YouTuberとしての利点を考える。

1,コンテンツになる

 X以上に良質なコンテンツになる。

 ただし、Xは社会と繋がった政治、関係性におけるコミュニケーションに近い。

 一方でYouTuberはコンテンツに近い。

 過去の動画は見られないかもしれないが、どこまでもそれ自体が本のようなコンテンツだ。

2,社会公共機関にある理系/工場労働者

 どこまでも理系や工場労働者の匂いは拭えない。

 YouTuberはSNSそのもので持続するから。

3,YouTuberはリアルタイム文学(アウトサイダー)

 リアルタイムでその人の人生を追えるさながらリアリティー・文学だ。

 人生には様々な障壁があり、長期的に続けるには、最低限、様々なゲームで勝ち続けるタフさやプライドの高さなどが必要だ。

 仮にいっときバズって続くもんじゃあなく、持久戦に近しい。

 YouTuberの特徴を3点並べてみた。

メンフェス×古田更一。批評家VSアウトサイダー・アーティスト。~社会(メディア)は存在しない~

政治に頼らず最低限当たり前の努力をして、それをエヴィデンスに社会を測ろう

古田「今非常に難しい状況になっている」

メンフェス「はい」

古田「エンタメ性下がる話になっちゃうかもしれないから、本当に申し訳ない。オレたちが有名になるには、まず本質的にはYouTubeに人々を集めるしかない。Ⅹの人をnoteの人を。そのような状況にしてゆかないと始まらないと思う。これはマーケティング。これは資本主義的で道理に反するけど、まずこれはあると思う。これ、視聴者自体には楽屋裏には興味ないかもしれないけども。

でも、ここで矛盾しちゃう二個目は、言語化しづらいんだけど、社会を変えるのはすごい難しいんじゃあないかっていう。

論理では説明できないから、ポエム、お気持ち、冷笑を喋らせて」

メンフェス「はい」

古田「ボクはぁ~論文で武蔵野美術大学に入っちゃう絵が描けない落ちこぼれだしぃ~、ART業界を代表しているわけじゃあないし、ちょっと一人で起業して2020年のときに自分で一人で頑張ってYouTuberになってそこそこ登録者5000人の人や都知事選に出た人とかに認知されたりコラボできてそこそこやってきた。だけど、そこそこ頑張ったから、頑張ったし、才能もあるし、だけど、ムサビを中退してやっぱりおっちょこちょい、まずオレは日本の0.1%の強者男性と分かってほしい。ほとんどの男性は弱者男性ばかりで起業もできないしずっと匿名でも仕方がない。だけど、同時にやっぱりボクは弱者男性で神奈川に生まれてガチャに失敗した、その県でボードを漕いだだけ。そもそもちゃんと当たり前の努力を適切に最低限やれる範囲でやってきただけ。不謹慎ですいません。不謹慎系YouTuberもビジネスとしてやっただけの面もある。

だけど、殆どのスタンダードの強者男性たちはテレビやAmebaに出るような借金100万円ある政治活動家でもなくて、ただ当たり前の努力をして最低限勝ち取っただけの古田更一前後が精々だ。そういうシビアな現実を分かってほしい。だから、えらいてんちょうや内田愛里も生活があるから起業ビジネスで搾取しているだけで、だから、ボクの不謹慎系も仕方がない、ビジネスでもあるから。それをやらなければ、えらてんも古田もオワコンだった。

平成のTVノリはもう続けられない

もう大体人は出ていて、平成のノリを続けるのなら、石丸、相川、陽キャぐらいしか政治的なすごい人しかいない。逆に言うと、それぐらいしかいない。これじゃあ変わらない、一気には。社会を変えるにはちょっとづつ犠牲や妥協を込みしてやるしかない

それにオレは少し逃げ切っていて、オレのことを老害というのが若者(笑)、オレも若者なはずなんだけど、言われているらしい(笑

橘玲『無理ゲー社会』の統計を見れば、無理だよと。

メンフェス「橘玲『無理ゲー社会』の統計を見れば、無理だよと。だから、たまにデモ、半分遊びでやってほしくて、楽しく生きてほしい。デモも楽しくやる」

古田「意味ないけどね」

メンフェス「諦めてください。変わりません」

古田「そもそも政治で社会を変えるというのが根本的におかしい。国会答弁をまず見てほしい、寝ているしだらだらしている。で、メンフェスくんの統計の話だよね。オレ的にはネオ幕府の相川の政治を手伝ったけど、みんなバカばっかでただ自分たちが有名になりたいだけ。

悲しい話があって、平成がまだ続いているAmeba的には、メンフェスは弱者男性。高卒だし。弱者男性だから貯金を1000万円するしかない。で、もっと弱者男性はネオ幕府の相川で借金100万前後していますよと。

古市典寿の絶望の国の幸福な若者たちの頃にはマイルドヤンキーは幸せだだったけど、もうそれは通用しないぐらいに、今の若者たちは地元の貧乏に開き直ってしまって、もうそのマイルドヤンキーでいいじゃん論は限界がきちゃっている

で、もし平成が続いているのだったら、メンフェスくんもオレも弱者男性だから、あまり強者だと既得権益だとボクたちを虐めないで欲しい。

天才の成田悠輔が自分で独立国家を作ればいい

かといって、野村総研に入るべきか京都大学院へ入るべきかも週5回忙しくて、あるいは発達抱えながらストレスためて院へ奨学金借りながら頑張って卒業を目指している。で、Z世代でチャンスをもらった松本安奈も大西琢磨ですら中退だったり炎上、借金を借りたり生活保護で右往左往していて、頼りにならない。Z世代のトップのはずなのに。で、オルタナティブがだめライフ愛好会かネオ幕府っていうのがゆとり世代以上の見解らしい社会を変えるんだったら、若者なんて弱者だし力がないんだから、天才の成田悠輔が自分で独立国家を作ればいいのに。箕輪さんも落合さんも。成田本人に人気は無くて、ただ自民党の御用学者にすぎない面も大きすぎる。岸田総理、もういいよ」

メンフェス「成田悠輔自身が平成っていう宗教の延長線、延命なんで。そういう限界を本を破ろうって言っているわけですよね、古田さん」

古田「だけどぉ~私立の落ちこぼれだからぁ~、お国のことを考えている税金を借りている国立の大西琢磨に頼んで欲しい。天才の大西琢磨やボクよりも社会を考えている痴優しいネオ幕府や陽キャ哲学にこそ責任がある。ボクには責任がなくて、石丸や大西、ネオ幕府が日本を良くするから、彼らが日本を良くできない」

メンフェス「経済原理で良くね?っていう。個性経済学やりましょ」

古田「だから、幸福な国の絶望な若者たちだと思っていて、メディアを妄信したり社会がぶっ壊れている状況で若者が見殺しにされているだけで、マジな話、大人たちがどうしようもないだけ」

メンフェス「素晴らしい話だなぁ~。勝手に社会というヒエラルキーを作って、その系を信じるのやめろよってもう浅田彰が何十年前に話した話だよ」

古田「それもある。で、アウトサイダーアートを勉強して、本当に社会を変えたいと思っているのは、女性や弱者、若者じゃあないかって思っている。この国の被害者たち

だけど、変える力を持つのは、おカネを持っている成田悠輔や大企業の匿名のサラリーマンだよっていう。

だから、日本を彼らが実際の金でやらない時点で日本を変える必要がない。だから、逃げ切っている人々がもう捨てていいよって暗黙している。

若者に期待するなら、年上の強者たちが変えればいい。希望のモルヒネでは助からない。石丸も相川もモルヒネ。adoの歌と変わらない。政治は音楽と変わらない。まあでも、それでいいじゃあないか、考えられないから、弱者だとしたら、音楽をずっと聴いて歌って踊って誤魔化せばいい。それでいいかもね。それが弱者の選択、まあ選択肢がそれしかないから可哀想だけど、弱者ほど短期的な藁にすがる他はない…。でも、それが現実…。弱者ほど陽キャ哲学じゃあなくて、ネオ幕府や内田愛里にいっちゃう。だけど、そのどうしようもないネオ幕府も他責にして借金まみれで苦労している。みんながみんな他責にする日本で現実を見ないバランス論を言っていて、みんなで責任転換をして、みんなで沈むように動いている。

相川さんは老害だから、もうⅩやめて、YouTubeに来てくれたらいいのに。だけど、ゆとり世代や平成はそんなもん。だから、社会を変えないけども、個人の欲望としてはネオ幕府の夢を否定する気はない。それは、インフルエンサーになりたい内田愛里のAmeba的なノリもそう。

これで、だらだらと内輪で褒めてもらってインフルエンサーっていうおらが村。外山恒一界隈で一番であれる。そういう個人の欲望が政治をもっとめちゃくちゃにした。それが石丸やネオ幕府、内田」

メンフェス「それは正論。だけど、個性経済学をパラフレーズするだけでいいかなっていう。系にハマっている人々や弱者男性たちにたまにこうやってかまってあげる。たまに個性経済学を分かりやすく教えてゆくだけでいいんじゃあないかっていう。真面目になって、自分なりにその後に相川さんたちの個人主義、ロックンロールすればいいよっていう」

相川さんの借金まみれは尊敬している。

古田「だから、相川さんの借金まみれは尊敬している。皮肉抜きに、その個人の商人欲求の暴走は尊敬できる。これが、論壇だと。だけど、それに個人的に興味がないし、それを冷笑する成田悠輔もくだらない。日経テレ東が延命したいだけ、テレビが延命したいだけがAmeba。ボケとツッコミで平成だよ~」

メンフェス「無視でいい」

古田「数字はもう出しているわけで、ステハゲや遠藤チャンネル、スーツ背広とかベテランち、キュアロとかたくさんもうZ世代/ゆとり世代の若者たちは楽しく情報を発信しているはず。しょせんサブカルだと笑われちゃうし、彼らもそこに半分甘んじるしかない。だけど、言論やジャーナリズムはそういう人々すらも取り上げてくれない。数字だけではない。権威がない若者なんかどうでもいい」

メンフェス「はい」

古田「はいと言われても困るけどw」

メンフェス「幸福な国の絶望な若者たち。勝手に全体主義の系、今更テレビに踊らされているだけでしょ、解毒してよ、田中康夫とか読んでさ、ちょっとは解毒してよ」

古田「Fランぼっちモザイクが大学を卒業したら、オレより強者男性かもしれない。ナニが強者か弱者かエンタメだよじゃあなくて、ハッキリしないと始まらない。あくまでもいい意味でエンタメや文学だよサブカルだよっていうことのメリハリがAmebaやテレビ、大企業にはマジで最近足りない。ジャーナリズムの質が下がっている。陽キャ哲学やFランぼっちこそポジティブに素晴らしい芸人だから、それがAmebaっていうノリ。それは全然悪くない」

メンフェス「彼らやAmebaはポジティブに一つのメディアにすぎないっていう」

強者男性を虐めるな

古田「あと、読者の味方が得意ですで書いたけど、強者男性を虐めるなという章を描いた。石丸さんやネオ幕府の相川さん、陽キャ哲学さん、強者男性のレッテルを貼れる神輿を作って、彼らだけの責任でどうにかしようっていうノリはちょっと限界がある。安倍晋三が亡くなったけど、本当に●ぬべきは東大の官僚たちだったかもしれない。政治家ばかり強者男性ばかり顔出しできる勇気ある人間たちばかりに責任を押し付けるのは、ちょっと気持ち悪い。彼らが悪いんじゃあなくて、彼らたちが頑張れば社会は変わるは幻想であって、現実はボクたち一人一人がちょっとでもいいから社会を静かに変えてゆくしかない。いちいち社会を変えるときにSNSで通知する必要もなし。淡々とっやればいい。それなのに、官僚気取りの連中たちが日高屋やコールセンターでひぃーひぃー言って借金まみれの相川をただ強者男性だからって火の車にして、でも僕たちはちょっとしか有名になれない脇役だからはちょっと気持ち悪い。スペースで相川さんに頼ってばかりじゃあなくて、自分で京都の選挙に出たらと雁林さんは言われて丁重にお断りしていた。つまり、そういうこと。

ようは、強者男性が社会を変えてくれるっていう論法は無理がある。現実的じゃアない。

アウトサイダー・アートの可能性

 それに最近は社会の外にいる人たち、グレーゾーンのアートを研究しているけども、精神病院に入っている人たちの方が美大や藝大よりも素晴らしい絵を描く可能性や独自性は本当にあるっていうデータや研究がある。これ実際に当たっていて、ナニが弱者かっていうのも、それは主観や状況によりけりだよねっていう。もちろんかわいそうだけど、社会の弱者がゆえに、絵の才能がもらえる強者になれる。

 どんなことがあろうと、リアリズム、生活は続いてゆくわけだから、その上で強者か弱者かって考えてゆかないと、幸福につながらないし、現実の層を考えられない

メンフェス「現実には様々なレイヤーがあって、生活や日常がある。単純な線の構造じゃあなくて、点がいっぱいあって、得意なこともあって不得意があって、発達障害者の方が絵が上手い話しがある。だけど、彼らが常に幸せじゃあない。精神疾患系の方々は様々に文字が読めないわけだから、広告とかにシュミラークル都市の洗脳にやられちゃうかもしれない

だから、苦しんでいるがゆえに、アウトサイダーアートも生まれるっていう…」

古田「不謹慎系YouTuberで有名な坂口章も広告に踊らされているからっていう。だから、バズった。SNSや社会を疑っていない。特に女性にも多い。オレが会ってきた生きづらい女性、あるいは社会に不満を持つ女性たちは社会に怒っているんだけど、社会を根本で疑えられない、女の子は優しいし表層で判断せざるおえないから

メンフェス「女の子たちがピーピー泣いても、よしよしして黙らせると。黙るし」

古田「メディアで作られた●患っぽさ、adoや月ノ美兎を持ち上げて、面白女として社会がやんわりと虐めながら、なんとなく肯定しちゃう。この無理くりが今の社会。これは高学歴弱者や大学のエリート、学歴厨の男性たちも同じ感じ」

メンフェス「幸福と健常者と非健常者は相関はそんなにないのが、こういう批評的な和対話で見えてくる。で、おもしろそうな人とこうやって話して…」

古田「オレたちはすでに上がっちゃっている」

メンフェス「そうっすよ」

古田「おもしろいコンテンツはゴロゴロくるしね。そこそこ。で、オレやアナタになれない人もたくさんゴロゴロいるけど、それでも幸せだと元カノに言われた。ちょっと頭が弱そうな元カノより頭が悪い人々たくさんいますと言われた。だから、もっと地方見ると、ado聴いて幸せでゴロゴロしている人々がいるかもしれない。オレたちがあまりに批評や東京に毒されている面もある。adoを聴いているだけのコンビニのアルバイトたちもたくさんいるでしょっていう。マイルドヤンキーや平成論、テレビの共同幻想にもポテンシャルはあって、彼らや彼女らがみんな不幸かと言ったら…

メンフェス「その通りで」

古田「不幸自慢するSNSの人たちより暇じゃあないけど、彼ら彼女らには生活がある」

メンフェス「社会が社会が問題を作っている

古田「歌い手ってオレ見下していて、vtuberもアイドルも、それは宝くじだし、虚業。そんなのを信仰するのは、スナックでわははでいいわけで、そこにマジになれない。で、オレの上司とかはいまだにAKBとかを若者と勘違いしちゃう、でもそれが世間ってものじゃあないか」

メンフェス「はい」

成田悠◯は女性を食い物にする弱者男性

古田「大学へ戻ろうかなって思っていて、英米哲学読んだり逆転オセロニアばかりやっていた。武蔵野美術大学中退キャラ、海外企業で働いたキャラとかを復活させた方が古市典寿を批評できるんじゃあないかっていう。社会学者はそんなにお金をもらえないし、つまらないから、彼はテレビへ行った。オレはYouTuberからアート業界へ行くっていう逆の方向へ行こうかなと。だから、個展をできたら開いたりアーティストたちと話してゆこうかなと。これが自分なりのAmeba、メディア環境、社会へ参加しろよかなと。

で、武蔵野美術大学中退のオレよりも東京藝大中退の大西琢磨の方が社会のヒーローだから、彼に今度は全責任があるわけで、オレはずっと社会責任をほとんど払う必要はない

メンフェス「そうでしょうね」

古田「で、男性である以上、オレは強者である面もあって、せいぜい古市くんが限界。三浦瑠璃みたいな女性たちのヒーローたちよりは社会に貢献していなくても仕方ない、男性だから。だから、女性やフェミニズムを応援するから、彼女たちに逆に他責の意味じゃあない意味でリスペクトとして極力に責任や人権をあげたい

で、成田悠輔は弱者男性の面もあって、東大の官僚的な無キャが頭良いよっていう三浦瑠璃の女性の良心を奪ったのが、成田悠輔っていう男。頭が弱い官僚だから、政治で需要がある。だとしたら、女性の三浦瑠麗の方が立派かも。松本安奈と仲が悪い医学部の人がいるけど、女性からポジを取ろうとする醜さ」

メンフェス「中野信子も応援しましょう。でぇ~三浦瑠璃は離婚しているしぃ~、それなのにぃ~頑張って子育て頑張っているしぃ~、でぇ~日本を良くしてもらいと思うんだですよぉ~」

多摩美術大学ARTIST高橋ヨシさんと話した話しまとめ

https://x.com/untan443?t=3GB2qUq8Q9kk6Urla7c4VA&s=09

1,個展は開けば、基本的に参加できる

2,埼玉には坂口章含めて独特のARTISTたちがいるかも

3,0年代にカオスラウンジという現代ARTIST集団がいた。彼らは美少女画像を切り抜いてアートと言ったり、よく炎上していたが、ニコ生などをアートにした

(SNSでアートやるときの、ヒント)。

セクハラ事件で事実上、解散。

➫若手オタクARTIST集団は散った。

➫その穴を埋める形で10年代に理系の落合陽一がメディア・アートで参入。

➫最終的に20年代に焼畑的に□-△のメガネで東京大学の成田悠輔や東大立て看同好会も参入。

 渋ハウスvsネオ幕府(ここらへんは美術の裏面史)。

 

 今求められているのは、カオスラウンジの批評、反省学?

 あるいは、もうカオスラウンジどうでもよくね?な戦い方。

 日本のARTが理系に学歴に走りつつあった理由はカオスラウンジ批評から逃げているからである。

 もっともそんなもんだが。

五月祭レポ〜霞ヶ関文学はカッコいい〜

 

 やっぱり東大はかっこいい。

 五月祭で成田悠輔のイベント会場へ行って思ったのは、東大生以外は生きる価値がないということだ。

 なぜなら、やっぱり藝大の大西琢磨もハーバード大学の松本杏奈も微妙に王道から外れている。

 やっぱり東大はかっこいい。

 だから、東大に入れない人間は4んだほうがいいというのがかっこいい成田悠輔さんの主張だと思うし、ゆとり世代Z世代の偽らざる民意なのだ。

 その証拠にボクをキャンセルしたそこらへんの早稲田でも出れる情況の編集長も東京大学だし刺された宮台真司も東京大学だ。

 やっぱり学歴は大切だ。

 中退はしてしまったが、武蔵野美術大学という学歴というだけで人脈や人も常にそこそこ集まってくる。

 武蔵野美術大学というだけでartistと名乗ることもできるのだ(当たり前でARTISTになれる知識や道具は置いてある。暗記すれば良くて、ネットには転がってない)。

 なんでもいいから、大学へ入ったほうがお得だ。

 東大に入れない人間たちは4ねばいい。

 もっとも東大の中でも比較的優しい成田さんはボクが皮肉を返したら、音声では分からないけども数秒固まり、めちゃくちゃ笑顔で嗤っていた。

 その嗤いは太宰治や芥川龍之介に似たような趣を感じた。

 小論文しかできない自分としては顔写真でしか太宰治や芥川龍之介を知らない自分の頭の悪さを露呈するはめになった。

 5科目以上の勉強をちゃんとして、文学的にウヨウヨと悩みながら、他者に優しくしながらも、上手く誰が4ぬかきっちり裁くこと。

 やっぱり東大の官僚たちはカッコいい。

 ボクたちが遊んで暮らせるのも、日々東大の官僚たちが社畜のように働いているからだ

 だから、ちゃんと勉強してちゃんと勉強できないのならば、4の選択肢を取るのは当たり前なのだ。 

 これが大都会東京の純文学である。

 いつの時代も自殺した芥川龍之介や三島由紀夫の魂は霞ヶ関に受け継がれている。

 自殺するぐらい優しい人間になること。

 ボクは成田悠輔さんのように優しくない。

 要するに、落ちこぼれは自殺する勇気もなければ、当事者意識の責任もないのだ。

 悪かった、結局、金の力で私立に通い続けても、国立の暴力、いや、大衆のルサンチマンには勝てないのだ。

 優しさに溢れた国立はメジャーの都会にすぎないのだから。

〈注意〉

 ARTであり、本意ではありません。責任はありません。偉くないから。

冷笑ではなく、情報処理が低い人々がどんなに集まって騒いでも情報処理が高い東京の人々にはビクともしません。

 東大医学部YouTuberは何も頭は良くない。

 都知事選挙でバカ騒ぎしても何も変わらない。

 地方よりやっぱり東京が偉いのは当たり前だ。

 この国のSNSは本当に気持ちが悪い。

 最低限美大も入ったことすらない人が偉そうにボクにART論を語ったり、ひどいときには複数から日夜誹謗中傷にあってきた。

 彼ら彼女らの気持ちは分かる。

 しかし、ちょっと待ってほしい。

 彼ら彼女らの言葉は余りに理想的だ。

 強いリーダーに頼ればなんとかなる。

 なりません。

 彼ら強者男性は日夜皿洗いをしたりコールセンターで忙しい。

 貴方たちが彼ら強者男性たちに普段は頼りながら、時勢が悪くなると、他責に走る。

 もっともそんなこと言っているボクがそうかもしれない。

 ボクはネオ幕府の相川さんほどリーダーシップもないし陽キャ哲学さんほど社会を良くしようとしないし、いくら高学歴と言っても武蔵野美術大学は東京藝術大学YouTuber大西琢磨よりは格下だ。

 ボク自身が一番冷笑しているかのようにバッシングされている。

 だけど、ボクは腐っても批評系YouTuberだ。

 批評家の言うことは確かに論理を気取ったお気持ちかもしれないし、YouTuberなんて到底拡散性や突起性だけだよって。

 その通りかもしれない。

 だけど、アナタ自身は何かしただろうか?

 外部から美術を探求するアウトサイダー・アーティストのボクだからこそ言えることだけど、アナタに本当の美はあるだろうか?

