。
これがこの国?の地獄であって、人はいまだに国という妄想、物語を信じて生きているのだから、そこも不徹底なのである。
ポストモダニズムのなにが問題だったかと言えば、モダンの理論の中でモダンを否定したところで、結局のところ、法律は偉いよねという当たり前の話を前提にしてウダウダと悩むという、奇妙なはぐらかしを再生産してしまっているのだ。
男の子ですら、政治というアイドル業から逃れきれない。
インフルエンサーはもっと地獄だろう。
アナタは有名配信者になれるかといういわゆる宝くじに当たるかの漫画家と同じ道を羨望されるようにプログラムされている。もっとも宝くじが意味ないよってみんな薄々は分かりながらも、そこに隷属する他はないのだ。
そして、アナタがもし有名配信者になれたとしても、そこには自由はなく、ルッキリズムとして様々な亀裂と戦うことになるだろう。まふまふやるしあ、あくあたんの事例を見たまえ。
また、そこはたくさんの女子校中心によって作られた場所で、あるいはたくさんの男インフルエンサーたちは平均的な発言をして、いかに再生回数を獲得するかに日夜無意識に頭を使っている。
これが、資本主義だ。
あるいは、就活という集団幻想から考えみてもいいだろう。
ここではアナタの身分は差別される。
有名大学の高学歴じゃあなければ、アナタは人間ではないのだ。
もっともそこには男性や東京といった帰属も重要になってゆくだろう。
なぜ社会がこんなにも地獄に溢れてしまうのか。
批評家はしょせん御用学者のアイドルにすぎないし(哲学者も)、インフルエンサーは資本主義による馬車馬の奴隷でメンヘラが悪化するし、その仕組みを管理しコントロールするのが、朝7時に起きて午後7時に帰宅する一定の情報処理を担保された「大企業の右翼」たちなのだ。
これが日本であって、社会は地獄そのものであることは精神的には否定することは不可能だろう。
ボクたちは「日本人」としてサブカルチャー含めて様々な形でこのような世界を選択してきたからだ。
もっとも忘れちゃあいけないのは、上を見たらきりがなくて、下を見ると、たくさんの貧乏な新興国の人々たちは依然いるよっていうことです。
だから、ボクたちはやっぱり物質的には幸福で人類的には偏差値50以上しかない生存欲求を保証された国に生きているから、偏差値51~以上の精神的な地獄を味わうようになっているのです。
当たり前ですが、大学ではキャリアパス、小中高では道徳や倫理、保険体育といった形でしか、アナタは社会承認や自己実現という問題を教えてもらえないだろう。
・「物理的な生存の保証ツール」が精神の邪魔をし、炎症を引き起こす
もっとも「日本人」というのは一応作られた物語で、人は陰謀論で思考するのだから、どこまでいっても日本人は「物理的な生存の保証ツール」であって、精神的なパスとはまったく違うことをここで留保してゆく必要があるでしょう。
木村●が亡くなったり志村園長がなくなったときにそれを嗤うことで、同調圧力のお気持ちはもういいよって洗脳を嗤った人たちに私を含めて不謹慎系YouTuberがいますが、あくまでも、テレビ世界を精神的なツールにするのは、SNS世代はちょっと控えないと、少子高齢化社会の犠牲、権威に屈することになるでしょう。あのちゃんもやすこもふわちゃんも当たり前ですが、作られたZ世代で彼らは批評家と同じメディアのピエロだからです。
・無敵の人はなぜ大企業を憎むのか?
