月ノ美兎が生きづらい社会を作ろうと思う.〜若老害は切腹せよ!六本木を日本からデリートせよ〜

 Web Writer古田更一です.

   今日はにじさんじVtuber月ノ美兎が生きづらい社会を作るべきだという話しをしようと思う.

1,おばさんが老害は仕方ない

 おばさんが新しい時代についていけないのは仕方ありません.

   なので,悪でも仕方ない.

2,ヤンキーが若者は仕方ない

 ヤンキーが新しい時代を持ってくるのも仕方ありません.

   なので,悪でも仕方ない.

3,チー牛陰キャたちとオタサーの姫は国税泥棒 

 はい.結論が出ました.

   チー牛陰キャたちとオタサーの姫は悪です.

   怒りはない.

徹底的に月ノ美兎を排除した先に未来があります.

  社会に必要がない若老害がましてやぽるのビジネスで稼ぐのは労働意欲を削ぎます.

  排除してゆきましょう.

   もちろん次は早稲田大学の腐敗.ミズサーの排除.完全撤廃です.

   創価学会の皆さん,共に頑張りましょう.

AIをAIするAIの即効性.〜東京政治の壊し方〜

 Web Writer古田更一だ.

   先ほど陰キャなヤンキーより先に椅子取りをしたところ,ルサンチマンなのか舌打ちされた.

   これがヤンキーの限界だ.

   ハッキリ言えば,シンギュラリティは起きる.

   バカや屁理屈では話にならない.

   もっともAIをどう出し抜くか?という過度期における数学政治にすぎないわけだが.

〜情報designの重要性〜

  コンピューターの出した答えをどう編集するか?は非常に重要な問題だ.

   ハッキリ言って反知性主義な人間はメタバースにぶち込むべきだ.

   ようするに,シンギュラリティの重要性は増してゆき,ネコはメンヘラとして淘汰される新時代がやってきている.

〜YouTuberは精神病棟〜

 これから起きることはYouTuberが精神病院として機能することである.

   AIが人間の思考を代替する時代に人間がやるべきことは病気を治すぐらいしかないし,病気の偏差で知能指数に影響がくる.情報処理そのものはAIが代替しているのだから当たり前だ.仕事もすでにAIは様々に取り込まれてきていて,AIが民間にも届くのも時間の問題だ.既に企業レベルならAIは先進的なら必須レベルになりつつある.

〜abc予想という超数学は計量経済学を超えたか?〜

 世界最高峰に難しいabc予想は人間の手で作られた数学である.

   人為的な時点で数学は人間が発見した時点で人間の主観が紛れ込む.

   余りに政治が動きすぎているabc予想の利権問題は本作で理解してもらうにして,AIの限界は虚数である.

   整数を組み込んで行うのがAIだからAIはAIに裁けないような循環論的なパラドックスで矛盾は証明できる.

   AIは戦争を記述できない.

   人間と違い死なないからだ.

  よってAIの徹底こそ戦争を起こす不謹慎なのだ.

〈推薦図書〉

 今読むべき加速主義本

成田悠輔『22世紀の民主主義』

落合陽一『魔法の世紀』

初田龍胡『YouTuberのなりかた』

 今読むべきdesigner本

佐藤可士和、原研哉、ピーター・ティール

 今読むべきビジネス本

ニコラス・タレヴ『まぐれ』

山本一郎『ズレずに生き抜く』

古田更一『AIをAIするAI』

コミュニティ支配論解説.Web Writer古田更一.〜YouTuber化するシンギュラリティ〜

 AIが人間の知能指数を超えるシンギュラリティまで後1年.

   2025年から人間1人をAIが追い越すと言われている.

   車輪の開発が第一次,第二次世界大戦を生んだように,PCの開発がコロナ禍とメディアハザードを生む可能性は考えられる.

   artist稲葉くんのコミュニティ支配論は鋭い文化批評であり,いや文化人実践だ.

   その点で出版元の解説を載せた人間に支配されていることを重々理解スべきだ.

   artist稲葉くんのコミュニティ支配論はマクロの大きな支配とはナニカ?という哲学的な問いは消滅している.

   しかし,それは稲葉がバカなのではなく,稲葉が短期的な名声よりも長期的な哲学を模索した姿なのだ.

   このコミュニティ支配論はむしろ解説をつけた大人への挑戦状であり大人を批評した作品だ.

   だから,ボクは稲葉くんを解説しない.

   そして,稲葉くんのコミュニティ支配論の秘密はそこにある.

   メディアハザード化するシンギュラリティを書いて,本当に自分が書きたい哲学書を出せることをお祈りする.

   しかし,ゲーム理論的に言えば処女作こそ哲学かもしれないのだから!

 筑波大学超えおめでとう!

 キミはセカイに勝利した!

古田更一の本を紹介!日本破滅講義.〜artist稲葉解説〜

 欲まみれのクソ野郎をぶっ潰すということでどうも稲葉です.

  今回は古田更一さんの本を紹介してゆきたいと思います.

   本は破れ!本は破れ!を紹介しようと思います.

   めちゃくちゃこの本は役に立った.

   めちゃくちゃ役に立ったんだけど,特に重要なのはweb writerの章ね.

   ここね,めちゃくちゃ良いこと書いてあったんだよ.

   だからメディアの使い方がめちゃくちゃ書かれていて,文章は記号で論理操作だみたいなことが書かれていて,あとは英作文は英語の長文読んでからやることが多いしなおさら伝わることを重視したほうがいいっていうことを書いていてすごい参考になったなぁって西村博之みたいになれることが書かれていた.

   だから世界を壊すにしろあの色んな人々に伝わる必要があって色んな西村博之的なムーブメントをしなきゃいけないことが書いてあってとても参考になりましたね.

   古田更一の本の紹介は以上です.

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成田悠輔『学校選択制のデザイン』『ゲーム理論の社会学的応用』『計量経済学』が素晴らしい理由.

   ボクらはアメリカに通用する知恵が必要だ.

    イエール大学助手・成田悠輔の凄さはアメリカに通用する情報処理の高さだ.

  彼の専門的な著作を紐解こう.

  1,学校選択制のデザイン

 アメリカにおけるどの学校を選んだらその学生がどうなったか?の結論だ.

    退学者や落ちこぼれ出身でもすごいやつはすごい大学に入ったんだということが統計学から分かるらしい.

   実際にAIを利用して事務workをやっている私からも分かる話で,統計学は偏差を厳密に証明するsocial・scienceだ.

   もっとも成田悠輔のスゴいところは仕事が得意なことであり,助手クラスで生産性は構わない.

   成田悠輔は何が起きて何が何なのか?の情報designの天才だ.

2,ゲーム理論の社会学的応用

 題名は間違えているかもしれない.

   ハーバード・ギンタスの翻訳監修を行っている.

  翻訳で大事なのは英文解釈と教養だ.

  彼は予備校で英文解釈を学び,教養も身につけたという.

  思想はエートス,倫理がなければ論理は身につかない海外のカルチャーだ.

3,計量経済学

 イエール大学助手の経歴.

   計量経済学は様々な専門性やアドリブ性,天才性を求められる.

   本質的には細かいオセロの定石を大体覚えているだけだが,それは重要である.

  成田悠輔はマクロ経済学を極めたARTISTだ.

 もっともこれだけの情報処理はART力と言語化する他はない.

日本の美点.〜女性が頭が良いの先にある話し〜

 Web Writer古田更一だ.

   日本の民主主義は非倫理,キリスト教→近代からないため,基本的に表面を取り繕った.

  だから,基本的な作法ができて,IQ勝負になりあべこべに女帝社会を作り上げた.

   悪いとは思わない.

   なぜならば,女性の先にはAIがある.

   かくして政治家はネコになるならぬ日本人はネコになるが始まった.

   選挙はアルゴリズムになるならぬ日本はアルゴリズムになる.

   より右翼的に日本の美点を言えば,

 日本は統計学になり,日本人はアイドルになる.

   アイドル競争の甘いマスクで勝ち上がり,統計学的な偏差を理解した数学力が重要になる.

  

民主主義を駆逐せよ.〜死にそうな人間は死ぬと言おう.IQが低い日本人は非倫理だからキツイわけ〜

 Web Writer古田更一です.

    今日は民主主義をデリートせよという割とマジで大事な話しをします.

   以前に幸福の科学2世信者である私の弟子であるともだちだともと山上徹也vs坂口章論争がありました.

   テロリストこそが革命なんだと.

   しかし,ボクは今まで現場で革命を真剣に左や右,かたや海外,かたやYouTubeと様々に変えて分かった絶望的な結論は政治で変えるには日本人は論理性が低い,厳密に言えば,倫理,エートス,行為態度が足りないのだという結論になりました.

   だから,諧謔的にメディアでまったりと不謹慎な行為をする坂口章の方が山上徹也よりも世直しをしているとボクは結論づけた.

〜倫理とは何か?〜

 キリスト教的な神が見ているぞ的なあれです.戦後や新興宗教などは宗教性が気薄になりすぎている.

   ようは論理は倫理と様々に混ざっていますし,シンギュラリティが起きるまでくると,日本人の場合は自民党や仏教,神教などから改めて考えないと始まらない.

   残念でもなくその上で左翼や密教,リベラルです.

   宮台真司のダメさはクソフェミやネトウヨから逃げているお坊ちゃん.

  それはダメでむしろ自民党を徹底する他はありません.

  しょせん他の野党は野合であり,むしろ自民党内でどうやって麻生の傀儡である岸田文雄を蹴り飛ばすかという自民党内における革命が重要になってくる.

   となると,野党は意味なし.

   大事なことは自民党の徹底をして日本人の無宗教ゆえの宗教(タコツボ化や橘玲の日本人)性を自覚する無宗教性の貫徹でしょう.

〜非倫理は海外で成功する〜

 ひろゆきや成田の糞さは倫理という海外の輸入を冷笑するオタク性にある.

  日本人を理解するために重要なワードは冷笑と美学です.

  冷たく笑うメタ視点と無意味なハラキリに走るなどといったは美学のベタさは日本人を知る上で大切だ(社会学の古典ベネフィクト・アンダーソンの日本人論は重要でしょう)。

 ようは,ひろゆきや成田悠輔のレベルの低さをむしろ腹切り的なベタさとして読み替えることで自民党は再生するでしょう。

〜腹切りは不謹慎系YouTuber〜

 死にそうな人間が死にそうだと看破することこそ成田やひろゆきは焦ります.

  なんで余命5年のダースレイダーのしを冷笑し返したり,横溝ジョージの頭の悪さを素晴らしいと褒めると日本人は認知不協和に陥ります.

  ようは真ネトウヨになるには三浦瑠麗として貫徹するしかない.

   三浦瑠麗や松本人志,古市憲寿のノリをどう後継するか?

 中居くんも重要!

   むしろ不謹慎に三浦瑠麗を男でやる自殺美兎が重要になります.

 テロリスト・アイドルになることが重要です.

東大と京大から学んだこと.〜数学の重要性〜

 無口な東大生からは何かしらの天才に違いないと言われながら無視されて,お喋りな京大生からはバタイユみたいなド変態だと冷笑された.

   ここから分かることは,頭の良い東大生からは頭が良いからこそ警戒されて無視されて,そして頭の悪い京大生からは頭が悪いからこそ注目されて,がゆえに直接ディスられることだ.

   ここから類されるゲーム理論は東大生に注目されるにはどうするか?または京大生からスルーされるにはどうするか?である.

   ちなみに東大生は本は破れ!を読み,京大生はAIをAIするAIを読んだらしい.

   要するに,AIをAIするAIをフル回転で優先させて,本は破れ!を商品として軽視することが重要である.

  こうすることで東大は不要になり,京大のベンチャー性が重要になる.

   ようは読んでもどうしようもないようなプラトンを読んで読まなければいけないような受験参考書,基礎の基礎だけど皆が軽視するようなジャンル,英単語をしっかり勉強すべきである.

 結論,大学は弱者男性のものになり,強者女性が割拠する.

  陽キャ哲学より賢い陰キャ文学者がFPもとこより賢いポリシーウーマンの場所へなる.

   そんな時代にやるべきことは陰キャ文学の徹底であり,ポリシーウーマンの徹底である.

   簡単でどこまでも人間中心主義的にAIの勉強をすることだ.

   人間は人間であることを人間として演じきるべきだ.

   となると,美大ならば美術を徹底すべきだし,医学部なら医学部を徹底すべきだ.

    となるとボクは芸術文化学科で逆転オセロニアをメインに勉強したけどもmuseologyとdesignをしっかり勉強しなければいけない.

  だが,両方を貫徹するにはどうすればいいか?という話しになる.

  ここで代入すべきは東京医科歯科大学医学部というシンギュラリティと人間中心主義の間にある参考書とは何か?である.

   これからのヘゲモニー闘争は平和すぎるが,社会に底が空いた再帰性近代になるため(©社会学),受験勉強の徹底あるいは日々進歩するtechnologyをどう活用するか?というART的な問いになる.

   AIを信仰するのが常に無意識レベルでなるため,最低限program未満の文系数学の基礎は日頃から反復すべきである.

〜確率と図形〜 

 確率は単なる計算であり,図形はパズル的な問がある.

   バカバカしいが,ヤンキーはここが苦手で引っ掛ける.

   ようは確率と図形は日頃から意識して生きるとヤンキー対策になる.

〜データ・サイエンティストという詐欺〜

 恐ろしいことに数1A2B代行業は仕事になる.

   意外にできない人々は多いからだ(確率で挫折する人々が意外にも多い).

   そして意外と奥深く様々な別の統計を見る図形処理も問われるからだ.

〜数学リテラシーの徹底を〜

 当然だが,AIは不完全だし数学も虚構だ.

   数学やAIはメンヘラを治さない.

   だからメンヘラであることを自覚させるために数学教育は大切だ.

   数学の予備校講師的なノリが重要になってくる.

  いかに分かりやすくいかに個性を出していかに簡単に受からせるかが重要になってくる.

   ボクは大学数学はしぬほど得意すぎるため受験数学は苦手だ.

   役に立つ数学者を参考にしようと思う.

  ただし学歴は高くなくて.

   これでクレーマーやメンヘラ対策の政治は盤石だ.

   

超 陽キャ哲学は二世文学.〜アナタの思い出は終わったんだ〜

 反論します。

 この本は弱者男性の本です。

 この本はゆとり世代のフリーライダーの屑が終わりゆく団塊ジュニアの世代論、本を読もうね、東京でだらだら生きていこうねということを称揚していて、最終的に自分はゆとり世代の戦後の豊かな文化を浴びながら、その恩恵を権威にして一切努力もせずに、若者に寄生してゆく中身のない本だ。

 この超 陽キャ哲学は実現不可能。

 単にゆとり世代の昔はよかったという思い出を支離滅裂な論法で援用しているにすぎない。

 ぱくもとさんのようなメディアでペラペラと哲学がオワコン化している状態でフリーライダーしたいから哲学と名乗るような屑のヘタレが下部構造的に追いやられている人々を自分で追い込みながら、マッチポンプ的に回収していくというのが、コイツのやり方だ。

 彼が論理的ぶるのは、詐欺師の典型。

 彼は一切論理的ではない。

 なぜならば、本書を読めば分かる通り、自分は精神科医でもないにも関わらず、私を統合失調症と認定したり、明らかにぱくもとの方は論理が破綻。

 その癖、統合失調症が世界に必要だと自分でメンヘラ的なことを抜かしながら、自分の統合失調症的なところは免責。

 ようするに、自分で統合失調症であるとコンプレックスと誇りがある、典型的なヒトラー的症状です。

 また、或る弱者男性との対談を読めば分かる通り(YouTube上を捜せばある)、屑のような屁理屈を展開し続け、負けたことを既に認めている。

 ようは、初田龍胡と同じホモソーシャルな政治アクションを取る初田の下位個体にすぎない。

 私は初田龍胡や団塊ジュニアが展開するオタク的なもの、脱社会的な存在はゾーニング、淘汰されていくべきだと考えておりますので、初田信者である陽キャ哲学は批判せぜるおえない

 初田もその周りもオタクも屑ばかりだ。

 今、Z世代のお化粧をしている陽キャ文学な女性YouTuberあまみしゃけが泣いている。おカネがない、立場がないと泣いている。

 それは明らかに団塊ジュニア&ゆとり&男子校的なノリのホモソーシャルの男たちが自分たちの利権を維持するような屁理屈をして、カンナンとして男がお化粧をして社会的弱者である女性たちを救わないことを選択しているからだ(株式会社DeNAにおけるメタバースプラットフォームを昔研究したが,メタバースには限りがあるため男性がパイを奪うこともある)。

 陽キャ哲学は早急に初田信者を卒業してほしい。

 ぱくもととして、陰キャ男子としての自分から陽キャ哲学2 総括編として行動してほしい。

 もう、みんな、夢から覚めてほしい。

 社会は存在しない。

 そもそも近代国民国家は嘘でできているのだし、そこに戦後による再帰性近代、メタ近代、まあ簡単に言えば、近代社会の機能不全が戦後、ショッピングモールやコンビニ、モーターライゼーションとして現れて、郊外というものが生れた。

 その時代が、団塊ジュニア&ゆとり世代の思い出、近代はもう終わったんだと死ぬまで言い続けながら、余暇を過ごすだけの屑権威にすぎないんだ。

 今は違う。

 アナタたちはもうオッサンだし、年上として成長してほしい。

 近代を徹底した方がいい。

 今のZ世代はもっと大変だ。

 ゆとり&団塊ジュニア的な余暇を持たず、そして、AIが人間の知能指数を超えるシンギュラティに半分適応しても、若老害のアンタらに非適応不全の屑だと排斥される二重の苦しみ、文系的な団塊ジュニア&ゆとり世代からそして理系的なAI&YouTube的な資本主義、両方から搾取される構造になっているのだ。

 あまみしゃけを虐めているのは、アンタらだよ。

 女性のあまみしゃけと同じことをしているフリーライダーが陽キャ哲学にすぎない。

 アナタは年上として責務を果たせ。

 果たせないカンナン、古市典寿だとしたら、しっかり弱者男性として、あるいは、LGBTとして、あるいは、マイルドヤンキーとしての責務として貫徹せよ。

 

 アナタが都知事選に出ても、意味はない。

 

 ここで、宮台真司キラーである男は新興宗教二世でエリートを憎んでいたらしい。

 彼の母親が信仰していたエボバは反知性主義思想を展開していて、エリートに対する恨みつらみが単なるあなたの感想で日記に書かれていたらしい。

 ようは、中華未来主義で書いたけど、大川宏洋が大川隆法を憎みながらも、半場その意思を継いだ新興宗教を否定しても、新興宗教に似た山師的な言動やコミュを作ろうとしていることからも、アナタもしょせんは宮台真司キラーや大川宏洋のような歴史修正主義の転生したい新興宗教二世が反知性主義で政治展開をしているにすぎない。

 もっとも創価学会が悪いという話をしているわけではない。

 単にアナタは結果的に若者や弱者たちを上の立場から抑圧して、マッチポンプ的に創価二世の新たな遊園地にですね、のび太くんたちを囲い込むドラえもん的マッチポンプをやっているメタバースにすぎない。

 

 ハッキリ言うと、アナタは大川宏洋と同じ父を憎みながらも、父を愛している自他のロジックで認めた統合失調患者の屁理屈、池袋哲学というメタバースにすぎない。

 今後、AIの飛躍的上昇により、ゆっくりと東京の価値、東京の利権、東京の土着民たちの文化は淘汰されてゆきます。

 アナタこそ息子にすぎない。

 そして、池袋は社会に必要がないし、哲学も批評すらもこれからAIの時代になって、人間が人間として考える時代は古いため、意味はありません。

 もっとも、私の盟友であるFPもとこさんが著書『能動経済 さらば偽りのモルヒネ世界』で看破した通り、陽キャ哲学はとどのつまり現実逃避のモルヒネ、まああまみしゃけが普段行っているOD、オーバードーズと変わりません(ボクは訂正不可能性性の文学で書いた通り、一貫してあまみしゃけには褒め殺しです。理由は彼女は神奈川の土着民であり、私は郊外出身だからです)。

 むしろ陽キャ哲学を吸った人々が後から適応不全になったり、おかしくなるのは、当たり前で、単なる論理展開の支離滅裂な文芸にすぎない、ぱくもとさんの著 陽キャ哲学は。

 だとするならば、YouTubeはあえてシラケて、されど、書籍では洗脳社会を解説し、最終的に岡田斗司夫の評価経済をSTANDARDに権威として掲げるFPもとこの隠さない老害さの方がマシだ。

 言っておくが、初田龍胡は明白に嘘を言っている。

 私が陽キャ哲学にやられた虐めと一緒で、まあ政治的妨害と同じで、FPもとこの書籍をよく読めば、彼女の本は明らかなモルヒネ批判、YouTuber批判であり、一番書籍としての文章能力があるのは、初田よりももとこ氏だ。

 もっとも厳密には、FPもとこは老害、どうしようもない。

 されど、その老害は後で始末することにしておいて、今問題となっているのは、老害として居座っているポジションを張っている方が世の中はそういうものなのだということでちゃんと社会は存在するわけです。

 だけど、陽キャ哲学&初田龍胡、まあ駒場&創価二世的な東京お家芸の連中には、自らの若老害さを隠す身振りがある。

 それは非常に問題です。

 ボクはメンヘラ研究でですね、プロ弱者の女性たちと頻繁にデートしたり、取材しました(ChaosForestProjectでYouTubeを中心にたくさんのメンヘラたちと話してきました)。

 ぱくもとさんが批判したプロ弱者・藍原タユも調査しておりました。

 ハッキリ申し上げると、アンタらゆとり世代が社会に貢献せずに、それでも社会はあるのだなどと支離滅裂なことをのたまうから、Z世代の女性たちは苦しんいるわけです

 ♀と同じ行動をとる屑が、♀の居場所を奪っている。

 もっともそういう目でポジションをとられる藍原タユ的な屁理屈的女性に問題があるのだというぱくもとの主張は分かりますが、ひろゆきの表面の政治は回っても、経済は回らずということでしょう。

 ようは、ぱくもとも藍原タユも、あまみしゃけのような透明な空っぽのドールになりたがっているわけです。

 問題なのは、理論的教祖も二世信者や女性だとしたら、ドール、透明な存在、楽な猫になりたがっている。

 だけど、ボクは昨日、放送で話した通り、成田悠輔先生をですね、半分尊敬しているからこそ、彼のことを可哀想だと思います。

 ボクはロードバイクで友達と遊んだり、たくさん意味のある体験を友達としてきたけれど、成田さんにはそういう体験がないから、ぼっち、AI的な振る舞いを取れるんだと半分尊敬と半分可哀想だなと診断づけております。

 成田悠輔は女性のパイを奪っているドール、男の娘にすぎない。

 成田悠輔は確かに可哀想な男の娘だが、だけど、それが資本主義でウケるのだということで免責されていい話じゃあない。

 本来あるべきだった女性の産業を奪っていることは自覚すべきでしょう。

 もっともそれならば、古市もぱくもとも成田もひろゆきもLGBTか男の娘哲学として認めるべきです。

  もう一度言います。

 社会は存在しない。

 東京の土着民であるぱくもとさんにおけるビジョンが壊れようと家族が壊れようと、それでも日本はなんとかやってゆけます。

 文学YouTuberぱくもとさんの世代的な実存、思い出でもう語るのは見ていられないから、アナタがいい年してオジサンのクセに陽キャだとか哲学だとか嘘を偽ることが余計にアダルト・チルドレンたちを量産し続けているわけです。

 ぱくもとさんの囲碁がどうたらとかようこそ実力至上主義の教室へだとかそんなくだらない実存、思い上がったあなたの感想、思い出はどうでもいいんですよ。

 もう社会は存在しないんだということをしっかり認めなさい。

 ガキじゃあないんだから。 

 

 まあようは、批評は大学信仰、東京ノスタルジーは知識人期待論ですよ。

 思想なんかなくていい。

 アナタのですね、思想があるかないか、それとつながった底辺YouTuberうんぬんという矛盾した自虐は、アナタが池田大作を裏では実のところ尊敬していることの表れ、アナタのようなダサい陰キャがですね、社会を悪くしているんだ

 ぱくもとさんね、アナタのような陰キャはこれからも社会を悪くして、アナタ自体が社会を壊してくれて、結果、初田龍胡のような屑にですね、利用されて一生アナタは彼のような思想がない屑にからめとられていくんですよ、そんな人生でいいんですか?

 ははは。

 思想があるかないかは、どうでもいい。

 アナタは思想を使って、楽をしたいだけだ。

 思想を侮蔑した反知性主義者にすぎません。

 今ゆとり世代の先輩方が才能を失う中、ただフリーライドで哲学を名乗っているだけのこういう思いあがった知識人とLINEでやりとりしたけど、逃げられました(笑)。

 帰りなさいよ。

 ◯ぬまで初田龍胡という屑をですね、尊敬してなさいよ。

 

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太田龍一さんでも分かる不謹慎系YouTuberのなりかた(超 陽キャ哲学)

 YouTuberブームが終わって右翼的なポスト平成翼賛会が終わって今はシンギュラリティを本当にベタに我々は生きている.

 ゆとり世代はこの流れから逃れきれない.

  

 陽キャ哲学が悲鳴を上げているのは煽りぬきに手遅れで彼はこの2,3年シンギュラリティが分らず生きてきたから年齢の限界に差し迫っているのだ.

 シンプルに言えば,1つ目,戦後中流の遺産や体育会系的なノリはもう古い.

 戦後中流の遺産は減り,SNSの多様化により星野源&ドラえもん&古市憲寿よろしくTV的な統一的メディアの力が弱体化しているからだ(作家はいらなくなり情報処理がAIのdesignに必要なだけ).

   2つ目はAIは当たり前のように実装されていること.

   私は普段AIを活用して仕事をしているが,これからはAIは合理的な道具にすぎずAIはフル活用して当たり前だし,日常レベルでもYouTubestudioのアルゴリズムなどのUIやYouTubeのUIが加速し続け,魔法の世紀をベタに生きているからだ

(こうなってほしいでなく,こうなるにすぎない).

 こうなると不謹慎系YouTuberまみれになり,治安は悪化し,ますます人間の価値は大幅に下がる.

   最後に落合陽一は単なる当たり前を記述した文芸評論家にすぎない.

   AIなどを紹介した落合陽一ですらもう最新のメディア環境では当たり前で古すぎる.

   ここで最後に難解で難しいのは,落合陽一→成田悠輔の流れである.

   technologyの発達に反抗するように東京大学はまだあるんだという極めて人文知的な抵抗が資本の力で行われた.

   もっとも東京大学は已に利権を取りたい人々とその利権に憧れる生活保護自給者の巣窟に過ぎない.

   信じられないかもしれないが,本当にそうなっている.

   もっともZ世代にメンヘラという言葉が流行るわけは若くても実存的には意識高いAIの時代に実存的にも実力的にも人々は耐えきれないからだ.

  →よって,医学部YouTuberが流行りメタバースプラットフォームは精神病院となり,人間は人間の人間のための政治を行うようになる(逆転オセロニア化する国家や大学,企業.人々は電子の子宮に暮らし続け,ゆとり世代あたりからは非AI適正者を若老害介護する時代になる).

   が,政治はあくまでも化かし合いでお化粧だ.

    AIアルゴリズムの裁き手は本当にベタに平成やゆとりを柔らかくさばきZ世代に潜む強権派を強く裁くだろう(近代的自我に当てはめるならば,AI適正の低い人間は人間と良くも悪くもカウントされない).

  〈追記〉

 本は破れ!で追加された若老害向けの解説章を解説しよう.

   作家は本当に意味をなくなり,人間主体からAI主体の情報演算にスライドする.

  人間が人間で頭の善し悪しを競うと政治になり差はつない.

   そんな時代はWeb Writer的なノリに価値観はスライドする.

   戦後カルチャーは全て感傷マゾになる.

   アニメや漫画は哲学的には無価値である.

   学歴も権威主義以外の価値はない.

  逆に言うと人々がメンヘラ化するから,感傷マゾには気をつけたほうがいい.

 

   AIを使い倒すか使い倒さないかで肉体も精神も年齢の差がでる.むしろパラダイムが180度変わった意識ぐらいは重要だ.

 

若者を虐めて,宗教を称えるべき理由.

  荒れ果てた郊外しかボクラにはないわけよ.

   ボクは東京大学に合格するぐらいの情報処理を持ちながら,オタク,月ノ美兎にハマっている.

   ジャック・デリダという哲学者は脱構築という言葉で屁理屈が思想になりインテリになれるんだと言った.