 不謹慎こそが真実を話すこともある。

 少なくとも、アウトサイダー・アーティスト、生の美を追求してきた自分は確かに相川さんたちほどリーダーシップはないけども、不謹慎な身も蓋もない真実を自信を持って言える美に狂った才能だけには自信がある。

 だから、本書を読んだアナタも是非、自分なりの不謹慎な個性を醸し出してほしい。

 社会を変えるのは、強者男性だけではなく、それはカリスマを逆に虐めている負の悪循環だ。

 当然のことながら、1人1人がちょっとでもいいから動いてくれないと社会は変わらない。

 今回の東京都知事選挙はそれがよく理解できた。

 今回ボクが載せた文章群は、ここ最近、ボクが考えていたエッセイを再編集したものだ。

 戯言かもしれないが、真剣に描いて考察している。

 当たり前の話だが、頭が良くない人々は読まなきゃ、賢くならない。

 SNSをちょっと遮断して、読んでくれたら幸いです。

 

高齢者の席に座ろう。〜口先だけの露悪にさようなら。本物の露悪で構わない。借金まみれの尊敬できる中間管理職にならないために〜

 最近わざと高齢者優先席にボクは座っている。

 これは不謹慎かもしれないが、1つのART的風刺、訴えである。

 綺麗事を中途半端に訴えて、お利口に過去のイレギュラーをただただ模倣しただけの小心者の優等生にネオ幕府の相川という37才のおじいちゃんがいる。

 東京都知事選挙に出た売名行為としてボクは尊敬しているが、ネトウヨの雁林からは若者たちを救ったとその売名行為を否定された。

 ちなみにその相川は単なる老害の模倣で、選挙は多数派のお祭りにすぎないよと外山恒一の真似をすればいいと思っている。

 もちろんそのような自分探し、ヒーリングは構わない。

 しかし、これすらもネトウヨ雁林に否定されたが、少なくとも私個人はメンヘ◯たち、ちょっと小金持ちな東京の文化左翼たちのヒーリングにしかやっぱり機能していないと思う。

 おじさんたちの凝り固まった頭は絶望的だ。

 なぜ絶望的か?ってネトウヨの単なる応援団の雁林はともかくネオ幕府の相川さんはやっぱり完全な悪人じゃあないから。

 ボクはこの1年の少ない付き合いだが、相川さんの気苦労は知っている。

 コールセンターで働きながら日高屋でメシを食い、あかねでバカたちに演説し、会を開けば、LGBTたちが暴れまくり、正直なところ、全く憧れない。

 これならヒーヒー言いながら、大企業へ勤めているサラリーマンと変わらないじゃあないか。

 ようするに、ネオ幕府の相川さんは中間管理職トネガワなのだ。

 絶望的なのは、そんなに優秀で適度に茂木さんの彼女のオッパイを揉んだり、ボクをパージしたりする適度な政治力を持ちながらも、結局のところ、彼自身が借金をしなければいけないところに、どこまでも困難な絶望、無理ゲーが引き締めあっていることだ。

1,政治家のポジションを使いながら言論人ぶりたいインフルエンサー志望

 端的にネオ幕府の相川の問題は頭が悪いため、政治家のポジションから言論人ぶるところだろう。

 彼は政治で社会も変えないし言論人としても批評から逃げる政治家ぶる。

 彼のどこまでも政治までも批評までも相対するやり口は何もひろゆきや成田悠輔と変わらない。

  ならば、ひろゆきの方が幾分かマシだ。

2,周りのバカたちの不満をネオ幕府が作っちゃっている

 ネオ幕府はオジサンたちの最期の平成、ストッパーだ。

 悪循環的に彼らの手下?右派の連中の不満をためても、彼は彼らを助けない。

 当たり前だと元電通のQに言われたが、だとしたら、政治家ではないし、自分の子分たちのケツは自分たちで拭くべきだ。

3,だからボクは高齢者の席にわざわざ座ることにした

 ARTとしてこれは賛否両論を呼ぶ不謹慎かもしれないが、極力頑張って高齢者優先席に座り、スマホをいじってゆこうと思う。

 ネオ幕府の相川さんの問題は端的に言えば、秀才であること。

 全てがグズグズと中途半端で日本のだめなオジサンたちを煮詰めた文学にすぎない。

 それはそれで構わないが、もうチキンレースをしている場合では、ない。

 私ですらヌルいかもしれないが、高齢者の席に若者がわざわざ座るという絶妙な声出しやARTを様々な形で言い続ける必要があると思う。

 もっともボクは何も再三繰り返す通り、相川さんは嫌いじゃあない。

 しかし、かといって中間管理職トネガワの黒服でいたら焼き土下座で兵頭会長に始末され、遠藤のようにリストラされる。

 だとしたら、ボクは借金まみれの利権保持者という被害者でもありながら加害者、苛められっ子のイジメっ子という負のオジサン的象徴、ネオ幕府は否定せざるおえないのだ。

〈追記〉

 怒りはない。しかし、高円寺でだらだら酒を呑みながら37才で出世が約束されていて、しかし、それも小さく借金まみれ。リスクを最小限にする元電通のQや雁林は構わないが、ボク自身は相川なんかになりたくないし、相川は加害的な犠牲者だ。彼のようになるんだったら、フツーに大企業へ務めて年収1000万を目指すのと何ら変わらないだろう。

3流ARTISTを借金漬けにするやりがい搾取.ネオ幕府の黒幕・雁林の卑怯さをwatch中.

色々な人から都知事選のことを聞かれるので一応書いておきますね。少し長い文章なので、興味がない人も読んで下さい。政治なんで、こんなもんなんで(笑)。

今日、東京都知事候補だったネオ幕府の相川さんを影で操るインフルエンサーのネトウヨ/雁林さんと初めて話しました。司会のせいなのか、出来の悪い生成AIみたいな話しぶり、という印象でした。いや、今時ChatGPTでももっとスムーズに会話できるので、面白かったです。本来は聡明な方でしょうから、そういう戦略だったんでしょうね。

全編はネットで観られると思うのですが、あらためて説明をすると、僕が一番関心を持ったのは、中の人であるがん林さんという卑怯者が何をしたい人なのかということです。

たとえば雁林さんは、今後の政治活動について聞かれて国政進出を否定しませんでした。都道府県知事というのは「行政の長」です。一方で国会議員になるということは、「立法府の一員」となる、ということです。法律を作る仕事ですね。

だから知事を目指すことや、市長であることと、国会議員を目指すということは、「転職」といってもいいくらい違う仕事の話なんです。だからその点を質問されたら、答えって何パターンもないんですよ。

具体的に作りたい法律の話をするか、行政の限界の話をするか、になるはずなんです。仮に現在は意思がなく、仮定の話だったとしても、です。てっきり、そういった答えが返ってくるのかと思いました。

たとえば僕は国会議員になりたい気持ちは全くないですが、たまに取材などで「もし国会議員になったら何をしたいですか」と聞かれることがあります。その時は具体的に、作りたい、修正したい法律の話をします。曖昧に「少子化対策」とか「東京一極集中の打破」とか言っても意味がないんです。だってそれは、国会議員以外でもできうることだから。世論を盛り上げるという意味で言論人でもいいし、NPOなどソーシャルセクターで働いた方がいいことかもしれない。なぜ他の仕事ではなく、国会議員なのか。それって結局は、法律の話なんです。

だから、やりたいことが具体的な人の場合、行政と立法が混じるってことは、あんまりないんですよね。あるとしたら、何でもいいから政治家になりたい場合。どこでもいいから選挙で勝てばいいと考えている場合。(それは他の候補者にも言えます)

あれ、それって雁林さんの定義した「政治屋」そのものじゃないの? 僕は京都府民ではないので批判する立場にはありませんが、彼は途中で辞めてるし。

だから、雁林さんの批判する「政治屋」と、雁林さん自身がどう違うのかを何度も聞いたんです。そこを聞けば、具体的な話になると思ったからです。でもならなかった。こっちとしては不思議でした。

今回のやりとりのように「答えない」という戦略があってもいいと思います。だとしたら、ボクとレスパすること自体に出ない方がよかったと思うんですよね。

もし僕が雁林さんのアドバイザーだったら、スペースの出演オファーは全て断りました。

雁林さんって、YouTubeやTikTokなど、自分が主役になれて、演出もできるメディアを中心に人気を集めたいけどネオ幕府に借金をさせた人ですよね。いい部分だけを見せてきた。これは別にネット特有の現象ではなく、昔からある一流俳優さんのブランディングと近いです。極力、トークやバラエティ番組には出ない。出演するとしたら、自分に配慮してくれる司会者のいる、自分が主役になれる番組だけ。実際、うまくブランディングできている俳優さんって多いと思います。

そういう戦略でやってきたんだったら、「私を応援してくれた方にまず感謝をしたいんです」と言って、開票が始まってからは、支持者とだけ交流して、それをYouTubeなどで流せばいい。その切り抜き動画の拡散と、「最下位」という結果で、さらに人気が出たと思います。一流俳優戦略を貫けばよかったのに、惜しいことをした、と他人事ながら勝手に残念がっています。

あと、もうここまで長いと読んでないかも知れませんが、雁林さん支持者の方に勝手にアドバイスを。

もし雁林さん支持をもっと増やしたいなら、雁林さんを批判する人も仲間にしていかなくちゃいけないわけです。反・石丸の人を、攻撃的にののしっても、仲間は増えないと思うんですよね。「ごめんなさい、私が間違っていました、これからは雁林様についていきます」ってならないよねえ。だったら「雁林さんの支持者っていい人が多いな。まともだな」って思われた方が絶対にいい。

政治ってもちろん最後は戦いです。敵と味方にわかれて戦うわけです。でも常日頃から戦っていたら仲間は増えません。これで失敗してきた先人がたくさんいるので、一応共有しておきますね。論破とか攻撃ではない、新しいコミュニケーションがもっと政治の世界にも増えていけばいいと願っています。(お前が言うなって言われそう。バカデカい愛さんとかが言った方が説得力あるかも)何にせよ民主主義は風前の灯火かもw

 ナンセンスなポエムなので、事実無根ですm(_ _)m。誰の味方でもありません。

殆どの人間は生まれてきた価値はない。【ポエ】

(逆に言っちゃうと、殆どの人間は生まれてきた価値があると主張する主観もあるよね)。

 もっとも踏み台や兵隊としては必要だ。

 言っちゃあいけないことかもしれないけれど、たぶんこれは統計的には真実で殆どの人間は負け犬として用意されている(統計という客観?ー。逆に言っちゃうと、殆どの人間は勝ち組であると主張する主観もあるよね)。。

 これはお涙頂戴でもなくて、競争というものが持つ1つの側面だ(社会は存在する)。

 もちろんその競争が完全に悪いわけでは、ない。

 やっぱり競争で勝った作品は面白い

 もちろん競争で勝つ作品が余りに大衆受けや市場受けを表すこともあるが、やっぱり競争は面白い。

 ただエッセイになるかもしれないが、世界は日々ちょっとずつは変わっているけども、すぐには変わらない

 ネオ幕府の相川さんですら日々貧乏でコールセンターで働きながら日高屋でメシを食い、周りの人々がボクにカンパしてくれる状況だった。

 貧乏くさい左翼や高円寺は嫌いではない。

 しかし、これにだらだら開き直る彼らとその日本は異常としか思えない。

 皆、威勢は良いけども、相川さんたちは借金を100万以上して出馬している。

 余りに舐めたシステムとしか言いようがない(理不尽に借金をした時点で負けだろう。もちろんレバレッジはあったかも知れないが、次も彼に100万の負債を支払わせるなら、この神のシステムは異常である)。

 言い方は悪いけど、煽っているわけじゃあないが、自由人は4んでくださいと国家が消極的に相川さんたちを煽っている

 そして、このようなことをちょっとでも書き込んだり唆すだけで東京の狭い左翼の界隈から良くパージ(排除)される。

 生憎、論壇でメシを食う気がないため、どうでもいい話しだが、ここまで非生産的な活動で彼らが大企業に勝てるか?と言ったら不可能だろう。

 ようするに、何も考えず、早慶に受かって大企業に受かってだらだらしている方が幸せなのだ。

1,人間は人間を◯めたくないが、社会システムは人間の冊処分を望んでいる

 誰も人間をアヤめたいとは意識的には殆どが思わないと思うが、社会システム、社会を維持するために沢山の犠牲は必要になる。

 となると、やっぱり自主的に安楽4ができるようなボタンを各自に渡したくなる

 中身もないようなVtuberがウケる背景は金と暇が余った人間たちがウジャウジャいる証拠だ。

 言っちゃあ悪いが、そんな人間たちはササッと◯ねばいい。

 本音を言わせてもらうと、論壇やもっと言えば、YouTube上にいるコメント欄、あらゆる全ては言っちゃあなんだが、辛そうな人々がいたから、早く◯ねばいいのにと本気で思っちゃう。

 これはヒトラーでも反出世主義でもない。

 統計を徹底すると、多分このような結論になっちゃうんだから、わざわざ統計とか抜かさないで、彼らを解放させてあげてほしい。

 たぶんボクを含めて人間の殆どに目的も意味もない。

 ただ生まれたから無意味にだらだらと生きている。 

 だとしたら、積極的に安楽4のボタンを各自に渡して勝手に◯ぬ自由だってあるはずだ。

 無理して生きたいと思わず日々が苦しい人々にモルヒネを売って生き地獄で飼い殺しにするぐらいなら、むしろ彼らを◯してあげる、自主的に彼らが来世へ逝かせてあげることがむしろ救済になるだろう。

 わざわざ毎日イライラしているぐらいなら、天国へ飛ばしたほうがいい。

 もういいよ、と誰かが大量のひまぞらあかねたちにソッと肩を押してあげるのが、情けじゃあないか。

2,AIに人間は隷属して構わない

 これは趣味やライフスタイルの問題だから友達?のホモネーモさんに押し付ける気はないけども、AIに思考の代替を任せるのはベルトコンベアーでひたすら楽だと思う

 科学は人間を猿と見なした。

 それでいい。

3,アウトサイダーアートは美味しい理由

 障害者じゃあない単なる怠惰な人間が障害者のふりをすると美味しいことがいっぱいある。

 安楽4推進国家スゥエーデンが生んだ名作『ミッドサマー』では老人が飛び降り自冊を計るけども、その映画では未来予測をしている天才的な障◯者が登場する。

 アール・ブリュット(生の芸術)、アウトサイダー・アートの源流やイメージはこれに近い。

 あんなにグロテスクな世界観を言語化できているのは、なぜいるか不明瞭だった絵描きの障◯者だったわけだ。

 ようするに、障◯者にも役割はある。

 神である。

 ところで言っちゃあ悪いけど、ARTに微塵も興味がない。

 だから、武蔵野美術大学に小論文で入れた奇跡そのものに感謝しているし、退学されたことそのものも彼らは健常者のボクを元々非健常者、神として消費しようとポートフォリオを組んでいたのだと予測される(当たり前だが画一的な人材を入手していたら、組織は成り立たない)。

 ただメリトクラシー、能力至上主義は宗教そのものなので、障◯者を神として崇めたがる構造はどうしてもあると思う。

 ニーチェにならって神をコロすにはどうしたらいいか?

 簡単な話し、自らが神になればいい。

 これが神のコロシカタだ。

 もっとももう神をコロす必要はないかもしれない。

 障◯者が神として崇められる、これが文芸の真実だ。漫画もアニメも音楽も意味はない。弱者と強者の神話はこうして捏造されてゆく。

 だって、市場原理で加速されたvtuberたちがわらわらとメタバースプラットフォームの管理下において自由が保証されているのだから。

〈追記〉 

 障害者は存在しない。

 制度の試験管にいる。

 機械は洗脳を学習す。

 

センター試験8割を国語で取る方法

 諦めてください。

 橘玲曰く統計的に日本人の3分の1以上は文字が読めない、また、受験勉強的なハウツーで解けてしまうので、殆ど国語は意味はないかもしれない。

 その上でセンター試験の国語は意味ないよ、共通試験は学校の教師がいるんだという大きな物語なんだよというわけで割り切った上で考えたいと思う。

1,兵頭宗純の現代文実況中継

 殆どの参考書は瞬間的な論理を求めるか、自前のIQを求めている。

 どっちも無理ゲー。

 瞬間的な論理は付け刃にすぎず、暗記でなんとかなるし、自前のIQは生得的だ。

 ってなると、国語という制度をHackする必要がある。

 河合塾池袋&麹町の兵頭の話はあくまで国語という制度と割り切って、たとえば、下線分あたりに答えがあるよね、抜け出そうと教師の穴を突きに行く話だ。

 テストを作る側からいかに国語が無意味かを記載しながらも、割り切りが書かれている。

 買わなくてもいい。

 立ち読みで構わない。

2,小論文を書こう

 自分で小論文を書いてみよう

3,漢字や文学史を暗記しよう

 大学によっては、漢字や文学史が問われる。

 暗記したもん勝ちだ。

4,古文漢文は役に立つ

 古文漢文は面白い。文体が違うわけだから、暗記の比重は多い。

 ただ、殆どがSVOCで英語と変わらない。

ボクははるしにゃんじゃあない。〜古田更一批評〜

 古田更一ははるしにゃんだ。

 飛び降りたライターはるしにゃんと3年前に言われたことがある。

 全く違う。

 だからこそ、残念ながら外山恒一でもないし、鬼畜系のそうだな…村崎百郎でもない。

 当然のように、中沢新一ですらない。

 さのように言えば、どこまでもダラダラした人間が垣間見せる狂気というのが重要だ。

 ダラダラしたい。

 しかし、そのダラダラの先にあるのは、論理(美)へのフェチだ。

1,理性の限界

 中3のときに読んだ理性の限界という本に衝撃を受けた。

 森村では朝読があり、熱心に読んでいた。

 この本は様々な論理学の話しが載っておった。

 そうえば、小4のときにロボットサッカーをやっていて、プログラミング言語でロボットを動かし遊んでいた。

 私の原体験には、論理へのフェチがあり、論理を美しいとさえ思っている。

 だから、人文知的な自殺だの鬼畜だのは、実のところ興味がない。

2,孤独のグルメ

 アイデアが没頭するには、孤独が必要だ。

 人と一緒にいると、バカになる。

 だから、1人でいる時間を必要としている。

3,本は破れ!

 私の単著『本は破れ!』はそもそも頼まれて描いたもので、本の形式でARTを言語化したものだ。

 当時は落合陽一や加速主義、そして、不謹慎系YouTuberといった3軸から私の考えを言葉にするしかなかった。

 今だったら、アウトサイダー・アートの文脈を敷きながら、吉本隆明&江藤淳を冷笑した栗本慎一郎&糸井重里の基軸から私の主張したいメリトクラシー(能力至上主義)批評をしたものの、当時は落合陽一や加速主義、不謹慎系YouTuberぐらいしか自らの思考を語る手腕はなかった。

 きっと私は今からメタお笑い芸人にでもなってやろうかなと思う。

 沢山、誤読されてゆこうと思う。

 だが、私が主張したいことは、メタバース、SNSプラットフォームにおいて人は必ず統計学的な動きを取ってしまうことだ。

 もっとも『本は破れ!』には感謝している。

 古田更一の主張は新鬼畜系にあり、そこに興奮はないし、むしろ理系すぎる分ビビりかもしれない。

 村崎百郎は勇気があったゆえに鬼畜たりえた。

 ボクは勇気がないゆえに論理への勇気はあるゆえに新鬼畜たりうるのだ。

〈追記〉

 やっぱりどこまでも中沢新一に似ている。

 中沢新一はチベット仏教こそ非メンヘラだと看破した悟り本だ。 

 彼ほど殆どの人間は悟れない(笑)。

〈追記〉

 だが、意識低い系。

 さながら、学歴の、権威のプロ奢だ。

〈追記〉

 古田更一は古田更一だ。

 本は破れ!.AIをAIするAI.phantom medicine.

最後尾。44世紀の科学主義。とある日本の不謹慎。

・古田更一はなぜ不謹慎なのか?

1,統計的に様々な人に政治にやる気がないか、あるか聴きました。貴方たちはしょせん東大/大企業にとって統計にすぎない。

2, 北村さんやネオ幕府を含めて、失礼な話し、口先だけや論壇で上へ上がるだけにどうしてもなってしまう。それを否定する気はないけども、終わりなき日常でだらだら、それはチキンレースをしっちゃっている

3,アンチたちに2の人々と古田更一は同じじゃあないか?と揚げ足を住所をさらされたり実名を晒されて、問われていた。迷惑な話だ、そのようなアクティビティこそ無意味だということが分からないから、日本は戦争に負けた。話しても分からない?!

 3は彼らが問題だが、しかし、◯された宮台真司や成田悠輔の東大答弁にはたしかに世代的なふるさがある。

 よって、社会変革を実務的に遂行するか、できないのならば、徹底的に諦めるべきじゃあないかという話はある。

 たとえば、知り合いに東大立て看同好会の長谷川がいる。彼は半年前に意識高い系の起業で失敗し、今は國分功一郎の下で左翼的な立て看でアカデミーの地位を得ようとして、知られてないけど、小さな地位をとった。

 知られてないけど、ネオ幕府の相川はAIの理事会にwikiの記述通りなら、参加したことがある。しかし、彼はAI反対派。

 ようするに、彼らは政治ゴロを仕事にしている大企業の憧れる大企業の2軍にすぎない。

 これがビジネス原理主義から見た意識高い系/外山恒一界隈の通底する実態だ。

 そこに怒りはないけども、だめライフ➫ネオ幕府➫次に立て看といった意味のない利権の意匠たちが縮小再生産でリストカットしながら小さく有名になって終わりなき日常を目指している。

 怒りはないけども、そのような状況で成田悠輔/西村博之こそボクは本物じゃあないかと思っている。

 チキンレースをするぐらいなら、論破したり統計で壊したほうがいいし、算数だと割り切ったほうがいい。

 しかし、成田も西村も露悪にすぎない。

 これじゃあ民主主義も人文知も意味を見失い、落合陽一の言う人間よりAIが賢いディストピアが実現してしまう。

 それは私としても辛い。

 理屈では落合陽一やイーロン・マスクの正論は分かっても、やっぱり心では納得できない。

 まだ人間にこそ可能性があるんだと最後尾から悪あがきをしたくなる(吉野うごくと違って、どうやらボクは最後尾らしい…)。

 じゃあ、どうするか?の次が起きている。

 ようするに、ボクは思いついた。

 書を捨てよ、街へ出よう。

 素人感覚の真剣な落書きであるー。

・真剣に冷笑してるんだから、許してほしい

【言い訳】

 だけど、ボクはしょせんやっぱり武蔵野美術大学ごときにすぎない。 

 東京藝術大学からしたら、武蔵野美術大学は低学歴だ。

 それに文字にすら興味がない。小説よりもライトノベルが面白い。哲学書より批評書が面白い。もしかしたら、思想がないかも。

 ようするに、ART、それに中退もしている素人の門外漢、アウトサイダー・アートにしか興味がないということだ。

 正直に言わせてもらうと、学歴にも就活にも興味がない。

 社会を変えるためには東京では競争はあるんだよ、古田くんと言われても、そのような男子校のノリからはソッと退散したいのが、本音だ(い、陰キャかもしれねぇ…)。

 それがもし思想だとしたら、太宰治も芥川竜之介も西部邁も川へ突っ込んでいる。言っちゃぁ悪いが、そんなアホになりたくない(パリポな弱者男性に居場所を与えるのが、文学、社会なのか?)。

 しかし、生きるためには、どうやらこの東京というメンヘラとも関わらないといけない。どうやら社会は存在するらしい(苦笑)

 そのために、3つの戦略を取る。

1,加速主義/シンギュラリティの流れを利用し、SNSやITを有効活用し、旧来的な学歴/大企業に差をつけられないだろうか?

2,YouTuberを含めたSNS配信者を政治家と再定義し、お祭り騒ぎにすることで学歴/大企業のゲームを壊せないだろうか?

3,株式会社DeNAやGoogle,にじさんじを代表とした最新理論メタバース、SNS運営によって人々をアルゴリズムの中で制御し、無意識データ民主主義をよりもっと現実で行い独立国家を建設することはできないだろうか?

➫3点の結論より、本を読まないような人間たちに民主権を与えるような新しい受験system/企業algorithmをこちらから各人が仕掛けてゆき、ゲリラ的に人々を巻き込んで、平成という伽藍をぶち壊し、令和維新の新しい風を理論として作り上げられないか、以上が私の構想『本は破れ!』だ(もっとも人々を統計的に見て暴力的に見えたとしたら、申し訳ない。人々を統計的に見る東京の大学の猿真似です。どうも上手くキミらを差別できなくて、すいません。低学歴は◯ね)。

・森鴎外や石井四郎、手塚治虫ほど賢い文学者はいないんだということを自覚してほしい

【更なる言い訳】

 更に強調して皆さんに言い訳しなければいけないことがある。

 これはSF好きのアウトサイダー・アーティストの門外漢の妄想(批評w)ということだ。

 私は哲学の専門家でもなければ、批評家のプロとしての器にも欠けている(苦笑)。

 だが、そんな出来損ないの私を嘲笑するのは構わないけど、見放さないでほしい。

 私が池袋河合塾校で浪人時代、兵頭先生に勧められて読んだ批評の神様・小林秀雄は超要約するとこう言っている。

1,哲学と違って、批評は誰でもできるw

2,批評は感動したら、なんでもOKw

3,批評は創作しなくていいw

 ずいぶんと(インテリ)とは簡単なものである(小林秀雄は◯歴詐称のオッサンなのか?)。しかし、小林秀雄とかいう賢そうな山師?のオッサンの言っていることをすげーざっくり要約するとこういうことらしい。そうえば、兵頭先生も京大卒なのに持病を抱えていて、反抗期なのか、授業をボイコットし、気まぐれで休んでいた。そのような皮肉な態度から現代文を学習させていただいた。どうもありがとう。

 ところで、私はクローン人間の大量生産を割と本気で考えているオタクだ。亜細亜のどうしようもない空想社会主義的な『とある魔術の禁書目録』や『亜人』、『にじさんじ』といった西洋人から見たら骨董無形なSF的実験主義の思考に今でも胸を躍らせている。

 よって、私の話すアートはいわゆる現場性をどこまでも欠いた引きこもりの大言壮語の門外漢の武者小路実篤的な理想主義と整理できる。

 古田の言っていることは、詭弁だと思ったら、たぶんその通りです。ありがとうございます。

 しかし、ARTやオタクの想像力がある時、一瞬だけ世界レベルに通じた時代を私は知っている(じょ、情報商材?!)。

 そして、批評のその軽さ、アマチュアさは、たぶん西洋人に対する鋭い批判から生まれた真の政治闘争だったんだと今思うと推論できる(日本史は世界史と違って意外と好きだ。なぜなら、西洋人には興味がないから)。

 ボクの長文は殆どが戯言なので、是非素通りしてほしい。切り抜き動画だけ見てほしい。

 しかし、仮に戯言だとしても、その1つ1つは真剣に描かれた妄言だ。

 是非、この素人の盲言を現場のあるプロの皆様は乗り越えてほしい。そして、是非、批評家の皆さんはアーティストの骨董無形な文字にできない表現を嘲笑してほしい。

 私のアイデアを完全なオリジナルと言う気は毛頭ない。落合陽一、坂口章、香城卓、様々な現場の天才のアイデアをただアーティストが整理して見せたにすぎない。

 だから、是非、私を知ったら、次に落合陽一や坂口章、香城卓、様々な天才たちにぶつかってみて、私の本を日本人全員が破れるようになる44世紀の未来に胸が高まっている。

 よって、学問的には香城卓を超えている人々は殆ど見たことがないし、ボクよりARTのゲームに精通していることも見たことない。

 ただこんなお馬鹿な自分を是非皆様は乗り越えてほしい。

 このような私の熱いシニシズムが既に化石となって呪詛のようになっている可能性もワンチャンある。

 だから、44世紀の未来人、ジョンタイターがいたら、是非私の本を破れるぐらい、大量に本を読んで、神経症にでもなって、この世界を変えてほしい。

 もしこの世界が小高の書くようなダンガンロンパ、悲劇だとしても、ボクたちが生きている人間である限り、悲劇を喜劇と読み替える真の能動性こそが重要だ。

 それが、人間(陽キャ)ー。

 その方がきっと社会を変える兆しになるのだから。

ado徹底論.〜うっせぇわが流行る理由〜

 お祭り騒ぎが大切ならば、バカ騒ぎ、アホ騒ぎする他はない。

 いつの時代もバカやアホは歌って踊って、時を過ごしていたという。

 だとするならば、もう歌って踊ってヘゲモニーを再生産する血だらけの三老害の連続階段、老害、障害、若害という連鎖が素晴らしいんじゃあないかと思えてくる。

 もし、目の前に老害がいたとしたら、アナタは殴れるだろうか?