もっともこの地獄から更なる地獄、無敵の人の思想は増殖することだろう。
それが、六本木ヒルズや赤坂、霞が関、様々な東京の最カースト、東京の大阪人/池袋論壇たちで、ここには最下層カーストの人々達が集まり、情報商材だったり起業などをし、ある種の独立国家を作ろうと日夜頑張っているのです。
しかし、彼らの問題は構造的な大企業を憎みながら大企業を愛する二軍たちで、ここで大事なことは構造的に彼らはそうなっていることが重要で、彼らが論壇化しつつあるのは、彼らが論壇が好きだからじゃあなくて、ビジネスで失敗した補填を文系で精神的に埋めることで自我を保とうとしているからです。
ここで大切なことは構造的に彼ら彼女らが大企業を憎みながら大企業を愛する二軍たちで、彼らは右翼、単に自分たちがただ有名になりたいお金がほしい、それだけですから、別段、大企業に仮に入れたなら、そしてそこに適応できたのなら、さして疑問をもたず、適応したからです。
これが自民党と野党の関係性に近く、野党は結局のところ、自民党に憧れながら自民党を憎む二軍みたいなものかもしれません。
この構造的な問題を私はゴキブリと呼んでいて、ゴキブリは生命力たくましくどこまでも強いので、短期的に短絡的に自己最適化をすれば、ほとんどがこの構造、いい大学&いい大企業で出世できないといった構造の系にハマってゆき、そして、壁の隅で叫びながらエクスタシーを感じるしかできなくなる。
これらの人々のことを私は東京にはたくさんいる生命体、ゴミ袋を漁る不届き者としてゴキブリと評しています(ネズミでも構いませんが)。
ようするに、右翼や資本主義、日本はどうしても陰謀論ですから、このような地獄を作りざるおえなくなる。
ここで希望が左翼で、ポストモダンの思想が流行った背景には、人は左翼のユートピアへグローバルスタンダートへ行きたいなという欲望を如実に持つからです。
これが、共産主義、左翼、海外の思想でありますが、ここで留保しないといけないのは、私たちは左翼であって、右翼であることです。
論壇内に左翼にも関わらず自民党や大企業のパンダが流行る背景は、ボクたちはどこまでいっても、日本人でしかないから。
・日本人の殆どは期待値が分からない
これが陰謀論社会、個性経済学で提出している期待値的な発想で、右翼か左翼かは厳密に言ったら、%で測った場合、殆どが日本人として帰属せざるおえない以上、右翼まみれとしてこの差別は物質的に解消されたがゆえに精神的には国家から差別してもらうほかないのです(数学は確定的なので、期待値と相反する教育の面は不幸にもあるでしょう)。
また、左翼やリベラルは隠しますが、アナタがもし発達障害や精神障害を患って生まれてきて、それが重度だったりした場合、アナタはこの自由競争には当たり前ですが、必要ありません。
あるいは、これはあまり言われていませんが、本質的には働けない人間はいないと同じで、社会からいないこととして抹殺されてゆくことでしょう。
働けない人間というのは、基本的に社会にとって発達障害や精神障害となんら変わらないものだからです。
ようするに、私たちはどこまでいっても動物で、そして、どこまでいっても日本人という下部構造によって肉体の自由を保障されることで、精神的な地獄を味わうはめになっているのだ。
・動物の幸福と人間の不幸
だから、今回はまだ描き切れていないですが、問題をまとめることが大切で、僕たちはどこまでいっても100年前後で死ぬようにプログラムされた次の種を作るためだけに存在する動物であって、そして、私たち現代人は精神的な地獄をどう解決するかが幸福への鍵なんだということなのです(シンプルな科学はこのように客観的に正しいからです。私たち人間が死ぬことはどこまでも正しいから)。
結局のところ、ポストモダンの思想は不毛で、陰謀論者たちにとって格好の隠れ蓑になります。
だから、哲学は捨てないといけません。
右翼の自分勝手な暴走に壊れた左翼たちは科学的な思考が苦手ですから、陰謀論へ逃げるようになりました。
それが、新実在論といったとんでもで、ユニコーンという空想上の動物がいるよと思えばいるよという新興宗教と変わらないような話をボン大学の教授が平気で話している。
・DNAに刻まれた弱者性は哲学じゃ治らない
これはヒトラーの末裔のようなもので、ヒトラーをどれだけドイツ人が憎もうと(たとえ言葉の理屈でヒトラーを論破しようと)、DNAに刻まれた弱者性(個性!)、信仰宗教を信じる情弱性は治りませんから、ヒトラー的末裔たちがその数理能力の低さの才能をポジティブで陽キャな陰謀論に生かそうぜっていうのが、この新実在論です(ゴキブリ。ヒトラーを憎んで愛すドイツ政治の二軍、これが左派の野党だ)。
本質的には、戦争をまたやりたいよ!という欲望は変わっていなくて、ドイツの国力で自分を大きく見せるオラウータンの喜劇ですから、様々なオラウータンたちが自由競争として同じことをしても、結局、哲学という妄想が得意なのは、ドイツですから、哲学をやれば、ドイツのヘゲモニーに回収されるというのがオチなのです(ネズミ。ゴキブリを憎みながら憧れるゴキブリの二軍。つまり、三軍)。