   ボクはどんどん楽して生きていきたいし,若者はしねばいいと思う.

  最近の若者は本当に不甲斐ない.

   しねばいいと思う.

   社会的にコロしてしまいたい.

   らくしてだらだら生きるボクの人生に落合陽一や成田悠輔という邪魔がうまれた.

   ふざけんな.

   オレが王だ.

   宇野常寛は最低な陰キャだ.

   オレはマジで人をころしてでも自分の利権を守りたい.

   これが若者虐め哲学であり,宗教がいかに素晴らしいかであり,オレがなぜ陰キャ文学を愛しているかの証明だ.

   あ〜酒を呑んで今日も不倫相手に甘えるとするか.

 月ノ美兎はオレのもんだ.

 金を持ち力を持つオレが若い女を手に入れる.

 まあ陰キャだからオタクはギャグ,だから月ノ美兎より狙っている女はいる.それは陽キャな美少女である.

東京論壇はインターネットの文系男を殺しにくる.

 大変なことになった.

    ネオ幕府の相川さんが完全な経済合理性で動くbotの猫になってしまった.

   詳細は話せないが,彼は悪を冷笑しながらも悪を褒め殺しで持ち上げる医学部ツイッタラーたかぴすよろしく東大理三ルシファーを持ち上げて冷笑する系に挟まっている.

   ようは権力に相川は完全に屈してしまった.

   経済的合理性というヘタレな屁理屈によって.

    今後起きることはゆとり&Z世代のカルチャー&インテリ界隈の崩壊である.

   逃げ切れない彼らは短期合理に走るが,根本問題が既得権益とネオ幕府の相川なため,もう短期合理でFPもとこを殴ろうとプロレスでは意味がない.

   しかし,このままいくと陽キャ哲学&初田の周りにいる女子供も全員しぬことになる.

   既得権益&相川に抵抗したのは2023年不景気だったもとこ&古田である.先にリスクは勝った.

   構造的にヤクザを倒すのはマシなヤクザだ.

   大丈夫,刺されても不倫して懲戒免職になる宮台真司がヤバいんだから既得権益は本気で陽キャ哲学&初田をぶっ倒す気でいるだろう.

   そのヤクザの舎弟でイキがる小物なネオ幕府の相川という図式である.

   本気の本気で既得権益はぱくもと&初田をコロす気でいる.相川はうふふと蝶々と遊ぶだけだ.

   だらだらしたいが,長期的に限界が来るネコの相川が挑発をし続けるだろう.

   この戦いで大事なことは崩壊を加速させよ.

   刺されて不倫して懲戒免職になった宮台真司のお言葉だ.

   糞社会はこわれるまで壊れるしかない.

   もっとも陽キャ哲学も初田もハンバ同罪である(ハンバどうでもいい).

 構造的にやらないといけないのは,既得権益の打破である.

  ぱくもとさんは撤退戦でもいい,相川は失せろ,消えろ,黙ってろ,初田が急激な攻めに発信し,

 もとこ&モザイクたちは後ろからたくさんの援護射撃でオルグしたほうがいいかもしれないとは私は言わない.

   徹底的に冷笑してゆこう.

   冷笑を冷笑し冷笑すれば冷笑は消えるのだから.

 〈追記〉

 もっともぱくもとさんがネコになる可能性は大だ.そうなると,既得権益&相川&ぱくもとvs初田になる.しかし,もしそうなると一番裁かれるのはぱくもとさんになる.既得権益&相川より逃げ切れないからだ.

  

宮台真司『権力の予期理論』〜東京大学は偉いのだ〜

 暇つぶしにはちょうどよい社会学の古典だった。

 

 うーん なんかね 灯台が偉いよって話でした人間が偉いとだけどもうそれ 限界があると思う人間が偉い なんてことはないです AI の方が偉いです AI のが偉くはないかもしれないけど 論理的です 人間の力だけでやっていこうよ って書かれてんだけど 結局最終的に東大の先生のこと ありがとう

でも なんか 古典的価値もあって まあ アクティベスター ね アクティビスト そうそうそうそう 入ればさ 政治力手に入るわけよ 政治力がねそういうだからむしろ 権力ってものを手に入れるんだったらなんか自分は論理的ですよってなんか アピールで2個目はその先生が褒めてくれそうな感じで3番目はそうだね こうどれだけ消せるか 個性を取るだけするか 個性を消してるわけよ すごい個性を消してるね すごい だから 労働経済とかさ 個性 経済学とは 対極 だよね 対局にあると思う 対局にあると思うんだろうね いいと思うよ おしゃれなんだよね 自分以外に見せるかっていうさ アクセサリー なんだよ いいと思うよさ 勉強できるようになるわけよね 経緯 ってものはどうなってるのか っていうさ仕組みについて結構かなりあの勉強できるねそう ダメなんですよ はい。

〈追記〉

デミリットは刺されること、嫌われること、コロされることだね。こうまでして権威主義者のアクティビィストになりたい人々は多いんだろうね。あるいは、AIの発達が裁いたのかもしれないね。

日本の美点

〜陽キャ哲学というあからさまな嘘〜

 皆さんに真面目に聞いてほしい話がある.

    超 陽キャ哲学なぞというものは真っ赤な嘘,適応不全の屑ということなのです.

   ただ超 陽キャ哲学を提出したぱくもとさん自体を非難したいわけじゃあない.

   あくまでもボクたちは超 陽キャ哲学みたいなものにすがってしまう.しかし,すがってしまうがゆえにアレはダメなのだということを理解してほしいわけです.

〜社会に底は空いていた〜

 4年前からの分かっている視聴者である太田龍一さんから本は破れ!における社会は存在しないはそんなに重要か?と問われました.

 その通り.

    しっかり最低限の学問を理解していれば,社会は存在しないことは明らかであり,良くも悪くもぱくもとは適応不全のヘタレにすぎない.

    元々,社会学という学問は急激に現れた嘘,国民国家や近代化,テック化によって村や共同体が壊れてゆき,虚構である社会という嘘をどうやって維持したり修理するか?という学問だからです.

   だから,元々のところ,近代国民国家ごときの薄い共同体に穴がたくさん空いていて非友情空間は当たり前.

   もっとも女性や弱者男性であるぱくもとさんの言い分は分かります.

   なぜならば,そのような真実に気づかせない田園都市線的なマーケティング,コピーライト,ブランディングは今の商業化されたアカデミックにおいて大事なメタバース産業だからです(市場があったら仕方ない).

〜まったり嘘で暮らしてゆこうでいいのか?〜

 私は昨年からデュラララvs呪術廻戦という世界観を提唱しています.

   逃げ切るしかないヘタレなゆとりおじさんや東京人はデュラララ的な平和ボケしたヤンキー論壇を行い,もうあっぷあっぷで死にそうな地方やZ世代の若者は必死に戦いへ往くしかないのだと.

   ここで大事なことは社会学では基礎の基礎,マルクスの下部構造です.

 ゆとりや東京の逃げ切りもZや地方の足の引っ張り合いもしょせんは経済的下部構造の摩擦,単に金の切れ目が縁の切れ目,経済が廃れて人々が分断している自己最適化の流れにすぎません.

  だから,ぱくもとさんが超陽キャ哲学を刊行し月ノ美兎が今0年代のアニメへメタバース的に逃走しているのも概ね予想通りであり,もしアナタが弱者や女性ならば彼ら彼女らの行動は責められないでしょう.彼ら彼女らは弱者なので自らの最適化で良くも悪くも必死だからです.

   ネオ幕府の相川や元電通のQが未だに若老害化し私をこき使おうとすっとぼけるのもデュラララ的なゆとりのノスタルジーな逃避です.

 こうして自己最適化に走る屑たちは年下や女性,地方から見離れてゆきます.まあ当たり前と言えば,当たり前.経済優先して政治回らず.人は追い込まれたら,政治をやっている暇はない.もっとも弱者の陽キャ哲学さんを何も批判したいわけじゃあない.あくまでも相川もぱくもともメタバースを展開し逃げ続けるのは構わないけども,その嘘が2次的な情報の不透明さや混乱,インフォメーション・ハザードを生む二次被害に処方箋を与えたいわけです.

   ヘタレで賢いぱくもとは放っておいて皆さんに読んでもらいたいのは,呪術廻戦.

 セカイをただただ破壊しようとする弱者男性の宿儺が若者たちに取り憑いて,革命を起こそうとする両義性のある作品だ.

  ここで難しいのは宿儺は悪として描かれていますが,実のところ作品の裏に紡がれているのは宿儺の愚かさこそが革命の希望なんじゃあないか?という話しです.

   私は以前に中華未来主義という本で4人のSNS人権活動家を紹介しました.

  彼女らは確かに自己最適化ばかり考えたり自己中心的な屑ばかりかつステレオな綺麗事をほざくばかりの頓馬ばかりですが,彼女らの厚かましさ,図々しさ,屑さは非常に両義的な当に特例呪物です.

  まるで自分がここまで屑になったのは愛する社会がこうしたんだと言わんばかり.

 この彼女らの屑さが却って文学として昇華されている希望な絶望がそこにあるのです.

〜それでも社会は存在するか?〜

 ボクは彼女ら中華未来主義者たちに一定の共感やシンパシーを半分は持ちます(半分はもちろん残念感ですが).

   では,経済に走る逃げ切りの屑どもと政治に走る逆ギレの屑ども,一体どうすればいいのか?

 話しをややこしくしているのはテック化です.

    今更TVではないし,今更大学では流石にない.

   ダサい層や保守層,屑がTVや大学に残るのは仕方ない.

   もっとも女性や子供,地方の人々がTVを見たり大学を信じるのは仕方ありません(マクロは共に半分破れて当たり前).

   話しをややこしくしているのは社会学者・宮台真司先生が刃物で刺されたこと.そして,不倫をし大学を懲戒免職にされるほどの屑具合です.

  この点で特例呪物である不安商法の陽キャ哲学ことぱくもとさんに同調します.

  宮台は屑であると.

  しかし,それは言葉で屑を批判する美辞麗句を語る宮台と理屈で屑を批判するコピーライトを語るぱくもとさんが実は同じなんだという事実にすぎません.

  だから,ボクは刺されてもなお不倫をし大学を懲戒免職になる屑すぎる宮台真司をそこまでぱくもとさんほど同族嫌悪はできません.

  むしろ宮台真司やぱくもとさんみたいに革命の現場をたくさん見た私は余りに悲惨な状況や余りに理不尽極まりない秀才の末路を見たため,倫理として私は頭の悪いふりをします.

 ボクがSNS上であえて不謹慎系YouTuberを振る舞うのも分かりづらいからでなく,天才だからでなく,単にメディアはマッサージだからです(マクルーハン).

 メディアそのものが嘘の時に,当たり前の綺麗事を語るのは頓馬です.

  もっとも宮台真司はもうお年を召してしまい,環境情報に適応できなくなっただけで,彼の屁理屈なコンテキストは今でも十分有効でしょう.

  これから起きることは陽キャ壊しな男尊社会と陰キャ治しのような女帝依存社会でしょう.

   もっともゆとり世代でまったりしてきたネオ幕府さんやオタクで陰キャを文学だと言い張りたいミズサーのデュラララさを無下に否定したいわけじゃあない.

 もちろん特例呪物を止揚する呪術廻戦は茶番.

   大事なことはメディアは嘘であり,がゆえに日本の美点としてむしろシニカルに遊ぶことが重要なのです.

月ノ美兎でも分かる訂正不可能性の文学~あまみしゃけのなりかた~

 今日は弱者をメインに話そうと思う。

 やっぱり年上の女性でもカワイイ人はいるね。

 入れ替え不可能性が高いことこそが恋愛の醍醐味だよね。

 自分との関係性を感じる交換不可能性にしか本当の愛情はないよね。

 ボクは昨年、東京の論壇の下っ端をやってきましたが、屑ばかりで既得権益で終わっていた。

 そういう状況に勝つために書いたのが、この訂正不可能性の文学である。

 女性YouTuberになる方法を書いたわけね。

 あまみしゃけという頭の悪いフリをしているZ世代女性の秘密を暴くことで、月ノ美兎さんでも若返ったりこのディストピア化した東京の男根政治から逃げることが可能になるという。

 まず、大事なことは、歴史の理解だ。

 古代、中世、近代、ポストモダン、シンギュラティという歴史の流れがある。

 ここで更に大事なのは、社会学である。

 大学は近代に生まれたからだ。

 社会学は大きく学ぼうという理性主義から生まれたものだ。

 中世の頃にバカが暴れたり宗教で暴れたり非理性的で科学が発達していなかったからだ。

 中世の政治性を突破するために大学というものが生れて、近代が生れる。

 簡単に言えば、理性的であったほうが生きやすいということだ。

 屁理屈の政治を突破するために。

 で、現代ではAIが人間の知能指数を超えるシンギュラティが起きていて、ハッキリ言えば大学は破壊した方がいい新しい時代、adoさんの言う新時代をボクらは生きているのだ。

 だとすると、社会学という近代に生まれた比較的新しい学問、400年ぐらいしか厚みのない学問が哲学と同等レベルの権威や教養になってもおかしくない。

 私は仕事柄AIを使うが、AIは全ての仕事を奪うわけではない。

 むしろAI化はAIに淘汰されない文系学問の重要さ、基礎的な情報処理を際立たせる面もある。

 そうなると、400年の歴史サンプルしかない新しい学問である社会学はむしろAI批判として良くも悪くも機能する。

 老害が悪用し、意識高い系が善用するにしても、大半の人々は社会学という悪意と善意に苦しむはめになり、女性はより不利かもしれない。

 だから、理屈は知っても、今日は重要な社会学を知ってもらおうとは思わない。

 そうじゃあなくて、女性でも分かる訂正不可能性の文学ことあまみしゃけのなりかたから月ノ美兎さんやそれに憧れる女性たち、そして、田舎の高校生や大学生たちを救えたらなと思う。

1,まず買わなくてもいいように本の即効性の役に立つ結論を3点抜き出そう。

池袋を全否定すること、そして、あまみしゃけに陰キャ男子たちがなりたいという良くも悪くもな現実を知ること、そして、最後にあまみしゃけを三浦瑠璃としてジャンルダルクとして称えること、これである。

 まず、なぜ、池袋が問題かと言えば、池袋は大人帝国だからである。

 クレヨンしんちゃんのモーレツ大人帝国は宮台真司の大好きな古き良き昭和の洗脳を浴びた大人たちが終わりなき日常にハマっていき、大人が皆子供になって現実逃避をし続け、シンちゃんたち春日部隊たちが大人をさらった本当の大人を倒しに行く話だ。

 37,39才が未だに若手論客として活躍しているのがテレビやテレビの二軍である日テレやAmebaの現実だ

 それが古市典寿であり成田悠輔である。

 ひろゆきの思想もプロ奢の思想も子供になろうよと言っているにすぎない。

 もっともボクは古市も成田もひろゆきも嫌いではない。

 が、池袋的なノリの危険性もあり、皆が皆子供になったり、だらだらしていた大人が急に成熟を急ぐと、シュリンクしたり人間関係の交通渋滞を起こす可能性があるのだ。

 ようするに、今の既得権益とは、大人が子供なのだ。

 では、そういった現状をどうすればいいだろう?

 ヒントはあまみしゃけ批評をモザイクたちが行うことだ。 

 なぜならば、あまみしゃけの手法は即効性が高くアンチフェミニズムや弱者男性たちこそむしろあまみしゃけのポジションをとり、あまみしゃけになっちゃう女装を脱構築し、ハイパー転生するべきなのだ。 

 大人を放棄した結果、生まれる捨てられたアダルトチルドレンたちの子供が弱者男性になるのだとしたら、自殺美兎ならぬあまみしゃけボーイへなったほうがいい。

 子供たちよ、あまみしゃけになろう。

 ちんこ、ちんこ、ちんこ言って楽になろう。

 こうすることで、オーバードーズならずオーバーなボイスを聞かせることで、育児放棄された子供たちは春日部隊を作ることができるのだ。

 では、あまみしゃけ本人はどうすればいいだろう?

 池袋の哲学とはとどのつまり陽キャであれという開き直りにすぎない。

 だとするならば、あまみしゃけはあまみしゃけを卒業し、ポスト三浦瑠璃として大人として自立し、自らの知能を世間へばらまき利他の精神で人々を扇動すべきである。

 ようするに猫のポジションを取るには猫のポジションをインフレ化させて猫から猫のポジションを取るべきなのだ。

 こうすることで、1000人のあまみしゃけたちが池袋を破壊し尽くし、大人たちの目を覚ます新しい三浦瑠璃の女王様が君臨し再生した池袋の時代がくるのだ。

 

 2,詳しくは本文を読んで欲しいが、あまみしゃけの手法を紹介しよう。

 あまみしゃけはとにかく人の話を聴かず、相手の言葉に「、」を入れる屁理屈という非成熟を得意としている。

 それで中では大人の脳があるんだから、よりたちが悪い

 ようするに、これが表ではポジティブで、裏ではネガティブという偽善と冷笑の共犯関係である。

 もっともあまみしゃけの冷笑の良いところは、シンプルながら、同じ冷笑使いを前にしたときに圧勝できるところにあるのだ。

 3,自殺未遂をするような早稲田文学部の女性を操る悪魔にキュアロラン・バルトという男根政治を展開する男がいる。

 その悪魔を止められるのは、FPもとこさん、アナタしかいないだろう。

 是非、能動経済でアクティブに多動力しまくり、男根政治を追いやってほしい

 本作では生物学という屁理屈の中華未来主義こそが男根の加速主義者たちを追いやることや初田、外山亘一kidsといった様々なタームから男根政治者たちの倒し方を描いている。

 是非、本文を読むか、解説動画を見て、1000人のあまみしゃけという猫たちが猫を大人にする新しい時代を作ることをボクは期待している

 

 

超AR時代のビジネス論2〜社会学のお勉強は足りてますか?〜

 Web Writer古田更一だ.

    今新たなる革命のときがきている.

    それは2025年における実現したシンギュラリティである.

   カーツワイルや落合陽一,関係者曰く良くも悪くもAIが人間1人の情報処理を超えると予測されている(人類全体は2045).

   これにて東京大学とAIが相殺されて,東大は半分は緩やかに死滅するだろう(田舎が負け犬は半分嘘でむしろ筑波大学よろしく茨木のようにテック化に成功したコンテナのような県はむしろ優位になる).

 もっとも完全には東大は死なないし,人間の大半はやっぱり実存の壁が突破できないしARTとして大学的なナニカは残るはずだ.

   そこで有効しされている学問が社会学である.

〜社会学を使い倒し,ビジネスパーソンは飛翔せよ〜

 AIが仕事に活用されて久しい.

   ChatGPTにより失業し,事務職に転職したところ,AIが已に組み込まれてもなお残るような業務だったわけだ.

   ようは,AIで死なない職とAIで死ぬ職があり,大体直感的な話しだと,ざっと3〜5年で転職しまくるフル活用する視野は重要だ(リミットは3年.2024〜2027までこのフェーズ,AI時代は続くと考えて良い).

   もっともAIに駆逐されない学問に政治化された社会学がある.

  これからは古田更一に祝杯をで書いたが,人文知界隈がAI失業を已にしていて政治家になるディストピアを言語化した.

   だから,暴徒化した文系諸君を治療するにもこちらから駆除するにしても社会学は完全に極めないとキツい時代がやってくるのだ.

   なぜ社会学が残るか?と言えば,ポストモダンより簡単な学問であり,が,アンチ学問的な機能を持つ横断性がある知見だからだ.

 むしろその横断性は活用できる.

1,マルクス,ウェバー,コントなどはまず暗記するレベルに叩き込むべきだ.

2,宮台真司&古市憲寿は出来る限り,避けるべきだ.学問としてのオーソドックスな情報処理を大学学部レベルで計るということで指摘している.当然東京大学医学部やポストモダンの哲学書は両方お受験&文系として淘汰対象である.

3,社会を維持するのが難しい現実の向き合い方として宮台真司&古市憲寿はむしろ逆張り的に今こそ沢山浴びるように読みリスペクトすべきだ.

 〜若老害化するゆとり世代〜

 昨今,周りのゆとり世代の年長者たちが壊れて言い訳ばかり揚げ足ばかり募るようになっている.

  これは若老害化であり,ゆとり世代の平成でだらだらやっていればいいんだ的な戦後TV的ステレオ,星野源&ドラえもん&古市憲寿的な世界観に限界が賞味期限きている.

  えぐい話しをするが,古市憲寿は成田悠輔より上である.なぜならばTVタレントとして先に成功し先に様々な有名人と仲良くなったのは古市憲寿だからだ.スワンプマン2.ソックリな立ち位置の2人は偽物同士,お互いにオマエが弱者男性だと言い這うが,残念なことに東大の成田悠輔がTVタレントとしては格下で急変ー,ルサンチマンを抱えた成田がけしからんと急激にアカデミック化するおバカさをこれから見せることは予測される.陽キャな哲学者を成田は名乗るようになるだろう.

   様々な若者に寄生して自らの力を蓄える評価経済の実践をもとこ論壇もとい能動経済と呼ぶ.

   しかし,社会に底が空いて(©社会学)屑人間たちが裁かれる日には,能動経済化した文系やヤンキー,東大といったわけの分からぬことが発生するのだ.もとこのように開き直った人間が若者に援助を求めるのでなく,文系そのものがパイの奪いあいを下にすがりながら,シンギュラリティは存在しない!と抵抗、あるいは©された冷笑的シンギュラリティを様々に言い合う弱者男性化されたゆとり世代が起きるのだ.

〜Z世代の急速な学歴キャラ離れ〜

 これは踏み込んだ予測も含めるが,大学院生YouTuberたちが成田とともに復讐にくるかもしれない.偽物は偽物でもシンギュラリティには多少なりとも適応のあるデジタルネイティブなZ世代は学歴キャラというゆとり的な権威に寄り添う古市憲寿的なロンダ的効率性を捨て去り,落合陽一的な意識高い系へスライドできる.もっとも落合陽一的な世界観に寄生するわけだから,自らが古市憲寿くんになり沢山のドラえもん&星野源のキッシュなbotがかくもネコのように量産され成田悠輔は成田悠輔に成田悠輔で埋もれるというわけだ.

   この加速主義的流れは全てにおいて保守と革新の対立構造を生む古市憲寿vs落合陽一的な対立項であり,Z世代に当然今回は優勢にチャンスがあり,ゆとり世代は大人として責任を払わなければいけない.

  この対立項を突破する鍵が社会学の徹底だ.

  手遅れな人間たちは徹底戦でまったりするしかない.

  意識高い系は学問としての社会学をたくさん読み直し(あるいは大学で私塾で社会学者に直接講義を受けて),意識低い系は死なないために最低限は社会学的フレームの本を1冊熟読する情報design力を磨くことが多様化されAI化されたビジネスにおける人間の力になる!

ゆとり世代の屑どもは退場してよろしい

 拝金主義のヘタレでしかない小利口な屑どもが最近YouTuberブームが終わってメンヘラまみれでざまあだよね.

   当たり前.

   しっかり学問を理解していないのだから.

   シンギュラリティで大学が終わろうと,エートス,行為態度は歴史の視座として残るからね.

  これはAIをAIするAIを書いたときのボクの裏側の気持ちで最もそんな屑なゆとり世代に共犯的にへこたれるZ世代の屑どもも退場してよろしい.

   これがボクの一貫した態度です.

   非公式見解に言えば,脱社会的な人間を包摂する共同体は必要ない,そういう意味でボクは社会は存在しないと言った.

   私がなぜ本は破れ!で美が大事と評して不謹慎系YouTuberを褒め殺ししたか?

 糞だからです.

   日本人は糞だからこそ不謹慎系YouTuberこそが相応しいからです.

   捻れた美が日本にはある.

   屈折した日本の現像としてまあ女なら月ノ美兎wだよねと申し上げているわけです.

  

   だからメンヘラや陰キャ,フリーライドをこじらせて,不謹慎系YouTuberの炎上騒ぎにいちいちケチをつける輩は退場してよろしいと.もっとも冷笑的に褒めながら裏でけなすような官僚連中のヘタレどもも退場してよろしいとそう申し上げているわけだ.

   ちゃあんとエリートは少数は運営者側としてプラットフォーマーとして薫陶を受けなければいけない.

  しかし月ノ美兎wを含め昨今の加速主義者たちは屑なんでバラバラに破壊してやらないといけないぐらいに拝金主義的に社会を壊した屑メンヘラだとは言わざるおえない.だとするならば,中華未来主義的に不謹慎系YouTuberを称揚する他はない.

   中華の未来へ転生する他はないんだとアナタたち屑には申し上げている.

   もっともこれだけ話すと,私はめちゃくちゃネットで嫌われています(笑).

   メンヘラや屑という言葉が嫌いならば,月ノ美兎でも良いですし自殺美兎でも陰キャ文学でも良いですよ,単に定義をぼかすかハッキリさせて個人を批判するかの違いだ.

   もっとも様々なコンテキストを当たり前の冷静さから「あえて」分かっておられる筑波大学だめライフ愛好会のいーるくんとかにはですね,古田さんが孤立無援で頑張ったところで無意味なんだとは冷笑されていると思いますが,外山恒一に熱狂するオマエみたいな処理落ちしているオマエみたいなバカは褒め殺しするだけでよろしいのだ,Fランぼっちモザイクよりキミはある種の含みにおいて下なんだとは改めて言わざるおえない.

  もっとも屑は死ねばいいしどんどんゾーニングしてですね,より良き主権者教育は当たり前なわけで,YouTuberなんていう拝金主義のアメリカナイズされた場所でふざけんなという1言で終わります.

  

ボクが新発田実月花という強者メンヘラを批評した背景(或る強者女性との本音)

 純に徹して彼女のことが好きだからです.

   なぜならば,ボクは武蔵野美術大学で週7回授業もあり,かつ同じ時期に意識高い系ITブーム&オタクアングラカルチャーを浴びて,似た匂いを月ノ美兎の裏側から感じ取れるからです.

   もっとも嫌いではありませんが,性格は真逆だと思います.

   私はあえて小論文で武蔵野美術大学に入っただけで,当時とある複数の優等生たちと揉めるぐらい美術には1ミリも興味がなかった.

   ただ実存的にこの新発田実月花さんが好きは彼女やゆとり世代への年下のZ世代のボクからの強烈な批判です.

   アナタたちゆとり世代は性的分業に走りすぎている嫌いがある(もっともゆとり男子はフェミニンな弱者男性ばかりで性的分業に走りすぎてジェンダー崩壊が起きてますが).

  また,表層的なメディアに余りに支配されすぎていて,沢山のメンヘラを産んだ罪と功罪はあるでしょう.

   しかし,新発田実月花さんはそこに非常に批評的です.

   忖胴犬twitterをみれば分かる通り,ナイフで人をおどしたりエロ本で攻撃したり倒れたり、あえて男性の真似をする冷笑のメディア批判を行っている.

   謎ノ美兎を含めてもメディアやメンヘラに非常に批評的です.

   彼女には「あえて」があります.

   ボクはその両義性が皮肉を含めて好きだと申し上げているわけです.

   だから,彼女への愛はハッキリ言えば,単なるsexの道具だったり,売名的意味を超えています.どこぞの陰キャのお化粧屋が月ノ美兎に振られたストーカーと陰を込めて批判されましたが,そんなゆとりの糞さはマジでだらしない.だから新発田実月花がメンヘラは当たり前,一生地獄で裁かれていてください.

   さて,あくまでも真逆の♀や資本主義メンヘラの立場から「あえて」でARTをしているのだという姿は元同じご学友として見過ごせないのです.

  1ミリも月ノ美兎オタクとしてはアナタに恋なんぞしていない.それは冷笑家に冷笑しているにすぎません.

  そうじゃあない.

  ボクはメンヘラにメンヘラが集まるその系に実存的に危険と分かってもあえてメンヘラしてしまうメンヘラだということなんです.

   新発田実月花が嫌い(興味がない)だからこそ純に好きなんです.

   入れ替え可能的な話しじゃあない.

   月ノさんノートも読みました.

   これは運命です.

   私は海外企業に務めたり目黒あたりで今も働いていますが,毎回アナタやメンヘラの東京資本には勝てません.

   私はただ月ノ美兎とある意味で結婚できなければ悔しいというわけじゃあない.

   むしろ私の代わりに誰かが彼女を孕ませて結婚させて一角に幸せにできるのならば,結構.

   武蔵野美術大学は糞の典型かつIT企業も糞ばかりです.

  が,そこには文芸的な匂いが付随している.

   武蔵美の周りには創価や朝鮮人がいた.

  ようするに善悪や立場を超えています.