 そして、殴ることが、果たして正義だろうか?

 否、私は大西琢磨という偽物を殴ることはできない。

 いや、彼は貫徹に「働いて」いるのだ。

 そう、貫徹に働いている。

 と、するならば、TVやマスのゲーム、枠組は曖昧である一方で、強固なとりあえずの箱として見なければならない。

 じゃ、一体どうするべきか?

1,老害は無視しよう

2,障害は無視しよう

3,若害は無視しよう

 こうして、TVが、建前の言葉だけが彼らを救い、柔らかな腸(はらわた)がヘゲモニーを頂戴する。

 先送りされた問題解決は投げ渡されて、踊ることでバンディの嗤う踊り子が流行る。

 何を言いたいか?と言えば、adoを徹底せよ。

 うっせぇわをうっせぇわするためには、adoを徹底せよ。

 

日本のシンギュラリティ/加速主義。要点整理。〜若者よ!目覚めるな!w〜

 日本の思想の始まりは群馬出身の左翼運動家/糸井重里&『パンツを履いたサル』を提出した栗本慎一郎から始まった。

 戦後のヘゲモニーを打破するために、糸井重里はコピーライト、ナンセンスな詩を連発し、大衆消費社会を肯定しながらも、金やいいねを価値相対化するへんたいヨイコを行った。

 栗本慎一郎も人間は皆サルにすぎないという科学経済学的な視点から当時としては斬新な認知科学的な観点で政治の無意味さを冷笑する話しをした。

 この二人のコンビは、現代で言う論破王/西村博之&イエール大学助手/成田悠輔に似ている。

 彼ら二人は論破を武器に、あるいは、統計学を武器に言論を破壊した現代の安楽◯施設(Re:Hack,日経テレ東大学)の管理人的な立ち位置に居る。

 二人は、言論を数学にしたところ、論理にしたところが若者たちに支持されたのだ。

 彼らよりもっと権威主義者にメディア・アーティスト/落合陽一&社会学者/古市憲寿がいる。

 落合陽一は柄谷行人、古市憲寿は蓮實重彦に重なる。

 彼らは非常に優れた思想家だが、自民党の犬にすぎず、3Dプリンター銃を持った山上徹也&暴露を片手にTVをぶち壊した東谷義和には成すすべもなかった。

 山上徹也が落合陽一を批評し、東谷義和が古市憲寿を批評したと言えよう。

 しかし、流石にテロリストはやりすぎだよということもあるし、暴露は余りに冷笑しすぎだと思うので、私は不謹慎系YouTuberというこの手のディストピアを風刺したSNSerたちを批評した。

 

 ちなみに日本の戦後批評史の父が柄谷行人や浅田彰ならば、日本のシンギュラリティ/加速主義の父は落合陽一や橘玲かもしれない。

 橘玲は『テクノリバタリアン』でイーロン・マスクやピーター・ティール、サム・アルトマンを紹介し、いかに思想が社会を変えないかという破滅主義というテーゼを展開している。

 これらの思想的限界から外山恒一ブームが起きて、SNS上で思想がないネトサヨや女性たちを回収する天才的ビジネスが展開されている。

 陽キャ哲学や月ノ美兎、東京都知事選挙ブームも結局のところ、批評不信から政治へ走り出ている面は否定できないだろう。

 おそらく東京は破壊されて、今回の都知事選挙は地方からSNSの民意で投入されたテロだったと推察される。

 素直なテ◯をするネオ幕府の相川はともかく、そのテロによる防御として最大な最強はぱくもとこと超陽キャ哲学だろう。

 これから東京の都心は池袋へなり、批評とSNSのバランス、東京と地方のゲームはそのまま大川宏洋vs矢内東紀にもういいよを誰かが言い放ち、陽キャな哲学、メタバース化された3Dプリンターで増殖した無限大の哲学普及協会として加速主義/シンギュラリティは達成され、戦後、平成の憧憬は感傷マゾとして記録されてゆく。

〈追記〉

堀江貴文=中上健次、宮台真司=江藤淳、宇野常寛=三浦雅士、月ノ美兎=上野千鶴子?

〈追記2〉

   しぐれれいのケツダンス、ケツ舐め?

宮台真◯キラー「うん」

〈追記3〉

   貧者のVR,メタバース,脱近代,絶望の国の幸福な若者たち,詩で慶應(SFC)に入ったなどは頭に入れるべき落合陽一/古市憲寿関連ワードだ.彼らは権威主義者なので何事を改革する気はないのだ.

この本を読める人とは是非古田更一が仲良くなりたい日本批評リスト

1,落合陽一『デジタルネイチャー』

2,落合陽一『魔法の世紀』

3,古市憲寿『絶望の国の幸福な若者たち』

4,古市憲寿『平成くん、さようなら』

5,成田悠輔『死ねばもろとも』

6,東谷義和『22世紀の民主主義』

7,ぱくもと『超 陽キャ哲学』

8,モザイク『現代アニメ評論』

9,古田更一『本は破れ!』

10,橘玲『テクノリバタリアン』

 1は言うまでもなく、SNSでメンヘラたちが暴れたりしながらも、理系こそが思想家になる新しい時代を予見した点で批評を終わらせ、シンギュラリティを日本へ導入させた。

 3は純文学批評として戦後の三島由紀夫が嗤った日本のあり方を書き、脱近代後を描写して素晴らしい。

 成田悠輔は落合陽一批評、ガーシーは古市憲寿批評として機能している点で天才的ビジネスマンとして成田やガーシーは高く評価すべきだ。

 7,8,9はそんな成田悠輔&ガーシーを鋭く思想として汲み取ろうした作品群だ。ゆとり/Z世代からは陽キャであることが本を読む力そのものがアニメを冷笑する態度が思想になることを独特の感性で列挙した。

 10は世界的なイーロン・マスクやピーター・ティールの加速主義、そしてChatGPTを作ったアルトマンまで扱い、破滅主義という新たなテーゼを出した点で早い輸入だろう。

 

政治という金稼ぎは重要である。TV的支配は終わらない。

 古市憲寿というTV村のコメンテーターがクスクスと嗤っている。 

 古市憲寿は唯一TVを批評した点において、思想があるかもしれない立ち位置にギリギリいる。

 その下で月ノ美兎が岩佐なぎがネオ幕府が内田愛里がいいねの奪い合いでビジネスしているのだ。

 吉野うごくが月ノ美兎がぶりぶりと同性のネトサヨネト喪女を食べて食べて捕食している。

 もはや、政治はビジネスにすぎない。

 スーパーミラクル上智生がバカデカい愛と衝突することがあったらしいが、彼は批評好きの権威主義者なので、良くも悪くも外山恒一という政治を忌み嫌い、能動性の奪い合いをしてきたんだと推論できる。

 スーパーミラクル上智生は亡者であり、本人にももう社会が分からない。

 この東京都知事選挙という馬鹿騒ぎの血祭りで唯一批評ができるのは著名は某哲学者と名前が出せる方なら陽キャ哲学だろう。

 陽キャ哲学は古市憲寿と同じフェアーにアナタに思想があるかないか説くのだから。

 なぜならば、政治でビジネスをする彼らには、思想がない。

 テキストレベルの議題が、ない。

 というわけで、力による暴徒には思想はない。

 思想があるかないかという単純な問いが今重要になっている。

かっ

ファシストでも分かる『本は破れ!』入門

1,落合陽一はヘゲモニー。

 自民党の犬。

 山上徹也の3Dプリンター銃で日和るアホ

 怒りはないが、TVやサブカルに侵食するヘゲモニー、権力。

2,不謹慎系YouTuber現象vsコロナ禍

 その果てに起きたのが、医者の優位性を傘にきた右派や資本家の暴走である。

 不謹慎系YouTuberこそが当時に為政者たちに立ち向かった。

 要するに、これからの左翼はアーティストの複雑な感受性教育や実践が重要になる。

3,メタバースの勉強は重要

 それでも、資本主義者も共産主義者も意味はないかもしれない。

 右翼の武蔵野美術大学造形学部芸術文化学科へ潜入し株式会社DeNA『逆転オセロニア』へインターンしたが、大企業や加速主義のヘゲモニーは凄まじかった。

 人はアルゴリズム、統計やビックデータ、ゲーム理論、マーケティングの系から抜け出せず、国民国家そのものが縮小しよりマーケティングの図案で操作されているのが、メタバースプラットフォーム、SNS。

 よって、メタバースプラットフォームの勉強、メタバース現象やマーケティングの実践は最低限必要。

 あとは、呪術廻戦やスパイファミリーを見て、令和とサブカルチャーの権威性を感じていただいたら、幸いだ。

 要するに、権力を打破するには、権力の徹底という蓮實重彦/古市憲寿的な手法がある

 外山恒一/ネオ幕府の限界は落合陽一に等しく皮肉が通底しないロックな武士であるところ。

〈オススメ図書〉

・表三郎『スーパー英文読解』

・太庸吉『英文精読へのアプローチ』

・成川博康『深めて解ける英文法 output』

・抽象から具体

・情報構造

・語源

詩野さんでも分かる月ノ美兎『月ノさんのノート』批評。〜映像編集という思想〜

 アウトサイダー・アーティストの古田更一だ。25才前後。東京。事務worker。

 ところで、月ノ美兎というバキ童とコラボしたインテリジェンテェンス・ウーマンがいる。

 彼女は私と同じ武蔵野美術大学の人間らしく、実際に『月ノさんのノート』では彼女が東京の下北沢で青春を過ごし、そして映像を勉強していたことがあからさまに記述されている。

 彼女は良くも悪くも現代の体制的な「政治」であり、サブカルチャーに見せかけた政治家、インテリであることが非常に問題だ。

 ようするに、彼女はうまーくサブカル側にもハイカルチャー側にも自らの本質、主体を隠すことに長けたインテリである。

 今のインテリは成田悠輔よろしく自民党の御用学者であり、幸か不幸か武蔵野美術大学の映像学科の人間である寸胴犬、新発田実月花こと月ノ美兎は自民党の御用学者である落合陽一/成田悠輔よろしく体制的な物言いに、ギャグだよ〜ギャグだよ〜と下ネタやオモコロネタを言い放つことによって、体制を維持しようと結果的に動いているクソ真面目すぎるヘゲモニストである。

 月ノ美兎は、天才的政治学者である。

 繰り返そう。

 月ノ美兎は、天才的政治学者である。

 サブカルに見せかけたハイカルチャー、ハイカルチャーすらも冷笑する、どっちつかずの超インテリが月ノ美兎の快楽、「政治」である。

 平成的体制維持、戦後、戦争はもう終わったんだ、まったりしようというノリをどこまでも映像編集の技術によって扇動しようとする危険性、逆ナチズムへの加担が月ノ美兎にはあるのだ。

 オウム真理教は終わってない。

 オモコロ!

 彼女はサブカルチャーにも本質的に興味がないし、ハイカルチャーにも本質的に興味がない、両方を冷笑している天才的映像政治学者である。

 ここまで書いて、詩野さんは、え、この人は陰謀論者だ、え、この人は統合失調症者だと思うかもしれない。

 しかし、もし映像編集の技術を貫徹し、その編集技術によって、「本当は」一切笑っていない人間があたかも笑っているかのように演出しまくること

 え、そんなのどの俳優もやっているよと思うかもしれない。

 しかし、もし、それが顔出しをする俳優なら嘘や普通の意味における演出はあろう。

 バキ童すらも普通の演出だろう。笑おう。げらげらと笑おう。

 しかしながら、そのサブカルチャーの中に本当は目が死んでいるにもかかわらず、目がいきいきしているかのごとく、大衆を扇動する大企業の仕事があったら、どうだろう?

 それが現代の映像編集の技術であり、その場の集約を制御するのが、サブカルチャーと見せかけて、サブカルチャーを冷笑している目が死んでいる女性が新発田実月花こと月ノ美兎である。

 

 もちろん月ノ美兎現象は、知識人(にコンプレックスを持つ人々)における女版「チェンソーマン」現象(父殺し的なテーマ。冷笑)である。

 その新発田?先輩自身は遊んでいるだけだから、私はあまり真面目にメスを虐めてはいけないとも思っている。私は新発田実月花はともかく月ノ美兎という現象は愛している。周りの月ノ美兎使用者の意地悪な大人たちを私は憎んでいる。このまま軽薄な加速主義、金儲け自民党利権が権力になってしまうのはいけない。

 ところで、月ノ美兎が天才だって?

 とんでもない!

 アンチですらない。

 現代の本物の天才的ARTISTは東京藝術大学を中退したイケメンすぎるバキ童な大西琢磨である。

 私は知のチェンソーマンとして高く月ノ美兎は評価している。

 しかし、月ノ美兎はあからさまにアジっている。サブカルチャーもいやハイカルチャーも冷笑して、両陣営が分からない形でアジっている。

 いつしかバレないはずがないのに、来世なんか日本全国の弱者男性たちが行けるはずがないのに、来世!を呼号する。

 その乱暴さは、newspicksブーム時に登場したmedia artist落合陽一に似ている。

 だけど、彼の『デジタルネイチャー』なんか山上徹也の3Dプリンター銃を呼び込むような現実逃避すぎる仏教にすぎない。そういう意味で本当に落合陽一もそして月ノ美兎も危険だ。

 つまり、我々は簡単に来世に逃げ込めるほど楽観的に生きていないし、理系も映像編集も思想が分からない頓馬だ。

 本は破れ!と呼んでも、はなはな破れるようなもんでない点で、私のほうがよっぽど冷笑的だ。

 絵を描けませんという嘘を貫徹してくれることを期待する(小論文で入ったオレこそ、アンタより絵が描けないぞ!)。

 けれども、根源的に絵を描いたら、月ノ美兎は脱ぎ取られて、月ノ美兎天才論は崩れ去る。ニック・ランドが問題としているのも、冷笑的シニシズムである。そのシニシズムがオモコロに通底することは理解できる。

 いずれにしても、答えは間もなく本人が出すだろう。それが私には見える。そして、それは月ノ美兎を取り囲む人々には見えない形で起き、我々にとってはやはり強力な権力があるという事実を再び痛いほど確認することになるだろう。

 安倍晋三と癒着していたシンギュラリティどころじゃあない極右で画面の外では目が死んでいる落合陽一は泣きじゃくりながら、3Dプリンター銃で撃ち◯された安倍晋三へ黙祷の祈りを捧げたという。

 私は山上徹也は好きではない。

 それより、ユーモアに富んだ埼玉県の不謹慎系YouTuber坂口章が好きだ。

 ところで、では、落合陽一が安倍晋三と癒着していたとしたら、月ノ美兎のゲラの中にいる新発田さんは「誰と」癒着しているか?という話になる。

 怒りはないが、大学も左翼も政治も馬鹿馬鹿しい。

 都知事選挙はパロディー、ギャグにすぎない。

 誰かが月ノ美兎に東京都知事選挙はどうするか?聞いてやってください。

 「JKだから、興味ですよ」

 と言っていたという。

 さすれど、JKでは決してないのだから、ゲラの目は死んでいるだろう。

 ようするに、月ノ美兎は映像編集を駆使した西村博之ことひろゆきであり、彼女はサブカルチャーではなく、ハイカルチャーだ。けども、ハイカルチャーから逃走する様が落合陽一と一緒で余りに思想性が強すぎるということである

冷笑を徹底せよ。バカデカい愛vs古田更一

思想に傾倒するヤツラなんて全員メンヘラだろ

古田「こんばんは。アウトサイダー・アーティストで武蔵野美術大学を中退し哲学系YouTuber集団の代表的な人物です。年は25前後です」

バカデカい愛「オレは京都市立芸術大学(確か公立の方。暗記能力が本当になくて、すいませんm(_ _)m)を一浪や鬱病で休みながら卒業しました。インターネットお気持ち女です。よろしくお願いします。現代アートとかインスタレートとかに関心があります。」

古田「そうえば、ボクの視聴者の国立音大の子がバカデカい愛さんの視聴者だったですね」

バカデカい愛「そうなんや~」

古田「いきなり愚痴になっちゃうけど、ネオ幕府の相川さんの周りにいるネットの三名ほどの弱者男性?とかに日夜攻撃されていて、本当にどうにかしていただきたいと思っております」

愛「(笑)。」

古田「だるいんだけど」

愛「思想に傾倒するヤツラなんて全員メンヘラだろ

古田「神奈川の出身なんで、思想の文化が薄いんじゃあないかなってちょっと思ってまして、ボク自身が。と思うと、関西の方が思想のエポックを作っている面はある。柄谷とか浅田とかでも。で、東京の論壇だよっていう人々と話していると、鬱鬱しているんで、メンヘラなのかなと神奈川的に相対的に見てしまう」

愛「はい」

古田「宮台真司は宮台真司キラーに刺されていて、そこで成田悠輔が出てきて、けっこう今の論壇って本物志向が消えてオワコン化していて」

愛「そうやな」

古田「で、アクティビストのネオ幕府の相川さんだったりとか、まあ成田悠輔自体もアクティビストの面が大きい。茨城の筑波あたりの批評家と昨日対談したんですけど、日本の東京を中心にした批評史ってもう終わっちゃったんじゃあないかなって思っていて」

哲学者批判を引用でしていると、それこそ権威だろ!って言いたくなる

愛「美術の沼にしかいないので、哲学や批評は明るくないですけど、まず、哲学徒の誰かの言葉を引用するのは大嫌いなんですよ。ただ、お気持ちの人間なので、オマエの言葉で語れよ!っていう。哲学者批判を引用でしていると、それこそ権威だろ!って言いたくなる」

古田「ミズサーの茂木響平知ってます?」

愛「ああ、会ったことないけど、それよりキュアロは知っています。外山恒一合宿の動同期なんで」

古田「キュアロさんに聞いたけど、ダラダラしようっていう話になる。だめライフでいいんだけど、どうしようっていう…」

愛「だめライフ自体もキャンセルカルチャーのわけで、両極端。人間は楽になりたいので、偏ったものじゃあないと、注目されない。しかし、ご機嫌取りをする必要はない」

古田「ARTのナニに興味があります?」

愛「戦後藝術、反藝術、読売のARTが」

古田「赤瀬川」

愛「まさにそれ。あと、九州派。結局、私はアカですよ。そこに共鳴していると」

古田「はい。印象は?」

愛「意外と普通でした。距離感掴むのが苦手なのかなっていう印象」

古田「相川さんに5回ぐらい会っているんですけど、ボクの悪い癖で極端主義に走ってしまって、薄々とテロリストの山上徹也はアートじゃあないかってボクは思っている。やっぱりボクは極左原理主義なんで、ボク自身は絶対に手を染めないですけど、いかに円滑に権威を壊すかは常に考えている。まあ山上、それの是非は置いておいてね」

愛「関西の方だと、山西青葉の方が当事者性は強いですね」

古田「メンヘラどもの攻撃はもう諦めたほうがいいっすか。都知事選以降、余計に彼らが粗ぶっていて…」

そもそもメンヘラは加害性を持たないと始まらない

愛「そもそもメンヘラは加害性を持たないと始まらない。定義として精神疾患って初期衝動で攻撃性があるので、自己防衛で攻撃に走る」

古田「オレを攻撃しても無駄じゃあないですか。って思っていたんですが、そうか、そういうことなんだ。ウチへいくより、はけ口としてボクを殴っていると」

愛「メンヘラには攻撃性があります。攻撃性をとったら、ナヨナヨになっちゃう」

古田「政治に興味がなくて、生まれてこの方。親父はすげー興味を持っているんですけど、ボクは興味がなくて、古市典寿的というか、ノンポリで。まあ相川さんは偉いんで、まあ応援していこうかなっていう。で、オマエは相川派かってメンヘラたちに攻撃されていても、いや、政治自体にそもそも興味ないですよっていう

愛「まあね。社会に関心を持つことと政治に関心を持つことは違うわけだから」

古田「近代国家が政治の始まり」

ノンポリ自体がヘゲモニー

愛「ノンポリ自体がヘゲモニー

古田「まあ、批評界隈や批評をすること自体がホモソのノリが強すぎて、それでこうやってだるい状況になっている気がするんすよね」

愛「それはあって、女の批評家って人からひかれる」

古田「マッチョが多すぎて、だるいんすよね。ノリが」

愛「いやぁ、思想家はマッチョじゃあないとできない。個々人の戦いなので。そもそも声を上げようとしている時点で、マッチョイズム」

古田「でも、バカデカい愛さんは声をあげている」

愛「戦うしかない」

古田「メンヘラの言い分は無理があって…、でも、ボクや相川さんは彼らに殴られざるおえないのかな笑」

愛「(笑)」

古田「都知事選っていう手段を選んでいる時点で、ある意味で相川さんは何かを加害をしているわけで、そこでオマエはどっちなんだっていう声は確かに分かるんですよ。だけど、そもそもノンポリなんで、興味がないんすよね」

だけど、それは何者やねんっていうところありますよ。彼は色々と捨ててきた。

愛「だけど、それは何者やねんっていうところありますよ。パーフォマンスをどうやってやるかっていう、外山恒一はパーフォマンスの天才で、彼は色々と捨ててきた。全てを得るのは無理で破綻している」

古田「ただ古田更一オワコン問題もきていて、たまたまYouTuberブームに乗かってきたら、こうなっただけっていう。ボク自体頭が良くないんじゃあないかなって思っていて、それは、はいそうですなんだけど」

私も頭は良くないのに、いつの間にかインターネットご意見番の女

愛「私も頭は良くないのに、いつの間にかインターネットご意見番の女になっていて」

古田「逆に質問とかあります?」

批評家はメンヘラのクセにマッチョじゃんっていう問題意識は似たものを感じます

愛「問題意識、批評家はメンヘラのクセにマッチョじゃんっていう問題意識は似たものを感じますね」

古田「確かに。あんま大きな声で言えないんですけど、法律で有名な批評家に様々な発言禁止の規約を受けてまして、まあ半分はボクが悪いんですけど、それ自体はまあやってくれなんですけど、まあ難しいなって思うんですよね。まあいいんですけど、法律の壁もある」