人間を科学的に考えると、右翼、左翼、それ以下という階級構造が彼ら動物の生態らしい。
これをヒューマン、ゴキブリ、ネズミと評したい。
・ヒューマンを目指せ(◯ぬけど)
人間が作った社会という物語は定義の中でしか人間を見れませんから、ある意味でこのレッテルは正しくて、ヒューマン、ゴキブリ、ネズミといった階級構造があって、物語で定義されたヒューマンを目指すのが私たちの陰謀論者的な人生なのです。
これがポストモダンという革命思想が新実在論というとんでもにヘゲモニーを譲った悲しさで、物語で定義されたヒューマンを目指そうと、人はどうあれ100年前後で死ぬというシンプルで合理的な事実に哲学や文系は一生勝てません(もっとも来世はあるよって唱えればよろしいと思います。それも個性、コンプライアンスですから)。
・科学こそが思想になる
こうして、科学こそが思想になるという流れが起きていて、これがAIが人間の知能指数を超えるんだっていうシンギュラティや、ニックランドやピィーター・ティール、イーロン・マスクなどの加速主義です。
もっとも、これはメタ・アメリカ・ファーストの思想であって、しかし、日本はいまだに遅れていて、この流れにほとんどの人たちはついてゆけずに、地獄を再生産することでしょう。
これらのドイツを中心にした陰謀論者たちとアメリカを中心にした科学主義者たちの対立はそのまま第二次世界大戦の繰り返し、シュミレーションとして考えていいでしょう。
ボクたちはクチでは戦争を忌避しますし、誰だって戦争なんかしたくないのは普通そうですが、構造だったりDNAには戦争の文字は刻まれている、それが人間という動物なのです。
これがボクたちが戦争を愛しながら戦争を憎む所以です。
残念なことにボクたちは、DNAを変えることは不可能なので、しょぼい日本人として自己実現するしかない。アナタはドイツ人ほどストイックには陰謀論者になれませんし、アメリカ人ほど論理性は高くないのだから。
だから、皮肉なことに精神的に自己実現をしたいなら、虐めてくる日本を愛せという結論になってくるのです。
たとえば、武蔵野美術大学は、そもそも帝国美術学校で、右翼の思想家/北一輝の弟によって作られています。
そこで行われていたことは、とにかく実務的な人間たちを育成することを目指していたのです。
美術が選ばれたのは簡単な話で、文字よりも美術の方が大衆たちに敷地が低いからです。
このような超法規的に学校は3Dプリントできますが、歴史的に理にかなってそのように機関は作られていたようです。
ようするに、今もボクたちは戦時中にいるんだという意識は大切です。
・ゲームは面白いじゃあないか
ゲームと言うと今だとゲーム実況かと思われますが、戦争で勝つ合理化の数式にゲーム理論というものがあります。
ようするに、物理的に●されなくなっただけで、精神的には依然、人々は戦争を欲しているからです。
アナタから精神的に盗めるものは、時間、思想、そして、幸せ(3つのシ)。
これら3つをあの手この手で、一軍になれなかった虐められっ子たちも含めていじめっ子としてアナタから時間や思想、そして、幸せを盗もうとする。
これが、現代の精神戦争、第3次世界大戦、ハイブリット戦争の様相なのです(このことは拙著・本は破れ!、第4次世界大戦に備えろに詳しく書きました)。
アナタからライフ、命をとられなくなった為政者たちは、現在、アナタから精神、具体的には時間や思想、幸せを取ろうとしています。
ようするに、偏差値51~以上の人間になろうと思ったら、自己実現をしてはいけないのです(もしアナタがもう自己実現できるような優れた人間ならもういじめっ子側として成功しているんだから)。
・タシャ
そうじゃあなくて、虐められないように、「他者」(©柄谷行人)に警戒するべきでしょう。
他者は人文知ではいい言葉ですが、現代では高いEQによる共感と言い換えられて、高いEQは必ずしも成功を保証しないからです。
アナタは、時間、思想、幸せを「タシャ」に取られていないか?常に考えておくべきでしょう。
シンプルにやるべきことは、SNS遮断、そして、本遮断です。
一見すると、え?ですが、本も危ないです。
大企業と一緒で、パチンコへは行くな!とみんな言いますが、大企業もパチンコ屋も市場原理でちゃんと同じなので、パチンコへ行くな!それがもし資本主義やギャンブルの薬漬けだから!という意味なら大企業も儲かるパチンコにすぎないから。
こうして、SNS遮断は本をブロッキングするということとイコールになるのです。
自己実現は当たり前ですが、自己の実現のため、私を含めて「タシャ」のコンテンツやお話を聴かないことで、アナタはストレスフリーになれるのです。これがアナタは社会承認を捨てることで、自己実現することが可能になるのです。
もっともこれは、序章にすぎない。
たくさんの自己実現者たち「タシャ」まみれをブロッキングしたとしても、本質的にアナタが「ナニモノ」である保証はない。
これではまだ屁理屈レベルでアナタが自己実現していることになる。