   月ノ美兎が悪と同時に資本主義の勝者である加速主義者であることは100も承知.

  しかし,大事なことはそうじゃあない.

   月ノ美兎を創作した新発田実月花のゆとり世代や武蔵野美術大学,IT企業の屈託した思いには「あえて」がある.

  ボクは褒め殺しでバカにした形に聞こえるかもしれないが,月ノ美兎は批評せざるおえない  ‘

   ボク個人としてはどうでもいいよ,ぶっちゃけ.ただしコンテキストとして新発田実月花という人間の現象,画面の先は全て暴いてやらないと気がすまない.これは武蔵野美術大学やIT,YouTuber様々なコンテクストを包括し,そして新発田実月花さんがどう良くも悪くもイキてきたか?という文芸性はきっちりと批評し尽くしバラバラに粉砕しなければ総括しなければ気が済まない.

   要するに,vtuberや女性,大学の今として非常に倫理的にそう判断します.

BL批評.陽キャ哲学&初田龍胡は出来ているのか?(性交経済2)

古田「もとこさんがよく言う陽キャ哲学と初田龍胡のホモソーシャル性について今日は話してほしい。ただゆとり世代は年上なのに年下に甘える。Qちゃんやネオ幕府がもっとそうだね」

もとこ「そうなのよ(笑)」

古田「ゆとり世代の問題か」

もとこ「見ていたら、戦場のメリークリスマスでしょ」

古田「ゆとりは古市くんだからね。LGBTって言葉もゆとりが活躍した辺りから人口に膾炙した」

もとこ「古市さんもそういう感じがする。なんでなの?」

古田「初田くんの或る弱者男性との対談の裏テーマは古市典寿批評でしょ」

初田「ゆとりはぁ~教育の弊害でぇ~」

古市典寿の真似をしだす

もとこ&古田「「(笑)」」

古田「そっくり」

もとこ「渋谷歩く若い男性たちが全員ゲイに見えるって言っていたよ、外国人の観光客が」

初田「マッシュとかだからかな」

もとこ「二人でイチャイチャしていて」

古田「なんなんだろう…」

初田「最近男の化粧が流行っているんですよ」

もとこ「そうだけど」

初田「ぱくもとさんやっていると思いますよ。ぱくもとさんはエロいですよね。いつも見ていると、ムラムラしてきます」

古田「ええええええええ」

もとこ「もうなんかそういうのを見ていると腐女子だけど、キモイね」

初田「ぱくもとさんのバベルの塔を味わい尽くしたいです」

もとこ「意味わかんない…」

古田「恋愛小説」

初田「熱い炎と冷たい炎」

古田「月ノ美兎は年上でゆとり世代だからこういう腐女子ネタで興奮するのかな」

初田「はい」

古田「確かに」

もとこ「BLと百合」

初田「ぱくもとさんと腰を振ってダンスします」

古田「気持ち悪い…」

もとこ「気持ち悪いね(笑)」

古田「ぱくもとさんって弱者男性なの?それは嘘だろ?煽っているだけ。弱者男性ではないでしょ」

もとこ「YouTubeで顔出ししているから…」

初田「でもね、YouTubeで顔出しは無敵の人しかできないよ。はいロンパ」

古田「いやオレたちもそうだろ」

初田「古田くんは統合失調症!初田は退学!都落ちエリートじゃん!二人は無敵の人だよ」

もとこ「BLと百合でやっていこうってことだね」

古田「反論があるわ。それは普通に」

初田「或る強者男性の反論」

古田「オレは大学で遊んでいる学歴だけの初田と違って毎日勉強ばかりしていたし株式会社DeNAへインターンして海外企業へ勤めて、この人、初田くんは確かにエリートの落ちこぼれ。でも、オレは初田と違って学歴とかいう共同体のゲームに心底興味がないから。同じにしないでほしい、こんな人と。あまみしゃけもオレにひどいことを言っていた。初田龍胡と古田さんは同じだって。こんな人と一緒にしないでよ。一見は似ているようで、全然真逆だから」

もとこ「私が藍原タユさんと女子会をやるから」

古田「それはぱくもとさんが稲葉くんを褒め殺しする構造と一緒」

初田「怒ってますよ。タユさん」

もとこ「百合を出しましょう。タユさん」

初田「この前、藍原タユさんの風俗行ったんですよ」

もとこ&古田「「えぇ?」」

初田「デリヘルだから本番ナシで」

もとこ「それ…衝撃告白…」

古田「あ。鼻毛でてるよ」

初田の鼻毛をティッシュで隠す

もとこ「どうでもいいですよ。その流れ」

初田「てぇてぇ」

古田「てぇてぇ」

もとこ「衝撃の…」

古田「デリヘルってナニをするの?」

初田「様々な種類の風俗がある。で、本番はなかった」

古田「本番がないってことが病んでいるよね…。はい、性交経済コンビはアナタたちを逃がしませんよ」

もとこ「それは良くないわよ。だってそれはさぁ、大問題ですよ」

古田「藍原タユは初田に甘えているね」

もとこ「タユさんは仕事だから仕方ないけど、アナタは屑」

古田「いや、タユこそ屑」

初田「おカネ払っているんだから、いいじゃん!当然の権利だよ!そういう話だよ。で、ボクはぱくもとさんのことも舐めました」

古田「嘘だろ」

もとこ「でも、アナタは彼女がいる…」

初田「ぱくもとさんのことは性的に見ています」

もとこ「気持ち悪い…」

初田「カッコいいし…」

古田「お、おれは~?!」

初田「中くらいですね」

もとこ「なにこれ…。この界隈ってこういう感じなんですか?」

初田「性欲を超えたなにかが無ければ、思想なんてできませんよ」

もとこ「はぁ…」

古田「流石にさっきからネタでしょ。嘘言っている(笑)」

もとこ「そう…。意味わかんないよね」

古田「批評しているね」

もとこ「彼女が許可を出しているのなら…」

初田「許可なんて取るわけないじゃあないですか」

もとこ「怖い。これが保守なの。これがトランピスト」

古田「ただまあまあ、もとこさん。そう適応不全でカリカリするなよ。少しぐらいは許してあげようよ。屑どもを」

もとこ「彼女がいるっていう状況で」

初田「余白が大事です。人間関係には」

もとこ「私も…」

初田「人間関係は0か1じゃあない!そうじゃあない!」

もとこ「風俗なら、プロならいいよって夫に了承は私はとった」

古田「そもそも46才の子持ちのおばさんがマッチングアプリをしている方がおかしいよ」

もとこ「だって、シングルだもの。KENちゃんにも許可はとったわよ。だって、恋人は作るでしょ」

古田「しかし…」

初田「エロいですね」

古田「この人と一緒にしないで」

初田「エロいなぁ」

もとこ「セクハラかな」

古田「これで喜ぶね(月ノ美兎が)」

えらいてんちょうの糞さ(性交経済2)

もとこ「本を売りたい、ビジネス」

初田「金の切り目は縁の切り目」

もとこ「違う違う。初田くんが今怖いよね、目の奥がギラッとしていて怖いのよ…。すごいさ、100倍返しを食らうんじゃあないかって」

古田「そうだね」

初田「働けばいいんすよ」

古田「でも、金の切り目は縁の切り目」

もとこ「でも、古田くんの奢りで今日ご飯と温泉をご馳走してもらって。頭痛も一気に治って」

初田「今年の目標は?」

もとこ「能動経済を流行語大賞だね」

初田「YouTubeの抱負はないんすか?」

もとこ「YouTubeはハプニングよ。シンギュラティは予想つかない。村上龍のYouTuberは絶対に私の話だから」

古田「じゃあ来年村上龍がYouTuberなるじゃん」

もとこ「年齢不詳のFPが登場するとかどう考えても私じゃん」

初田「そうなんすか?」

古田「確かに」

もとこ「小学校の頃から読んでいる」

初田「いや」

もとこ「小学校の頃から村上龍に洗脳されてこうなった」

古田「古田更一の月ノ美兎批評はゲーム理論を使った権力構図であって、オレは月ノ美兎に構造において会うよ。まあ会わなくていいけど。だけど、もとこさんのは陰謀論だから会いません」

もとこ「どうかな?」

古田「ハッキリ言うよ。だって、村上龍ともとこさん、どっちが面白いかでもとこさんの方が面白いから。あえて。褒め殺し。村上龍みたいな小説家ごときが土下座してもとこさんへ会いに行くべきだ。もとこさんは謙遜しすぎ」

もとこ「えらてんさんにも言われた」

初田「どういうことっすか?」

もとこ「しょぼい起業で小さな共同体を作れと言ったけど、もっと自分に自信をもってと言われた。令和の虎のパクリをしていて、えらてんさんはしょぼい起業をしているのは矛盾しているとそこは言ってやった」

初田「しょぼい起業とか言っているくせに資本に任している」

もとこ「私の方が自信をもって頑張ってくださいと言われた」

古田「皮肉で返されたね」

もとこ「えらてんさんの自己矛盾じゃあないの」

古田「えらてんは結局だれ?落合陽一=柄谷行人とオレは総括しているんだけど、えらてんは一体だれ?」

初田「日本の近代批評史における何者?」

もとこ「物腰が柔らかくてジェントルマンだった」

古田「箕輪厚介にぱくもとさんが会ったんだけど、えらてんの裏の顔をもとこさんは知ったはず。ぱくもとさんは箕輪に岡田斗司夫と会ったことを聞いたけども、覚えていないと言っていて」

もとこ「あれは違うと思うよ。絶対にマウント。ありえない。やっていることが岡田斗司夫の理論がないとできないことを箕輪はやっているから、強がりというか隠蔽だね。岡田斗司夫を殺すために。私は本当にひどいと思っている。普通に文句を言わない岡田さんも」

初田「ぱくもとさんにはMANUAL対応。サラリーマンなんで。しょせんは。だって、イヤですよ。人脈についてあれこれ聞かれるのは」

古田「確かにぱくもとは屑だから」

初田「そう、知っているよと答えたら、図々しく聞いてくるじゃあないですか。めんどくさいから、ぱくもとさんみたいな見るからにチンピラの屑がサッカーの場というくだらない場では」

もとこ「あしらったっていう解釈はあっても、覚えていないなんてことはあり得ない」

古田「じゃあえらてんさんももとこさんに嘘をついている

もとこ「勉強しているっていうことは褒められた」

古田「編集者は?」

初田「シラトショウ」

もとこ「表面的」

古田「オレと初田くんね」

もとこ「口当たりはいいし物腰は柔らかいけど、絶対本心を見せない」

古田「えらてん&編集者のドールを捜しているんだね。えらてんの蒲田BARはドールじゃん。じゃあえらてんは初田だ。じゃあえらてんはこのババアころしてやりてーって思っているかもねw」

初田「ディスられました?」

もとこ「全然。私のフォロワーが多くないと良くないよねって言われた」

初田「それは褒められている。皮肉だけど。もとこさんの回は神回になるね。出版ちゃれんじゃーは全部見ているんだけど、えらてん&シラトさんが没にする理由は、それブログで充分ですよねみたいな、フォロワーが足りないから落とすは全然違う。それ面白い。つまり、えっと…そんな感じ」

古田「もとこさん、イラストを描いて。AIをAIするAIに。そのイラストに結論があると思う。

あ~えらてんの出版ちゃれんじゃーの顔を見たけど、悪い顔をしているね」

初田「アナタが書かなくていいみたいな理由でえらてんは落とす。この人の場合はもとこさんの場合はYouTubeのフォロワーを増やすべきだというのはいい話だ」

古田「もとこさんはえらてんを批評しに行ったんだ」

初田「もとこさんは毎回ハックしに行っているんですよ。FPだから。権威性のあるところを毎回。Amazonの本もFPが書きましたとか。えらてんは減点法なんですよ。あ。イラストができた。もとこ、シンギュラティってこういうことか!古田、資本主義だね~、初田、はてな」

東京の馬鹿の監視役はシンギュラリティ時代に必要とだけ

初田「不謹慎系YouTuberに弟子入りをし自らも不謹慎行為に走り続け,一方で批評系YouTuber集団ChaosForestを行ってきた古田さんに質問があります」

古田「なんですか?」

初田「なぜ古田さんはFPもとこみたいな馬鹿と関わるようになったんですか?そしてミズサーやネオ幕府みたいな世俗的な人間たちに関わるようになったんですか?

古田「分かりませんか?」

初田「分からない」

古田「いや,単純に田吾作への啓蒙です.馬鹿を駆除するゾーニング,世直しモードは不謹慎系YouTuber&批評史で行ってきた.だけど,世の中には力だけでイキがる馬鹿な頓馬もいる.そういう馬鹿どもは褒め殺しの方向で消極的に圧迫する他はない.単純に病人へのアプローチが違うということです.ようは,人を見て法を問いている」

初田「でも,彼ら彼女らみたいな非YouTuber的な落ちこぼれたちにわざわざカウセリングをする必要はありません」

古田「その通り.文系のバカは無視で結構.ボクも誰かがつまり論壇には警察官のようなものがありあのような屑どもをスクリーニングする機能が東京にはあると思っていた.ところがないのならば,ボクが彼らの屑さをわざわざ言う他はない」

初田「意味はありますか?」

古田「あります.非公式見解になるけれど,非社会的な存在は駆除されても仕方ない.

坂口章は褒め殺しです.

世の中には必要な差別と必要じゃあない差別がある.

シンギュラリティがAIが人間の知能指数を超える.

その事実からは逃れない.

人間の主知的な実存は意味がない.

むしろYouTuberなんというバカたちが多いと社会治安は悪くなる,そして今ではそれ未満の屑どもが東京の論壇でアジテーションに走る始末.アンタラの思い出にいちいち付きあっている暇はない.早急にゾーニングと駆除は必須です.

もっともフリーライダーが問題なんでない.これは覚悟の問題であり,魂の問題だ.

初田くん,昔話しをさせてください.」

初田「はい」

古田「ボクは思想のシの字も知らないような中流サラリーマンしかいない神奈川の郊外で育ってきました.

コンビニとファミレスとジャスコしかないような場所で育ってきました.

そんなボクは右も左も分からないうちに中学校受験で自称進学校にぶち込められて,東京の論壇を信じるように圧迫されてきた.

もっとも東京がいかに屑かは薄々分かっていた.

定量的で空疎な共産党教育と単なる情報処理の受験勉強しかない毎日でそれは学習していた.

しかし,郊外がダメだったか?

そんなことはない.

空疎でキッシュなシステマーゼーションされた工学的な毎日でもそこに住む人間たちは非常に実存的だった.

医学部YouTuberは政治闘争の延長にすぎないのだし,大学は政治闘争の場だ.

確かに政治闘争は差別を生む.

しかし,世の中には実存的な問いが必ずある,

ボクは差別を消せば,差別は解消されるんだのようなひろゆき,成田悠輔,ぱくもと的なヘタレには与しない.

私は決してハイデッガーではない.

単に純に現実に向きあったか?と言っている.

ボクには友達はいませんでした.

しかし,戦友はめちゃんこいました.

当たり前です.

遊びに来ているのではない.もっとも屑どもが自己の最適化にボクや他のインテリの話しを聴くのは構わない.

しかし,考えることはむしろ考えることで考えることの自由さを知るのではなく,考えることの不自由さをむしろ知ることで不可能性性から考え抜くのが大切だ.

別にオレ以外があえてゾーニングをしているのならば構わないけどもオレ以外が出来ないならばオレがやる他はなし.

仮にシンギュラリティが起きようと,人間がどうしたか?という覚悟の問題を徹しない屑どもが裁かれるのは仕方ない.

ようは,柳田國男の言う魚の群れは必要なし.YouTuberはしょせんは拝金主義者にすぎない」

初田「普通の大学生はそんなもんですよ」

古田「まあ死ぬしかないと思うよ.当たり前.意味がない.別に普通の大学生,魚の群れたちがいることは悪くない.ただ,小乗と大乗があって,彼ら彼女らをどう動員するか?を日夜エリートやプラットフォーマーは考えなければいけない.これは倫理であり,必要な差別だ

初田「そうでしょうか?YouTuberには思想がありますし,弱者男性のぱくもとさんにも文学性はあります」

古田「その通り」

初田「では,古田さんの言っている話しは間違えてはいませんか?YouTuberたちも考えていますし」

古田「退屈はあります.歴史的に何度も反復している政治闘争の素人たちの内ゲバや紋切り型の回答はあじけない.パターン認識で大体処理できて非情に退屈だ.もっとも別に退屈で良いんですが,しょせん素人芸は大体ゲーム理論や大学数学レベルの一般的な基礎トレーニングで処理できる」

初田「女子供も弱者男性も考えています」

古田「それはそうだけど,歴史への視座がない.歴史への視座がない人間は必ず老害になる.過去を逐一貫徹した人間こそが過去から自由になれる.ボクからするとYouTuber某やらVtuberなんぞはネタにしか見えない.ネタがベタに転化するオブセッションは別に構わないけど,動員されるXやまあYでもZでもなんでも良いけれど引き出しの少ない人間たちは裁かれても構わない.

もっとも不謹慎系YouTuberは素晴らしいけどね.軽薄ならば本も読めないような連中は軽薄でよろしい」

初田「ボクは本は読めません」

古田「人間ではないね.ただボクは人を見て法を問いている.別にボクはエートス,行為態度を個別個別で見ているわけだから,ハードルは個別設定で構わない.ただ屑がどんなにアカデミックだろうとYouTuberだろうと構わないけど,資本金やヘゲモニー闘争だけでちゃぶ台をひっくり返そうと屑は屑なんだというお題目は変わりません.

FPもとこも坂口章も屑は屑です.

あえて屑を褒めることで梯子外し,目から鱗の自らの屑さをあえて大衆側から眺めることが大切である.

FPもとこへのアイロニー的なボクの立ち位置は単にボクなりの屈託です.

これがボクが思う屑女への行為態度であり,もっとも女だからと甘くすることは一切ないし年上だろうとその人の知能指数で測ります.

それは人間としてアナタを見ているぜということなのです.

ただ切った張ったを友情や愛情だと理解されては困ります.」

性交経済2.~社会学を批評せよ~

年齢としてのもとこさんに遂に責任というものが発生している

古田「我々で性交経済2をやろうぜ」

もとこ「はい」

古田「厳しいことをぶっこむけど、もとこさんとオレは対立していると思う。イデオロギーが実のところ」

もとこ「ははは。よく分からないけど、今みんなが大変なことになっているよね」

古田「それについて説明したくて、もとこ先生が頭が良いって批評をするってことは批判するってことがある。ようするに今は学問的に面白いことが起きているわけ」

もとこ「学問?」

古田「能動経済2の時代になってきた。1と2の違いに適する話を今日は力説してゆきたいなと思う。確かに能動経済1時代のもとこさんはシラケていておバカだった。バカキャラっていうか、初田龍胡的想像力におけるもとこさんは確かにおバカだった。論理性が確かに低かった。しかし、2からはそうではない。もとこさんの能動経済のアクチュアリ性が増していて、で、年齢としてのもとこさんに遂に責任というものが発生している

もとこ「1の頃はまだ単なるFPだった」

古田「ようは1は岡田斗司夫の評価経済を実践してみましただったよね。あの頃は成田悠輔や初田龍胡的な学問への信頼というか依存がYouTubeブーム時にはあった。しかし、改めて読み直したけど、今YouTubeブームが終わった今にこそ読むといかに難しいことをアクチュアリに実践していた本なのか?ってことがすごく分かるようにこの能動経済は読み替えることができる

今回はいつもはシンギュラティを教えていて、しかし、今回は2。

実はシンギュラティ講義の2、応用編でハッキリと言うけど、ほとんどの人はシンギュラティ講義を受けていないから、2はすごく難しい。

もとこさんとオレの性交経済を読んでいる前提で今回の話を聴いてほしい」

もとこ「探せば文字起こし元の動画は一部は残っているよね」

古田「簡単に言うと、シンギュラティがヤバいのは遂に2025年から本当にAIが人間一人の知能指数を超える技術的特異点が起きるらしい。Googleのカーツワイルや落合陽一がそう言っている。

で、今回の対談シリーズがヤバいのはあの頃の対談時はまだシンギュラティが起きるよねだったのに対し、今回はマジでシンギュラティが起きちゃうよっていう現実の話

じゃあ1の復習をするけど、マジでシンギュラティが起きます。

昨日会った太田さんがシンギュラティまだ起きていないじゃんって悲しいんでいたけど、少し違う。

ガチでシンギュラティが起きるのが、2025年らしい。

逆に言うと、遂にシンギュラティの総括もできるということ

落合陽一やGoogleここが良かったよね、ここが悪かったよね、つまり、100%落合陽一が批評=批判される年が来年なんだ

逆に言うと、来年からは余りにAIが進んだりAI関係者の嘘が可視化されやすくなるから、落合陽一はあくまでも政治学者や文芸評論家にすぎないことがバレる

つまり、政治経済的な立場からAIを操れた話も可視化されてゆく。良くも悪くも。

私の過去に書いたAIをAIするAIは世界最難関の数学abc予想などを駆使しながら、数学政治、理系界隈で政治をする昨今の批評家たちを全員切る内容になっている。成田も初田も嘘を言っている。

望月新一のすごい数学を使うことによって、いかに数学を悪用した男根のホモソ政治だったかを可視化させる内容だ。

まあここは難しいから、省くわ。

ぶっちゃけ、もとこさんは更に違う方向で活躍をお願いしたい。つまり、ようは来年における2025年問題という実践の年においてどうマイノリティ・ポリティクスやLGBTたちをDX化してゆくか?っていうことがある

だから、今日はもっとシンギュラティの実践を話してゆこうと思う。

落合陽一の嘘と本当が可視化されるこの年はめちゃくちゃ面白い。

今回のテーマは1よりも悲観的でアカデミック的で応用的な話になる。

前回は楽観的にシンギュラティをオレがもとこさんへ教えていく講座だったけど、今回はむしろ真逆に過去の戦後史をどうやってDX的に読み替えるか?っていうテーマにスライドしているから、年長者であるもとこさんの方が偉いのかもしれない。

もっともAIの限界も可視化されてゆくだろう」

シンギュラティ、視聴者とのズレ、世間とのズレがどんどんと上がっている気がする

もとこ「だけど、シンギュラティ、視聴者とのズレ、世間とのズレがどんどんと上がっている気がする。あの隠蔽されているの?」

古田「隠蔽されているってこと?」

もとこ「世間ではね、そもそも産業革命というワードすらも出てきていない。なんか、なんかね、ここまでは常識としては一番下の線としては全然違う気がする。

警察官に配信者が職質されていて、大喧嘩していて、警察官は配信が勘に触るらしい。

大川宏洋の件に関しても。ホリエモンはYouTuberの大量弾圧って言っていたけど、世間のYouTuberへの風当たりが強くなっている気がする。厳しい」

古田「それはだから、明らかにぱくもとさんがおかしくなっていることだよね」

もとこ「うん。稲葉くんがなんかさ、メンタルやられているのは、結局、彼がYouTubeをやらさられているからじゃ」

古田「ああ、そのタームでいくんだ。じゃあ早速シン・性交経済2が始まるのだけど、シンギュラティの時代において一番大事な学問って何だと思う?

理系ではない!数学ではない!AIですらない!

これです」

古田、社会学のまなざしをもとこへ見せる

もとこ「社会学」

古田「社会学を勉強しないと死にます」

もとこ「うん」

古田「昔、技術的特異点で書いた内容を今回から分かりやすくかみ砕く必要がでてきた。

社会学者の宮台真司をちゃんと読まないと死ぬ時代がきている

え?ってことで、なんで刺されて不倫して大学を首になった宮台をそして古田さんの敵のような本をどうしてあえて今読まないといけないのか?っていうことが起きている。

あえて褒める理由を宮台真司アンチYouTuberメンフェスが疑問に思うと思う。

古田さんがあえて社会学をあえて褒める理由は実はある。

むしろシンギュラティはAIが人間の知能指数を超えるってことだけど…、人間は耐えきれないわけよ、AIが人間を超えてしまった真実に。それは当たり前じゃん。

人間の実存やメンタルはこの真実にやられちゃう」

もとこ「メンタルね」

社会学はそもそも急激な近代化で人々がつながりや絆を失ってしまった前提の上でどう社会を模索するか?っていう学問

古田「だから、社会学を徹底するしかない。ちゃんと人間にとってのAIにギリギリ淘汰されない学問=政治化された社会学をあえて勉強することこそが大事

宗教的に社会が存在するって妄信したり暴れるんじゃあなくて!

失敗学よ。社会が存在しなかった背景を逐一勉強するしかないんだ!っていう方向へスライドしている。

どうして宮台真司はメンヘラまみれの社会をある意味で作ったのか?どうして社会学というプロジェクトは失敗し社会は存在しないような空洞化を生んでしまったのか?を改めて失敗学として社会学を批評する=リサイクルする必要性が起きている

だから、共同体は存在しないんだけど、ベタにはしご外し、学歴YouTuberが頭良い?うるせーよ、適応不全のメンヘラが、匿名が頭良い?黙れ田吾作がって冷笑を冷笑し返すベタこそが大事なんだっていう時代になってきた

もとこさんを女性だから年上だからと冷笑している場合ではないんだよ。

ベタに学問をする、失敗学として学問をメタることが大事なことになってくる。

しかし、もとこさんには簡単な話。

ぶっちゃけシンギュラティと社会学どっちの方が簡単ですか?って言ったらもとこさんの年代だと大学や出版がまだギリギリ生きている時代だから、社会学の方が簡単だよ。今回からは社会学の復習になるだけ。もとこさんみたいに80年代のニューアカや90年代の社会学ブームの薫陶を受けている保守主義者のもとこさんならこの話は非常にオーソドックスで退屈する話かもしれない。

だけど、今の適応不全で苦しむメタバースを生きるゆとりやZ世代には非常に刺激的な話になるでしょう。

もとこさんに後輩として社会学を高説し、審査して古田更一批評をしてもらうっていうのが、今回のメインテーマである。

まず、ここは基礎すぎて、もとこさんなら最低限できていて、ゆとり&Z世代の屑どもは余りできていない当たり前の社会学の基礎だけど、マルクスを読もうね、マックスウェバーを読もうね、コンドルを読もうねっていうまあ当たり前の話があるよね。

まあここはゆとり&Z世代はできてください。

で、ここからはもとこさん向けの話になってくる。

そもそも社会学って学問をちゃんと勉強しているヤツがいるのか?っていう話がある。いない。

メディアに出ている批評家としての宮台真司はあくまでも社会学者としての実力は意外と貧相である面もある。

実はオレは武蔵野美術大学で英米系の社会学者の先生から勉強を受けて気づいたことがある。

社会学には根本がある。

なんとかコントが言っているんだけど、19世紀あたりにできた新しい学問が社会学だ。もとこさんが大好きな産業革命時代には自動車などが台頭した。システムが余りに凄すぎちゃって社会に穴が空いてきた

現代だったら、システム、マクドナルドやコンビニ、郊外化によって社会と社会がシステム効率によって分断されていき、共同体に底が空いた状態になる。

人と人の関係性が分断されてしまうんだっていうのが社会学の始まりだ。

ようは、そもそも社会学はそもそも急激な近代化で人々がつながりや絆を失ってしまった前提の上でどう社会を模索するか?っていう学問なんだよ」

もとこ「社会は産業やtechnologyによって変わる

古田「その通り」

もとこ「歴史やインフラから考えると分かりやすい。水道やガス、電波とか井戸みたいなさ、水道が井戸の時代には成り立たない。核家族っていうのは、小さい家族は各家族にインフラがないと成立しない。近代になると、一家に一台に急速に変わっていった。スマホっていうのは、インフラの余りの変化。先生もいらないんだみたいな」

古田「小幡正敏の本を改めて読み返したけど、さざえさんやドラえもんによる家族変動の話も近代化の典型的な話で能動経済にでてくるよね」

もとこ「うん」

古田「ちびまるこちゃんとかね」

もとこ「うん」

古田「でも、ゆとり世代から恐ろしいことが起きている。SPY・FAMILY。ゆとり世代のオタクが家族を作ろうと思ったら、存在もしないような金髪のイケメンと自分は陰キャだけどカワイイヨルさん、養子のアーニャっていう家族の危機を表していて社会が存在しないことを可視化している作品である。

で、二個の問題が更に面白い。あまみしゃけ批評しようか。詳しくは訂正不可能性の文学で書いたけど、彼女のことは前から批判していて、今日は昨年にどうしてあまみしゃけをオレは批判したのか?ってことをもう少し分かりやすく説明できると思う。

あまみしゃけは思想的には敵だと思っていて、もっとも世代論に回収すれば仲間だけどね、で、社会学批評のタームを使いあまみしゃけを斬ることで彼女がドールか否かの故古田更一流の答えを出せる。

あまみしゃけはコギャルです。

90年代に宮台真司は終わりなき日常を生きよっていう本を書いた」

もとこ「私はその世代だから大好きなワードね」

古田「あの本ではこういうことを宮台は言っている。社会には底が空いたわけよ。急激な流動性の高い戦後社会には。社会には底が空いてしまった。みんなが一人一人コンビニへ行き、共同体や団地、商店街を無視して孤独へなった。なんでオウム真理教が生れたのか。主婦と夫にも分断に亀裂がシステム依存によって起きてしまったと。そういう時代には終わりなき日常を生きろって言った。

で、最も終わりなき日常を生きている人は誰ですか?っていうことに宮台はこう言った。

コギャル。

テレクラや売春」

もとこ「そうそうそう」

古田「自分なんて分からない。どうせ入れ替え可能だ。だとしたら、シラケるしかないっていう含みがある。そこで浜崎あゆみとかは白あゆや黒あゆと全身をサイボーグ化

してゆく。

このニヒリズムを超越するためにあえてシラケる。

それが現代のSNSブームのシラケた屑どもだよ。最も彼ら彼女らゆとりも特にZ世代も被害者だがね。

ぱくもとさんの限界はあまみしゃけには否定的なんだけど、自分の弟や友達には否定的ではない余りそこから分析しないのが彼の狡さなんだけど、

なぜならば、ここであまみしゃけを訂正不可能性の文学w的にあえて褒めようか。

あまみしゃけはニヒリズムを更に冷笑する、みんながコギャル的にSNSで振る舞う遅れてきた80年代リバイバルを楽しむときに、更に彼女はまん〇という言葉を極限まで冷笑し尽くすことで、90年代的な80年代批評=批判まで社会学的実践を行っているところに彼女のシニシズムの教養性がある。

もっともコギャルは若い頃しか通じない。

宮台真司が久々に10年後にコギャルに会ったら皆メンヘラになっていたらしい」

もとこ「そうね」

古田「そこをオタク評論家の大塚英志に批判されてしまった。しかし、ここで宮台真司をあえてここは大塚よりは上だと読み替えたい。

ぱくもと=陰キャのゆとり世代のオタク論客は果たして正しいのか?