法律で感情論を正当化するのは、逃げなのかなって思います。

愛「法律は感情論ですよね。まあその方と建設的な議論が起きていたら、いいけど、法律で感情論を正当化するのは、逃げなのかなって思います。この国、法治国家なんでね」

古田「アイドルやっているんですか?」

オレは承認欲求お化け

愛「オレは承認欲求お化けなんで、やってほしいと言われて…」

古田「ネオ幕府のイベントにも来てましたよね」

愛「外山恒一とアキノリ将軍未満はマブダチなので、それで呼ばれました」

古田「ノンポリはどう?」

愛「ノンポリと自覚している時点で、政治のない人々と違う」

古田「じゃあ自分の政治性をより自覚的になるべきですね」

愛「どうせ踏み入れたのなら、もうちょっと考えないと。ノンポリの当事者研究は意外とない」

古田「でも、諦めたほうがいいんじゃあないかなって思っていて、弱者を安楽シ施設に入れろって思っていて。ゆとり/Z世代のメンヘラたちを安楽シ施設にぶち込んであげるのがいいんじゃあないかって思っていて、相川さんに関わってから、そういう政治性を最近感じるようになってきました。成田悠輔が老害の集団切●なら、ボクはゆとりZ世代のメンヘラたちを来世へ行かせてあげたい

安楽シ施設を作るまでもなく、彼らは潰されてゆくんじゃあないか

愛「安楽シ施設を作るまでもなく、彼らは潰されてゆくんじゃあないか。長い目で可哀想な人々だから、オレたちが作る必要がない」

古田「確かに。正統派で論壇で人々を集めていないから、横で人々をテキトーに集めてしまっている。一応YouTubeの登録者は7000人もいるんですけど、その質がユーザーの質が低すぎる、本が読めない頭の弱い人々がたくさんワッときているのかも。限界きているのかも」

愛「声をあげられる時点で、度胸があるので、その時点で価値はありますよね」

古田「う~ん…」

愛「延命措置を考えたほうがいいですね」

古田「相川の下にいるだけで軽くだるいので、なんで、ナニもしていないボクがメンへラの元上級国民に日夜攻撃されて、それでいて、その下にいるアジられたバカどもに攻撃されないといけないのか…。フツーにだるいんすよね」

愛「まあ手段が大事」

古田「まあ内輪の話になるんですけど、初田龍胡っていう超危険人物がいて、そいつがネオ幕府を執拗に攻撃していて、その飛び火が家来のボクや上梨さんあたりにも飛んでいるんすよね。だるくて」

愛「(笑)」

古田「で、そもそも37才あたりのプレッシャー世代がだるいよねっていう話があると思っています。成田悠輔やえらいてんちょう、ネオ幕府の世代は全共闘世代的に政治に慢心するんだけど、中途半端に日和っている弱さがあって、だらだらとヘラりながら、でも政治やろうよっていうノリがすごい無責任だし鬱陶しい」

愛「ああ、分かるかも」

古田「そういう意味では、ÐNAには刻まれているから、ホリエモンもひろゆきも氷河期世代すらも、左翼じゃあないかっていう」

愛「分かる分かる」

古田「まあ考えすぎですかね?」

愛「ナニも考えなくなるよりは、考えたほうがいいんじゃあないか」

古田「相川さん、俳優になればいいのにっていうコメントきています」

愛「なんで右や陰謀論に人はハマるんだろう?」

古田「ああ」

愛「なんでみんなあんなに右寄りになるんだろう」

古田「初田龍胡がボクの家から5分前後に引っ越してきまして、それを彼は通知攻撃と呼んでいるんです」

愛「通知攻撃(笑)」

古田「ボクを攻撃するためにわざわざ引っ越して、この人がボクを攻撃するし、相川さんすらも攻撃するんで、もう都知事選挙レベルの政治にはマジで関わりたくないっていう(笑)」

愛「本当にヤバイな(笑)」

古田「哲学系YouTuber界隈がありまして、内輪なんですけど、その殆どの悪しき原因はこの初田という男が引き起こしていて、彼は冗談が通じない承認欲求モンスターなんで、みんな彼に虐められているんですけど、古田界隈とかあの界隈ってことでナニもしていないボクや周りすらも彼の罪と罰を祓うはめになっています」

愛「(笑)」

古田「おカネにもならないし、借金もしてまで、この人たちはナニを賭けているんだろうかって冷静に思っちゃうんですよね。おカネが全てじゃあないにしろ、生産性のないプロレスには参加したくないんすよね。ホモソはだるい」

女には女のホモソがありますよ。男性の特有のものらしいけど、同調圧力にのれない女性が脱落してゆく、共感ベースで鬱陶しいっていう

愛「女には女のホモソがありますよ。男性の特有のものらしいけど、同調圧力にのれない女性が脱落してゆく、共感ベースで鬱陶しいっていう

古田「レズコミュニティ?」

愛「女同士のキモいノリがあって」

古田「JK的なノリ?」

愛「はい」

古田「へぇ~。大変なんだ」

愛「距離を置いていて」

古田「優しいセカイでしょ?」

愛「いや、同調圧力的な権威がある」

古田「にじさんじに幻想を抱いているんですけど、大変なんでしょうかね?」

あか抜けたオタクにしか発言がない。女には女の競争がある

愛「あか抜けたオタクにしか発言がない。女には女の競争がある

古田「ほう」

女の競争がめちゃくちゃあって、近づかないようにしていたら、オレが切り開くっていう自分が中心になる場を作るっていう方向に

愛「女の競争がめちゃくちゃあって、近づかないようにしていたら、オレが切り開くっていう自分が中心になる場を作るっていう方向に

古田「へぇ~。ナニをしていたんですか?」

京都市立大学時代にフク職同好会を作っていて、やあ躁鬱でぶち壊してしまったんですけど

愛「京都市立大学時代にフク職同好会を作っていて、まあ躁鬱でぶち壊してしまったんですけど

古田「ただボクも同じように悩んでいて、ボク、名前欲しくて大学入ったんですよ。武蔵野美術大学に。ARTそんな興味なくて、小論文で入れる穴場あったんで。元々、駒沢大学経済学部に入ってまして、だけど、ギャグなんですけど、経歴を詐称したいなぁ~って思ってまして笑

愛「笑」

古田「これ気にしているとかじゃあなくて、本当にビジネス的な当たり前の話で。できる限り盛れたり楽な道を見つけたい。そもそも大学って行かなくていいんじゃあないかな~っていう浪人時代が人生で一番楽しくて

愛「分かる~」

古田「プロ奢的に考えると、学歴や大学のプロ奢的なハックもあると思っていて、社会的な責任は極力ボクは払いたくない。相川さんとか他に任したくて。小論文とか穴場で、武蔵美生ってみんなデッサンで入るんで、あんなの真面目にやってたら、あの大学受からないのですよ。で、センター試験は8割以上でこれも無理。で、試験の抜け穴を捜した結果、小論文が見つかって、死ぬほど小論文を勉強して研究して、偶然受かった笑。絵は描けないので、武蔵野美術大学で落ちこぼれは当たり前で、それは気にしていなくて、図々しいので、冷笑の極みで、大学って行く意味あるのか?っていう。ボクは大学当時にゴミ掃除ばかりしていましたよ。本当、中入ったら分かるけど、そんな大学。ムサビは」

愛「だけど、大学って行く意味がないって壱村健太さんがやっていませんか?」

古田「やっているんですよ。だけど、今は喧嘩していて笑」

愛「そうなんや笑」

古田「当時はクソガキたち(ボクも含む)を救うのがオレだとか彼はほざいたんですけど、途中から捨てられていました笑」

愛「笑。彼には期待していて。アカデミアだけじゃあないぞと思うから」

古田「だけど、楽な方につきますよ~っていうのはあって。相川さんが代わりに働いてくれているんで、ポートフォリオ的にそこは一貫してついてゆきますよと。だったんですけど、都知事選以降、あまりに飛び火が飛んでくるんで」

愛「ノンポリすぎるな笑」

古田「ただそうやって、楽な方向へ25以上でずっとやってきた心が子供部屋おじさんなんで、それ以外で社会には大人がありますよ、相川さんみたいにアナタも苦労しなさいね、右や左がありますよ、社会的責任を果たしなさい、アナタは武蔵野美術大学の派閥の人でしょと言われても、ほう…しか思わないんすよね…」

左翼史を勉強する前から、色々な人々に噛みついていた。生徒会の人々に噛みついていた

愛「だけど、私も社会には噛みついている。左翼史を勉強する前から、色々な人々に噛みついていた。生徒会の人々に噛みついていた

古田「へぇ」

愛「大阪の公立高校で、文化祭でできなくなり、生徒会ムカつく」

古田「面白い。ボクの神奈川の私立の中高一貫はマルクスで染められていて。だけど、あまりに中一から左翼だから冷笑が流行ってしまって、数学の勉強をして、構造主義的に冷笑するっていうのが流行っていて。だけど、数学は苦手だったから、経済学、そして、ARTを目指すようになっていた。

ただ自分は本質的に頭が良くないんじゃあないかって思ってきました」

民主主義がいいのは、バカでも参加できるっていう。

愛「民主主義がいいのは、バカでも参加できるっていう。人々のありかたとして正しい」

古田「確かに」

愛「はい」

古田「はい」

愛「話を聴いていると、同じところでぐるぐる悩んでいるように聞こえました」

古田「そうかもしれません笑」

愛「冷笑を極めましょう。オレも冷笑の極みなんで」

古田「冷笑にポジションを張ることにします笑」

ネオ幕府批評。37才の老害さ。プレッシャー世代の政治好きを考える。

 以前からこれは薄々思っていたことだが、成田悠輔こそ老害ではないかという話だ。

 彼が嫌いでもなく、むしろ実質的には興味がない。

 しかし、えらいてんちょうやネオ幕府、古市憲寿、あそこらへんは過剰に選挙や政治を訴えてくる。

 ちょっと若いが、箕輪厚介や落合陽一もその部類。

 だが、その政治好きの政治が全く意味ないどころか有害とさえ機能している面は否定できないと思う。

1,ITキャラで就活差別受けろぼけ

 あのプレッシャー世代の特徴として、ITキャラがある。ITでどうにかなる云々、ameba、立花孝志といったものを社会と規定する。

 しかし、果たしてそうだろうか?

 彼らは素朴すぎる政治にとびついて、しょぼい起業と抜かしながら東京の権力ネットワークは確立し、慶應義塾大学にコミットしたりしている。矛盾だ。

 その果てにある偽善の権力者が成田悠介であり、それでは社会は変わらないのではだろうか?

 若者は成田悠介に関心を持てよと病的に東京が用意したのが成田悠介であり、実際の若者は成田にハマッているようには感じられない。

 なぜならば、老害を切腹せよとファイティングポーズをとると、冷笑されるからだ。

 私は様々にZ世代の若者に意見調査をしたが、みんな当たり前だが、オードリ春日のラジオを聴いたり、にじさんじを見ていた。

 さっきから何を言いたいかと言うと、成田に怒りはなく、彼や彼の世代が過剰に素朴すぎる政治を提示するにも関わらず、とうの彼らがネオ幕府兜だったりしょぼいよだったりITとかで冷笑をするからである。

 だとするならば、大企業に勤める匿名のサラリーマンたちこそ成田悠輔より偉いし、大学院へ進学した匿名の院生の方が偉いし、単なるそこらへんのインフルエンサーの方が無味乾燥な分、マシだ。

 37才前後であるこのプレッシャー世代の不透明さとは極端に素朴すぎる政治参加を煽るわりには、メンヘラなのか発達障害なのかわからないが、世間へのプレッシャー、圧力にめちゃくちゃ忖度して、弱者だよ、しょぼいよ、納豆ご飯食べているだけで幸せだよと彼らは凹たれる。

 ようするに、全共闘世代と同じ曖昧な弱さ、矛盾、大衆の幻像がプレッシャー世代の弱さだ。

2,西村博之という「池袋」な全共闘世代

 彼らの完成形の形として良くも悪くも氷河期世代がいて、そのショックが大きいのかも。

 良くも悪くも今のプレッシャー世代の過剰な政治コミットと世間への過剰忖度の先輩格として、2ch管理人ひろゆきこと西村博之がいる。

 彼は池袋を代表するSNS芸人で、彼以外にもつちやみ、ひげおやじ、えらいてんちょう、陽キャ哲学、つっつー、くまおにぎりくん、論文YouTuberなど、池袋を中心に大衆のノリから革命を提唱するだめ連に似たアクティビティストたちの攻勢はある。

 ここで問題となるのは、池袋はポスト全共闘世代と位置づける必要性だ。

 全共闘世代とは70年代に革命を志した人々で、実は80年代におけるオモシロ主義やニューアカを用意した。

 そういうわけで、ボクは70年代のスターであり、学生運動を盛んにしたコピーライター糸井重里を西村博之、パンツを履いたサルで戦後始めて大衆人気を獲得したヘゲモニスト栗本慎一郎を成田悠輔だと定義したい。

 舞台は揃った。

 こうすることで、プレッシャー世代の謎、過剰な政治参加を促す一方で、当の本人がシラケてしょぼいよと言いながら、またも、矛盾、SNS上の再生数やフォロワーを稼ごうとするこすいプレッシャー世代のビジネスさ、メンヘラさが垣間見えるというわけだ。

 なにを言いたいかは、侍じゃ社会は変わらない。もっともネオ幕府自体が冷笑だと逃げていると思うけど。その逃げが気になっちゃう。

3,えらいてんちょう批評

 私はよくインターネット上で、統合失調症とレッテルを張られ続けたり、理不尽すぎる誹謗中傷にあいながらも、天才と称され、つばさの党への参加やハイデッガー&はるしにゃんの生まれ変わりだと主張される。

 しかし、これがめちゃくちゃ迷惑な話。

 大学は中身がないと私は思っているため、また大衆が嫌いなため、政治に一ミリも興味が持てないし、地方のメンヘラや貧乏人たちと沢山話してきたが、どうでもいいと申し訳ないが、一貫して思ってしまう。

 そんな他人に興味を持つぐらいなら、家でカフェラテを呑みながら、金があればスーパー銭湯へ行くか、あるいは平日なら無料でYouTubeLIVE配信をやりながら、読書をしたほうが生産的である。

 

 政治をしている暇があるのなら、SNSで実際に地方の救いようのない地方のメンヘラたちと話したほうがいい。自業自得ばかりなので、救わなくていい、あるいは、興味がないという結論になることだろう。

 社会的な偉さや総合評価でボクは矢内東樹ことえらいてんちょうは高く評価しているものの、申し訳ないが、彼こそ社会を悪くしているとさえ思うし、決定的な知能指数の何かが欠如しているとさえ一貫して感じている。

 えらいてんちょうは「東京」という記号に毒されたビジネス左派のメンヘラ、文芸にすぎない。

 それが悪いのではなく、彼がアジっても、はじめから自ら防衛的な冷笑を繰り返すシニシズムがプレッシャー世代の悪い癖だ。

 そういう意味で一番幾分か下手したら成田悠輔よりマシだが、ネオ幕府の相川さんが私に投票しないでと抜かすのは、典型的なプレッシャー世代の癖である。

 政治に過剰参加して、政治を過剰に冷笑するこの池袋を中心にした東京左派の冷笑は、やはり糸井重里を基盤として、その上に西村博之を起き、完成されている。

 どんなに左派を冷笑したところで、DNAレベルには大きな物語を信じる系は刻まれているのだから、西村博之ももう一般人ごっこや大衆ごっこはやめなさい。

 2chは恥ずかしい話だが、ゲバ棒振りかざしていた反抗世代であり、それがぬくぬくと体制的に開き直るのは、それこそメンヘラ、あるいは外山恒一の言葉を借りたら、全共闘世代の曖昧な弱さである。

 

 ようするに、ボクたちはこの全共闘世代の過剰政治参加の促し、一方で過剰経済原理の冷笑、就活信仰をぶつけるプレッシャー世代のビジネス左翼のメンヘラさに振り回され続けているわけだ。

 私が断じて、政治に興味がない、つばさの党ではない、ハイデッガーではない、統合失調症ではないと主張するのは、世間にアジられても、西村や成田がヘゲモニーを持つ以上、氷河期世代とプレッシャー世代のその循環論的な嗤う日本のナショナリズムこそ、最も時間の無駄であるし、

 彼らは地方の弱者たちを暗に軽蔑し◯してもいいんだと貴族意識から思っている諸座に他ならない。

〈追記〉

 私は成田悠輔やえらいてんちょうを断罪したいのでは、ない。

 ただ彼らの行いは時間の無駄なので、またメンヘラは彼らなので、という真実だけは覆らないだけだ。

 ようするに、ネオ幕府の相川を持ち上げ、成田悠輔を下げる行動をしようとも、もうその時点でポスト全共闘世代に位置づけられる37才のプレッシャー世代には明らかな限界、切腹すべきはアナタたちだ、文芸的なアナタらはメンヘラなので安楽◯施設へ入院せよという話になるのだ。

 こればかりは避けられないだろう。

陽キャ哲学破壊党。陽キャ哲学がamebaに出る方法。性別を破壊した陰キャ。(世界で影響力のある100人)。上野千鶴子批評。女の詐欺はしても構わないぜ(モテるぜ)。〜おひとり様の老後はなぜ20年上のオッサンとなぜ裏で結婚していたのか?〜

 上野千鶴子という東京の大学の典型的なフェミニストがぼっちでいいじゃんと言いながら、裏ではイチャイチャ結婚していたことが判明したのは周知の事実だ。

 上野千鶴子は「上野千鶴子」を演じているに過ぎず、パンとサーカス、弱者女性たちを統計的に食い物にして情報商材を売りながらムシャムシャと自らは恋にるんるんしていたという。

 しかし、これは頭を使えば、分かる話。

 同じ社会学者である刺されて不倫もした宮台真司が某有名なフェミニストは穴モテで当時は有名だったと言っていた気がする(完全に上野千鶴子と断定しない)。

 当時の某著名なフェミニズム社会学者は著名なフェミニストになる前は穴モテを繰り返していたドールだったと。

 そう、ようするに、女は生まれたときからメンヘラ、あるいは、文学的、政治的、詐術的な面はあるかもしれない。

 言っておくが、ヒステリーにいちいち興味がない。

 ただここでなぜ女性をわざわざ語るかと言えば、男のヒステリーに興味を持てないからだ。

 男のヒステリーがネトウヨやネトサヨをもたらし、加減を超えると、村々した男の娘や女装へ変貌を遂げる。

 その錯乱した姿がりゅうちぇるだ。

 なにもりゅうちぇるを否定したいわけではない。

 ただし、同性愛者でありながら結婚し子供を作り自殺は、明らかな矛盾であり、可哀想だが、単にメンヘラがなんでもよく様々に自分探しをした結果、けったいなことに!自殺をしてしまった。

 ここで問題となるのは、メンヘラというワードである。

 戦前までは国民国家などといった大きな物語が信じられていたが、現在では第二次世界大戦も終わり、宗教を否定した大きな物語である近代的な国民国家というリアリティすらも虚構と化している。

 信じられない、いや信じられるが、無理がきている。

 その1つのメンヘラ的外傷に医学部YouTuberブーム/Vtuberブームがある。

 医学部こそがかっちりした大きな物語なんだという権威とネタツイがはこびり、ポスト・モダン思想の限界が露呈してきた。

 つまり、ポスト・モダン思想の限界とは、先程の大きな物語が終わったという言葉のレベルの説得や理屈はあくまでも歴史や教養主義にすぎず、DNAレベルに刻まれている文芸はもはやメンヘラとして再生産されることになる。もっとも勝ち組は医学部YouTuberなどをやり、負け犬はメンヘラとして朽ち果てるどうしようもなさもある。

1,メンヘラとシンギュラリティ

 AIが人間の知能指数を超えるという楽観主義にシンギュラリティがある。

 日本だと主に落合陽一『デジタルネイチャー』で提唱された思想だ。

 この思想はある意味でDNAレベル、理系からポスト・モダンの大きな物語批判を後継しようとしたアジテーションだ。

   むしろメンヘラという言葉による大きな物語批判、文学批判はその実シンギュラリティ擁護という話になる。

 現代の大きな物語は理系的にメンヘラとして維持されている面は興味深い。

2,FPもとこと阿部智恵。abunai newsとameba。

 能動経済を提唱するFPもとこと性別破壊党を提唱する阿部智恵という二人のフェミニストがいる。

 どちらが上かは言うまでもなく、難しい。

 ここで問題なのは、FPもとこは老害であること。確信犯的にabunai newsと提唱し、もういいよ、アナタはオリジナリティがないよなのにまだ自らの文学を周りへ侵食させようとする老害だ。

 しかし、そんな老害は悪くない。

 FEUPで書いた通り、中華未来主義的な方で勝手に暴れている点を含めると、面白いでしょ。

 一方であまりにスタンダードで信用に値する天才的最新フェミニストに阿部智恵氏がいる。

 彼女は性別を破壊する前衛を提唱するARTISTである。

 しかし、彼女は加速主義的なオーソドックスな文脈に乗っていて、いや、しかし、amebaに出ることでamebaを批評するさながら蓮實重彦/古市憲寿的な表層性別宣言&絶望の名古屋の幸福な女性たちをアクションしているのだ。

 ようするに、落合陽一的にスタンダードにシンギュラリティとして権威の外から権威を無視するFPもとこの手法と古市憲寿的に権威の内側から権威を徹底することで権威を内から壊す阿部智恵さんはその実のところ、非常に共犯関係的である。

(もっとも阿部智恵氏を出して、陽キャ哲学を出さないのは非常にamebaそのものの権威性を露呈している。amebaの外から批評する落合陽一/陽キャ哲学かamebaの内からamebaを自壊させる阿部智恵/古市憲寿的な手法、その2つの限界が社会のヘゲモニーであり、山上徹也が安倍晋三を射◯したことで露呈したamebaの限界の可視化である。本文では詳しく述べないが、ガーシーと成田悠介は当たり前だが、共犯だ)。

3,中沢新一「クリステェヴァはバカだけど権力あったよ」

 ここで最初の問いである詐欺師の上野千鶴子に戻る。刺された宮台真司は今回取り扱わないが、中沢新一はデビュー作チベットのモーツァルトでクリステヴァは理屈こりまわしても結局、メンヘラ治らないアホだけど、その困難さは女性や大衆はみんな抱えているんだと冷笑する(ちなみにメンヘラの栗本慎一郎はこの中沢新一の態度に怒っている)。

 なんて、不謹慎なんだ。

 国家はいらない。

 大学はいらない。

 社会は存在しない。 

 パンツを履いたサル。

 奢られヤーな性別破壊党すぎる陽キャ哲学さん。

 amebaに出たいのならば、amebaに出た阿部智恵さんと◯婚しちゃえば

 陽キャ哲学の限界は恣意的に性別役割を濫用する男性中心主義であるし、同じく性別破壊党の阿部智恵さんも女性中心主義的にその系から抜け出せないでいる。

 これが、社会は存在するですよ。

 歴史修正やめて、amebaに抱きつこう。

 ようするに、これは半分冗談、男性原理と女性原理の交換、相互批評により、脱構築される可能性は十分ある。

 FPもとこ、もういいよ。

 あんたが陽キャ哲学にふられたのは、老害。当たり前だろ(もっとももとこさんが陽キャ哲学に告白しまくる態度そのものが冷笑かもしれない。極めて上野千鶴子を引きずった)。

 若さに譲り、休養施設へ飛びましょう。

 陽キャ哲学は若い女性たちの所有物であるべきかもしれません。

〈追記〉

 これが、上野千鶴子が20も年上の男性と結婚した真実であり、短期的最適解を選べば、こうなる。

 ようするに、amebaとは1つの世代の社会に他ならない。

 皮肉なことに、Fランぼっちの嫌いなメンズコーチジョージ的な手法をFランぼっちの好きな陽キャ哲学は批評している。 

 ようは、弱者男性も強者男性も存在しないが、新しい大きな物語としては存在する。

 世界で影響力のある100人とは、メディアの誤謬であり、メディアがTVからSNS、大衆から文衆化する現在では、あまり意味はない。 

 しかし、そう理屈で分かっても抜け出せないのが、大衆を信じたい大衆だ。 

 人間そのものが貨幣であり商品であるというグロテスクな権益が評価経済/能動経済ならば、貨幣の暴力性を訴えるネオ幕府も性別破壊党は人間そのものが貨幣ではないという方向性から物事を考えて、交差しているように思えてくる。 

 上野千鶴子は天才であるものの、女性の最適解を徹底した女性そのものであり(フェミニズム=ドール) 、彼女が嘘をついた矛盾そのものが文学/政治的に女性たちから良くも悪くも評価されてしまうヘラ構造にあることは忘れてはならない。

 月ノ美兎は彼氏が欲しい/いたし、ひろゆきが言う通り、体が小さいほうが着ぐるみを着れるんだという意味でVtuber月ノ美兎と武蔵野美術大学のバンドマン寸胴犬は別人だ。ぴらめきパンダと高橋弘樹が違うように。

 

 

本は買わなくていいー。買わなくても分かる本は破れ!要約(アジテーション)。

 どうも。

 武蔵野美術大学を中退された落ちこぼれのアウトサイダーアーティスト古田更一だ。

 無敵の人かも。

 ネオ幕府の相川や宮台真司、初田龍胡、陽キャ哲学、月ノ美兎、大西琢磨、茂木響平、幸村燕、元電通のMr.、早稲田の元カノ

 様々な東京の政治的ヘゲモニストから搾取され罵倒され虐められている神奈川の下っ端です。

 メタバースに引きこもるしかない負け犬だ!