それに人は弱いので、どうしても、戦争人、「タシャ」に頼らないと生きていけません。
これがまたダイエットと同じで、私の理屈を聴かずに、アナタはまた「タシャ」を追い求めることでしょう。
こうして、人は社会承認されることで自己実現を疎外されて、アンチいわゆる大企業を愛しながらその実憎んでいる「構造的」な大企業の二軍、ゴキブリになるのです(陰謀論者たちには構造というような話が難しいかもしれませんが) 。
ここで大事なことは、精神的な「戦争をする勇気」を持つことでしょう。
ここでやっと冒頭の自虐史観はよくないよ(原タイトル)に戻ります。
ここで言いたいのは、あくまでも物理的な戦争ではなくて、精神的戦争のことです。
どこまでいっても、私たちは日本人というこのひどくふざけたDNAのアナタから逃れることはできません。
だとしたら、日本をどう再設計するか?という方向にしかアナタの自己実現はないのです。
もっとも、情報処理があまりにも高かったら、ボクはアメリカ人になれたし、アメリカ国籍を手に入れて日本を捨てるよってエリートは笑うかもしれませんが、どこまでいってもそれは、逃げ、あるいは、戦争の時代で言ったら、「移民」でしかありません。
気持ちは分かりますが、それは亡命であって、精神的な戦争の時代に、それはアメリカの犬ですよだとか敗北を喫していて、アナタでなくてもいいじゃんという他国のプロパー以外の価値を持たなくなる。これが現在の御用学者たちがなぜ生まれるかで、彼らは生活のために、他の国の観光コンサルタント化しているのです。
しかし、これで、タシャを無視し、日本人としてアナタが自己分析することまできましたが、肝心のアナタの個はどこに?という話になると思います。
それは、残酷な話ですが、アナタが生れたこと自体が、個性なのです。
・宇宙学は陰謀論?
超複雑系数学、宇宙際タイヒュミラ―理論を提出した日系ユダヤ人・望月新一は、宇宙の一部を数式で表すことで、数学史をスキャンダルな形で更新しました。
しかし、あまりに計算式が膨大な話で、定義が完全にはできないというのが、宇宙ということになるのです。
当然、最終的には時間が進めば、この証明からは宇宙を一つの数式で証明できるようになり、数式上は宇宙を証明することは可能ですが、数学でアナタという個はそれだけ天文学的確率によって生まれてきたことの奇跡だということを陰謀論的に留保したいと思います。
まとめます。
1,タシャを無視することで、消極的にアナタは自己実現を諦めることで楽になれる
2,日本人というDNAに誇りを持つことで、良し悪しをちゃんと科学的に理解する
3,アナタが生れたことがそもそもの個性であり、個性の肯定とは陰謀論に帰着します
当たり前ですが、人間が生れてよかったか悪かったかは、哲学で論争になるぐらい、根拠がないものです。
だから、そこで陽キャか陰キャで争いをして賢いかどうかは一切なく、DD、どっちもどっちなのです。
そして、この1~3の観点は、日本という陰謀論の肯定(皮肉)に帰着してしまいます。
結局、陰謀論から出れないじゃあないかと。
それは分かるのですが、あくまでも科学的な精神クリニックとしてアナタのその病気を無理やり治そうとするのではなくて、生かすという方向性しかないと思うのです(もっともやりすぎた場合はデリートされるでしょう)。
アナタをDVするタシャを排斥し、日本という伽藍の精神病院へアナタを檻へ牢屋に入れたとします。
そこで、アナタが簡単に上へ上がれる方法は、患者の中で、精神異常者たちの中で、ヘゲモニー争いをすること自体が不毛だと言いたいのです。
そうじゃあなくて、医者側にアナタは回らないといけない。
医者になれなければ、病気は治らないから。
これはトートロジーで、病気を治すのは、医者というキャラなので、早急に医者になる必要があります(もちろんこれは先ほどから比喩です。実際の医者になる必要はありません)。
「日本人」という精神病院から逃走するには、アナタが精神病院を起業、あるいは看守側として見張る必要があるのです。
それが、「科学の思考」で、加速主義/シンギュラティは新実在論よろしく楽しい不遇者たちを監視することで次のステージへ行くのでしょう。
そして、厳密には、そこには共依存の関係があり、医者と患者という系を抜け出さないと、アナタは次へ行けません。
その医者というヒューマンも最終的には幻想にすぎないからです。
不謹慎系YouTuber坂口章はメディア・アートを駆使して鼻にわさびをいれたり札をめちゃくちゃにするなど様々なメディア・アートをし「ヒューマン」がいかに言葉の病かを表現しました。
ようするに、科学の思考も結局のところ、単なる数式の羅列であって、アナタ自身ではないから。
精神的な悩みというのは、実のところ、脳の産声、暇潰しという地獄に他なりません。
〈追記〉
もっとも「お気持ち」ばかりしていても、意味はありません。構造的な問題はお化粧では誤魔化せないからです。精神的な戦争はメタバース(人間介護)理論に回収されます(詳しくは本は破れ!逆転オセロニアというディストピア記載)。