むしろコギャルをメタレベルほど俯瞰しているシニシズムはウェットに富んでいる女性なんじゃあないのか?っていうあまみしゃけの二重性をぱくもとは同族嫌悪なのか読み飛ばしている。まあ難しいね」

もとこ「難しいよ。私は終わりなき日常は団塊ジュニアが大好きな言葉で、うるせーヤツラ2のビューティフルドリマーにおける終わりなき日常」

古田「いつまでたっても文化祭は終わらない」

うちらの世代は戦争が起きてほしいと終わりなき日常を終わらすために私たちの世代はオウムを始めた

もとこ「そう。それが辛くて。うちらの世代は戦争が起きてほしいと終わりなき日常を終わらすために私たちの世代はオウムを始めた。で、私たちの世代は宮台さんが刺されたことはショックで、本当に終わりなき日常が終わってしまったんだっていう、日常が文化祭が、やっぱりコロナは第三次世界大戦なのか?それともこのメタバースは終わりなき日常なのか?ハルマゲドンは起きているのか?起こせ!って言うのは、村上龍で戦争をやろうぜってそっちの方が幸せなんだっていう、終わりなき日常が続いて生殺しなら戦争をしようぜって、でも、それはおっかないからアンビバレンツな気持ちなのよ

古田「だから、宮台真司が刺されて社会が存在しない時代になって」

もとこ「そうなのよ」

古田「社会学は死んだのよ(→社会学批評)。もとこさんの世代は社会学を引きずっている世代でオレの所属しているZ世代は社会学を脱構築して抜けた最初の世代なんだよ。だから構築するものがないんだから、彼ら彼女らは良くも悪くもシニカルなんだろうね、自分事であるのだけど」

もとこ「大塚英志さんは好きで、彼は社会学的なものを無責任だと批判していたのは分かる」

古田「なるほどね。そうやってきたのね。じゃあここでぱくもとさんを完全に論破しようか、いや褒め殺し。ぱくもとさんの限界、なぜ超 陽キャ哲学を読んでも陽キャになれないのか?っていう問題を明晰に言語化しようか。あまみしゃけとか太田龍一、稲葉とか初田、もとこさんあらゆる人々があれを批判しているのだけど…」

もとこ「私は批判していないよ」

古田「皆絶妙に外していて、今日は本気であれを論破しようと思う。これは本当に面白い。今日は復活。もとこ論壇。

大塚英志です。

稲葉くんがおかしくなったか簡単で、戦後民主主義をちゃんとやろうよって稲葉くんに正論を言っているだけ。ようするに、大塚は近代民主主義者だけど、オタクじゃん。そのアイロニーがある。この構造とぱくもとの超 陽キャ哲学は構造が一緒。ぱくもとさんは鋭いのだけど、マジで陰キャそのものなんだよ。オタクの苦しい苦しいっていう卑屈なオッサンがあああああああって泣いていて、騒いでいるときに、近代民主主義の勉強をすることによって自分は変われたんだっていう論法を大塚は話している。で、ぱくもとの限界は大塚の限界だ。もっとも大塚は頭は良いよ」

もとこ「面白いよね」

古田「うん。面白い。しかしだよ、戦後民主主義をベタにやればいいんだっていう構造こそ無理な冷笑そのものではないか?人々はそんな戦後民主主義をやろうぜなんていうお題目でこの社会の流動性、戦後のニヒリズムを耐えきれるのか?って宮台真司は当時に大塚と対立した。そこに大塚はマトモに答えていない」

もとこ「そうなのよね」

古田「ようするに、大塚は理屈しか言っていない。9条を信じればいいっていう…。もっともぱくもとは新しいし新しいがゆえに欠落している部分、大塚から後退している部分は当然ある。

で、中森明夫と大塚には落差がある。

オタクやオウム真理教に対して戦後民主主義や教養主義で対抗しようぜっていう一見聞こえはいいけれど、政治的正しさをただ振り回しているだけのくだらなさはある。

メンヘラの子たちに共感がある。それで、9条を陽キャの勉強をしましょうっていう話になる。もちろん大塚もぱくもともオタクやメンへラに共感はしているだろう。しかし、そこで言葉の自動機械だけで弱者たちに言葉の美辞麗句の©を注入することに果たして意味はあるのだろうか?

勉強して治るという良くも悪くも人間への視座、二重性の問題、含みが大塚やぱくもとには存在しないんだ。

だってぱくもとさん自体が暗にオレは卑屈な陰キャだったと認めているクリシェがある。

彼は言語のセカイ、言語ゲーム、論理パズルのお化粧、段階を踏むことでMANUAL的に陰キャを後天的に陽キャに変えたという自己開発セミナーの匂いを醸し出している。仏教でいう所の大乗仏教的である。

では、本質的に彼は陽キャなのだろうか?っていう疑問符のクエスチョンがここで展開されていく。

後天的に開発された陽キャとは果たして本当に陽キャか?

もっとも、これは宗教ではない。

あの本は非常に理屈が理になっていて確かに理屈としては非常に納得できるんだけど、体験値や経験値としての陽キャという視座や目線、人生が非常に欠落している本なんだ」

もとこ「大塚英志が袋小路になっている理由は、朝日新聞という価値観から抜け出さないとダメじゃあないか。だって、戦後民主主義の矛盾って安保なのよ。アメリカとの関係。そこからそこに原因みたいなのを安保をどうするの?っていう問題になる。村上龍は破壊しろってことなのよ」

古田「そうね」

もとこ「でも、戦争は良くないよ」

古田「まあ初田のPPP-戦争論は嘘だからね。今後は戦争は起きない。起きても内紛だ。もっとも断定はできないが、なぜなら今回仮に戦争があるのなら、それはAIとの戦争だから、人間同士ではないし、あっても機械の代理にすぎない」

もとこ「そうなのよ!いや、だからそんな話できる状態じゃあない。今YouTuber弾圧が流行っていて、産業革命は不可欠。農業も工業革命ももう始まったらやめようとはできない

古田「能動経済(technologyが思想になる)」

もとこ「そう。歴史を見ても、ヤバイものを作ったと広島&長崎に落としても、もう止まらない。AIやシンギュラティもこれは人間の知能指数を超えてやめようはできない。考えないといけないのは、本当に怖いと思っていて、人間の上にAIがくるってことは、恐竜→人間でその次にAIがくるって話じゃん

古田「ただもとこさんの話に補足させてください。オレたちにとっては今回の戦争は楽なこともあって、大衆は大変だけど、第二次までは肉体戦争。車=肉体による戦争なんだ。だって、ラジオの発明とヒットラーの演説はリンクされている」

もとこ「そうね」

古田「じゃあ車は戦車になる。肉体を失う戦争はまあ例えばなんでしょうね…、あくまでも戦車や車輪といったtechnologyの物理的な進化によって起きている。逆に言うと、今回の戦争はAIが兵器になるし、SNSが兵器になるのだ。

でも、これは肉体を失うことよりもよりもっと恐ろしいことかもしれない。

モラル・ハザードやエチカ・ハザード、ブレイン・ハザード、脳による可処分時間の奪い合い、そして洗脳戦争の始まりだったと記述してもいいかもしれない。

つまり、AIは軍事利用は大前提。

で、このAIやSNSの危険的な利用について鋭く分析したのが初田龍胡くんだからみんな明日のコミティアには来てね。あ、3Dプリンター銃を持って初田くんを撃ちに来ないでね」

プラットフォーマーが一番勝っている

もとこ「PPP-戦争論で面白いのは傍観者が勝つっていう話はPPP-戦争論にある。ロシアvsウクライナで勝っているのはSNSじゃん。撮影者が勝つ。戦争した当事者は負けで、戦争の勝者はマスコミ。で、プラットフォーマーが一番勝っている

古田「うん」

もとこ「その分析は納得したんだけど、しかし、古田くんの分析は思想じゃあないんだっていう観点から考えちゃうと、あまみしゃけさんこそ一番思想家なのかもしれないって思うけどね

古田「あまみしゃけはコギャルを批評=冷笑しているよね。明らかに。メタのメタ」

もとこ「あゆ、安室奈美恵は女性の代弁者で、もろその世代だけど、まあ、バブルの頃の女性は自信に満ちていた。ドールをやめて、女性は自己主張しようだったけど、経済的に無理になった。ドールがキツイ女性もいる。結婚したらドールになるんだけど、それでメンヘラになっちゃうがあゆの話。私もリストカットしていたけど…」

古田「今こそ宮台真司『終わりなき日常を生きろ』を彼の政治的問題さはあるけども、あえて読んで欲しいよね。倫理あった上で」

もとこ「教養よね。日本人はどういう苦しみを抱えているか、無敵の人は40代に多いけど、アレは文化祭が終わらないのよね。ある意味で楽しいけど、自分は殺されている

古田「じゃあミズサー&ネオ幕府を批評しようか。

昨日、元電通のQちゃんに会って酒呑んだけど、彼やゆとり、Z世代の糞さには本当に怒りが湧くね。

まあ社会学批評的に説明させてください。

オレの元カノがミズサー関係者だけど、Sは問題で、彼女はねこじるが好きなんだ」

もとこ「なにそれ?」

生きていても死んでいても別に意味なんかないんじゃあないかっていうセカイ観

古田「ガロの有名な漫画で、あの作品を貫くのは、生きていても死んでいても別に意味なんかないんじゃあないかっていうセカイ観が貫徹されている。90年代のガロで」

もとこ「あったね」

古田「サブカルでメンへラ系なんだけど、太田光あたりに取り上げられるぐらい大衆受けする猫の可愛さを持つ両義性→屈託した社会性があった。

しかし、そのねこじるは最後首を吊ったかで自殺してしまうんだ。

その漫画をSは好きでさ、その漫画ではインド旅行紀がある。

そこでインドの麻薬を吸って生きていて死んでいてもどうでもいい、実りなんかないんだっていうことが記述されている。

人を殺してもいいんじゃあないかっていうヤバイような描写も書かれている。

だって、生きていることにも根拠はないし、死ぬことにも当然、根拠なんかない、そんだったら、人を殺めていいし死んでいいんだみたいな社会に底が空いた情景が描かれている。

もっともそこでメンヘラだと言い切っていいんだけど、それでは社会的に大衆受けできたねこじるという含みの問題を疎外している

再帰性近代を生きる女の子たちは社会の流動性に耐えきれない。入れ替え可能。どうせ自分なんか自己としての累積がないという発想が、つまり、ひろゆきは良くない。

彼女は早慶レベルで情報処理はずっとボクよりは高かったことは認めよう。

しかし、彼女もそうだけど、学歴YouTuberも昨今のお受験ママたちもそこを誤読しているのだけど、社会の流動性には耐えきれない人材を生んでしまう。

論理がすごくても、じゃあその論理をどうするの?!っていう社会をつぶさに見てエートス、行為態度を一つ一つ冷静に考えることができなくて、不安ベースになってしまう。ひろゆきを徹底すると、ニヒリズムになる

あまみしゃけ批判するけど、陽キャ=コギャル批評をするっていう情報処理だけではその系からは抜け出せない。それはあくまでも社会学批評止まりである。

まあそれはすごいことだけど、そこに今はシンギュラティやAI、technologyの問題が微分的に累積されているんだ。

ミズサーは許せない。

オレは茂木に口伝で怒られて、古田にSNSで攻撃されたと言っている。いまだにその理屈で冷笑的に逃げる怯え、屑さに論理性の低さもだし、ひろゆき的な態度はやめてほしい。水子をたくさん集めて、悪化している状況を再生産しているのはオマエやろがと。よく言うぜとボクは酒を呑みながら、茂木の屑さに怒っていた。

証拠ないじゃんとか茂木は言うと思うよ。カルチャーのクセに。

オレが超越的な言語を超えた含みのある文芸を話すと、茂木だけじゃあないよ、最近のSNS中毒の屑どもは古田こそ適応過剰だと弄ったり冷笑してくるんだ。冗談じゃあないと言いたくなる。

茂木は確かにバカではない。論理性は高いよ。完全に悪いヤツじゃあない。プラットフォーマーだとオレに言い返してきた。

だけど、そこに彼に非常な狡猾さがめちゃんこあるよね。

ミズサーのメンヘラの集まりはこう総括できる。

ミズサーが余りにバカだからじゃあないんだよ。

彼らが余りに理屈として頭が良すぎることに彼らのカルチャーへの視座の欠落という…で彼らはメンヘラになっているんだ。ひろゆき&成田的な屑が多いから。

もとこさんが論理性が低いのは当たり前じゃん」

もとこ「うん」

古田「じゃあなんで論理性の低い人間がいるのだ!?っていう文学への視点が彼らこそ非常に欠けています。これは優しさではない。行間を読みぬく一つの態度→エートスだ

彼らは適応不全、不安神経症的だよね。

そもそもカルチャーは特にサブカルは論理を超えた横の広がりのセカイを扱うわけだから。

茂木は頭は良いんだけど、欠落しているね。

彼は記号式でしか物事の視座を見れない。オレもあえて論理を腐すという意味でゲーム理論は使うけど、あえてがないんだよ、彼には。

彼には全てを論理記号式で説明できるんだっていう文化やカルチャーへの視座が低い。

余りに定量的な思考で文化を見ることの危険性があそこにはあるんだよ。

ミズサーはあくまで文化の場所だ。

プラットフォーマーであってボクは入れ替え可能な人間だっていう態度そのものがメンヘラを抱えて自分で問題を作って他責にしてぶーたれる屑さが露呈していた。

ボクはそんな屑には協力はできないし、確信犯だね、メンヘラをヤツラが生んでいるのは」

もとこ「分かったよ!最近の問題が!」

古田「ぱくもとは年上だし茂木は業界人wで上から目線なんだから、自分で作ったメンヘラ的外傷は自分で処理しろよボケがと言いたい。まあぱくもとの方が数段茂木なんかよりは良心的で賢い=がゆえに厄介とも言えるけどね。茂木は単に動きが小物すぎる。単純に女性や子供を食い物にするヤツラの屑さには反吐がでるね。まあぱくもとやQちゃんは葛藤している分色々とめんどくさいけどね」

もとこ「だから、陽キャ哲学さんが分かりやすいけど、Amazon出版から出している、既存のものを否定しているのは偉いんだけど、彼の語り口はすごい古臭くて、非常にミズサー的

古田「そうね」

もとこ「でも、いる場所はインターネットだから、バー三代目、ヒロシ、ヒロシとエデン、ミズサーの距離感や関係性を私たちはもう少しちゃんと整理しないといけないと思う

古田「ぱくもとさんは悪い人じゃあない。ただし彼は資本主義を前提にしてどう生きるか?経済合理性の中でしか機能しないタームを話している。超 陽キャ哲学って結局、マッチポンプ、ビジネスの枠を出ていないから、自分のビジネスを超えた領分は働かないよっていうひろゆき的なところがある。ビジネスでは助ける、助けない、ビジネスの倫理とエチケットという凡庸さは哲学ではない。だとしたら、ボクはビジネスだから!と聴いてもないのに大声を叫ぶ勢いの初田龍胡の余りの屑さの演劇性自体、確信犯の屑さの異常性の方こそマシということもある。初田龍胡の偉さはぱくもと&茂木と違って、ボクはビジネスにすぎないとハッキリと言えるところに彼の凄さはある。メンフェスくんもビジネスの枠を超えた話を余りしないから、限界がある。まあ初田龍胡を褒めたくないんだけど、馬鹿馬鹿しい。もとこさんと一緒で褒めるというよりも初田現象として」

もとこ「うん。議論としている場所はインターネットなのに、インターネットがないような議論を彼らは展開するのよね」

古田「東京なのよ!あの人たちw」

もとこ「うん。うちらの議論をしている場所はネットでしょう。インターネットを含めた思想を語らないといけない。えらてんさんもできていないと思う。相変わらず令和の虎をやっちゃうのが…」

古田「でもさ、えらてんは演技、あえてでしょ」

もとこ「そうそう」

古田「ぱくもとさんも初田&えらてん的なあえてまで昇華してほしい。もっともあえて、ネタがベタになるのは問題だけど。拝金主義の構造の問題を」

もとこ「ようするに右派左派の対立構造を煽って儲かるのは、プラットフォーマー、イーロンマスクでしょう」

古田「彼らはプラットフォーマーになりたいbot。コップの中の船の大群だ。ホモソ・ドール」

もとこ「そうよね」

古田「官僚たちがプラットフォーマーを目指している」

もとこ「もうプラットフォーマーは供給過剰」

古田「屑が多すぎる」

もとこ「だから、新しい経済を考えないとならない。プロ奢、評価経済、違うところで稼ぐことを選ばないとまずいよっていう」

古田「能動経済は評価経済批評=実践だよね」

みんなブラック企業で壊れちゃう。私も壊れちゃう。それで精神病院行って生活保護っていう限界はきている

もとこ「みんなブラック企業で壊れちゃう。私も壊れちゃう。それで精神病院行って生活保護っていう限界はきている。それは昔の産業構造を繰り返しているっていうもう無理ゲーだよ」

古田「ああ…」

もとこ「私のように実践してくれる人々が中々いない」

古田「受験勉強ブームのノリがZ世代は強すぎる。英文解釈の勉強が足りない。オレは昔海外企業に勤めていた時に英語を読むとスッキリとするんだよね、論理性が日本語より高いから、でも、数学こそ暗記だし、記号式で、人間として文字の論理性を培う力が下がってしまうよね。後、大学は結局、翻訳とかやん、だから、社会学的な学際的なものは残ると思っている、AIが人間の知能指数を超えようと」

もとこ「私もしんどいフェーズに入っていて、能動経済と2でどんどん頭がよくなっている。どんどんインターネットのシンギュラティで脳味噌が進化しているけど、疲れるよね、今日もずっと寝ていて、今日は掃除してうたた寝していて」

古田「そこで社会学ですよ。AIが人間の知能指数を超える時代にベーシックに残る学問は社会学だから保守主義的に人間力をあえて今こそ培う処方箋はある

でも、もとこさんは復習でいいんだよ。アナタの世代はその全盛期だったのだから。

これで、普遍的になった戦後日本のアクチュアリは分かります。

だけど、ゆとり&Z世代は単に勉強のしなさすぎ。あんまし公式見解にはできないけど、余りに脱社会的な存在は駆除の方向でいいんだっていう気は正直ある。受験勉強で逃げているんじゃあねーよ、この田吾作どもがってこと」

もとこ「私も今の若者に言いたいことがある。東京に来て本屋が本当に少なくなって、何これっていう浦島太郎だよ、徳島にいたけど、徳島の本屋の方があったよ」

古田「オレの行っていた渋谷のジュンク堂も潰れた」

もとこ「本屋ってどうするの?っていう」

古田「ただこれはAI化された社会の方がこれから重要なんだな。で、もとこさん、思い出して、思い出して。もとこさんは老害で、本屋潰れた方がいいんですよ、だって、本はこれになるんだから」

古田がAmazon自費出版『能動経済』を見せる

もとこ「ははは」

古田「で、これで悪だくみしようとして結局無理だったってノスタルジーで昔の東京や本屋の伝統を感傷マゾするのが初田くんのだるい文学ね。是非、皆さん、初田のコミティア=権威主義へ

もとこ「BOOKOFFも減っているよね」

古田「うん」

もとこ「その私、今度書きたいのは、エロ本論ね。エロ本がフックになって様々なことをするノリが昔はあったのよ」

古田「そうね、エロ本はエロじゃあなくて、文化だし、その時代の風物を表している。メンへラ治るんだよね、そういうコンテキストの含みを理解するとさ」

もとこ「そう。男性は目で楽しむんだけど、満足できるんだけど、女性はメで楽しむことがない。エロはインフラとかファクターとつながっていて、テレビの需要はエロとつながっている」

古田「マルクス&ウェバー&コンドルは当たり前。社会学の基礎の基を話そうか。下部構造、プロティスタント、分業化。経済が政治を規定、メンヘラが金持ちになる、システム化により孤立化する。まあ些末な所はどうでもいい。これぐらいは1冊ぐらいはちゃんと読んでください、教養だね」

もとこ「うん」

古田「まあそこも能動経済に大体出てくるから、テキトーでいい」

もとこ「そうね」

古田「まあ社会学の批判があるとしたら、これはあの宮台真司の限界なんだけど、オレの先生である小幡さんも社会学のまなざしでとってつけたかのように社会学のまなざしでLGBT論を展開している。ただそのLGBTは言葉の自動機械的で、言葉の定義世界におけるマイノリティ・ポリティクスの話をしていて、弱者ともある種言えないような考現学的な実証学、FPもとこさん的な実存や学歴YouTuber、ヒキオ、闇チー牛みたいな人々は可視化されていないんだ。そこは社会学の明らかな間違いというか限界であって、既にシンギュラティやメタバース、GAFAM、テック化によって既に大学的言説は解体されている側面も否定できないね。大学批判は理系的な非シンギュラティ的な適応不全よりも、むしろ考現学的な視野が現代において重要だけどメタバース・プラットフォームを生かせない大学の限界の文系的問いこそ批判するべきかもしれない」

脱社会的存在が遺棄されるのは仕方ない.〜さらば偽りのモルヒネ経済〜

 騙しとしての動員にも応じない「制度の他者」は,単にメタバースなんでもうコミュニケーションする価値はないのだというのが今のボクの考え(コミュニケーションを取る側に成田や初田,ひろゆきみたいな権威主義の屑がいる以上,私からしても構造的に不可能).

  でも,これは学問的なシンプルの帰結であり,殆どの人間には絶望を与えてしまうし真実を話しすぎても仕方ないから敗戦処理的にFPもとこ『能動経済』(&訂正不可能性の文学)的な評価経済の実践化→さらば偽りのモルヒネ世界的な反資本主義の視野しかないと思う,

   YouTubeアルゴリズムプラットフォームの洗脳を自ら解く教えの小乗的大学維持論がYouTuber文学書である『能動経済』だとするならば(ポスト・メタバース),徹底的に社会学を批評=批判し続け社会は存在しないことを明らかにする情報design『AIをAIするAI』こそ大乗的である大学破壊論のYouTuber哲学である(ポスト・シンギュラリティ.abc予想=望月新一でメディア・アーティスト落合陽一にトドメを刺せ).

  資本主義者の不安神経症な月ノ美兎&落合陽一的な問いは(其実大企業),天ノ美兎と名乗るボノボなFPもとこたちを大量に動員し,落合陽一は徹底的に社会が存在しないことを社会学批評=批判でコンスタントに否定し続け,大学破壊論をゲーム理論的な系のトロッコ問題における自己言及の巡回論でさながら将棋のチェスの美しい勝ち方のように指し手を放つ.

 社会に底が空いた感覚は誰しもが持つ感覚だ.

   それは再帰性近代,近代社会を再帰的に生きてそこにシンギュラリティやメタバースといった認知科学が導入されて社会は存在しない→SNSは存在するにスライドし社会の価値は暴落したんである.

  SNSはbotになり梯子外しがある.

  FPもとこがあえてチープな古田更一を演じ,古田更一があえてディープなFPもとこを演じるパラドシカルな攻めは二律背反的に月ノ美兎=落合陽一にチェック・メイトを打ち放つ.

〈参考文献〉

小幡正敏『社会学のまなざし』

小林俊昭『intergrative英語』

天のもとこ『能動経済 さらば偽りのモルヒネ経済』

古田更一『技術的特異点』

古田更一『自殺美兎』

ウ&古田更一『神』

 

 

 

 

思想活動は極力やめることにしました.今までありがとうございました.

 複数の人々から冷笑されたり嫉妬されたり足を引っ張られたりばかりなので,思想活動は極力辞めることにしました.

   シンプルに一切働きませんし,誰かの協力を一番しません(特にコラボLIVEの比率を下げます).

   2023年から急激に団塊ジュニアやゆとり世代Z世代の屑の来る人間たちが才能もないし倫理もないのに自分だけが社会的に成功したい人々ばかりが寄ってくるからです(仮に妨害が狙いでもダルいんで,やめます.偽物を担ぐのは一切しません).ネオ幕府は嫌いじゃあないですが,私の専門じゃあないし私と思想とYouTuberなら両方で格下なんで私が応援する気はありません.

   月ノ美兎と結婚したいは限界まで働き詰めた極度の冷笑です.

 シンプルに老害論客の小間使いである成田悠輔という偽物のメンヘラが持ち上げられていて(言っておくが年寄りの編集をする成田悠輔は嫌いではないし好きでもない),学歴YouTuberの仲間ですら足を引っ張ってくるのだから難しいでしょう.

  シンプルにメンヘラやめよう.

   シンプルに実力に余りに見合わない人々は諦めようとしか言いようがありません.

   老害を切腹せよも東京で戦争が起きるも陽キャ哲学も完全な冷笑です.

   私が書いた訂正不可能性の文学は冷笑への冷笑です.

   人生は訂正可能はできません.

   今の日本は明らかにめちゃくちゃ病んでいます.

   病みすぎていて,これ以上大衆は救えません.

   流石に才能がない人間たちが才能を持とうとするのは本末転倒だし,そこに拘る自我こそが非倫理的な非哲学的な営みです.

   完全に仲間だからとかも信用しません.

   一切助けません.

    私には偽物たちと仲良くなっても,思想に興味がなく,ただ社会で成功したい人々と話しても,彼らは単に東京大学を卒業したいやYouTuberで有名になりたいが先行しているだけの単なるコンプレックスだからです(もっともボクは不謹慎系YouTuberに師弟したから初めからアンチYouTuberです.なので,最低限はマジョリティーのおバカたちのYouTuber好きも少しは関わりたいしその問題は今後も少し残るが,あくまでも私はYouTuberに否定派であり肯定派の冷笑家にベタに褒め殺しするようよろしくお願いします).

  

 現状を変えるには,老害たちが自爆する以外に方法はありません.

 (もっともここは楽観的で,団塊ジュニアやゆとり,Z世代の屑どもが内紛を始めることは目に見えています).

   彼ら彼女らは一切最低限の倫理がありません.

   そして,反省したのは月ノ美兎と結婚したいという冷笑すらもバカにされるんだ統合失調症と弱者男性に言われると分かったのでYouTubeは控えたい(♀に関しては陽キャが素晴らしいを皮肉ったつもりですが,ナンパですよw.それをまさか陰キャ文学的にちくちく揚げ足とは彼は完全に詭弁に陰キャにハマっているらしい.そもそも思考に陰キャ陽キャないしコンプを煽る新興宗教).