 本は破れ!は、六本木に生まれて自民党の白蟻をするメンヘラ落合陽一のアイデアを丸パクリして、

 超貧乏人の弱者男性の不謹慎系YouTuber坂口章さんを誰も助けない状況を皮肉った

 社会の抜け穴を埋めるためのマニュアルブックです。

 秋田で生まれて神奈川で育ち、自分で考える能が無い死ぬまで搾取され続ける構造的弱者男性が必死に生きて、天才たちのアイデアをパクって、サバイバルしてきた(ここだけオリジナル)、生きた実践的陰キャ文学だ。

 ぜひ古田更一を見下して、古田更一という失敗学を軽蔑しながら、キミたちが次の世界を作ってほしい。

 ボクの代わりに少しでもいいから、ハッピーエンドを仲間たちで作ってくれ。
 
 東京の権力者たちのように古田更一を見下して古田更一をバカにして忘れて、ぜひ、次の日本をキミたちが再興してほしい。

 それが次の左翼の未来なのだから。

 買わなくていい。反面教師の首を吊るべき社会の奴隷出身としてアナタの踏み台になれたら、幸いだ。

 https://amzn.asia/d/09OzXR2P

 

〈追記〉

 たまたま自分が天才として生まれたから、発言権を持てただけで、ボクの下には沢山の死体や残骸、悲鳴がとぐろを巻いているような気がしている。

 匿名で年収1000万円や京都大学に入った友人たちがもしボクを見下してるとしたら、はい、それは正しいかも。ボクを金やいいねのない自爆テロ的な死骸として見下してくれたら、非常に嬉しい

 自慢じゃあないが、メンヘラすぎる元早稲田の元カノと付き合いながらYouTuber発信をできていた時期があった時点で既に人生の承認欲求は満たされているぐらいだから。

 ふと糞田舎に生まれた母親に対する恨みはなく、ただ申し訳ないが、愛情すら沸かない、家族は単なる手段としか思えない。

 というのも、ボクはたまたま情報発信する技量や才能に恵まれたけど、殆どの人間は一冊も作品を残さず、死んでゆくことだろう。

 だからこそ、偽善ぬきにボクはこの本は破れ!が完全なボク自身のオリジナルとは言う気は毛頭ない。

 天才の勝ち組である落合陽一からアイデアの殆どは借用し、不謹慎系YouTuber坂口章を天才だとアジテーションし運動し、最後に少しばかり培った共産主義的な経済学の教養やセンスで水増ししたのが、本は破れ!だ。

 武蔵野美術大学の杉浦幸子教授や米徳信一教授には今でも感謝している。

 私のような永久反抗期のような落ちこぼれを武蔵野美術大学に入れたことそのものがチャレンジャーすぎるリスキーな汚点だからだ。

 どうも、ありがとう。

 さて、今は東京都知事選挙が盛り上がっているが、外山恒一の言う通り、選挙は多数派のお祭りに過ぎない

 いや!ちょっと待ってください!

 そんなことをしたり顔で言うボク自身すらも、外山恒一大先生すらも今読者のアナタを作者として加害しているかもしれないのだから。

 死ぬまで虐められっ子の宿輪を背負って生まれた手前、加害と被害には非常に敏感だ(自分のケガに敏感ぐらいしか長所がない)。

 もしかしたら、東京も実は田舎で、東京も虐められることに怯えていて、ボクを虐めるしかないのかもしれない。

 資本主義ファックユー。

 しかし、もしかしたら、ボクの好きなシュタインズゲートのように、ループのように人類は様々に間違いながら、エンドロールへ模索し続けているかもしれない

 そのような楽観主義が悲観的事象に勝てるとまでは言わないが、ぜひボクを見下して、次の若者やサブカル界隈から次の天才たちが出てきて、道半ばで失敗した落ち武者の落ちこぼれ、二流作家・古田更一を見下して、次の未来を作ることを本当に心の底から望んでいる。

 それが不協和音の吉野うごくかもしれないしそれが陽キャ哲学普及協会かもしれないし、もしかしたら、絶賛長時間YouTubeLIVE放送で仕事を頑張る苛めっ子の月ノ美兎かもしれない。

 ひょっとしたら、アナタかもしれない。

 結局のところ、ARTを25年以上やって思うことは誰が善で誰が悪かは判定しかねる天邪鬼さだ。

 そのような天邪鬼さが陽キャになれず、死ぬまで負け犬だとしたら、なんと滑稽なことだろう。

 

 「革命のための道なりはあまりに壮大で大きいので、我々は尻すぼみすることになる。

 しかし、そこに1つ、呼びかけの声が聞こえる!

 ここがロード・ロス島だ!ここで飛べ!ここが薔薇だ!ここで踊れ!」

 朧げな記憶に残るカール・マルクス、ブリュメールの17日より引用。

 

 自己承認欲求で300万を投下しまくる成金すぎるインフルエンサーたちの馬鹿騒ぎでうるさいXの初期高齢者イーロン・マスクがほくそ笑む2024年7月7日へ向けて。

買わなくても分かる本は破れ!

 この本はコロナ禍の時期に書かれた反民主主義的な本で、東京大学から世界史、日本史はたまた国家というのは宗教だしメンヘラじゃあないか?という趣旨を書いている。

 参考にしたのは、メディア・アーティスト落合陽一&不謹慎系YouTuber坂口章だ。

 二人の対極的に見えるアーティストの主張が根底では通底していると列挙し整理することで見えるのではないか?ということ。

 まず落合陽一の主張(デジタルネイチャー)は簡単に言えばこうだ。

 AIが人間の知能指数を超える昨今、流石に人類が嫌気を薄々抱えているかもしれない近代国民国家という宗教から解体されるような左翼的な運動、メンヘラを切り捨てることができるのではないか?という新しい左派的な視点だ。

 しかし、この視点は非常に資本主義的で大多数の弱者を切り捨てる非政治的な運動でしかない気もする

 そこで2番パートとして大衆の認知を獲得している横のサブカルチャーとして不謹慎系YouTuber坂口章というアーティストを考えてゆく。

 彼は木村花亡くなってやった〜!や風呂場で動画配信をするなど、YouTubeアルゴリズムそのものの支配を冷笑するartを行った

 しかし、これらだけでは、落合陽一&坂口章ではあまりに具体的なイシューすぎて、これからのインターネット社会に何が起きているか?を完全にまとめきれていない。

 論壇の縦やサブカルチャーの横として現れた落合陽一も坂口章もまとめるとすれば、評価経済社会を肯定する資本家か否定する運動家の違いでしかない。

 近代国民国家的なフレーム、資本主義か共産主義か、右か左かという感性自体が古い。

 結論として、インターネット社会にヘゲモニーを持つ評価経済社会の同調圧力を打ち破る手段(資本家も運動家も立場の違いがあれど、民主主義にはうんざりしているのは同じだ)としてメタバース理論の応用、個性経済学をボクは実践しながらも提唱している

 メタバースとは武蔵野美術大学時代に株式会社DeNA、そして海外企業のWeb Writingで学んだSNSコミュニティの運営法やコミュニティの中にいる人間たちが生きやすいように情報をデザインする情報デザインの重要性だ。

 評価経済社会に対抗する手段としてコミュニティのデザイン、コミュニティ・デザイナーというアクティビストがIT資本主義に対抗できる手段だとボクは思っている。

 だから、IT時代における資本主義のヘゲモニーをどうひっくり返すか?が重要だ。

 そして、落合陽一のAI思想と結びつき、民主主義を盲信する人間たちは統計のサンプルとしてあるいはマーケティングのチャートとしてゲーム理論の一例としてマスメディアで利用されてゆくだろう(ここらへんは各人が適切にお勉強しとしてよ@ずっと真夜中ならいいのに)。

 その評価経済の次の形として民主主義の危機を埋める民主主義2.0としてメタバース、メタバース経済、個性経済学があるとボクは思った。

 もっとも難しい話はもういいよってわけで、実践的に話すならば個性経済学時代にはSNSコミュニティを生き抜くときに、めんどくさい人間関係は起きる

 実践例になるが、メンヘラ&老害は危険で、特に名古屋と美術業界に集中している(資本主義の2軍、共産主義の2軍が多いからだろうか?)。

 そして、人々はAI的事象、統計的にマッチング化された快適すぎる閉じた人間関係で生きることを余儀なくされるだろう(メタバース。逆転オセロニア。陰キャ?いや、これからの現像だ)。

 近代国民国家の限界として少子高齢化という問題が取り上げられる

 その危機を表す作品にスパイファミリーがある。

 余りに詩的な表現になってしまったが、性愛への停滞が快適すぎるメタバースコミュニティ社会を生きるゆとり/Z世代でより更に加速するかもしれない。

 月ノ美兎/にじさんじこそ近代国民国家をぶち壊す民意で選ばれたユートピア/ディストピアである(日経テレ東も)。

 しかし、落胆しないでほしい。

 東京の大学は天才だ。

 国民の国家は現実だ。

 女性や子供は未来だ。

 マルクスも言っている。

 下部構造が上部構造を規定すると

 だとするならば、上部構造は無視しても、どうにかなるらしい(ある意味、designの割り切りもまた造形的な経済学かもしれないが)。

 これが、経済学だ(もっとも私の専門はARTだが)。

 ポピュリズムの暴走やコロナ禍とは経済リテラシーに欠けた既得権益&成金&大衆連中の暴走にすぎない。

 お祭り騒ぎの東京都知事選挙がSNSで喧伝され続けるTOKYOにおいて。

〈追記〉

 文体は小論文、太庸吉の速読、Web Writing、主に3つからリファレンスされている。

 及び、読めない文章は美しい。

 美学に走りすぎる点はご容赦願いたい。

 

 

 

 

本は破れ!〜評価経済の実践的SURVIVAL法〜

 下部構造が上部構造を規定する。

 エンゲンルス・E・マルクス。

 

 分厚い積乱雲が日本を覆っている。と感じる。プロ弱者、メンヘラ、少子高齢化。

 

 もっともここでボクが考えたいのは、ネオ幕府相川&月ノ美兎よろしくインフルエンサーそのものが新しい資本家だし、そのインフルエンサー自身も出世競争に翻弄する自らになるように煽っているようにも思えてくる。これが東京のいや資本主義の加害性だ。

 ようするに、明らかな敵は左派を提示するネオ幕府の相川さんですらあり、そして一般大衆に一応は受けたような文脈で消費される月ノ美兎であるのだ。

 資本主義の搾取のサイクルは都知事選やサブカルチャーすらも資本主義の舞台としてパイとパイの奪い合い、能動性の奪い合いになる。

 なぜ医学部中退YouTuber初田よろしくアンチがボクに粘着するかは分かっていて、評価経済のパイの泥棒に他ならない。

 しかし、ネオ幕府の相川がカブトムシのツノを立てるように勃起したかのように都知事選を非東京以外のSNSで喧伝するのは非東京圏の破壊、能動性の奪い合いに他ならない。

 このような新しいインターネット時代における評価経済の奪い合いのゲームのことをボクは個性経済学と呼んでいる(巷では陽キャ哲学とも呼ぶらしい)。

 本は破れ!ではポジティブにインターネットに沢山のARTISTが増えると肯定的に書いたけども、規模を拡大したり現実にぶつかってゆくうちに死んだ魚のメをしたvtuberもファシズムを振り回す老害なアンパンマンも世間との真実に衝突せざるおえない。

 SNS上で分断したコミュニティの中でまったり暮らす理論、いや偽善的で美しい現状肯定論を死んだ魚のようなメをしたメンフィスにあやかるわけじゃあないが、メタバースと呼ぶらしい。

 そして、経済人類学の基礎的な理論に消費と蕩尽があり、簡単に言うならば、GIVE、与えると交換の法則が働くと言う

 ここで問題となるのが、メタバースとメタバース同士で起きる戦争状態、オマエは陰キャだ、私は陽キャだという能動性の奪い合いである。

 その政治的な闘争から抜け出すには、まず政治を慎み、経済的な弱いつながりへシフトする非評価経済的な個性経済学的な新しい流れが重要のように思えてくる

 評価経済は既存の経済学の逆張りを受けて、政治一色のヘゲモニーを声高にしたにすぎない。

 しかし、その左派たちまみれが其の実経済活動の合理性の結果、ゲーム理論の樹木図の把握だったことは想像に難くない。

 となると、奇妙なことに資本主義の徹底こそが資本主義を脱することになると理解される(右派を徹底する左派。→本は破れ!)。

 しかし、問題はなにも皆が年収1000万円の金持ちになれば、その資質が評価経済のヘゲモニーを打ち破るんだとは唱えていない。むしろ、それは単なる怠惰な資本家の開き直りに他ならない。

 そうじゃあなく、一人一人が必ず大きいものに能動性を奪われたり、むしろ奪ってしまうときに、自活して経済資本を理解してテコの原理のように下部構造のストラクシャーは補強すべきだという話だ。

 詳しくは様々に論点を包括した本は破れ!を読んでもらいたいが、個性経済学に絞り、論点を抽出しよう。

1,名古屋はメンヘラまみれで危ない

 これは一方的な例かもしれないが、能動性の奪い合い、評価経済同士のぶつかり合いは必ず起きる。

 そんなときにメンヘラは危険だ。

 最近ボクはアンチの壁と呼んでいるが、この手はアナタと構造的に人材のパイの奪い合いをしている可能性がある。

 この場合、正論で相手をいなし、冷笑してゆく、また、彼らは自分たちの養分とbotとして把握することでなんとかなる

2,老害の感傷マゾに気をつけろ

 ARTISTに気をつけろ。

 designer原研哉が新書で言う通り、年寄りの美は現状肯定の開き直りにすぎない。

 メタバースで広がった偽善的ななれ合いは果たして既得権益層いわゆる老害の生存を良しとしてしまった。

 そんなときにノスタルジーを語るのは既得権益だし老害に他ならない。 

 しかし、感傷マゾは美しくて癖になるのは人間の本性だろう。

 美人な女性にメロメロになるのと変わらない、ボクらはパンツを履いた猿なのである。

 しかし、年寄りの金銭のちらつかせもあるいは美人な女性のセクシーさもオマエから評価経済を奪ってやろうとする能動性の奪い合いに他ならない。 

 タダより安いものはない。

 年寄りもセクシーな女性も単なる広告、botにすぎない。

 botにはbotなりの苦労もあるし、アナタから日夜評価経済を奪おうと来る共産主義的な資本家たちなのだ。

 TVの電源を切ったりミュート、ブロック、SNSの滞在時間時にはデマを前提に絡みに往くべきだろう。

3,AI的アルゴリズムはアナタだけの物語を紡ぎ出す

 しかし、それでも評価経済やインフルエンサーは悪くない。

 そう、楽観的に最後は捉えたい。

 単なる統計的な人々の動きや為替は最終的に経済的には合理的なマッチングアプリとして様々な小さなインフルエンサーたちがお互いの理想的な環境に暮らせるようになるだろう。

 これを信者の壁と呼んでいる。

 1のアンチの壁、2のbotの壁をすり抜けることで3の信者の壁でぬくぬくすることは可能だ。

 

成田悠輔(37)vsネオ幕府相川将軍未満(37)〜個性経済学〜

 どちらも政治メンヘラ、文芸だ。

 権威にすぎない。

 徹底的に権威すぎる成田を徹底することで権威そのものを自壊させる戦略か(蓮實&古市憲寿路線)、徹底的に反権威を掲げて権威を倒すオーソドックスな戦術があり、それがネオ幕府相川将軍未満だ(柄谷&落合)。

 当然の事ながら両者は共犯関係にすぎない。

 どちらにしろ37あたりの権威はあくまでも冷笑するのは通俗だろう。

個性経済学。〜防御編〜

 サブカルは女性&陰キャを含んだ経済活動にすぎない。

 サブカルでメシを食おうとすると、女性&陰キャを囲い込もうとするさながらメンズコーチ的なマッチョ男性がよだれを垂らしている。これが箕輪厚介さんや陽キャ哲学、ひろゆかないさんかもしれない。

 しかし、悪くはない。

 問題はサブカルはしょせん経済活動にすぎないこと。

 あくまでも経済活動、ビジネスである以上、夢を売ったり男を張りざるおえない。

 箕輪厚介vs陽キャ哲学論争はそのまま夢と夢がぶつかった事象だ。

 だとすると、純粋藝術を追求せざるおえない。

 それが、不謹慎系YouTuberだ。

 木村花亡くなってやった〜!などといった不謹慎なARTの数々。

 ようするに、短期的に金に走る生活のサブカルではなく、生きることそのものが苦しみを孕んでいるようなART。

 Fランぼっちモザイクの現代アニメ評論はそのまま無理ゲー論として機能している。

 このような袋小路を私はmichel・hucoに習ってパノプティコンと呼んでいる。

 ようするに、月ノ美兎の機微は自殺美兎であり、男性がメンヘラになり大学はメタバースになるという皮肉であり、そのままFランぼっちモザイクに反映されている、なぜ陰キャが賢いか?の投射にすぎない。

 要するに月ノ美兎は良くも悪くもFランぼっちモザイクと殆ど等価にすぎない。

 ようは、無理ゲーの隠喩がサブカルとして機能するわけだ。

 しかし、そうなると、陽キャ哲学のようにヤンキー経済、箕輪のように馬鹿になって飛ぶほうが勝ちかもしれない。

 この悲壮的隘路を穿つことが、競争を煽るネオ幕府の相川や月ノ美兎、陽キャ哲学の問いに答えることになるだろう。

〈追記〉

 家族は経済。トッド曰く。

歴史という詐欺について。

 歴史学は権威主義やごますりと癒着する。

 

 イノベーションの対極にあるのが、暗記や歴史だ。

 暗記や歴史を通せば、誰でも天才の権威でメシを食える。これが、官僚だ。

 金ない力ない革命な最古の日本は京都である。

 そう思うと、日本はGLOBAL競争に負け続けた猿かもしれない。

 ただ競争が本質ではないだろうし、競争には個性経済学的な差異がある。

 👴批判ではない。

宝城マリンvs月ノ美兎〜政治の盛り上がりは加速している〜

 今面白いことが起きていて、ホロライヴの宝城マリンとにじさんじの月ノ美兎がバチバチに競い合っていると思う(少なくとも、周りは)。

 ただ30路の旧いおばさんのレズキャラノリが好きかと言われると、けっこうキツイ。

 だし、壱百満点原サロメもゲーム配信はおもろいが、ノリが古臭い。

 ようは、市場競争で六本木の月ノ美兎はボロボロに負けているのだ、権威に。

 経済活動は、残酷なので、単に権威や老害に負ける商品に価値はない。

東京藝大のvtuberの出現?

 六本木の落合陽一が東京大学の成田悠輔に追い抜かれる様を見たことがある。

 もしかすると、武蔵野美術大学の実質的広告塔である月ノ美兎は東京藝大のvtuberに追い抜かれる未来があるかもしれない。

兎田ぺこらの若さ分かりやすさに月ノ美兎は勝てないよ

 兎田ぺこらも脅威だ。

 分かりやすい可愛さ、若さ、フレッシュさで内輪ノリを構築する月ノ美兎をある意味追い越した。

 ただそれはバカな世間の反応で、本人たちからすると確かに市場はそうでも、兎田ぺこらになりたくない。

 ようするに、大衆のゲームがいきすぎているのが、今のvtuberだ。

 結局のところ、東京藝術大学中退の天才ARTIST大西琢磨という権威を大衆自ら崇めているのだ。

東京藝大の終わり

 しかし、大西琢磨はメンヘラで、藝大を中退することで天才を証明したロッカーだ。

 ようするに、既に右翼側から権威は自壊している。

 IT時代に幕府は存在しない。

 嫌いなのでなく、それは真実だからだ。

 メンヘラが跋扈する時代にようこそ。

〈追記〉

 しぐれれいという絵師vtuberも老害系としてはフツーに面白い。

 個性経済学的には内輪のノリは破壊される。

 月ノ美兎の権威はなくなる一方で、相対的にメンヘラの大西琢磨に匹敵する純粋芸術へ月ノは走るだろう。

権威主義のピカロ。

 ひろゆきは権威だから無視していいんじゃあないかという気がしてくる。

 ネオ幕府の相川さんがうんぬんもこの権威が最も重要な問いな気がしている。

 ようするに、更に穿って考えるとvtuber月ノ美兎だろうと初代vtuberキズナアイに権威だと勝てないことになってくる。

 当たり前だが、そんなことはない。

 更に穿って見れば、ボクが外山恒一に弟子入りしたり政治活動を通して分かりやすくつまらないことをしてますか?という所作かもしれない。

 できるわけがないし、政治は手段にすぎない。

 メンヘラや大衆には興味がない。

 切り捨てるべきだ。

 彼らは音楽しか聴こえないような系がある。

 ようするに、権威は圧倒的な経済力か圧倒的な面白さが重要な気がしている。

 キズナアイは結局のところ、惜しまれながら、いや、フツーにサービスを終了させてしまった。

 ようは、ひろゆかないさん、ひろゆきモノマネという権威にアナタは勝てますか?という話。

 ネオ幕府の相川さんの後ろには外山恒一がいる。

 あるいは、月ノ美兎のように権威を無視しながらも、その分コンプライアンスに順次できますかという話になる。

 むしろコンプライアンスを守り、何かの権威にすがる知のベーシックインカムをやれば、個性経済学はじゃぶじゃぶと音を立てて、ARTが爆発するようにも感じる。

〈追記〉

 東大理三ルシファーと医学部ツイッタラーたかぴすが何度も対談し、そして、大川宏洋のバーでたかぴすバーを何度も開催していた。

 しかし、その後、裸の王様なたかぴすは垢消しで逃走。

 相川さん自体は嫌いじゃあナイが、根本的にネオ幕府は宮台真司や外山恒一のケツを舐めるケツ舐めだ。相川さんは♀にすぎない。

 問題は相川さんは相川さんなりのメンヘラや空虚さがあって勝手にやっていればいいのに、そこを私と絡めようとするシャフたちだ。

 そこに怒りはないが、まあ勝手にやっていてください。

月ノ美兎メンバーシップ会員の観察【個性経済学日記】

 まともに働きましょになるかもしれない。

 バブルで浮かれただけで、月ノ美兎は単なる真面目な映像編集をしこしこ頑張る動画編集者かもしれない。

 500円払ってメンバーシップに入ったところ、趣味の難解な映画鑑賞と動画編集の作業動画ばかりで、全く♀♀してなかった。

 単なる真面目に工作をして映画が好きなだけだった。

 また、メンバーシップ会員がガチで糞陰キャだらけでも楽しく生きていそうで、陰キャは陰キャでもメンヘラやシャフはあまりいなそうだった。

 ここにシンプルに真面目に働ければ報われるよという単なる真実が可視化されている事案かもしれない。

 また、ここにインフルエンサーの虚像、月ノ美兎も視聴者も単なる人間だということが理解できた。

 いや、これは個性経済学になるのか?!

 月ノ美兎メンバーシップ会員倶楽部の感想でした。

〈追記〉

 えぐい話をするが、たぶん月ノ美兎、本業は他にありそうです(笑)。

 また、これは堅気に稼ぐ男性のサラリーマンがいるじゃあないかと思ったが、これはどうなんだろうか?ほしいのか?これは声優同士と同じ方向にゆくのか?