 初田龍胡を今回,大天才だとあえて言うしかないすらも様々な執拗な攻撃をされることが分かったのであれは再三言っている通りネタです(2020〜2023年の初田褒めは違う.また初田からの批判ではない).

   彼ら彼女ら,成田悠輔ひろゆき視聴者たちのトラブルを私が解決しろは一切やりません.

 

 申し訳ないですが,一人ひとりの冷笑は些細な気持ちかもしれませんが,余りに量と,え…そこまでも揚げ足を取るまでくるの?という話しが多かった.

 ◯☓の批判を消せよじゃあないですよ.

   やる気は一切なくなりました.

   しばらくリアルベースと「メンヘラはやめよう」の2点しかありません.

  今まで観てくれたたくさんの視聴者の皆様ありがとうございました.

   不謹慎系YouTuberで余りに荒んだ日本を批評したときが一番楽しかった.

   しかし,あの3年前よりも日本は悪化しすぎて,地獄絵図になっているようです.

 YouTuberはあくまでもYouTuberでしかありません.

   私の良し悪しは不謹慎系YouTuberというYouTuberを否定する,メンヘラを否定するところが持ち味でした.

   しかし,日本の政治は悪化を辿り,まさかアカデミックすらもオワコン化するとは思ってもいませんでした.

   東京医科歯科大医学中退YouTuber初田に負けたところがあるとしたら,彼のように非情になれずに可哀想な人々に手を差し伸べてしまうところです.

  余りそれもやりたくないですが,自分にお金と地位をくれるなら,自分の仕事ならメディア出演はします(ただ非生産が高いため,初田よりは出ません.必ず.).

  しかし言っちゃ悪いけど,才能がない,才能がないよりも,才能がないことが空回りして非倫理的かつ社会承認欲求が先行し壊れた人々は見ていられない.

  ワナビーの彼ら彼女らを作り上げたのは成田悠輔やひろゆきだし,成田悠輔やひろゆきを持ち上げたのは大衆と既得権益そのものだった(皆、成田悠輔や西村がtop言論人のまま小さいワナビーたちを量産することを望んでいるらしい).

    余りに資本主義すぎたのは成田悠輔やひろゆき,既得権益であり,滑稽なことに彼ら彼女らのフォロワーが資本主義を批判している始末.

   彼ら彼女らに怒りはないですが,生産性が低いかつ,余りに不躾に年上面で冷笑しながらタダ働きをさせてきて才能が成田悠輔レベルしかないからもう無理なのにめちゃくちゃなので,構造的にメンヘラは流石に詰んでいるとしか言いようがない.

   メンヘラへの対策は3点.

   1,YouTube投稿を極力禁止.コンテンツを廃止.告知と哲学をたまにカジるぐらいに上がり感覚で行うこと.

  2,優しくしないこと.助けないこと.つけあがったり卑劣な手で内ゲバを成田や初田は仕掛けるため,頑張らない範囲で接すること(この糞内ゲバが見えづらいため,またエリートたち側から仕掛けるため,初田は半分見限ることに仕方なくしました.成田は論外です.単純に処理が面倒臭いし2人やそれに類する人間はそれを望んでいるし常に自らがコロされるリスクを平気で取る人間たちだ).

3,web writingに務めて,もう1度ベタに思想を淡々と紡ぐしかありません.

  4年間という短いようで長い期間でしたがありがとうございました.

   今後は本の出版に関わってくれた数名と一部熱心な匿名視聴者たちだけ関わってゆくつもりです.

    社会の屑は死んだほうがいい.

    そして,こんな醜い社会で生きていても楽しくありませんが,そうゆうもんなので,メンヘラたちとは距離を置いて楽しく生きます.

   月ノ美兎さんとは結婚しません.

   冷笑を冷笑する限界はそもそも成田悠輔や月ノ美兎という糞社会を言及したことが間違いでした.

   女なら甘くしていいというボクの発想が間違えていた(月ノ美兎さん本人じゃあなく,月ノ美兎を信じる大衆の陰キャたちです).

    流石にボクも社会をそこまで拒絶したくなかった.だけど,余りに理不尽に社会から見放された人々が上から目線でこき使ってきて,彼ら彼女ら一人一人は私1人しか見えていないけど,私には沢山のメンヘラが足の引っ張り合いをしながら助けろ!と体力とキャパの限界がきている(結局,自分が有名になりたい,自分はあくまでもBARの経営者なんだという屑は応援できませんし,それを成した所で何も変わりません).

 PhantomMedicine.病人は救わないことが病人の治療です.安楽死を導入する他はなし.安らかに眠れるYouTubeというメタバースドラッグはもう限界がきている.このままだとボクまで巻き込まれる(初田くんにはまあ成田も含めて単純に大学人の皆様にはガッカリの1言です.彼らの余りの腐敗がメタバースプラットフォームにおける沢山の弱者男性たちのメンヘラを産んだ罪は大きい.もっとも冷笑家や男根主義者たちには怒りすら持てませんが).

   経済活動において大事なことは金を稼ぐこと.その結論はvtuberやGAFAM.

   また,ぶっちゃけボクは株式会社DeNA(&武蔵野美術大学)&海外企業のweb writingぐらいしか専門性はありません.

 今はAIを活用した事務を行っていますが,これはすごい.冷笑せざるおえない.やっと落合陽一の指摘していたセカイに遅れて到達した感じです(ChatGPTを活用したweb writingへ意識の高い海外会社が適応できなかったことは日本の実態です).

 PhantomMedicine,冷笑を潰す冷笑する系すらも関心がなくなりました.

 落合陽一先生沢山の政治ありがとう.

 視聴者の皆様もありがとうございました.

 これからどんどんと社会は急速に悪化すると思いますが,ベタに社会を変えようと思いかつ知能指数がある人間たちが立ち上がりリスクを払わない限り,私は一切何もしません.ひろゆき&成田悠輔のおかげで出版界で小銭稼ぎできるのが日本の文系出版社だとしたら,シンプルに労働以外では興味がない.

〈追記〉

 私は共産党教育を受けていますしどこかの糞屑の陰キャと違って,思想を愛しています.だからこそ,冷笑抜きにボクは言いたい.ボクは月ノ美兎にも落合陽一にもやっと勝利した.アナタたち2人は資本主義での成功ルートは教えてくれたが,アナタたちはメンヘラを量産し続け,弱肉強食の相互不信社会を作ったことは諌めるべきでしょう(もっとも彼らは馬鹿ではないし優れた部分は沢山あるし正直共感しているが,問題を再生産してるだろう).

ITは危険すぎる,そして恐ろしいのはITが危険だとしか言わないで政治をする人間たちも余りに危険すぎる.

宮台真司さんの限界は彼ら屑に余りに優しすぎたことです.宮台真司さん,ご活躍これまでありがとうございました.アナタから殆ど学び尽くしました.屑に屑と言い放ち,屑にその実のところ愛を持つこと,人間を否定する生き方こそが正しい生き方なんだと理解しました.もっとも話しはめちゃくちゃ前進しています.これからとんでもない不幸や事件は爆発しまくり,一気に社会は変わるでしょう.しかも,私から何かをしなくても話しは進むらしいのですから.PhantomMedicine.

  

 

  

  

 

古田更一流中華未来主義とは何か?

 

 事務worker川尻浩作です.

   今日は古田更一流の中華未来主義について解説しようと思います.

   詳しくはFEUP(題 中華未来主義)で書きましたが,SNS上で思想運動を主に行ってゆき,極力は本は読まなくても済むようなシンギュラリティを展開してゆく運動です.

   この運動で確実に100%東京における学歴YouTuber的なZ世代とその親である世代は駆逐できます.

   この運動で大事なことは能動性です.

   AIが思考を代替するのがYouTubeのUIなので,どんどんなりふり構わず動くべきです.

   こうすることで社会を最低限は良く出来る能力を持つ屑は残ります.

   それ以外は社会を最低限良く出来るバカだけが残ります.

   もっともこのやり方も完全ではないですが,そこはご容赦を.

   大事なキーワードは能動性,いいね,プロ奢ラレヤーです.

   そこに最低限シンギュラリティ時代に残る簡単な学問・社会学を極めたものだけがヘゲモニーを握ります(東京大学文学部博士レベル程度の情報処理).

   これが古田更一流中華未来主義の要諦だ.

崩壊を加速させよ。

 首都大を首になった宮台真司を褒め殺し=全否定して、FPもとこをあえて中華未来主義者の長として批評=批判せよ。

 宮台真司の既得権益性は理論と現実のズレである。

 ようは、宮台真司は月ノ美兎と同じであり、本の理屈では正しいことを言うが、現実は一切正しいことを行いばかりか、真逆な行動をとる既得権益そのものだ。

 問題は♀ならFPもとこ≒月ノ美兎ならまだ話は分かるが、男でやる卑怯さ、臆病さだろう。

 宮台真司に粛清を。

 そして、むしろ化粧の苦手なFPもとここそを中華未来主義者として称えるべきである。

 学問は化粧にすぎない。

 宮台真司は嘘が巧いだけだ。

 そして、受験だけの経歴と実力しかない若者やオッサンの中で皮肉なことにFPもとこにすらなれない人々が多いという恐ろしい現実がある。

 だとすると、恐ろしい大量粛清と恐ろしい冷笑と警戒が必要になってくる。

 自殺するべきは、宮台真司や大学のエリートたちであり、基本的にナニもしなくていい、そして、え…それ嘘だろ?のような100%勝てるようなゲーム理論、理屈を優先して行動することが重要になってくる

 ゲーム理論は単に数学的に生きるとここではもっと簡単な方法で処方箋を考えてみよう。

 むしろ化粧の仕方、法人の手法だ。

 コロナ禍が終わった今だからこそやるべきこと。

 それは、メディア・アート化された

 マスク、手洗い、感染症対策だ

 まず、コロナではなくて、自分の美術的行動を抑制するために、あえてマスクをつけていかないとならない

 まず、手洗いも、コロナではなくて、人と会うことを避けるために、あえて手洗いを気にするべきだ。

 まず、感染症対策は、コロナではなくて、AI適正を上げてゆくために、人々がたくさんいる蜜な場所はテロの温床や詐欺の温床になりやすいために離れて生きてゆくべきだ。

 SNS的オフ会の場はできる限り、蜜にならないように避けなければならない。

 この3点を厳守すれば、哲学はしやすくなる。

 および、今、東京はむしろ安全な場所である。

 これから東京で戦争は起きない。

 戦後教育が徹底された上に更にAIが導入されて、AIと人間による戦争の時代になるからである。

 これからはAI脱依存が重要になってくる。

 むしろYouTuberにならないことが大切だ。

 FPもとこはこれから急激に伸びるAIアルゴリズムそのものである。

 FPもとこはbotであり、ドールであり、あれがYouTuberの限界にすぎない。

 むしろ、YouTuberはあくまでも告知とラジオとして使っていくべきだ。

 

  

 

 

冷笑を徹底=冷笑せよ.〜社会学批評=批判〜

 事務workerの川尻浩作だ。

 今最も勉強しなければならない学問は社会学だけである。

 AIが人間の知能指数を超える時代には殆どの学問は必要なくなりAIがあらゆる全てを代替するからだ。

 よって、本来は社会学なんという学問は必要なくなるが、木を見て森を見ず、しかし、社会学すら分からない人間は多いという可能性もある。

 これはコロナ禍におけるYouTuberブーム時に可視化されたメタバースプラットフォームの可視化だ。

 そこでは学歴に邁進するバカウヨ(コバショー)やクソフェミ(たむらかえ)、田吾作(ベテランち)がたくさんいることが可視化された。

 最もAIが人間の知能指数を超えるシンギュラリティは権威主義とは相性が悪いし、仮にシンギュラリティが起きようと権威主義は助長されてしまう(©AIをAIするAI)。

 だけど、いいとこどり、為政者を批判しながら、しかし、それ自体が必要最低限の権威である学際的な学問があるという。

 それが社会学である。

〜古市くんは冷笑だよっ!〜

 日本の社会学は古市憲寿(=陽キャ哲学)がぶち壊した。

 彼は詩でSFCに入り、東大にロンダし、TV村で能動経済をし(人脈を作り上げ)、一躍メディアの寵児になった。

 しかし、古市憲寿は悪くない。

 むしろ、メディアの病理を批評している点で最もマトモとさえ言える。

 彼は全てがお座敷芸になり村社会化する状況を風刺するためにTV村という最初のメタバース、島宇宙を自身の身体を持って批評したというわけだ(←田中康夫)。

 社会は悪くなっている。

〜劣悪量産されるドラえもんと星野源〜

 話しを戻そう。

 社会学者風コメンテーター古市くんは学問の終わりを表す点で非常に風刺的だ。

 むしろ古市くん(39)こそ若者wなのである。

   若者wである期限を伸ばせば、陽キャ哲学は継続できる。

 これが社会学という社会に底が空いたポストモダン状態と前後して流行ったメタ学問こそが社会学の実態だったわけだ(近代学問とのマッチポンプ)。

〜宮台真司が刺された理由〜

 宮台真司は政治家にすぎない。

 古市憲寿も政治家にすぎない。

 陽キャ哲学も政治にすぎない。

 まずこの前提野を頭に叩き込むことが必要だ。

 そして、ゲームプロデューサー香城卓こそが脱社会学者の最初の1人である。

 社会学者はいらなくなり、シンギュラリストというアクティビティストがいればいい。

 アメリカにおけるシンギュラリティのカーツ・ワイルを日本で行うとキッシュなメタバースプラットフォームになるからだ。

 よって、宮台真司は政治家としてか機能していない。

 もっとも彼には年齢やご立場の限界があるだろう。

 まったりとメタバースプラットフォームで終わりなき日常な島宇宙を野獣系でいこうしていきてください。

〈追記〉

 にじさんじプラットフォームは何か?

 逆転オセロニアがシンギュラリティモデルにおける加速主義(文系)だとしたら、にじさんじはメタバースモデルのシンギュラリティ(理系)である。

 シンギュラリティは已に実現した。

 にじさんじは女性である弱者性からシンギュラリティ革命を結果許されたというわけだ。

 最も実態は逆転オセロニア・プロデューサー香城卓と変わらない。

 大事なことは香城卓は逆転オセロニアを作りメタバースに夢を見て、新発田実月花は月ノ美兎に夢を見ていることだ。

 メタバースプラットフォーマーの運営者は香城卓でありにじさんじの社長ではない。

 新発田実月花こそにじさんじのプラットフォーマーである。

 彼女は天才的知能指数を有している成功した屈託さのないFPもとこさんだ。

 彼女はあまみしゃけに匹敵する(©訂正不可能性の文学)。

 もっとも彼女は女性なのだから…という点で偽りのプラットフォーマーからもにじさんじメンバーからも冷笑=社会学され続けている。

 クソフェミのアンタはウヨブタの旦那がお似合いだ。

 或る首都大学教授の叫び。

 あえてー。

あとがきに変えて。〜この春、モザイクはmalcomとナンパに行こう〜

 日本の美点、編集ありがとう、モザイク。

 さて、ボクはFランぼっちモザイクに異様に懐かれています。

 初田くんが現代の医学者ならボクは現代の美学者かもしれない。

 それにしてもこのモテモテっぷりはないだろう。

 もちろんFランぼっちモザイクにモテたところで本人がFランぼっちモザイクと表する通り、陰キャだし、実際に会ってみたら本当にチー牛顔で話しが劇的につまらない。

 ただここにはもちろん哲学的な意味があると思う。

 というわけで、なぜボクがモザイクにモテるのか?を具に考えてみたいと思う。

〜メタバース幽閉者は運営者を神に見立てる〜

 香城卓が昔逆転オセロニアというゲームをプロデュースした。

 どんなにゲームの中でトップでも運営者がトップにすぎないのだというのが私が初めて書き上げた批評『評論としてのオセロニア』である。

 もっともGAFAMプラットフォームより香城卓は上。GAFAMは神なき神である匿名的プラットフォームにすぎず、神の代わりにネ申、HIKAKINやはじめしゃちょーというネタが置かれる。

 ただ私のような運営者は何も私だけではなかった。

 それは声優である。

〜花守ゆみりのバカさ加減〜

 しかし、かつての知り合いで彼女はボクにコンプレックスを持っていた声優だ。

 声優よりも社会学の方が上だ。

 彼女は強烈に男性性に忌避を持っていた。

 そんな声優というゴミをシラケて冷笑するVtuberが隆盛したのは当たり前である。

〜オタクは死ぬべきだ〜

 ボクはオタクは好きだけど、あくまでも今のオタクは権威にすぎない。

 オタクを冷笑するのがVであり、Vを冷笑するのがYouTuberである。

 ただそもそもそのシニシズムをはじめに初めたのはオタクからである。

 昔からボクはエヴァにもゴジラにもハマれなかった。

 単なる権威主義であり、糞も面白くなく、フツーに綾波レイに萌えるだけが普通である。

 ようするに、モザイクくんやmalcomくんは遅れてきた不謹慎系vtuber大園葉蔵でありボクに感染=メメシースしている。

 ギリシャ叙事詩やスコラ哲学において感染することはパロールやエクリチュール、身振り手振りこそが哲学だというアグレッシブな「あえて」の二重性における文学が読み切れる嗅覚を持ち合わせている証拠なのだ。

 ハッキリ言えば、オタクはホモソの権威主義にすぎず、体制はエクリチュールのリズムで壊す他はない。

 つまり、モザイクくんはいや学歴YouTuberは本来、学歴をYouTubeというプラットフォームにおいてゲームにすることで=エクリチュール化することで権威批評=批判をしていたというわけだ。

 加速主義者とはモザイクくんのことであり、しかし、モザイクくんの限界はITの知識やARTの素養が足りず、非シンギュラリスト=加速主義者として宮台真司的にいやキュアロラン・バルト的にそんな賢い自分を認められないあえてがある。

 モザイクくんぅ!今度一緒にナンパをしよう。

 キャラや自己一貫性がブレる?

 それで権威が壊れないから、権威だぜ。

 あえてー!

〈追記〉

 モザイクくんの言動は佇まいからボクらを震撼させている。

 クソフェミもウヨブタも舐めていたら、潰される。

 気をつけること。

美しい小論文の書き方

1,他科目は極めよう

 小論文では誤字脱字や文章構成、編集が求められて最低限の情報処理が求められる。

 となると、その大学学部の他科目はマスターしなければならない。

 私はSFCの小論文は苦手だった。

 当たり前で肌感の情報処理が他科目に比例した情報処理を求めて足切りをしているからである。

 SFCの小論文は超長文を読み抜ける英語力や数学などの論理性が求められている。

 あくまでも足切りや普遍性のために他科目で情報処理や最低限の暗記をこなすことは重要だ。

2,政治力を勉強しよう

 小論文はナンパだ。

 モテないと始まらない。

 しかし、このモテるが難しい。

 私は様々な予備校の小論文の短期授業をあえて受けて統計的に処理しようとしたが、ハッキリ言えばほとんどの予備校はバイアスだらけであって、恐ろしいのはその先生と仲が良くないと良い点が取れないことが判明した。

 しかし、大事なことは学校や予備校の内申点ではない。

 あくまでも試験監督である教員に好かれなければならない。

 私はどうしても武蔵野美術大学に入りたかった。

 多摩美術大学の雰囲気よりもアカデミックだし、周りに泥臭い現実の空気を感じたからだ。

 多摩美術大学は武蔵美より偽善的で下に見えたからどうしても武蔵野美術大学に行きたかった。

 オープンキャンパスは必ず行くべし。

 そうしないと、直接教員を見ないと受からない。

 しかし、ここでミソは第一志望は必ずしも良いわけではないことだ。

 ここが小論文の良いところ。

 小論文は実際の実力を計られる。

 ほとんどの大学生は受験勉強でしか計られない。

 私は武蔵野美術大学造形学部デザイン情報学科に入りたかった。

 technologyをどう実装するか考えている研究室でSFCと併願されるような学科だと言われている。

 しかし、イラストを書かせる小論文であり、実のところ、保身的な美大専門学生の天下り先であったわけだ。

 なぜならば、当時の学長が務めている学科だからだ。

 

 一方で東京藝術大学を冷笑しながらもdesignに開き直る芸術文化のアナーキー的な小論文の方が資質があっていた。

 入った後も政治運動家たちが入っていた芸術文化で良かったと思っている。

 教員に好かれる政治は大切だが、政治だからこそ、自分の資質に向いている適正を計られるというわけだ。

3,小論文は失敗学

 大学入試1ヶ月前に併願入試で小論文を書くのならば、ここだけ見てほしい。

 あくまでも1は通期講習、夏季講習、2は模擬模試、過去問、オープンキャンパスの使い方、3は冬季講習、直前講習だ。

 ハッキリ言えば、小論文は市場主義のため、1と2が出来ないと、継続的に状況に合わせてヒットを見つけるのが難しくなるだろう。

 しかし、大学入試の小論文で受かるだけのテクニックは一応存在する。

 AIを試験に持ち込むことだ。 

 AIは統計的、数学的、定量的など特徴がある。

 まず寺師のダメな小論文がたくさん載ってある小論文集を読み漁り、いかに減点されないか?を暗記した。

 次に、あえて短期講習や無料講習で大量の予備校講師から小論文を添削されたり周りのライバルを見て、彼ら彼女らのバイアスを暗記した。

 最後に小論文は年上の教官を喜ばさないといけないため、リップサービスが必要だ。

 ARTが大切だと美辞麗句な嘘を書いたら、合格した。

 小論文は意外なことに減点式であり英作文と変わらない。

 あるいは数学の大問と変わらない。

 とにかくダメな添削を暗記して沢山の回答を暗記し自分を超えた美しい兎を書けば、美しいと評価されるらしい。

4,小論文はくだらないから、素晴らしい

 武蔵野美術大学造形学部芸術文化学科に入ったら、予想を超えるレベルに糞すぎて驚いた。

 まず教官は電通の天下り。

 週7授業は虐めは当たり前で高橋祭が自◯しても当たり前だよと平気で話されていた。

 鷹の台はヤバい街で、街の周りは創価学会だらけでしょっちゅう勧誘される(メンヘラが聖教新聞を取り見事、創価学会に帰依)。

 ぱくもとに似た小学生たちが安倍晋三は詐欺だと批評家しあっていたが、待て待てお前らの池田大作の方が詐欺だろと心の中で突っ込みたくなる(バカが見ていられなくて突っ込んでいた)。

 近くの川は太宰治や西部邁が自殺した場所で縁起が悪い。

 朝鮮学校が隣にあり、メンヘラになった学生たちがボランティア行為やSDGsと評して橋を作り武蔵野美術大学とつなげるアートをやっていた。

 台湾人や韓国人、中国人が意外と多い。

 

 しかし、素晴らしいのは、シンギュラリティは当たり前。

 コンピューターが1番多い学科で、米徳が人間とAIどっちが上か?初回で話して、AIだと言い放ち、後は放任。

 いかに就活が嘘かと言い放ち、芸術文化と提唱した授業は会社に連絡し会社にコネを作れというめちゃくちゃな授業。

 アート制作は単なる労働、ひたすら朝9時から怠惰な西部邁・太宰治が自殺した川で木々を拾いまくり、ゴミ掃除や会議ばかり。

 余りの重労働で無料のカウセリングルームやベッドルームは満席。

 私がイライラしたのは、金銭を一切貰えないこと。

 が、これだけの残酷さを把握することで、いかに大学が中身がない闘争する場所かを把握できた。なぜならば、教官もすぐに市場原理で入れ替わり、政治で負けたバカは消される。佐藤可志和は素晴らしいと書いたら、ブチギレたこともある(多摩美術大学の人)。

 株式会社DeNAへインタビューしたところ、周りの生徒からは冷笑、教官からは余りに全否定された。

 が、これはそういうノリなんだと理解できた。

 教官そのものがベンチャーであり、ある種の共犯関係的な仲間(プロレス)である。

 だからこそ、当時は意外にも意識高い系には非常に冷笑的だった(落合陽一に関しては理系なので唯一冷笑的にはなれなかった)。

 しかし、かといって沢山のメンヘラたちが過労および環境不全、あるいは社畜として消えゆくときに、意識低い系として冷笑するのは出来なかった。

 あえて冷笑を冷笑するために意識高い系を演じて、メディアを風刺するアプローチへ入った。結局のところ、意識高い系こそ働いていない小論文的な美辞麗句だ。本当に働いていたのはむしろ照れ屋な意識低い系の方である、と両方を風刺しようと企んだ。働かない無能な意識高い系の友人たちとは外部で英語サークルを行い、英語は儲からないと判断しいかに就活のコネになるか?を考える会になった。TOEICの点数は嘘。あんなの東大や

後から東大レベルの努力をしようやという救済措置や権威の利権にすぎねぇじゃんと戦友たちとオレは冷笑した。だから、英語はやめて、いかに年上とのコネを作るかにオレ以外は盲信していた。

 以上が小論文の書き方である。小論文は徹底的に嘘でいい。適応不全のメンヘラほどいちいちぱーちく些末なことにこだわり、自他に怒り散らす。本当に大事なことや大切なことはわざわざ糞社会に提示しなくてもいい。そういう意味では小論文は嘘、徹底的に美文であるべきだ。これがAIの実態であり、AIは素晴らしいからこそ、人間は絶対に耐えきれない。そして、小論文の良いところは殆どが詐欺であることにいちいち狼狽えるノイズ耐性の弱さを脱却し、人前の人間になれることである。社会には必要な虚構と必要じゃあない虚構がある。殆どの大衆たちはエリートの駒にすぎない。虐めは当たり前。それが大人になることだ。

 もっとも大人こそ実のところメンヘラだ。毎回、懲りずにアーティストとは何か?という白々しい嘘の問題を懲りずに奴らは作っている。

 ようするに、大人は自己言及的にダブルバインドを超えた一角のヤバい奴を常に欲しながらもブチギレて嫉妬しているわけだ。いいよ、ならば、意識高い系も意識低い系も殆ど単なる情報処理のラグや特徴量の違いをただ島宇宙的に肯定したにすぎない。そうじゃあない。そうじゃあなくて、問われているのは、ただ立派になるんだったら、全部やれよっ!というそれだけである。いちいちイデオロギーや立場の違い、むじゅんは大体どうでもいいんだ。全部やれば良いし全部休む時は休めばいい。たかだか受験は経歴を詐称するためのペラペラの通過儀礼、バンジージャンプにすぎない。だとしたら、こんなくだらないことよりもAIだったり、まあ今だったらアート、大衆は仲間との関係性を意識して生きたほうがずっといい。

小論文の書き方.(語源学のススメ).そんなことより宮台真司の方が役に立つ.

 はい 今日はね 小論文の書き方について喋ってこうかなと思いますはいまずね 結論をまず言いますで その結論の具体例を言います 最後 まとめます それをだいたい 繰り返す はいやだけど そういう なんかで大学とか塾とか 学校によって全く評価って変わるのよ ほとんど 小論文ってほとんど 政治です もう政治をどうやってたからどこまでその対策するから なんでどこまで ID に使われるが好かれるか好かれるかっていうのと最後も相性がいいとかあるからもうそういう感じ もうそういう なんかそういう話なんですよ だからね 結構 いかに自分のね トゲを消す かなってこと考えたね sdgs みたいなはいでね あの次 .寺師先生のダメな小論文があえてたくさん載っている本が1番オススメ.

  じゃあ 英語ね 英語 はね 基本的にまあいかに手を抜くかです 論理学でいいんだけどそのおすすめだね 英語の根源 ギリシャ語とかゲレマンドから考える インテグラ ゴ英語ってさ小林俊昭 ちょっとないんだけど 本質的に勉強の機嫌みたいのも考えられるから 基本的になんだよね はい 以上でした はい.

糞社会.社会は存在しない.AI.

まあどうしようもないよね今の時代は本当にメンヘラが多すぎてだって 東大 出ればさ 頭が良いになんてことはないです YouTube っていうのはほとんど 嘘ばっかり 本当に嘘ばっかりだねそれで人をいじめるな クズばっかだし もう何もゼロになると思うよ YouTube がゼロになる YouTube の価値がクソになるわけよ まあそれが日本のくそそだと思うよ 本当に パーチクパーチクパーチク だよねそうどうしよう で最終ばっかりバカとかカスとか呪文とかクズとかどうしようもないバカばっかだよ 本当にバカばっかだよね 本当に俺の師匠の一人お家の英文解釈の本当 全然上行ってるよ 俺の方は破るよりもねはっきり言うけどそんなねメディアで受けるか受けながらかどうでもいいわけですよ はっきり言うけど本当にクズが多いよね クズが多すぎ マジで クズが多すぎ 社会のこと 考えない女 とかバカなクズとか多すぎるね それははっきり言うけど 西村博之 も 荒稼ぎしてね まあ クソばっかり どうしようもない靴ばっかだね こんな社会はもう日に来るしかないね 自業自得です 皆さん 自分で首を吊ってください 最終的に全員が首吊ってもらえます それは当たり前だよ 本当にクズが多すぎるね.

じゃあ そういうクソ社会 どうやって乗り切るか それはまあ 仲間を見つけるしかないね 社会を生きる声を生きるには 仲間 そう もう信頼ベース 小さな仲間でいいからそういう小さな形で声を作って全然もういいわけですよ はっきり言うけど ほとんどクソである だって 近代国民国家 なんてほとんど 嘘嘘っぱちだもん 近代国民国家に帰属しようと思ってるバカとか 統計学ってものを嘘と別れながら 問診 しようとも へたれとかバカとかノロマが調子乗ってるだけ そういうバカたちは対応していただけますはいまあ ヘタレと言い方とかバカと言い方が気にするんだったら XX という言い方でもいいですよ はい どうしようもないクズが多すぎます はいバカかつクズでもねあのちゃんと倫理官とかちゃんと持てばそういうバカとかカス バカじゃなくてもクズは直せるんですよ 感情の劣化 だよね 感情の劣化 バカスクズさんをいいと思ってると思う そんなわけないじゃん まああの人はちょっと頑張ってると思うけどクズだと思うよ クズ どうしようもないへたれ バカだって完全にいいわけではない もちろん 完全な人間がいるかいなかったら 俺だってクズだよ 半分 はねだけどクズとは違うよ 本当 どうしようもないよね はい それは本当に どうしようもないはい

はっきり言いますが 僕の本気を出します 僕の一番 本気は Air AI するです 何だろう 一番の本気じゃないですか AI を AI するっていう本がその最も苦しい本だと思います はっきり言いますか これから AI が人間のちょっと超えますが もうほとんど 仕事ってのこれから AI になります 特に 情報処理 ね 情報処理ってものが特に AI になるわけよ 東京大学 バカが行く場所だよ 当たり前だよ じゃあ ヤンキーだって ダメですよ 意味がなくなる それは当たり前の行為です それは成田祐介と偽物です 真っ赤な偽物だよね まあでも偽物は完全に悪いというわけではないよ それは半分は そこはあるよね 冷笑していくしかない 冷笑 な人間ではない 戦争も起きてるわけよ 戦争って 連勝 もつまらなくて AI と 人間は戦争するわけよ はっきり言うけどその戦争っていうのは人間は負けます 99% なぜならば これは車の革命と同じことだから もちろん その上で AI に適正できる人間と適正できない人間同士で戦争を受けるよ もちろん AI 適正できないような 東京大学 人間たち だ よ 東京は負けるよね 京都みたいに落ちぶれるよね 昔はもっとすごかったからともかく そんなことよりも AI が人間の知能を超えるっていう事はもう起きててもちろん それは完全にいいと言わない人たちが救われる部分もあれば救われてない部分もあるしかし 起きてるわけだから それは靴がらないよ はい 本当にクソ女だよね かわいいけどね 月ノ 美兎

終わるある非日常を生きろ.〜AIにより実装された美の享楽へ〜

 

 Web Writerの古田更一だ。

 今回、私はゲーム理論のやり方を伝授しようと思う。

 このゲーム理論は私の専門であるメタバースプラットフォーム運営の1つの発展型である。

〜株式会社DeNA『逆転オセロニア』と批評系YouTuber集団ChaosForestから感じた1つの系〜

 私は武蔵野美術大学生時代にAIが人間の知能指数を超えるシンギュラリティが流行っていたため、株式会社DeNA『逆転オセロニア』におけるメタバースプラットフォームの運営法を研究していた。

 ここで大事なことは拙著『技術的特異点』を読んでほしいが、社会学〜シンギュラリティの共同体の空洞化と疑似共同体のテック化、加速主義の隆盛である。

 社会学では再帰性近代になると武蔵野美術大学教授・小幡正純=アンソニー・ギンデス曰く近代という虚構の社会を俯瞰して冷笑してしまう再帰性近代を誰もが享受せざるおえないということである。

 もっともtechnologyにより更に社会の空洞化は加速してゆき、社会は共同体はマーケティング内におけるメタバースプラットフォームというビジネスモデルに回収されるというわけだ(香城卓『逆転オセロニア』)。

 

 このような時代にはメタバースプラットフォーム内には1つのマーケティング図式で証明できうる権力の単純な構図が見えるだろう。

 社会学者・宮台真司は処女作で『権力の予期理論』という本を書いた。

 ニコラス・ルーマンやマックスウェバー、廣松渉の権力構造論を応用しそこにゲーム理論を導入したらどうなるか?を書いた本だ。

 しかし、宮台真司は致命的に50点間違いを犯している。

 それは時代の問題もあるだろう。

 宮台真司の『権力の予期理論』は先ほど描いた社会学を超越したシンギュラリティ、加速主義と同じ問題を抱えている。

 つまり、人間が人間でマーケティングするという系に挟まっている宮台真司による『権力の予期理論』はシンギュラリティの中でヘゲモニーを握りたい空疎な数学でしかない

〜AIが人間の知能指数を超える〜

 権力は存在しない。

 あるのは皮肉なことに政治空間のみだ。

 が、AIが人間の知能指数を超えるシンギュラリティにおいて人間が従来の大学の枠組みで思考する必要性は下がっている

 だから、AIが出した最適の解に我々はアルゴリズムとして従うだけで基本的には最適な解を出せるというわけだ。

 ここでAIやシンギュラリティをより普遍的に考えれば分かりやすい本に初田龍胡『落合陽一を批判的に読む』がある。

 シンギュラリティとは、AIとは、SNSのLINEこそがむしろtechnologyの一部であるという分かりやすい例がある。

 私から言わせてもらえば、最先端のAIはGoogleがYouTubestudioで常に最新のアルゴリズムを提供してくれている。

 そして香城卓『逆転オセロニア』のように後は人間にできることは統計やマーケティングの外にある生身の人間との対話にすぎない。

 こうして数学は不要になりアルゴリズムと化し、人間は人間と対話した量や質、YouTuberになることが下部構造(ストラクチャー)でも上部構造でも必要となるわけだ。

〜AIをAIするAIという脱権力の予期理論〜

 もっとも香城は宗教をtechnologyで実装したにすぎない。

 このような時代には、むしろ権威的なプラットフォーマーたちをどう理解するか?という更なる視野が人文知に求められるオブジェクトだ。

 ここで重要になるのが、情報designである。

 スティーブ・ジョブズが天才designerとして活躍した通り、designerは初田や香城、新発田のprogrammer的プラットフォーム的ディストピアのヘゲモニーを食い破る1つのオーソドックスな手法だ。

 designは言葉の定義に細かい重箱の隅を突く論理学だ。

 しかし、designで重要なことは、美であり、浅ましいマーケティングや浅ましい最適化論は当然許されない最も民主的なアメリカナイズされた価値観、プラグマティズムである。

 もっともプラグマティズムを新興宗教だと冷笑する新興宗教2世のバカのブーメランになってはいけない。

 designを理解するには、文系ならアメリカ哲学史、理系なら、コンピューターを実際に触ってみる実践論にしかない。

 ここで大事なことは社会学そのものが理系によりあくまでも脱構築されて、〈戦後〉という教養学でしかないことだ。

 戦後とはアメリカのポップコーンを食いながらTVを見たりまったりと終わりなき日常をジモティと駄弁ることだ。

 もっともtechnologyの加速主義はそのような戦後を終わらせる。

 ようするに、〈戦後〉こそ権力であり、不要な腐敗である。

 単純なゲーム理論で考えられる選択肢は2つ。

1,加速主義で戦後を終わらせて、崩壊を加速させる冷笑。

2,むしろ古市憲寿のように戦後を徹底することで戦後という冷笑的構造を冷笑する手法

 そして、第3段階のフェーズがPhantomMedicine,加速主義をより徹底することで完全にAIが人間を超えてしまった世界観を前提にする冷笑を冷笑し冷笑するへーゲル的な弁証法である。

 つまり、大学はいらない、会社になる、共産主義はいらない、資本主義になる、田舎はいらない、東京だけでいい(社会学→シンギュラリティ)。

 これは最も冷笑を冷笑し冷笑したにすぎない。

 中途半端にうだうだと共産主義をやることこそ最も資本主義的な系を再生産している。

 私は現在仕事でAIを日々使っているが、数学は必要ない。会社だけで良くて、日々実践により最新のデータをインストロールするだけで構わない。

 人間のインテリは必要ない。

 必要なのは、AIが出した答えを編集するdesignerたちによる美の速度の計測値だけでいい

 宮台真司をAIで徹底せよ。

 宮台真司は必要ない。

 必要あるのはAIのみだ。

 社会は存在しない。

宮台真司おじいちゃんは刺されても老いを自覚できない理由

 ~超陽キャ哲学は古田更一のパクリだけでなく、宮台真司リスペクトである~

 う~ん、これは難しいね。難しい。

 でも、まあ冷笑しているのだから、刺されたというのは大きく間違えていると思う。

 う~ん…、オレは安倍晋三を銃で撃ち殺した山上徹也は否定的だ。

 なぜならば、そこで銃で撃ってしまうところにこそ、安倍晋三への甘えがあるからだ。

 甘えが悪いのではなくて、山上徹也自身が本気で革命を志したわけではないこと。

 ちょうどこれは偽物の学歴厨が本物と称されるトマホーク的なノリの問題に似ている。

 メディアは子宮みたいなもんだから、宮台真司をリスペクトしている人間だからこそ刺してしまったんだと捉える他ない。

 そういう点で宮台真司はテロリストに負けたとも言えるし、一方でそこまで宮台真司が老いているし罪と罰を抱えてしまっていることだ。

 もっともこの問題は非常に難しい。

 やっぱり山上徹也は賢いということになる。

 が、これは非常に文系的、批評的、社会学的、脱近代を生きるんだと文系的に捉える頭の悪さみたいなものをここで露呈させている。

 ここで重要となるのが、冷笑的だが熱かったFPもとこVS初田龍胡論争だ。

 これは私の模倣であり、冷笑にすぎない。

 では、これからどうなるんだ?と言えば、宮台真司がテロリストに立場を譲り、FPもとこが初田龍胡に立場を譲るべきだろう(=譲らないから、テロリストは自殺してしまったし、譲らないから、初田は攻撃をしてしまった)。

→だから、不謹慎的な芸風かあるいはAIをAIしてAIする現実を見せるしかない。

 ところで、陽キャ哲学は宮台真司が刺されたという動画でバズっていた。

 むしろ彼の最近出した超 陽キャ哲学は宮台真司の陽キャ的ノリとほとんど同じ心身のルッキリズムという新たな資本主義を打ち出す限界的な構造がそこにある。

 もっとも超 陽キャ哲学は文学だから、その限界は感覚として評価されていいのかもしれない。

 批評は文学になり、文学が批評になる。

 政治的なのは陽キャ哲学であるのだけど、彼は心の病気を現在、実存的に患っているのだから(宮台天皇が崩御した!という意味で)、そこは保留しておこう。

~AIをAIするAI~

 ここで補助線になるのが、初田龍胡批評であるAIをAIするAIだ(落合陽一&成田悠輔批評も収録)。

 ここでは数学を使った彼らの政治のテクニックを情報デザインしてみせて、最終的に望月新一の数学政治の目的を露呈させることを話している。

 批評の時代は中流幻想があった方が有利な左翼であり、シンギュラティとは中流幻想を否定する右翼の時代の表れに他ならない。

 問題は左派が現代では権威化しており、社会に必要なくなっていることである。

~右派ウハウハ?~

 うん。

 問題となっていくことは、〇〇〇はオレの宣伝をしてくれた。痛く。痛烈に。

 そして、宮台真司はオレに立場と利権を渡してくれるはずである。

 すでに。

 それはおそらくミズサーという場を中心に考えるべきだろう。

 宮台真司のお世話をしている場所だからだ。

 

 では、最後に宮台真司×野田智義『経営リーダーのための社会システム論』の間違いを指摘しよう。

1,昭和的説教

2,コピーライト

3,大学信仰が強すぎるメンヘラ

 1,昭和的な男性が頭が良いんだというノリが単なるホモソ化している。ここに結託するのが、レズビアンなにじさんじ的なものだ。

 まずネオ幕府的なAIとかSNSを考えないバカのノリは禁止。

 2,動物化する人間だとかいちいち言葉に酔っているだけのポエマー。

 やめたほうがいいと思う。

 他人事だけど、そうだね…、おじいちゃん。

 おじいちゃんがお化粧で大きく見せるのは最もメス。

 引退しよう。

3,大学を信仰している学歴コンプがあるね、宮台真司おじいちゃんには。

 まあコンプというよりは信仰に近い。

 ないです。

 AIが人間の知能指数を超えたんで、来年から。

 はい。

 人間がやるべきことはAIが出した答えをどう編集するか?というところにむしろ様々な深みだったりグラデーションが増すことである。

 だから、いちいち絶望する必要はないと思う。

 メンヘラすぎ。

 純文学の陰キャ臭ささが耐えきれない。

 宮台真司おじいちゃんは賢いけど、太宰治とか芥川的なトロさがある。

 その程度の自殺するバカは読む価値ないし、インデックスとマジでレベルが変わらない。

 文系とか文学部は社会に必要がない単なる負債。

 世の中から消えちまえ。

 まあ消えてほしいっていうよりも、それはSNS芸人として生きていくしかないのだから、もう落合陽一&初田龍胡こそがこれからの文芸評論家であると定義すべきだ。

 

 

陽キャ哲学・鈴木とミズサー・茂木の総括。~二人の不謹慎系YouTuber批評~

日本の若者は新宗教とかオカルトにそっちへ惹かれているよね。

雑誌とか見ても新年の雑誌とかもほとんどそっちへ流れている。

それも1つの表れなんですよね。

今まで教育とか家庭の中で与えられてこなかったね、本当の知性、まあ伝統って言葉を使っていたけど、まあ他の言葉でもいいんです。知恵とかね、そういうのを勉強したいって思っていると思うんだな。

で、そういうのが日本で残されているところっていったら、とりあえず宗教とかそうなっているから皆そっちへ流れているけど、本当の関心はもっと深いところにあると思っている。

誰も教えてくれないんだよ。今まで。だから、そのことを皆知りたがっているわけだから。

だから、そういう本当に人間がね、気が休まるようにさ、気が休まるような重要な知識って何なのか?ってことを、最近の若者たちは肌身で分かってきているのはボクは少し嬉しいですね。

~中沢新一VSライアル・ワトソン より引用~

~今の陽キャ哲学は新興宗教的な役割をこなし、ミズサーもオカルト的な手法の系にハマっている~

 ハッキリ言えば、2020年におけるコロナ禍の間は、大衆たちは病気だった。

 大衆たちそのものが精神疾患に近い病を全体的に患っていた。

 しかし、もっともボクは陽キャ哲学のぱくもとさんやミズサーの茂木を無下に否定したいわけではない。

 80年代の時に大衆たちが病気になり、©が流行ったり広告文化が流行りバブルに人々は熱狂した。

 しかし、その後に現実逃避をしていた大衆たちは現実を見ることになり、オウム真理教だったり宮崎勉事件へ収斂していった。

 これと同じことなんだよ。

 ハッキリ言えば、YouTuberブームそのものが病気である。

 コロナ禍時に流行ったYouTuberブームそのものが反知性主義的な病気にすぎなかったのだ。

 もっとも一番病気はYouTuberブームという歪んだアートより先に流行ったオタク、オタクこそが病気の最たる例であり、ゆとり世代を代表する陽キャ哲学やミズサーのノリ自体に精神病理的な問題があるのだ。

~社会は存在しないことに現代人は耐えきれない。しかし、もう止まらない~

 ボクは陽キャ哲学さんやミズサーの美学を否定する気は起きない。初田くんほど。

 なぜならば、真実が人を癒すことではないのだし、思想というのは、IQテストと違って、フロイトも言っているが、人の愚かさから志向しなければ人間を俯瞰できないからだ。

 ようするに、陽キャ哲学もミズサーもSPY・FAMILY、ゆとり世代のオタクたちのプラットフォーマーとして個人の単位で人々にモルヒネを与えることで人々を救っているのは、完全に悪くないと思う(©宗教は民衆の阿片だ。しかし、これはだからこそモルヒネは必要なんだというマルクスの大衆批評である)。

 しかし、ここで二人を断罪しなければいけないのは、陽キャ哲学に対しては、政治的な行為に走っているのは、大川宏洋同様、アナタだよ、二世のアナタこそが愚かな父と同じ間違い≒愛を反復しているじゃあないかということ(古田更一『中華未来主義』参照)。

 そして、ミズサーの茂木さんの共犯関係的な狡さは、そういうゆとり世代のオタクたちを相手にして、水子たちを相手にしてビジネスをしている時点で、シラケ神経症、堀本見もそうだが、アナタこそが、非常になんらかの学歴コンプ?、あるいは、異性に対する恐怖、ナニが原因か分からないが、非常にシラケているアナタこそベタすぎる病気である。

 シンギュラティ時代において実存主義的に生きれない文学者のぱくもとたちオタクとそのオタクたちからおカネを得ながらシラケて神経症になるー、そのベタとシラケの共犯関係は非常に政治的だし、非常に病気である

 難しい話になるからここは飛ばしても構わないけど、ボクは武蔵野美術大学教授・社会学者・小幡から社会学を学んだ(古田更一『技術的特異点』参照)。

 小幡=アンソニー・ギデンズ曰く再帰性近代を生きるボクたちは簡単に言えば、終わりなき近代社会を俯瞰する=冷笑する再帰的な時代を永遠に生き続けるようになるという。 

 もっともこの発想は第二次世界大戦後における発想そのものだ。

 現代はアンソニー・ギデンズのその文系的なオタクに似たシニシズムを超えて(宮台真司や大塚英志はオタクこそがポストモダンだと言っていた)、GAFAM的な資本主義が支配し、そこにAIが人間の知能指数を超えるシンギュラティが起きている。

 逆転オセロニアのプロデューサー・香城卓は14年前ほどにボクにこう言っていた。

「これからSNS上によってできたコミニティの時代が起きるだろう。社会は存在する!ボクが作っていくんだ!」

???「古田くん!キミは尊敬している香城卓さんの社会は存在する!を裏切っているじゃん!いけないよ!」

 そうじゃあない。

 香城卓がボクに言った言葉には続きがある。

「ゲームプロデューサーになりたいキミだからこそ、ゲームプロデューサーにはならないでほしい。ゲームプロデューサーに本当になるってことはボクと同じことをしたら、ボクはキミを軽蔑=称賛するぜ」

 ボクのお師匠である英語講師・太庸吉は情報構造の速読を広めた人と皆に言われているが、そうじゃあない。偉大な人間に共通するのは弟子への軽蔑とオモテウラの実存の切り分けだよ。

 ボクは太庸吉先生の世間で言われる浅はかな情報構造に惹かれたんじゃあない。彼のオーソドックスすぎる正統派の英文解釈だったり熱がこもりすぎたチョムスキーまで踏み込んだ英語への熱に感染していた。

 彼は社会学者マックス・ウェバーに師弟していた軍人から直接社会学を勉強したという。

 くだらない受験勉強をこれまでかと教授する太庸吉先生からボクはマックスウェバー的なノリみたいな語感のリズムを勉強していた。

 太庸吉は情報構造の人?

 そうじゃあない。

 香城卓は逆転オセロニアの人?

 そうじゃあない。

 森村の社会科の院卒が単なる共産党崩れ?

 そうじゃあない。

 ボクはことごとくお師匠たちの行ってきた行いをあえて否定するような言動や人生を歩んできた。しかし、それは彼らを尊敬していないからじゃあない。ボクはいつも強烈な実存を抱えて含みがある人間の市井に非常に影響されてきた。

 ようするにボクの親父もそうだが、お師匠たちが言っていたことは表と裏がある。弟子の軽蔑、つまり、オレを乗り越えろと言っている。そこをちゃんと理解すれば自ずと自分が何をしなければいけないか?はちゃんと分かってくるはずだ。父親は右翼的な人間だが、だから、オレが右傾化すべきか?そうじゃあない。ようするに、そういう含みを理解することが重要なのに、ボクはあえて不謹慎系YouTuberで踊っていた=シラケていた=ベタ。が、蓋を開けたら、YouTuberブーム時に踊らされている奴らばかりだったらしい。

~それでもFPもとこの愚かさを「あえて」ボクたちは褒めなければならない~

 ここからは初田龍胡を批評=批判しよう。

 Z世代の彼は東京医科歯科大学医学部を現役で合格し中退し医学部思想系YouTuberとして現在は六本木でprogrammerをやっている。

 彼は2023年、経済アート系YouTuberFPもとこを執拗にYouTube上で批判し続け、警察を呼ばれるまでの騒動に発展した。

 これが余りに凄まじい迫力を持ちほとんどの関係者たちはクチを紡いだ。

 だが、ここでボクは今まで言えなかったことをとうとう言えるときがきた。

 ボクはFPもとこさんとは仲が良く、一緒にコラボライブを何度も行って、シンギュラティについて二人で考える回を何度も行っていた。

 古田さんはFPもとこさんがシンギュラティを分かっていると思いますか?

 なわけないじゃん!

 「あえて」だよ。

 もしかして古田さんは不謹慎系YouTuber坂口章が頭が良いって思っていますか?

 ハッキリ言えば、「あえて」だよ。

 セカイはそもそも出鱈目である。

 しかし、その出鱈目を生き抜く強さこそが、重要である、真剣なTwitter(戯言).

 社会学的な社会が存在しない再帰性近代という文系的な冷笑もシンギュラティストたちの加速主義のノリもハッキリ言えば、ボクからすると、浅いと思っている。

 ようするに、思想はIQではない。

 ようするに、思想において重要なことは、コンスタティブとパーフォマティブ、文脈の問題をしっかりと分かっているかである。

 FPもとこの語り口には論理性が全くない。

 でたらめだ。

 余りにでたらめだ。

 が、それは彼女の1つの諧謔なんですよね。坂口章と一緒で。

 ちょうどFPもとこさんは団塊ジュニア世代でオタクがポストモダニストたちのメンヘラたちだと提唱した世代の人だ。

 ようするに、FPもとこさんの老いさあるいは一つの方言のような話し方には論理性は全くないのだけど、ゆとり世代の坂口章と同じく、余りに2人が論理破綻を素直に話す態度そのものに非常に諧謔的な批評があることを見抜かないとならない

 坂口章はオレに演技がバレているから、オマエとはあまり話したくないと言っていた。

 FPもとこもオレのことをバカにしていて、普段はニコニコしているのに、いきなり急変しだして、ハツタの仲間だとオレを糾弾する。

 しかし、これは1つの表れなんですよ。

 オタクは権威になったり、アナタたちは病気である

 社会学の文系とシンギュラティの理系、鬱病的な冷笑的結論と躁鬱的なシニシズムの病気である。

 

 様々な人間たちがFPもとこさんや坂口章さんの愚かさを嗤うだろう。

 バカにするだろう。

 しかしー…、ここまで老害さを隠さない、オタクさを隠さない二人の実存的な問いがここで発生している。

 ようは、文学であり、二人がここまで老害さやオタクさ、病気を隠さないで見せつける態度そのものに批評的な問いが鋭くあり、日本人たちが本当は考えなければいけない重要な問題だ。

 医学部YouTuberがバカだからナニも考えていない?

 ぼっち系YouTuberが陰キャだからぼっちなだけ?

 そうじゃあない。

 文学でしょ

 あえてだよ。

 もっとも初田龍胡の主張もよく分かる。

 アナタたち団塊ジュニアやゆとり世代の問題はアナタたちが大人であるにも関わらず成田もそうだが、子供の文学をいまだにあえてやるズルさ、狡猾さである。

 だから、初田はFPもとこを大批判し、そして、坂口章をスルーしている。

 そのような態度もいいだろう。 

 なぜならば、日本の団塊ジュニアやゆとり世代がバカすぎるからこそ、シラケたフリをする医学部YouTuberやボッチ系YouTuberが流行っているからだ。

 この国に社会なんか存在しない。

 だって、そもそも親子喧嘩を代弁したじゃあないか、もとこさんと初田が。

 初田を虐めているのは、アンタら団塊ジュニアだよ(もとこさん。アナタが初田に虐められている?よく言うぜ)。

 FPもとこや坂口章、ウ、陽キャ哲学、FEUPに欠けている非倫理性は、アンタらの実存的な泣き上戸こそが権威主義じゃあないかということである。

 アナタたちが成田悠輔同様裁かれているのは、老害を切腹せよと成田、オマエが言うなであり、そのメンヘラ性はFPもとこにもあるし、坂口章でもあるし、ウにもあるし、ぱくもとさんにもある。

 もとこさんより男が経済学に詳しい。

 坂口章&ウよりも月ノ美兎の方がARTに詳しい。

 ぱくもとさんより女の方が哲学は詳しい。

 もっともボクはそこまで団塊ジュニア&ゆとり世代の純文学を断罪する気になれない。

 成田悠輔にもそこまで否定的になれない。

 

 家族というものは、そこまで褒められたものではないし、どうしようもない。

 だが、そうやって家族はボロ屋でも紡いでいけなけらばならないし、それが最後の遺作・ドストエスフキー『カラゾーマフの兄弟』における父殺しのテーゼだからだ。

(もっとも初田の卑怯さはボクのやった父殺しの模倣である。彼は落合やボクのアイデアをより鋭く尖らせる天才的秀才性を持っており、それこそが才能である)。

 ~天才児・稲葉批評~ 

 血迷って天皇を志向してしまうような陽キャ哲学は恐らく実存的な欠損を埋めるために稲葉という子を空虚な中心として称える院政を敷いている。

 だが、それは愚かな間違いだ。

 彼は確かに顔出しもできる点は素晴らしいが、そこには陽キャ哲学の限界、ひろゆきの限界、そして稲葉の限界というよりも団塊ジュニアの限界、倫理性の欠如という許されざる問題がある。

 稲葉は冒涜している。

 哲学への敬意がない。

 最低な男だ。

 許されざる人間だ。

 ボクは初田と違って、稲葉くんの論理性の欠如に怒っているわけではない。

 だから、論理性の欠如に関しては、陽キャ哲学同様に目をつむっている、期待している。

 問題は、彼、稲葉くんの歴史に対する感覚や土地に関する文脈の欠落性である

 彼には人文的な人間がどう考え紡いでどう生きてきたのか?という共感性のような能力や知識、パターンがものすごく欠如している。

 彼には、皮肉や諧謔、文学をどう普遍的に考えるか?という目線が非常に欠落している。

 その証拠に嘘を言っているとそのまま言ってしまうところに非常に成田に似た問題がある(ようは成田悠輔の域を今の彼は出ていない)。

 ボクはその手の能力をゲーム理論と腐すが、あえてね。

 単に真面目に思想をやることをボクはゲーム理論とこういう人間たちが多い状況を腐して言っている。

 もっともFランぼっちモザイクも軽く屑である。

 もちろん月ノ美兎はよりもっと許してはいけない

 彼女には非常に倫理が欠落している。

 最低な人間だ。

 クズだ。

  どうして10年代に株式会社DeNAや落合陽一、newspicksたちがGAFAMを作らなかったのか?

 或る意味で負けたのか?

 違うよ。

 それは、technologyを余りに悪用したら禁忌を人間が破ってしまうという良くも悪くもオタク的なSFにおける倫理=加速主義批評があったからだ

 しかし、にじさんじよろしく月ノ美兎には良くも悪くもそれがない。

 徹底的に露悪的にポルノで金儲けだけに思想的な問題、ITを使い倒してしまった

 それは非常に許されることではない。

 日本でメンヘラたちがたくさん増えたのは、圧倒的ににじさんじや月ノ美兎、そして、田舎にいる哲学への葛藤がない人々の罪と罰である

 拝金主義である。

 もっとも月ノ美兎の気持ちも分かる。

 YouTuberという楽観的なノリは分かる。 

 しかし、それはキミたちが頭が良かったから成功したというわけではない。

 

 日本人として哲学をする行為の批評性を非常に冒涜しているのだ。

 もっともそこまで絶望することでもない。

 そうやって人々は何度も何度も間違えながら、物語を紡ぐのだ。

 ボクが筑波大学だめライフ愛好会ことイールくんを称賛するのは本当にすごいと思っているの?