 とにかくメンバーシップにやる気のなさ、淡々とした感じが醸し出されていて、バブルが終わった今、次のビジネスをたぶん社長あたりが考えていそう。

〈追記2〉

  会って分かったけど、陽キャ哲学>月ノ美兎。

 顔出しできる&陽キャ&そこそこ動画編集できるは貴重。

 もちろん月ノ美兎は天才だが、ひろゆかないさん&陽キャ哲学のコミュ力の高さは思想界隈を淘汰するポテンシャルを感じた。

2回目の戦争をどう勝つか?〜metaverse独立国家のレシピ〜

 

誰だって命をかける勇気を持っているわけじゃない

だが他人に勝手に命をかけられてしまったらあとは行動するしかないじゃあないか

現実や未来に希望がなくても死ぬことはいつでもできるんだ

まずは一歩踏み出す自分の理想に一歩近づく

その実感を知らないまま死んでゆく人間を私は嫌悪するよ

 この羂索の台詞は端的に今のボクの状況や思想を集約しdesignしている。

 ようするに、革命の思想は自民党/大衆社会では不謹慎な悪として描かれざるおえない。

 だとしても、思想に目覚めてしまった場合、いかに世間一般と思想を折り合わせるかは重要。

 ようは、私のやっていることは端的に科学であり、100人やって100回起きることを実証しているにすぎない。

 今問題なのは落合陽一&坂口章(ハイカルチャー×サブカルチャー)の基本軸を現在は成田悠輔×月ノ美兎へギアチェンジしている。

 しかし、落合陽一&坂口章の応用編のため、いかにミスらないか?慎重に計算して測っている。

 さながらパースのように海の測定士のような。

 問題なのは、さながら経済的合理性においていかにこのボード盤で勝つか?である。

 今回は以前以上に経済合理性を要求されている。

 簡単な話で数学上の動きに人間は追いつけないのだから、数学上の動きを人間にぶつけたら話は変わる。

 これが現在の見えない差異である。

個性経済学〜東京ビジネスモデルとの共産主義的な距離感の図り方〜

 贈与と交換の法則は基本的な左派的経済学のベーシックな発想だ(詳しくは過去の文章を読んでほしい)。

 しかし、ここで限界も見えている。

 それは、天才と特技の非対称性だ。

 今日、たまたまひろゆかないさんのtweetがオススメに流れてきて、空売りのタイミング&陽キャ哲学がひろゆかないさんにブロックされていたと言っていた手前、ひろゆきモノマネ芸人ひろゆかないさんに会ってきたが、彼は仕事の天才だった。

 具体的に言えないが、いかにビジネスとして物事を取り仕切るかの視野が鋭い。

 一方で図々しいことを言えば、経済合理性の観点は当たり前だが、成田悠輔さんの方があるように感じた。

 そして、恐ろしいことにひろゆかないBARに集まる人々は仕事のプロフェッショナルばかりだった。

 仮想通貨をやったりprogrammingをやったりtiktokをやったり。

 当たり前だが、ひろゆかないさんを周辺にSNS班が動き、ひろゆきさん、その周辺のインフルエンサーとの掛け合いが重要らしい。

 

 ここで問題なのは、すでにレースは終えていること。

 ようするに、ひろゆかないさんの周りは世間ではかなり上の人々である(普通には)。

 ようは、今からひろゆかないさんのようにバズるやり方をやったところで意味はないし、それはひろゆかないさんより上にいるインフルエンサーたちのできる話で集中している。

 問題は、ひろゆかないさんができないことを理解し、ひろゆかないさんができることをどのようにこちらへ有利に動くか?を図ることである。

 ひろゆかないさんの弱点はビジネスは得意でも経済合理性を理解していないこと。

 また、世代や当たり前のビジネスマンかもしれないが、画面で映るようにひろゆかないさんが余りに陽キャで段取り、営業、セールスが旨すぎて、普通に話が面白すぎるところが盲点だった。

 この資質は西田亮介さんや武田双雲さん、宇佐美さんなどといった専門家には必ずしも必要ないスキルだ。

 また世代的にSNS時代の人というより、やっぱりひろゆきモノマネの人だから、2ch時代のひろゆき的なモノマネが上手いことが判明した。

 ようするに、個性経済学の実践においては、有名インフルエンサーとの自らの距離感も重要になってくる。

(巷のバカが不謹慎系YouTuberのなりかたをヒトラーだと誤読していたが、全く違う。合気道的なやり方であり、むしろインフルエンサーなどを合気道的に急所を見つけて話すスキルが重要になる)。

 今日手に入れたサンプルで分かることは、経済合理性はそこまで考慮されていないこと。

 また、amebaというよりもひろゆき界隈そのものが当たり前だが、氷河期前後、あって、ゆとり世代のカルチャーであり、Z世代は余り関係ないことが判明した。

 もちろん、ひろゆかないさんから学べることは沢山あった。

 ひろゆかないさんは、ひろゆき批評家であり、ひろゆき構文でひろゆき的に成り上がるある意味の1点だけの経済合理性を持っている。

 恐ろしい話は、ひろゆかないさんは元々スポーツジムのインストラクターであり、運動神経が抜群で体育会系だったというとんでもない話を聞かされた。

 ようするに、個性経済を稼ぐ際に大事になるのは、このアクティヴさである。

 また、ボク個人は気にしないが、飲み放題で2時間5000円だ(無料でケーキやせんべいをもらえるが。下手な東京のカラオケ屋よりは良いと思うし、またこの氷河期世代前後は殆ど関係性で成り立っていてインフルエンサー同士でブロック経済をしていることも判明した)。

 しっかりビジネスにしようと野心的で問題なのは、大川宏洋やえらいてんちょうほどバービジネスは少し苦心されているご様子だった(ameba自体が平成を引きずった貨幣経済モデルだからである)。

 おそらく、陰キャは来ないし(来ても、超パリポ集団と反りが余り合わない、)、ビジネスマンとして動画投稿をするのが当たり前という話になるらしい。

 ただここで書けないが、成田悠輔やその周りの個人情報をべらべら話したり、初期高齢の論客はいらないよね、論壇界隈や出版は宗教?と大衆の目線から言っていたりと、様々なヒントは手に入れた。ひろゆかないさんも悪気はないらしい。

 恐らく今問題になっているのは、この自民党一強的、平成原理主義、資本主義、東京中心主義、postsTV世代な氷河期世代〜ゆとり世代とどのように話してゆくか?ということが共産主義ネットワークの作りとして重要になるだろう。

〈追記〉 

 盲点はひろゆかないさんがZ世代はそこまでよく分からないから非常に関心を持ってくださったことだ。

 (月ノ美兎をポジティブに陰キャの小物か登録者を稼いでいるビジネスマンとして見ておらず、ガーシーは怪訝な目で見ていて、箕輪さんがガーシー好きなのは、あ〜そこは分からね〜みたいな顔してた)。

 ここに薄く広くヒントが有ると思った。

 Z世代とは何か?というのが経済カルチャー戦争における必要な目線だと思う。

〈追記2〉

  恐ろしい話もあるが、宮台真司-外山恒一だとしたら、成田悠輔-ひろゆかないも感じた。SNSブームで成り上がったのが成田さんとひろゆかないさんであり、ひろゆかないさんはSNS職人ということが把握された。

最強の個性経済学

1,経済原理を徹底

 LGBTを超えたtechnologyの進撃。

 東京大学もフィクション。

 人はどうせしにますからね。

2,経済が循環していたら、人は来ざるおえない。

 とにかく個性経済、個性経済、個性経済。

 論壇もしょせんはビジネスにすぎない。

 経済が回っていたら、勝てる。

3,アクティブ イズ ザ ゴッド

個性経済学 持続編

 事務workerの川尻浩作だ。

 こと、outsider artist古田更一だ。

 今日はいかに個性経済学が絶対の理論か?またその持続編を話してゆきたいと思う。

1,経済学的アルゴリズムは常識を一線する

 ゲーム理論は相手を二律規範に追い込み、どちらの選択肢を選び取ろうとこちらが有利になる選択肢へdesignすることができる。

 たとえば、外敵な天才女性が妊娠した場合は場合でその人も幸福だし、外敵が消える意味でウィン・ウィンだ。

 そして、妊娠しない場合は子宮を持たつからせるため、それはそれで天才女性の性的役割を半減させる陣取りゲームになる。

 これがどちらに転がっても有利になる経済学の絶対性である。

 この単純な原理をどれだけ細かく100通りシュミレーションするか?が重要。

 基礎は終わった。

 次に、経済人類学における蕩尽、交換の法則を話したい。基本的に金を渡せば、金は返ってくるのが経済人類学における発見だ。これは金の循環論であり、単なる社会コミュニティの数式化に他ならない。比喩的に圧縮すれば、ガンジス河の水が流れて水蒸気へなり雨となりセカイを渡り日本へ向かうイメージだ。

 極端な応用としてLINEスタンプ普及協会がある。LINEスタンプをあげるだけで、交換の法則が働く。私はあげすぎて、10000円以上使ったが、これほどな有効活用はない。

 LINEのようなクローズドなサークルほど金は動く。これは、世界史におけるブロック経済の応用だ。金の流れを早くするために、承認制にしてギルドの中だけで経済を回す。

 だから、REALベースこそむしろどんどんプロ奢リヤーになるべきだ。

 これからはボクは会社の人間や母にはどんどん奢りたい。

 無料で持続する応用にXでRTをしまくることがある。こうすることで河が循環するし、Xで上へ上がりたい人々は感謝する。まず下部構造で金を落とせば、信用はされる。

 羽振りがいい印象は重要だ。

2,褒め殺しの合気道〈不謹慎〉

 次に一番稼げるアンチの壁を超えようと思う。

 最近YouTuber発信を初めた方たちでよく聴くのが、アンチの壁を越えられないこと。

 これは有名になろうと思ったら必ず起きる。

 アンチを気にしたら、情報発信はできないし、ファンがアンチのような破壊力をもたらすことはある。

 しかし、アンチをどう利用するか?も科学的な話。

 基本的にアンチ=ファンチで誤解なさっているから、誤解を紐解くだけでコンテンツが生まれる。

 そして、ここから重要だが、アンチは統計的な事象にすぎないから、必ずSNSにつきもの。

 むしろ、統計的に見ないといけない。

 YouTubestudioをDLしよう。

 最低限、統計学やデータサイエンスの基礎を意識しよう。

 そして、ビジネスにしたいなら、評価経済を稼ぎたいなら、女子供、ネコとイヌを飼い殺しにする不謹慎系YouTuber的なゴキブリ的感性が重要になる。 

 インフルエンサーは詐欺に近しいので、周りは必ずザコや偽善者、ゴミばかりだ。

 インフルエンサーだろうとその周辺は量的なカスである。

 ただ余りに不謹慎な行為に走ると、遊びがすぎる。

 ひたすら褒め殺しで弱者や匿名を機械的に褒め殺しにして、アルゴリズムをぶち壊す統計的不謹慎がアルゴリズムをぶち壊す。ようするに、徹底的に褒め殺しをしまくり、相手を言語の不条理劇に宙吊りに落とせばいい。こうすることで簡単に天才女性などのトップ視聴者へ流れ込むことができる。

3,下部構造の女子供は重要だ〈無関心〉

 最後に下部構造、偏差値0〜50を集める天才女性インフルエンサー的な最低限の備えを自ら備える映像作家のなりかたは重要だ。

 リスク分散、弱者の思想を自ら徹底することで本来の市場競争にいるはずの天才を排除し自らがその天才に成り代わりやすくなる。 

 実のところ、殆どの人間は人間に興味がない。1億人もいるのだから、botのように人々は釣れる。これがXやvtuberだ。 

 だとすると、肝心なのは無関心層における浮動票を手に入れること。

 シンプルで単純な物語、わかりやすさが人々に説得力を演出する。

 とある天才女性のブランディング術を拝見するとこうなる。

 1,プロ弱者(共感) 2,笑い(王道) 3,強いこと(強力)

 まずプロ弱者として不謹慎なやつだなと弄られるような共感は無関心層に刺さる。 

 また笑いも重要で、笑いは思想というニッチや狭きブロッキングを超えた先にあるレズコミュニケーションに近しい(てぇてぇ)。

 そして、単純に強そうだというバランス的無キャ感が重要で、様々な意見に極力フラットである公平感は神のように真似る必要がある。 

 ようするに、陰キャや女性子供は基本的に弱者と言われているが、偏差値0〜50を沢山集めてリスクを分散する観客や集団は必要だか。

 過去につとむ会というvtuber批評discord集団がいたが、あれに近い。 

 硬派なネコな集団・不協和音の会&イヌ人間すぎてvtuber界で浮いている月ノ美兎の株を買いまくるのは、擬似的に兵隊を常に周りに配置し、災厄の自体を避けるリスク分散、あるいは、2&1へ投資を循環するための保険にすぎない。

 以上が評価経済社会をどんなバカでも渡るための個性経済学理論のシステム化だ。 

 もちろん1の経済合理性を応用しコスパのいい無職か仕事を見つけてほしいし、もし職場に弱者がいたら、褒め殺しで始末や弱体化し陣取りしよう。

 そして、どんなザコでも仕事の関係性は基本的に大事にして、偏差値50のリスク分散は怠らないべきである。

都知事選に「人間」は必要か?ネオ幕府相川現象を丸裸にする。古田更一vs寸胴犬信者たち(月ノ美兎)

 アウトサイダーアーティストの古田更一です。神回です。

 仕事も忙しいから、やりたくないけど、やりざるおえない。

 やりざるおえないと思って、上がってきた。

 今日は本当に神回だよっていう都知事選に果たして人間は必要なのか?っていう問題が今めちゃくちゃ重要だ。

 不謹慎すぎるけども、これはオレのアンチたちをどう処理してゆこうかな?っていう問題を貫徹しているテーマだと思って話している。

 アンチって多くて、困っているぐらい多くて、もちろん一面をひっくり返せば、ボク自体がナニかのアンチかもしれない。

 ようするに、キミたちアンチはⅤtuber月ノ美兎信者なんだよね、オレのアンチは。

 寸胴犬っていうムサビの人が月ノ美兎の中身っていう噂があって、本にも映像の話が書かれているから本当っぽくて、今日は彼女に謝ろうと思って話そうと思う。

 まず、国民国家っていう幻想なんだよね。

 根本的に都知事選って意味ないわけよ。

 なぜ意味ないかっていうかっていうと、ナショナリズムの妄想、AIがやる、これからは、オレのことを冷笑するけど、表層的な冷笑をしていて、コイツ、月ノ美兎と言っていること変わらないわけよ。すごい人だけど、この人(月ノ美兎)、このレベルでしかない。

 メタバース、体制側の右翼的な人間がこのような冷笑な結論を見出しているわけだから、政治自体の限界はすでに体制側からも女性を使ってゆくしかないっていう絶望がある。

 これは致命的に重要な問題だ。

 オレのアンチは負け犬だ。

 なぜかと言うと、もうアルゴリズムにすぎないんだよね、政治ってアルゴリズム、政治家はいらない時代がくるだろう

 そうなると、政治家はネコとイヌ、ゴキブリだけになる。

 このような結論はナニも成田悠輔が初めではない。

 すでに10年代にIT企業たちがそのようなことを言っていた。

 成田悠輔は東大の権威でIQの高そうな人間たちの話(落合陽一)をリブランディングで言ったにすぎない。

 オレも反省している。

 本当のことを言っているとイジられるし、燃えることが分かったから、YouTuberは今日で半分ぐらい引退したいと思っている。

 3%の希望でもし寸胴犬さんからDMを送って、是非ボクに仕事を渡してYouTuberのボクを引退に追い込んで欲しい。買収してほしい。

 女性や匿名男性、卑怯な統計学者たちが政治を誘導するニヒリズムが今日本で跋扈している。

 だけど、社会は存在しない。

 だけど、冷笑も得意なのはオレなんだよと言いたい。

 だから、謝罪します。

 もし寸胴犬さんが見ていたら、私をバカにしてほしい。

 臆病者で卑怯者で顔出しができないボクを罵倒してほしい。

 って、思うわけですよ、負け犬はオマエたちだと言いたいわけ。

 だけど、月ノ美兎さんはすごい。

 分かってらっしゃる。

 女性で初めて頭が良いと思ったのが、この月ノ美兎『月ノさんのノート』だ。

 もちろん藤白りり『シンプルな勉強法』もすごかったが、それに匹敵する内容だ。

 今の女性の中でトップクラスに賢い。

 女性が頭が良いことはあって、ホモソを乗り越えていて、下手な哲学書を読むなら、月ノさんのノートを読んだほうがいい。

 月ノさんのノートがすごいのは、初めて映像作家のなりかたを言語化した本だ

 美大に入ろうとしても意味ないデッサンの勉強をするしかないし、仮に入っても映像の作り方のセンスは言語化されていない。これは映像作家のセンスを言語化、私の本は破れ!を超えているかもしれない。是非角川から私の本を出して、そこに解説文を是非寸胴犬先輩に書いてほしいって思っている。

 映像をどう作ればいいか?っていうかっていうことは難しい。

 実は難しい。人が面白いと思う映像を皆が作れるんだったら、簡単に皆がYouTuberがVtuberになれているはずだ。

 映像の編集学校行っている人が皆映像作家になれるか?っていう話だ。

 なれないから、YouTuberに人々はなれないし、Vtuberにすらなれない。

 話は戻るが、成田悠輔『22世紀の民主主義』を引用すると、政治家がネコ&イヌ&ゴキブリになり、殆どは統計が決定するディストピアが起きると書かれている。

 そこにおけるゴキブリ的な人間像に着目した露悪主義の加速主義的な観点が、この私の不謹慎系YouTuber体験本『本は破れ!』だ(めちゃくちゃ儲かるぜ♡)。

 これから政治家は統計によって殆ど不要になる時代に、人間のアイデンティティは疎外されてゆく。ルサンチマンを人間が抱える以上、AIや統計に人間が勝てるのかっていう。

 ああこれは陽キャ哲学批判っていうよりも、明らかに月ノさんのノートや超陽キャ哲学は社会がある前提で話を進めているわけよ。

 オレはそうじゃあない。

 成田悠輔同様、社会は必要ないとさえ思っている。ようするに、オレほどの冷笑家はいないんだよっていうことを言いたい

 超冷笑するとすると、月ノ美兎は思想があり、古田更一にこそ思想がないことがある

 そして、その間を弁証法すると、陽キャ哲学が思想がある話になる。

 オレの冷笑は科学的だが、世間の冷笑は表層だ。

 ミシェル・フーコーが看破した通り、近代が虚構だと看破したぐらいで乗り越えられるなら、苦労はしない

 で、謝ろうと思う。月ノ美兎先輩はすごいと思う。

 だけど、ここで問題なのは、都知事選に人間は必要なの?っていう。

 都知事選に人間はいらないっていう。

 だけど、意外と月ノさんはそこで政治家を意外と信じちゃうだろう。

 だから、もう冷笑はやめて、アナウンサーやめて「本当の自分」で勝負してほしい。

 都知事選に人間は必要か?っていう問題はあって、にじさんじは病気、資本主義にすぎない。

 O田アカデミーとか稲葉一門は病気。

 安易な自分がリーダーの月ノ美兎予備軍が跋扈している。

 DNAにはこのような宗教や共同体を信じる系が刻まれているから、理屈で乗り越えることは不可能なのだ。 

 月ノさんのノートを読むと、彼女は武蔵野美術大学、私のご学友なんだけど、彼女はムサビを信じている近代主義者だったけど、それがⅤtuberになってしまった悲劇がそこにある。

 私は芸文っていう二流学科だし、中退しているし、不謹慎だし、ゴキブリだし、是非ボクを冷笑してほしい。神奈川だし。

 東京のアナタがネオ幕府の相川さんへ投票してほしい笑。

 そして陽キャ哲学を見てARTを寸胴犬さんは感じてほしい。

 陽キャ哲学とプロレスはしたくない。

 彼は世間を気にして、オレを批判しているわけで、個では違う。

 陽キャ哲学はテレビのコードを守らないという批判をしているわけで、これは月ノさんのノートに書かれている「ライン」の話だ。

 月ノ美兎&H田はしょせんはアナウンサーを超えていない。

 だとしたら、女でいいし、官僚でいい。

 冷笑は月ノさんのノートで充分。あと、現代アニメ評論かな。

 映像の勉強をすれば、映像作家になれるよって冷笑している。

 昨日、METAVERSE朝生で陽キャ哲学につかかっている人がいましたけど、天皇制の廃止は重要だ。

 そこにいちいち血だらけになって天皇を廃止しようって陽キャ哲学を褒め殺しする冷笑は良くない。それは現代的な近代主義者、共同体主義者の表れだ。

 断言できないのだけど、月ノ美兎を倒せば、にじさんじは終わる。他はボットに近しい。

 H田も正直どうでもよくて、落合陽一っていうオレの邪魔をしている天才をどう処理するか?っていう話になる。

 国民国家はないですよ。

 オレは蛭子さんっていう漫画家に近くて、前衛漫画家ですごかったんだけど、テレビではいじられキャラでしか出れなくなった現象がある。

 だから、月ノ美兎さんに謝りたい。私は裸の王様を笑いたい。それだけだ。

 だから、ボクは哲学の才能はない。批評は興味があるけども。

 哲学はBL。男子校。格闘技で危ないし。

 それにARTが好きだから、哲学自体に興味がない。

 まあミシェル・フーコーの話は立ち読みや入門でいいからかじるぐらいでいい。哲学はその程度で社会で使えるレベルしか興味がない。

 で、月ノ美兎というか弱い女の子に謝りたい。

 年上喪女だけど、無礼講、許してほしい、アナタに謝りたい。

 月ノ美兎って学校が好きで、学歴って学校なわけよ、学校のノリなのよ。学校のノリがないと淋しいっていうダンガンロンパの学級裁判なんだよね。

 で、江ノ島循子、キミなんだよ、超大学級の絶望、新発田実月●。

 大学は今陰キャになりつつある。

 もっとも、やっぱり都知事選に人間は必要だろう。

 確実にAIが人間の知能指数を超えるだろうが、それでも人間は政治に走ってゆくだろう。それは人間はやっぱり社会を信じやすい動物だろう。

 だって、ファシストな相川が都知事選に出るぐらいのとんでもだからだ。

 で、思想は格闘技に近しいと思うが、その中には女性で格闘技が得意な子もいるだろう。それがあまみしゃけや月ノ美兎だ。

 月ノ美兎からどうやっておカネを盗むか?っていう問題は重要で、ああ盗む気はないからこそ言っているんだけど、ああ、おカネを稼ぐって実は良くないんだよ、それが左翼の思想なんだよね。本当は。

 だって、千坂も革命するには仕事なんかやっている暇ないよって言っているもん。最前線で。

 ようするに、都知事選に人間は必要だが、それは茶番なので、どうやって経済的にコミットできるか?っていうことが重要である。

 まあ月ノ美兎は私が会ってきた女性の中でトップクラスに頭が良い女性で、犬世よりは可愛くないけど、映像編集の心がけを言語化したっていう、ピアニストの娘らしいからね。まあ貴族だからね、この人は。

 月ノ美兎は怨霊なんだよね、近代教育の

 ピアニストの娘はⅤtuberになるっていう近代教育の終わりを表す限界藝術が、月ノ美兎のART的な評価である。

 もっとも、サブカルに成り果てた改造され尽くした胴の長すぎるミニチュアダックスフンドにすぎず、戯言だけどね。

〈追記〉

 外山恒一&相川は神経症であり、結局のところ、近代を抜け出していない。

 だから、ファシズムや面白主義こそ、シリアスで、神経症だ。

 その系を抜け出すためにボクが行ったのが、不謹慎系YouTuberによる身体修行である。もっとも不謹慎すぎてオススメはしないけども。

〈追記2〉 

   ようするに、冷笑を徹底すれば、月ノ美兎こそ既に政治の天才であり、都知事選不要論を言い放つメタバースの犬だ。

 しかし、左翼のネコも右翼のイヌも不謹慎なゴキブリの観点が欠如している。

 ボクはぐふぐふ嗤っている。

 

 

犬人間のなりかた。〜SNSで政治力を持つには?〜『月ノさんのノート』要約〜

 まず映像作家という意識が大切だ。

 映像作家には型がある。

 この目線が皆足りていない。あくまでも映像編集力が物を言う。

 次に大切なのは、映像を作ってたら、誰でも緊張したり批評されてビビること

 月ノ美兎は自らを臆病者と定義し、笑いで茶化すことで無難に点数を稼ぐ映像の最大公約数を発見した。

 次に、チーム戦、バンドでやるのをオススメしている。

 ベテランや同期の映像作家たちと勉強し合うのは重要らしい。

 化学の章では、SNSをやる人間は活字が苦手なメンヘラまみれという実体験で書いてある。まず、メンヘラ、弱い人間だと自覚せよと。

 コミュ力では、映像作家になる人間は友達は切れ、死について真剣に考えろ、真面目に生きろというストイックなことが書いてある。

 また、数学の章では、自分は右翼寄りですと自重していて、家族が作りたい、結婚したいけど陰キャですと言っている。

 かわいいやつだな(笑)。

 以上が月ノさんノートに描かれた月ノ美兎のなりかたである。

 これらの教訓を叩き込んで、君も是非vtuberひいてはYouTuber未満あるいはファシスト未満のサブカルチャリストとしてのトップを目指そう。

 まあたぶん私の論旨を解読できないだろうけどねという留保は書かれていたが(笑)。

 