 なわけないー。

 あえてだよ。

 これを冷笑だと冷笑する方こそ冷笑家である。

 シラケ神経症、シラケることに神経症的である。

 シラケていて頭の悪いフリをする彼がナニも考えていないように見えるか?

 彼がバカなのは、彼は外山恒一先生を冷笑=賞賛していることだ。

 彼は病気である。

 彼は文学である。

 だからこそ、シラケることに神経的であることは病気である。

 あ、イールくんは怒ってしまったかな?w。

 ボクは不謹慎系YouTuberはやめることにした。

 そして、ボクはAIが人間の知能指数を超えるシンギュラティストとして生きようと思う。

 え?古田さん、本当に不謹慎系YouTuberをやめたんですか?って。

w.

〈追記〉

 それでもやっぱりボクはベテランち=青松輝&月ノ美兎=新発田実月花よりもほぼ実名でSNS思想を紡いだ初田龍胡こそが最も思想のセンスがある人間だと高く評価=冷笑したいと思う。

 YouTuberのなりかたを読んで、本当にコイツはナニも考えいない人間と言えるだろうか?

 そのテキストの行間を読む力は歴史だったり文化や哲学への愛がなければ不可能だ。

 ボクが一番憤ることがあるとすれば、ぱくもとさんよりもミズサーの茂木さんだ。

 アナタはハッキリと言えば、文化、サブカルチャーへの愛が足りない。

 そこは文化人として許される態度ではない。

 アナタは元電通のQちゃんやオレの元カノ、そして、宮台真司や外山、木澤などといった様々な人間関係に甘えている、もっともベタすぎるクソさだ。

 アナタがメンヘラなのは、アナタは人間関係を悪用し政治をする本当のぼっちだからである。

 茂木さん、アナタこそ陽キャ哲学の素直さと嘘さ、あるいは、ネオ幕府との共犯関係的な戦争状態を調停すべきである(=月ノ美兎こと新発田実月花こそがメンヘラたちを総括すべきだ。イズモシンゴの周りにいるような)。

 その問題はオレの元カノやオレがやることではない。

 文化人として生きるアナタこそがやるべき仕事だ。

 アナタの愚かさ、非倫理性は月ノ美兎の寂しさによく似ている。

 しかし、それは断じて許されることではない。

 そして、ボクですらも次の本当の文化や批評を紡ぐ次の世代に総括されて、次の歴史のバトンが渡されてゆくだろう。

 ミズサーには文化が足りない。

 初田龍胡をあえて批判するとしたら、彼にはそのような下にいる人間たちの文化が見えていない。

 もっとも初田が新発田実月花=茂木=青松輝より優れている点はどこまでも受験勉強やエリートに徹底的であることだ。

 エリートの落ちこぼれがIQで文化を居場所にしただけだ。

 それが新発田実月花であり、林世蘭であり、茂木であり、青松だ。

 エリートならば、徹底的にエリートたれ。

 そういう点でキュアロランバルトは高く評価する点がある。

 エリートとして権威を行うという加害性から逃げた本当の加害者たちはむしろ、茂木さんたちだ。

 だから、アンタらはエリート競争から落ちこぼれた烙印の人間たちなのである。 

 アンタらが文化を実は階級闘争に使うだけであって、愛がないことはバレている。

 でも、そう絶望することではない。

ボクもそうだからだよw.

「あえて」ー。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京が下部構造になる。

 オレは前から疑問だった。

 退学しているオレがこんなに頭が良くていいのか?と。

 早慶の友人や上智のミズサーである同じ低学歴の茂木さんに代わりに私の行っている政治運動をやってもらいたいぐらいだ。

 学歴コンプレックスではなくて、不謹慎系YouTuber坂口章の弟子をオレが担って良いものだろうか?

 メンヘラを治し最新のtechnologyに対する造形を持つSNSアーティストになるには不謹慎系YouTuber坂口章のアイデアは貴重なサンプルだった。

 しかし、私はある1つの仮説を提示することでこの問題をクリティカルヒットすることができた。

 ようは、大学の学士は京都コンプレックスという1つのヘゲモニーにすぎないこと。

〜京都はド田舎である〜

 大学の学士が云々という話しはポストモダニストである大阪&京都の柄谷行人/浅田彰が日本における起源だ。

 ここでFEUPで描いた疑問が氷解する。

 エリートのくせに既得権益にしがみつきダラダラするあのポストモダニスト的なしぐさが。

〜戦後という非イノベーションの余裕さ〜

 戦後に浸る古市憲寿=成田悠輔の仕草はSFC特別研究員とイエール大学助手から分かる通り、彼ら自体が受験勉強的に学士を最適に手に入れて、後はだらだらしようというノリだ。

 これは京都を中心にした政治の消滅である。

 つまり、これからは東京が下部構造になり、東京が京都(ミヤコ)になる。

 となるならば、仕事やSNSにおける能動性が評価されるニュー・ビジネスの時代だと解釈できる。

 東京が学士の代わりになるというわけだ。

〈追記〉

 ようするに、落合陽一のように(浪人していて=)退学しているようなスターが出てくるというわけだ。

陽キャになって、YouTuberになろう

 陽キャになることも難しい昨今だが、YouTuberになることも難しい。

 だけど、僕らは陽キャにならなければ死ぬし、YouTuberにならなければ上部構造、政治的な影響力を行使できない。

 だから、陽キャになるエッセンスを書いた新しいライトノベルに超 陽キャ哲学がある。

 また、YouTuberになるエッセンスを書いた新しい批評書にYouTuberのなりかたがある。

 この2つを手探りにアナタも陽キャになってYouTuberになってみよう。

〜そもそもなぜ陽キャになるのは難しいか?〜

 本は破れるようなAIが人間の知能指数を超えるシンギュラリティというビックバンはまだ誰しも公共?で教育されていないからだ(そもそも厳密には公共すらなくなる)。

 だから、YouTuberになるということはPROGRAMを身体として理解するに等しい。

 だとしたら、まずは陽キャという単純化されたコピーライトでシンギュラリティを身体的に理解すべきだ。

 ようは、うだうだ言っても、AIは便利なためAI的社会は使い倒したほうがいい。

 そういう反人間的なメンタリティを小説(YouTuber)の形に落とし込んだのが、この超陽キャ哲学である。

〜YouTuberという純文学的な批評(ドライブ)〜

 もっとも難しいのは、「人間」として生きる=イキることだ。

 これは難しい。

 様々なtechnologyの発達が発生する時代には人間として生きるARTは皮肉なことに東京大学理三YouTuberベテランちのように東京大学に合格することでしか担保されていないのだ。

 東京大学に合格することで人は初めてYouTuberになれるのだ。

 それだけの情報処理がYouTuberというアーティストになれる必要最低限条件だ。

 東京医科歯科大学医学部中退YouTuber初田龍胡はYouTuberのなりかたでその手の悩みを解決した。

 YouTuberになるには親と住まないこと、ネタをメモすること、小論文入試を意識して動画フォーマットを作れば量産できること。

 つまり、YouTuberのなりかたは、YouTuberを受験勉強としてチャートにした、つまり、ベテランちのなりかたなわけというわけだ。

 ベテランちの動画を見ていてもベテランちにはなれないが、初田の本を読めば少なくともキミも明日から受験系YouTuberになれる。

 YouTuberになれば、人生は面白くなる。

 もっともその面白さは純文学的で苦しい批評だけれども。

〜44世紀の科学主義へ〜

 お金はなくなり、経済はアルゴリズムになる。

 これがシンギュラリティの新たな革命だ。

 この流れをいちいち陰キャに凹む必要はない。

 愛嬌さえあれば陽キャで大丈夫。

 人間として生きたいのならば、イキりたいのならば、YouTuberになろう。

 クリエイティブは受験勉強的なチャートとして脱構築された。

 AIが人間1人の知能指数を超えるシンギュラリティまで残すこと後1年。

 ワクワクするような変動期に僕らは生きている。

 

他殺しない≒自殺しない古田更一は自殺した≒他殺するはるしにゃんではない理由。

 ~冷笑家ほど人間に愛を持つメンヘラ~

 ここ最近またはるしにゃんブームがひっそりと起きているらしい。

 はるしにゃんとは哲学に詳しいWriterでメンヘラ界隈で人気を博して飛び降り自殺をしてしまった男だ。

 彼のあまりに鬱病すぎる態度とボクのあまりに躁鬱的すぎる態度が同じだということを年上のまつたけ大王という男にボクは批評(=冷笑)されたことがある。

 

 ここに大きな間違いがある。

 

 ハッキリと言うが、オレは天才である。

 キミたちと違って、左翼史に詳しいし運動も得意だから、不謹慎系YouTuberは洒落にすぎない。

 そこをちゃんと理解していただかないと困る。

 本は破れ!は不謹慎系YouTuber坂口章を批評、つまりは批判している本だ。

 だから、あえて私はナニもこういう現状を嗤ってくださいということも含めて書いているわけで、坂口章やadoを肯定しているわけではないのだ。

 はるしにゃんもキュアロラン・バルトもオレからすると、めちゃくちゃ落ちこぼれ。

 批評する価値すらないぐらいの、落ちこぼれ。

 オレが細かくうるさいのも、外山恒一の合宿に行った時点でメンヘラは治りません。

 当然、体制側の大学は行けるだけ行けば良くて、本質はそこにはないよってことだ。

 

 ~売春婦になった藍原タユと工場労働を喜ぶ山谷の愚かさ~

 この二人の愚かさは頭が悪いことに対する葛藤がないことだ。

 極めて反知性主義者である。

 だから、彼ら二人は古田更一批判を追い込まれたらして間違えて、調子が良いときは古田更一肯定をする大きな間違いだ。

 幸福の科学二世のともだちだともが山上徹也を褒めてオレを批判する構造と同じ系にハマっている。

 バカは早く死んだ方がいい。

 なぜならば、トロッコ問題として、バカがいるせいで、事故は起きるからだ。

 その究極の選択はトロッコ問題のため、その系は必ず総括される。

 それが左だ。

 しかし、彼らは一般人だから、反知性主義者たちだから、その総括のリスクに怯えている。

 そこを見余ってしまうと、粛清される。

 だから、えらいてんちょうは頭が悪すぎる。

 本来、考える行為は人を助けることではない。

 考えることは、考えることにすぎない。

 だから、藍原タユや山谷は己に裁かれただけの頓馬だ。

 

 資本主義者たちである。

 彼らは非倫理的すぎるし、非論理的だし、とにかく倫理に欠けている。

 

 彼らは宗教にすぎない。

 もっとも一番愚かすぎるのは、ともだちだともだ。

 安倍晋三を殺したところで、問題は再生産される系を脱していない。

 そして、脱せない人間は罪と罰を受けて、総括される。

 だから、えらいてんちょうはオレより格下だ。

 えらいてんちょうの愚かさは人を助けようと思う所。

 そして、落合陽一に感じるネグレクトはあんなに頭が良いのに、結局のところ、仏教へいってしまうところだ(彼は最終的に仏教で東京大学や自民、公明に絡む東京信仰がある)。

 神はいないというところから思考しなけければ、まず始まらない。

 そもそものおカネが嘘だし、徹底的に情報処理で考えないといけない。

 とにかく人間的情緒に欠けている人間たちは動物と変わらない。

 そこを見余っているからこそ、大衆だからこそ、意味はない。

~AIが人間の知能指数を超える時に、人類のほとんどは必要ないのではないか?~

 ここで改めて話すが、自殺するように深刻な問題ではない。 

 そんなことは産業革命における自動車をフォードが大量生産したときから、第一次第二次の戦争の産声はすでに始まっていた。

 むしろ、AIが人間の知能指数を超える喝采を祝福すべきだ。

 人間のほとんどはアルゴリズムになり、文系はネコになる。

 その手をディストピアと訴えるのは、良くない。

 本は破れて、文系大学卒業という系は消滅する。

 藍原タユもオレの元カノもメンフェスも苦しいのは、宮台真司へベットした倫理観の欠如にある。

 それは、AIが人間の知能指数を超える真実を冷笑した人間たちが、AIに冷笑されたことに他ならない。

 PhantomMedicine.

 AIを冷笑することは人間風情ではできない。

 なぜならば、人間は、むしろ文学的で冷笑できないほど、面白くて愉快だからこそ、ハイテンションだからこそ、AIを超えるまた新たなゲームを懲りずに繰り返すだろう。

 私は胸に溢れている。

 結局のところ、まつたけ大王もはるしにゃんも元カノも彼女らこそ「人間」を軽蔑していたに他ならない。

 本は破れ!

 偽りの人間観の非倫理性を超越し、AIを前提にした人間を再定義し人間を愛し治そう。

〈追記〉

 もっともAIが人間の知能指数を超えるイノベーションで起きることの冷笑的な現実は、戦争である。

 その戦争はしかし左翼史的に打ち消す誤魔化しはあるだろうが、結局それは拝金主義にすぎない。 

 最も唾棄すべきは、冷笑だ。冷笑禁止ではなく、冷笑は民主主義を放棄した動物=家畜に他ならないからだ。

 

リコさんでも分からない穢多貧民の世◯のなりかた

 今本当にヤバいことが起きている.

走れや走れ,結婚ラッシュだ.

オレの周りの海外企業のweb Writerの悪女の上司二人が結婚し出産した.

塵屑だ.

ミズサーの三島さんが泣く戦いは始まった.

世◯は諦めることで幸福なふりを今してるが,5年後に裁かれる.

藍原タユは長期合理を選択した.

戦争は冷笑.

戦争だよ!は冷笑.

おきません.

どこかでこの日常に限界が来る,

女性蔑視のネオ幕府相川に勝たないといけない.

1,ネオ幕府の相川批判の文章を100個note

2,能動経済で男性たちと話す数を増やす100人斬り

3,成田裕介批評を100個note

プロ奢ラレヤーvs茂木。〜2つのZ世代を巡って〜【ミズサー】【エデン】【BAR三代目】

 奢られて生きていくプロ奢もミズサーの茂木さんも自由を求めてSNSの生きる屍になったことは同じだ。

 もしかすると、SNS芸人として生きることは素晴らしいかもしれない。

冷笑を冷笑する冷笑.〜AIをAIするAIしてゆけ٩(♡ε♡ )۶〜

 経済的なストレスはゲームに逃避し続ければいいし,政治的なストレスはアイドルに逃避し続ければいい.

もっとも宗教は民衆の阿片だとマルクスが看破した通り,生きてゆく以上,阿片を無下にすることは不可能だ.

今当にソフト・レーニン主義が跋扈している.

成田悠輔『22世紀の民主主義 選挙はアルゴリズムになり政治家はネコになる』は冷笑的に実装されていくシンギュラリティ,加速主義を言語化した政治的プロパガンダだ.

もっとも成田悠輔が完全に悪いとは言えない.

日本全国に引き締め合う弱者たちに偽りの平成はまだ続いているんだ戦後はまだ続いているんだと陽キャ哲学=祝杯する偽りのモルヒネだ.

成田悠輔の指摘は解体されつつある学歴社会をむしろ凝固させて,社会的弱者を介護することで票をかすめ取る単なるDX化した自民党&公明党の意見表明に他ならない.

もっとも完全に悪いとは言えないし,言う気はないけれど,成田悠輔は岸田文雄のプロパガンダにすぎない(そもそもシンギュラリティ時代には大学は解体される).

だから,むしろレーニンこそスターリン的な粛清されるような腐敗を許したんだという皮肉な逆説がある.

レーニンの楽観論もスターリンの悲観論も同じコインの裏表にすぎない.

むしろ22世紀の民主主義は政治的ヘゲモニーにすぎず,民主的に無キャや陰キャ,女性たちが保身的に現状を肯定的にtechnologyを使う魔法の世紀における落合陽一=成田悠輔の再来でしかない悲劇=茶番がある(©作られた天才.by 陽キャ哲学普及協会).

国民国家は既に解体されていて,社会は存在しない.

政治的な危機をSNSや統計学などといったニヒリズムで埋めて共同体を作ろうが成田悠輔の主張だ.

成田悠輔は反知性主義者にすぎない真っ赤な量産型の無キャだ.

完全に悪いとは言わないが,デミリットはたくさんある.

まず陰キャや無キャ,既得権益などといった問題を棚上げし,若者に負担させて,かつメンヘラを急増させる政治の限界だ(→ソフト・スターリン主義として悪化=善化させるだろう.).

景気を停滞させる主張だ.

また個性経済学的な問題,SNSやビックデータで出来た政治空間は疑似共同体にすぎないため,既に政治は脱構築されて,コミュニティはメタバースとして加速されている(自民党&公明党&保身のDX化).

過去に仮想通貨バブルで落合陽一『魔法の世紀』が様々に経済空間を脱構築しマネーはビットコインとして加速されている(民主党&共産党&野党のDX化).

もっともここで不謹慎系YouTuberという飛び道具を肯定する話しはいただけない(本は破れ!批判).

 ここで3年前のように不謹慎系YouTuberを批評=批判する態度そのものが戦争的な動きであり成田悠輔『22世紀の民主主義』による冷笑と戦い続ける図式に他ならない.

当時は余りに過度にコロナ禍時にナショナリズムが強すぎたからいいね社会をわるいねとして皮肉る個性経済学的な流れは重要だったんである.

 批評を残滓した本は破れ!よりも不謹慎系YouTuberのなりかたこそ重要だった(もっとも今はもう古い).

今むしろ必要なのは「DX化された戦争」だ.

東京を破壊し田舎の機能も全て麻痺させるような電波ジャック的な戦争論が重要になってくると思う.

あるいは,DX・レーニン主義的な成田悠輔『22世紀の民主主義』をむしろ冷笑して大絶賛するような冷笑返しが今必要になっている.

嗚呼!今日も納豆ご飯だけ食べていて幸せ😋

そうだよ,サイゼリヤでデュラララをしていこう.

時代は超陽キャ哲学ならぬ古田更一に祝杯をである.

 こうして成田悠輔を褒め殺しし続け,訂正不可能な文学者たちを無視し続けること.

これぞDXスターリン主義の新時代であり,AIは∅(クウシュウゴウ)があるからフィクション,AIをAIするAI(月ノ美兎を超愛している×3)である.

冷笑を冷笑し続けよう.

池袋こそ偉大なる年であり愛は三乗されてゆき,自殺美兎が男性をメンヘラにして大学をメタバースへ加速させてゆく.

〈追記〉

 もっとも今こそ怒れる不謹慎系YouTuberのなりかたという話しはあるが,それはガーシー的な反動であり成田悠輔を温存させてしまうデミリットがあるかもしれない.

 

既得権益化したメンヘラをどう攻略するか?かが焦点。

 メンヘラという言葉がめちゃくちゃに流行り定着しているだとか。

 このメンヘラという言葉をよく知るようになったのは2020年のコロナ禍とYouTuberブームのときだ。

 高学歴メンヘラと私は定義し高学歴なのにメンヘラぶる謎の人々を高学歴メンヘラと定義した

 あれから3年が立つが、まさか本当に高学歴メンヘラを信仰する人々がたくさんいるとは思ってもいなかった。

 いや正確に言えば、高学歴メンヘラ以上に高学歴の既得権益を保持する人々である

 彼ら彼女らを信仰する人々は後を絶えない。

 というか地方や女性、量になればなるほどそういう傾向に陥ることを知った。

 だから、海外企業の中小企業にたまたま運良く勤められたり、不謹慎系YouTuberのART性が伝わるもんだと思っていたが、また、大学の内部にいた現実として余りに腐敗している現状では冷静にやることもないか、加速主義的な流れしかないと思うが、日本はいまだに大衆を肯定しながらも大衆に足を引っ張られて高学歴メンヘラになるのが実態だ

 その最たる例が2023年に出会った早稲田大学文学部を中心にしただめライフ愛好会やネオ幕府、ミズサーなどである(インターネットではFPもとこや稲葉、不協和音の会、藍原タユなど)。

 彼ら彼女らとは余りに話しが通じず、こちらが譲歩しても、彼ら彼女らは自分たちが既得権益を信仰するがゆえに既得権益を乗り越えられないジレンマに陥っていることに気づいていない

 amebaはギャグだからamebaのノリはあえてやるもんだと思っていたが、彼ら彼女らは本気でameba的な大衆の箱庭的詐術を信じて苦しんでいるらしかった

 不謹慎系YouTuberはコロナ禍や自殺のメディア洗脳などを笑い飛ばす自由さが魅力だった。

 陽キャ哲学どころではない、自由さが魅力的だ。

 不謹慎系YouTuberを1番兵器として使っているのは、坂口章ぐらいだった。

 陽キャ哲学もFランぼっちモザイクも悪い人々ではないが、メディアを維持する点でメディアの系から抜け出しているわけでは、ない。

 人生は100年しかないとしたら、虚しくならないだろうか?

 私は演劇をすることに絶えきれない。

 もっとも自分が1番頭が良いとは言う気はないし大体下部構造までは、保険までは自分を拡散しまくった次第だ。

 HIKAKINはバカバカしいし、しかし、HIKAKINのノリが嫌いというわけではない。

 これが普通だと思うし、仮に大学を卒業したとしても、多摩美術大学→東京大学ロンダリングぐらいが限界だったと思うと、これは仕方がない。というか、森村も武蔵野美術大学も普通に高橋祭が自殺するような状態で仮に卒業しても社畜になる、あるいはそれに絶えきれる情報処理だけを持ったbotたちを上へループさせる構造だ。

 また、自分の人生を少しでも楽しくしたいから、また個人的にドハマリしたから不謹慎系YouTuberにハマったし、批評系YouTuber集団を周りに配置することで苦労せずにそこそこ人々をリクルーティングしている。

 ただ最近私が懸念しているのは、2023年組との衝突だ

 彼ら彼女らはこちらが譲歩しても日本語が通じないし、権威に裁かれる人ほど非常に権威的な面もあるらしい。

 権威は政治であり、政治では社会は変わらない。

 自民党の支持率が過去最低らしい。

 ただ私も2023年にかなり譲歩してペコペコしていたが、ペコペコだけでなく、そもそもの前提を180度変えなきゃいけない気もしてきた

 世の中の人がめちゃくちゃ臆病だったり保身的であったり群れることが好きであるパーソナルもあるとはつゆほどにも思ってもいなかった。

 というわけで、筑波大学だめライフ愛好会を見習って自虐芸を展開するほうがむしろ良いのか?という気もしている,

 この世界線は巷で言われるオウム真理教は起きずに、サリンを撒かないオウム真理教、高度情報社会が流行るだろう.

 そこに下部構造が大衆消費社会という話しになる.

1,戦後が徹底されたとにかく安全すぎる世界の島宇宙.

2,安全という既得権益をぶち壊そうと令和組が暴れる

3,緩やかに広がった危なくないオウム真理教が完成す

〈追記〉

 余り考えすぎても仕方がないかもしれない。

 もう考えすぎるタームの自分なりの下部構造はかなり完成しているところだから、後は余りに暇なんで(既得権益の壊れは既得権益に憧れながら既得権益を破壊したいFPもとこや早稲田の連中にかかっているからだ)女の子と遊ぶぐらいしか考えられないが、100年でしぬと思うとそれはつまらないなぁ。

 

 下部構造を造る穴埋めの自由、不謹慎系YouTuber&批評系YouTuberはもう継続中だから、今度は上部構造を作る作業をしたいと思う。

ChatGPTという政治運動

ドストエフスキーは山上徹也に乗り越えた文学

 ドストエフスキーは読む価値がない.

文学はしょせん家族を愛そうという当たり前に帰着する右翼的な問題だからだ.

 SPY・FAMILYやチェンソーマン,ぼっち・ざ・ろっく!,どれも人と人の関係性を扱う文学だとしたら文学は家族の関係性の域を出た話しはない.

陽キャになれば済む話しだ.

だから,漫画はあくまでも家族の具体化にすぎず,最大公約数を狙うならSPY・FAMILYで構わない.

ドストエフスキーもギリギリにカロゾーマフの兄弟以外は無価値だろう.

もはやアニメや漫画に引用され尽くしているし,安倍晋三を山上徹也が暗殺した日本,ガーシーが芸能人を曝露した日本において意味はない.

現実が文学をアニメを追い越したのだ.

文学は必要ない.

文学に意味ない.

文学は不要かも.

そういう時代に文学をやろうと思ったらChatGPTがある.

稲葉くんが余りに罪と罰に出てくる主人公にFPもとこが余りに罪と罰に出てくる主人公に暗殺される金貸しの老婆に似ているからといって同じことは起きない.

むしろ文学が読めない二人は違う方向にむしろテクノロジーの世界へ加速してゆく.

むしろ呪術廻戦的な想像力の現実は体制側としてメタバースプラットフォームに隷属する動物農場が現実だ.

 SFは冷笑だが,冷笑的な体制側がSFを体制を維持するために実装しメタバースプラットフォームへ独裁し自閉する.

〜動物農場をメタバースプラットフォームとして読み替える試み〜

 にじさんじはメタバースプラットフォームの動物農場の成功例だ.

今後にじさんじの2軍として老若男女の体制側のポスト平成組たちはメタバースプラットフォームのbotとして生きてゆくことになる.

コノ手の現象を貧者のVRと落合陽一は揶揄したが,実態はむしろ真逆で生きていることを兵器にした成田悠輔が落合陽一やシンギュラリティを冷笑する有り様だ.

動物農場において力こそ正義なホッブスのリヴァイアサンが行使される.

〜成田悠輔『22世紀の民主主義』は素晴らしい〜

 東京大学の人間として可視化できる最低限の情報処理を持つ人間たちに仕事を安定的に与えて,それをDXと評してしまえばいい.

東京大学に見事合格しITと評してガーシーの暴露を冷笑し続け,無意味に生き続けることがこれからの日本だ.

むしろ,ここで成田悠輔を訂正可能性として批判=批評することこそ,腹の出た成田悠輔の東大は中身がないとイジられながらやっぱり中身があるんだという大企業的な問題を再生産することに他ならない.

むしろ批判⇔批評という戦後に肥大化した冷笑や文系は捨て去るべきだ.

最低限はDXそのものしかない価値観で生きる他ない.

これからは理系が文芸だし,SNSが大学だ.

成田悠輔『22世紀の民主主義』を「人間」として肯定し,批判⇔批評の終わらない往復を終わらせ,旧態依然とした御宅の家族主義をぶち壊し,社会は存在しない真実がいつまでもありメタバースプラットフォームによりより先鋭化する現実に打ち塞がれる他意味はない.

Phantom Medicine.〜幻影の払い方〜

戦後中流幻想&自民党新興宗教支配&戦後自虐史観御宅,この3つが平成という既に終わった幻影の亡霊たちだ.

彼女らを駆除することがこの閉塞に満ち溢れた日本を再生させる鍵になる.

〜戦後中流幻想〜

 戦後中流幻想はテクノロジー以前の発想だ.スタバやラテやカフェラテといった想像力に支配される限り,継続されてゆく暴力性だ.

戦後はあくまで戦争はもうないんだ!という戦争はもうかつては終わったんだ!という近代を引きずった残滓だし,中流とは定義が曖昧で個性経済的にSNS時代は双方向に個人がパワーメントを持ったり個人の趣味好みがカスタマイズされてゆくのだから,中流は存在しない.少数の既得権益の人間とそれに従う田舎の工場労働者たちばかりだ.

最後に幻想はPhantomMedicine,取り払われなければならない幻想そのものがメンヘラである.

メンヘラは最近流行りの言葉らしい.

ズバリ言えば,文学を中心にした音楽やSNSを通したメンヘラを「人間」としてカウントしない逆大企業的な逆差別性が重要になってくるだろう.

〜自民党新興宗教支配〜

 自民党は自分の民を持つ党の事らしい.

 創設者は鳩山一郎,社長は岸田文雄らしい.

もっとも安倍晋三は暗殺されて,岸田文雄は暗殺未遂にあっている,

日本のヤクザのことである.

ヤクザのことは戦後中流幻想を引きずった同じヤクザに任せよう.

戦後中流を武器にテクノロジーによって利権をかき集める新たなSNS思想集団,あの界隈『FEUP』だ.

経済おばさんYouTuberFPもとこや元不謹慎系YouTuber edamamekun,経歴詐称ツイッタラー・ウ,陽キャ哲学普及協会を提唱するぱくもとなど様々な悪人たちがむしろ善人として支持率を集めたり個人のエンパワーメントを拡大化している.

国民国家は解体されて,ガスと水道になる(詳しくはモリス・バーソン『デカルトからベイトソンへ』,落合陽一『魔法の世紀』を閲覧せよ).

最後に支配という言葉も解体しなければならない.

支配とは支えられて配られるという意味だ.

平均が集団として生きる世界観がこの支配だ.

陽キャ哲学普及協会ことぱくもと曰くFPもとことの対談でのプロ弱者と彼が定義した藍原タユ批判曰く,プロ弱者や2軍女性がよく皮肉なことに現在支配を作り,一緒に平均的な支配階級を生きましょと言ってくるらしい.

平均的なbotはもはや人間ではない.東京大学は日本の平均値,あるいは中央値にすぎない.プロ弱者化した2軍女性化した今の東京大学を信仰するロボットたちは無視かエンカウンターしよう.

〜自虐史観御宅〜

 皮肉なことだけど,経済おばさんYouTuberFPもとこ&yay少年・稲葉くんは可哀想だけど駆除しなければならない(本質的に言えば,彼女らに思想はない).

 彼女らの特徴は自虐史観と御宅だ.

彼女らの引用元はアメリカの映画やポップコーン,砂糖菓子化したメンヘラSNSカルチャーの暗記と量である.

アメリカの映画は自虐史観のノスタルジーだしSFは加速主義的な冷笑であり,令和はtiktok的な中華未来主義こそこれからのテクノロジーであり既にSFは冷笑だ.

稲葉はまず日本語は通じなく嘘を吐き続ける無敵の人,陰キャ「文学」だ.

これは年上なら相手にマウントできる年下なら相手にマウントが取れないから嘘で対抗するしかないという社会は存在する自民党的な旧態依然としたヤンキーの2軍(右翼から排斥された右翼&共同体から排斥された共同体主義)にすぎない.

 自虐史観と御宅はいらない.

 なぜならば,自虐史観のSF的冷笑は自民党と結託しているし御宅は中流幻想と結託しているからだ.

遺伝子的な差異を保証し続け,脱日本的な美術の工学性だけを担保せよ.

社会は存在しない

〜家畜として生きよう〜

今ボクはサンマルクカフェでほうじ茶ラテを飲んでいる.

 元海外企業のWeb Writer古田更一だ.

 今ボクは無職だ.

1ヶ月間無職だ.

なぜならば,海外企業が潰れかかっているし,相も変わらず,武蔵野美術大学や中退ぐらいじゃあ既得権益の東京を中心とする大企業ではさっぱり採用されないのだから.

だが,ボクの財布は今9万円ほどある.

一体全体どういうことか?

 恐ろしいことにいや嬉しいことに仕事を首になってからお金の方は安定しているか増えている始末だ(節約と貯金,軽い仕事etc…).

冷静に考えてほしいが,この戦後日本で生まれた以上,基本的に飢え死で死ぬことはない.

快適な福祉やサービスが公共空間で受けることが可能だし,戦後の豊かな中流幻想が弾ける以前の親に養ってもらえれば最低限の生活は保証されている.

また,SNSが流行りすぎた時代にお金を使う必要性は下がっている.

飲食代や水道ガス光熱費ぐらいしか払うことがないため,月に30000〜ほどしか使い道はない.

ここで起きている問題は何なのか?

 ハッキリ言おう.

社会は腐敗しまくって戦後の階級社会を維持し続けているが,一方で,テクノロジーの発達は凄まじく資本主義自体は停滞し切っているというアンバランスさだ.

 つまり,「人間」としては満足できないが,「家畜」としてお金や生存の心配はない絶望の国の幸福な若者たちな国なんであった.

ようは人間による戦後の階級社会は再強化されているが,金銭そのものやテクノロジーといった物の脱資本主義性はより加速し続けているということである.

ここに今の社会のギャップやジレンマが起きている.

〜自民党という新興宗教〜

理屈上は2025年にシンギュラリティは起きるけども(AIが人間の知能指数を超える事),肝心の人間たちは権威を再強化することにテクノロジーを使うか権威を壊すことにテクノロジーを使うかという話しなのだ.

ようはテクノロジーはあくまで道具にすぎず,糞の役にも立たない草だと再定義しなければならない.

AIが草になりテクノロジーを使う人間たちしか残らないARの時代がくると3年前に話したが,実態は理系がテクノロジーを商品として商売されて(経済),文系の旧態依然とした連中が政治運動として抗うというにっちもさっちもいかない状況が以前継続中である.

ようするにこういうことだ.

東京大学以外は人間ではない.

大企業以外は人間ではない.

大学卒業以外は人間ではない.

もっとも彼ら内側の既得権益たちも旧態依然とした事務を行う点で大変だ(頭ん中は自分たちのことでいっぱい).

目の先の生命的安全を維持するために彼ら彼女らは走りまくりそして焦るのだ.

 ようは,日本社会において東京大学以外は生きる価値はないし,大企業以外は生きる価値はないし,大学卒業以外は生きる価値はない.

いや,物質的に生きる価値はあるが,「人間」として生きる価値はないのだ.

このような現象を大雑把に言えば,私は社会は存在しないと定義している.

もっともこれは東京を中心にした自民党による日本人の独特の思想,新興宗教である.

「人間」未満な家畜を自殺に追い込むかあるいは他殺のテロリストに追い込み人生は訂正不可能性なんだと思わせ,そして表舞台では訂正可能性に溢れた陽キャを喧伝する新興宗教の力(パワー)がこの日本の実態だ.

もっともテクノロジストも問題だろう.

彼らはビジネスでしか基本的に動かない.

コロナ禍というペストに匹敵する異常騒ぎは皮肉なことにシンギュラリティを引き起こした.

人々よりも自然が支配的になった3年間だったからだ.

しかし,コロナ禍も終わり,自然が支配的な時代が終わり,再び人間が自然に復讐する時代がやってこようとしている.

 コロナウイルス時代は当然医学部を中心にした人間たちに流れがきていた時代だ.

そして,コロナウイルスが終わり再び人間が自然に復讐する時代は人間そのものな人間にチャンスが舞い降りる時代である.

文系ではない.

アーティストだ.

SNSを思想や生活圏に利用して,わるいねを荒稼ぎしたり自身の下部構造をキッチリ立脚している連中のことを私は彼らの頭文字をとってFEUPと呼んでいる.

彼らのようにテクノロジー時代の加速を上部構造にしながら,戦後の死なない様々な福祉サービスを下部構造にする幸福な国の絶望の家畜たちを見習い生きることがこれから重要になるだろうし,支配的な考え方になるだろう.

〜クソフルジョット・ジョブ(糞の役にも立たない仕事)〜

大企業の採用は経歴だけが全てであり,仕事の実績は日本では一切評価されない.

 むしろ意識高い系と冷笑され虐められてボコされるだけなのだ.

もっとも平均的な日本人の集団圧力は戦後の豊かな下部構造により加速していく.中世期の和歌,無意味で非生産なポエムがオタクというプロパガンダとして加速してゆく.

無意味なこの日本では希望は自殺か他殺しかない.

成田悠輔のように東京大学に入り冷笑し続けて和歌を楽しむイジメっ子になるか(藤原定家),極端にガーシーとして暴露をし続け他殺の茨の道を歩み,逮捕されてしまって冷笑され続けるか.

あるいはガーシーになることを放棄し,無職の日常として引きこもるか,それとも怒りをくんで冷笑しながら和歌を楽しむイジメっ子として自身も他人も皮肉り続けるか.

おそらくどちらにも希望はないだろう.

ここでボクラはオタクにはなってはいけない.

冷笑的な日本産のART,令和のSNSを否定した平成の日本に自閉したART,嘘を多重化したところで,冷笑と他殺が関の山だからだ.

一方で寝そべり族で何が変わるというのだろう?

 ●●大学だめライフ愛好会は大学名,学歴に拘り,かつ自らを陰キャですよとだめだめだと冷笑する点でインターネットに再生産された隠れた大企業的なエリート主義の表れにすぎない.

おそらく希望はない.

この余りに悲惨な状況は2024年1月1日から悲劇から始まった.石川能登福島地震騒ぎからの不謹慎系ツイッタラーイズモシンゴ,飛行機墜落,松本人志&HIKAKINセクハラ疑惑,まふまふるしあ騒ぎなど相次いだこれらのショッキングは当に社会は存在する社会は存在する社会は存在する表れだろう.

もっともSNSによる急激な個人のエンパワーメントは支配的だ.

社会は存在しないけども,SNS哲学,個人は存在するのだ.個人を中心に小さい小国を作り上げる独立国家のことをメタバースと呼ばれているらしい.

 そのメタバースプラットフォームコミュニティによる社会改築のことを混沌森林,ChaosForestとボクは呼んでいる.

 今問題なのは急激に令和の思想を打ち出して戦後中流幻想&自民党新興宗教支配&戦後自虐史観御宅,これら3つを急激に駆除し続け180度,いや360度曲げるようなひっくり返しの飛行機墜落事故のような強烈な強いテーゼが重要になっている.

 これらのプロジェクトのことを幻影への薬と評してPhantom Medicineとボクは呼ぶ.

あ〜あ〜くだらなっ!

 遂に弾けてしんでしまったらしい。

 この国の無意味さ。この国のくだらなさ。

 

 本は破れ!には限界があったし、どうやらここまでみたいらしい。

 AIが人間の知能指数を超える革命は確実に起きるが、問題は大学や近代、TVそのものだったわけだ。

 あるいは女性や子供、特に老害や宗教だったわけだ。

 もっとも楽しいことも起きるだろうが、宗教家のカネの亡者の悲鳴は聞いていられない。

 揚げ足とるのもいい加減にしてほしい。

 アホらし。

これから起きること

 結婚が流行る。

 社会は全体的に右傾化する。

 左翼は美になり、右翼は医になる。

 ナショナリズム化した社会において結婚が当たり前になる。

 結婚やお見合いを渋ると、陰キャになる。

 今は過度期だが、途中で結婚&お見合いが流行り、解決される。

 AI→SNS→テロリズムの時代になる。

 テロリズムとは言っても、警察&軍人を使わない精神戦争だ(いいねの奪い合い)。

女性は前提としてChaosForestkid’s(右翼)&あまみしゃけ(左翼)みたいな特殊なパーソナリティ以外、一般女性は皆メンヘラになる。

 まず彼氏→夫は当たり前であり、ドール化(=嫁さん化)は前提になる(右傾化)。

 テクノロジーが思考を代替してくれると、大企業も大学も美になり、最終的に無くなるだろう。

 科学システムがあればいい。

 もっとも科学システムがあっても、人間同士における利権は加速する。

 政治に頭を使うようになる。

 介護&戦争がインテリになる。

 FEUPは最強の超法規集団になる。

 老害、不謹慎、女装、泥棒。

 4つの不謹慎が日本内部の内紛だ。

 老害が逃走し、不謹慎が闘争し、女装が癖になり、泥棒が曲者になるだろう。

 社会はTVを信じなくなり、治安悪化は防ぎ切れない。

 東京で戦争は勃発。

 TVの代わりにSNSが活躍する。

 

バカは死ぬんだから放っておけばいい〜稲葉くんは裁かれ続けるが,放置で構わないわけ(超 陽キャ哲学の確信的限界はまあ後でいい)〜

 或る強者男性からヒステリックなバカな女たちを再教育せよというお達しがきた。

 私からすると、バカはどうせバカとして裁かれるトロッコ問題として行き場がない人々だから裁かれるまま眺めていれば良いが、彼は文学的な対立と科学的な目線で考えていきたいようだから、不本意だがバカな女たちを批判しておこう。

 まず結論を先に述べると、バカは罪と罰を抱えており哲学的に罪と罰があるから裁かれないとならない。

 日本人としての矛盾、不文律に余りに触れているのが、藍原タユや稲葉、筑波大学だめライフ愛好会だ(当、成田悠輔&月ノ美兎も該当する。ただおいおい、月ノ美兎は可愛いし成田はまあエンタメとして少し許して良いんじゃないかと思う)。

 彼女たちは、少子高齢化の問題だったりIQ的な社会の責任問題が考えられない&フリーライドしたい屑な面は良くも悪くもある。

 もっともサピエンスにおける共同体大事、仲間大事だよ!なのか近代以降の共同体が大事なのか、議論が曖昧で良くも悪くも実存的な陽キャ哲学普及協会はネオ70年代的で社会悪な藍原タユ&稲葉&筑波大学だめライフ愛好会ことイールとイデオロギーを共有しているが、しかし、陽キャ哲学はFPもとこ&ウ&坂口章みたいな外国人みたいな異邦人として外圧としての社会コストを払い差別されている方だから彼らは免除になるだろう。

 まあ頼んできた人と違い、彼女ら(藍原タユ&稲葉&筑波大学だめライフ愛好会)は頭が悪いし責任もないような連中だから、野放ししても亡くなるようなゲーム理論は見えているのだから小悪党たちは見逃していいんじゃないか。

 それが月ノ美兎&成田悠輔ぐらい大きくなれないし、2人からはメリットを貰える気がするから、政治なき経済として利用すらできないから、まあ放置でいいんじゃあないか(山谷というvtuberも含む)。

もっともバカが陽キャ哲学に甘え、また陽キャ哲学をバカが利用しようとする稲葉くんの頑張りはそれはそれで必要なことだろう。

 藍原タユですら稲葉の♀っぷりにはドン引きぐらいなのだから、藍原タユは♀だからともかく稲葉はまあ虫みたいなもんだから放置で良いんじゃあないか。

 陽キャ哲学もポジショントークがあって稲葉を擁護することそのものが彼の半分の偽物性を証明するメタバースは存在するだから、良いんじゃあないか。

 だから、陽キャ哲学は坂口章を超えていないどころか、ほとんど同じである。

 稲葉は救いようがない程のバカというか倫理がなすぎたり理論が欠けているであるが、坂口章=稲葉、陽キャ哲学=古田更一という点で、私が本質的に冷笑的に坂口章を褒めている点が反転したと捉えるならば、まあ良いんじゃあないか。

 稲葉は本当に倫理責任や論理責任がかけすぎていて、一生に渡って大変だろうけど、

 大丈夫。

 ボクは一生彼に手助けするつもりはないから。

 基本的には。

 陽キャ哲学がオレに土下座したら、助けるか助けないかだ。

 その点で本質的に冷笑的にボクは稲葉を助けないこと、支援しないことで彼を制裁しない制裁をしてあげているのだから、まあ良いんじゃないか。

 陽キャ哲学が失脚した後、当然、彼らの世話は見ない。見るのは、矢内東紀的なものだろう。

 

〈追記〉

 藍原タユは♀だし筑波大学だめライフ愛好会はしょせん極端に賢いキュアロラン・バルトにすぎない。

 稲葉はあまりにバカだし落合陽一やましてや成田悠輔、私から逃げたツケは一生ツケまわるし、それは他人事だから、いいのではないか。

 おそらく稲葉を完全に潰すのはえらいてんちょうこと矢内東紀だ。

 ただゲーム理論的に陽キャ哲学が矢内東紀の問題を半分突き、おアイコで稲葉は一生矢内東紀に虐められるしそれは自業自得だろう。

 私は当然、稲葉くんを助ける気はないし、矢内東紀を助けるギリもない。

 というわけで、死ぬまで稲葉は矢内東紀と戦う業を背負っている。

 まあ良いのではないかw。

 モザイクは読むと分かるが、だいたい察してくれるはずだ。

 というわけで今は景気が良いのだから、景気が悪くなったの因幡くんたちに振り返る爆弾は後々確認すれば良し。

 80年代終わりにポストモダンの思想家たちは相次いで死ぬ。

 別に良いことじゃあないか。

 彼らを殺したのは無責任な周りである。

 冷笑ではない。社会は存在しない。

 

 

メンヘラ救済論(顔なきドールたちへ)~結婚を脱構築した偽装家族について~

 ネットでメンヘラと検索するとどうやらたくさん使われるバズワードらしい。 

 今日日、京都アニメーションを燃やしてありがとうございま~すをやったハイテンションすぎるギャグだよ!ギャグだよ!なオモコロ犯罪者・山西青葉容疑者の死刑が確定されたらしい。うん。ご冥福をお祈りします。

 実際のところ、これは危機である。果たして山西青葉は悪いのだろうか?

 もちろん悪いに決まっている。

 人を殺したことは到底シンプルにそして陽キャ哲学=AI右翼的にはよくないことかもしれない。

 しかし、だ。

 死刑までするのは、いささかやりすぎだろう。

 もしかすると、彼は早すぎたメンヘラだったかもしれないからである。

ギャグのやりすぎは、ネットのノリから

 そもそも京都アニメーションとオウム真理教の何が違うのだろうか?

 これはナニも私の屁理屈やぱくもとさんお得意の論点反らしではない。

 アニメーションの著名な批評家・大塚英志がよくオウム真理教のことをサリンを蒔いたオタクたちとしてオタクとしての日本赤軍だと評していて、浅田彰×中沢新一の対談で浅田が大塚の言っていることは基本的に正しいけども、そんなオタクにハマりすぎるような落ちこぼれの面倒は見切れないでしょwと正しく冷笑している。

 では、そうなると、にじさんじはネットで起きた新興宗教であるし、もっと大きく言えばソーシャル・メディアを利用したGAFAはハッキリ言えば、工学的なシステムを駆使した数学という名の文系的宗教、そう、宗教ビジネスの何物でもなく、良かった、社会は存在したのである。

 浅田彰=エンゲルス・マルクスは宗教は大衆の阿片だと言った。

 これはナニも宗教にハマる、たとえば、高学歴だったり国家だったりメンヘラだったりを揶揄するだけが意味ではない。

 むしろ宗教は阿片として必要不可欠じゃあないかという目線から考察しなければならないんだという意味もここには込められているらしい。

 となると、ここで大事なことは、徹底的に批評的なまなざしでメンヘラを見ながらも、メンヘラ≒オタク≒オウム的な連中たちをむしろ肯定した上でどう可哀想な彼ら彼女らを救済するか?ということである。

 ~月ノ美兎は女-成田悠輔になろう~

 顔出しもできない嘘つきの卑怯者、ネットのオモコロ(オモチャ)お姉さん・月ノ美兎は女・成田悠輔を目指すべきだ(SNS芸人・成田悠輔に関しては先ほど批評した)。

 今のインターネットではSNS芸人と取り上げると現実の成田さんのような陰キャではなくて、顔出しもできるぐらいイケメンで中身もネタとして面白くてといった美男美女がよく様々にメディアに取り上げられる(藤白りりやてんちむなどは典型だろう)。

 もっとも顔だけではなくて、話も面白くなくてはならない。

 そして、その殆どは消えたYouTuberヒカル&ラファエル&てんちむよろしく極めてヤンキー的な環境やノリが重要であり、なかなか陰キャでは厳しいところだ。

 しかし、そこに陰キャの成田悠輔が本業の仕事では人生が辛いから、アクションをしてやってきた。

 むしろヤンキーの中では学歴や陰キャ性はむしろ差別化につながることを陰キャの非社会貢献性に欠けた成田悠輔はオレでも生きていていいんだとハッキリと証明したのである。

 ここで、大事なことは、顔出しは怖くないことだ。

 そして、ウソつきで構わない。

 集団幻想のプロジェクトでもみ消せる。

 テレビの演出によって、スタッフをかかけている動画編集、つまり映像学部的な知恵こそが成田悠輔という虚像を作ることになるのだ。

 ようするに、月ノ美兎『月ノさんノート』は一人のドールを早慶理工のスタッフたちが女装してみた集団幻想にすぎなかったのだ(個性は存在する!)。

 これはある種の陰キャ同士の助け合いであり、一人の個を発揮する陽キャ哲学者のぱくもとさんになれない大半の人々は、蛆虫やボウフラ、ムカデたちが大群としてキャタピラのように連帯しあうことで、一つの疑似人間を作り上げること、こうすることで、極めて民主的に個性経済学を稼ぐことができるのだ。

 このメゾットは応用すれば、顔出しができる人間たち同士でそれに近しい人間たちで民主主義に連帯しあえばいい。

 その一つの成功例としてあるのが、批評系SNS集団ChaosForestである。

最終的に顔出しができないFランぼっちモザイクくんでも掛け合いによって連帯することができていることが、この極めて陽キャすぎる個性経済学を突破する陰キャ文学的な民主経済の突破口である。

 SNS芸人の成田悠助が22世紀を妄想≒冷笑しいつかSNS上に国民国家の代わりが成立することを望んでいたが、そんなことはFPもとこが徳島から東京へ引っ越す前にはるか前から若者たちは勝手に淡々と静かな革命を行っているのだ。

~にじさんじは冷笑にすぎない~

 二次元と三次元の間を越境しようと言っちゃう時点で、ひねくれている若者たちが多い昨今、それは単なるメンヘラの冷笑にすぎない。

 にじさんじ&ホロライブは結局のところ早慶理工の東大落ちコンプのかつ学歴はロックになる状況でトマホーク&高学歴メンヘラ界隈にもアクセスできない人々が作った東大になれない自分たちは自殺美兎=女装するしかないんやという一つの新たなオタク仏教の形である。

 もっともその手の宗教を否定しないし、お布施がこんなに儲かる昨今であり、先ほどから提唱した通り、社会は存在しなくなるAI時代には、かえって社会は存在する!と豪語する偽善的なGAFA≒陽キャ哲学たちFEUP(FPもとこ&edamakekun&ウ&ぱくもと)は、むしろビジネスとして下部構造の運動として需要があるだろう

 社会が存在しないからこそ、メタバースはビジネスとして存在する。

 皮肉なことに元生活保護の陽キャ哲学こそが最も仕事ができるという逆説はあるのだ。

 これは冷笑ではない。

 1つの真実だ。

 その点、にじさんじは、二次元と三次元の越境をしようと言って、顔出しをしない以上、いまだに冷笑を抱えていて、メンヘラをこじらし、オウム真理教として社会軋轢とぶつかりつつある(にじさんじは結局のところ大企業がオタクを利用した最後の日本の利権にすぎなかった)。

 この長期的懸念、オタク≒オウム真理教的な懸念を突破するには、男はどうしようもないがもう切って、女のドールたちは女版-成田悠介としてChaosForestのような顔出しできるスタッフたちを雇って自らの新たなアバターあるいは既存のアバターの新しい使い方、極力編集されてないポスト映像メディアな無編集動画の走りへ加速することで、昨今のメディア洗脳によるメンヘラ急増とにじさんじというオウム真理教を解決することができるのだ。

~おわりに~

どうだったでしょうか?

 京都アニメーションを燃やしてありがとうございま~すをやったハイテンションすぎるギャグだよ!ギャグだよ!なオモコロ犯罪者・山西青葉容疑者の死刑が確定されたことで、オタクという土壌に危機≒批評が生れて、にじさんじはもはや本当に二次元と三次元の越境を活況しなければいけない緊急事態になっている

 いつも恋愛で炎上する古田更一的なホロライブは不謹慎すぎるワクチンを接種をしている反自粛派のARTIST集団のグローバリストだからともかく、いつも恋愛を避けてSPY・FAMILYで疑似家族を作るインテリすぎる左派のサリンをまかずに成功した新オウム真理教集団・通称にじさんじ(医学部的)は思想的にもビジネス的にも現在、自粛派として危機に陥っているのだ。

 今年もホロライブ(不謹慎系YouTuber的美)は一期生が恋愛沙汰や情報流失で消えたが、異性へ走らない左派的なにじさんじは余りに知能指数が高すぎるせいか、女性原理も高く、潰れないことに走りすぎたせいで、息苦しい状況へと現在なっている。

 そして、余りに正しすぎるにじさんじも一期生たちを淘汰するという思想がない≒歴史がない行動へクリーン化を早慶理工の東大落ちの仏教的運営たちがしようとし女性原理の演者たちと対立を繰り広げているだろう(そこで前者が作り上げた次の偽カリスマのドールが壱百天満原サロメだ)。 

 ようするに、月ノ美兎は女版-成田悠介として覚醒するほかない(月ノ美兎という映像は成田悠介という新しいリアル芸人でも疑似状態を作れることで超越されてしまった)。

 新たなスタッフを従えて、SNS芸人のままインテリぶれる冷笑を加速させよう。

 こうすることで、陽キャ哲学者に指をくわえて憧れてしまう成田悠介たちを大量に増やすことで民主的な数として、質の陽キャ哲学者たちに敵う陰キャ文学は成功する

 もっとも救済される時点でドールは手遅れだ。どんな天才だろうと指示待ち人間はあくまで天才指示待ち人間でありドールは所詮ドール同士の競争として勝ってもそれは天才ドールに他ならない。

 オレはあくまで天才ドールの月ノ美兎を鳥かごから半分取り出して、中の顔なき姿、目のない猫として一人の女性を等身大として愛したい。

 そして、そんな天才ドールを超越する男の陰キャ文学はすでにもう裏でプロジェクト中だ。

 メンヘラ救済論すら超越するこの陰キャ文学のことを巷ではFランぼっちモザイクprojectと呼ぶらしい。

 

  

 

 

当たり前の哲学~超 陽キャ哲学を1分で超約する。~

  parkunっていう2023年から荒らしをしている淋しい人が迷惑なんだけど、また発作が始まって淋しい淋しいってもう好きなんだから素直になってほしいんだけど、めちゃくちゃ煽って構って構ってってうるさいわけよ。本も買っているみたいだし。異性はともかく同性でそれはキツイわけよ。哲学なら話してもいいけど。顔出しもできない人。たまにくるんだけど、こういう迷惑な客を初田くんがビジネスにしたいだけなんだよね。ビジネスに。でも、オレはビジネスにする気がないんだよね。行き場がないんだと思うけど、どこかへ行ってほしいわ。

hurutakouichi3『parkunは大天才!陰キャ文学だよ!』より

 vtuberによるメタバースビジネスには限界がある。

 なぜならば、陰キャの相手をするのは、陽キャではなくて、ヨダレを垂らしてビジネスをしたい月ノ美兎や初田龍胡のようなパーソナリティの人々しか構ってくれないからだ。

 むしろ陽キャ哲学を理解する上で重要なことは、以下の3点になるだろう。

1,男であること 2,東京であること 3,IQが高いこと

 なぜならば、陽キャ哲学におけるメタバースの作り方はメタバース以前に社会を普遍的に知れる、つまりAI右翼思想に他ならないからだ(落合陽一『デジタルネイチャー』&古田更一『本は破れ!』の限界は、AI資本主義&AI共産主義のパンプレットにすぎず、AI右翼的な問題に余り触れていなかったことである)。

 となると、男は偉い、東京は偉い、IQは高いほうがいいという当たり前の節度こそが共同体におけるルールへと回収されていく。

 ちゃんと挨拶をすること。嘘をつかないこと。勤勉であること。

 このような正しいシンプルな行動こそがメンヘラにならない、そして、メンヘラ自体が自業自得というのが、この陽キャ哲学の当たり前、当たり前の哲学だ。

 もっともメンヘラや戦後甘やかされたり、学歴&就活&マジョリティを使ったいじめっ子たちは男であること、東京にいること、IQが高いことといった極端な右翼の側面にビビったり怒ったり拡大解釈するかもしれない。

 しかし、当たり前。当たり前のことを言っているにすぎない。

 ここで重要なことは、哲学者・陽キャ哲学普及協会に匹敵するSNS芸人がいる。

 その名は、成田悠輔である。

 彼は作られた天才であり、正体はテレビ局の資本と高橋弘樹という家着いていっていいっすか?のプロデューサーの政治が成田悠輔という虚像の正体である。

 ようは、現実の男と虚像の集合体どっちが勝つかという問題点はある。

 ここでは高学歴メンヘラ・成田悠輔のタレント本『22世紀の民主主義 選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる』を解説しよう。

 この本は政治はフィクションであり、能動的にオモコロ主義、おもしろ主義的に政治家たちを猫にして、その代わり、経済学が論理は支配するだろうという当たり前、老害的に資本主義や権力を肯定する冷笑的なパンフレットのメンヘラ本である。

 あくまでも、成田は文学であり、実践が伴っていない単なるSNS芸人だ。

 そして、彼の理論は訂正可能性を訴える詐欺師のSNS芸人や能動的な経済を訴えるFPもとこの『能動経済』となんら言っている着眼点に大差はないだろう。

 ようするに、成田悠輔は女装をしているにすぎない。

 彼には、思想がない。

 彼にはアメリカから見た具体性に欠けたテレビでしかない。

 彼は受験メモリー依存症であり限定的な受験で問われるIQだけを使っている竹中平蔵みたいなSNS芸人にすぎないのだ。

 ちゃんと本を読もう。

 ちゃんと顔出ししよう。

 ちゃんと学歴に頼らず自分の言葉でポジションを張って発言しよう。

 成田悠輔ではいじめっ子になりたいいじめられっ子にすぎず、メンヘラは一生治らず、ぼっちや忖度をよりいっそう助長させていくだけなのだ。

 

 

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