個性経済学を考える〜実践編〜

 栗本慎一郎『経済人類学』に位置づけられる(カール・ポランニー)。

 官僚的、冷笑的、無思想的。

 数式だけに近しい。

 ここからは発展だが、個性経済学には実践がある。

1,奢りと驕られの関係性

 最近、私は自らをプロ奢リヤーと自称し、様々な人間たちへLINEスタンプを奢っている。

 こうすることで、むしろ経済人類学が言うところ、禁止と暴き、交換の法則が働き、現代で言うところの統計的に返酬の法則が働く。

 (面白い発見は私は様々な界隈に知人がいるため、1000人ほどプチインフルエンサーとともだちだが、私が不謹慎すぎるため、直接コラボし辛い人々もいた。そういう人間と人間をつなげる形にすることにも成功した点が思わぬ副作用だった)。

 現代におけるこの手の統計的経済学を私は個性経済学と提唱したが(©本は破れ!)、何を隠そう成田悠輔『22世紀の民主主義』に出てくる無意識データ民主主義こそが東京のビジネスモデルに近しい。

2,不謹慎系YouTuber

 東京の冷笑的な数理的ニヒリズム、決定論、宿命論をぶち壊すのが、不謹慎系YouTuberだ。

 女子供は無くなっても興味ないっすねとテレビの外側を話すことでアルゴリズムを壊す手法である。

 わるいねを稼ぐ空売り的な手法が魅力だ。

3,陽キャ哲学(ChaosForest)

 しかし、現代は戦後/ポモ、平和ボケが下部構造になるので、VtuberになったりXでだらだらするだけで人生は満足できうる。

 社会は勝手に作られてしまい、問題は社会で偏差値50以上、Vtuber以上に実存が満足できるか?である。

 それが顔出しYouTuberコミュニティ『ChaosForest』だ。

 逆転オセロニアの理論(DeNAで一番成功したリアルイベント参加型メタバース)を論拠にしながら、いかに最強のプレイヤーになるか、あるいは、イラスト勢や呑みロニアなど様々なその人にあった弄り弄られ、ドラマがある。これが個性経済学/無意識データ民主主義である。

〈追記〉

1,ヤバいヤツはゾーニング 2,共産主義 3,実際の元金は官僚/公務員的に稼ぎ、いかに下部構造を手堅く稼ぐか?のテクニックや最低限の偏差値50前後の情報処理は必要だ。

 ここらへんは最近あげた動画を参照していただきたい。

前衛芸術家・吉野うごくがvtuber月ノ美兎より賢い理由。〜不謹慎系YouTuber坂口章がテロリスト山上徹也よりすごい論。〜

 バカが最近増えているから言っておくが、安易にテロをすれば問題が解決するという態度そのものが非常に体制的だ。

 稲葉という発言だけ大きい名古屋のARTISTがいるが、彼の演技は非常に神経症だ。

 その点、吉野うごくという山師のような大阪芸大出身のARTISTはよく理解している。思想や美術、今のヘゲモニーを理解していて、非常に反体制的である。ロジスティクスだ。

 ようは、巷ではミズサーの茂木響平かカオスフォレストの古田更一かと勝手に言われているらしいが、本人たちからしても迷惑な話である。

 その二項対立そのものが近代社会の分業制やポストモダン、アーキテクチャなどが提示した1つのシステム、官僚講システムにすぎない。

 保守主義という思想があるが、あれは半分正しい。オルデガが看破した通り、安直に革命!をする行為こそ、最も為政者側、というか、情報産業が進んだ今において重要なのだ。

 バカたちにいちいちひけらかす気もないが、私は沢山本を読んでいる。そして、最新の思想の流れやサブカルの流れも表層的な茂木響平と違い、追っている。

 ようは、稲葉という前衛ARTISTもネオ幕府の相川さんも、ミズサーの茂木響平の域を超えていないオーソドックスな文芸だ。

 趣味や美学として文芸はよろしい。

 しかし、山上徹也が安倍晋三を暗殺すれば、世界は変わるは、非常に其実、体制的だ。

 問題は、文学という制度をどう疑うか?である私の指導者だった武蔵野美術大学の米徳教授や株式会社DeNAの香城卓、そして不謹慎系YouTuber坂口章は非常にそのことを理解していた。

 ミシェル・フーコーを読まずとも、いや読まないがゆえに、自体の本質を非常に理解していたわけだ。

 その点、不協和音の会を開催するリーダーの吉野うごくは非常に明晰だ。

 なぜ体制的すぎる幸村燕へ行く流川もなぜ反体制すぎるボクへ行く碇も2流かと言えば、表層的に体制や反体制へ行けば体制&反体制になるんだが安直だからである

 むしろ思想や政治は表層を理解するところから始まる。

 私は東京大学に興味が本当にないから、あえてYouTuberや坂口章を止揚するが、非常に遊んでいるだけである。もちろん真剣に。

 古市憲寿『絶望の国の幸福な若者たち』を読むべきだ。

 戦後や平成というフィクションは根強い。

 人間はそう強くないからである

 このような繊細な思考があるvtuberに月ノ美兎、統計起業家に成田悠輔がいる。

 吉野うごくもそうだが、この体制か反体制かというゲーム盤自体をどう遊ぶか?は仕事になる。

 稲葉くんや相川さんは嫌いではないが、この二重性に関するセンスが欠けていて、非常にオーソドックスだ。

 それならば、茂木響平のオーソドックスさを褒め殺ししたほうがいいし、茂木響平の現実論に勝てない。

 むしろ稲葉や相川はその派手さで茂木響平などにエールを渡している。吉野うごくや成田悠輔、月ノ美兎、陽キャ哲学の方がそのはぐらかし、ART的感覚において、非常に茂木響平や宮台真司、東京大学を批評している。

 こんなことは分かってもらわないと困る。

〈追記〉

 稲葉は遊びにすぎない。

 だとするならば、茂木響平と変わらない。

 私はもっと真剣にどうヘゲモニー(権力の中心)をひっくり返すか、割とマジで考えている。

 コミュニティ支配論そのものが非常に体制的で、その実、系を抜け出していない。

 その程度なら、ado『うっせぇわ』でよろしい。

〈追記2〉

   私はLGBTでもないしLGBT自体が表層だと思っているが、吉野うごくの方が月ノ美兎より上である。

 まずハイカルチャーの教養が吉野うごくのほうがある。

 マルクス的教養も吉野うごくの方がある。

 月ノ美兎は結局のところ、♀にすぎないし、歌手未満の思想家にすぎない。

 くだらないポモには思弁家ジル・ドゥールズ&活動家フェニックス・ガタリがいるが、当にジル・ドゥールズが吉野うごくでフェニックス・ガタリが月ノ美兎だ。

 批評YouTuber集団ChaosForestがモザイク倶楽部より偉いに等しい。

 不協和音の会はにじさんじより上である。

 この程度のことも見抜けない大衆は逝って良し(๑•̀ㅂ•́)و✧。

 女や大衆はまったりと演歌でも歌って、まったりルサンチマンを爆発してなさい。

〈追記3〉

   誤解がないように強調するが、吉野うごくの理論は近代主義と評価経済を引きずっており、私は確かに吉野うごくの兄(ネタw)だが、私の本は破れ!はふざけている。

 吉野うごくはあまりに遊びが足りない(もっともゆっくり左翼やずんだもんなど新しい遊びをしているのかもしれねぇ…)。

 正常と狂気をAとBで表すなら、吉野は6対4で、私は9対1だ。

 昔は私もマルクス的に6対4ぐらいだったが、武蔵野美術大学に入ったり株式会社DeNAや海外企業、YouTuberへ入り、右翼へ身体を改造した(ハック術)。

 吉野は私からするとあまりにオーソドックスすぎる(王道!)。

 そういう意味では完全に同じでないのは当たり前だ。

個性経済学の実践(超AR時代シリーズ)

 分厚い暗雲が日本を立ち込めている。

 カネがないし、老害が居座り、だらだらと日常を続けながら、まったりとじりじり閉塞する日本。

 少子高齢化、既得権益の居座り、フリーライダー様々だ。

 どうすればいいか?

 やはり経済だろう。

 はっきりと言えば、日本社会がどうこうは建前にすぎない。自分やその周りがいかに幸福になるか?それが大事なことだろう。

 日本社会全体を助けることは無理難題かもしれないが、個人最適に関してはまだなんとかなるかもしれない。

1,東京大学という壁

 結局、東京大学が一番じゃあないかは実のところ不景気の思考だ(前提としては否定はしない)。

 国立が安定して金を稼げるのは政治、力、パワーを国家が超法規的に握っているからである。

 当にコミュニティ支配論の結論は歴史の捏造にあるというわけだ。

 では、東京大学という大きな壁はどうすればいい?

 学歴コンプではなくて、日本人である以上、その壁は当然にある。

 もちろん、この当たり前の東京大学が一番という前提を疑わないといけない。

 学歴コンプではなくて、左翼がうんぬんとだべったところで、常識的な人間が常識的に悩み、常識的に解決するという凡庸な結論へ至ることが関の山だからだ。

 ボクたちは繰り返される日常そのものの前提をまず疑う必要がある。

2,東大生に金はない

 しかし、安心してほしい。

 東大生は人間としては信用されても、社会は複雑だ。

 東大生=金持ちや生きやすいという証拠はない。

 むしろトマホーク&わかってtvよろしく沢山の高学歴だけど人生失敗した人々が至る所で学歴の限界を露呈して自虐することでむしろ学歴のヘゲモニーを手に入れる大企業に落ちた大企業の2軍を演じている。

 こう見ると、昔も今も大企業競争まで勝つのはごく一部で、YouTuberが大学の実態、いわゆる世間の可視化を一般化させたと言っていいだろう。

 金や社会はそういう意味で素晴らしい。

 なぜならば、ロジックは感情論に左右されないからである。

3,神をdesignしてゆこう

 言っちゃあいけないことを言っちゃうが、国民国家は殆ど宗教にすぎない。

 その証拠にマックスウェバーを諳んじるまでもなく、コロナ禍における各国の対策で様々な個性が見えたところに人文知が科学の透明性に勝てない主観性がある。

 ようするに、もっと大局的にこの宗教などを相対化できないかということである。

構想

 ここで大事になる活動がコミュニティ支配論、つまり、独立国家の具体的な作り方だ。

 つまり、どれだけ自分たちで各人3Dプリンター的にコミュニティを作ったり買収されたりして大きくなるか?という国の起業が重要になってくる。

 そして、国民国家はガスと水道、電気だけになり、選挙は猫に占拠されてゆくという。

 この手の発想をボクは個性writer資本主義と呼んでいる。

 全体性の宗教を無視して、まず各人が少ない手元から個性をwritingしてゆき、資本主義を各人が自らの個性が刻まれた仮想通貨として、いいねを交換してゆく。

 そのいいねは評価経済的な資本主義ではなく、個性が経済になってゆくような、そのような分散経済、つまり、個性経済学である。

 そのためには様々な人間へむしろお金を渡してゆき、返品の法則、経済人類学で言われるような与えると却ってくる経済循環を露悪的に利用することで、いいねと東京大学という偽善的な世間を破壊する加速主義を復活することができるというわけだ。

 また、ブロッキング、ギルド、古田一門も重要だ。

 ハッキリ言うと、人間関係は金にすぎない。

 だから、人間関係は必ず閉じる必要もある。

 こんなことは刺された宮台真司が得意とすることだ。

 より批評的にもっと彼らのやり口をトレースする必要がある。

 最終的に何も考えない猿や猫、犬をどうやってスウェーデンの安楽ㇱ施設へ届けるか?が重要になってくるだろう。

 人々はメタバース、SNSプラットフォームへ安住し、あらゆる全ては統計学やAI、確率論こそが人々を電子の子宮へ閉じ込めて、終わりなき日常はエピクロスの園としていやtechnologyで実装済みだ。

 バカは社会に沢山いるし、バカはどれだけコントロールしても構わない。

 徹底的な加速主義のファンファーレこそが、古びたヘゲモニーをぶち壊す唯一の鍵だ。

 セラピー化された批評はスーパー銭湯へ行くのと変わらない。 

結論

 社会は存在しないのだから、不謹慎系YouTuber坂口章のメディア・アートは素晴らしい。

 しかし、問題は、正論を言っていても埒が明かないことである。

 だから、評価経済を引きずったプロ奢ラレヤーが3Dプリンター的に様々な人間たちの仕事になってゆくんじゃあないかという話だ。

 ボクはこれから、わるいね戦略、露悪的にプロ奢、個性経済学時代のプロ奢ラレヤーとして個性経済学理論を実践してゆきたいと思っている。

追記

 いいねは脱税できる。

 

天才三人で話すにじさんじ会議

初代ChaosForest組の実力

古田「ってわけで、放送トラブルで始まりというわけで!」

メンフェス「すいません!」

古田「これが自分たちのことをすごいと勘違いしている元祖メタバース哲学集団ChaosForest組の実力なんだよなぁ~…

モザイク「w」

古田「いるよ!オレたちのリーダー壱百満天原ザロメこと陽キャ哲学が!」

メンフェス「ですねw」

古田「表面的に仲が良いけど、リアルでは仲良くないいつもの三人が集まりました

メンフェス「はははw」

古田「モザイクはいじめっ子でしょ?」

メンフェス「半分はそうっすね」

モザイク「いやぁ~…」

古田「笑」

モザイク「コメントがきている笑。モザイクアイコン久しぶりってw」

古田「天才三人で話していいの?」

モザイク&メンフェス「「はい!」」

古田「イケメンが三人集まったわけよ」

モザイク「はい笑」

古田「声がカッコいい陰キャの登録者90000人の優男・Fランぼっちモザイク」

モザイク「ありがとうございますw」

古田「で、顔がイケメン、身長も高い、硬派、陽キャ、クールな男と見せながら、意外と性欲を持て余していてバニーガールが好きなメンフェス!」

メンフェス「あはは笑」

モザイク「失礼すぎる笑」

古田「そして、我らがリーダーの古田更一」

メンフェス&モザイク「「いえ~い!」」

法律をちゃんと守りなさい

古田「いきなりだけど、事務連絡。元電通のQちゃんがChaosForest組のおバカ三人組は法律をちゃんと守ることを今後気を付けることと忠告がきた。犬世には気をつけろともきた。彼女はプロレスが分からないと。ネオ幕府の相川&陽キャ哲学はライバルだけど、プロレスが分かるけど、今後界隈と界隈がつながっていくと、マジで壊すヤツラ、内ゲバには気をつけろと言ってきた」

メンフェス「だけど、その内ゲバこそが更に盛り上がる方向にもいくかと

古田「その通りなんだよ!www。で、Qちゃんも喜んでいたよ、つながっていくことが。だけど、METAVERSEの人々は日本語が話せるのかと聞かれた。で、特に女性は信用できないと。で、その上でどうやって盛り上げていくかだよなぁ~って。

犬世は犬世でじれったくて、構造的にだるいわけよ、すぐ倒れるし。

サブカルや陰キャ、弱者はモザイクに任せて、思想や陽キャ、強者はメンフェスに任したい。ようするに、モザイクの下にはたくさんの弱者やサブカル野郎がきている。メンフェスの上には老害や思想界隈がきている。

ようするに、ここには、陽キャ哲学が頭が良いのか?問題がある。

壱百天原サロメは果たして本当に一番のvtuberなのか?っていう」

モザイク「ボクは犬世さんと仕事をするんですか?」

メンフェス「難しい問題ですね。ボクはやる気がない。そういうつまらない人間たちには興味がないっス」

モザイク「あ~確かにね~」

メンフェス「組織や経営に興味がないっスね」

古田「オレたちの手下がどんどん増えてゆく。個性経済学」

メンフェス「めんどくさい。そういう小物たちは。仲介してくれたら、ありがたい」

古田「モザイクの仕事かなぁ~」

モザイク「はい」

METAVERSE

古田「成田悠輔を超えれるか?っていう問題もある。22世紀の民主主義をちゃんと読めていないと思う。Qちゃんも。で、メンフェスが持ち上げているのはアーティスト古田更一、QちゃんもART寄りのネオ幕府の相川さん。だけど、安直に味方のカリスマを持ち上げるのもいいけど、敵調査も必要。成田悠輔の分析も重要になる。だけど、オレと相川は論壇のプロだから分かるけど、成田に完全に勝つのは厳しいよ。だから、応援団のQちゃん&メンフェスはメタバースに対する理解が足りない。そこをクリアしてほしい。ようするに、相川さんは今のままだと少し小物で、その理由は、成田悠輔はマジで頭が良い。メタバースを感覚的に理解している。で、相川さんのXフォロワーである7000人や800人とかがたぶんYouTubeとかにそろそろ流れてゆく。ホロライブ的な体制的な相川は遅いんだけど、こっちに流れてゆくだろうね。ただメタバースをビジネス的にも思想的にも理解が重要。逆転オセロニア。雑魚どもはどうでもいい」

メンフェス「答えは22世紀の民主主義でいいんだけど、結局、生きてゆくのは一人、そして古田更一は成田悠輔より頭が良いのは自明なんで、個性経済学、結論しか喋っていないだけなんで」

古田「ただし陽キャ哲学はメタバース、嘘なんだけど、それが本当になるんだよね」

モザイク「あ~なんとなく分かるなぁ~」

古田「相川さんには実態がない。彼はメタバースモデル、ここは難しいけど、にじさんじな左翼のこっちはAR,拡張現実、詳しくは本は破れ!、ようは、SNSで生きてゆくのが当たり前の加速主義、だから、METAVERSEモデルでしかない相川さんこそメタバース。都知事選を見たけど、全然まだ相川さんが登壇していない。だから、もう外山恒一とか宮台真司という彼の後ろにいる人々はもう力がない。まあ仲間つーかライバルだから、内ゲバは避けたい。

 で、ボクたちの陽キャ哲学は相川とは真逆からハックしている」

メンフェス「真逆が難しい」

古田「ぱくもとはAR,SNSを生活の大半で暮らす新しい新人類なんだよね。だから、YouTubeの登録者1000人はREALの人間関係というヒカキンを超えた令和モデル。詳しくは本は破れ!を読んで欲しい。ようは、150人程度の相川チャンネルは人数は少ないけど、老害がたくさん見ていて、金はあるっていう。いいねがあるのは、陽キャ。

もちろんポピュリストに近しいよ、相川も陽キャも。信念があるけど。

だって、二人がスピーカーを垂れ流すと、バカたちがどんどん暴れるっていう。

今起きている問題は、思想が分からないホロライブ側、橘玲の言う破滅主義側の体制側が大変な状況、ほぼ安楽シに近しい状態に。

だけど、にじさんじの剣持っていう二期生かもしれない犬世やにじさんじの社長的な元電通のQちゃんとかきてちょっと事務所化している」

メンフェス「最高っすねw」

古田「今後カオスフォレストがブランド化してゆく。個性経済化してゆく」

メンフェス「80年代は思い出がいっぱい」

古田「モザイク&メンフェスの劣化コピーがたくさんきます。

犬世&Qちゃんも復活した岩佐なぎも太田も一応は仲間なんだけど、格は下、女性が思想やる限界もあって、ある意味では剣持、だけど!バンドやらないと!陽キャ哲学って理想を掲げないと!どう?モザイク」

頂点が陽キャ哲学ですよっていう物語

モザイク「頂点が陽キャ哲学ですよっていう物語ですよ~っていうあれを物語を周りの人々へ言ってゆく…

古田「成田悠輔に勝つには、若者たちは皆メタバースに暮らす痛いヤツラですよwwwって冷笑的にやってゆくしかない」

メンフェス「そうっすね!」

古田「オレたちは何者でもないヤツラが、当時のGS、浅田彰の周りと一緒」

メンフェス「そうっすよ!変態よいこ新聞!」

モザイク「それです笑。ひろゆかないたちからしたら、内輪でランキングしていて痛いっていう。だけど、それがカルチャーだし、政治じゃんっていう」

メンフェス「大丈夫です!ボクはちゃんと嘘をつきます!」

古田「だけど、流石、相川さんなんだよね。いい意味で陰謀論についてきてくれる。現代の坂本龍一として一緒にプロレスしてゆきましょうって言ったら、ああ‼坂本龍一、オレに似ているわって流石相川さんだった笑。流石違う世界線のぱくもとさん。

で、オレたちはメタバースビジネスをやっているわけよ」

メンフェス「いいっすね!」

古田「オレたちは親友なんだよ!茨城と神奈川と某県で!」

メンフェス「wwwww」

古田「3人で今後会うときがいたら、焼き肉を三人で食べよう!オレが全部おごってあげる。モザイクは可哀想な陰キャだから、もうメンフェス&古田でやっているわけよ」

メンフェス「懐かしい!ART OF SURVIVAL」

モザイク「ぴえ~ん」

古田「泣かないで」

モザイク「三人でカラオケも楽しいっすね~」

古田「それもやりたい!」

メンフェス「聴きます!」

古田「それで、最後にメンフェスに思想的な総括。Qちゃんはモザイク、特に犬世には警戒していて、内ゲバはもうしたくないらしい。だけど、彼もお調子者で、雁林のイベントで上へ上がれない匿名の限界があるんだよね。ちなみにミズサーの茂木響平はホロライブ一期生、赤井はあとかと。ボク月ノ美兎は仲良くしたいんだけど、あっちは陰キャだから。だけど、稲葉こと兎田ぺこら&相川こと北條まりんとは話せる。オレたちは陽キャ哲学でいきたい!」

モザイク「正直、犬世さんには警戒しています。あと、嘘だけど、陽キャ哲学はやろうは同意で、昨日、ぱくもとさんの友達が千葉雅也&成田悠輔ってだれ?って言って、突き止めてゆくと、皆の知っている話題はワールドサッカーや岸田総理ぐらい。ようするにみんなが知っている話題はいらないんじゃあないかっていう」

古田「それが個性経済学‼今後なくなるんだよ!社会は存在しない!」

今更遅い

メンフェス「でも、今更遅いっすよ。80年代は思い出がいっぱいにも松岡正剛に群がるサブカル連中たちがたくさんでるけど、ほとんど死に絶えている。そういう新参たちがこっちにきても、もうキミら遅いよっていう笑

モザイク「笑」

古田「あ~にじさんじのほとんどは将来ないよっていう…。しかもなることも難しいっていう…」

モザイク「中の人に前世がアイドルとか配信者とか、いわゆる一般人からなっている人は少ない

古田「静凛クラスですら配信者だからね」

モザイク「一般の方にはムズイんすかねぇ~…」

古田「最近、そうえば、陽キャ哲学アンチめっちゃ多くて、小粒のぱくもとアンチたちがぱくもとをキャンセルカルチャーしている。相川とか稲葉、匿名とかわらわら…」

メンフェス&モザイク「「w」」

古田「この流れをどう裁くか、交通整理がメンフェス&モザイクの仕事。じゃあメタバースの格下たちには本当の話はしてもしょうがないと。メンフェスの言う通り」

メンフェス「うん」

モザイク「そうっす。あと、ぱくもとさんの©がすごくて、余計に反発しちゃう。古田さんの論理は納得するんですけど、ぱくもとさんは太田龍一聴け!とか、とんでもない、アジテーションが」

古田「おもしろすぎるんだよね、彼は鬼才すぎる」

モザイク「ボクはカウセリングや管理をしたいってしたいし、岩佐なぎと同じでだけど、太田さんは戻ってくるかと」

古田「朴基はいい意味でいじめっ子でランキングが好きで、ぱくもとは王だよってやりたい。プレイヤーになりたい人々が岩佐なぎ&太田ね。だけど、ぱくもとには勝てませんってぱくもとさんはやりたい」

メンフェス「間違いなくそうっすね…笑」

古田「だけど、相川さんは流石に強かった、内輪の外のライバルだから」

モザイク「やっと理解できるようになりました、現象に」

古田「メタバース、にじさんじトップは事実だよ、陽キャ哲学は、だけど、ホロライブ的な相川にはそれだと勝てない。オレたち三人で相川に勝ってゆく役割分担かなと

メンフェス「だけど、相川さんは小物の面もある。政治でナニが変わるの?当たり前を言うだけ。それだけ。相川さんは政治でいい思いをしているけど、相川さんのフォロワーは地獄に堕ちるだけなんで、まあ勝手にやっていただいたらっていう

モザイク「w」

古田「地獄だろうね。吉野も上梨もQちゃんも」

メンフェス「だから、まともになれよっていう」

古田「ぱくもとっていうモルヒネ吸っていても。だけど、どっちも信念はある」

メンフェス「そこはモザイクさんとかの仕事。ボクは傍観します」

古田「そうか、ChaosForestの先、あの界隈的にはこうなると」

メンフェス「もちろん陽キャ哲学は仲間。褒めますよ」

古田「相川よりオレたちが陽キャ哲学を応援しないと、勝てないぜ」

メンフェス「その通り」

古田「さっきから、文字起こしされていて、モザイクすご!」

モザイク「身体が弱いからこれぐらいしか…

メンフェス「流石!」

名古屋哲学普及協会

古田「稲葉くんとのコラボには意味があって、消えた某氏がいるじゃん、某氏の立ち位置が、稲葉くん。相川は年が違うし、思想のトップはたぶん稲葉くんだよっていう。稲葉&古田が新しい。だけど、メンフェスからしたら馬鹿馬鹿しいし、今の稲葉くんだと役不足だから、ここでベテランのモザイク&メンフェスとのコンビも重要。

名古屋哲学普及協会が稲葉くん。

ウも復活したし、メンヘラ多いし、困ったもんだろ、メンフェス?」

メンフェス「メンヘラが多いよっていうことっすね」

古田「まあ本音はモザイクの方が稲葉より上だよ?頭もクオリティも。だけど、可哀想な名古屋の人々にも人生があるよ~って言っておかないとまずいわけよ。あ、これ、ギャグね、半分はマジでギャグで、半分はマジで新しさを感じている」

モザイク「w」

メンフェス「激しく同意

古田「男の娘プレイに最近ハマっていて、稲葉とてぇてぇしてゆこうと思う。あ、鴈林から返信がきた!今から頑張る人々意外とたくさんいるんですね。ほら!岩佐なぎがぐへへ~ってツイートしている!」

モザイク「あ!そういう方々の介護やお守り、サポートはボクの役目かなと。下品な話をすると、デリバリーヘルスの女性は病んじゃうから、ドライバーの男性がカウセリングをするですよ、それがボクw」

古田「すごいわけよ!岩佐ナギ&太田龍一が何物でもないのに、私を見て~!って。すごいわけよ。この文学、自我、METAVERSE。面白くもないし、一番じゃあないのに…」

メンフェス「そこはマジでモザイク倶楽部、モザイクさんのマネジメントにかかっています!マジで!」

古田「いい話」

モザイク「岩佐なぎもカラオケ行っている」

古田「だけど、岩佐なぎは顔は可愛いけど、犬世のほうが好きかな、やっぱり。友達としても」

モザイク「それはやっぱり…」

陽キャ哲学キャンセルカルチャー問題について。

 面白いことが起きている。

 外山恒一を含めて様々な論壇関係者があらゆる角度から陽キャ哲学ことぱくもとさんをキャンセルしようと工作している

 なぜこのようなことが起きるか?と言えば、1つに嫉妬だ。

 純粋に論壇関係で様々に小銭を稼ごうとする中身がない人間たちが陽キャさに嫉妬する事態が起きている。

 2つ目に生活のための排除である。

 陽キャ哲学が更に有名になったら、自分たちの様々な食い扶持や名誉が無くなるからである。

 3つ目に陽キャ哲学は経済的に野心的すぎるきらいがあり、彼自体がそもそもビジネスマンの面もあるため、ビジネスとしてぶつかってしまうことがあるからだ。

 要するに、陽キャ哲学は弱者男性どころか強者男性として危険として村八分にあっている。

 処方箋1,縦の論壇は諦めて横へ力を持つこと。大衆人気を増やしてゆくこと。

 処方箋2,仕事とは何か?を考え抜いて、相手のビジネスモデルを壊すか自らをビジネスモデルにするように何か考えること。

 処方箋3,ビジネスマンを控えて,本当にやりたい高尚なタームへも舵を切ることだろう。

 再三言っておくが、陽キャ哲学キャンセル問題は、陽キャ哲学批評ではなく、むしろ陽キャ哲学がいかに彼らにとって脅威か?という所作に他ならない。

 ホモソーシャルな論壇をぶち壊すためには、陽キャ哲学は必要だ。

高学歴弱者(ナード)とファシズム(現実逃避)

 〜人間は、パンツを履いたサルである以上、資本主義もルッキリズムも憎みながらも愛している〜

 

 ただ能力が低かったり、体制側になりたいが体制側に落ちたイジメっ子の苛められっ子に、高学歴弱者たちがいる。

 これは2,3年前に私がYouTubeで沢山見かけた方々であり、高学歴でありながら発達障害、シャフ、精神障害者、いわゆる弱者たちを沢山相次いで見てきた。

 しかし、ここで一定の疑問が湧く。

 高学歴弱者は果たして弱者か?

 彼らは受験勉強の時点では大体は正常者を振る舞っていたわけであるし、正常者のゲームに加担したわけだ。

 つまり、高学歴弱者は当たり前だが、本当の弱者ではない。

 より、厳密に言えば、高学歴の2軍、大企業の2軍、三軍といった体制側の落ちこぼれ、いじめっ子の中における虐められっ子にすぎないのだ。

 その証拠に彼らは自分の内面は科学的に客観性的に精神科や世間の常識を振りかざし、自らが弱者である理由を恣意的に証明しようとする。

 そのくせ、本当に自分たちを虐げている東京大学やミズ◯ー、茂木響◯あたりにはビビリ散らかし、他へ八つ当たりする情けなさだ。

 働いている人間が偉いんだ、働いている人間が偉いんだ、高学歴で常識も分かる人間が偉いんだ。

 自らをいじめる体制側の理論で武装しながら、そうなれない自分を助けてと泣き叫ぶ。

 これは極端な話、野球でいったら、大谷翔平になれなかったら、負けだ負けだと騒いでいるようなものだ。

 確かに大谷翔平はすごいが、エリートはそんな野球のような遊びではないし、企業は単なる手段にすぎない。

 ようするに、どこまでも自民党支持に変わらないし、極端な話、普通の一般人やインスタグラマー、陽キャに憧れる凡庸さである。

 体制側を支持しているのはむしろ、このような沢山のうじゃうじゃと湧いたボウフラのような高学歴の2軍、大多数の高学歴弱者たちかもしれない。

 

 ところで、縦の論壇からも考えてみよう。

 ネオ幕府の相川さんがファシズム(無政府主義)を提唱しながら、都知事選に出るらしいが、これもガス抜きにしかならない(ロックだよ!まあハイカルチャーにおける)。

 ガス抜きや信仰、いわゆる宗教は意外と日本では根強い。

 新興宗教が多いわけだ。

 日本はハッキリ言って、地獄である。

(社会は存在しない。しかし、世界は存在する)。

 だが、しかし、ここでネオ幕府の相川さんを冷笑している場合でもない。

 山上徹也やガーシーなどが暴れたところで、現実逃避に終わりはない。

 平成を引きずったガス抜きの鵺なネオ幕府の相川さんたちが雑に冷笑して都知事選に落ちてニッとほほえみながら、発狂して老害たちのケアワーカーとして終わるだけだ(と、断言は避けておこう)。

 論壇に資本主義の常識が流れる以上、もはやロッカー的な消費である宮台真司を持ち上げるならば、いっそ六本木のVtuber月ノ美兎を持ち上げたほうがより問題はマシかもしれない。

 ARTIST坂口章で構わないし大西琢磨でも構わない。

 よって極端な話、可愛い月ノ美兎でいい。

 学者は猫になり、大学はアルゴリズムになるのだったら、SNSの力を持つ資本な月ノ美兎でいい。構わない。構わない話だ。

 

 もちろん、人々はベテランちやたむらかえ、月ノ美兎、バキ童、様々なメタバースの猫で余暇を過ごす自民党に支えられた1つの小惑星、Universityだ。

 

 もっとも、地方だったり女性だったり、能力の限界もあり、殆どは自民党嫌いの自民党支持者として生きていく他はない。

 しかし、問題は平成の自民党嫌いの自民党支持者というノリをいつまでも続けてゆく場合ではないだろう。

 ネオ幕府の相川ですらもそれはむしろ理解しているはずだ。

 しかし、ネオ幕府の相川の発想は橘玲の言うところの破滅主義である。

 破滅主義とは保身であり主にイーロン・マスクやアメリカの既得権益を中心にしたtechnologyの急激なスピードを調整しながら自らのものにだけしようとする年老いたエリートたちを指す。

 対照的な思想にtechnologyの発達を急激に勧める加速主義というのがある。

 technologyを保身に使うためだけに使おうというのが、破滅主義のイデオローグだ。

 だから、ネオ幕府の相川はテキトーに加速主義を自称したり加速主義をけなす。

 ここに厄介なルッキリズム、資本主義者、体制的な開き直りがあるだろう(もちろん相川のような体制エリートも必要だし、彼には信念はある)。

 私が3時間相川にinterviewした印象としては、相川の思想や語り口は、天皇や右派の伝統に近かった。

 ようするに、相川はオーソドックスにメタ記号を演じる良くも悪くもデマゴーゴスである。

 ここまできたら、分かる通り、もはや通常の論壇はすべて無かったこととして冷笑に徹する他ないだろう。

 ばんばん人々が呻き苦しむようなネオ幕府を見るのをニコニコと楽しみにしている(再三言う通り、相川さんのメンヘラさは嫌いではない)。 

 だから、横へ横へボカロを流しながら、月ノ美兎のように徹底的に戯れる冷笑という名の思想なき思想が重要になるだろう

栗本慎一郎という天才について〜個性経済学の脱線✍〜

 日本の現代思想が殆ど詐欺だよとバラした東洋の思想家に栗本慎一郎がいる。

 パンツを履いたサルで一斉を風靡した彼も殆ど歴史に残らず政治に勝てず風化している。

 しかし、彼をもう一度考えることが最新のアクチュアリである。

 まず彼はポモは嘘だよ、柄谷行人は論壇政治にハマっているメンヘラだよと看破。

 ようするに、権力による支配は至るところにあり、それはジャーゴンの洋服によって起きている。

 加速主義も殆ど嘘。

 ただ補足だが、70年代のバタイユという露悪主義のロッカー的な雰囲気からポモを読み替えしているのが、加速主義だ。

 もっとも、その加速主義に対抗するような反体制というロッカーも論壇政治にすぎないと栗本慎一郎は当時の論壇状況から断罪する。

 よって、加速主義も外山恒一も空である。

 早稲田大学は権威批評の権威で権威に敗北する系にハマっていた。

 現代でこの栗本慎一郎的なダーディ的な発言をしている論客に成田悠輔がいる。

 彼は22世紀の民主主義、選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになるで無意識データ民主主義を提唱。

 もっとも栗本慎一郎も成田悠輔も落合陽一も外山恒一もビジネスにすぎない。

 この中で最も権威主義的で露悪的に自分の加害さを吐露する繊細さを持ち合わせているのは、栗本慎一郎と成田悠輔である。

 もっともその栗本慎一郎も成田悠輔も病気から脱げ出せない限界があり、オモシロ主義に走っている。

 だとするならば、本は破れ!と徹底的に再現まで冷やかしたほうがいい。

 加速主義は死んだ思想だし、外山恒一はメタバース、安楽シ施設のように外山恒一を囲みながら、バー自体は最新のキャッシュレスや若者たちが集まるスーパー銭湯や逆転オセロニアに近いメタバース感がある(批判ではなく、外山恒一本人が無意識に落合陽一的な世界観に利用されてしまっている)。

 歴史修正主義であり、この系から抜け出すには、本を破るように横へ横へ走り切る他はない(個性経済学)。

 あるいは、YouTuberのなりかたのようにYouTuberになり、来世!加速主義をREALでやるような評価経済社会にサバイヴする他はない。

 もっとも圧倒的な正解は個性経済学という共産主義的に評価経済を読み替えた本は破れ!で描いた世界観だ

 もっとも、それ自体も外山恒一と同じビジネスや経済原理の系から完全に脱していない限界はあろう。

 

 

フリーストレス仕事メモ。経済の回答。仕事のポートフォリオ。

 だめライフ愛好会が画期的なのは日本の政治・経済自体がある種の「世間」というヘゲモニーに支配されているから、頑張らなくてもいいという非資本主義性は割と正しい。

 あとはそこにポートフォリオ的に仕事を追加したり分散したり長期投資するのが良いと思った。

 個人的な話になるが、単純作業やprogramming的なものを打ち込む作業が楽しい。

 Web Writerから行政事務にシフトしているが、脳みその使うところは同じだ。

 だから、後は応用的に他の行政事務で働いて、年金や老後仕事に性を出すのが良いかもしれない。

 また、自分が余りに真面目すぎることにも、反省もしている。

 酒がまず余り呑めないし、Web Writerから行政事務へとどんどんお硬い仕事へ移っている。だから、論壇はテキトーなことを抜かしているし、がゆえにメンヘラが多いことに注意しないといけないが、そこはメンヘラが多いがゆえに、あくまで空売り的に儲かる事を意識スべきかもしれない。

 また冷笑や演技を覚えてゆこうと思う。

 ネオ幕府の相川さんに美術しろと抽象的に言われたので、メガネや形から西洋美術の文脈からARTをやったりネタツイやネタキャラを意識するように物凄く心がけるようになった。

撤退戦

 諦めるべきだ。

 Z世代は数も少ないしまだ若すぎる。

 諦めろ、諦めろ、諦めろ。

 諦めることによって、見えてくるものがある。

 次に、人間に期待しないこと。

 人間学を考えず、理工的に考えるべきだ。

 designerとしてあるいはmetaverse研究者として全うしろ。

 

 最後にIQをあげること。

 伸ばせ、伸ばせ、伸ばせ。

 藝大を飛び越えて、シンギュラリティへサヴァイヴせよ。

 シンギュラリティ オブ サバイバルである。

高学歴弱者救済論。~来世へ行ってプロ弱者を卒業しよう。~

 早稲田の元カノに匿名陰キャチー牛の法学部よりアナタは下ですよね的なマウンティングをとられている。

 それは余りに流石にだるすぎるし、●んでくれとしか言いようがないし、早稲田大学がそこまで没落しているとは思いたくない(学歴コンプではなく、間違えてるものは間違えてるだけです)。

 もちろんボクが完全に正しいと言う気はない。

 筑波大学のほぼ匿名であるイールくんを天才と冷笑しながらも、顔出しできる稲葉君に匹敵すると持ち上げているから。

 だけど、ここで問題なのは、その彼氏はコンテンツもあげていなければ、何をしているかも不明瞭であり、その上、虫を祓うかのように、オレのことを嫌いだと言い放ち、早稲田の元カノへブロックしろとただひたすらに連呼するというのだ(この点、コネがあるかもしれないが、上智大学史学学科を卒業したBAR経営者茂木響平や早稲田の院へ行った幸村燕は顔出しやYouTubeは苦手かもしれないが、まだその彼氏よりは格上である)。

 これはいささか早稲田の彼氏も被害者だけどキモすぎると言わざる負えない。

 

 さきほど動画で整理したが、

 彼女は発達障害を患っていて、IQも高く、早稲田の高学歴弱者なので、

 そもそも生きていることそのものが辛いということだ。

 だから、煽っているわけじゃあないが、

 来世、プロ弱者、ツイッタラーで頑張るしかない

 というのが、僕からの処方箋である。

 もう、性格も悪いし、敗者の烙印を押されているし、匿名だし、社会そのものがそんなものなので、来世を望む以外ないだろう。

 来世行こう。

 で、次にプロ弱者だ。

 しかし、発達障害者はたくさんいるし、そもそもそこに甘えているし、彼女より学歴もなければ、制度を悪用するような機転も回らないような子たちはたくさんいる。たとえば、地方に住む統合失調症系YouTuber岩佐なぎだ。

 そのようなアホの子に比べたら、小賢しさを含めて、機転は回るだろう。

 よって、あくまでも、学歴という制度を利用して、歴史的に頭を良く見せるのが、近代を引きずったメリトクラシーに関連する知能ヤクザであり、

すでに早稲田がバカであることの証明を彼女自身が証明してしまったのだ。

 最後に、ツイッタラー&Vtuber&YouTuberなどで匿名性を極力除外し、個性経済学的に自分の個を世間へ発信する重要性だ。

 流石にそのゲームから逃げているのは卑怯であり、「個」として情報発信をすることをするのが彼女の重要になり、こうなれば、コラボは当たり前であり、今の彼氏ともボクとも違うような理想の男性が見つかる可能性もある(これは拙著『本は破れ!』で描いた理論であり、これはアカデミックの観点から証明したものである。ここは逃げ切れません。株式会社ⅮeNAのメタバース研究や岡田斗司夫の評価経済を借用している)。

 

 しかし、これはいささか限界がある。

 なぜならば、やっぱりYouTuberを継続するのは難しいし、大学で勉強してどうこうというものではないし、大学はアナタはこういう専門ですねという身分で一生誤魔化せるが、YouTuberは旬に合わせて動画をアップする力が要求されるからだ。

 なので、アナタは彼氏へ怒りをぶつけよう、彼氏へ復讐しよう、あるいは、今あなたは権威に寄り添ってたとえば、ボクの父世代と追従する者、ようするにオッサンとセックスしてオッサンより力ない新参者ですよねと言っているにすぎない

 つまり、オッサンとパパ活を選択することは悪くないし、それはそれで構わないけども、それは安定しているのだから、悪くはないだろう。

 ただ、それはいつか滅びる下部構造であり、もちろん、それが世間というのだから、悪くないが、少なくともコンテンツすらあげていない早稲田法学部は私より現時点で格下だし(むしろ会ってみたいぐらいだ)、

 もちろん世間の匿名の中では早稲田法学部は下ではない

 立派なことだ。素晴らしいことだと思う。皮肉ぬきに。

 ただあくまでも私、古田更一より下だし、未来では茂木や幸村、コンテンツをあげている筑波大学のイールよりもビックになる可能性があるかもしれないが、それをいちいち天稟にかける対話をする時点で、早稲田の程度の低さをここで証明したということになる。

〈追記〉

 早稲田の彼氏や世間への不満はオレをぶつけず、その匿名陰キャチー牛へぶつけよう。

 早稲田は社会からしたら、あくまでも一つの通過点にすぎない。

 そのような社会人失格の早稲田大学の学生というムードは茂木響平はともかく、古田更一よりは頭が悪い。

諦め寝そべり革命のススメ

 日本は変わらない。

 だらだらとポテトチップスを喰いながら働きましょとだらだら生きるだけで事は良いのかもしれない。

 日本の民意は苦しい。

 メンヘラや発達障害がいようとお構い無し。

 メリトクラシーは疑わず、メリトクラシーに負けた人間がメリトクラシーで勝つ憧れる妄想を抱え裁かれるのは仕方ない。

 この日本は無意味だ。

 生きていても意味はない。

 死んでいても意味はない。

 

 ただ単純に日本語が通じない奴らや民度の低い人間たちにいちいち話しかけても仕方ないというのが関の山だ。

 僕はもう様々に努力をし思想系YouTuber集団ChaosForestというコミュニティを運営しているし、治安を極力は守りたいと思っている。

 この日本でいちいち努力する必要はない。

 ガーシーや山上徹也がでようと、だらだらしているだけだ。

 私は諦めることにしたし、人間1人に共感するのはやめるし、IQを上げることにした。

 メンヘラの方々は死ぬまでメンヘラなのだ。

 話しても仕方がないし、業を背負ってかわいそうだが、生きるほかはない。

 共感はするが、それは親が悪いし、日本がある意味でブラックボックスするのが悪い。

 私は諦めて寝ることにする(-_-)zzz。

 

古田更一のなりかたを3分で解説する(読み物編)

 どうも、outsider artistの古田更一だ。

 思いの外、過去以上に人気が増しているので僕になる方法を列挙しようと思う。

『理性の限界』

 中3の頃に森村学園の朝読(朝毒)で読み込んだ本。

 論理学が解説されており、ここらへんを暗記することで殆どの思想も学問も20世紀を乗り越えていないことが分かる。

 ゲーム理論やパズルはここから学習した。

 狂才かもしれない。

 浪人中にとにかくお金が欲しくて読み漁った本。

 偶然が及ぶ数学の謎を証明しており、簡単に言えば、偶然を遊ぶことが合理的と分かる本。

 読み物としても、おもしろかった。

 英語長文の大半は殆ど読まなくていい。

 なぜならば、同じことの繰り返しだから。

 この思想は感銘を受けて、本は破れ!というオリジナル思想書に密輸入された。

 速読と精読の境を考える際に非常に役に立つ。

 現在はChatGPTによって超越されてしまったWeb Writerだが、しかし、考えることの本質として太庸吉の分析哲学は今なお非常に価値を持つだろう。

〈追記〉

 こんな簡単な本を読み漁るぐらいなら、女の子とイチャイチャしてるほうが素晴らしいかもしれない。

相川の思想2

  余りに簡素で相川さんは呆れるかもしれないし,誤読だよと思うかもしれない.

   しかし,相川さんの思想をあくまでも私が軽薄にマッピングしたものだと仮定した上でこの相川の思想を理解してほしい.

1,反思想という思想.ハイデッガー研究者・闇市の哲学者/木田元の超越.

2,天才的五感の才能.古文への理解.和製ピアノ.

3,ifを良しとする飛び跳ね.思考のエクリチュール.

   まずネオ幕府を考察した相川さんを理解する上でこの3点は最低でも理解しなければならない.

   1の反思想という思想に移ろう.

   相川さんは3時間超に及ぶ私のinterviewでアメリカ哲学と相川さんの志向する和製の哲学は似ている似ていると鋭いねと頷いた.

   え?

 と思うかもしれないが,2人で加速主義の限界,アメリカのヘゲモニー限界を語りあったが,西洋哲学史という権威という病に最も悩まされているのは日本人以上にアメリカ人もそうだということだ.

  ウィリアムジェイムズを読めば分かるが,プラグマティズムは西洋哲学的な凝り固まった病を批評する目的があった.

   ハイデッガーを愚かだと断罪したりあえて闇市での地獄を語る木田元という哲学者にはその面もあるし,戦争の事実を善悪抜きに語るアイリッシュなブラックユーモア性がある.

  木田元は成熟した大人の哲学であり,相川さんは完全にそれを後継している.

   もっとも注意しなければいけないのは,木田元もおっちょこちょいだから第二次世界大戦中からナチスを肯定した危険思想なハイデガーを敬愛したという.

  相川さんのスタイルは物凄く不本意かもしれないが,ハイデッガーに似たバロック的語り口がある.

   ようするに良くも悪くも音楽のループ感,中毒性を人々に浴びさせる点において,図々しい物言いだと純粋な政治で人に説得させる外山恒一とは異なり,相川アキノリは説得しない天衣無縫なピアノ演奏のような非常にシャープな語り口調を持つ.

  相川アキノリには明らかに詩の才能がある.

  哲学と文学を縦横無尽に弾き飛ばすオルガンのようなバッハ的響き,旋律,パウル・セラン?の詩のような弾け具合が… .

  これは当に少女漫画でもなく藝大の作品でもなく,藝術なのだ.

   相川さんは呆れるかもしれないが,彼は哲学も文学も弾き飛ばす旋律がそこにある.

   ようするに相川さんだけが激しく走って周りはついて行けない.

3,ifを良しとする超越

 ようするに相川アキノリはペテンにペテンを重ねているように見える.

   しかし,それはペテンではなく,旋律だ.

   大きな風呂敷が小さな真実をアイロニッシュに覆い隠す.

   ようするに,ここに失礼ながら相川アキノリの戦略がある.

   しかし,相川はアドルフ・ヒトラーではない.

   これは相川さんは怒るから冗談でもやめたほうがいい.

   相川アキノリはシラけている.

   どこまでもどこまでもどこまでも自分が最高の演奏をしたいあくまでも個人プレイヤーの作曲家/作詞家にすぎない.

   つまり,相川アキノリは技術(technology)にしか興味がない.

   相川はとにかく自分の演奏が無事終わると満面の笑みになる.

   彼は絵にしか興味がない.

   自分の描きたい絵や音が彼の唯一の友だ.

   これは美の領域であり,オーソドックスかもしれないが,黒田清輝に似た稲妻さを感じる.迫力を感じる.

   唯一自己反省があるとしたら,西洋美術史/東洋批評史/世界政治史の論壇政治/game/世界政治に明け暮れて素人を遮断しあえて東京藝術大学/武蔵野美術大学/大阪芸術大学を中退した大西琢磨/古田更一/吉野うごくの限界を鋭く相川の眼光は静かに睨んでいる.

 ここに方向性や表現の違いがあるものの,そう半分は逃げられない.

  認めよう.

   吉野うごくも薄っすら認めている通り,相川アキノリのネオ幕府は大西琢磨の作品を超えている.

WordPress.com で次のようなサイトをデザイン
始めてみよう